「先輩!」
「……あぁ、カケルくんか」
「熊は仙が倒してくれました。なんか……経験があったらしくって」
「どんな経験ですか!?」
俺も知りたい。
「とりあえず、もう一度戻りましょう。レイが奥に行ってしまった以上、時間を無駄にして見失うのも……」
「っあぁ、そうだな……」
ん?どうやら先輩の様子がおかしい。
顔が青いし、体調でも悪いのだろうか。
と、顔をじっと見ていると、先輩が苦笑いを浮かべた。
「閉所恐怖症なんだ」
「…………」
「洞窟のような狭い所に行くと、押しつぶされてしまうんじゃないかという思考に染められる。エレベーターだって、鏡の設置してあるものにしか乗れない。……笑いものだな、私は」
「…………」
「最初は、成長して大丈夫になったかと自分を試すつもりでいた。……だが、やはりダメだった。今も、またあの洞窟に向かうと思うと、最悪の時を考えてしまう」
そうだったのか……。
閉所恐怖症は、別に珍しい特質ではないって習った気がする。
原因は、極度のマイナス思考か、過去のトラウマが大半。
……前者は多分ないだろう。
踏み込むべきじゃ、ないのかも。
「じゃあ、先輩はここで待っててください」
「部長がいなくても、やってきて見せますよ!!」
「……あぁ……」
まっさか、あの黒退先輩が再起不能になるとは。やはり、トラウマが再起したのかもしれない。
ってことは、戦力は遥のみ。俺は後ろで魔導書を読みながらじゃないと魔術が使えないからだ。
とりあえず、魔導書をいつでも開けるように持ちつつ、遥が先行して洞窟を進むことになった。
先輩は、待っているらしい。
「レイちゃん、どこに行っちゃったんですかね」
「さぁなぁ。声かけても反応がなかったし。この奥になにがあるのか……お?あれ、熊じゃないか?」
「うっわあ。本当に倒したんですね。お金持ちの家にあるカーペットみたい」
「あぁ……それよりも気になってるんだが、あいつはどこに?」
「言わないでください」
仙の姿が見えない。
ここで待っているはずなのに、この場所にあるのは熊だけだ。
帰ってきてないし、ということは……奥へ進んだ?
「いやぁ……参ったな」
「あの人だけ回収して、今日はお開きにしようと思ってたのに!」
「レイちゃんガン無視するつもりだったのかよお前」
「だってだってだって!怖いじゃないですか、幽霊がぼけーっとしながら入る洞窟なんて!」
確かにそうだけども!!
でも、後戻りはできない……幽霊がいるんだから悪霊だっているはず。レイはそんな子じゃないってわかってるけど、もしかしたらってのもあるかもしれない。
嫌がる遥の手を引きつつ、奥へ奥へと進んでいく。
だんだん、「山の洞窟の範疇を超えてるだろ」と思うような傾斜やだだっ広い一直線が現れ始め、俺たちも不審に思い始めた。
遥のスニーカー、俺のローファーの音が響き、どこからか垂れ落ちる水音も聞こえる。
静寂に包まれていた。
「……先輩」
「どした」
「先輩って、どうして万術部に入ったんですか?」
「ただの興味っていうか、まぁ、他で見たことがない部活だったからかな」
「……言い方を変えますか。どうしてサッカー部を辞めたんですか?」
……サッカー部?
「この前、この山の天辺で魔法陣を描いて、そこから謎の男が出てきた時あったじゃないですか」
「……あぁ?でもその時お前は蜘蛛の相手をしていたはずじゃ」
「あの後、すぐに戦線から離れて援護に走ろうとしていました。部長が、魔法陣から出てくるのが蜘蛛だけとは限らないって。だから、追いかけてたんですけど」
あ……。なるほど、聞かれていたわけだ。
『今のが攻撃か?随分としけているようだが』
『うっせえ、サッカー部万年補欠ナメんな!』
サッカー部ねぇ。
「よければ、教えてくれませんか?」
「なんの意味があるんだよ」
「個人的に知りたいんです」
「教える義理はないだろ。聞いてても面白くない話だし、ありきたりだし、よくある展開だし」
「それでもいいから」
……中学生のとき。俺はサッカー部に所属していた。
結局三年間続けていたのだが、最初の一年目で頭角を伸ばし始めた俺は、ハブりや嫌味などのイジメ……にあたる行為を受けていた。
部活内のトラブルであるから、責任は学校ではなく一教師にある。訴えるが、生徒が俺という共通の敵を持つことで統率がとれる事により、教師は聞く耳を持たなかった。
俺は……自分で言うのもなんだが、サッカー部でもエースの位置にいたんだと思う。
最初のうちは、限られた空間の中を縦横無尽に駆け回り、仲間に指示を出すリーダーポジションだった。
かつ、他人よりも練習を重ねてほんの少し強くなったのをきっかけに、周りとも差はみるみるうちに広がり、二年に到達、三年も打倒というとこまで来ていたんだ。
頑張ったのに。
努力したのに。
出る杭は打たれる。理不尽。不条理。声は届かず、ただひたすらに世の中の闇をぶつけられるだけ。
年功序列という、自分の都合のいいように場を作る先輩達の、餌にされたわけだ。
「……そうだったんですか」
「その後は、サッカー部の奴らが来てない高校を探して、そのまま一年を帰宅部。下手にサッカーを続けてしまった以上、他のことをやる気にもなれなくて」
「できますよ。サッカー以外にも、先輩には才能があります」
「才能か」
「はい。正直、私のアイデンティティーも無くなってしまうような才能が、その体に詰まっています。環境が悪かっただけなんですよ」
今更、慰めなんていらないのに。
もう割り切ったこと。
もう諦めたこと。
もう消したこと。
もう……。
「先に、行こうか」
「……そうですね」
指先に灯りを灯す遥が身を寄せてくる。
ニヤリと笑って、服の裾を掴んできた。
「いざというときは壁になってもらいますよ」
「言わなかったら自らなってたのに」
「……嘘ですよ。しません。壁になってしません」
遥は指先に力を込め、灯りを強くしてから、今度は年相応の少女のように、華やかな笑顔を見せた。
「裏切りませんよ」
気を遣わせてる。
そう悟ってしまった俺は、目を逸らすことしかできなかった。