超次元ゲイムネプテューヌ:リバース・リ・バース 作:ひきがねコート@pixiv名アスラ
「あーくそ。だいぶ彷徨ったぞ」
目的地へ歩き出して早20分。
やっと目的地が見えてきた。
前に教会を探す時にもあいつらに言ったが、アヴニールの工場が増えすぎて道が大幅に変わっている。
川だった場所が道路になっていた時にはどうしようかと途方に暮れた。
「なんでプラネテューヌ行きの切符を買うだけでこんなに疲れるんだよ……」
俺は今、ラステイションの切符売り場へと向かっている。
それと言うのも、他の三人はラステイションで買いたい物があるとかで自由行動中。
そこで暇だった俺は全員分の切符の購入を頼まれた訳だ。
「はぁ……何が悲しくて女共の使いっ走りなんざやらなきゃならねぇんだよ……」
愚痴りながら切符売り場の中に入る。
すると、子供の泣き声が耳に刺さった。
「うっせ……」
つい口をついて声が漏れる。
「うあぁぁぁあん!おとおさぁぁん!」
「…………」
辺りを見渡すが、子供を探している素振りをしている人物はいない。
いるのは俺と同じようにキョロキョロとする奴ら、恨めしそうに子供を睨む奴らと、我関せずと見向きもしない奴らだけだ。
「……あーったく……」
子供に近づき、しゃがんで目線を合わせる。
「おう、チビ助。何泣いてるんだ?」
「ふぇ……?」
こすったせいか、赤くなった目でこちらを見上げる。
急に泣き声が聞こえなくなった為か、無視していた奴らすらもこちらを好奇の目で見てきた。
「あー……とりあえず外に出るぞ」
「…………」
子供の手を引き、外に備え付けられたベンチに並んで座る。
長いこと歩いたせいか、居心地の悪い場所から解放されたかはわからないが、座った拍子に溜め息が出た。
「……おねぇちゃん、だれ?」
「……ただの通りすがりだ」
仕方ないとはいえ、おねぇちゃん呼ばわりは少しこたえた。
「で、なんで泣いてるんだ?」
「……おとうさんが……いなくなっちゃった……」
「…………」
それからぽつりぽつりと少年が話を始めた。
どうやらこの少年は、久々の休みが取れた父親とプラネテューヌに旅行する計画を立てていたそうだ。
そして父親に貰った金で切符を買ったまでは良かったが、入り口で待っていた筈の父親が急にいなくなってしまい、その不安から泣き出してしまったらしい。
「ったく……俺がお前くらいの時はもっとしっかりしてたぜ?そんくらいで泣くなよ」
「だっ……て……」
俺に話をして自分がひとりぼっちなのを再認識したせいか、少年がうつむいて再び泣き出しそうになる。
「あーくそ。言ってるそばから泣くなよ……」
少年の背中をさすってやると、それも幾分か落ち着いた。
「心配しなくてもお前の親父は戻ってくるさ」
「……なんでわかるの?」
「……俺がお前の親父なら、お前をほおって置いたりしねぇよ」
「……おねぇちゃん、女の人だよね?」
「例え話だ」
子供は変なところで鋭いもんだ。
「親っていうのは、嫌でも自分の子供の事が心配になるんだよ」
「……そうなの?」
「ああ」
ネプ公のおもりをしていればよく分かる。
「ここで適当に待ってれば……」
「カイ!」
「……おとうさん!」
「……ほらな」
遠くから三十代くらいの男が息を切らしながらこちらに走ってきた。
カイというのはこの少年の名前だろう。
「おとうさん!どこいってたの!」
「すまない。急に呼び出されて、ついさっきまで仕事場にいたんだ」
父親と少年が抱き合う。
これで一件落着だ。
「……えーと、あなたは?」
売り場に戻るために立ち上がると、父親が俺に声をかけてきた。
「……通りすがりのお節介焼きだ」
「おねぇちゃんがいっしょにいてくれたんだ!」
「そうか、良かったな。カイのこと、ありがとうございました」
「別にいい」
それだけ言って売り場に入り、プラネテューヌ行きの切符を販売している場所に並ぶ。
「親父……か」
その言葉を皮切りに、俺の意識は今から3年前へと飛んでいった……。
