超次元ゲイムネプテューヌ:リバース・リ・バース   作:ひきがねコート@pixiv名アスラ

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番外編 愛する者のため

 

意識が暗がりの中で振り子のように揺れる。

寝ているようで寝ておらず、起きているようで起きていない。

そんな心地良いまどろみの中を俺は漂っていた。

 

「……アッシュ……?」

 

少女の声が俺の頭の中で反響する。

心なしか声は二人分聞こえたような気がした。

 

「……まだ……寝てるの?」

 

だんだん耳にはっきりと届くようになっていく少女の声はやはり一人分。

だが少し、懐かしいような感じがした。

 

「アーッシュ!」

「っ……!?」

 

体が強制的に縮こまるような痛みに意識ごと上半身が起き上がった。

 

「あ、やっと起きた。もー、遅いよアッシュ!」

「……けほっ……お前なぁ……」

 

今しがた俺の腹にボディプレスをかました少女……ダスティがその体制のまま文句ありげな顔でこちらを見つめてくる。

こちらも同じような顔で睨み返してやった。

 

「そんな顔したってダメだよ。アッシュが起きないのが悪いんだから」

「……今何時だよ」

「今は……5時だよ」

 

痛みが引いてきて余裕が出来たのか、思わずため息が出た。

 

「……昨日あれだけ6時起床だって言っただろうが……」

「しょうがないじゃん。目が覚めちゃったんだもん」

「だからって俺まで起こす必要ないだろ……!」

「だって見てよ!」

 

そう言ってやっと俺の上からどいたダスティが窓を大きく開く。

 

「ほら!綺麗でしょ!」

「ああ……?」

 

窓の外には朝日に照らされたリーンボックスの街が広がっていた。

まだ少し青い空に街の緑が良く映える。

 

「この素敵な景色をアッシュにも見せてあげようっていうわたしなりの優しさだよ!」

「……まあ、良い景色だってことは認めてやるよ」

「でしょー!」

「……で、寝坊常習犯のお前がなんで今日に限って早起きなんだ?」

「なんでってそりゃあ……」

 

後に続く言葉にはだいたい予想がついた。

 

「……今日がラステイションに帰る日だからだろ?」

「おお!良くわかったね!さすがわたしとアッシュかな?まさに以心伝心ってやつだね!」

「2年も一緒に旅してりゃ、単純なお前の考え方なんざ嫌でも覚える」

 

俺たちは丁度一年でこのゲイムギョウ界を一周するように旅をしている。

ラステイションからルウィー。

そこからプラネテューヌ、リーンボックス、そしてラステイションといった具合に。

今日はそのラステイションに帰る当日というわけだ。

 

「久しぶりにシアンや皆に会えるんだよ!寝てる訳にはいかないじゃん!」

「見飽きた街に帰るだけだってのに、何が楽しいんだか……」

「もー、そんな堅いこと言ってると友達減っちゃうゾ?」

「減るほどいねぇよ。作る気もない」

 

さて、と立ち上がり、ハンガーに掛けていたコートに腕を通す。

 

「折角早起きしたんだ。さっさと準備して出るぞ」

「りょーかい!」

 

ダスティが指先までしっかり伸ばした手を額に当て、敬礼のポーズを取った。

このテンションがはたしていつまで持続するのやら……。

 

「……まぁ、期待はしてなかったがな」

「くー……くー……」

 

リーンボックス発の客船に乗り、波に揺られること三十分。

甲板に備え付けられたベンチでダスティは寝息を立てていた。

 

「他人は起こしといて自分は居眠りかよ……ったく……」

 

とは言っても、ラステイションへは後四時間以上掛かる。

 

「ううん……アッシュー……」

 

その間、横でマヌケ面を晒しているダスティと一緒に仮眠を取るのもいいかもしれない。

 

「アイアンクローは……やめて……」

 

……それにしてもこいつ、どんな夢見てるんだ?

 

「……寝るか」

 

一瞬夢の内容に予想を立てようと思ったが、どうやってもシュールな絵面しか浮かばなかったのでやめた。

ベンチに深く座り目を閉じると、ゆっくりと体を眠気が支配していった。

そして意識が曖昧になったところで一気に覚醒した。

 

「……なんなんだよ、クソ!」

 

突如船が異常な揺れを起こし始めたからだ。

立ち上がり、背もたれに立てかけていた剣を手に取る。

 

「お客様!船内に避難して下さい!」

 

甲板への出入り口から上がってきた乗組員の男が叫んだ。

 

「おい、何があった!」

「う、海から巨大なモンスターが現れたんです!危険ですから……」

「そいつは今何処に居る!」

 

直後、俺の意識が覚醒した原因である船の揺れがさらに大きくなる。

凄まじい水飛沫を上げながらそれは現れた。

 

