『
胡散臭い紙を手にして『万術部』と書かれた扉を開ける。
なんだよアットホームって。それバイトの募集とかだろ。
一年間、帰宅部として遊んでいたが、一年生のときに貰ったビラが机の引き出しから出てきたのだ。
「すみません、部活の見学に」
「───太陽が沈み、月が昇るその時、我らは極楽の世界を再び見ることに───」
俺はそっと扉を閉めた。
おーけー、
黒髪の先輩と思わしき女生徒が、指先に付着した赤い液体で魔法陣らしきものを書きながら詠唱的なものを唱えていた。
……は?
「やあ、うちの部活になにか用かな?」
「どっわあ!?」
背にしていた扉がとんでもない力で開けられ、前方に跳ね飛ばされる。
びっくりして扉の方を見ると、先程見た黒髪ストレートのボブカットの先輩が開いた扉のノブを握っていた。
……俺の全体重がかかった扉を、腕力のみで開けたのか!?
「む?その紙は……。入部希望者?あるいは、見学かな?」
「えっ、あっ」
「
「いやその、うおう!?」
とんでもない腕力で腕を引かれ、半ば強引に部室に連れて行かれる。
中は先程見た赤いでろでろとした魔法陣と、その奥に畳まれた椅子や机。
「あ、忘れてた。少し待ってくれ。今コイツを消す」
「消すって……?」
「よっ」
スタンダードに足でぐりぐりして消しやがった。
地味に赤い液体が残る床に机と椅子を設置し、先輩は爽やかな笑顔で言った。
「まずはかけたまえ。今、お茶を出そう」
◇
「……で、君の名前と、ここに来た理由を言ってくれ」
「旗元 翔、ここには見学に来ました」
手元で、紅茶がほかほかと湯気を上げている。
面接かなにかのように、俺と先輩は対面に腰掛けていた。
「カケルくんか。見学との事だが……具体的に、何が見たい?」
「え。何が、と言われましても……。普段の部活動を見学させていただければ」
「普段の部活動……。特にこうと言った活動は無いな。魔法陣を書いたり、人を占ったり……」
濃っ。
こうと言いまくってるじゃねえか。
「じゃ、じゃあ、さっき書いてあった魔法陣、これは?」
「うむ、最近忙しいのか肩こりが酷くてな。睡眠による回復量を上げる魔法陣を書いていたんだ」
そんなショボい事のためにあんな禍々しいモン作ってたのか!?
俺はあれでクトゥルフのやつとか召喚するって言われても容易に信じられるぞ!
あと、肩こりは他の理由だと思う。
そんな事を考えてしまうと行動に出るのが俺の悪い癖、俺の視線は下がって行き、机にたぷんと乗せられた二つの大きな山に……。
「……?どうした?」
「いっ、いえ!?なんでもありません!?」
純粋なのか、先輩は特に気づいた様子は無い。
ごまかしのために紅茶を飲むと、芳醇な香りが口内に広がった。
「あ……美味しい」
「ふふ、そうか。いつもはコーヒーを入れていて、来客時に紅茶を出すんだが、腕が衰えていないかと心配だったんだ」
「いやこれ、ホントに美味しいですよ」
「よしてくれ。そこまで言われると、その……照れるじゃないか」
顔をほんのりと赤くして頭を揺らす先輩。
……なんだろう、気まずい雰囲気に自ら持ち込んでいった気がする。
「ただいまっす〜ッ!……はれ、お客様ですか?」
「こら、ハルカ、静かに入ってこいといつも言っているだろう」
「……ッ!…………!!」
後ろからバアンッ!!!!というド派手な音と共に女生徒の声が響く。
口に含んでいた紅茶はまるでそうあるべきかの様な自然な動作で器官へと流れ、俺を苦痛へと導いた。
「あー……すまないカケルくん、この子の名前は
「部活動の時間は名前が『アストロボルグ』になります!いい子にしてるので怒らないでください!」
「あ、アストロボルグ……?」
それって神話に出てきた……何かの名前じゃないのか。
詳しくは忘れた。
「カケルくんは見学らしい。だから、今はお客様だが活動を始めたら普段通りでいいぞ。構わないな、カケルくん?」
「はい」
「では……これより、部活動を始める!」
「おー」と、遥が声を上げた。
金髪のツインテールが揺れ動く。
「今から、今日の詠唱を始める!」
……は?