……………………
「おーい!アッシュー!」
「…………」
遠くから俺の名前を呼ばれる。
が、無視して手にした木刀を振るう。
「ねぇ!アッシュってばー!」
また名前を呼ばれるが、それでも無視して木刀を振るう。
あいつが俺をしつこく呼ぶ時は大抵どうでもいいことだ。
「……えい」
「……何してんだよ」
背後から抱きつかれる。
このままでは集中なんてできるわけがないので、仕方なく構えていた木刀を降ろした。
「いやー、アッシュがあまりにも暇そうだったからさ。話相手になってあげようと思って」
「確かに暇な時は剣を振ってるが、別に剣を振ってたら暇な訳じゃない。つーかいい加減離れろ」
「はーい」
腰に巻かれていた腕がほどけ、体が自由になる。
振り向くと、いつもの顔がそこにはあった。
「……で、ダスティ。今日は何の用だ?」
「いっしょに甘い物食べに行こ!」
「お断りだ」
やはりどうでもいいことだったようだ。
俺の妹……ダスティはそんなやつだ。
「えー、なんでさー」
「こっちのセリフだ。ていうかなんで今なんだよ」
「んー、わたしが今食べたいから!」
「そうか。俺は今食いたくない。一人で勝手に食ってこい」
「ぶー……アッシュのケチ!」
「ケチで結構」
「ふーん、いいもん。後で後悔しても知らないんだからね!」
そう言ってダスティは灰色の髪を揺らしながら俺から離れていった。
なんで昔の俺はあんなの拾ったんだか。
そう思いながら再び剣を構えて素振りを再開する。
「おう、やってるな?」
「……親父、とシアンか」
背後から聞こえた声に振り向くと、そこには無精髭を生やした俺の父親と、幼馴染であるシアンが立っていた。
「二人してなにやってるんだ?」
「材料の調達だ。お前の剣のな」
この二人が寝る間も惜しんで作業をしているのは俺の剣を作っているからだ。
完成間近とあって、最近はこうして顔を突き合わせて話すのも久しぶりだ。
「……悪いな」
「いいからお前は剣を振ってろ。こっちはなんとかなる」
「言われなくてもわかってるさ」
「今回のは俺の最高傑作だ。楽しみにしてろよ?」
「……それ、もう三回目だ」
「そうだったか?まぁいい。じゃ、頑張れよ」
親父はケラケラ笑いながら工場の中へ。
シアンもそれについて行った。
「……ふぅ」
息を吐き出し、素振りを続ける。
「…………」
「そぉい!」
「だぁぁぁああ!」
木刀を放り捨て、両手で逃げられないようにしっかりと固定。
そのまま全力で頭突きをかました。
「いったぁー!」
「お・ま・え・なぁぁあ!」
そのまま万力のようにダスティの頭を締める。
「痛い!痛い痛い!痛い痛い痛い痛い!」
ダスティは先ほど俺の首に当てた缶ジュースを両手に持っているため、バタバタと手を振るだけでまるで抵抗できない。
本気で泣かれると俺が悪いみたくなるので頃合いを見て手を離してやる。
「はぁ……はぁ……お前、どっかいったんじゃ、なかったのかよ……」
「うぅー……特訓で疲れてるアッシュのためにジュース買ってきてあげたのにー……」
「嫌がらせをしなきゃいいものを……」
うずくまって締められた部分を缶ジュースで冷やすダスティの手から一本を拝借する。
「……まぁ、労をねぎらおうっていう考えは評価してやるよ」
そう言って缶を開け、中のジュースを飲む。
「……あ」
「ん?なんだよ」
俺が飲んでいるジュースの缶を見ながらダスティが声を上げた。
「いやぁ、せっかく二本買ったからさ、アッシュの運を試してあげようと思ってたんだよ」
……嫌な予感がしてきた。
「で、それは当たりの方だね」
「あ?ハズレじゃないのかよ」
「うん。ハズレはこっち」
そう言ってダスティが自分の手にある炭酸飲料を持ち上げる。
「それは残念だったな」
「ちなみに当たりは事前にわたしが飲み口の部分に口をつけたやつだよ!」
「ぶー!」
アニメかマンガみたいに見事に口の中のジュースを吹き出してしまった。
飲み口の部分に口をつけた?
