がんばれアイバー:俺がハンターになった理由   作:姉の犬

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『がんばれアイバー』前回のいくつかの出来事

 ・そいつはオレの友達(ダチ)能力(セリフ)だ!!
 ・入場料1億万円、ローンは不可
 ・へ、変態だー!
 ・┌(┌ ^o^)┐



07_スピィド

 「私を会場に連れてって」したら「彼女が車に飛び乗ったら」して「車の中だけ連れ込んで」された。邦画に明るければピンとくる、アイバー拉致三部作の完成である。たしかに会場まで頼むとは言ったけど強引杉内。

 

「この世の理はすなわち速さなのよ! 物事を速く成し遂げればそのぶん時間が有効に使える、遅いことなら誰でも出来る、20年かければアホでも傑作SSが書ける、有能なのは年一更新より月一更新、月一よりも週一、つまり速さこそ有能なのが文化の基本法則、そしてわたしの持論よ!」

 

 ――などと運転席の彼女は発車と共に叫びだし、それが終わる頃には走行を終えて、青狸衛門に出てくるような空き地へ俺を放り出した。正確には分からないが、数十秒でかなりの長距離移動をしたようである。

 空き地は広々としてるけど、土管やら角材やらの建材の他には何もない。近い日に雨でも降ったのか地面が所々ぬかるんでいるくらいで、特筆すべきこともなし。これは明らかに会場って風情じゃないよな? 状況がワカラン。

 

 そして、混乱する俺をよそに奴はのたまったのである。汝、何故に試験を受けるやと。実際こんな言い方はしてないけどそういうことを言った。

 俺の本音は「俺、強い。金、欲しい。闘技場、カモ。楽して処理してイタダキっす」というものだった。しかし、格闘技選手に求められるのは心技体である。守銭奴は嫌われる、ストイックなら称えられる。なので、簡潔に一言でそれっぽいことを伝えておいた。

 

「あ、そう。でも能書きはどうでもいいの。わたしが案内するかどうかの基準は……速さだよ!」

 

 で、返ってきたのがこの台詞。どうでもいいなら訊くなよ。

 俺が内心で抗議していると、ゼシカとかいう子は「衝撃のファーストネンソーホー」などというわけのわからない語句を叫んだ。と同時に、傍らに控えていた、円柱に箱を乗せたような謎の小型ロボット――コンセントみたいな目とω字の口をした顔をしていて無駄に可愛い――を投擲してきた。スマプラの桃姫ばりの攻撃である。

 臨戦態勢に入っていなかった俺だが、辛うじて竹箒による受け流しに成功した。反射でどうにかなったけど、ちょっと速すぎませんかね。師匠の念弾を相手にしていなければ直撃してたんだけど。

 

 そして、事ここに至って俺は状況を把握する。

 俺を司りしシニアアイバーのうちの2人、アイバーA・Bも同様に悟ったようで、側頭葉に設けられたビアガーデンでジョッキ片手に遠い目をしていた。

 数秒後、2人は意識を切り替えたように高笑いをして乾杯の動作を交わす。そのままグビグビグビグビ……と泡麦茶を飲み干し、ジョッキをダンと卓に叩きつけて叫んだ。

 

『試験だこれ!』

 

 天空闘技場さん。レベル判定、唐突すぎじゃない?

 

 ●

 

 ゼシカ=マークガートは誰よりも「速さ」を求める「スピードハンター」である。

 物心付いた時から、彼女は「速さ」に固執(こしゅう)していた。生活に於ける全ての物事に対して何より速度を優先し、日々最速を更新する事が彼女の快感であり、生き甲斐であり、何よりの喜悦であった。その病的なまでの執着が何に起因するのか、何が原因でこうなったのか、それは本人にも解らない。ただ、自分ならぬ自分が囁くのだ。「速くあれ」と。

 