「……こいつか……!」

 

海面から顔を出したモンスターは多数の触手を持ったタコのようなモンスターだ。

 

「直ちに船内へ……!」

「逃げてどうする?」

「乗員の安全の為に一度リーンボックスへ引き返しますが……」

「んなこったろうと思ったよ……ダスティ!」

 

こういうことにはいち早く反応する筈のダスティに向かって叫ぶ。

 

「アームロック……それ以上いけない……」

「いつまで寝てんだ!起きろこの馬鹿!」

「ふぇっ……アッシュおはよー……もう着いた?……ってギャー!なにあのでっかいもの!」

「敵!邪魔!叩き潰す!行くぞ!」

「すっごい端折られた気がするけどオッケー!」

 

そう言ってベンチから勢いよく立ち上がったダスティが傍に展開した小さな魔方陣から杖を召喚する。

 

「た、戦うつもりですか!?無茶です!」

「大丈夫大丈夫!なんとかなるって!」

「船長に伝えろ!あいつから船を離すなってな!」

 

剣を背負い、モンスターに向かって走る。

 

「ダスティ!足!」

「分かってるって!」

 

直後、淡い光が俺の体を包み込む。

紙のように軽くなった体でモンスターへと跳躍する。

50メートルがあっという間にゼロ距離となった。

 

「おらよ!」

 

剣をモンスターの本体と思われる部位に突き立てる。

モンスターが奇妙な呻き声を上げる。

 

「う……おぉ!?」

 

殺気を感じ、剣を引き抜き後ろに飛び退くが、空中で触手の一本が足に絡みついた。

そのまま船とは反対方向に投げ飛ばされる。

 

「ダスティ!足場ぁ!」

「うおおお!先生直伝!方陣展開!」

 

ダスティが気合を入れて杖を振るうと、モンスターの周りに大量の魔方陣が展開された。

俺は空中で体制を整え、丁度落下地点に展開された魔方陣の一つに着地する。

 

「間に合った……」

「頼むから海に落とさないでくれよ?」

「アッシュがヘマしない限り大丈夫だよ!」

「そりゃどうも!」

 

横殴りに迫る触手を飛んでかわしつつ、再びモンスターへと斬りかかる。

 

「そら!」

 

モンスターに横一閃を刻んだ。

直後、触手が俺を掴もうと迫ってくる。

 

「そう何度も同じ手に引っかかるかよ!」

 

剣を稼働させ大鎌……フォーム・ドライへと変形させ、向かってくる触手を飛び越えるようにジャンプする。

触手が足元を通り過ぎる瞬間、触手が通過する位置に鎌の刃を置いておく。

 

「っとぉ!」

 

凄まじい衝撃が体を襲うが、鎌をしっかりと握り、それに耐える。

狙い通り触手の一本に取り付くことに成功した。

 

「さて……!」

 

触手の根本側に立ち、刃が食い込んだ鎌を全力で引っ張り上げる。

刃がギロチンのように作用し、繊維を引きちぎる音を響かせて触手が切断された。

鎌を剣に戻し、最寄りの魔方陣へ向けて跳ぶ。

逃がすまいとその他の全ての触手が俺目掛けて伸びる。

 

「エアスライサー!」

 

ダスティの声が聞こえたと思うと、俺が着地した物以外の魔方陣が一斉に向きを変え、風の刃を放つ。

俺に向かって集まっていた触手はその攻撃で殆どがバラバラに引き裂かれた。

 

「そっち送るよー!一気に決めちゃってー!」

「分かってるよ!」

 

ダスティが光の球をこちらに打ち出す。

魔方陣から跳び、光の球を剣の腹で受け止める。

 

「これで……」

 

その光が剣を伝って伸び、巨大な光の柱になった。

 

「消えろぉぉぉおお!」

 

剣と共に振り下ろされた光の柱がモンスターを真っ二つに切り裂いた。

海に沈んでいくモンスターの残骸に着地し、もう一度跳ぶ。

 

「……っと」

「ふぃー……疲れたぁ……」

 

船に戻った直後、ダスティが大きく息を吐いて座り込んだ。

魔法を使うとかなり疲れるらしいが、それを差し引いてもこいつは体力がなさすぎる。

 

「た……倒したんですか?」

 

尻餅を着いた姿勢のまま、乗組員がそんなことを言った。

というかこいつまだ居たのか。

 

「……当然だ。勿論、このままラステイションまで行くよな?」

 

俺の言葉にその乗組員は首を縦に振った。

 

 

……………………

 

 

「あ、シアンだ!おーい!シーアンー!」

 

ラステイションの港から歩くこと30分。

途中邪魔こそ入ったが、俺たちは無事見知った顔が並ぶ我が家へと帰ってきた。

シアンの顔を見つけたダスティがすぐさま駆け出す。

 