つまりあれか?
そういうことか?
ダスティに掴みかかる。
「少しの間じっとしてろよ……頭から残った分全部被せてやる……!」
「わー!ストップストップ!冗談!冗談だってば!」
「嘘つけ」
「本当だよ!」
「ったく……」
本当かどうかは怪しいが、とりあえず離してやった。
「もー!頑張ってるアッシュのためにって言ったじゃん!そんなことしないよ!」
「じゃあなんで言ったんだよ……」
「とにかく当たりもハズレもないよ。運試しはまた今度ね」
そう言ってダスティが手にしたジュースのプルタブを持ち上げる。
直後、とても缶ジュースを開けたとは思えない破裂音が鳴った。
「…………」
「……そういやそれ、さっき振ってたな……」
頭を締めた時に振っていた炭酸飲料がダスティの顔目掛けて発射された。
おかげで現在ダスティはずぶ濡れになっている。
「やれやれ……当たりは無かったが、ハズレはあったみたいだな」
「うわーん!こんなのってないよー!」
「はいはい。家に戻って頭洗ってこい」
俺がそう言うと、ダスティは大人しく家に帰っていった。
「相変わらず仲がいいですねぇ」
「……いつからいたんですか?」
「おや、これはご挨拶」
つい呆れたような口調になってしまった。
「私はいつだって貴方達のことを心配していますよ。なんたって私の教え子ですからね」
白い髪に黒いスーツ姿。
貼り付けたような笑みを浮かべる男が立っていた。
「剣の腕は上達しましたか?」
「おかげさまで」
この人はグレイさん。
学校に行けない俺とダスティに勉強を教えてくれ、俺に限っては剣の……というより戦闘の稽古をつけてくれる先生役だ。
「では……」
グレイさんが地面に投げ出されていた木刀を拾い、片手でこちらに投げて渡す。
「おっ……と……」
投げ出された木刀を両腕で受け止める。
10キロ以上の重圧がのしかかった。
みてくれは1メートル程度の木刀だが、その内部には鉛が埋め込まれており、最早鈍器と言っても差し支えない物となっている。
「こちらの準備はできていますよ」
そう言うグレイさんはポケットに手を入れたまま微動だにしない。
両腕を使わない。
脚以外に攻撃が当たれば負け。
それがグレイさんが俺と模擬戦をする時に自分に課すハンデだ。
「では、何処からでも」
「言われなくても!」
素早く距離を詰め、剣を振り下ろす。
だが攻撃は軽く身を引くだけであっさりかわされてしまった。
「せい!はぁ!」
続けて剣を振り回すが、それらも全てひらりひらりと避けられてしまう。
「ほい!」
「っ!?」
顔面目掛けて高速で放たれた蹴りを咄嗟に下がって回避する。
鼻の頭には砂が付いていた。
「おや、どうしました?もう休憩ですか?」
「……そんなわけ!」
再び剣を振り上げて走った。
……………………
「ほらほら、息が上がっていますよ?」
模擬戦開始から20分程度たっただろうか。
不意にそう言ったグレイさんは汗一つかいていない。
手を抜かれている。
両腕を使わないとかそういう次元じゃない。
ハンデがハンデとして成立していないほどグレイさんと俺には実力の差があった。
一瞬、グレイさんの脚がふらついたのが見えた。
