「遅くなりました!」
遠くから声が聞こえた。
声に振り返ると、そこにはペンダントを揺らして走って来る平凡な少年が……っと、とと!?
すごい圧迫感だ。先輩が魔術を使うときと同じ、もしくはそれ以上のプレッシャーを感じる。
「せ、セン君か?」
「あ、はい、ご無沙汰してます、祈里 仙です」
「あ、あぁ……ずいぶん、変わったようだな……」
ずいぶん変わったらしい。
「え?そうですか?」
そうでもないらしい。
仙は自分の身なりを確認した後に首を捻ると、俺たちに目を向けた。
うっわあ、蛇に睨まれたみたいな感覚だ。特にペンダントすごい。たぶん、魔力が放出されてる……んだろう。
「ええと……初めまして、祈里 仙と言います。黒退先輩とは一度、共同学習で一緒になったことがありまして」
「れれれ、礼儀正しいですね!?」
「え……はい?」
「セン君、その、どうやら君の体から魔力がとてつもない量だだ漏れになっているのだが、どうにかすることは出来ないか?」
「魔力……あっ」
仙は慌ててペンダントを外そうとする。
……が、首にハマって取れないらしい。なに?ペンダントに仕掛けがあるの???
「あの、これ、魔力を込めると外せるんですけど……」
「呪具か何かか?」
「正解です」
「……まぁ、いい。魔力を込めると言うのなら……カケル君が適任だろう。魔法陣と同じ感覚で大丈夫だぞ」
仙が俺の方を見つめる。
信じられないと言った目だ。うるせえ、この部活に入ったらいつのまにか非現実的なものを扱えるようになってたんだよ。
「お願いできますか?……というか、魔力の込め方を教えてください」
「込め方……込める対象を、自分の一部、四肢みたいなものと考えるというか……それで、魔力を流すみたいな」
「うむうむ、私よりも説明がうまいな」
「自分の一部にする……ですか」
小さくおりゃ、と呟いた仙。
バチィン。ペンダントのチェーンのロックが弾け飛んだ。
と同時に、今まで感じていた圧迫感が消える。
た、助かった……のか?
「できたよ……マジか……」
仙は自分の手を見つめている……けど、早いところ本題に入ってくれないとレイちゃんへ流してる魔力が無くなっちゃうんですけど。
「あの、仙君さ、悪いんだけど、俺の後ろに誰かいるの見える?」
「……?黒退先輩ですか?」
「見えてねぇのか……幽霊がいるんだけど、魔力を与えないと死んじゃいそうなんだよ。今俺が触れてるところに、魔力を流してくれ」
『うう……眩しいです……』
仙が前に出る。
なんか青ざめてるけど幽霊とか苦手なんだろうか。
仙が手を上げたタイミングで手をずらす。
正直、俺がやっても魔力が少なくてたぶん消費に追いつかない。
で、さっきのプレッシャーが魔力が放出されているのだとしたら、仙はかなりの魔力を持っているはずだ。
「は、はぁ……さっきと同じ感覚で?」
「多分それで大丈夫だぞ」
『ッ!?おおおおお!?えええっ!?』
大量の魔力がレイに流れ、レイが目に見えて元気になる。
……俺のアイデンティティが。
「素晴らしい……セン君、万術部に入らないか!?」
「お断りします」
「ぬっ!」
「はいはい、本題に入りますよ。仙君、魔力も無くなったろうし、疲れてるのはわかるんだけど、君の話だと裏山の洞窟の場所を知っているとか。悪いんだけど、そこに連れてってくれないかな」
仙君は首を傾げつつもうなずくと、裏山に入っていった。
ついて来いという事なのだろう。
『ここが裏山……』
「なにか思い出せそう?」
『いえ……すみません……』
「そうですか。まぁ、こっちには部長もいますし、何よりこのアストロボルグがいますから!安心していいですよ」
『はい……ありがとうございます……』
しかし、仙君の魔力量には驚いた。
あんなにたくさんの魔力を流しておいて、本人は疲れた様子がない。
あんなに流したら疲れるはずなんだけどなぁ……?