「おお!お前らか!」

「久しぶり!元気にしてた?」

「見てのとおり、毎日忙しいよ」

 

額に汗をかいたシアンがカラカラと笑う。

相変わらずそうで何よりだ。

 

「お前らが帰ってきたってことは……もう一年経ったのか。バタバタしてて全然一年って感じがしないな」

「そんだけ充実してるってことだ」

「ハハッ、違いない」

 

そこでシアンが思い出したように手を叩いた。

 

「そういえば、お前らこれから暇か?」

「クエストでも消化しようとは思ってたが……」

「なんか困ったことでもあるの?」

「ああ。いつも鋼材は知り合いの製鉄所から融通してもらってるんだが、最近採掘場までの道にモンスターが現れて困ってるらしいんだ」

「またモンスターか……」

「ほんと、最近になってめっきり多くなったよね」

 

五年程前まではモンスターを見かけることなど少なかった。

存在しない訳では無かったが、発見次第腕に自信のある冒険者が我先にと討伐に向かうので、都心に住むような人達にはモンスターは縁遠いものだった。

今ではモンスター全体の強さが向上しており、消化が追いついていないような状態だ。

皮肉にもモンスターのおかげでラステイションはこれまでにない好景気となってはいるが……。

 

「で、そのモンスターを討伐すれば良いんだな?」

「ああ。頼めるか?」

「もっちろん!わたし達にかかれば朝飯前だよ!」

「……だそうだ。期待して待ってな、『若社長』?」

「よしてくれ。今この工場があるのはお前の親父さんのお陰だしな」

「その親父がお前に席を譲ったんだ。少しくらい威張っても罰はあたんねぇよ」

「あーもう、分かったからさっさとモンスター討伐に行ってこい」

 

そう言ってシアンがモンスターが採掘場までの道を書いたメモを俺の胸に押し付ける。

 

「了解しました『若社長』サマっと」

「だから……」

「冗談だ。行くぞダスティ」

「うん。じゃあシアン、行ってくるねー!」

「あんまり無茶するなよー!」

 

背中越しにシアンの声を聞きながら、俺たちはモンスター討伐に向かった。

 

「……おかしいな」

「ん、どったのアッシュ?」

 

渓谷を進む途中、俺がそう呟くと後ろを着いてきていたダスティが首を傾げた。

 

「敵の数が少なすぎる」

「えー別に良いじゃん」

「良かねーよ。だいたいこのモンスターの数で問題になるわけないだろ」

 

この渓谷に入ってから倒したモンスターの数は指折り数えられるほどだ。

 

「まぁ、こういうのはお決まりのパターンだ」

「……ですよねー。うぅー、こういうの頭使うから嫌なんだけどなぁ……」

 

背中の剣を手に取り、正眼に構え、そのまま何を言うでもなくダスティと背中合わせとなる。

それに気づいたであろうモンスター達が一斉に頭を覗かせた。

 

「……多いな。ざっと50は居るか?」

「ぬぁー!わたしは今日はもう家に帰って休みたいんだー!」

「そう思うんなら働け。後で好きな物食わしてやる」

「マジですか!?俄然やる気出てきたー!」

 

現金な奴……。

そう考えながら目の前……と言うより辺りを取り囲む全ての敵に意識を向ける。

 

「……来るぞ!」

 

俺が叫ぶと同時にモンスターの群れが巨大な影を作りながら襲いかかってきた。

 

「方陣展開!」

 

ダスティが周囲に多数の魔方陣を展開し、襲いかかる敵を防波堤のように受け止める。

 

「バーストエア!」

 

そして魔方陣全てから強烈な魔法の突風が放射され、モンスターを吹き飛ばした。

 

「そらよっ!」

 

そしてすかさず俺が崩れた包囲網を掻き回す。

 

「おらおらどうした!?」

 

派手に暴れてヘイトを集める。

集団戦ではダスティを庇いながら戦うより注目を集めながら動き回るほうが効率がいい。

 

「バレバレだっつの!」

 

不意打ちのつもりだろうか。

背後から飛びかかってきたモンスターの顎に脚を振り上げ踵を食らわせる。

 

「フォーム……」

 

剣を目の前のモンスターに真っ直ぐに突き立てる。

右から殺気。

 

「ツヴァイ!」

 

突き刺した剣の左側へ一歩踏み出し、攻撃をかわす。

それとほぼ同時にSSSが稼働。

柄が瞬時に伸び、柄尻がモンスターの胴に激突した。

 

「おおぉぉっらよっとぉ!」

 

薙刀となった剣を素早く引き抜き、独楽のように回転しながら周囲を薙ぎ払う。

 

「ダスティ!」

 

薙刀を剣に戻し、逆手に持ち替える。

 