「……はぁ!」
その隙に喉目掛けて突きを放つ。
「よいしょ!」
「しまっ……!?」
隙だと思ったのはどうやらフェイクだったようだ。
突き出した剣の腹を蹴り上げられ、胴がガラ空きになる。
「それ捕まえた!」
「ぐほっ!」
腹に蹴りが突き刺さり、肺の中の空気が全て抜けていくような感覚。
息が出来ない。
足元がふらついた。
「はいはいはいっと!」
グレイさんの脚が腿、脇腹、そしてこめかみを正確に蹴り抜く。
剣が手から滑り落ちた。
「そぉれ!」
トドメに強烈な回し蹴りが打ち込まれ、俺は地面を滑った。
「……やれやれ、これでは卒業までまだまだかかりそうですね」
「……かはっ!……はぁー!……げふっ……」
そこでやっと息が通るようになった。
腹の底からこみ上げる酸い物を必死に押し殺す。
すっかり遠くなった耳に呆れたような声が響いた。
「……また明日来ます。それまでにもっと強くなってくださいね?」
それだけ言ってグレイさんの足音が遠ざかっていく。
代わりに新しい足音がこちらに近付いてきた。
目を開けると、そこには仰向けに倒れたままの俺を見下ろすダスティの姿があった。
「……大丈夫?」
「大丈夫……に……見えるかよ……」
「治すから、じっとしていてね」
そう言って俺のそばにしゃがみ込んだダスティの手に光が集まる。
その光を浴びると、たちまち疲労感が抜けていき、傷も消えて無くなった。
ダスティの回復魔法だ。
「……卒業試験、厳しいね」
「……当たり前だ」
「もしかしてわたしが旅について行きたいって言ったから無理してるの?」
「……んなわけないだろ……」
卒業試験とは、グレイさんが俺の剣の修行の総まとめとして俺に貸した条件のことだ。
条件は単純明解。
先ほどの模擬戦に勝つこと。
卒業試験に合格しなければ、俺は木刀以外の剣を持つことを禁じられる。
俺は旅に出たかった。
だが最近増加傾向にあるモンスターを倒すには木刀なんかじゃ力不足だ。
俺はなんとしてでも試験に合格しなければならない。
しかし、卒業試験を言い渡されてから既に早一年も経っていた。
すっかり軽くなった体を起こす。
「今日はもう遅いし、お家でゆっくり休もう?」
「……わかったよ」
「……じゃあそうと決まれば一緒にゲームしようよ!」
「はぁ……わかったよ」
夕陽が照らすラステイションの道をダスティに手を引かれるまま歩いた。
「アシュレイ、ちょっといいか?」
「どうした親父?」
夕食を終え、自室に戻ろうとする俺を親父が呼び止めた。
「渡す物がある。ついてこい」
それだけ言って踵を返し、歩き出した親父の後をついていく。
家を出て、2分とたたないうちに工場へと辿り着いた。
親父が工場へ入り、暫くした後、手に木刀を持って出てくる。
俺の武器に進展があったようだ。
コスト削減のため、武器のテストは木を同じ形に削り、そこに重りをつけて重さを同じにしたものを使っていた。
「ほれ」
「ああ……」
差し出されたそれを受け取る。
腕に掛かる重さに凄まじい違和感を覚えた。
「軽……なんだこれ……」
今日、素振りや模擬戦で使っていた木刀とは重さが段違いだ。
5キロぐらい軽いんじゃないか?
