由比ヶ浜にタピオカを奢ったら、みみみに※※された。   作:菓子子

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四話『穴』

奉仕部の扉を開けると、赤みがかかった茶髪の子に加えて、新たに一人の生徒が

男の人。

黙々とライトノベル片手に読書に耽っている男の人。

目の下に大きな隈を蓄えている。

ナントカヶ浜さんとは対照的な人みたいだな、と。

第一印象はその程度だ。

その、同級生らしい男子よりも先に、ナントカヶ浜さんの顔があがる。

僕が挨拶代わりに手を挙げるや否や、由比ヶ浜は口を開いた。

 

「ガリ勉じゃん」

 

 どうやら、一部のカーストでは、なるはやで知人のあだ名をつけて、距離をグッと近づける習わしがある……という噂は、どうやら本当らしかった。

 ともあれ僕は、ナントカヶ浜の中で、とりあえず隙あらば勉強しているがり勉キャラとしての地位を確立しているようだ。

 僕の、ナントカヶ浜に対する『とりあえず最後に浜のつく、テンション高めな陽キャラ』という認識と、いい勝負だと思う。

 

「九十九里浜」

「違うし?!」

「……白浜?」

「近くなったけど違うから……もしくは通り過ぎてる……」

「由比ヶ浜」

「ん。今日はどしたの……ってかあっ、そっか、相談か。……ね、ヒッキー」

 

 ナントカヶ浜、改め由比ヶ浜は、だらしない恰好でパイプ椅子に座っている彼に声を掛ける。

 その男はヒッキー、というらしい。

 一言二言、彼女と会話を躱した後、無理な体勢で本を読み続けていたからか、両手を挙げて伸びるような仕草の後、僕に向き直る。

 

「それで、相談って何だ?」

「あ、えっと」

 

 挨拶を飛ばして、いきなり本題に入ろうとする彼。

 なんとかついていかないと。

 

「由比ヶ浜さんから聞いてない?」

「一応は」彼は言った。「でも、いまいち要領を得なかった。だったら、本人から聞いた方が手っ取り早いだろ?」

「あたしの説明にずっと生返事で返してたの、そういうことだったんだ……」

 

 一応、由比ヶ浜さんは彼に説明を入れてくれていたようだ。

 ありがたい。ありがたいけれど、その努力が全て水の泡だったことに気づいた由比ヶ浜は、目元に虚しさを湛えた笑みを、彼に向けていた。

 それから僕は、彼に説明を入れた。

 最近、誰かに見られているような気がすること。

 その視線で、いつもに比べて勉強に集中できないこと。

 それで困っているので、先生の勧めに従って、この部室の扉をノックしたこと。

 

「……ふんむ……」

 

 彼は悩んでいるようなアクションを見せる。

 しかしそれには芝居がかかりすぎていて、初対面の僕でも全然悩んでいないことが分かった。

 そして、十分な間を取った後に、彼は口を開いた。

 

「ただの風邪ですな」

「そっかー風邪かー。最近季節の変わり目で温度差激しいもんね……ってえ、風邪!?」

 

 流れるようなノリ突っ込みを見せたのは僕じゃなく、由比ヶ浜だ。

 

「メイアクト、出しときますね」

「しっかりと抗生剤を処方しようとしている……」

「めいあく……何?」

 

 因みに抗生剤は、風邪が治り掛けた時に飲むのを止めると、その抗生剤に対する抗体が体内でできてしまって、逆に悪化するらしいから、処方された抗生剤は飲み切った方がいいらしいぞ!

 ……じゃなくて。

 

「僕、ピンピンの健康体なんだけど」

「だったら自意識過剰だ」彼は僕の反応を予想していたように、即座に吐き捨てた。「いや、分かる。分かるぞ俺には。俺もな……っつか俺の友達の友達の話なんだが……」

 

 それから彼は、彼の友達の友達が、中学の頃にとあるクラスメイトの視線を受信して、『もしかして……自分のことが好きなのでは!?』と思い至って自分から告白した結果、派手に玉砕し散った話を、かなり仔細に、懇切丁寧に教えてくれた。

 

「……」

「……」

 

