がんばれアイバー:俺がハンターになった理由   作:姉の犬

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『がんばれアイバー』前回のいくつかの出来事

 ・紐パンツはクールに去るぜ
 ・ほう、下剤入りチャリヲですか…
 ・試験開始の宣言をしろ、トネガクぅ!
 ・おそろしく細かい豚くんオマージュ、オレでなきゃ以下略


09_じ0ker

 ツインタワーの間に横たわる3本の鉄骨。

 幅5センチに満たないそれは、見た目のか細さに反して大きな「圧」を孕んでいた。

 何せ、ハンター試験に臨む受験者の命運を握る道といって過言ではない代物である。設置場所が場所だけに、鉄骨からの落下は必然、死を意味する。その成否に大きく係わる足場が、この様に粗末な物では。加えて、注意せずとも薫る細工の匂いは、明らかな殺意の表明であった。

 

 ベテラン受験者にしてみれば、一次試験の段階でここまで危険性の甚だしい内容となるのは青天の霹靂である。一方で新人は試験に対する些かの楽観を摘まれ、双方共に己が覚悟を再び問われる形となった。

 

 試験の開始が告げられて以降、一同は静観の構えを取っている。無論、彼らは何らかの分野のプロフェッショナルであるから、物怖じしている訳ではない。

 或る者は余りに緩い合格条件への猜疑から、また或る者は試験環境の整理を胸に、各自が思案に暮れている訳で。

 

 この様な状況であるから、その中でいの一番に動いた受験者に注目が行くのも当然であった。

 目元までを覆う黒髪と、その手に携えられた竹箒―――それ以外は凡庸の一言に尽きる青年、アイバー=ナイデスその人である。

 彼の行動は迅速であった。試験官が説明を終えて後、数秒の黙考を経て動いたのだ。そして彼は真っ直ぐ、会場の入口を担ったエレベーターへ向かう。

 

 誰もがその脱落を確信する中、違う視点を持つ者も数名居た。

 だがその瞬間だけでは、例外たる彼らが納得する解を得る事は叶わなかった。それは個個に多少のしこりを残しながらも、しかし彼らは直面した一次試験の突破の為に思考のリソースを割いて行く。

 結局、抱いた疑念は秒と持たずに忘却された。

 

 そんな会場の様子を、受験者が屯するビルの反対―――鉄骨を渡った先、一次試験のゴールと呼べる部屋で観察する影が幾つかあった。試験官トネガクとその補佐数名である。

 

 近年では稀有な例となる今回の一次試験の高い危険度。それは今期ハンター試験開始の数日前、これを強く主張したトネガクに依って設定された。その仕掛けられた罠の数々は―――看破が可能である事は確かだが―――熾烈にして過酷。これからの数十分で、幾らかの星が流れ落ち、赤い花を咲かせる事となるだろう。

 であるから、

 

「少し勿体無い気もしますね。マシな者も何人かいるのに、一次試験から露骨に死を天秤に掛けさせるというのは」

 

 全貌を知る補佐官がこう漏らすのも無理からぬ事で。

 

「良いのさ、これで。加減せずとも良いんだ。ここで生存出来ない者など、この先誰かに喰い殺されるのがオチ。それが少し早まる、それだけの話だ」

 

 「自信が無ければ退いて、来年に備えれば良い」と続けるトネガク。

 身も蓋も無い、直截な正論である。そも会場までの道程でさえ死のリスクを伴うのがハンター試験だ。受験を超え就業を果たしたとすればそれは一層膨れる。そしてその脅威は往往にして、こちらの研鑽や成長を待ちはしない。

 世は理不尽が土台、不都合は隣人である。もっと踏み込んで言えば、生死をさも重大事の如く扱う事が既にナンセンスなのだ。

 過激とも取れる今回の試験設定だが、想定困難な悪意から逃げ遂せるだけの機会は設けられている。そう考えれば、これはまだ温情的ともいえた。

 

「しかし、理解できないのは69番と315番の2人ですね。使()()()上に出来ると睨んでいましたが、まさか早々にリタイアするとは……」

「お前には、そう見えたか」

 

 口元を緩めて漏らされたその一言は、推察の未熟を指摘する物だと知れた。然り、トネガクの見る限り今回の受験者の中で一番聡いのは315番である。

 

「トネガクさん、一体何が見えているんです?」

「それは自分で考えねばな。ハンターなのだから」

 

 トネガクが目をやるのは、群がる受験生で遮られた視界の向こう。件の2人が乗り込んだエレベーターの方向だった。

 

 ○

 