「刀身に軽量高強度の合金を使うことになった。プラネテューヌ製の新素材だ」
どうやら珍しく親父が外に出ていたのはそれを調達するのが目的だったようだ。
「……そんなもの使って、資金面は大丈夫なのか?」
俺の為にそんな高級そうなものを使ってくれるのは素直に嬉しい。
だが聞かざるを得ない。
「金なんてものは、工夫次第でどうとでもなるもんさ」
「…………」
「お前は黙って俺が作った剣を振ればいい……あいつの……ダスティの親を探しに行くんだろ?」
「……なんで知ってんだよ」
「『親を探すなら木を探せ』ってな。」
「……どういう意味だよ」
「親は木の上に立って子供を見守るものだってことだ」
そう。
親父の言う通り、俺が旅に出たがっているのも、毎日素振りを欠かさないのも、グレイさんに毎回やられてボロボロになっているのも。
全部あいつの為だ。
あいつは覚えていないらしいが、俺は確信していた。
あいつの親はきっとこの世界のどこかにいる。
それを探す為に俺はここまで血反吐を吐くほど努力して、強くなった。
あいつの為に。
「……親父」
「なんだ?」
「剣、後で返せっつっても知らねぇからな」
「……当然だ」
言いたいことは言えず、代わりに憎まれ口が口から吐き出された。
それでも親父は満足そうに笑った。
……………………
「ふっ……ふっ……」
昨日もらった木刀を振るう。
最初こそその軽さに戸惑ったが、振った数が200を超えてからはそれも無くなった。
「アッシュ……そろそろ休憩した方が良いよ?」
「はぁ?まだ始まったばっかりだろ」
「始まったばっかりって……もう素振り始めて5時間だよ!」
「……マジか」
「大マジだよ!」
確かに始めた時は真上にあった筈の太陽は随分と傾いていた。
開始からずっと3秒につき一回のペースで素振りをしている。
ダスティの話が本当ならすでに6000回ほど剣を振ったことになる。
いつもは自分の疲労度で時間を測っていたため、剣が軽くなった分だけ時間の感覚がズレているようだ。
「今日は一段と頑張ってますねぇ」
「頑張るのはいいけど、頑張りすぎも良くないよー……って!?」
「ハロー。ごきげんよう」
塀にもたれながら俺の素振りを見ていたダスティの横にいつの間にかグレイさんが座っていた。
「……相変わらず、いつの間にかいますね」
「びっくりさせないで下さいよー」
「いやぁ、昨日伝え忘れていたことがあったのでね」
「伝え忘れたこと?」
「私、実は明日からリーンボックスに行くんですよ。それも長期間です」
グレイさんの本業は旅人だ。
他の国へ行って数日間俺たちの相手が出来ない時期はそこそこあったが、長期間となると移動先の国を拠点に活動することになる。
それは今回を逃せば『卒業』が一気に遠ざかることを意味していた。
「……では、始めますか?」
「……ええ」
「アッシュ!?倒れても知らないよ!?」
誰の為に頑張ってると思ってるのやら。
叫ぶダスティを無視して剣をグレイさんに向けて構える。
グレイさんもいつも通り、両手をポケットに入れたまま。
「どこからでも」
「…………」
無言で走り、剣を振り上げる。
「おっと」
グレイさんはそれを横に引いてかわした。
振り払うように横に凪ぐ。
それを瞬時に伏せて回避され、同時に足払いを掛けられ仰向けに転倒する。
グレイさんの足の裏が見えた。
「おお!?」
すぐさま地面を転がり、剣を振って牽制しながら立ち上がる。
「ふむ、剣が軽くなった分振りが早くなったようですが、それだけじゃあ私に勝つことは出来ませんよ?」
「でしょうね……」
グレイさんの言う通り、いくら剣の振りが早くなろうと、相手はその速度を悠々と上回る。
だが俺とて武器を変えるなんて子供騙しな手で勝てるとは微塵も思っていない。
この人に勝つには、技術で勝つ他無いのだ。
「…………っ!」
意を決して飛び込む。
「あああああ!!」
袈裟斬り、逆袈裟、切り上げ、横薙ぎ、背面突き、振り下ろし……に見せかけた浴びせ蹴り。
思いつく限りの攻撃をぶつける。
しかし、それらが命中することは無い。
「どうしました?最初より勢いが落ちてますよ?」
それどころか余裕を持って避けられるようになってしまっていた。
「はぁ……ぐ……」
さらにここに来て体力が切れてきた。
5時間休憩無しで素振りをしていた影響だろう。
忠告は聞いておくべきだったか?