「準備オッケー!一発デカイのいっちゃうよー!」

 

いつの間にか集団から抜け出していたダスティが一旦魔方陣を解除。

そして細い指で目の前の空間を撫でた。

 

「わたしの十八番!ストームザッパー!」

 

ダスティの指が通った空間から無数の小さな風の刃が溢れ出す。

刃はそれぞれが意思を持っているかのごとくモンスターへと襲いかかり、モンスターの5割を切り裂き、消滅させた。

 

「イェーイ!全弾命中!」

「まだ残ってんだろ!気を抜くな!」

 

とは言ったが、さっきのダスティの魔法でモンスター達はほぼ壊滅状態。

全滅は時間の問題だった。

 

 

……………………

 

 

「いやー働いた働いた!」

「ご苦労さん」

 

モンスターの集団を倒し終わり、ラステイションの街に戻ってきた俺たちはシアンのところに戻るついでに街を散歩していた。

 

「おお!」

 

高台に作られた広場に差し掛かったところでダスティが突然走り出す。

 

「見て見てアッシュ!すっごい綺麗だよ!」

「……へぇ」

 

身を乗り出しながら目を輝かせるダスティの目の前には夕日に照らされたラステイションの街が広がっていた。

朝もリーンボックスで同じような状況になったが、これはこれで良い景色だ。

 

「アッシュ、わたし前々から思ってたんだけどさ」

「……んだよ」

「世界って、素敵だと思わない?」

「はぁ?」

 

いつも突拍子もないダスティの発言には首を傾げるばかりだが、今回は本当に意味がわからなかった。

 

「……で、どういう経緯でその結論になったわけだ?」

「良くぞ聞いてくれました!まず素敵な人がいるでしょ?」

 

この時点で突っ込んだことを少し後悔した。

 

「その素敵な人が住んでる家は勿論素敵な家。その家が集まれば素敵な街。その街が集まれば素敵な国。そんな素敵な国が四つもあるゲイムギョウ界は素敵な世界。ほらね?」

「ほらねじゃねーよ。まるで意味がわからんぞ」

「うーん……アッシュにはまだ早かったかな?」

「一生理解出来ないだろうな」

 

ダスティの後ろを通り過ぎ、再び歩き出す。

 

「……あれ」

「あ?」

 

俺に小走りで追い付いたダスティが不意に声をあげる。

振り向くと、俺のコートの端を摘まんだダスティが居た。

 

「もー、アッシュ。ここ破れてるよ」

「あー……攻撃は全部避けたつもりだったが……目算を誤ったか?」

 

ダスティが指差した部分にはしっかりと切られた跡が残っている。

旅人をやっている以上、服が破れたりするのは仕方ない部分もあるが……。

 

「しょうがないなーアッシュはー。またわたしが縫ってあげるね!」

「いらねぇよ。面倒くさい」

「服の破れは放っておいても治らないよ!遠慮しないで任せてよ!」

「限界まで破れたら新しいの買えば良いだろうが」

「だーめ!物は大切にしないと!」

「はぁ……好きにしろ」

 

どれだけ反論してもこの調子じゃどうしようもなく、結局折れるのはいつも俺だ。

 

「たっだいまー!」

「戻ったぞ」

「おう、お帰り。首尾はどうだ?」

「バッチリ!完璧!パーフェクト!」

「さすが。助かったよ」

 

俺たちがシアンの待つ食堂へと帰って来た時にはすっかり夜になっていた。

 

「じゃあアッシュ。コート貸して」

「はいはい……」

 

ダスティに絆創膏と合わせてコートを渡す。

絆創膏を見たダスティが露骨に嫌そうな顔をした。

 

「こんなのいらないよー!わたしだって成長してるんだよ!」

「わかったから取り敢えず持っとけ。使わなかったんなら返せば良いだけの話だ」

「むむむ……シアン!部屋借りるよ!」

「あ、ああ……」

 

唸りながらダスティがその場を後にする。

それを見送り、カウンターに備え付けられた椅子に座ると、シアンがカウンター越しに身を乗り出して俺に顔を近づけて来た。

 

「健気だな」

「やめろって言ってるのに聞かねぇんだよ」

 

何を隠そうダスティは裁縫が苦手だ。

いつも俺のコートが破れる度につぎはぎをしようとするが、毎度毎度指を絆創膏だらけにしている。

おまけにこれに関しては無駄に頑固。

面倒くさいったらない。

 

「取り敢えず、飯でも作ろうか?」

「……先に風呂入るわ。あいつはもうしばらく部屋に籠るだろうし」

「了解。お湯は自分で張ってくれよ?」

「わかってるよ」

 

凝り固まった首を鳴らしながら俺は風呂場へ歩き出した。

 

