由比ヶ浜にタピオカを奢ったら、みみみに※※された。   作:菓子子

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十三話『魔王』

「ねぇねぇ」

「うん?」

 

 ここ数日で、『変に会話を嫌ってグダグダと長引かせるより、逆に即対応して会話を終わらせる方が手っ取り早い』ことに気づいていた僕は、素直に顔を上げる。

 ……なんだか七海に調教されている気がして、釈然とはしないが。

 

「佐倉くんて、普段はどんな勉強してるの?」

「知ってどうするんだ?」

「参考にしようかなって、思いまして」

 

 上機嫌に七海は言うと、掛けていない眼鏡をクイッと上げる。

 

「言ってもいいけど、参考にならないと思うよ」

「えーっ! なんで?」

「絶対、僕とみ……七海の頭の構造が違うから。頭の構造が違うから、適切な勉強法も違ってくる。だから参考にならないし、むしろ逆効果になる」

「えー……そうかなぁ?」

「だって七海、僕と違って勉強は感覚でやってるでしょ?」

 

 と言えば、七海は『あはは! たしかに!』と笑い飛ばすことを予想していた。

 期待してもいた。そうして、この話を終わらせたかった。

 でも。

 

「ううっ、そ、そっかー……まぁ、そうだけど……さ」

 

 普通に落ち込んで、普通に声の調子を落とした。

 いつもの快活さは鳴りを潜めていた。でも、そんなちょっとした違和感に七海自身も気づいたらしく、直ぐに顔をあげて。

 

「でもっ、なんか、ない!? ほ……ほら、秘密のパスワードみたいに簡単な方法とかさ……」

「あるよ」

「あーやっぱないよねー……って、なんですと!? あるの! 教えて!」

「いやだ。教えない」

「そんなご無体な……私たちの関係って、一体なんだったの……?」

「簡潔に言うと、たった数日のカジュアルな関係だな」

 

 僕の机に寄りかかる七海に、僕は淡々と言葉を吐く。

 また七海が食い下がることは分かっている。だから、それをどう頑張って乗り切るか、だ。

 

「頼むよー。将来の同回生を助けると思ってさ」

 

 助ける。

 

「助け……」

 

 ……助けるだって?

 そんなの、僕の手に余る所業だ。

 今までだって、全然人を助けてこられなかったじゃないか。

 主人公に……なれなかったじゃないか。

 ここで七海に何か提言をして、そのアドバイスが功を奏すとは決して限らないし。

 失敗した場合は、どうしてもその責任が付きまとうし。

 そもそも、そんな後ろ向きな可能性に怯えている地点で、人を助けようなんて烏滸がましい。

 だから僕は言う。

 

「助けないよ、僕は」

「えっ」七海は惚けるように首を傾げた。「人は勝手に助かるだけだって?」

「言ってない」僕は首を横に振る。「そんな、手を貸す前振りみたいな台詞は言ってないよ」

 

 そして、七海にお茶を濁される前に僕は畳みかける。

 

「あと、そういった事なら……ええっと、いつも七海といる人に相談した方がいいと思う。当たり前だけど僕より七海のことは知っているはずだし」

「たまのこと?」

「ええと……分からないけど綺麗めで」

「……たま?」

「めっちゃスペックが高そうなクラスメイト」

「ああ、ああ。葵のことかー」

「うん。多分」

「で、でも……」

「でも、何?」何かを言いかける七海に続けて僕は言った。「でもやっぱり、付き合いの長いクラスメイトより、どこの馬の骨とも分からない生徒のアドバイスの方が、信頼できそう?」

「だ、だって一位、だし……」

「一位だなんだって、関係ない。そもそも本当に頭のいい人は、こんな学校が決めた定期テストの範囲に縛られないで、きっちり目標に向けて勉強してる。だからそのテストの順位には出てこないだけで、模試とかになったら僕の点数を上回る同級生は少なからずいるよ。……もしかしたら、その、葵って人もその中の一人かもしれない」

「…………そっか」

 

 反論させる隙……をなるべく隠しながら、僕は七海を諭すように目を見ると。

 七海にしては長い間逡巡した後、手を引いてくれた。

 

「うん。分かった。ごめんね? 時間取らせちゃって」

「……別に」

「じゃ、またね!」

 

 不安げな表情を強引に歪めて、いつもの調子に戻すその所業は、コミュニケーションに関しては無学の僕から見ても、中々に目を見張るものがある。

 でもお得意の、おどけたりして僕の罪悪感を軽くするような気配りを見せる余裕は、今の七海にはなかったみたいだ。

 

「……関係ない」

 

 関係ない。

 と、僕は僕に言い聞かせて、もう一度参考書と向き合う他ない。

 

 

 

 

 

 数日後、記述模試が返ってきた。

 順位の欄を覗くと、相変わらず学年順位一桁ギリギリを死守していた。きっと上位8位には要領と記憶容量が化け物級の同級生がひしめいているのだろう。

 そんな中途半端な韻を思わず踏んでしまう程度に、内心この成績に満足していた。この時期は引退した運動部達が、最後の追い込みとばかりにグンと点数を上げてくるらしい。そんな荒波に振り落とされずに現状を維持できたのだとしたら、順位が上がらなかったことにそこまで悲観的にならなくていい。

 

「……」

 

 各々の成績を比べ合っている中で、一際大きな声のする方向に自然と目が向く。

 

「わ! すっご……一位だなんて、やりますね~!」

 

 やっぱり七海だ。ええと……確か、葵という友人と喋っているようだ……って、え?

