がんばれアイバー:俺がハンターになった理由   作:姉の犬

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これまでの『がんばれアイバー』

 修行が難航し日々懊悩する男、アイバー=ナイデス。
 見かねたカカロータは考察を深め、具現化成功の秘策を見出した。
 男伊達な潔さでこれを受け入れたアイバーは、遂に竹箒を手にする。
 大きな目標を達成した彼を待つ運命やいかに!



05_アイバーズ:失われた安息地(アーク)

 箒が具現化した。それだけは確かだ。

 想像力と集中力、2つの要素に俺の体内の何か――執念によって脳から分泌された脳内麻薬か、あるいはケツに突き立つ竹箒によってもたらされた絶望感、そしてその衝撃から形造られてしまった化学物質か、あるいはそれら全てが俺の内部で出会ってしまい、化学反応を起こしスパーク……。具現化の達成に至った。

 

 この喜ばしい事実に、師匠は普段の慎ましいそれとは違う豪勢な料理で祝福してくれた。

 俺も素直に喜びたかったのだが、そうもいかなかった。成功の代償として失ったアレに纏わる事情も一因だが、それとは別のことで頭を悩ませることになったからだ。

 それは、具現化に伴うとある問題である。

 

 その問題とは――俺の竹箒が尻から出るということだ。

 しかし、肛門から大便よろしく出てくるわけではない。実際には、臀部の先――より正確にいうと不浄の孔の延長上――のあたりから、穂先を先頭にして柄までがニュッと出現する。どうやら、オーラ全体が一斉に物質化することなく、先っちょから順に竹箒を構成していくのでこうなっているようだ。しかし、この厳密な解説なしで具現化するところだけを見ると「尻から出る」という表現をするほかのない絵面である。社会的に致命的な欠陥だと思う。

 

 こんな有様なので師匠にも言えず、披露するときは直接見せないようにしている。バレてるだろうが、こっちにも人並みの体面があるからね。

 

 そして一番面倒なのが戦闘時の具現化だ。

 具現化成功からは当初の修行と念の発展技術の精進に戻ったので、当然師匠とは組手をする。そこに竹箒の使用も盛り込まれたのだが――徒手格闘から得物を手にする場面で、件の問題が非常に厄介だった。

 最悪、師匠相手なら尻から出るところを見られてもまあ半分の羞恥で済む。だがしかし、野生の念使いと戦闘になって誰とも知れぬ輩に見られたら悶絶ものである。何かで有り金全部溶かしたような顔を晒して卒倒すると思う。

 

 このような事情から、試行錯誤の末に「四つん這い手前で両腕を遊ばせた姿勢から、上体だけ大きく仰け反らせて敵を見据える」といった奇妙な構えを体得した。これなら上半身が目隠しとなって具現化を視認され難くなるのである。基本正面に限るが、体を捻ったり軸をずらしたりすれば結構な角度を補える。

 これを見た師匠からは「それで良い。つーかそれしかねえだろ」というお言葉を頂いた。褒めてるのか貶してるのか分からねえ。

 

 とはいえ、人前での具現化は極力避けたいところ。よって俺は、具現化させた竹箒を常に携帯するということで落ち着いた。組手もそれを前提とした内容に変わっている。

 

 ――さて、なぜ俺がここまで長々と回顧しているかというと……現実逃避である。

 

「どうしたアイバー、動きが鈍ってきたぞ」

 

 師匠の手からポーヒーと放たれた念弾が数拍前まで俺がいた地点に着弾、爆ぜて土を抉る。

 気を緩めず2回3回とステップを刻めば、案の定追撃の念弾が通過していく。こう言うと俺が素晴らしい反応をしている風に思えるが、実際は見えてるんじゃなくて直感と射線予測の結果である。かっこつけずに言うと、視て感じたままテキトーに動いてる。……圧縮された時間感覚はどうしたって? 不可避の速攻相手に通用すると思うのかよ。念弾見てから回避余裕でした、の境地には程遠い。

 

