数時間、経過しただろうか。
デジモン達と遭遇しない幸運をかみしめつつ、もうこの辺にはいないのか、それともまだ探そうか、と踏ん切りつかずに歩き続けていた大輔達。パートナーデジモン達が思わず戦闘態勢に入るほどの強烈な気配を感じたのをみて、立ち止まるのである。
ごくり、と唾をのむ。空がいなくなったら大輔は終わりである。だからついていくしかない。待っていろっていう選択肢ははなから存在しない。待っていろを実行した結果がピラミッド迷宮の大崩壊と隠し通路の高圧電流の壁をひしゃげさせたオーバードライブなのだ。
今度こそこの子はパートナーデジモンもろとも死ぬだろう。だから空はしーって指に手を当てて、こくりとうなずいた後輩と共に、その先に行ったのである。
そこにいたのは、新たなる強敵であろう大ボスからサーバ大陸の選ばれし子供たちの精神を崩壊させ、紋章の機能を停止させろというすさまじく苛烈な作戦を指示されたデジタルモンスターたちの姿だった。
しかし、空たちはピコデビモンとしゃべっているのが鏡なので大ボスの声は聞こえても正体はわからない。
ただとんでもない目論見を聞いてしまったと硬直である。大輔は聞いた。みんなの持っている紋章の意味を。
八神太一は勇気の紋章。
石田ヤマトは友情の紋章。
武之内空は愛情の紋章。
泉光子郎は知識の紋章。
太刀川ミミは純真の紋章。
城戸丈は誠実の紋章。
高石タケルは希望の紋章。
本宮大輔は奇跡の紋章。
そして、空とおそろいの女の子みたいなハートマークもどきと、それを囲っているトゲトゲのガーゴモンを思い出す三角形と太一やタケルに似てるけどみんなとはなんか違うきんぴかな紋章を見るのだ。奇跡い?なんだそりゃ、と首をかしげるのである。大輔はむすっとした。
大輔からすれば、奇跡って運任せにもほどがある、すっげーいい加減なイメージしかない。なんにもしないでただ願い続けている、待っているだけで努力もしようとすらしない、あんまりいいイメージはない。
まさに大輔がだいっきらいな状況だ。平気で嘘をつくやつがいう言葉である。サッカーの試合で勝った時、逆転劇があった時、みんないうのだ。おめでとう、奇跡が起きたねって。
相談相手になった女の子が男の子と付き合うことになった時、いうのである。奇跡が起きたって喜ぶのだ。
うそつけ、ぜんぶみんなが頑張って頑張って努力したからあるんだよ、
練習してレギュラーになって、コーチのいうこと頑張ったから勝てたんだよ。
お母さんたちの応援があったからできたんだよ。なんでそんな簡単に済ませられるんだよ、ああそうか、何にも知らないからか。オレが仲介してあげて、好きな女の子はいるのか、どんな女の子が好きかって聞いて、その先が見込めそうだったら背中を押すのだ。
興味なさそうだったらそのこのためにばれない様に引き下がって、ごめん、って謝って話すのだ。そうじゃないと相談された相手が泣いちゃうから、嫌われちゃうから、オレのせいじゃないのになんでか知らないけどオレのせいにされるから。
それをたった一言で終わらせる魔法の言葉である。大輔を全否定する言葉である。奇跡。それしかできない状況下。頑張っても頑張ってもどうしようもなくなった時に、頼るしかないもの。だから、サッカーのコーチはいうのだ。
するべきことが全部終わったらそれを運に任せるのも強さだって。受け入れるのも強さだって。んなばかな話あってたまるか。大輔は機嫌が悪くなる。大輔が今までがんばってきたことは、実はぜーんぶ神様が起こしてくれたことであって、大輔の力で起こったことじゃないんだよって馬鹿にされている気がしたのだ。
デジタルワールドには神様いるらしいから、なおさら意識してしまう。
でも一方で思うのだ。大輔はへんな力に目覚めつつある。ぜってー、これのせいだって。大輔とチコモンが死んじゃいかけたのも、そのせいだって。
もちろんその分いいこともいっぱいいいっぱいあったけど、わるいこともいっぱいいっぱいあったから、大輔の中では過ぎてしまえば熱さ忘れる、平地になってしまう。もちろん、紋章金ぴかだし、この声があるから今があるのは分かっているけど、それとこれとは別の話だ。この子はまだ8歳だ。