 突然だが俺は今窮地に立たされている。

 髪を後ろへ逆立てた道化師然とした男とね、エレベーターで乗り合わせたんだよ。俺も素人じゃないから分かる。こいつ、試験会場に入ってからずーっと俺を視てたヤツだ。無視してたのが裏目に出たらしい。

 

 こいつは端的に言うとヤバイ。俺が地上へのボタンを押した直度、後ろから何かを投擲してきたからね。竹箒具現化の例の事情のおかげで背後への警戒がデューワトーゴーくらいになってるから躱せたけど。

 ただ、エレベーターの操作パネルは無事じゃなかった。カードが刺さって壊れた。ちゃんと降下はしてるが、幾つかある途中のフロアに止まる事はできそうにない。

 つまり、地上までの少ない時間ではあるが、密室に念使い2人。何も起きないはずも無く……。

 

「どういうつもりだ?」

「好奇心かな。雰囲気からして同好の士ってやつなんじゃないかと思って。ボク人見知りなんだけど、頑張ってアプローチしてるんだよ」

 

 漫画やラノベなら語尾にトランプの模様(スート)が付きそうな喋り方するなあ。

 しかし、同好の士とは? 人見知り、そして手にはトランプカード……あっ、そういう。

 ンだよ、こいつもコミュ障か。だとしても、一緒にゲームがしたいならツール見せて「やろうぜ」の一言で済むじゃないか。或いは互いの腕に手錠掛けて拘束するとかさあ。

 なのに、こいつは念で強化したカードで脅迫する始末。肝心な言葉もない。大昔の暴力系ヒロインムーヴじゃあるまいし。腹立つわ実際。これが同族嫌悪か。

 

 ……決めた。操作パネルから回収したこのカードは一生借りておく事にしよう。凝で観察しても怪しいところはないから弊害もないだろ。ジジ抜きしかできないデックで寂しく一人遊びでもするんだな。

 ――という小物剥き出しの考えを、そのまま伝える事にしよう。

 

「同好の士ではなく、同類というべきだな。それにしては、あまりいい挨拶とは言えない。代償として、()()は借り受けておく」

「キミ、良ーいオーラしてるよねえ。これほどの感覚は初めてだよ」

 

 こいつ……無敵か? なんで今の言葉を受けて高揚してんのさ。

 ダメだ、いよいよもってヤベーって。闘争心が猛ってるもん。こいつの眼がそう語ってる。お山の盟友――初対面のときの猿軍団――と同じ野獣の眼光してるもの。腕に覚えはあるが、あからさまな手練れ相手は尻込みするって流石に。

 

 と、ここで。俺の狼狽とマジで闘う5秒前な緊張感が漂う中、ポーン、と小気味良い通知音が鳴った。

 エレベーターが地上に着いたらしい。それで興を削がれたのか、相手の興奮が鎮静していくのを感じる。やったぜ。

 

 ○

 

「――それじゃあ、念を意識的に使ってからまだ1年なんだ」

「そうだよ」

「キミの得物からして、系統は具現化系?」

「そうだよ」

 

 水面を次々に叩くような低音を闇の向こうに聞きながら、無遠慮ないくつかの質問にテキトーに返す。多分、こいつ俺とやるまで付いてくるな、と直感し、思案する事少し。浮かんだ名案に従い隣のビルのエレベーターへ逃げ込み、試験会場の階数に相当するフロアボタンを押下する。

 もう分かるだろうが、俺はこの変態を試験官に押し付けるつもりだ。難癖つけて身体検査をさせるとか、やりあうための条件として運営の皆さんを襲わせるなどしてな。その間に俺は逃げる。

 このプランに弱点はない。勝ったな、行水したい。

 

 そして完璧な作戦に酔いしれた俺は、心の緩みを突かれて名前の交換をする機会を作ってしまった。ちくしょう、目的のフロアまであとちょっとなのに!

 

「ボクはヒソカ。よろしく」

 

 で、渋々やりとりした結果がこの言葉である。対して俺は「アイバー」の一言で済ませた。つーかこれが限界。

 しかしヒソカか、うーむ。なんか名前の響きに聞き覚えがあるような無いような。

 

『今年はミソカっていう大変に変態な受験者がいるみたいだから気をつけてね』

 

 うん? なんだってこんな時にあの紐パンツの言葉が……。

 頭の中で反芻される意味深なフレーズ。経験上、この手の引っかかりは大切なことに起因しているので少し意識を割いてみる。

 

(ミソカ……ミソカ?)

 

 ヤツの言葉の中で一番怪しい部分について考えること少し。何となしに傍らの変態を見て、フロアの表示パネルへ視線を逃がし、そしてもう一度変態を見る。

 直後、目的のフロアへの到着を告げる通知音と共に、俺は核心に至った。

 

(ヒソカじゃねーか、ド阿呆!)

