がんばれアイバー:俺がハンターになった理由 作:姉の犬
01_狩人の惑星
俺の目覚めは最悪だった。眩しい日差しと寒気、寝そべっていた金属片の群による痛み、加えて悪臭が俺を襲ったのだ。中でも、悪臭だけは唾棄すべき要素だった。生ゴミの腐敗しきったそれと、金属の腐食やら薬品と思しき刺激臭が全部そなわって最強に見える。これには異臭という言葉ですら生温い。
さて、そんな状況にいる俺がまずしたことは、現在地の確認である。
例の夢が本当に夢で終わってくれたならそれでいい、俺は二日酔いとやらも体験せず平生の生活に戻れる。
反対にあの夢が紛れもない事実であったなら、俺はなんとかの世界に身を置いていることになる。この場合はまずい。現代日本でぬくぬくと育った俺が、右も左も分からない環境で生き抜くことは難しい。3日でくたばる自信がある。
俺が寝ていた場所は金属の山というべき所で、鉄パイプやらホイールやら多種多様なくず鉄が積み上げられた場所だった。
辺りを眺め回した限り――生活ゴミやらその他の不燃ごみやらのそれもあるが――似たような山が見渡す限り広がっている。どう見てもゴミ捨て場です、本当に以下略。
少し気落ちするも、どうやら夢を夢ですませるだけの希望は残っているようではあった。
捨てられている物を見る限り、元居た世界と文明レベルは同じくらいだと知れたし、見覚えのある物ばかりだったからだ。
ゴミに記された文字らしきものに見覚えはなかったが、それはたまたま俺の知識にないものなのだと言い聞かせた。
そして地上を行こうとゴミ山を降りきったのが今しがた。
高さもある上に足元が不安定だったのでかなり時間を食ったが仕方ない。
上から見下ろしたときにぽつぽつと人影は捉えたので、何とか情報を得たいところだ。
一息入れた後に小道を少し歩けば、あっさりと現地人を発見した。しかも向こうから話しかけてくるおまけつき。やったぜ。
「おーい! 待て! 待つんじゃあ」
とたん、俺は回れ右して引き返したくなった。
なぜってそりゃあ、こちらへ寄ってきた人物が爺さんだったからである。高齢の男性を指す言葉じゃなく、夢に出てきて神様だか悪魔だかを名乗ったあいつである。頭の中では警鐘が鳴り響いているが、出会い頭からずっと俺の体は硬直していた。なんというプレッシャーだ……。
「危ないとこだった! この世界では野生の念使いも飛び出す! こちらも念能力を持っていれば戦えるのだが……」
と言って、わざとらしい思案顔を浮かべる爺さん。野生のネン使いとはなんなんだ。飛び出すってことは動物か何かなのか?
「そうじゃ! ちょっとわしについてきなさい」
俺が口を開こうとしても毎度の如く声を被せてくる。なぜ夢の中の爺さんがここにいるのか、一人称が変わっているのはどうしてか、等々浮かぶ疑問の数にきりがないが、この様子では質問の1つも飛ばせやしない。
そして俺は一言も発することができないまま連行された。
○
爺さんに連れられて少し。俺はゴミ山同士の隙間にある人気のない場所に連れ込まれた。
そこで待っていたのは――。
「パウッ!」
奇声と共に放たれた、爺さんによる腹パンだった。
ドズ、と深く突き刺さった拳に、俺はたまらず呻き声を漏らす。
同時に、食べ物を嘔吐するのと同じ感覚で息が出ていく。
「そうそう、肺の中の空気を1cc残らず絞り出すんじゃ」
人が苦しみ悶えているのに、爺さんは涼しげに頬を緩めている。殴りたい、その笑顔。
普段の温厚さをかなぐり捨てて躍りかかってやろうと思うが、突如として俺を襲った異変がそれを止めさせた。高まるストレスに比例して俺の体からどんどん力が抜けているのだ。辺りには蒸気まで溢れてくる始末で、何が何やら分からない。というかこの湯気、俺の体から出てないか?
「しばらくは体力の磨耗が激しいじゃろう。が、心配はいらん。纏さえできれば、じゃがな」
テン……だと……?
「精孔をただ開いただけでは自身のオーラを身に纏うことはできん。必ずコントロールせねばならんのだ! ではそのために……必要な心構えを話そう!」
待て。熱の入りようは分かったから、そんなに捲くし立てないでくれ。何? この湯気がオーラってやつなの? テンってのはそれを纏うってこと?
「自分のオーラが体に留まるイメージができたらチャンス! それが血液のように全身を巡る様子をホイ! と念じればそいつを纏える!
ただし……工夫は必要だぞ! その流れがゆっくりと止まり、体の周りで揺らいでいるところまでもっていかんとな!」
言ってることが大雑把にしか分からないが、とにかくこの湯気――もといオーラとやらを制御しないといけないらしい。たしかに、このまま放っておくとマズイことになるのは直感している。ここは頑張らねばなるまい。集中、集中。
とりあえず本能の赴くまま、自然体で瞑目しながらテンとかいう状態をイメージしていく。
「ここまでは問題ないようじゃな。では、時間もないので詰め込んでいくぞ。まず言っておくとここはきみが元居た世界じゃない。前に言ったとおりの異世界じゃな、淡い期待はここで捨てるがよい」
知るかバカ、そんなことよりテンだ!