何にも変わらない。変えたくて頑張っているのに。だから大輔は奇跡を信じないのだ。奇跡起きたら、今のオレ、こんなことになってない。これ以上話聞きたくないけど、このデジモンたちの話を聞いて、知らせなくっちゃいけないなあ、って思っていた大輔は我慢していた。
たぶん、空お姉ちゃんは聞くだろうから。みんなに知らせるだろうから。空お姉ちゃんがいないと大輔はどこにも行けないのだ。バードラモンがないとピラミッド迷宮まで帰れない。いろんな意味で、空お姉ちゃんがすべてである。
彼女がいるから大輔は大輔でいられるのだ。このデジタルワールドでは、いつだって。そしたら、つないでくれる手があった。きょとんとする大輔に、行きましょ、と空が言う。
「え?え?え?あの、まだあのデジモンたちなんかしゃべってるのに、いいんすか?」
「いいの。いつまでもここにいたら、見つかっちゃうでしょ?大輔君」
いいんだ。そっか、そうなのか、空お姉ちゃんが言うなら間違いないね。そりゃそうだ、ずーっとここにいたらばれてしまう。緑装束の男が紋章を表示したパネルについて、2つの黒い空白について指摘しているのに気付かないまま、大輔は空に言われて踵を返すのだ。
緑装束のデジモンはともかく、傍らで羽を瞬かせている妖精みたいなデジモンは、ちっちゃいけど、ナノモンとかピッコロモンみたいに、ちっちゃいくせに完全たいなやついっぱいいるし、それで騙されたこともあったから警戒してるんだ、と大輔は思ったのだ。
どこまでも空は聡明である。残念ながら、その聡明さがあだとなってしまった。妖精みたいだと大輔が思ったデジモンは、成長期だ。緑装束の男は成熟期だ。どちらもデジタマから誕生し、幼年期を経て、成長を遂げるというデジモンの在り方を、
根本から否定するような誕生をした、極めて異質な存在である。
それ故に彼らは主に忠実である。それだけが存在意義である。当然といえた。主がよしとしなかったから、あえて大輔たちを見逃した。愛情の紋章の持ち主の精神がぐらぐら歪んでいることは、すべてお見通しなのである。
そんなことしらないまま、大輔は空たちと共に気付かれないように逃げ出したのである。ずーっとずーっと走り抜ける。走るのもつらくなってきた頃、空がピヨモンをデジヴァイスで進化させた。そうだ、早くこのことをみんなに知らせなくっちゃ、と大輔は思ったのだ。大変だ。みんな、バラバラになってしまう。そしたら、空がいったのだ。
「バードラモン、逃げて。ずっと逃げて。ずーっと向こう側の遠くまで」
「えええええ?!ちょ、空さん!?」
もしかして追手が!?ってチコモンと一緒に大わらわの大輔に空は悲痛な笑顔を浮かべていったのだ。
「ごめんね、大輔君、ちょっとだけ寄り道してもいい?」
「え?あ、はい」
「紋章の話でちょっと頭が混乱してるの。ちょっと考えさせて」
「え?でも、いつもみたいに、ヤマト先輩達としゃべんなくっていいんすか?」
「この森、すっごく広いでしょ?もしかしたら、太一とコロモン、いるかもしれないから、心配なの。あのデジモンに見つかっちゃったら大変だから、探さないと」
「あ、そっか、そうっすよね」
空さんすごいなあ、と大輔は思うのだ。チコモンは大輔の腕の中で思うのだ。なんか、空、泣いてる?なっちゃんの世界に放り込まれる前のみんながいるのに一人ぼっちになってた大輔とよく似てるなあ、なんて思ったのである。
バードラモンはパートナーである空がすべてなので、いうことに疑問は呈して、いけないことは指摘するが、この子はまだ戦える甘えんぼさんであって、空に真っ向から向かっていける子ではないため、空を駆けるだけである。
パートナーを持つデジモンは、基本的に大好きなパートナーを絶対に否定しない。そのスタンスがなおさら空の心をおざなりにしているとはしらないまま、夜になる。
小川を見つけて休憩する。そして大輔のリュックの食料を全滅させようとするチコモンをみんなで止めて、