後戻りなど出来ない。
後悔を押しとどめ、剣を振るった。
「遅いですね!」
俺の頭上を飛び越え、グレイさんが俺の背後を取る。
振り返りざまの膝蹴りが背骨を砕く勢いで打ち込まれた。
衝撃で吹き飛ばされ、地面を転がる。
「う……ぐぅ……」
「……今回はここまでですかね」
不意にそんなグレイさんの声が聞こえた。
ゆっくりと歩き、その場を後にしようとする。
手放しかけた剣を持つ手に力が入る。
「では、また……」
「まだ……」
剣を支えに立ち上がる。
「まだ……終わってない……!」
汗で滑る手を必死に堪える。
「あんたを倒すんだ……今日、ここで!」
剣を構え、叫んだ。
自分を奮い立たせる為に。
「……良いでしょう」
俺とグレイさんが相対する。
「これがラストチャンスです」
剣を強く握り、ゆっくりと呼吸しながら時を待つ。
「……………………」
「……………………」
今。
地面を踏み抜き、剣を喉に突き出した。
「無駄ですよ!」
剣の腹を蹴られ、切っ先が跳ね上がる。
「どうだかな!」
打ち上がった剣の勢いをコントロールし、頭を越え、一回転。
斜め下から切り上げる。
「おおっと!?」
グレイさんが慌てたように地面を蹴り、後ろに下がった。
だがこれだけでは終わらない。
終わらせられる訳が無い。
更に一歩踏み込み、下がるグレイさんに追従するように動いた。
「これで……」
剣を振り上げる。
「どうだぁぁああ!」
お互いの脚が地面に付く瞬間、持てる限りの全力で剣を振り下ろした。
「…………」
「…………」
沈黙が辺りに流れる。
「……お見事」
グレイさんの左手は今だポケットの中。
もう片方の腕は……俺の剣を掴んでいた。
「私の負けです」
1年前、卒業試験と言われて始めた模擬戦。
「俺……が……」
1年間、ずっと聞きたかった言葉が聞こえた。
「勝った……?」
「アッシュー!」
放心状態になっていた俺にダスティが抱きつき、そのまま地面に倒れる。
「……ダスティ、俺……」
「うん!おめでとう!アッシュ!」
倒れたまま、傍らに立つグレイさんの顔を見る。
「卒業試験は合格です。よく頑張りましたね」
「……そう……ですか」
「おや、嬉しくないんですか?」
「……さぁ、どうでしょう?」
本当にわからなかった。
一気にいろんな感情が湧いて出てきたのが原因だろう。
ただ…………
「……眠い……」
地面に横になっていると途轍もない睡魔が襲ってきた。
「……今は、ゆっくり休みなさい」
「……そう……し……ま……」
言い終わる前に、俺の意識はまどろみに沈んでいった……。
「……う……ん……」
「アッシュ、起きた?」
「……あー……あぁ」
目が覚めると、俺はベッドに寝ていて、横にはダスティが座っていた。
「……グレイさんは?」
「もう行っちゃったよ」
「……そう、か」
今まで世話になったお礼のひとつでも言いたかったが、一足遅かったらしい。
「……はいこれ」
「……なんだよこれ」
不意にダスティから紙袋を手渡された。
「わたしからの卒業記念だよ!」
「…………」
そう言われ、紙袋の中に手を突っ込み、中の卒業記念品とやらを引っ張り出す。
「これは……」
中に入っていたのは新品のコートだった。
「……いつの間に買ってきたんだ?」
「実は結構前から買ってたんだけど、アッシュがなかなか試験に合格しないから渡し損ねてたんだよね……」
「……悪かったな」
「今こうして渡せたんだからそれで良いよ!」
そう言ってダスティはにっこりと笑う。
「……あ、晩御飯もう出来てるから、食べたくなったら出てきてね?」
「ああ、わかった」
「じゃあねー!」
やたら上機嫌なダスティが部屋から勢い良く出て行った。
「…………よっと」
試しに卒業記念品のコートを着てみる。
ほんの少し大きいが、概ねサイズはあっていた。
「……飯食いに行くか」
くだらないことでコートを汚したくなかったから、脱いだそれをベッドに放って部屋を出た。
……………………
「アシュレイ」
「あ?」
その日も飯が終わると親父が俺を呼んだ。
また剣に進展があったのだろうか?
