由比ヶ浜にタピオカを奢ったら、みみみに※※された。   作:菓子子

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五話『雪』

 昼休憩中は、各々の場所を囲んで、友人と会話に勤しみながらモソモソとご飯を食べるのが一般的だ。

 ぼっちを除いて。

 ぽっと出の転校生に、優しく話しかけてくれるクラスメイトを期待することは烏滸がましいから。

 今日も今日とて、他人の談笑をBGMに一人飯を遂行している。

 

『だったら自意識過剰だ』

 

 昨日の、奉仕部にいたユーモラスな彼の言葉を思い出す。

 奉仕部に行って、初めて見た人。少なくとも、この教室にはいるようには見えない。各々が笑いながらご飯を食べているどのコロニーの中にも、彼の姿は見当たらない。

 ……そういえば、いつも何かと笑っている由比ヶ浜もいないな。

 一人、ずっと机に突っ伏して寝ている人はいるようだが……ともあれ。

 自意識過剰。

 自意識が肥大化して、赤の他人の何気ない視線の動きや、自分とは関係のない人へのうわさ話の矛先が、自分に向けられているものと錯覚してしまうらしい(グーグル調べ)。

 だから、自分のような話は、その一例に過ぎないと、彼は言った。

 僕はそれに納得していた。納得して、穴があったら入りたいと思った。

 

「……」

 

 だから。

 だから、()()()()()()()()()()のも、やはり勘違いに違いなくて。

 僕は購買で買ったメロンパンを、知らない振りをしてかじり続ける。

 ……。

 でも。

 最後に一度だけ、振り返ってみてもいいんじゃないか。

 もちろんその先に誰か僕を見ている人がいるとは、もう毛ほども思ってはいないけれど。

 ただ、『自分を見ている人』が本当にいないことを、自分の中で実感として持たせるために。

 と、僕は自分を納得させてから、目を横に思いっきり動かして、それから少しだけ首を回しながら、振り返ってみる。

 果たして――。

 

「…………え」

 

 いた。

 普通にいた。

 姿かたちは隠れて伺うことはできないが、体……の一部が扉からはみ出していた。

 彼……いや、彼女の名は。

 

「由比ヶ浜」

「ひぇっ!?」

 

 僕は席を立って、気づかれないように十分に近づいた後、声を掛ける。

 先程から丸見えだった、お団子ヘアーが驚きで揺れる。

 頭隠して尻隠さず……ならぬ、身体隠してお団子隠さずだ。

 

「ガ……ガリ勉」

「こんなところで何してるんだ?」僕は尋ねた。「もしかして……自分の教室忘れちゃった……とか?」

「そんなことないしっ!? ってかここ、自分の教室だし……」

「じゃあ入りなよ。……それとも何か、ここで用事ある?」

「……」

 

 由比ヶ浜は少しだけ目を見開いてから、「うう」とうなだれて、背中を壁にくっつける。

 何か言いづらいことでもあるらしい。

 後ろめたいことをこれから話すつもりなのか、彼女は目線を横に逸らしながら口を開いた。

 大体、彼女の言いたいことの見当はついているけれど。

 

「あ……あの。信じてもらえないかもだけど、あたし……」

「うん。信じるよ」僕は言った。「君は自分が犯人じゃないって言いたいんでしょ? それは分かってる。もしそうなら、もっと早く見つかってたはずだから」

「そ、そっか……」

 

 由比ヶ浜は、困惑と安堵を感じさせる、口だけの笑みを浮かべた。

 しかし安堵が勝っているのか、言葉を選べずに由比ヶ浜を少しだけこき下ろしてしまった事実には、彼女自身は気づいていないようだ。

 

「……関係ないけど、話の腰折らないでよ。人の話は最後までちゃんと聞くって、誰かに言われたことない?」

「少なくとも、国語の教科書にはそんなこと書いてなかったな」

「これだからガリ勉は……」

 

 ゲンナリした表情をしたまま、右手でやれやれと額を抑える由比ヶ浜。

 

「あはは」僕は笑った。「全くだ」

 

 これでおあいこか。

 由比ヶ浜も緊張が解けたのか、屈託なく笑う。

 そろそろ本題に戻ろうか。

 

「で。何やってたんだよ?」

「あ、やー……そのね?」由比ヶ浜は言った。「ほら、ガリ勉って誰かに見られてるって言ってたじゃん。だからその、見張ろうと思って……」

 

 え?