「先輩」
「ん?どうしたカケル君」
「俺、魔力の総量って多い方なんですか」
「……いや?まあ私たちの平均といった感じだな」
「仙君は?」
「アレはすごいな。下手したら……いや、確実に、私よりも多い」
魔術に通じてる先輩よりも多いのか。
「ただ、魔力を流すときにロスが多かったのが珠にキズだな。しかし、少し前までは彼はあそこまでの魔力は持っていなかったはずだ。ほんの少しの間に彼になにが……?」
「そもそも魔力ってなんなんです?」
「使えば使うほど総量を増していく力の源のようなものだと私は考えている。実際に、一般の人には魔力が宿っていないが、宿っていなかった君も、この部活に入ってから魔力がだんだん宿り始めている」
体力みたいなもんかなぁ。
ランニングすると持久力上がるし。
「しかし、これらは自論でしかない。君が、何かしらの影響を受けて魔力の総量が上がっているのかもしれない。……私たちの魔力の総量は、部活を始めた当初から上がっていないわけだしな」
「なるほど……?」
「無論、体の調子がいい日は魔力の総量も上がっている……だが、逆に悪い日は下がっているんだ。特に生……」
「わーっ!わわわーっ!部長、何言ってんですか相手は男ですよぉ!恥じらいは無いんですか!?」
「恥じらい?いや、生理現象なのだから恥じらいもなにも無いだろう。ハルカだって月経……」
「どわあああああああああ!?」
赤面して先輩の口を塞ぐ遥。
……なにがなんだって?月桂樹?女神の神殿かなにか?
と、肩がとんとんと叩かれる。
振り向くと、ポッカリと空いた洞窟と、この場をどう収めようか悩んでいる仙君の姿があった。
「あの、着いたんですけど……どうしましょう」
「あー、うん……ちょっと待ってて」
仙君を取り残して二人を止めにかかる。
どうして怒られているのかわかっていなさそうな先輩と、なぜか怒っている遥。
……前々から思ってたけどこの人たちめんどくせぇ……。
ぱんぱんと手を叩き、二人の注意を引く。
「はいはい、二人とも、洞窟についたようですから行きますよ!!」
「あ、はい……すみません……」
「よし、レイ、手がかりが掴めそうだぞ……ん?レイはどこにいった?」
確かに、よく見てみるとレイがいない。
慌てて周囲に目を向けるも、そこにレイらしき姿は無かった。
「あっ!あそこ!」
唐突に遥が声を上げ、指差す。
見ると洞窟の入り口に、レイがぼやぁっと立っている。
輪郭もぼやぁ。意識もぼやぁな感じだ。
「レイ!」
「…………」
「レイ?」
「…………」
「あっ!」
「ちょっ、勝手に入って行っちゃいましたよ!?」
「追おう!」
「「はい!」」
仙君が立ち上がり、おろおろして駆け出した二人を見ていた。
「あー。……君もきて!」
「え、えぇ!?」
「早く!!置いてかれても知らないよ!!」
「ちょっ、えっ、なん……」
仙君を置いて走ると着いてきた。
洞窟探索の、開始である。
◇
「『我、常闇を照らす者なり。不可思議の記憶を打ち破り、隅まで明かす光となれ』」
先輩の指先に光が灯る。
少し先で立ち止まっていた先輩たちに追いついた俺たちはそのまま固まって探索を続ける事になった。
「へぇ。魔術ってすごいんですね」
「万術部に入ればこれらを無料で習得できるぞ?」
「お断りします」
手厳しいなぁと苦笑いする先輩。
遥が一度振り返り、首を傾げた。
「こんな深い洞窟あったんですね?結構歩きましたけど……」
「曲がりくねっているし、もしかしたらダンジョンか何かなのかもしれないな」
「ダンジョン、ですか……」
「どうした仙君そんな神妙な顔して」
「ああいえ、ダンジョンと聴くと、ちょっとトラウマが」
トラウマ?