 野球ボール大の念弾は次々と飛来し、地面に小規模なクレーターを残す。その度に俺の精神はがりがりと削られる。この弾、速いだけでなく俺の堅を剥がしてなお余る力を持っているのだ。

 

 そうしてしばらく回避を続けていたが、防戦一方ではいつか捕まってしまうので攻勢に転じる。1発毎に少しの間を空ける単発式のそれから、間断のない連発式の念弾に切り替わるのも大体このタイミングだ。

 勝手知ったる師匠の念、俺は竹箒を軸に身をくねらせてかわし、また箒自体で念弾を受け流し、彼我の距離を詰める。

 対して師匠は不動である。これは油断しているわけじゃない。その証拠に、

 

「いい踏み込みだ、積極的だな。だが無意味だ」

 

 集中させたオーラで脚力を高めた接近――それと同時に繰り出した横薙ぎが見事にいなされる。こっちの経験則では、単純に受け止めるかより強い迎撃をするものと読んでいたため、意表を突かれた形だ。この少しの動揺が災いして吶喊の勢いを殺せなかった俺は脇腹へ一撃もらう。どこぞの爺さんの腹パンより余程効く拳だ。

 ちなみに師匠の領分は念弾による射撃よりも接近戦(こっち)である。

 それを知らなかった過去の俺は組手終了の油断を突いて不意打ちをかましたが、したり顔の師匠に「これは余裕というもんだ」という言葉と共に貫手をお見舞いされた。

 

 今の一撃もやはり相応に重いが、これでも()()()()()力を押さえているらしい。「最初に言っておく」と念押しされるくらい意識的に。

 この山自体が化物の巣窟(すくつ)だが、師匠は桁違いという言葉が生温いほど強い。というか底が知れないからエグい。ハオズの外にいる念使いが皆このレベルだとしたら俺は立ち合った途端に瞬殺されてしまう。お外怖い。

 

 などと言っている間にも、師匠の連撃は続く。

 四肢を満遍なく使用した型の読めない当て身の数々に対応していくが、こうなってしまうともう反撃の余地がない。

 最初は一撃の後の「引き」を狙おうとしたが、繰り出した一撃が既に次の攻撃の予備動作になっているためにその機会がこない。

 加えて、狼の躍動感をイメージして攻撃の回転率を上げるのだというこの技は、正に打撃の嵐だ。ぶっちゃけハメである。これで負けても俺のシマじゃノーカンだから。

 

 大体、俺の得意な戦闘スタイルは一足一刀の間合いを主として戦うものだ。竹箒を利用して状況を崩し、体術で仕留める。

 仕留めるまでは得物捌きが物をいうから、師匠との距離を詰めすぎたらダメ、開きすぎてもダメなのである。今回は前者に該当してボコボコにされて終わりだ。

 ――とでも言うと思ったかい? この状態、想定の範囲内なんだよう!

 

 自分のターンが回ってこず、反撃も望めない。この長いこと悩まされた詰みゲーに、俺は今、1枚のカードを切ることができる。

 

 反撃の機会を待つのではなく――作る!

 

 決断とともに特有の姿勢を解除して、スウェーバックした体勢を演出。ただし、防御の一環で生じたミスに見えるよう、細心の注意を払いながら自然にだ。続けて、箒を保持した右腕を後方へ逸らし、体をそれに任せる。

 これで俺の半身が開く形となり、決定的な隙が生まれる。

 

 ――ここだ。ここが勝負所なのだ。この一瞬に生まれた穴を、目聡く容赦ない師匠が突かないはずがない。そして、守りが崩れたときに放り込まれる初撃は真っ直ぐ行った右ストレートであることはこれまでの組手から分かっている。

 となれば、やることは1つ。

 

 師匠の攻撃が直撃した瞬間、全力の前蹴りを叩き込むだけだ。

 簡単に言えば、捨て身のカウンターである。

 今まではオーラ総量が足りずに実行できずにいたが、それも今日まで。十分に研鑽を積んだ現在であれば、師匠に一撃を入れるための理想的な攻防力配分が可能だ。

 肉を切らせて骨を断つ。気分は某ホモゾンビの無限殴打に対する海人(うみんちゅ)である。

 精緻にして大胆! これが、おれのかんがえたさいきょうのさくせんだッ!

