詩子   作:コウミ

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第2話

 茜と別れ、オレは帰途についた。

 そろそろ真夜中だと言うのに、結構人通りがある。

 所々で固まっては騒ぐ連中もいれば、仲睦まじいカップルもいる。

 クリスマスも結構なイベントだが、大晦日から元旦にかけてというのも忘れてはならないイベントだ。

 何しろ初詣、二年参り、初日の出と、朝帰りのネタが山ほどある。

 着飾った女性が目に付くわけだ。

 ほら、あそこにも…って、オレの家の前じゃないか。

 和服を着たその女性は、オレの家の門の前で所在なげに佇んでいたが、オレの姿を認めると嬉しそうな笑みを浮かべた。

「明けましておめでとう、浩平…」

「………詩子?」

 声は詩子だ。

「あー、ひどい。私だって判らなかったの?」

 そんな格好で膨れっ面するなって。

「綺麗だったからさ…」

 いかん。ポロッっと本音が出てしまった。

 途端に嬉しそうな表情を見せる詩子。

「ホント?」

「………ホント、だ」

 実際、和服を着た詩子がこんなにも落着いた感じの美人になるとは想像もしなかった。

 背筋を伸ばして微笑む姿から、いつもの詩子を想像するのは難しいだろう。

「えっへっへ~」

 あ、笑うといつもの詩子だ。

「で、どうしたんだ、こんな所で」

 大晦日の晩だ。外に出ていて寒くないわけがない。

 オレを待つのなら由起子さんに話せば中で待つ事も出来ただろうに。

「あ、うん、お参りに行かない?」

「初詣か?」

「うん、もう行っちゃった?」

「いや、まだだ…じゃあ行くか」

「うん!」

 

 オレ達は連れ立って商店街の側にある小さな神社まで歩いた。

 慣れない格好をしている詩子にあわせてゆっくり。

 こんなにゆっくり歩いたのは初めてじゃないだろうか。

「なあ、詩子」

「何?」

 オレは歩きながら、気になっていた事を訊ねる事にした。

「この前は…帰ってから怒られなかったか?」

 朝帰りをしたわけだから、相当怒られたんじゃないだろうか?

「…あの日、うちから茜の家に電話が行ってね。茜が嘘ついてくれてたの」

「アリバイ工作ってことか?」

 茜は信用がありそうだから、アリバイ工作要員には最適かもしれないな。もっとも、オレ辺りが頼んでも「嫌です」の一言で終わりそうだが。

「うん…茜、嘘嫌いなのに…後で茜に怒られちゃった」

「そっか…」

「うん」

 詩子は悲しそうに俯いた。いや、申し訳なさそうに。かな。

「さっきさ、茜に会ってきたんだ」

「うん、知ってる。今日、浩平に聞いてみますって言ってたから」

 なるほど。それで門の前で待っていたのか。

「ごめんね」

「何が?」

「私、茜に嘘ついちゃった」

 ああ、大事にしているからって話しか。

 しかし、なんか今日の詩子はいつもよりもずっと素直だな。

「いいよ。今のところ詩子は大事な友達だから」

 これが今のオレにとっての偽りのない正直な気持だ。

 今まで詩子の事を恋愛対象として意識した事がなかったからな。

「友達…うん、ありがと」

 詩子は一瞬淋しそうな表情を見せたが、すぐにいつもの笑顔を見せてくれた。

「でも、本当に浩平は大事な友達だよ。私にとっても茜にとっても」

「茜?」

 どうしてここで茜の名前が出てくるんだろう?

「最近、茜、明るいもん。今年…あ、もう去年か…茜、去年の九月位から急に元気がなくなって心配してたんだけど」

 そう言えば、詩子は茜を心配してうちの学校に不法侵入してきたんだっけな。

「まあ、確かに最近、微妙に表情が柔らかくなってきたけど」

「へえ、茜の表情を読めるなんて…あれ?えーと」

 詩子は人差し指を顎に当て、考え込み始めた。

「どうした?」

「ん、えーとね、浩平の他にも茜の表情を読める人がいた筈なんだけど…うーん思い出せないや」

「茜のご両親じゃないのか?」

「んー…まあ、いっか。あ、神社見えてきたわよ」

 

  ***

 

 新学期に入ってからも詩子は茜の様子を見に来ると称してはちょくちょく遊びに来ていた。

 詩子は南の席と住井の席を交互に使っていた。

 つまり茜は理由の半分で、残り半分はオレに会いに来ていたのだろう。

 そして、いつしかオレも詩子に会うのが楽しみになっていることに気付いた。

 コロコロと変わるその表情。

 明るく楽しい性格。

 時折見せる女の子らしい素顔。

 オレは詩子に恋をしていた。

 

 オレ達。オレ、茜、詩子の3人は、帰りに寄り道をしたり、休みにゲームセンターに行ったりと、以前よりも親密な付き合いを始めるようになっていた。

 ごく自然に、まるで、昔からそうであったかのように、オレ達は3人でいつもいるのが当たり前になって行った。

 そう、まるで最初からオレが入り込むための場所が用意されていたかのように…。

 

 そんなある日。

「浩平…」

 茜がオレの名を呼んだ。

 学校の屋上。

 今日はみさき先輩も屋上に来る事はないと思う。何しろこの雨では…って、なんで、雨の屋上なんかに来ないといけないんだ?

