由比ヶ浜にタピオカを奢ったら、みみみに※※された。   作:菓子子

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ここからは設定を捏造...もとい、想像して書いています。
そういったモノが苦手な方はブラウザバックをオススメ致します。
そうでない方は、どうぞお付き合い下さいませ(_ _)


一章『関友高校』
十一話『注目』


 英単語を覚えれば覚えるほど、数学や物理の公式の使い方を理解すればするほど、忘れられそうな気がする。なのに、ふとしたきっかけで、あの日のことを鮮明に思い出してしまう。

 その癖に、昨日十回書いて暗記したはずのイディオムを忘れていたりもするのだ。記憶のデータ構造はスタック型になっているのではないかと、最近はそんなことを半ば本気で考えている。

 薄い青が広がっている空の中に、どんよりとしたグレーの雲が点々と浮かんでいる。教室の中の黒板にはでかでかと『自習』の二文字が書かれている。空気中には、受験期特有のピリピリとした空気と、ペンを走らせる音と、小さな喋り声だけが存在していた。

 

「ねぇねぇ」

 

 集中が切れていた僕に、小さくも芯のある声が掛けられた。

 

「ちょーっとだけ、聞きたいことがありまして」

 

 右を向くと、えーっと、えー……。

 

「紅海」

「やーっ、確かに七つの海の一つだけれども……くくっ……あはは! そんな間違い方する? 普通」

 

 笑いを堪えられなかったらしい紅海(?)さんは、見事にその笑い声で静寂を壊した。

 一斉にこちらに抗議の目をしたクラスメイトの視線が飛ぶ。

 彼女が『ゴメン、ゴメン』と全方向に謝って、なんとか事なきを得そうではあるけれど。

 ……なんて度胸のあることをするんだ。

 

「七海ね、七海。わたくしの名前」

「りょ、了解」コクコクと僕は頷く。「七海。えっと……聞きたいことって?」

「数学の微分じゃない方の問題で、ご質問があります」

「ああ、積分? ……なんで、僕に?」

 

 なんで友達に聞かないんだ?

 なんでわざわざ、席が近いとも言えない微妙な場所に座っていた僕に聞いたんだ?

 そんな諸々の意図を含んだ質問を、七海が、休憩中等でよく友達を喋っているのを見かける程度には喋り慣れている七海が、分からないはずがないと思ったのに。

 

「……ダメ、かな?」

 

 どうして、分からないふりをしたんだろう。

 僕は反射的に、

 

「……今、取り込み中の問題があるから。それに、気心の知れた友達に訊いた方が、要領はいいと思うよ」

 

 突っぱねた。

 なのに、七海は悲しそうな顔一つしないで。

 

「ん、そっか! ごめんね? 勉強の邪魔しちゃって」

「あ、いや……」

「また何かあったら聞かせてね?」

 

 満点の笑顔のまま、僕の席から離れていく。

 その様子を目だけで追うと、ちゃんと七海はいかにもカーストの高そうなクラスメイトに、おどけた口調で積分の問題を訊きに行っていた。

 ……なんだったんだ。いつにも増して、勉強が手に着かない。

 

 

 

 三年生にもなれば、休憩中や放課後にも参考書を広げてスキマ時間を埋める生徒が増えてくる。春や、夏休みに入っていない内はまだ少ない。でも、夏休みが明けると途端にそれが普通の光景になる。

 つまるところ、空気が変わる。休憩中にはっちゃけたり、大声を出したりして休憩らしい休憩を取っていた生徒が顰蹙を買う可能性がグンと増す。

長い目で見れば、休憩中に息を抜いて勉強するしないにメリハリをつけることは、決して悪い方策じゃないのに、『休憩中でも勉強している奴らが正しい』という空気が蔓延っていて。

そんな空気の悪さに加担しているような気がして、そのような時間帯に教室で勉強をすることが、最近少しだけ嫌になった。

といっても今のところ、その()()が勉強を続ける動機に勝つ様子はないので、今日も夕陽の差す教室で勉学に励んでいる訳だが。

 

「あのさ、西日が目に染みてるところ、ちょっと悪いのですが」

 

 顔を上げると、僕の目と鼻の先に顔を近づけた七海が立っていた。

 

「う、お」

「あはは! 『う、お』だって! そんな喃語みたいな驚き方ある?」

「……あまりにもびっくりして精神が赤ちゃんに戻ったんだよ」

「あはは! なるほどなるほど~」

 

