「……ナイフって残るんですねぇ」
黒い霧と化したガイコツ。
その所持品であるはずのナイフは未だに俺の手に握られていた。
ナイフは意外と綺麗で、売ればそれなりにお金が手に入りそうだ。
ぴんと弾けば硬質的な音が鳴る。
……魔物がいる世界だから持ってた方が良いのかな。
ハンカチに包んでベルトのなんか通すヤツに差し込む。
草むらから出ると先輩がネコミミをぴこぴこしながら草を集めていた。
「……先輩?」
「ん?っ、ああ、カケルくん。どうしたんだい?」
「ああいやその、さっきそこでスケルトンに襲われたんで報告に来ました。この近くには魔物が存在するので危ないですよ」
「……魔物?それなら先ほど倒したが」
「え」
ほれ、と先輩が指差すところにまあこんもりと瀕死の魔物が。
犬やら蜘蛛やら小さめのドラゴンやら……。
生きているのが不思議なくらいの状態で放置されていた。
たぶんそのうち死ぬ。えげつない、ウチの部活。
「それよりも、だ。カケルくん、アストロボルグを呼んではくれないか」
「なんでです?」
「一度木の上に登ってわかったのだが、向こうに都市があった。一度行ってみるのもいいだろう」
「はーい」
先輩は髪の毛を手の甲でぐしぐしと擦りながら俺に指示を出す。
猫化が進んでいる……!
特に危機感は覚えないけど妙に絵になるのが可愛い。
「さて、遥はどこへ行ったかな」
と、草むらを掻き分け───続けて2分。
「お?どうしたんですか?ここで終わりですか?」
「グルアアアア!」
「甘いです!」
ひらけた場所でドラゴンと戦っている遥がいた。
先輩が倒したちっちゃい雑魚じゃなく、ふつうにボス級のヤツ。
遥はツタを握ってターザンの様にドラゴンに飛びつき、至近距離でその眉間にレーザーを撃ち放つ。
ズズンと倒れたドラゴンが煙になって消えるまでその場に残り、消えた瞬間に手を合わせる遥。
順応している……。
「アストロボルグ」
「あ、先輩。ちゃっす」
「や、うん。なんかね、部長が都市見つけたから行くよって」
「おお!行きます!」
正直引いた。
◇
結構門って大きいんだな。
さっき遥が倒したドラゴンがすっぽり入りそうな大きさだ。
例えるなら俺が縦に三人分くらいの大きさか。
「あー、もしもし?入国者の方?」
門番みたいな人がハルバードを肩に担ぎながら話しかけてくる。
本物の刃物だ。いやナイフも刃物なんだけども。
「はい。私たちは旅の者で、たまたま見かけたので近寄らせて貰いました」
「そう。じゃあちょっとこっちに来て。この門はよっぽどの事がある限り開かない飾りだから。人間用の門はこっちね」
先輩が前に出て積極的に会話する。
日本語が通じて……いや、聴いたことのない言葉だ。
聴いたことのない言葉なのに……なぜかわかる。
言葉が、まんま日本語に翻訳されて聴こえるのだ。
「そうなんですか。どんなときに使うんですか?」
「戦争のときにドラゴンライダーが使ったり……。そういえばその耳と尻尾、獣人の方?」
「えっとその、はい」
「なるほどね。お連れは……人間だな。窓口は別になるけど、構わない?」
「構いません」
他の兵士に連れられて部屋に通される。
鎧の胸のところに『ジョン』と書かれた兵士は苦笑いを浮かべながら椅子を進めてきた。
「ワリィな。普段はこんな厳しくねぇんだが……。今はちっとばかし危険で、初めて入国するヤツにはいろいろ聞かなきゃならんのよ」
「危険?」
「あー、ちょいと前に向こうの大陸で魔王が倒されたらしくてな。勇者はなまじ力を持っているだけに、警戒しなきゃならんのよ」
勇者。
そう聞き返すと「知らないのか?」と驚かれた。
知らんがな。
「向こうの大陸にも魔王がいるんだがな。見かねたその国が勇者を召喚したらしいんだ。んで、その勇者ってバカみたいに強くって。召喚されて一年で魔王を倒したんだと」
「にもってことは、こっちにも魔王が?」
「いるさ。そしてその人は……」
ジョンは一拍おくとニヤリと笑ってこう行った。
「ウチの国の王様なんだ」
「───ッ!!」
「おっと驚くな。魔王といっても温厚派でな。元の国の王様と契約して自身の納める魔族の国と合併させたらしいのよ」
「へ、へぇ」
「だから、こっちには他の大陸で人気のお菓子屋【