「ダスティ、飯出来たぞー」

 

言いながらダスティが居るであろう部屋の扉を叩く。

風呂から上がり、シアンと飯を作り終えた俺は今だ部屋に籠ったままのダスティを呼びに来ていた。

 

「おい、聞いてんのか?」

 

人の気配はするが、一向に出て来る気配がない。

 

「……今日はお前の好きなオムライスだぞー」

 

さっきより小さめの声で部屋の中に呼びかける。

すると扉が少しだけ開き、その隙間からダスティがこちらを覗いていた。

 

「…………」

「飯だぞ。いつまで籠ってんだよ」

 

それだけ言って踵を返し食堂に戻る。

 

「…………」

 

その途中、不意に後ろを振り返る。

 

「いっ……どうかした?」

 

着いて来ていたダスティが慌てたように両手を後ろに回した。

 

「……いや、なんでもねーよ」

 

それで隠せてると思ってるんだろうか……。

結局ダスティは飯を食う間も左手をポケットに入れたままだった。

行儀が悪いったらありゃしない。

 

「さて、俺はもう寝させてもらうぞ?」

 

使った食器を重ねてシアンに渡す。

 

「ああ、片付けはこっちでやっておくよ」

「頼んだ」

「じゃあおやすみ」

 

頭の横で手をヒラヒラと振りながら貸してもらっている自分の部屋に戻る。

 

「……っと、その前にコートだ」

 

自分の部屋を通り過ぎ、その隣にあるダスティの部屋の前へ。

 

「おい、ダスティ。コート返せ。聞いてんのか」

 

扉を叩くが、今回も返事がない。

まだヘソ曲げてんのか?

 

「……入るぞ」

 

あいつの性格上部屋に鍵を掛けてないことはわかっているので躊躇なくノブを捻る。

やはりというか、扉はあっさりと空いた。

 

「すー……すー……」

「こいつ……寝てんのかよ」

 

部屋に入った途端、耳にダスティの寝息が聞こえてきた。

裁縫道具と絆創膏のフィルムが散らばった机に俺のコートを下敷きにして突っ伏している。

 

「やれやれ……せめてやること全部終わらせてから寝ろ……よっ」

 

言いながらダスティを抱え上げ、ベッドに寝かせた。

こうなったこいつはちょっとやそっとじゃ起きないのはわかっている。

起こそうとするだけ無駄って訳だ。

 

「さて……」

 

ダスティと入れ替わるように椅子に座り、針を手に取る。

今日縫い付けたにも関わらず、既にほどけ掛けているつぎはぎを手早く縫い直す。

 

「これで終わり……っと」

 

縫い付けには2分と掛からなかった。

裁縫道具を箱にしまい、絆創膏のフィルムをゴミ箱に放り、コートを掴んで部屋を出る。

 

「おっ……と?」

 

その途中で持っているコートを引っ張られた。

振り向くと、ダスティが絆創膏だらけの手で俺のコートを掴んでいた。

一瞬起きているかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。

 

「……はぁ……」

 

コートを掴む手を引き剥がし、再び歩き出す。

 

「…………」

 

扉を開いたところで振り返る。

 

「……良い夢見ろよ?」

 

それだけ言って扉を閉めた。

 

 

……………………

 

 

「……もし、そこのお方」

 

次の日、クエストを消化する為にダスティとギルドに向かっている途中、裏路地から現れた男に声をかけられた。

 

「……あんた誰だ?」

「私はしがない旅商人にございます」

「旅商人……ねぇ」

 

頭から足元までをすっぽりと覆うローブに狐を模したお面をつけた風貌のその人物はどう見ても怪しい。

 

「旅商人さん?は、わたしたちに何か用?」

「ええ、ええ。実は近くの遺跡跡地に凶暴なモンスターが住みついてまして、はい」

「それを俺たちに倒して欲しいと?」

「船では良いものを見させてもらいました。是非ともあなた方にお頼みしたいと……」

 

わざわざ俺たちを狙って呼び止めたのは昨日の船で俺たちの戦いを見たかららしい。

 

「アッシュ、どうする?」

「…………」

 

見るからに怪しいが、遺跡に住むモンスターの話は嘘ではなさそうだ。

遺跡のモンスターがいつまでも大人しくしているとは限らない。

 

「……場所を教えろ」

「あ、はい。場所はここです」

 

男の浅黒い腕がローブを割りながら生え、その手には地図が握られていた。

 

「……行くぞ、ダスティ」

「オッケー!」

 

地図を受け取り、すっかり元気になったダスティと遺跡へと急いだ。

ラステイションの街から遺跡まではそれほど距離はなく、30分も歩けばたどり着くことが出来た。

 

「……なんか不気味なところだね」

「光が入るだけまだマシだ」

 