 成長するにつけ、その本質が変わる事はなかったが、それでも性質は付与された。即ち、視点の増加に因る、欲求の正当化である。

 拙いなりに勉学の年輪を重ねる内、ゼシカの心に新たに生まれたのは「文化」という観点だった。人類の発展、進化、創造性という神秘と元々持っていた速度という絶対至高の観念が融和した結果である。

 研鑽は進展に依り文明と互助する。己が衝動に貢献性を見出す事で、少女は自己懐疑に足る遍く要素から解放された。

 

 最早、枷も箍も無い。自由に、快く、スピードを求めて生きる事の歓喜。

 そうして、彼女はハンターと成ってからも常なる至福の絶頂にいた。

 

 ただ一つ、彼女にとって面倒な事が有った。力を付ける過程で関係を持った組織が、日々の行動を束縛し始めたのだ。

 その1つが、今日の労働である。

 

 裏口案内、と身内で言われている仕事だ。内容は簡単で、年に一度行われるハンター試験―――その会場へ「使える」者を案内するというもの。()()の上層一部との癒着を利用し設けられたポストだった。

 しかしその業務というのも名ばかりで、期間中は早朝から深夜まで同じ場所で待機しているのが専らである。

 

 それも当然で、先ず念を扱える者が稀少だ。よしんば使える者が受験するにしても、完全に秘密裏な此方ではなく、情報の取得経路が整備された通常のナビゲーターへ流れるのが相場なのだ。つまりは件の組織の関係者へ向けたルートであるが、先の事情も相まって利用者は皆無といえた。

 何より億劫な事に、待機中は好色な輩や警察等の対応をしなければならない。あしらうのは簡単だが、回数を重ねれば疲労は溜まる。一般に挑発的とされる服装も彼女なりの必然に則った装いであるため、この問題を解消するのは不可能であるし、また一々これについて思案するのも面倒であった。

 

 こうした事から、この仕事は無駄と停滞を嫌うゼシカにしてみれば生き地獄だった。嫌なら嫌で断る主義だが、件の組織については義理立ての必要が有る為にそうも行かない。

 しかし、苦行も今日で終わりである。例年通り正午で早々に仕事を切り上げてしまおう。と、そう思った矢先にその男は現れた。

 

「会場まで頼む」

 

 それは呟く程の小さい声だった。だが、ゼシカの耳は確かにそれを捉えた。

 振り向けば、そこには中肉中背の青年の姿。目元まで覆う黒髪の他に特徴の見られない彼に、世間一般の者であれば興味を示す事は無かったろう。事実、疎らに通りを行く人は彼を気にする素振りを見せない。俗に言う大衆に紛れる小市民の一である。

 

 一方でゼシカが抱いた印象は常人のそれとは全く異なる。何せ彼女はハンターである。目の前の男の異常は一見にして知られる所だ。即ち、青年の禍々しいまでのオーラを見止めたのである。

 ―――それはオーラというにはあまりにも異質に過ぎた。強かで、おぞましく、重く、そして不規則に過ぎた。それは正に悪意の顕現だった。

 彼の理性という堤防で辛うじて塞き止められているのだろうが、仮にこれが解き放たれたのならと思うと背中をひやりとした物が伝うのが判った。

 

『俺よりつよいやつに逢いにいく』

 

 それが、半ば儀礼的に訊いた受験動機であった。

 交戦して判る、確かな実力。こちらの初撃に余裕を持って対処する技量。我流の研鑽では至らないであろうその佇まいからは確実に何処ぞの門下だと知れる。しかし解せないのは、依然として蠢くオーラの歪みである。

 

 見事な武を形成するだけの師を持ったにしては、この禍々しい纏は余りにも不自然だ。作為的であれば複雑に過ぎる揺らぎ。すると、これは生来の物か。

 ―――敢えて残したのか、それとも、矯正出来ない程に厄介なのか。

 恐らくは後者だろうとゼシカが結論すると同時、男は唐突に体勢を崩した―――否、それは今正に青年が正真の戦闘態勢へと移行する所作であった。

 