うーむ。
雑談ばかりで話が進まねえ。
「で?お前さんはどうしてここに?」
「たまたま見つけたので観光に」
「ふん?嘘じゃねえみたいだが」
そんなこと分かるんすか。
「ウチの王様の正体を知った時の態度、世間知らず度……。話し方で大体わかるもんだ」
確かに、俺たちは転移したすぐあとに国を見つけた。
間違ってはいない。
「じゃあ、知り合いがいるっていったら」
「嘘だな。知り合いなら『危険だからこっちくんな』って手紙を寄越すはずだ。……それほどまでに、勇者は危険なんだよ。いつウチの王が討たれるかわかんねえ」
不満と不安が入り混じったようなため息をつくジョン。
魔王、魔王ねぇ。
「【暁の天剣】……噂じゃ【国殺し】の勇者と渡り合えるぐらい強いらしい」
「え、勇者ってたくさんいるんですか」
「今判明してるのは【暁の天剣】ソラ、【国殺し】ハク、【時】ユウジ、だな。全員……異世界?異なる次元?から来たらしくってな」
「異世界……」
「すっげえ強い力を持ってて、それらのことを総称して勇者って呼ぶらしいぜ?たしか、オーバー……なんちゃらだ」
「知らなかったなぁ……」
「うーん。勇者って、なんなんだろうな。……っと、そろそろお仲間が終わる頃だぞ」
「あ、はい。ありがとうございました」
「おう。また会ったら酒でも飲もうや」
部屋から出ると既に先輩と遥が出てきていて……泣いておる。遥が泣いておる。
「なに、どしたの」
「この、ひとがあ……ひぐ……来た理由を聞かなきゃ殴るっで……えぐ……」
「おいジョージ。お前はまた人を泣かしたのか?」
「ちげえよジョン!俺はただ尋問を……」
「ジョージ。僕たちがやっているのは尋問ではなく質問だ。来た理由を話すだけのね」
「ジョニー……」
紛らわしいなこの門番たち。
ジョン・ジョージ・ジョニーか。
「何度も話したのに……信じてぐれなくてぇ……」
「そ、そうか。……そうだアストロボルグ、帰ったら、この前言っていた……あるどみどしゅがーまうんてん……なんたらとかいうパフェを食べに行こうじゃないか!」
「ぶちょおおおおおおおお……。アルテミスシュガーマウンテンアームストロングチョコチップフォンデュパフェですううう……」
名前長えよ。
よくそんなスラスラ言えるよ。
兵士が言い合いをし、先輩後輩が慰め慰められている。
広がりカオスに飲まれないようにしつつ、俺は情報をまとめることにした。
まず、この世界には勇者や魔王といった童話じみた概念がある。
勇者はとてつもない力を持っていて、名前の感じからすると日本人。
大陸分けされているらしく、その大陸ごとに魔王がいる。そして、勇者からすると大陸を越えることは簡単である。
それと、この世界は魔物がいて、魔王とは無関係。魔族という存在がいることから、『魔物の王=魔王』ではなく『魔族の王=魔王』であることも判明。
ふむ。とりあえずはこんなものか。
魔力も周りに存在しているらしいが、それが俺たちが普段使っている魔術を行使するためのものであるかは不明。
今日はもうそろそろ帰った方がいいかもしれない。
もしくは一度国を観光して。
「ほら、行きますよ。時間なくなっちゃいます」
「うう……はい……」
「「「我が国へようこそ!」」」
「……すまないカケルくん、収集をつけてもらって」
「いえいえ」
門をくぐった先は意外と普通な城下町。
石レンガ造りの道や樽や壺やその他もろもろ。
なんというか……人気RPGの龍依頼のようだ。
「うわああああ!すごいです!ゲームみたい!」
「こらこらアストロボルグ、はしゃぐんじゃない。……とはいえ、これは凄いな……。まさか今の世で、こんな風景を見られるとは」
「お城が見えますね」
「ヤンデレラ城みたい!」
中世の城。王様は魔王らしいけど、魔王要素なんて……旗くらいしかないぞ。紫を基調とした禍々しめの。
完全にテンションが上がった遥が走り出す。
あーあー、転んじゃわないか心配だ。
「先輩、ちょっと捕まえてきま───先輩?」
振り返った俺の視線の先にあったのは、先程まで先輩が背負っていた草や木の実の詰まったリュックだけだった。
一瞬で悪いビジョンが脳内を駆ける。
転移の魔術が失敗したか?猫の影響を受けていたから消えた?