足元には苔を生やした瓦礫が積み重なっており、天井に空いた大穴からは曇り空が顔をのぞさせている。

 

「ていうかモンスターいないね」

「……ガセネタ捕まされたか?」

 

そう思った直後、空から翼が羽ばたく音が降りてきた。

 

「うわー……すごい強そう……」

「エレメントドラゴン……強力なモンスターってのはこいつのことか……」

 

武器を手に取り、構える。

エレメントドラゴンの目がこちらを捉え、威圧する様に吠えた。

 

「来るぞ!」

「よーし、取り敢えず方陣展開!」

 

ダスティが何時もの様に周囲に多数の魔方陣を展開する。

 

「腕!」

「了解!」

 

俺の腕を赤い光が包み込む。

剣が一気に軽くなった。

 

「グオオオォ!」

 

エレメントドラゴンが腕を振り上げ、地面を抉る様に横に凪ぐ。

 

「遅い!」

 

俺はそれを相手の足の間を潜ることで回避し、振り向きざまに左脚に向かって剣を振る。

剣の刃はエレメントドラゴンの硬い鱗を砕き、肉まで達した。

 

「アアアアァァ!」

 

右から太い尻尾が迫る。

 

「そうはさせないよ!」

 

俺と尻尾の間にダスティの魔方陣が割って入り、尻尾を受け止めた。

それを確認した俺は尻尾に剣を突き立てる。

 

「フォーム・ツヴァイ!」

 

一旦突き刺した剣から手を離し、柄尻にミドルキックを打ち込む。

それと同時にSSSが稼働し、杭打ち機のように作用した刃が更に深く尻尾に突き刺さった。

 

「ダスティ!」

「エナジーチェイン!」

 

展開されている魔方陣から魔力の鎖が伸び、エレメントドラゴンの体を巻き取る。

尻尾から引き抜き、剣に戻したそれを肩に担いだ俺はエレメントドラゴンの体を鎖を使って登っていく。

 

「よっとぉ!」

 

ある程度登ったところで鎖から跳び、剣を振り上げる。

 

「貰った!」

 

剣を全力で振り下ろし、エレメントドラゴンの翼を切断した。

 

「グガアアァァ!」

 

俺が地面に着地するとほぼ同時にエレメントドラゴンも体に巻き付いた鎖を引き千切ることに成功する。

 

「ふふーん。買ったも同然だね」

「気を抜くな。まだ倒した訳じゃない」

「もうこれなら魔方陣はいらないかな?なんちゃってー!」

「バアアアアァァァ!!」

 

怒りに打ち震えるエレメントドラゴンが一際大きく吠えた。

その直後、ダスティの魔方陣が全て消え失せ、俺の腕を包んでいた魔法もなくなった。

 

「あれ?あれ!?」

「おい、真面目に……」

「至極真面目だよ!でも魔法が使えないんだよ!」

「なんだって!?」

 

現にダスティは懸命に魔法を使おうとしているが、煙のひとつすらでやしない。

魔法の使えないダスティは無力に等しい。

勿論敵がこちらの事情を察してくれる訳はない。

気がつけばエレメントドラゴンの巨大な腕が俺たちに向かって振り上げられていた。

 

「ちぃ!」

「あいたー!?」

 

ダスティを後ろに突き飛ばし、振り下ろされた腕を剣で受け止める。

強化が無い状態のエレメントドラゴンの攻撃は凄まじく重かった。

 

「ぐぅ……!」

「アッシュ!」

「……ここから……逃げろ……」

「え……」

 

上から更に圧力がかかり、膝を着く。

俺は確信していた。

このままでは全滅する。

 

「街に戻って……助けを……呼んでこい……」

「でも、それじゃアッシュが!」

「お前を庇いなからじゃ……ぐ……こいつには勝てない……いいから……早く!」

 

視界の端にエレメントドラゴンのもう一本の腕が見えた。

重圧が一瞬緩み、次の瞬間には俺は殴り飛ばされていた。

壁に背を打ち付け、立ち上がるに立ち上がれない。

 

「アッシュ!……っ……!」

 

こちらを近付いてきていたエレメントドラゴンの動きが止まり、明後日の方向を向く。

 

「やいデッカいの!わたしが相手だ!」

「っ!……あの馬鹿……!」

 

ダスティはこっちの指示を聞かず、それどころかエレメントドラゴンを挑発し、自らを危険に晒していた。

エレメントドラゴンの口に炎が溜まる。

 

「危な!」

 

危険を察知したダスティがすぐさま柱の影に隠れる。

吐き出された炎が遺跡の床を焼く。

どうやらダスティは無事なようだ。

 

「グオオオォォ!」

「え……わああぁぁ!?」

 