「69番、315番、一次試験合格!」

 

 憤慨に浸る俺がその言葉の意味を理解するまで、しばらくの時間を要した。

 

 ●

 

 玩具探し。それも、望み薄な。

 退屈混じりにハンター試験へ赴いた男―――ヒソカ=モロウはしかし、そこで邪な宝石に見えた。

 もう片方を忘れる程の異質、異彩を放つ念の使い手。高度に擬態した―――正に人の皮を被った―――獣、アイバー=ナイデス。

 

 男と接触し、幾つかの問答で露見した事実の中で興味深い事実があった。

 この青年は念を研鑽してから僅か1年である。然るに熟成の途上だ。彼の師も相当の実力者らしい。更には、魔窟だというサヘルタ某所の霊峰。こちらは名までは引き出せなかったが、調べるに充分な情報は得た。ハオズ市の悪名は自然保護政策でも拭えぬ程に知られる物だが、少し掘ったところにこれだけの金脈があったとは。

 巡り合わせなる物を顧みた事は露程もなかったが、今回事此処に有ってはさしものヒソカも己が強運に酔い痴れた。

 

 ……ところで、恐怖と快感は小脳偏桃(脳の同じ部位)に依って処理される。感情の絶対値に対して正負の符号を付ける事で感情を択一するのである。

 この()()に於いて恐怖を排他し快感のみの()()とする者。且つ、その感情処理の引き金の1つとして闘争行為を有する者。―――これが、俗に「戦闘狂」などと呼称される属性である。

 

 この属性を持つヒソカが、純なる恐怖を齎すアイバーの性質に触れるとどうなるか。順を追って説明しよう。

 先ず、全身が粟立つ。次いで来るのは、未知か既知か、本人のみぞ知るストレス。先述の生理的メカニズムを無視し、異常者に恐怖を植えるのは、アイバーのオーラか、それ以外の、生命の持つ神秘か。その仔細判らずとも、重要なのは出来事、事実である。即ち、アイバーの持つ生粋の凶気は異常者の法をも超越して恐怖せしめるという事だ。

 

 ただし、ここまでの反応は瞬発的現象故に一過性を孕む。

 一連の確認と収束を以ってヒソカに改めて去来する物―――それはやはり性的絶頂(エレクト)にも勝る喜悦と法悦、平たく言えば「快感と多幸感」だった。特に心的痛痒を経ての享受となれば、それは大きな懸隔に比例した甘美な蜜である。

 

 ―――これで、未成熟だって?

 

 青成りで此処まで心奪われた事はない。

 生娘の様な純情と悪漢の如き劣情とが沸沸と湧き、その赤黒い情念は血液を伝い、ヒソカの(しも)へ殺到するや高揚と共に嗜虐の炎を熾した。

 味見せずにはいられない。

 しかし、一度食んでしまえば熟成を削ぐやも知れない。或いは勢い余って喰らい尽してしまう事も。

 であれば、抑えて、堪えて。安易へ向かう自身を理性で繋がねばならない。

 

 それは喩えるなら、張り詰めた糸だ。そしてそれを切るに足る切欠というのは往往にして、些細で軽軽とした―――僅かばかりの刺激である。

 

 ●

 

 時は、「()()()()()()()」。

 煌びやかな円卓を会食の場とし、一見穏やかに着席する人影があった。

 向かい合うは2人の男。

 彼方、第一次試験試験官・トネガク。鋭利な眼差しを相手に向けたまま、食後の一息に紫煙を燻らす。

 此方、第二次試験試験官・ツンジョウ某。少少小柄な躰を包む、軍帽・詰襟・動物油で照る軍靴、と将校染みた服装の端端を整える。

 少しの間の後、ツンジョウは卓の向こうへ視線を投げた。

 

「あの、何といいましたか、曲刀担いだ彼―――」

「アレを後に回した理由、ですか」

「彼の実力が及第点であるのは確かですが、そこ止まりであるのも事実。やはり三次試験に配置するのは解せない、という所です」

「成程。しかし、言ってしまえば簡単な事で、私と貴方とで成る『二次試験までの篩』を作る事が重要だった。三次試験以降の変更は火急的な配置換えを円滑に行った結果です」

「二次試験が実質の最終考査、とでも言いたげですね。一次試験の過剰な難度といい、何らかの事情を勘繰らざるを得ませんが……如何ですか」

 