見張りをしてる空とピヨモンに任せて、大輔とチコモンは寝る。朝になる。一緒にご飯を食べて、身支度して、いざ出発と思ったら空がまた言うのだ。
「大輔君、森の真ん中からじゃなくて、すみっこから探しましょうか。そしたら、太一だって気づくわよね」
「あ、そっか、そうっすよね」
すれ違いになったら大変だもんね、と大輔とチコモンはうなずいた。
ピヨモンはバードラモンになって、5日かけて森の端っこにたどり着く。ずいぶんと遠くまで来てしまった。みんな大丈夫かなあって大輔は心配するが、太一たちがこの森にいたら見殺しにすることになる。恐ろしい。
太一とコロモンは、今の大輔とチコモンと一緒なのに。こうして、空と大輔はパートナーデジモン達と共に探すことにしたのである。大声で太一たちを呼ぶ。時々休憩しながら、移動する。これだけで2週間が経過した。
太一たちは見つからない。不思議なことにこの森はデジモンが一匹も出てこないのである。なんかいそうな感じはするのに、と空と大輔は思いながら首をかしげるのだ。チコモンもピヨモンも首をかしげるのだ。においはするのに見当たらないって。
恥ずかしがり屋さんなのかしらね、大輔君みたいにって空が笑って大輔はむきになって猛抗議するのだ。空は笑う。チコモンは大輔の味方をして怒る。それをピヨモンも笑う。むあーっとコンビは怒るのだ。太一たちは見つからない。
そして、とうとう森一帯はくまなく探し終えてしまい、太一たちはいないことが判明するころには、3週間目に突入していた。ピラミッド迷宮にすぐに帰ってくるよって約束してから、もう3週間である。そろそろピラミッド迷宮に戻らないとみんなが心配だ。
そろそろバードラモンで空の旅、と大輔とチコモンが目を輝かせる朝ごはんを終えた身支度の後、空が言うのだ。
「ねえねえ、大輔君、リュックの中大丈夫?」
「あ」
そういえば、とあわててリュックの中を探ればもうすっからかんである。みんなの食料移動係は主にちびっこたちである。タケルと大輔は半分こして運んでいる。もちろんみんな持てるだけ持っているが、一番運べるのは大輔たちだ。
しかも大輔はタケルより余裕があるからいつも重い。ひっくりかえしたら出てくるのは、すっかり存在が記憶の彼方に消えていた使い捨てカメラである。あ、忘れてた。あああああ、しまった、今までの大冒険記録できればよかったのに!
「だいしけ、それなに?」
「え?これか?カメラっつーんだよ、こーやって、ぱしゃって」
じーって小さい視角から覗き込み、なにかななにかな、なんだこれ、と興味津々で覗き込んでくるチコモンに、はいちーず。フラッシュを浴びせて、かしゃっととった。きゃうっとビックリ仰天したチコモンは後ろにひっくりかえってべしゃりとこけた。
うるうるってなってわんわん泣き出してしまう。ピーピー泣き出すチコモンである。嘘なきだろ、ってしれっとした顔でにらんでいるのだが、
いつまでたっても泣き止まないで、だいしけのばかあって泣いている。
あーあ泣かしたーってピヨモンがいう。空は笑う。
え?オレのせい?そういわれると可愛そうになってしっかたねーなあって大輔はチコモンを抱き上げて、大丈夫かー?って聞くのだ。そしたら、ついさっきまで泣いてたくせにケロッとした顔で、だいしけだいしけ甘えてくるのだ。
こんのやろーって大輔はいらっとして押しつぶし攻撃をするのだが、きゃっきゃとチコモンは大喜びしてしまう。脱力した大輔ははああとため息である。こんなやつがもう一人オレってどうなのよ。そしたら空が言うのだ。
「チコモンと大輔君そっくりね」
がびーんとなった大輔は盛大なブーメランである。チコモンに意地悪すんのやめよう、いちいちこっちにまで特大のダメージ被るとかやばい。
こうして大輔はチコモンに逆らえなくなっていくのである。
特別甘くなっていくのである。それはもうべったべたに甘やかす。かつてジュンお姉ちゃんが大輔にしたように。なおのことチコモンはわがままになっていく。でもいけないことはしっかり大輔は言うから嫌われたくないのでチコモンはごめんなさいする。バランスは取れている。