 

 ――いきなり喰らえ! 竹箒ック!

 

 ガッシ! ボカッ! 俺は倒れた。スイーツ(笑)

 

 ○

 

 完璧なはずの作戦が空振りして深刻なダメージを負った俺だが、そこはもう慣れたもの。イヤマ豆とかいう回復チートアイテムを食べて全快し、今は道場で組手後の反省会を済ませている。師匠の力ってすげー。

 ちなみに最後の一撃の評価は「切ない。竹箒じゃなくトンファーを握られていたら危なかったかな」である。キックを放ったのに、トンファーを使われていたらとは?

 とりあえずその流れで反省点を確認したり助言を頂いたりしてるわけなんだけど――。

 

「流――即ち攻防力移動は戦いの要にして奥義。アイバー、お前にはその才能がある。的確精緻な速度と配分は言うに及ばず、達人の経験を超える域にある運用の直感的センスも良い。接近戦に問題はないよ、お前は。もちろん搦め手や純粋な格上相手は要注意だが」

 

 べた褒めである。これまでの修行で、ハードルを越える度にダメ出ししてきた師匠がである。

 しかし、それを手放しで喜べるほど俺は楽観的ではない。これは何かしら裏があると考えるのが道理だろう。実際、今まで師匠が普段と異なる雰囲気を醸したときは、俺氏爆死の悲報が95割を占めている。思い出せ、あの名月の夜を……ウッ! やめとこう。

 そんな俺の疑念をよそに、師匠は感慨深げに、

 

「お前を連れてきて1年になろうとしているが、もうオレが教えることはない。過去のしがらみへ抗する武力、未来の幸福へ至る精神、その他全てを伝えたつもりだ。残りの色々は、この先お前自身が学び取っていくんだ。苦しいとき、不満なとき、腹の立つとき、謂れのない悪評が纏わり付くときもあるだろう。これを乗り越えていくのが漢の修練だ」

 

などとのたまった。つまり免許皆伝ってやつか。

 これはますます怪しい……つか、ちょっと待て。

 浮かれ半分疑い半分の気持ちだったが、さっきから漂うこの空気。まさか。

 

「下山して、お前が言った『真っ当に生きる』ってのを実践してみろ」

 

 やっぱりかぁぁぁぁぁ! 下りたくないでござる、絶対に下りたくないでござる!

 たしかに俺は師匠と初めて会ったときに言ったよ、真っ当に生きたいとな。

 前世の自分を興味本位の飲酒実験で殺してしまった上、意味不明の疑惑と不安が付きまとうわけの分からんゴミ山での生活――そんな経験をすれば、一市民として平和に暮らしたいと考えるのは当然だ。

 

 だが、それはもう過去の話。修行を続ける中で俺はふと気付いた。「山の圧倒的な充実感に俺は心を奪われた。この気持ち、まさしく愛だ!」と。

 俺にはもうこの山での生活しか考えられない。

 修行によって得られる克己の喜びと労働の楽しさ――希望と生き甲斐で満ちた素晴らしい日々を手に入れたのに、またあんなゴミ山を筆頭としたトラブル塗れの世界へ戻るだなんて冗談じゃない!

