由比ヶ浜にタピオカを奢ったら、みみみに※※された。   作:菓子子

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十二話『土足』

三年の夏休み明けに関友高校に編入してからも、昼休憩を単語帳との睨めっこしながら過ごす日々は続いていた。勉強は模試の点数が上がるだけじゃなくて、一人でいるためのいい言い訳になった。勉強に集中しているふりをしていれば、周りの気遣いによって話しかけられずに済む。何より自分は特に勉強が嫌いじゃなかった。だから僕達は、Win-Winの関係を築けているのだと思う。

 

「まーた勉強してんねー。飽きないの?」

 

 英単語の海にどっぷりとつかっていると、またもや右隣から声が掛けられた。七海だ。七海による日頃の反復練習によって、既に彼女の苗字を僕の記憶に刷り込まれてしまっていた。

 

「飽きないよ」

「昼休憩くらい、友達と喋ったらいいのになーって、みみみは思う訳ですよ」

「……それは、僕に友達がいないことへの揶揄いか?」

「えっ……いるじゃん、普通に」

「はい?」

「私……とか?」

 

 みみみは何の躊躇いもなくそんな恥ずかしいことを言ってから、「はて?」と不覚にも可愛らしく首を傾げる。

 

「はぁ~~アホか」

「アホ!?」

「たった一言二言話しただけで、その人のことを友達認定とか、友達の定義広すぎるだろ」

「えー! ダメなの?」

「ダメじゃないけど……でも、少なくとも僕は、ちょっとだけ会話を交わしただけの人を、友達とは呼べない」

「よよよ……みみみ、もしかしてフラれました……?」

 

 

 よよよだったり、みみみだったり、よくもそんな舌が縺れそうな言葉をスラスラと言えるものだ。

 あと、七海の『みみみ』推しが強い気がする。

 もしかしてなくてもこれ、僕が『みみみ』と言うまで続けるつもりだよな……。

 僕が折れるのが先か。それとも、みみみの僕に対する興味を失うのが先か。

 

「そもそもさ、七海」僕は英単語帳を片手で押さえながら言う。「もう自分が……その、成績がいいからという理由で、分からない問題を訊きに来ないでって言ったよね」

「うん! だから今日はそんな小難しいことじゃなくって」

「うん?」

「普通に話しかけただけだよ」

「ああ、うん」よく分からないので、とりあえず頷いておく。「それで?」

「いやだから、何もないんだって。……あ、その机の中に入れてある赤い本、もしかして……エッチなやつなのでは!?」

「わざわざ自分の机の中にエロ本を隠す勇気のある人は、一度自分の危機管理能力を見直した方がいいと思うよ。というかこの分厚さ的に、まずねぇよ」

「じゃー、何?」

「何って、赤本だけど」

「へぇー、見せて見せて?」

「わ。ちょっと勝手に……」

 

 他人の机の中をまさぐらないでよ。と僕が言い切る前に、七海はそれを取り出した。

 決して軽くないはずの赤本をひょいと持ち上げる七海。

 一方で僕は、プライバシーを障られた気がして、少し恥ずかしさを憶えた。

 

「へー、佐倉くんってここなんだ」

「……まあな」

「もうちょっと上でも目指せそーなのに」

「大きなお世話だ」

「あははっ、確かに!」

 

 屈託なく笑う七海。

 ……どうやら七海は、友達の定義が広いだけじゃなくて、笑いのツボと多いようだ。

 

「へぇーっ、でも、そうなんだ。ふーん」

「何?」

「それじゃあ、大学に入ってもお世話になりそうだなーって、思いまして」

「……!」

 

 なるほど。

 志望大学が一緒なのか。

 それなら。少し落ち込むような姿勢を取って。

 

「入る大学、考え直すか……」

「えー!? そんなのってないよ~……」

 

 深刻そうにポツリと呟くと、七海は案の定乗ってくれる。

 

「……ぁ」

 

 ……しまった。軽くあしらうつもりが、七海の底抜けに明るい雰囲気にあてられて、つい陽気なことを言ってしまった。

 そんな後悔が顔に出ていたのか。

 

「へへっ」

 