「……俺の部屋に来い」
「ああ……って親父の部屋?」
無言で頷いた親父の後をついて行き、親父の私室へと脚を踏み入れた。
「……どうだ?最近の調子は」
自分の椅子に座った親父が唐突にそんなことを聞いてきた。
「……良い……と、思う」
「そうか……」
それを聞いた親父が何処かを見ている。
それが厳密に何処かはわからない。
近くを見ている様にも見えるし、とても遠くを見ている様にも見える。
「昔はこんなだったお前が、いつの間にかデッカくなったなぁ……」
「…………」
「昔はちょっと擦りむいただけで泣きわめくほど泣き虫だったのにな」
おかしい。
何時もの親父ならこんな昔話なんてする筈が無い。
「お前が泣かなくなったのは……あいつが正式にうちの家族になってからだったかな?……あーでも、五年前に母さんが死んじまった時は落ち込んだお前ら2人を慰めるのに必死で、俺は泣く暇なんてなかったな、ハハハ……」
「……親父」
「それから先生に会って、いきなり剣の修行なんて始めて、今じゃ俺たちがお前の剣を作ってるんだ。人生、何があるかわからないもん……」
「親父!」
俺の声に親父が我に返ったようにこちらを見る。
「なんなんだよ。急に思い出話なんてしやがって……らしくもない……」
「そうだな……俺らしくない……か」
親父が勝手に吹っ切れたような顔になった。
「……アシュレイ」
「……なんだよ」
「……俺、後一週間持たないんだ」
「……あ?」
親父の言っていることが理解出来ない……したくなかったの方が正しいかもしれない。
「医者に言われてな……末期の肺癌だ。おかげでタバコも取り上げられちまってな」
そう言われてこの最近、親父がタバコを吸っていないことに気がついた。
ふと見れば新しいタバコの箱を開けている程のヘビースモーカーだったのにだ。
「ほ……他の奴らは?」
「……みんな知ってる……お前以外な」
俺以外は知っている。
なんで俺だけ知らない?
「……お前が頑張ってるところに水を刺したくなかったんだ。そして今日、お前は自分が成すべきことを成し遂げた。だから、今言うのが一番だと思ってな……」
「……ふざ……」
親父の胸倉を掴む。
「っけんなぁ!」
振り上げた拳を親父に躊躇なく叩きつけた。
よろめいた親父は再び椅子に座るような形で尻餅をつく。
「何が後一週間だ!どうにもならないことをどうにもならない時に言うじゃねぇよ!」
「……心配するな。お前の剣が完成するまで死ぬ気はないさ」
「っ!……俺は!そんなことを言いたいんじゃねぇ!」
再び振り上がろうとする腕を抑えるのに必死だった。
「そんなにヤバイんならなんであんたは病院で寝てないんだよ!」
「……アシュレイ、俺が今から言うことを覚えておけ。今までいろいろお前に言ってきたが、全部忘れてもいい。だがこれだけは忘れるな」
親父が真剣な眼差しで俺を見据える。
一呼吸置いた後、親父が口を開いた。
「『目標の無い人生に価値はない』。目標があるから人間は前に進める。そこに到達するっていう確固たる意思があれば、たとえ脚がなくたって前へ歩いていけるんだ」
「…………」
「……俺の目標はお前に俺の最高の剣を渡して、お前の旅立ちを見送ることだ。その目標は、夢は、もうすぐ終わる。ならここで俺自身も終わるのが丁度いいんだよ」
「…………!」
諦めたようにそう言い放つ親父の顔を見ていると、無性に腹が立った。
「……勝手にしろ!クソ親父!」
そう口にして、俺は親父の部屋を飛び出した。
それから旅の準備が終わるまでの三日間、親父とは口も聞かないまま。
そんな中、とうとう旅立ちの日がやってきた。
「……本当に行くんだな?」
「ああ」
見送りに来てくれたシアンがそう切り出してきた。
今は工場の前で俺の剣の最終調整を待っているところだ。
「シアン、今までいろいろありがとう!」
