「あ!探しましたよ先輩方……あれ?どうしたんですか?」
「い、いや、なんでもない」
先輩からは「秘密にしてくれ」と頼まれている。
まあ……まだ、遥には早いか。
「それで、どうするんです?」
「ああ、その事だが……まずは、市場などに行ってみないか?」
「「市場?」」
「ああ。異世界の貨幣。異世界の食べ物。異世界の相場。調べることは沢山あるんだ。時間が限られている以上、君たちにやりたいことがなければそれを優先したい」
遥と顔を合わせる。
「別に私は良いですよ」
「俺も……あ、そうだ先輩」
「なんだ?」
「相場調べが終わってからでいいんで、ギルドみたいなのがあったら寄らせてもらえませんか」
「ギルド?」
「冒険者ギルドみたいなやつです」
それくらいなら、と先輩は快諾してくれた。
先ほどまで性的に襲われかけていたのにすぐに立ち直るこの精神力。
もう過去の事と割り切っているのだろうか。
「…………っ」
いや、違う。まだダメージは癒えていない。
猫耳がぴくぴくと揺れている。
顔色も少し悪い。青ざめている感じだ。
「先輩」
「な、なんだ?」
「先輩って可愛いとこありますね」
「!?」
「何行ってるんですか先輩!部長は可愛いところがあるんじゃありません!存在ごと可愛いんです!」
「!?」
「……例えば?」
「艶やかな髪とか、吸い込まれそうな瞳とか、純粋なところとか!」
「あああああああ!!もう、行くぞっ!!」
少しは顔色良くなった、かな。
それから、市場の場所をなんとか割り出し、張り込みや見回りをすることで情報を集めていった。
貨幣。
「ふむ。紙幣が普及しているようだ。ということは紙幣を硬貨に交換する銀行もあることになるな」
「ぱっと見だと紙幣は一種類だけみたいですね。あとは金、銀、銅のコインがあるみたいですよ」
「それはそうとしてこの路地裏からコソコソスタイルどうにかなりません?ならねえか……」
食べ物。
「おばさん。これはなんだ?」
「おっ、獣人のお嬢ちゃん良いもんに目をつけたねえ。それはね、高級食材、翡翠七鳥だよ」
「ひすいしちちょう?」
「ああ。貴族の料理にもでる珍しい鳥さ。なんでそれがウチあるかって、実はね、商人が来たんだよ。『みんなのために狩ったけど、もう来ないからいらない』って、やけに緑の格好した青年がね。たいしたもんだよ、翡翠七鳥はなかなかお目にかかれない食材なのに、たくさんウチに降ろしてくれたんだから」
「緑……?他に特徴は」
「えー?あとは……綺麗な女の子を二人連れてたね。大人しめの女の子と、白髪の女の子。あとは……背中に両刃剣と、腰に片刃の剣を挿してたかな。んーと、あとは……そう、大人しめの子が『アトランティスに帰りましょう』とか言ってたような」
「アトランティス?」
「昔、海の向こうの大陸にあった魔法大国の名前さ。私が生まれる前に隕石が落ちて滅びたって聞いたけど……」
「そうなんですか。ありがとうございました」
「あら、買って行ってくれないの?」
「高級食材ともなると、少し財布が……」
「あら、そうなのね。それじゃ、次に来た時は安くしておくから、またいらっしゃいね」
相場。
「リンゴがありますね」
「下にコインが3枚描かれてますね!」
「灰色……いや銀か。つまり、銀貨3枚は私たちの世界の百円ほどを指す……であってるのか?」
「まあ日本にもリンゴの値段はバラツキがありますからね。今はそれでいいと思います、部長」
そんなわけで、市場での情報はそれなりに集まった。
「まだ時間があるな。カケルくんの言っていた、ギルド、とやらに行ってみようか」
「あ、場所わかんないですよ?」
「ふむ……。道中で剣が交差しているような絵が描かれた看板があったが……違うか?」
「わかりやすい看板ですね!」
それじゃあ向かいましょうか。
そう言おうとした時、不意に、視界が暗くなった。
全身から力が抜け、思わず膝をつく。
「かっ、カケルくん!?どうした!?」
「いえ……立ちくらみですかね」
少し考え込んだ先輩は、ハッと何かに気づくと、俺の肩を掴んで来た。
「カケルくん。お昼は食べたか!?」
「え?あ、今日は時間が無くて食べてないです」
「他に間食は?」
「いえ、特には」
「……ッ。カケルくん、少しここで安静にしていろ。すぐに戻ってくる」
「え、あの、なんなんですか?」
冷や汗をダラダラと流しながら言う先輩。
なにがおかしいのだろう。
「はっ、話は後だ!まずはキミを救わないと……」
「待ってくださいったら!」
「うにゃあっ!?」
駆け出そうとする先輩の尻尾を咄嗟に掴むと、先輩がびくりと震えた。
あ……だいたい漫画とかだと獣人の尻尾って……。
先輩が振り返る。
真っ赤に染まったほおが膨れていた。
「カケルくん。この非常事態にそう言うことはやめてほしいのだが」
「っあ、すみません咄嗟に!」
「うにゃ!力を強くするなぁ!わざとだろう!」
「だって教えてくれないんですもん。そりゃ不安になりますよ」
先輩は「ぐ……」と唸ると、俺の手をぺしぺしと叩いた。
「わかった、教える。だから、この手を離してくれ」
「すみません」
尻尾を離すと、先輩は口を開く。
「今のキミの立ちくらみは、ある種の栄養失調だ」
「栄養失調?」
「あぁ。魔術にはカロリーを使うと言ったろう?あれは、正確には体の栄養という代償を使って発動している。キミは魔術に慣れていない状態で、世界を行き来する魔術を完成させ、さらには、その……あのとき、精霊の魔術も使ったろう?だから、体の栄養がじわりじわりと無くなっていっているんだ。はやく何か口にしないと、骨になってしまうっ」
まだ元気なんだけどなあ。
その旨を伝えても、先輩は「人は死ぬ直前が一番死に鈍感なのだ」と言う。
本当に死ぬんだとしたら、最後に肉が食いたいなあ……。
「死なないために食うのだ、馬鹿者!」
「ははは、すみませ……」
先輩が唇を噛みしめる。
「心配しなくてもだいじょうぶなんだよ」
その言葉は、誰から?
先輩じゃない。遥でもない。
気づけば、先輩の後ろに。
「今食事を用意する。まおうについて来るんだよ」
魔王を名乗る、幼女がいた。