「なあ、茜。そろそろ中に入らないか?」

 雪になってもおかしくない寒さだ。

 というか、雨は既にみぞれ交じりだし。

 大体屋上で傘を差しているってのもあまり普通じゃないぞ。

「…話しがあるんです」

「だから、何の話しだ?」

 さっきからこのやり取りを何回繰り返しただろうか。

 しかし、茜はオレの問いに視線を逸らし俯いてしまう。

「なあ、茜…」

「…幼馴染がいました」

 唐突に茜が話し出す。

 しかし、幼馴染?詩子のことか?

「私と詩子と、いつも三人でいました。でも、去年の九月、あの人は消えてしまいました」

 消える。という表現。

 何だろう、胸騒ぎがする。

 聞いてはいけない言葉。

 雨のせいだろうか、空気に妙な違和感を感じる。

「消えた…死んだのか?」

 しかし、オレは茜にそう問いかけながら返事を知っている自分に気付いていた。

 茜は首を振った。

「消えたんです。ずっと三人だったのに、詩子は彼の事をまったく覚えていません。彼の事を覚えているのは私だけなんです」

「親。肉親は?」

 いくらなんでも子供の事を忘れる親なんて…そう言いかけて思いなおした。

 オレの母さんはどうだった?

「彼の両親は、彼が子供の頃に相次いで亡くなりました」

 オレと似たようなもんか…。

「そう…か」

「彼のいた証拠は殆ど何も残っていません。ただ、彼との想い出に関してだけが、彼を知っていた人達の不自然な記憶の空白となっている。それだけです」

 なんでだろう…こんな話し、信じられるわけないのに…。

 それなのに、どうしてオレは信じてしまっているのだろう。

「茜…どうしてオレにその話しをする?」

「…どうしてでしょう…私にも判りません。ただ、浩平の今いる場所は、あの人の場所でした」

 茜は淋しそうにそう呟いた。

「オレが、その人の場所を奪ってしまったのか?」

「…奪ったのではないと思います。詩子が…望んだ事ですから」 

「オレは…どうすればいい?」

「詩子を大切にしてあげてください…それが言いたかったんです…」

 

  ***

 

 その日、詩子はオレの家にいきなりやってきて、相談があるの。と、言った。

「あ、一応飲み物とお茶菓子は買ってきたから」

 と、コンビニの袋を掲げて見せる詩子。

「ああ、とにかく玄関先じゃなんだから、あがってくれ」

「ん、お邪魔しまーす」

 

「で、相談ってのはなんだ?」

 詩子の買ってきた飲み物…ビールを飲みながら、オレは本日何回目だかの質問をした。

 まったく、こんなところはさすが幼馴染。茜とそっくりだ。

「…えーと、ね」だいぶ酔いが回った様子の詩子が赤い顔で呟く。「んーと、ね」

「どうした、詩子らしくないな」

「…ねえ、浩平」

 俯いたまま、ポツリと呟く詩子。

「おう」

「…私ってさ、魅力ないのかな…」

「は?」 

「クリスマスイブ、浩平、私に毛布かけてくれたよね。なんで、何もしなかったの?」

 オレと顔を合わせ辛いのだろう。ビールの缶に向かって詩子はそう言った。

「まだ知り合って間もなかったしな…あれが今だったら、毛布かけるついでにキスの一つもしてるよ」

 むしろ、キスだけで済ませられるかの方が問題かもしれないな。

「本当に?」

「ああ」

 しかし、オレの答えに詩子はまだ納得していないようだった。

「…でも、口では何とでも言えるよ」

「…証明して欲しいのか?」

 オレは詩子の隣に移動した。

 驚いたような表情でオレを見詰める詩子。

 真正面から紅潮した詩子の顔を見詰めているうちに、オレもつられて赤くなってしまう。

 くー、顔が熱いぞ。

 どれだけそうやって見詰め合っただろうか。

 詩子が、コクン、と頷いた。

 え?

 更に見詰め合う。

 詩子がすっと目を閉じる。

「詩子…」これだけは言っておかないといけないような気がした。「好きだ、詩子」

 

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