 前のめりに脱力した身体が四つん這いとなる寸前、その上体は素早く持ち上げられる。その様は敵を威嚇する大蛇を彷彿させ、しかと地を踏む両の脚は獅子のそれを、後ろへ回された竹箒は猛禽の爪を想わせる。

 先程までの自然体を装った受動的な構えではない。その獣の如き獰猛な姿勢は、僅かばかりの隙をも覗かせない。

 

 そして、此方を見据えた次の瞬間。

 オーラはその歪みを大きく、しかし最低限の統制を残して奔放に躍動を始めた。

 その蠕動に当てられた青年の前髪は矢庭にざわめき、果たしてゼシカはその奥に潜んだ闇に臨んだ。

 忽ちだ。或いは臨んで直ちに、ゼシカは眼前にあるその存在に背筋を震わせ、肌は自ずと粟立った。

 ―――怖い。

 単純な一語に込められた恐怖に類する情の数々が、奔流となって彼女の体を駆け巡る。

 

 「死」である。否、筆舌に尽くし難い、死より尚濃密な災禍の具現が其処に在った。

 一介のハンターとして幾度も死線を越えた彼女をして、ここまでの根源的恐怖と相対したのは初めての事であった。

 向けられた死の双眸、それと対峙してしまったのなら、もう甘受も享受も無い。とうの昔に飼い慣らした筈の感情は一瞬にして勢い付き、ゼシカ=マークガートを構成する細胞一つ一つを脅迫し、彼女の意を受ける反応を鈍らせた。

 

 常人ならとっくに失神している。それなりに腕の立つ者でも、その場に頽れて震え上がるしかなかっただろう。例え恐怖をそれと感じぬ異常者であっても、青年の発する凶気の前では等しく純なる恐れを覚えるに(たが)うまい。

 

 正直な処、ゼシカは青年を嘗めていた。異質、異常を知覚しながらも、受験者(格下)であるという思い込みが彼女の目を曇らせていたのである。テスト? とんでもない。こいつは全身全霊を以って自分を喰らいに来ている。

 焦燥、後悔、何より恐怖。

 負の感情がその身を苛むがしかし、そこは腐ってもハンターだった。

 ゼシカは自分の物とは思えぬ程重くなった体に鞭を打ち、恐れを振り払うように攻撃へ移った。

 

「撃滅の、セカンド念装砲!」

 

 自らを奮い立たせる一撃。先の攻撃の二の矢として放たれるのは、小口径砲を搭載した自律機動ロボットである「念装砲」を弾丸とした投擲である。

 初撃と性質を異にするのは、対象へと向かう際、念装砲が頭部に搭載された2門の砲身より砲弾の射出を行う点だ。1回目の見せ球の直後に虚を突く形となり、相手の動きを制限し攪乱する役割を担っている。

 念により強化されたロボットは、ゼシカのオーラを纏い標的目掛けて飛んで行く。

 それから一瞬の間を置いて、ゼシカ本人も地面を蹴り付けて敵へと跳躍した。

 

 視線の先では先行した念装砲が弾を吐き出し、攻撃の属性を点によるそれから擬似的な面に依る物へと変えていた。

 対して、青年は面食らう風でもなく身を滑らせる様にして左方へ回避する。俊敏にして柔軟―――その鋭く力強い身のこなしは()()と特定するのが無粋なまでの獣。

 ゼシカの攻撃は単純ながら、熟達した戦士の動体視力をして知覚を困難とする速さを誇る。ここまで余裕を持って、更には凝による視力強化さえ用いずに回避されたのは久しい事だった。だが、それでも想定外ではない。

 

 相手は正面からの念装砲と砲弾に対して回避を選択した。であれば、強化系とは考え辛い。

 念能力者同士の戦いは必然情報戦となる。未知なる相手の能力を看破しようと躍起になるのが大多数であるが、ゼシカにとっては今回得た情報が必要充分な物であった。

 フィジカルで劣らなければ、後は搦め手の暇を与えず速やかに叩く。それだけの話だ。

 