なんかデジャヴだなあって思いながら、大輔は空に言う。まさか自分がジュンお姉ちゃんにやってること真似っこしてるなんて気付きもしない。
「食べ物いっぱいにしたら行くんすよね」
「ええ、そうね」
ここで出発出来たなら、まだ、よかったのである。
「大輔君、あそこの森の部分まだ見てないんじゃない?」
「え、あそこは、昨日……」
「大輔君、あのデジモンがいないかどうか、確かめに行きましょう?」
「え、でも、危ないんじゃ」
「大輔君、あの丘からならいけるんじゃないかしら?ここよりずっと遠く」
「え、でも、ピラミッド迷宮は……」
大輔君、大輔君、大輔君、で空が埋め尽くされていく。おかしい、で埋もれていく。ピヨモンもチコモンも流石におかしいと思い始めているのだが、デジヴァイスをかざさなければバードラモンになれない。どうしたんだろう?空。
大輔はどんどん怖くなっていくのだ。なんか、八神さんに無理やり俺をあてはめようとしてた太一先輩を連想させる。気付けば、もう4週間、すでに一カ月が経っていた。何度目になるかわからない問答である。チコモンとピヨモンは顔を見合わせて、内緒話である。大丈夫かなあ?なんか、おかしくない?
ここにしようねって決める。果物がいっぱいなっているところを見つけたのだ。ピヨモンが一生懸命飛んでくちばしで悪戦苦闘している。飛んでいる途中で力は出せない。チコモンを頭に乗っけた大輔は、ぶんぶんチコモンを振り回し、とりゃっと投げつける。
わーっと空を飛んだ水色は、酸の泡でめんどくさいので枝に集中攻撃して落としやがったので、ばさーと葉っぱが大輔に直撃する。なあにすんだーっという大声が響いて、チコモンはごめんなさい、嫌いにならないでええって泣くのだ。
はあああ、と大輔はため息である。幸せが逃げていくからやめようねってピヨモンに言われて、はあいとチコモンは言った。空はぽんぽんと大輔の肩に手を置く。空さんって感涙する大輔のほほにつきささる指先。
空さんのばかああって大輔はむくれて、すねて、走り出してしまう。
チコモンおいてきぼりである。だいしけええってチコモンは泣きだす。
あーあーってピヨモンと空はあわててチコモンも拾って大輔を追いかけた。
「空さんのばーか、いくらいつもどおりでいいったって、あれはねーだろー」
構ってもらってうれしいくせに、大輔は怒るのである。ジュンお姉ちゃんを思い出してしまい、泣きたくなるくらいうれしくて、泣きたくなるくらいつらくて、ずっとずっとこのままだったらいいのにって思ってしまう自分を怒るのだ。
わんわん泣き出した大輔に声をかける手がある。大輔の本能が告げている。このままではだめだ、ヤバい、ヤバすぎるぞ。どんどん空さんが理想的なお姉ちゃんになってきてる。
このままじゃ空さんがだめになっちゃう。
太一先輩がおかしくなり始めたのだって、オレのせいなんだから。オレのせいでジュンお姉ちゃんはお姉ちゃんするのが嫌になって、おかしくなりかけたから、離れちゃったんだ。やめちゃったんだ、大っきらいになっちゃったんだ。じゃあ、じゃあ、その前に離れなきゃ、離れなきゃ、ジュンお姉ちゃんのまねっこして。
太一先輩みたいに、もう大喧嘩なんてしたくない!捨てないで、捨てないで、一人にしないで、死んじゃう!そうである。だから大輔にとっては空は理想的なお姉ちゃんなのだ。弟の正常な思考回路ではかまってくれる存在があるから無邪気になれる。
探し求めている途方もない霹靂は、この子を異常なまでに我慢強い子にしてしまった。振り返ったら空がいた。
「ごめんね、だいすけくん。さあ、いきましょ」
「あれ?空さん、ピヨモン達は?」
「みんなあっちでまってるわ」
「あれ?オレ、あっちから走ってきたのに?」
「だいすけくんをおいかけてたらはぐれちゃったの。いっしょにさがしましょ」
「・・・・・・・・・・空さん?」
「なあに?だいすけくん」
「なんで、そんなに怖い顔してるんすか?」
「だいすけくんがいなくなっちゃうからよ、しんぱいしたの」
「なんで、そんなに強い力で手握るんすか」
「だいすけくんがいなくなっちゃうからよ、しんぱいしたの」