 七海はしたり顔で笑う。

 そして、僕が弁明をする前に、タイミング悪くなった昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴ったのと同時に、とっとと自分の席に戻って行ってしまった。

 

 

 

 

 翌朝、七海は親しそうな友人と教室に入ってくるやいなや、昨日僕が持って来ていた赤本と同じ物を、机の上に広げた。

 

「な、何?」

「おはよー」

「ああ、うん。おはよう……じゃなくて、何?」

「いやー今日の夜に、赤本に挑戦してみたんだけどさ。全然分からなくって……ほらここ。……ここの積分の式って、どうやって導出するか分かる?」

 

 僕は一応、その開かれているページの内容を読んでみる。それは、奇しくも先週辺りに触った問題とよく似ていた。

 

「……分かるけど、」

「え、本当に! さっすが佐倉くん、できる男は違うね~」

「雑に褒めてもな、何も出ないぞ」

「にしては口元がニマニマしている気がするの! ですが!」

「してないよ」僕は口元を手で隠しながら念を押す。「全然してない」

「ダウト!」

「そんな話はどうでもいいよ。……七海、何のつもりだ?」

「へ? いや……だから、教えて欲しくて」

 

 何も後ろめたいことがないらしい七海は、きょとんとした間抜けな表情を浮かべている。

 

「だから。僕はそもそも、七海の勉強を見る義理はないって言ったでしょ?」

「でも、志望大学は一緒じゃん」

「それが何?」

「え、ほらー。同じ志を持つ者云々は、助け合うのが世の定めって言うでしょ。私はただ、その決まった定めに従ったまでさー」

「それは……取引になってないよ」

「や、取引じゃなくてさ」

「取引だよ」僕は一呼吸置いてから、言う。「僕が七海に問題を解説する時間を差し出そうとしよう。そして……失礼なことだというのは承知の上で言わせてもらうけど、僕が七海に勉強を教えてもらう機会は必要ないよ。だから、七海が僕に差し出せるものは何もない」

「……むー」

「それとも何か、七海が僕に差し出せるものはあるのか?」

「…………え、」

 

 七海はそれから動きをフリーズさせるような様子を見せると。

 

「身体……とかって、こと?」

「ちっ……、」

 

 今度は、僕がフリーズする番だった。

 

「がうわ、アホ。七海ホントあほ。お前、顔を赤くするぐらいなら、んな変なこと言うなよ……」

「いっ……いやいやいやいや!? 赤くなってるのはそっちもだから!?」

「当たり前だよそんなこと言われたら普通の一般高校生はそうなるわアホ」

「アホアホ言うなー。私、こう見えても結構賢いんだからね?」

 

 知らないよ。……いや、知ってるけど。

 学年二位の学力らしいし。勉強の解説をしている時は、かなり飲み込みがよかったし。

 でもそんなことは、今となっては関係がないだろう。

 

「今日のところはとりあえず、お引き取りください」

「そ、そういう訳には! 女の子に恥かかせたんだから、男として責任は取るべきなのでは!?」

「マッチポンプにも程があるわ」

「でもさ! 同じ大学に行く同級生に、貸しを一つくらいは作っておいてもいいんじゃない!? いざという時に便利だよ?」

「なんで七海はそうやって頑なに食い下がるんだよ」

「それ、は……」

 

 七海は何かを考えるよう上を向いた。

 

「私と貴方が、似てると思ったから……かな?」

 

 それをただ、僕は七海の何気ないボケだと思った。

 だから僕は、何気ないツッコミを返す。

 

「僕と七海の間に共通項があるとするなら、それは『人間』なだけだ」

「そうかな……あ、葵が呼んでる。もう、葵に聞いちゃうもんねー」

「……それで僕に一体何のデメリットが発生するんだ?」

 

 それを七海は聞いていないようで、「ふーんだ」と、葵と言うらしい、何かものっ凄くスペックの高そうな七海の友達の席へ向かって行く。

 なんなんだ、これは。一体僕は何の茶番に付き合わされているんだ?

 『勉強を頑張っているから喋り掛けてこないでタイム』を、いとも簡単に壊した上に、厚かましく勉強について訊いてくる七海に何か、僕の心の大事な部分を土足で上がり込まれている心地がして、落ち着かない。

 

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