なにが起こったのか聞きたいけれど、トラウマならば聞かない方が良いのだろう。
遠い目をしている仙君はそのままに、先輩が指を高く上げて遠くを照らす。
「まだまだありそうだぞ。ハル……」
「アストロボルグで」
「アストロボルグ。明かりの魔術を念のため使っておけ」
「え、魔力もったいなく無いです?」
「いや、それは……」
「洞窟内では明かりになにが起こるかわからないから、念のために二つ明かりを用意しておく」
全員の視線が仙君に向く。
「その通りだが……なぜ、そんなことを?」
「ッあー、テレビで見たんですよ!洞窟に囚われた人をレスキュー隊が助けに行くっていう……」
「なるほど?」
「勉強になりました……じゃあ、『我、常闇を照らす者なり』……あっ!?」
詠唱中断。
「どうしたハルカ。忘れたか?」
「あっ、うっ、うし、うしし……」
「牛?」
「後ろぉぉぉぉ!」
遥が明かりの灯っていない指を俺たちの後ろに向けた。
その指に誘導されるように、俺と先輩、仙君の視線は後ろに向かい……。
目と目が合う瞬間好きだと気づきません。
「「「熊ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
後ろを向き、脱兎のごとく駆け出す。
「先輩男らしく無いです!戦ってください!」
「馬鹿か厨二病者が!閉鎖空間であんなんと戦えるわけないだろうが!」
「魔導書は!?」
「走りながら読めない!」
「あぁもぉ!」
ってか先輩、足超速えな!アスリート走りだしフォーム完璧かよ!
「……はぁ、もう!!」
「ちょっ」
視界の端で仙君がブレーキを踏んだ。
同様に止まり、振り返って声をかける。
「おい、逃げろって!首が飛ぶぞ!リアルに!」
「巨人の棍棒よりかはよっぽど対処が簡単です!」
仙君を狙い、熊がその太い腕を突き出す。
勢いに身を任せてしゃがんだあと、腕を掴んで……。
「はあああああああっ!!!」
「グ、グオ……!!」
「だらっしゃあ!!」
腰の入った一本背負い。
即座にまたがって、目と目の間……眉間に突きを入れ、見事熊を……。
「死んだ?」
「生きてると思います」
気絶させたのだった。
「え、もしかして柔道経験者だったり?」
「いえ、過去に同じようなことを経験しただけです」
「熊投げ飛ばす経験ってなんだよ」
ところでこれ、殺しても良いのだろうか。
怒られたりしない?今なら本読めるし熊くらいだったら殺せちゃうんじゃないかなぁ。
……前にでっかい蜘蛛を殺した。だから、もう抵抗はないんじゃないかなって。
蚊や虫を殺しても罪悪感がないのは、小さいからだと思ってたけど……自分と同じくらいの大きさのが殺せたということは、多分、熊だって殺せるだろう……と、思ってたんだけどなぁ。
「……?どうしたんですか?」
「あ、あぁ、熊を殺そうかと思って」
「殺す?」
「だって、今から逃げても起き上がられたらさ」
「そしたらまた僕が足止めしますよ」
「…………」
この後輩、嫌いだ。
そこが見えない。
殺すって単語を出すだけでも、俺はこんなに震えているのに。
なんかこいつは……命のやりとりに慣れている気がする。
「殺す」なら殺す。「生かす」なら生かす。
どっちでもいいと、言っているような。
「なんか君、魔王みたいだ」
「え?」
「魔王。残虐非道で世界を掌握する、魔王」
「……魔王は、好きで残虐非道をやっているわけじゃないのかもしれませんよ?」
「それってどういう……」
「一度戻りましょう。熊は僕が見張っておくので、黒退先輩と金髪の人を連れてきてもらえますか?」
「あ、あぁ……」
人生にドラマありとは言うけれど、あいつの人生は壮絶そうだ。
闇が深いんじゃないだろうか、あの子。