「はい!」
「リクエストは!」
「快眠の魔術が良いです!」
「良し、では魔導書82ページ!」
どこからともなく古臭い本を取りだし、先輩は叫ぶ。
「我が内に潜む
「昼夜の輪廻より、散り
「太陽が沈み!」
「月が昇る時!」
「「我らは、極楽の世界を再び見ることになるであろう!」」
窓を閉めきった室内に風が渦巻く。
二人の声に呼応するかのごとく、二人の足元が緑色に光だし、淡い緑色の光が先輩、遥、そして俺に照射された。
……え、俺も?
「……ふう。これで終わりだ」
「なんかいつもよりも魔力吸われました」
「人数が増えたからだろう。まだまだだな」
なんか知らんけど、魔法、俺も巻き込んで発動したっぽい……?
いや、あれは魔法なのか!?
演出ではなく!?
「その顔は、これが本当の魔法なのか疑っている顔だな?」
「な、なぜそれをっ」
「読心術さ。……それで、これは正真正銘の魔術だよ。試しに今晩、夜更かしせずに素直に眠ってみるといい。快眠になること間違いなしだ」
ほ、ホントかなぁ。
「ホントさ」
「また読まれた!」
「……と、このように我ら万術部は『術』と付くものならだいたいの事をやる。占星術や、呪じゅちゅ……ごほん!呪術、なんかをな」
「へ、へえ」
「あとは、他の部活からの依頼や個人の依頼を受けるともあるぞ。相性を占ったり、バスケットボールの人数合わせをやったり……。魔法を使えば身体能力も上げられるのでな」
なるほど。
俺の全体重がかかった扉をこじ開けたあのバカ力もそのお陰か。
「その通り。理解が早くていい子だ。では、次の活動を────」
『あの、誰かいますか!?』
こんこんこん!と切羽詰まったように扉が叩かれる。
「はい、いますよ。今でます」
先輩が立ち上がり、遥にアイコンタクトをした。
ビビっと何か電波的な物を感じたのか、ツインテールをビクンッとした遥は俺を羽交い締めにして奥まで連れていく。
「お客様です。お悩み相談みたいなものですから、まずはその活動の見学をどうぞ」
あー、なるほど。
……俺もお客様だったんだが?
「今は見学者です」
「お前も心読めるのかよ。読むなよ」
「っていうか魔力をたくさん使うので今日はもう使えません」
そんなモンこんな下らない事に使うなよ。
先輩に連れられて入ってきたのは、活発そうな女の子。
確か、演劇部の
委員会で見たぞ。
「それで、君は今日は何をしに来たのかな?占い?何かの活動の協力?」
「それどころじゃないんです!今、屋上から飛び下りようとしている子がいて……!」
「……ッ!案内してくれ」
!?!?!?!?
バッと飛び出ていった先輩を、遥も追う。
「事態が事態です!行きますよ、先輩も!」
「おっ、応!」
必死に先輩を追い、エレベーターホールでなんとか追い付く。
「その……イジメられているんです」
「ふむ、なるほど。具体的には?」
「机の上に花瓶が置いてあったり、鞄に落書きされていたり……」
「結構重いですね」
「アストロボルグ。君は一階に降りてくれ」
「はい!」
「お、俺は」
「では、一緒に来てくれるか」
「は、はい!」
先輩と一緒にエレベーターに乗り込み、遥は隣のエレベーターで一階へ。
しばらくしてポンと言う軽快な音と共に最上階へ到着、そこから非常用の梯子を使って屋上まで上がる。
ビュウ、と風が吹いた。
「
「
屋上の塀の外側に、細身の女の子が立っていた。
内側に、木製の車椅子とその上に遺書、学校指定のローファーがある。
「……くっ、本気で死ぬつもりか、君!」
「来ないで、ください」
「………………」
駆け寄ろうとした先輩を制止する女生徒。
彼女の足は、震えていた。
車椅子があると言うことは、足が不自由だったのではないか、という予測がこんな事態なのに頭をよぎる。
「わた、しは、死ぬんです」
「何をバカなことを……!」
「わたしが、死んでも、何も、変わらないじゃないですか」
「そんな事はない!」
「初対面のあなたに何がわかるんですか」
信念を持っている者には、その場を取り繕う薄っぺらい言葉なんて効かない。
……いつの日か、親父がそう言っていた。