「いや、お前は皆の妹みたいなもんだ。こっちこそ楽しかったぜ」
「絶対返ってくるからね!」
「ああ、いつでも帰ってこい。待ってるぜ?」
ダスティとシアンが硬く握手する。
「で、俺の剣は?」
「ああ、そろそろ……」
そう言ってシアンが振り向くと、工場から剣を持った人影が出てきた。
親父だ。
「…………」
「……ほれ」
親父の顔を見た瞬間、苦虫を噛み潰したような顔をするが、親父は構わず俺に剣を差し出した。
親父の手から剣を奪い取り、それを背負う。
「……元気でな」
「……うるせぇ」
最後に声だけでも聞かせてやろうと、それだけ言って歩き出す。
「……お父さん」
「おっと……」
ダスティが親父に抱きつく。
親父は少しよろめいたが、ダスティの髪を優しく撫でてやっていた。
「……バイバイ」
「……お前も元気でな」
その挨拶が親父との最期の別れを意味していることは親父が一番わかっているだろう。
小走りで駆けてきたダスティが俺の隣に並んだ。
「…………」
最後まで迷った。
「……親父!」
迷ったが、決めた。
振り返り、親父を呼ぶ。
親父は驚いたような顔をしていた。
「楽しかったぜ。ありがとな」
親父が死ぬとわかってから、ずっと言いたかったこと。
意地を張って言えなかったこと。
最後の最後に言えた。
再び歩き出す。
「……行って来いぃ!馬鹿息子ぉ!」
あらん限りの力で叫んだ親父の声が、俺の背を押してくれた。
……親父があっちにいったのは、その二日後だったらしい。
……………………
「おねぇちゃん!」
切符売り場の外に出ると、さっきの少年がこちらに走ってきているのが見えた。
「どうした?忘れ物でもしたか?」
「えっとね……はいこれ!」
俺の手前で止まった少年が手にしたビニール袋を漁り、その中にある物を手渡てきた。
「……これは……」
蚊取り線香のように渦巻き状になったカラフルな飴に棒を刺したお菓子。
所謂ペロペロキャンディというやつだ。
どうやらさっきのお礼のつもりらしい。
「……嫌いだった?」
少年が不安そうに俺の顔を覗き込む。
どうやら物珍しげに眺めていたのが原因のようだ。
「……後で返せっつっても知らねぇからな」
そう言うと少年は花が咲いたように笑い、大きく頷いた後、踵を返して走り出した。
「おい、あんまり急ぐと転ぶぞー?」
案の定少年は走り出して十秒と立たないうちに躓いて転んでしまった。
言わんこっちゃない。
だが少年は自分一人で立ち上がり、涙を堪えながらだが、確かにこちらを向いて笑った。
「……やれやれ」
そう言った時には既に少年はラステイションの街の中に消えていた。
時間も時間だ。
俺も踵を返し、あいつらとの待ち合わせ場所へと歩き出す。
「……親父」
いい加減で、ぶっきらぼうで、頑固で、よく笑って、背中ばっかりでかくて。
「……ほんと、でかいよな……」
俺はその大きな背中に、少しでも並べるようになっただろうか。
あの時俺の背中を押してくれた声は、今もまだ俺の心に響いている。
手のキャンディをくるくると回しながらそんなことを考える。
「いたいた、アッシュ!」
「アッシュさーん!」
「こっちだってばー!」
後ろからあいつらの声が聞こえてきた。
「おう」
振り返り、返事をした。
俺の『目標』は、まだまだ遠くにある。
旅は、まだ続いているんだ。
この旅が終わるまで、俺の心に響くこの声が鳴り止むことはきっとないだろう。
はい、アッシュ君の一人称視点で進行した番外編でした。
主に若きアッシュ君の修行と旅立ち、そしてそれを見送る父親の話です。
一人称視点の書き方は視点のキャラの心理描写がしやすい代わりに視点じゃないキャラの内心を書くのが非常に難しい。
なので今回のような明確に話の主役が決まってる話ならやりやすいんですけど、本編だとそうはいかないシーンも多いですからね。
次回からはまた三人称視点になりますので、よろしくお願いいたします。