エレメントドラゴンはダスティの隠れていた柱を張り手のように殴りつける。

砕けた柱の一部が足元のダスティに降り注ぐ。

気付いたダスティが潰されまいと走る。

幸い大きな瓦礫はダスティに落ちることはなく、せいぜい落下して更に砕けた瓦礫が背中を叩いた程度だ。

 

「ハァ……ハァ……」

 

元々運動が嫌いだったダスティはエレメントドラゴンの攻撃を回避するだけで大幅に体力を消耗し、既に息が切れ始めていた。

だが敵はどうやら俺のことは忘れているらしい。

 

「やるなら……今か……?」

 

剣を地面に突いて立ち上がる。

足が動く。

剣が振れる。

なら戦うだけだ。

 

「……っ……!」

 

短く息を吐き、エレメントドラゴンへ駆ける。

 

「ほらほら!……ハァ……こっちだよー!」

 

ダスティは積み重なった瓦礫の上へ登り、叫ぶ。

それを見たエレメントドラゴンはダスティに攻撃をするのでは無く、足を高く上げ、地面を全力で踏み抜いた。

地面が揺れる。

 

「あ、わ、わわ、うわぁあ!?」

 

高い瓦礫の上に立っていたダスティはその揺れをモロに受け、瓦礫から落下した。

背中を打ったダスティにエレメントドラゴンが近付いて行く。

だがそれよりも早く俺が敵の尻尾を掴む。

 

「気付いたかよ……だがっ!」

 

もう遅い。

尻尾をよじ登り、更にエレメントドラゴンの背を登って行く。

今の俺にドラゴンの硬い鱗を砕く腕力は無い。

剣を突き入れる。

 

「ギャアアアァァァ!?」

「流石にここは効くだろ!」

 

俺が攻撃したのは既に切断した翼が生えていた場所。

凄まじい痛みにエレメントドラゴンが暴れ始めた。

剣を引き抜き、肩を蹴り地面に跳ぶ。

 

「ハァ……!?」

 

着地した途端、背中からおぞましい程の殺気を感じ取った。

振り向くと、エレメントドラゴンが拳を握り締め、俺に向かって一直線に向かって来ていた。

 

「ぐ……!」

 

出来れば回避したいところだが、ここに来て痛みがぶり返してきた。

また足が動かない。

直撃を避ける為、咄嗟に剣の腹で攻撃を受け止めるような姿勢をとる。

 

「ガアアァァ!」

 

下から振り上げるような攻撃が激突し、押されるような感覚が腕を襲う。

だがそれは唐突に終わった。

気が付けば俺は両腕を上げており、その先にあった筈の剣は失われていた。

 

「やっべ……」

 

もう少しマシなセリフを言った方が良いか?

これが最後の言葉かと思うと、そう思わざるを得なかった。

視界が赤くなる。

 

 

 

 

 

もっとも、それは俺の赤じゃなかったが。

 

「……は……?」

 

時が止まったかと思った。

俺の背後で弾き飛ばられた剣が鳴らした乾いた音が俺を現実に引き戻した。

目の前にはダスティ。

それは、いい。

 

「……ごめん……」

 

消えいるような声でそう言ったダスティの腹からは、黒い爪が生えていた。

ダスティの体が浮き上がる。

空中に投げ出されたダスティは人形のように地面に叩きつけられた。

 

「グオオオォォ!!」

 

爪を血で濡らしたエレメントドラゴンが吠える。

邪魔なハエを一匹叩き落とし、さぞかし満足なのだろう。

 

「……は……はは……」

 

踵を返し、落ちている剣を拾い上げる。

 

「テメェェェェエエ!!」

 

ここで仕留める。

絶対に。

痛みは忘れた。

 

「ガアアァァ!」

 

エレメントドラゴンが俺を潰すため腕を振り下ろす。

それをギリギリでかわし、手の甲に当たる部分に剣を突き立てた。

刃は鱗をいともたやすく粉砕し、肉を貫く。

 

「ギャアアアァァァ!」

 

エレメントドラゴンが痛みに耐え切れず、腕をがむしゃらに振り回す。

剣を引き抜き、エレメントドラゴンの腕が降り上がる瞬間に腕から跳ぶ。

 

「ああぁ!」

 

フォーム・ドライ。

大鎌がエレメントドラゴンの喉を捉えた。

刃が肉に食い込むが、まだ足りない。

跳躍の勢いのまま、エレメントドラゴンの頭に乗る。

 

「おおおおぉぉぉおお!!」

 

鎌を力の限り引き上げる。

 

「グ……ガ、ア……アァ……」

 

ブチブチと繊維を千切る音が足下から響く。

 

「あああぁぁああ!!」

 

そして、ついにエレメントドラゴンの首が真っ二つになった。

 

「あぐっ……!」

 