 そうだったのか?

 ……でも。

 

「……ありがたいけど」僕は一応、お礼の言葉を挟む。「彼の話、聞いてただろう? あれは別に本当に見られてた訳じゃなくて、僕の自意識過剰だったんだって。……ああ、思い出したら恥ずかしくて穴に入りたくなってきた……何か近場でちょうど人が入るサイズの穴とかない?」

「や、ないけど……」引きつつも、由比ヶ浜は答えてくれる。「でも、前行ってた高校じゃそんなことなかったんだよね?」

「でも、僕は納得してて、」

「あたしが納得いってないの」

 

 と。

 由比ヶ浜は僕の意に介さず、キッパリとそう言った。

 いつもの軽い調子とは違う、ほのかに意志の強さを感じさせる強い声。

 僕が見ていたいつも由比ヶ浜は、ほんの一部だったのだろうと。

 そんなことを思う。

 

「……あ、や。あたしもそういうの、経験がないこともなくてさ……。迷惑だったらごめんね?」

 

 思っていると、いつの間にか由比ヶ浜はいつもの由比ヶ浜に戻っていた。

 驚きの変わり身の早さだ。

 

「……あ、ゆきのん!」

 

 その変わり身の早さに恐れおののいていると、由比ヶ浜は明後日の方向に顔を向けた。

 釣られて僕もそちらを見ると、そこには……う、お。

 げぇ。

 由比ヶ浜に勝るとも劣らない端正な顔つきの同級生が、こちらをじっと見ている。

 僕の周りの顔面偏差値が、僕を加えても優に70は越えてしまっている。

 その辺りの地方医大でも一発合格に違いない……何を言っているんだ僕は。

 

「……そこで何をしているのかしら?」

「話せば長くなると言いますか……」

 

 顔面が不細工だと、近くに綺麗な顔の人がいると、生物的な劣等感を感じて平静ではいられなくなる。

 これは一般論ではなく、僕の持論だが。

 ともあれ、緊張して会話に参加できるテンションじゃない。

 

「誰を見てたの?」

「そういうんじゃなくって……」

「……まさか、自分の教室の場所を忘れてしまったの?」

「だから違うからっ!? そんな可哀想な子犬を見るような目で見ないで~」

「それは二重表現よ……暑い、由比ヶ浜さん……離れて……」

 

 僕が冷静さを取り戻している間に、目の前では女子高生二人によるイチャイチャが繰り広げられていた。

 正直……眼福です。アーメン。

 ぐぐ……由比ヶ浜一人だったり、雪ノ下ナントカさん一人だったりの時は大丈夫だったんだけど、美人さん二人となると……ううん?

 

「お前……雪ノ下か?」

 

 表情も、まとっている雰囲気も、髪の長さも、第一印象も、表情筋の使い方も違うのに。

 何故か……いや、面影だ。

 陽乃さんの面影が、彼女のそれと重なって見えて。

 僕は不躾にも、初対面でそんなことを聞いてしまっていた。

 

「なぜ、貴方が……」

 

 そして、雪ノ下の表情が変わる。

 陽乃さんの面影すらもなくなった、暗くて、怖い表情に、変わる。

 

「えっ、ガリ勉ゆきのんのこと知ってるの? すごーいゆきのん有名人」

 

 しかし、その怖さで僕が尻餅をつく前に、由比ヶ浜は雪ノ下の話の腰を折った。

 ……。

 話の腰、折ってる……。

 

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