ある哲学者が述べた「幸せの価値を決めるのは自分で決める物であり時代や情勢等外部的な物で判断をするものではない」そう述べた
さて何故私と言う存在が其の事を述べて居るのかは私自身と言う存在が今充実のしない人生を歩んで居る事に尽きるだろう
私は否現世の私と言う存在は生まれながらにして「目的の為に動く傀儡人形」である其れ以上それ以下の存在だ嫌だったと言えるだろう
そう私の「前世の記憶」と言う不純物が存在して居たからこそ自分と言う存在を認識を支持がと言う物が保つ事が出来たのだ
だかあこそその様な物を持ち合わせる事が出来ないなら私は只の操り人形でセルリアンそしてビースト果てはフレンズ・・そして最後に己自身の尊厳を存在意義を壊す事に成ったのだろう
そして私は在る意味「祖国の再建」と言う有って無い様な夢大ぼら吹きと言われても知れない程叶え宋の無い夢を抱き此の小さな世界を周って居た
因みにだが此の俗に言えば「大日本列島」そう「北は占守島西が台湾が繋がる大きい日本列島」を模したジャパリパークでは今現在「本州そして四国並びに九州そして沖縄最後に北海道本島」が「フレンズ達の活動範囲と言うか言い方を変えるなら生存域」と成って居る
そしてビーストと言う存在は「台湾本島」の全てを彼等が活動をして居る範囲フレンズ達が干渉をしない故にフレンズ達の様に「同じフレンズである事に因って一致団結をする様な傍から見ればファシズムの全体主義的社会」であるのに対して
そうビースト達の社会は「完全なる自由主義社会」否訂正をするなら「無政府状態」と言う言い方の方が正しいだろう
だからこそ自分の身が大事なら同じビーストが死のうが同じビーストが傷を付こうが我関せずを是をする世の中に成って居るし
だがその様なビースト社会に置いても如何やら有る程度秩序が存在して居ると言うか統一的スローガンの下で何とか纏まって居るみたいだ
其れで其のスローガンは「自然原理主義」と言う考え方だ要は「生きとし生けるものは有るがままに生きあるが儘に死ぬ感情の儘に生きる事を美として感情を抑える事を醜とする」まあ早い話は無政府主義的考え方がビースト内には根底的思想として存在をする
故にビーストの存在からすればフレンズと呼ばれる存在は「感情を抑えて団結をして己と言う物を捨て在るかどうかすら怪しい全体の為に生きる哀れな存在
否抑々生きとし生けるものがその様な他者の為に生きること自体間違いである其れをしたら動物でなく・・そう(血肉が備わって居る動く歯車)でしかない
其れを動物として認めるわけにはいかないし間違いなく動物の定義を壊しかねない存在だ」と言う様な思いが有るのだろう
だからこそビースト諸氏から見ればフレンズと言う存在は「動物と言う概念を動物と言う心理を壊し兼ねない所謂倒すべき許されざる敵」とまで行かないが其の様な感じを持ち合わせて居るのだ
だからこそビーストとフレンズが手を取り合う様な社会と言うのは本当に実現をするのだろうか仮に実現をするのなら所謂「共通の敵」と言うのを造るしかないな
そうだな本来はセルリアンを使いその様な事をすれば良いが・・だが流石に其の事をすれば私と言う存在も無傷では済まなく成るだろう
・・そうセルリアンを束ねる女王と言う存在が私の現世での身内だと知ってしまった以上私は身内が泣いて居る顔やそして身内に恨まれたり殺意を向けられる様な展開に成ってほしく無いのだ
だからこそセルリアンでも無いそしてビーストでも無いそしてフレンズでも無い共通をした敵役否仇役・・汚れ役を造らなければ成らないのだろう
そう一番いいやり方はラッキービースト事ラーキーさんと言う私が一番最初此の減でで目覚めたあの日モノレールの車掌席に置いてあった人形がラッキーさんと言うロボットらしく
そして其の役目が此の小さな世界の管理そして統治をする為に存在をして居る所謂私の前世の世界で言う所の官僚と言うべき存在がラッキーさんの役割だ
だからこそ私がアメリカで見た「Is Ender」と言う「人間が強化人間などの人造人間と闘い最終的には新たな敵の人工知能搭載のロボットを倒す為に共同戦線を造り最終的に人造人間を人類と認めて終わる」と言う未来を舞台にしたサイエンスフィクションが有った
だからこそ其のラッキーさんを「ラッキーさんが突然変異を起こして此のフレンズと言うフレンズを抹消をする様に地球に帰還をしたくて堪らない元地球の人類の過激派が電子ウィルスで命令系統を乗っ取り
そして洗脳をされたからこそラッキーさんは闘いたくないけどだけどフレンズ達と叩か合わなくては成らない故にビーストだろうがフレンズだろうがセルリアンだろうが此の亡層をさえ洗脳をされたラッキーさんを解放をする為の
そう「ラッキーさん解放共同戦線の樹立」をしなくては成らないと言う事を宣伝すれば所謂城内平和と言う物の実現」をする事が出来るのだ
だからこそ之が一番犠牲を無くして掴める事が出来る平和的手段なんじゃないのかなと私は思ったんだ