 

 ――この突然の卒業通告に、俺の脳内政権はエマージェンシーを発令。如何にしてこの事態を打開するか、その対策会議が海馬底部に設置された議事堂内にて立ち上がった。

 評議会を構成する7人のシニア・プチアイバーが円卓を囲み、手元の資料に目を落としながら議論に臨む。

 

「それではこれより、師匠に対する有効な言い訳に対しての議論を始める。意見は?」

 

 議会の長アイバーXの問いに、すかさず声が上がる。

 

「修行の延長希望」

「――NON. 効果が未知数すぎる。奴が修行をいつまでも継続させるとも限らない」

 

 発案から間髪入れずの否定。それでは、と次なる意見が出される。

 

「目標変更、実戦形式での師匠打倒まで居座る」

「――NON. 山1つを軽く削り取るビーム念弾や超強化念弾群がある。弾雨の嵐に俺の生命が耐え切れるとは思えん」

「正直な告白。これまでの経緯説明からの土下座」

「――NON. 謎の言動規制が作用して告白はおろか事情の示唆すらもできん。実際、何度か試みて失敗している」

「山のお猿さんを大量に利用して隠遁生活」

「――NON. ほかはごまかせても師匠の目がある」

 

 全滅だった。元々すずむし並みの脳みそしかない俺である。そのスタッフの実力もたかが知れている。

 そうした中で、決定的な一石を投じたのはやはり議長だった。

 

「結論は――修行期間も生命危機も言動規制をも物ともせず、山小屋での恒久的で満ち足りた暮らしを実現できる。そんな言い訳(ルール)だ」

 

 束の間の静寂。

 石化した6人のプチアイバーは理性でもって復活を果たし、各々が絶望と共に有らん限りの大音声で叫んだ。

 

「浮かぶわけがないッ! Xッ!」

「そんなのすぐに浮かぶわけがないッ!」

「こんな状況で何なんだッ! 浮かぶわけがないッ!」

「さあXッ! 3回も言ったぞッ! やづやでさえ2回なのに3回も!」

「さっさとその言い訳(ルール)を考えてくれッ! あんたはアイバー(俺たち)の窮地を昔から救ってきたんだろう!? それをたった今! 打開策を出せと言われてもいきなり浮かぶわけがないッ!」

「さあまた言ったぞッ! 議会の長なら模範解答を見せてくれなきゃ何も始まらないだろう!」

 

 ここへきて自暴自棄で捲くし立てる議員の姿を見て、アイバーXは机を強かに叩き、そして告げた。

 

「終わり、閉会、以上、解散。一同、覚悟を決めて仕事に戻るように」

 

 宣言の後、議場には異口同音の「畜生め!」という言葉が響いた――。

 

(おっぱいプルンプ――はっ! 俺は一体……)

 

 衝撃のお報せからどれくらい経ったか、若干のトリップをしていた俺は意識を持ち直した。

 師匠への言い訳について何か考えていたような気がするんだが、なんだろう、追求してもいい答えがでないだろうという直感がある。お手上げ侍である。

 

 ふと道場の入口から視線を感じて、振り向けばそこには馴染の友人たちの姿が。ウシ美、コケ子、サル太彦! 別れとうない! みんなもそうだろ、あれだけ俺に懐いて――。

 ぷいとそっぽを向く3匹。

 お前ら人間じゃねえ! いや、動物だから当たり前だけどそういう意味じゃなく。

 

「時は来た、それだけだ」

 

 師匠、それは戦いに赴くときの言葉では。

 真っ白に燃え尽きた俺には長野さんのように失笑するだけの気力もなく。

 そのまま師匠に首根っこを掴まれ、光る雲を突き抜けてフライアウェイした。そういえば飛べるんでしたね。師匠マジ師匠。

 

 ○

 

 数十分後、俺はハオズ市の閑静な住宅街に落とされた。

 「達者でな」と飛び立った師匠を見送り、一人ごちる。

 

「ここまで乱暴な移動は初めてでね、正直状況が掴めない」

 

 放心せずにはいられないな。

 周囲からの視線で針の筵になりながら、俺は日が傾くまでその場に立ち尽くしていた。




NEXT HUNT
 そう、あの日からすでに彼は異物と化していた。

 偽りの名前、明かせぬ経歴。

 だが彼は手に入れた。2つの力を。

 異常な身体性能と念能力

 全ては、彼の望まぬままに……。

 次回、総集編『第08SS小界 ゴッズ・リポート:序』
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