頭に乗っていた俺はそのまま頭と一緒に落下し、背中を打ち付ける。

その一瞬後にエレメントドラゴンの胴体が倒れ、頭と一緒に光になって消えた。

 

「ハァ……ハァ……げほっ……おえぇ……」

 

直後、耐え切れない不快感が体を襲い、それを吐き出した。

だがそんなことはどうでもいい。

 

「ダスティ……」

 

半分這いずるように動かないダスティへ向かう。

いつの間にか雨が降っていた。

その雨の真ん中にあいつは横たわっていた。

 

「おい、起きろ……いつまで……寝てんだよ……」

 

横に座り、ダスティを抱きかかえる。

血が服を濡らしたが、些細なことだ。

 

「……けほっ……けほっ……あ……アッシュ……」

「気がついたか……!?」

 

口から血を吐き出し、ダスティが目を覚ました。

俺を見たダスティは少しだけ笑った。

 

「よかった……アッシュが無事で……」

「ハァ……待ってろ……すぐに助けてやる……」

 

俺の言葉にダスティは首を振った。

 

「もう……いいよ……」

「やかましい、俺がよくないんだよ……!」

「アッシュ……」

 

ダスティが雨に濡れた手を俺の頬に添える。

 

「アッシュは……一人だったわたしを拾ってくれた……」

「やめろ……」

「お父さんとお母さんも……苦しいはずなのに、いつもわたしの前では笑ってた」

「やめろって……言ってるだろ……」

「先生やシアン……街の人たちも……みんな優しくて……」

「うるせぇ……認めねぇぞ……!」

「アッシュがいなかったら……わたし……ずっと一人だった……」

 

ダスティが光のない目で空を仰ぐ。

 

「わたし……幸せだったなぁ……」

「認めねぇ……絶対に……!」

「やり残した事は……いっぱいあるけど……もう……満足かな?」

「やり残した事があんなら……諦めんなよ……」

「……じゃあ、ひとつだけ」

 

ダスティが両腕を俺の首に回し、頭を引っ張る。

引き寄せられるまま頭を下げた。

あいつの顔がゆっくりと近付き、唇同士が触れ合う。

鉄の味しかしなかった。

 

「えへへ……わたしの最初で最期……上げちゃった……」

「何が……最後だよ……ふざけんなよ……」

 

あいつの顔が離れていく。

 

「せっかく……すっきり終わりそうなのに……そんな顔しないでよ……」

「うるせぇ……」

「いつまでもそんな顔してたら……友達出来ないよ?」

「余計なお世話だ……大馬鹿が……」

「ほら、笑って」

 

そう言ってダスティが笑う。

弱々しかったが、確かにその笑みはあいつの笑った顔だった。

ボロボロの癖に笑っているダスティが馬鹿みたいで、思わず釣られて笑った。

 

「…………」

 

あいつはゆっくりと息を吐いた後、それきり息を吸わなくなった。

 

「……何が……笑ってだよ……」

 

雨が降る。

 

「笑えるわけ……ねぇだろうが……」

 

降り注ぐ。

 

「う……あ……うあ……ああぁ……」

 

雨の音が、誰かの叫びを掻き消した。

 

「…………」

 

気がつくと、俺はベッドに寝ていた。

横にはアイエフやコンパも居る。

 

「俺……あのまま寝たのか……」

「アッシュ……」

 

声は真横から聞こえてきた。

ネプ公が俺の隣で横になっていた。

 

「大丈夫?すごいうなされてたけど……」

「そうか……夢か……」

 

そう。

あれは夢。

夢であり、現実だった。

隣のネプ公を抱き締める。

 

「ねぷ?アッシュ?」

「悪い……もう少し……このままでいさせてくれ……」

「……しょうがないね。特別だよ?」

「…………」

 

今度は絶対に守ってみせる。

結局、朝が来るまで俺の震えは収まらなかった。

 

 

……………………

 

 

「…………」

 

ラステイションの墓地。

そこにふらりと男が現れた。

 

「…………」

 

墓の前に立ち、手の平を広げる。

すると墓から小さな青白い光が溢れ、手の平の上で集まり、玉となった。

 

「……これが……世界を破壊するか……一筋の希望となるか……全ては……彼の手に……」

 

光の玉を魔方陣にしまう。

彼女の墓の前で呟いた狐の面の男は、いつの間にか闇に紛れていなくなった。

 





はい、アッシュ君の悪夢の話でした。
一人になった後、しばらく塞ぎ込んでいたアッシュ君ですが、その半年後に単身ラステイションを飛び出して一人旅を始め、そしてネプテューヌたちに出会うのでした。
アッシュ君の過去話は前の番外編と合わせてこれで全部です。
この経験を経て、現在のアッシュ君がどのように成長していくのか、最後までお付き合い頂きたいです。
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