 ふむふむ、と大げさに頷いてみせる七海を前に、なんとか冷静さを取り戻してくる。

 そして、訊くべき言葉と、持つべき疑問が頭に浮かんだ。

 

「……で、何の用だよ、七海」

「あっ、苗字憶えてくれてる! 嬉しいー」

「流石に昨日の今日じゃ憶えてるよ」

「でも人間って、一日で憶えたことは明日になったら半分も憶えてないんでしょ?」

「尖った角度から僕の揚げ足を取ろうとするな。その知識、絶対『効率のいい勉強法 受験』とかでググって調べた蘊蓄でしょ」

「おおーっ、流石。ごめーさつですねー」

 

 何が流石なのかはちっとも分からなかったが、突っ込むと沼に嵌りそうなので止めておく。

 あと、全然話進まねぇ。なんだかイライラしてくる。

 一方の七海はイライラじゃなく、ケラケラと笑うばかりで全然話が進んでいないことを、全然気にしていないみたいだ。

 これが人間の器の大小の違いか。それとも、人間としての性質の違いか。

 閑話休題。

 

「で、何の用だよ、七海」

「あっまた言った! 逃さないよ~」

「で、何の用だよ、七海」

「これ、決まった選択肢選ばないと先に進まないやつだ……」七海は一呼吸置いてから、「電位と電場のとこで、分からない問題があるんだけど」

「……えぇ?」

 

 また?

 性懲りもなく、また僕に勉強の質問をしに来たのか、七海は。

 やっぱり、七海には信頼できる友人が沢山いるはずなのに。

 どうしてだ。全然分からない。少なくともきっと、その電位と電場の問題よりかは分からないと思う。

 だから。

 

「その前に、一つ聞いていいか、七海」

「私を呼ぶ時は『みみみ』でいいよ」

「どうして僕に訊くんだ?」

「あー私の提案、無視された感じですねー」

「七海」

 

 少し、苛立ちを含ませて僕は言うと。

 七海はちゃんとシュンとしてくれる。

 

「えーっとですね。正直に申し上げますと、佐倉くんって頭いいですよ、ね? この前もテストで学年一位獲りましたよね? だから、校内で一番頭がいい人の元へ、このわたくし、七海みなみは分からない問題を持って馳せ参じたので……、」

「ちょ、ちょっと待ってよ」僕は慌てて言う。「なんで、僕が一位獲ったこと知ってるんだ? 担任に訊いたのか?」

「あっ、やっぱりあってましたかー。そーだと思ったんですよねークックックッ……」

「ぐ……この……」

 

 くそ。

 鎌を掛けられていたのか。

 なんて単純な鎌に……いや、これは七海の策略だったのか?

 それも分からない。でも。

 

「ある程度、当たりはつけてたってことだよね」

「ん。そーだよ。……ひょっとしなくても、訊きたい?」

「まぁ……うん。ただで聞かせてくれるなら」

「よかろう。……私、ずーっとテストで二位だったのよ。でも君がこの学校に入ってきた途端、三位に転落しちゃって……およよ。これは絶対、奴……謎の転校生に違いないと、そう私は踏んだ訳ですよ」

「へぇ」

 

 その推測の正確さより、七海の学力が校内で二位だったことが驚きだった。

 いかにも感覚派っぽいし。言動が理知的だとは、先程の会話からでは、流石に思えないけど。

 

「……あー、もしかして今、結構失礼なこと考えられてる? 考えられちゃってる?」

「思ってないよ」僕は頷いた。「思ってない」

「あはは、嘘ってわかりやすいねー佐倉って!」

 

 言って、七海に肩を叩かれる。

 七海の言うことは間違っていなかったので、叩かれたことにを抗議しづらかったから。

 僕はその叩かれた肩をさするだけに留めて、七海の次の言葉を待った。

 

「で、どう? そろそろ教える気になった?」

 

『勉強、教えてくんない?』

……。

少しだけ僕は、逡巡してから。

 

「……分かったよ」

「ほんとに! ありがとう! じゃあ早速なんだけど、」

「でも、そんな理由だけで訊きにくるのは今回でなしだから。……僕が七海に勉強を教える義理なんてないでしょ?」

「あーうんおっけー! えっとね、この電位の求め方で、」

「いや絶対分かってないでしょ適当に流さないで」

 

 と僕が突っ込むと、七海はやっぱり「あはは!」と笑って、まばらにいるクラスメイトの注目を集めていた。

 

 

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