 どう考えても彼自身の黒歴史に関する話だった。

 ……僕と由比ヶ浜は終始ドン引きしていた。

 

「ともかく、だな」そんな僕たちのドン引きを意に介さず、彼はまとめる。「クラスメイト……引いては他人の99割はお前のことなんて路傍の草程度にしか思ってねぇんだよ。むしろ逆だ。赤の他人は全員自分のことを嫌っている程度に思っときゃ、余計に傷つかなくて済むからオススメ」

「リスクヘッジが大げさすぎる……」

「クラスメイトって他人じゃなくない?」

 

 各々の指摘を処理しきれなかったのか、バツが悪そうに下を向く彼。

 でも。

 そんな彼の言い分はユニークだと思ったし、何か胸にストンと落ちる感覚があった。

 なるほど。自意識過剰か。

 

「確かに……そうかも」僕は頷いた。「最近こっちに越してきたばかりだから、ちょっと神経質になりすぎていたのかもしれない」

 

 そう思うと、やにわに恥ずかしくなってきた。

 自分のことを絶えず見ていた誰かが、僕の自意識によって作り出された幻想だっただなんて。

 穴があったら入りたい。

 

「ありがとう。帰ります……」

「ちょ、ちょっと待って」

 

 帰りながら、ちょうど人一人が埋まりそうなサイズの穴でも探そうか……などといった算段を立てていると、由比ヶ浜に止められる。

 由比ヶ浜は、彼が出した結論に納得がいっていないのだろうか。それとも……?

 

「ま、まだゆきのん来てないから。それまで待ってかない?」

「ゆきのん……?」

 

 って確か、昨日も由比ヶ浜が口にしていた渾名だ。

 

「ゆきのん……って、この部活の部員?」

「そうそう!」

 

 言われてみれば、この部室には誰かが座りそうなスペースが、もう一つだけあった。

 堆く積まれた小説累々……が囲んでいる、最後の一つのパイプ椅子。

 そこが、俗にゆきのんと呼ばれる部員の所定位置のようだ。

 

「まだ来てないけど……で、でも、もう今日は来ないって決まった訳じゃないから、ちょっと待ってかない?」

「今日はもう来ねぇだろ。こんな時間だし」

 

 由比ヶ浜の誘いを、目つきの悪い彼が制した。目線はライトノベルの方に預けているみたいだが、さっきからページをめくる様子はない。

 一応会話には参加してくれているみたいだ。

 

「で、でも……」

「話は解決した。……それに、昨日だって来てなかったんだろ?」

「そう、だけど……」

 

 由比ヶ浜は、悲しそうに目線を下に落とした。

 ゆきのんは昨日もこの部室に来ていない。それは僕が目の当たりにしているから、それは確かだ。

 もしかして……。

 

「その……ゆきのんって、幽霊部員なのか?」

「そうじゃねぇけど」

「最近……来てくれなくってさ」

 

 最近。

 つまり最近まではこの部室に足を運んでいた。

座り主のいないパイプ椅子の周りの生活感が、そのことを如実に表しているようにも見えた。

 

「そっか」

 

 それなら、あまり部外者が首をつっこむべきではないだろう。

 どう考えても僕が詳しく話を聞き出すのは悪手で、相手にとってはありがた迷惑な話だ。

 双方が損を被るだけだ。

 

「じゃあ……また、何かあったら相談しに来ていい?」

 

 六月にはまた、転校しちゃうんだけど。なんて微妙なことは口にしないで、僕は精いっぱいの愛想笑いを浮かべる。

 彼はつまらなさそうに『おう』と言った。彼女は『う、うん!』と健気に応じてくれた。

 僕は最後にもう一度だけ感謝の言葉を述べてから、奉仕部を後にする。

 外に出ると、夜になっても冷え込んでいない空気が漂っている。昼とは打って変わって、沖に向かって吹く陸風の温度が心地よかった。

 もし。もし僕がずっとこの高校にいることになるならば、例えば奉仕部のような部室に入り浸って、他愛もない話を繰り広げていたんだろうか。

 そんな感傷的な空想をしてしまう程度には、夜の帳は降りていて。

 しっかりと穴を探すことを忘れないように心に止めながら、僕は家路についた。

 

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