「なんで、そんな声するんすか」
「だいすけくんがいなくなっちゃうからよ、しんぱいしたの」
「・・・・・・・・・・・・・空さん」
「なあに?だいすけくん」
「なんでそんなにつめたいんすか」
「それはね、だいすけくんをたべるためよ?」
「え?」
すさまじい力で右手をつかまれて動けない。そらさんっておびえる大輔に、空はいびつに笑った。
「ワタクシのテリトリーでぎゃーぎゃー騒いでる不届き者は一体誰なのかしら、とおもったら、まーたあなたなのですね!いい加減にしてくださいな。あなたの好きにはさせやしませんよ、つーかどっかいけ、雑魚」
飛んできたのはホーリーリングである。ホーリーリングって投げるものだっけ?とどうでもいい大脱線をしている大輔がぽかんとしている。
空はごすっとぶつけられたホーリーリングで吹っ飛ばされる。なんという怪力。そして、空は大輔の目の前でデジモンに代わって逃げてしまった。
「あなた」
「は、はあ」
「みたところ、いうまでもなく選ばれし子供のようですね、お気をつけなさいな、ここは悪夢の森、はぐれてしまえば終わりですわよ。さいわい、あなたの空さんは無事のようですけども」
大輔君大丈夫!?て走ってくる空たちに、こくこくうなずく大輔である。よかったあって泣いた。抱っこしてもらえた。
「あれはファングモン。おきをつけて。ワタクシのテリトリーを荒らす野蛮中の野蛮ですわ。卑怯で、下種で、とんでもなく最悪でめんどくさいデジモンですわ。あーあ、一遍死ねばいいのに。横取りすんなよ、大馬鹿。いくらおいしそうだからって、ああやってちゃだめですわ、
真正面からお願いするとかしないと。誠意を見せるのは大事ですわよね」
「え?」
た、たすけてくれたのかなあって大輔は不安になった。ホーリーリングつけてるのに。み、味方じゃないのか?こいつって一歩下がる先には舌なめずりしてるデジモンがいる。ホーリーリングは前足に収まった。
「あなたたち、赤ずきんちゃんはご存じ?」
「あかずきんってなーに?空」
「え?えっと、たしか、おとぎ話に出てくる赤い頭巾を着た女の子の話よ。お母さんの言いつけで森の中にいるおばあちゃんにパンを届けに行く女の子は、おばあさんに化けてる狼に食べられちゃうの。でも、狩人のおじさんがおばあさんと女の子を助けて、狼を追い払ってくれるのよ」
「そのとおり。この世界はネット上に転がってるデータなら、なんでも実体化する世界ですの。童話の狼のデータから生まれた、友人に化けて襲う魔獣型デジモンもいるんですわ。発想が豊かなのも困りものですわね、おかげで感知するだけで発狂するようなものまでいる」
ずいぶんと物騒すぎる危険用語をぽんぽんと吐き出すホーリーリングの持ち主は、空たちが大輔と合流するのを待ってから、いうのだ。ちぐはぐな敬語がなんか怖い。
「あらあら、ワタクシとしたことが、申し遅れて申し訳ありません。
ワタクシ、この森をテリトリーにしてるバクモンって申しますの」
にっこりわらったけど、涎が垂れてる時点でドン引きである。おっとよだれがって拭った時点でもう遅い。
「悪夢の森へようこそ。ここへ迷い込んだデジモン達はたいていファングモンとかおっそろしいデジモンに襲われて、身も心もずたぼろになって、それはもう飛び切りおいしい悪夢でうなされてくれるんですの。
それを食べて、悪夢の森から出してあげるのがワタクシの役目ですわ。
ワタクシのようなデジモンは、悪夢を食べないと死んでしまいますの、
いい夢はおなかを壊しますので。
もちつもたれるとはいえ、あいつら、時々加減忘れてうなされてるデジモンまで食べようとするので時々ああやってお仕置きしてるんですの。よかったですわね、選ばれし子供たち。そんなみてるだけで涎が出てきそうな悪夢抱えてる子たちは久しぶりですわ」
「・・・・・・・・悪夢?」
「アタシたち、悪夢なんて見てないんだけど、ねえ?大輔君」
「はい」
「んまあ!しっかも無自覚とか最高じゃありませんか!最近デジタルワールドがおかしくなってるせいで、
ワタクシたちもファングモンも腹ペコで死にそうですの!