───だからこそ、一歩、踏み出した───
「……あの」
「……なんですか。あなたも、死ぬなんてやめろって言うんですか」
「はい」
「……何度も言いますけど、わたしが死んだって何も変わらない───」
「だから、そんなことは───っ、カケルくん?」
同じことを繰り返そうとする先輩を手で制止する。
「確かに、あなたが死んでも、地球は何も変わらない」
「え…………」
「あなたが死んだところでアメリカが壁を作るのを止めるわけじゃないし、核の開発も止めない」
「だったら───」
「でも!!!!」
手すりにつかまって声を張り上げる女の子をさらに大きい声でねじ伏せる。
「あなたが死ぬことで変わる世界は無くても、あなたが
かつて、俺が『もう死にたい』なんてバカげたことを言っていた時に、恩人に言われた言葉。
たくさんの人に助けられて、俺は生きてる。
俺は、彼女を助けたい。
「そんなこと、でたらめで……」
「現に、あなたがまだ生きているから、俺はあなたの説得ができるんだ。あなたはまだ、可能性を秘めている」
「カケルくん……」
先輩が目を丸くしている。
逆に、女の子は目をぎゅっとつむり、目の端に涙を浮かべた。
「わたしでも、出来ることはある?」
「あります」
「拒絶したり……」
「世間は、もしかしたらそうするかも知れません。でも、僕は、僕は絶対にしません」
「失敗は?」
「することもある。けれど、数々の失敗を積み重ねて生きていくんじゃないですか?人間ってモノは」
つう、と彼女の頬を涙がつたった。
「そう、ですか───」
「…………」
「生きてみます」
「はい、一緒に頑張りましょう」
彼女は、何度も何度も頷いて、戻ってこようと塀に足をかける。
車椅子生活だった足では辛かろう、と、俺は駆け寄ろうとしたとき。
ふいに、大きな風が吹いた。
ガタガタガタッ!!
塀が揺れる。
彼女の体が、大きく揺れた。
手を伸ばす。間に合わない。
彼女の細い足が、塀から離れた。
恐怖。後悔。不安。
色んな物が一瞬で脳を駆ける。
「───させるか!」
視界の端を、黒い何かが猛スピードで通過する。
それが先輩だと理解したときには、既に先輩は宙にいた。
塀に駆け寄り、見下ろす。
「我が脚を引き付けよ!」
先輩の靴裏がオレンジ色に光る。
その瞬間、先輩は高校の、校舎の、壁を、走っていた。
落下を続けていた女の子の高度にすぐに追い付く。
「彼の者を護れ!引き寄せよ!」
緑の光に包まれた彼女を赤い光の糸で自身を引き寄せ跳躍、捕まえて抱き締める。
そしてそのまま落下を続け、青いクッションに突入した。
「あー良かった!消防隊来てて良かった!」
消防隊が二人に駆け寄るのを見て、俺は、安堵するのであった。
◇
「先輩!」
「カケルくん、アストロボルグ。すまない、ひやひやさせただろう?」
「全くです!先輩がいなくなったらどうしようかと!」
「物騒な事を言うな。神や仏は専門外だ」
詰め寄る遥に先輩は苦笑を返す。
と、ふいに視線が俺に向けられた。
「どう、だったかな?部活動見学は」
「その前に、自分の身を案じてくださいよ」
っていうか、下にクッションあるなら先輩がわざわざ行かなくても……。
「……あっ、確かにそうだ。私が出なくても良かったんだな」
「全くですよ……。てかどんだけ心読むんですか」
「君がせっかく救った一人の命を、『風が吹いた』なんて自然現象のせいで失いたくなかったからな」
先輩は俺の手を取り、微笑んだ。
「ありがとう。君がいなければ、彼女の命の
……はあ、まったく。
ここまで言われたら、しょうがないか。
「この部活、人の一人も救えないで何が万術部ですか」
「……あぁ、そうだな。恥ずかしい」
「だから、俺が面倒を見ます」
「……え?」
「だから、俺がこの危なっかしい部活を支えますって」
「それは、つまり……?」
この部活に入部するって事ですよ。
「……っ!そうか、なるほどな」
先輩は楽しげに笑うと、一度手を離して、再び握手を差し出してくる。
「私の名前は
「はい、よろしくお願いします」
差し出された手を取ると、先輩は、否、部長は、年相応の可愛らしい笑みを浮かべた。