由比ヶ浜にタピオカを奢ったら、みみみに※※された。   作:菓子子

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十四話『拉麺』

 豚骨プラスアルファ塩か醤油かを選べることができて、ニンニクや塩コショウ等置かれてあるトッピングが豊富で、特徴的な薄黄色のスープに太麺が程よく絡んだ、うずらとほうれん草と焼き海苔とチャーシューが乗ったラーメン。

 そう、何を隠そう、僕は家系ラーメンの美味しい店に足を運んでいた。

 高校生のお小遣いでは、週に一度も通うことが限界のラーメン屋。転校初日に挑戦してみてから、すっかりとここの虜になっていた。

 

「お……」

 

 そして幸いにも、店の前で並ばずに入ることができそうだ。

 勉強が捗ったり、寒い中で並ばずに済んだり……今日はきっと、俗っぽく言えばツイている日なのだろう。

 そして案の定、その店の扉を開ければ、開いているカウンター席にそのまま通された。

 僕は店員さんに『醤油の固め』と告げてから、スマホを見つつ、あちこちから放たれているラーメンの匂いによって刺激され続ける唾液腺を自制しつつ暇を潰す。

 『嫌です』

 

「……」

 

 だから、先程の七海の言葉が自然と思い起こされた。

 七海は他の大学に……第一志望に比べて偏差値を落とした大学を受けることを拒んでいた。

 あそこまで、他の大学を受けることを拒む理由は何なのだろう。あ、いや、別に知りたくな……くなくはない、か。ほんの少しだけ、興味があった。

 でもその理由を簡単に類推できるほど、僕は七海のことは知らない。自分のことを『みみみ』と呼ばせたがる、僕に何か理由を付けて関わりを持とうとしてくる、クラスカーストの高い天真爛漫で変なクラスメイト。

 そんな表層的な部分しか知らないんだ、僕は。

 ヒントが少ない。あまりにも少ないから、そもそも問題にすらなっていない。

 それでも、ラーメンが来るまでの暇つぶしには十分で、

 

「久しぶりだな、佐倉」

「う、お…………え?」

 

 じっと黙って考えている時に、横から声を掛けられて情けない声を漏らしてしまうのも当然で。

 僕は、隣のカウンター席に座った、妙にヤニ臭いその女の人を見る。

 そして視界に収めるや否や、僕にしてはかなりの処理速度で名前を思い出した。

 

「そっちの担任の名前は、もう憶えたか?」

「いえ、それが」僕は言った。「まだなんです」

「情けないな」その女性は息を吐いた。「では……私の名前は、どうかな?」

 

 ああ。

 忘れる訳がない。

 忘れられる訳がない。

 僕は、驚いていることを悟られないように、努めて冷静にその名を呼んだ。

 

「お久しぶりです……平塚先生」

 

 

 

 

「どうして埼玉にいるんですか」

「単身赴任だよ。千葉から埼玉とは……全く、上の人も人遣いが荒い」

「ああ」僕は頷く。「若いから」

「そうだ。若いから、まだ先生歴の浅い人はよく飛ばされるんだ」

「ああー……って痛い痛い先生、僕の足踏んでますなんでですか」

「なんでって、私のことを馬鹿にしたからに決まっているだろう。等価交換だよ」

「してませんって」

「いや、しただろ」

「そうでしたっけ?」

 

 再会早々、火花がバチバチと飛び交う展開になりかけていたところを、第三者……もとい、店員さんが仲裁した。

 つまりラーメンができあがったので、運んできてくれた。

 同時にラーメンを届けられた僕たちは、無言で箸を割ってから、蓮華でスープを啜る。

 十分にスープの味を堪能した後、割った箸で麺を啜る、啜る、啜る。

 

「「はぁ~~」」

 

 ため息が被る。僕は少しだけ気恥ずかしさを感じて、先生はニコリと不敵に笑う。

 

「よくここに来るのか?」「はい。行きつけです」

「そっちで友達は作れたか?」「……ぼちぼちでんなぁ」

「急に関西弁になるなよ」「すみません……でも」

「うん?」「大方お察しの通りだと思います」

「……そうか」「……」

 

 箸が進む。

 熱々のスープが、少しだけ温くなっていく。

 

「友達を作らずに一人でいて、寂しくないか?」「あんまり感じたことはないです」

「そうか。君は強いんだな」「は? 急に……そんなことない、ですけど」

 

 急に強キャラ認定されて、平塚先生を見る。相変わらず平塚先生の目は、眼前のラーメンに注がれていた。

 そしてそのまま、先生は言う。

 

「いいや、強いよ。孤独でも大丈夫な人は、きっと佐倉が思っているよりずっと少ない」

「……少なければ強いなんて道理はないですよ」

「そうだな。しかし孤独が平気な人は即ち、心の拠り所を必要としない人だということだ」

「別に平気って訳じゃ……僕だって時々、ラーメン一緒に行ける人がいたらいいなぁ、なんて思いますし」

「……それは私を口説いているつもりか?」

「や、違いますよ別にそういう訳じゃ。……うう、失言だったな」

「はは」

 

 上手く乗せられた僕は、恥ずかしさを誤魔化すためにスープを啜る。

 ……本当にうまいなぁ。

 

「……でも、多分」

「ん?」

 

 口直しに水を飲んだ後、自然と僕は口をついていた。

 平塚先生の視線を感じる。

 僕から話題を持ち出すことなんて滅多にないのに。スープの油で舌がよく滑っているからか。それとも少しだけ、ほんの少しだけ平塚先生のことを信頼しているからか。もしくはただの気まぐれか。

 

「僕が孤独で平気なのは、『孤独じゃないこと』を知らないからだと思います」

「……」

「ずっと独りで人生を生きるならそれでもいい。でももし僕の人生の近くに誰かが入り込んでくれば、きっと戻れなくなる。孤独なことに耐えられなくなる。そんな気がします」

「だから?」

 

 だから?

 だから、何だろう。

 もう一度、自分を見つめ直してみる。

 その、胸の中にあった感情は……純粋な恐怖だった。

 

「……怖い」僕はポツリと呟いた。「独りぼっちだった人生が、他人を必要とする人生に挿げ変わることが怖い。……その後の自分は多分、今の自分よりも少しだけ大人になっていると思うから、なんとか折り合いをつけて生きていくんだと思います。でも、今はやっぱり怖い。一人でもへっちゃらな今の僕には、想像しただけでも怖い」

「怖いか」

「はい」僕は頷いた。「今まで、こんなことを思ったの、なかったのに……」

「じゃあ」先生は言った。「誰かが今、君の人生の近くにいるということだな?」

「……っ」

 

 一歩、先生に踏み込まれた気がして、僕は先生を見る。

 先生はいつの間にかスープを完飲していた。

 そしてやっぱり先生は、きっと僕に手を差し伸べているんだろう。

 それは、一年前の僕が取らなかった手だった。

 

「…………」

 

 きっと僕がもう一度はぐらかせば、先生は手を引いてくれるんだろう。

 僕は――、

 

「………………あの」

「なんだ?」

「聞いて欲しいことがあります」

「そうか」先生は言った。「……そうか」

「なんですか。……僕が相談事なんて、そんなに珍しいですか」

「あ、あぁ……そうだな、ハレー彗星が見えるくらいかな」

「75年に一度……!?」

 

 僕は驚愕してみせると、先生は今日一番の大きな笑顔を見せた。

 

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