異世界確定のお知らせはそれなりにショックだが、それよりも混乱と不安を押さえつつ集中することの方が先決である。とりあえず目の前の老人を黙らせようと視線を飛ばすも、本人はどこ吹く風といった様子。
「ざっくり話すが、元の世界できみは死んでおる。それをわしが拾い、この世界に器を用意したんじゃが……ぶっちゃけるときみは残り4年くらいで再び死ぬ」
ふむ。無視を決め込もうかと思ったが、話は思いのほか重要なことみたいだ。
聞き取りをこなす、蒸気の制御も続ける――両方やらなくっちゃあならないってのが現状のつらいところだ。
「昔はわしもバリバリの邪神としてならしたもの! しかし老いぼれた今、完全な形で異世界の存在であるきみを呼べなかったんじゃな。
元来この世界にいないきみは異物そのもの。故に『修正力』という不思議パワーがそれを消すように働いてしまっているのじゃ。そして、きみがその力に屈するのが大体4年という事情でのう。めんごめんご」
反省の欠片も見えない笑顔で舌を出す爺さん。が、いちいち腹を立てても仕方ない。ここはぐっと堪えて、続きを聞こうじゃないか。
その辺を知ってか知らずか、目の前の阿呆は「そこに3つ選択肢があるじゃろう」と言って脇にある立て札を指差した。
そこには確かに、3つの事柄が記されていた。幸いにも日本語である。
『1、4年くらいを謳歌して死ぬ――オススメはせん。
2、不完全な状態を補修して死のリミットを解除する――この世界が気に入れば有りじゃ。
3、元の世界に帰る――これは蘇生する形になる』
内容は、俺のこれからの進路とそれぞれに対する爺さんのコメントといったところか。
「まあ、察しの通りじゃ。第4の選択をするのもよいが、お前の好きなものを選べ。決断は今でなくとも構わんがな」
とは言うが、この3択なら最後の選択肢で決まりだろう。1つ目は論外だし、2つ目には魅力を感じない。やっぱり故郷がいいよ、ツイてるもの。
「どうやら答えは決まっているようじゃな。2つ目か3つ目を選ぶならわしの完全な力が必要じゃから、情報をやろう。『ラサマの遺跡』――そこに到ったなら、きみの余命4年ちょっとの運命は解けるじゃろう。
……さて、念の方も落ち着いた頃合か。見込んだだけはある。アイバー、後の生き方はきみ次第じゃ」
このときの爺さんの纏う雰囲気は、これまでにない真剣さを帯びていた。
しかしそれも一瞬のこと。ニヒルな笑みを浮かべるや、俺に背中を向けてクラウチングスタートの体勢に入る。
これを見て「こいつ、このままどっか行くな」と直感した俺は咄嗟に口を開くことができた。
とはいえ、この刹那に何か有効な質問が出てくるほど頭がいいわけではない。なので、
「待て、俺の死に様はどうだったんだ?」
咄嗟に出たのがこの言葉だった。もう少しマシなことを訊きたかったが仕方ない。
しかし死因についてはけっこう気になっている。最後に憶えているのは羽目を外しすぎた酒盛り男子シングル自由形なので、やっぱり急性アルコール中毒だろうか?
爺さんは体勢を崩すことのないまま、厳かに語り出した。
「きみは飲酒をしたな。死んだのはその後じゃ。酒を飲みすぎたきみは、トイレへ駆け込んだ。そこで便器どころか床や壁にまで色々撒き散らした。そして一段落の後、憔悴しきったきみはドアを開けて出て行こうとしたわけじゃが……床に広がった吐瀉物に足をとられて転倒し、後頭部を便座に強かに打ちつけて死んじまったのじゃ」
……訊かなきゃよかった。元の世界に戻るという選択に早くも迷いが生じそうだ。
「ちなみに、元の世界に帰った場合の話じゃが。死んだ時点から2日後、きみを心配した友人多数が現場を目撃したところで目を覚ますことになる。それまでは気絶していたという事実に改竄されるから安心するように」
訂正、選択に早くも迷いが生じた。安心できるわけねーだろ。
わけも分からず異世界に投げ出され、へんてこ能力をエンチャントされ、見知らぬ土地で生きねばならない上に帰ったら一生ものの生き恥が待っているらしい。クソゲーである。
「アイバー、わしのサポートはここまでじゃ。世界中に蔓延っている厄介事がきみを待っておるぞー」
心底楽しそうに捨て台詞を吐いて走り去る爺さん。
俺はゴミ山の隙間から僅かに覗く青空を見上げ、盛大に溜息をついた。
――もぅマヂ無理。ふて寝しょ。
NEXT HUNT
俺は水のしずく。天より降とされた雨露。
この謎の世界でジリジリと陽に焼かれ、いつの日か干上がっていく。
今は大きな傘の下で存えていても、明日はどうなるか分からない。
先の事は爺さんにしか分からない。
俺は水のしずく。天より降とされた雨露。
この謎の世界で風に吹かれて、やがて地に染みていく。
そして俺は、この世界の糧となる。
次回『念使いの弟子』