 一位? 葵……さんが?

 マジか。前々からスペックが高そうだな、とは思っていたけれど、まさかそんな……。

 

「え……わ、私!? いやーそれはちょっと難しい相談ですねー」

 

 そんな葵の成績は盗み見た癖に、自分の結果は見せたがらない七海。

 葵さんはそれに不満を示すのかと思われたが、七海への追及はそこそこに終わって、とうとう返ってきた答案用紙の答え合わせを始めてしまった。

 取り残された七海は、手持ち無沙汰に辺りを見渡す。

 急いで視線を外して、僕も負けじと答え合わせをした……けど。

 その時に一瞬だけ目に映った七海の横顔に、焦りの色が見えたのは、多分見間違いじゃない。

 

 

 

 

 自習前に立てた勉強計画通りに上手くいくことは稀だ。大抵は分からない問題にぶち当たったり、眠気に勝てなかったり、隣の席にいる人の寝息が耳障りだったりで、何かしらの予期せぬ妨害を受けることが多い。

 

「……♪」

 

 だからこそ、そのような妨害を受ける確率をすり抜けて、つまり勉強が捗った時の喜びはひとしおだ。今日はもう絶対に勉強しないぞ。なんならご褒美として行きつけのラーメン屋でも行こうか。と静かに意気込みながら、図書室から教室へ抜ける廊下を歩いていると。

 

「……――なみさんは……今のま…――では……」

 

 自クラスを通りかかった時に、そちらの方から担任の声が漏れているのを聞きとがめた。

 否が応でも聞き耳を立ててしまう……そういえば今日から、三者面談の日程が入っていたっけ。

 

「難しいですか?」

「そうですね……今の七海さんの成績では、志望大学を下げることも、一考すべきだと思います」

 

 え。

 そう……なんだ。ちょっと前の七海の様子から、模試の結果が芳しくないことは想像に難くなかったけど、まさかそこまでとは……――、

 ――じゃ、なくて。

 なんで盗み聞きのような真似をしているんだ、僕は。

 早く去らないと……でも。

 

「また、こちらの大学では、志望されていた大学とは異なって、センターの点数がより多く加味されます。なので、センター模試では安定した成績を収めている七海さんにとっては、いい条件だと言えるでしょう」

「家からも通える距離ですし……ならみなみ、それでも悪くはないわよね?」

 

 そうか……七海は、来られないのか。

 僕が合格するとは限らない。でも、絶対に来年の入学式に七海と同じ場所にいる可能性はない。

 当たり前だけど特に悲しくは感じなかった。

 

「……」

 

でも、無感情に切って捨てられない程度には、七海は僕の生活の中に入り込んでいるらしかった。

 

「嫌です」

 

 そんな。

 そんな感傷に浸って、それで終わるはずだったのに。

 

「わ、私はこの……大学に行きたい、です。ずっと目標にしていた大学なんです。だから……行き、ます」

 

 少しの焦燥が混じった七海の声で、ふと我に返る。

 

「悪いことしてる」

「いっ……!?」

 

 と同時に、後ろから声が掛けられて、変な声をあげながら振り返る。

 

「あ……」君は。「日南」

「あっ、名前憶えてくれてるんだ、嬉しい! 佐倉くん……だよね?」

「お、おう……」

 

 日南は控えめで、かつ清潔感のある香りを辺りに漂わせながら、僕の名前を呼んだ。

 ……やばい。ただ相手も僕の名前を憶えていただけなのに、そんな嬉しさを全面に出したような笑顔を見せられたら、こっちまでニヤニヤしてしまう。

 ただ、名前を呼ばれただけなのに。

 

「ダメだよ、そんなことしちゃ」

「あ、あぁ」

「ほら、ここだけの秘密にしてあげるから……ね?」

「う、うん」

 

 ……やばいやばい。ただ覗き見していたことを咎められているだけなのに、相手と秘密を共有した気になって、ついつい心が躍ってしまう。

 ただ、間違いを指摘されただけなのに!

 

「受験勉強、頑張ろうね!」

「お、おお」

 

 あと、まだ僕は言葉らしい言葉を一つも発していないのに、リア充と充実した会話ができたと勘違いしてしまいそうだった。

 ただ……ただ相手に会話をリードされているだけなのに!!

 ダメだ……理由は分からないけれど、とにかくこの場にいちゃダメだ。

 僕は自分の身にせまる危機を察知して、逃げ帰るように廊下を抜けて、校門を目指して。

 

「やっべぇ……」

 

 ただ、元クラスメイトの戸部のような言葉を吐くことしかできなかった。

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