 丸みのある三白眼には不似合いに光る武骨さと精悍さ。それが、一切の騙りを許容しない性根を映す。

 トネガクは副会長派の急先鋒としても著名である。協会という母体そのものを支持するツンジョウからすれば、ハンター試験の趨勢に派閥の思惑が強く影響する事は好ましくない。

 そのトネガクは「悪巧みという訳ではありません」と前置きして曰く、

 

「『マンダム』に係わる事情が絡んでいます。今期試験を辛口にしたのはその為です」

 

 マンダム―――その筋には広く知られた一大組織である。

 パドキア東部からエイジアン西部までの()()()に根差し、広く政財界を牛耳るも、その実態は不鮮明の一言。中枢から末端まで名を変え姿を変え、陰に日向に、鵺が如くの百面相だ。特筆すべきは、その手腕の総ての根拠が際立った「暴力」にある点である。

 

「十老頭すら一目置くあの秘密結社ですか。一昔前にクート盗賊団の残党を吸収し、武力装置として一際の成長を見せてからはダンマリだった様ですが」

「幾らかの途上国にパイプを通し、その食指がハンター協会にまで及ぼうかというのが現状です。中でも、マフィアンコミュニティーとのコネクションが温まっている。おかげで活動が露見したわけですが、厄介なのは、奴らの狙いがどうやらサヘルタに向いている様だ、という点です」

「大陸の東西を問わず、旧態から脱しない火薬庫は幾らでもありますからね。ですが、それが今回の試験難度とどう関係が?」

 

 疑問はそこだ。

 協会の外敵、サヘルタの不安、そして過激化したハンター試験。個個の点を結ぶ線が見えなければ図形は浮かばない。

 

「315番・アイバー=ナイデス。調べた所、彼はサヘルタに根差す者です。そして彼は此処に来るまでに、()()の自家用機を強取(ジャック)―――飛行計画を変更し、進路を一次試験会場近くへ設定しています。だのに、この事件は内輪で揉み消されている。以前から動向を注視している危険人物、アンコイン神父の搭乗機である事が何より臭い所です」

 

 滔滔と語られる弁には確信的な猜疑が込められていた。

 ツンジョウにとり、新たに示されたアンコイン神父なる要注意人物の詳細は重要ではない。大事なのは、先に挙げた個個の点をアイバーが結び得るという事。その信憑性はトネガクという知恵者が見せる警戒が裏付ける。

 

 不意に、「これを」とトネガクが卓上に滑らせたのは2枚の用紙。それは一目にして名簿と知れ、記述内容から本試験の物であると解った。

 

「1枚目が過日の受付締め切り時点で私が出力した物。そして2枚目が、先ほど出力した物です。注目して頂きたいのは此処―――」

 

 トネガクの指を追えば、そこには整理番号の記述と共にアイバーの名。

 示されたのは1つではなく、1枚目にも。それを見れば、2枚目でアイバーとされる整理番号には別人の名があった。

 何故食い違うのか。それは両者の照合から、アイバーの情報が締め切り後にねじ込まれたものであるからだと解る。

 

「明らかに、作為的な力が働いています。心当たりは?」

「……僕を疑っています?」

「勿論。私自身を含めて疑っています。はっきり言いましょう。私は、この不具合とマンダムの企みとに繋がりがあると考えています」

「すると、今回の試験に於ける危険性の激化は……成程、奴らの暴力性を充分に踏まえた適当な設定である、と」

 

 その言を受け、トネガクは我が意を得たりと肯く。

 

「要は、ネズミを全員潰せればよし、でなくとも炙り出すか絞りこむまでを主眼に置くという事。差し当たり、来る当たり年の為の焼き畑とでも思って頂ければ」

「乱暴な感は否めませんね。何より、委員会に基づくハンター試験を私物化するというのは―――」

「会長の権限に拠らず、試験工程が変更された。この事実を咀嚼して頂きたい。今回の仕掛けも、彼の組織に対する姿勢も、全てが正義であると約束します」

 

 深呼吸と共に為される煙草の緩く長い一服は、これ以上の主張は無い事の意思表示であった。

 対するツンジョウ試験官。此方は浮かぬ顔を示すも、根拠の乏しさから問答に窮した様子である。

 そして、この予想よりも一段不穏な事態に頭を働かせる中で、彼には1つの考えが浮かんでいた。

 

(アイバー=ナイデス。面会し、見極めねばならないな)

 

 その眼は、宙に広がる掴み所のない紫煙を追っていた。




次回の『がんばれアイバー』は――

 >つまり、戦いは始まった。へりおー!

 >「莫迦が」

 >「してやられた、ということか」

 >「なんだこの足場は、滑るぞ!」

『ハンターへの道』
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