ようこそ、お客様!夢っていうのは頭の中が大掃除するときに、整理整頓してて、気まぐれでごっちゃごちゃにしてて見るものなのですわ!自覚がないだけで、あなた達すんごくおいしそうな悪夢みてますわよ!
助けてあげたんだから、くださいな」
「え、えーっと」
「ピヨモン、大丈夫なの?このデジモン」
「ホーリーリングつけてるから大丈夫、たぶん」
「たぶんて」
「だいじょぶだよ、だいしけ。あくむたべてもらえるなら、いいじゃない。そらもぴよもんもおれもけっこうつかれてるし、ゆめをたべてくれるってことは、おいしいごはんとか、ごはんとか、ごはんとか、べっととかくれるんでしょ?」
「もっちろんですわ!アフターケアからサービスまでよりどりみどり!
あなた達の悪夢ならたぶん数年は何にも食べなくっても生きていけそうですし、ぜひともくださいな。衣食住完備!
なんならご飯も用意してあげますわ。そのきったない洋服とかはもちろん洗濯させてくださいまし、そんなどろまみれでワタクシの家あげたくないので。あ、でも夢を食べたらでてってくださいな。いつかれたら困るので」
「どれくらい?」
「そうですわねえ、あなた達なら3日くらい?」
みんなに知らせなくちゃいけないことがあるの、と警戒心を露骨にしながら、空は首を振る。すると、つかつかつかとあるいてきたバクモンが小声で空に言ったのである。
「がんじがらめにならないで。勘違いしないで。逃げられなくなった人間関係なんて単なる牢獄と同じですわ。離れられないんなら、他者がひっぱりあげてやんなくっちゃだめでしょう?
悪夢からほんのすこしだけ解放、してあげるって言ってるんですの。あなたはまだ子供でしょう?子供の支えになるのなんて無理しなくってもいいんですの、あなたはあなた、このこはこのこ、そうでしょう?あなたには抱えている問題があるんじゃなくて?
わるいはなしじゃないでしょう?半分こ、してあげますよ、あなたのお姉さん。あなたはどうもすぐに条件付きの愛情は異様にかわいそうだと思ってる。義務でやろうとしてる。
このことあなたは他人です。ほんとうのお姉さんじゃないです。無理、しないで。
操縦は愛情じゃ無く、ただの独占ですわ、監禁ですわ、あなた自分で飛べない鳥におなりになるの?本来の援助の目的と異なった依存関係を必要としていないか、依存関係が自らの生きる目的となっていないかを、再確認する必要があるんじゃなくて?
あなたは健全であると思っていても、このこは気付いてますわよ。
他者を操作する被共依存者との共依存関係を改善させるのは容易ではありませんわ。これ以上いくと後戻りできなくなります。あなた、じぶんという丸の中にこの子押し込めるつもり?
あなたとこのこの分離、精神的な自律にができないと、ここから出してはあげられなくてよ。とくにこの子は、「自分がおかしいからいけないんだ」という考えにより、自分を自分で追い込んでますわ。
このままではどちらも共倒れになるのは必須。お友達探しに必死なのは分かりますけれども、それを盾にしてこの子を守ってあげられるのは自分だという状況を先延ばしにし続けるのはいかがなものかと思いますわ」
「………大輔君」
「はい?」
「……行きましょうか」
「え゛」
えええええ、という大輔とチコモンの悲鳴を置き去りに、ずるずるずると空とピヨモンに引っ張られて、バクモンの家に連れて行かれてしまう。
漂流生活から早幾日か数えるのもやめてしまうほどの大冒険である。お洗濯の言葉に空があらがえるわけがなかった。と空は笑いながら大輔達に説明したのである。
「まったく、ピッコロモンもどんな神経してるんですの。メンタルケアっていっときながら、悪化の一途をたどってるじゃありませんか。ほんと一遍死ねばいいのに」