それとも───誘拐。
全力で路地裏を駆ける。
遥なぞ知らん。
大切なのは───。
◇
「お城が見えますね」
「ヤンデレラ城みたい!」
アストロボルグがはしゃいでいる。
それもそうか。
私も異世界なんて初めてだ。
最年長だから冷静にあるべきなのに、心踊ってしまいそうだ。
今調べるべきことは、貨幣の有無や価値、相場調べなど。
そうしたら帰って───むぐっ。
背後から口を塞がれ路地裏に連れ込まれる。
背後の一人、前方に二人。計三人の男。
抵抗するが、詠唱が出来なくて身体強化していない体では相手を組み伏せるに至らない。
口に布を押し当てられる。
布を介して妙な香りのする空気を吸い込んだ瞬間に、脳が強烈に痺れ、下腹部が疼く。
頭がぼーっとする。
媚薬。
そう認識した瞬間には私の体は言うことを聞かず、正常な判断が出来なくなっていた。
目の前の男が妙に恋しく見える。
「ははは、効いてる効いてる」
「う……あ……?」
「猫のは売れる。使い潰して奴隷行きだ」
「ちょうど穴も三つあるぜ」
背後の男にほおを舐められる。
普段なら嫌悪感で思わず魔術を放つはずなのに、なぜか感覚が鋭敏になって吐息が漏れる。
男のごつごつとしたその手が、私の胸部に触れようとしたとき───
「『我、護りの精を統べる者なり。幾多の次元を舞い踊り、集い廻りて蝶と還さん』」
私の視線のすぐ先に、蝶を従える彼が現れた。
◇
俺は今猛烈に怒っている。
俺の先輩が、今奴隷になろうとしている。
顔は紅潮しているが、雰囲気でわかる。
先輩は嫌がっている。
手に残る魔導書をめくり、顕現した精霊を使役する言の葉を紡ぐ。
「『護りの精霊よ。蝶よ花よと舞い踊り、つぶてと成れ』」
光を濃縮したような蝶が丸くなり、ボールのように男たちにぶつかっていく。
俺自身も腰からナイフを取り出して近づき、男から先輩を引き剥がして首元にソレを当てる。
刃は危ないから峰ね、峰。
「次に彼女に手を出したら……わかってるな?」
「ひ、ひいいいい!」
「痛っ、痛ただ」
「ごめんなさいぃぃ!!」
一目散に逃げていく男たち。
なんというか……テンプレートだ。
しかし、逃げてくれたのは助かった。
男が先ほどまで握っていた布……。
妙な香りがする。先輩をあんなふうにさせる薬ってことは……。
「マタタビ……?」
「カケルくん!」
「あっ、先輩、大丈夫ですか───うわっ」
先輩に押し倒される。
艶めかしい吐息が頰にかかった。
「せっ、先輩!?」
「体が、熱いんだ……鎮めてくれないか」
「落ち着いてください!いったん、落ち着きましょう!」
「落ち着いていられるものか!」
先輩が泣きそうな顔で叫ぶ。
「初めてあんな目にあった、怖かった、そんな矢先に、君に助けられたんだぞ……?」
先輩が体を沈めてくる。
胸筋のあたりに柔らかい二つの山が押し付けられ、心拍数が急上昇するのがわかった。
「すごく……カッコよかった……」
先輩が目を閉じ、顔を近づけてくる。
これってキスの流れですか。
俺、大人になるんですか。
ええい、もうヤケクソだ!責任でもなんでもとってやる!
来たる感触に備えてぎゅっと目を瞑る。
……。
…………。
………………ん?
そっと瞼を開くと、そこには俺を押し倒したまま赤面している先輩の姿が。
マタタビによる興奮ではなく、心からの羞恥だ。
「戻ったんですね」
「……もう殺してくれ」
恥じらう先輩はショートしたまま呟くのだった。