 ゼシカは瞬間的な放出でオーラを炸裂させ、跳躍による滞空状態から青年の目前へと迫る。この間は一拍より早く一瞬より尚深い速度―――正に刹那である。相手は回避行動の最中であるから、反撃はまず無かろう。最速を標榜する彼女を象徴する仕掛けであった。

 確信に笑むゼシカの後方には、一連の攻撃を心得ていた最後の念装砲が待機している。

 

「抹殺の―――」

 

 念装砲が形態を崩し、装甲と化して片脚を覆う。速度に重量が加わったとなれば、その破壊力は推察に難く無い。其処にオーラが足されるとなれば尚の事である。

 そして充足した蹴撃がその牙を剥こうとした正にその時、ゼシカの意識は断ち切られた。

 

 ○

 

 決着ゥゥー!

 うなじの辺りを誇らしげに指し示す謎ポーズをとるくらいには高揚する幕引きだった。

 前世では60分の1(1/60)秒の世界で生計を立てていた俺である。でもって、この世界に来てからの身体能力向上と師匠の組手を経た今、そんじょそこらの「高速」なんて見切れて当然なのだ。相手が悪かったな、ゼシカ嬢。

 

 ……すまん嘘ついた。本当は速すぎて対応が間に合わなかった。最後のライダー蹴りに対する攻撃も偶然だった。

 いや、でも待てよ? 地面のぬかるみで滑ってからの箒による体勢補助――そこへ相手が突っ込んできたことによる腹部への刺突。これはアドリブによるカウンターと言えなくもない。つまり見切ったと言っても過言ではないのでは? そう、例えちっとも毛ほどもこれぽっちも目論んでいなくて、遅れた対応に動揺した結果だとしてもだ。

 

 我ながら浅ましい思考にふけっていると、気絶していた彼女が目を覚ました。介抱するロボットたちが相変わらず可愛い。

 さて、ここが正念場だアイバー。判定員を伸しただけでは高評価に一歩足るまい。切磋琢磨に必要な要素、すなわち相手への考察と助言を与えてこそ本当のアスリートというもの。口もってくれよ、口八丁3倍だぁ!

 

「ロボットを手動で発射していたな。考え方はおかしくない。だが、一度晒したフォームを実戦で繰り返すもんじゃない。だから見切られるんだ」

 

 見切れなかったけどな。

 しかし、気合を入れたおかげか知らんが舌の回りが良い。目の前の少女はといえば若干の困惑を示しながらも傾聴している様子。この世界に来てからこっち、中々思うように言ったり振舞ったりできずにいたが、なんだ、こんとんじょのいこ。

 

「そもそもお前は連携攻撃に向いていない。本命の攻撃を目を向けて照準する癖がある。どれかというと一点集中の連続攻撃向きだ」

 

 以上、俺からのアドバイス。連携と連続の違いは各自ディクショナリーを引いてくれ(妖怪仙人並感)

 だが、まだ終わらんぞ。俺は玄人好みの説教というのを心得ている。

 

「だが速攻精度は見事だった……ナイスセンスだ」

 

 最後に一言、褒めてやること。これをやられると大体は好印象で受け止めざるをえない。ソースは師匠に諭された俺。ほっ、経験が生きたな。

 

「ナイス……センス……」

 

 呆けたように呟く小娘。どうだ敬いたくなったろう、俺も師匠に言われたとき同じように感動したもん。

 

 結局、しばらくの放心を終えたゼシカに促され、俺は無事会場へ向かうこととなった。

 

 

 ●

 

 様々な敏捷(はや)さを見てきた。

 地上で、水中で、宙で―――。

 そして今日―――またしてもの初体験。

 速度の概念を越えた速度!

 ゼシカ=マークガート、「落ちる」。




次回の『がんばれアイバー』は――

 >「何だ、ここは」

 >(狂ってやがる……!)

 >「これより第286期ハンター試験を開始する」

 >まあ、こうなるな。

 『286 示されたライセンス』

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