「キャッピーっ!」
「がるう」
部活動時間に山を登ると、もちのこと、遥が飛び出してキャッピーに飛びついた。
げ、元気だな……!
「あぁ、こんにちは、カケルくん」
「あぁ、どうも……ぜえ、ぜえ」
キャッピーをロデオしている遥を横目に、先輩は水筒を取り出す。
「あれから魔法陣の召喚履歴を覗いてみたのだが、どうやらこのキャッピーは私たちの世界の者では無いらしい」
「こ、この世界の?」
「うむ。まずは一息ついた方が話も飲み込みやすいだろう。飲むかい?」
「もらいまず……」
受け取った水筒を煽るとひんやりとした液体が口内に流れ込んでくる。
香ばしい。アイスコーヒーなのか。
「ぷは。……この世界のって、なんなんです?」
「うむ。まず、前知識としてだが……」
魔法陣の書いてある岩に触れる先輩。
「まず、この岩がこの世のものじゃない」
「……は?」
「なにか、術にも近い力で無理やり引き寄せられたみたいなんだ。その先まではわからないが……。違う太陽系なのか、それこそ異世界なのか……」
り、理解が追いつかない。
つまりなにか?違う世界のものだから魔術もうまく作用したと?
「そういうことだ」
「また読まれた!」
「今回は君の表情が全て語ってくれたぞ」
「さいですか……」
「ま、そういうことだ。つまり、私たちの世界とは別の世界がある。ここまではいいな?」
枝で地面に丸を二つ描く先輩。
前かがみになり、最初に片方の丸を指す。
「まずこれを、私たちの地球とする」
「はあ」
「そしてこれを、私たちの世界とは別の世界、つまりそこを異世界とする」
「ひい」
「君は魔法陣を通して、キャッピーをこの岩よろしく引っ張り上げたみたいだな」
「ふう」
「君はキャッピーの存在を認識していなかった。つまり、範囲ごと召喚したものだと思われる」
「へえ」
「そのため、キャッピーのもとの世界も特定しやすかった……聞いてるか?」
「ほ……あ、はい、聴いてます」
うむ、目の前で揺れる形のよい双丘に全部持ってかれた。
まぁ、あれだろ?異世界があるからキャッピーを早めに帰そうねって話でしょ?
「大丈夫、大丈夫っす。全然おっけーです」
「そ、そうなのか?では……む、待て」
「は」
俺の目の前を、魔力球が飛んだ。
前髪をジュッと焼いたのち、ひゅるひゅると木の間を縫って何かに着弾する。
轟音。
「昨日も、今日も……何者だ!」
「ガルアッ!!」
「キャッピー!!」
吠えたキャッピーが俺の横を通り過ぎ、神速で山道に消えて行く。
「追うぞ!アストロボルグ!カケル!」
「はいっ!我、生気を司り、以下略!」
微発光したハルカを先頭に今度は山道を下っていく。
キャッピーが通り過ぎた跡か、木々が折られている。
呼吸が苦しくなる。めっちゃ辛い。
「がるあ」
「あっ」
「むっ?」
「おぼしっ!急に……止まらないで……硬ぁ……」
ピタリと止まった二人に、謎の硬さを持っている二人に激突し、俺が一人でダメージを受けている中、キャッピーは、二人は、上を見上げていた。
遅れて俺が上を見上げると、視界の端に映ったソレは───
───馬鹿でかい、蜘蛛だった。
「キャアアアアアアアアアアアア!!」
「かおぐっ!!耳が、耳があ!!」
「そんなことを言っている場合か!戦え!」
「無理くないですかねぇ!?」
耳を抑えて悶えていると、蜘蛛が糸を飛ばしてきた。
普通の糸じゃない、なんか横に回転してブーメランみたいになってらっしゃる。
とっさに地面を蹴る。
糸は後ろにあった木に激突し、その巨木が大きな音を立てて輪切りにされる。
「「「…………」」」
あかん。
殺らなきゃ、遣られる!!
何をしたらいいのかわからず踏み出した瞬間、足元からネットが出現して絡め取られる。
「おいコラ蜘蛛コラ、罠とかこずるいぞ!!」
「彼の者を斬り捨てよ!」
先輩が手刀を振るうと光を収縮したような線がネットの上辺に直撃し、内臓が浮遊する感覚とともに尻に衝撃がやってくる。
光はそのまま蜘蛛の脚を貫通し、切断、8本あるうちの一本をダメにした。
「せ、先輩!それ、もっとやってください!」
「分かっている!アストロボルグ!」
「はい!」
「「彼の者を串刺しにせよ!」」
「ピギャアアアアアアアアアアアア!?」
蜘蛛の周りの空間から幾千もの針が突き出し、脚に突き刺さっていく。
よし、これなら!
蜘蛛からだんだんと離れ、茂みに隠れる。
一度先輩の方へ戻ろう。そう振り返ると……。
「ぴぎゃ」「ぴぎゃ?」「ぴぎゃ!」「ぴぎゅあ」
「…………」
「「「「ピギュアアアアアアアア」」」」
「ああああああ!おる!おるやんけぇ!」
仲間呼んでる!なんかふた回りくらい小さいけど!
後ろから聞こえるカサカサという音から逃げ回りながら、なんとか先輩の下へたどり着く。
「先輩おる!ちっこい蜘蛛おる!」
「君がやれ!」
「ホァへ!?」
「魔導書、39ページ!血液の流れを思い浮かべろ!全身に流れる魔力を感じ、ソレを唱えろ!」
ぶっつけ本番とか頭逝ってるんじゃないですかねぇ!?
魔導書、39ページ……
「『我、万象を具現化する者なり。因果の鎖を解き放ち、彼の者を貫く光となれ!』」
とたん、ミニマムスパイダーの体を、光が貫いた。
俺の手から放出された、光が。
光は収まることなく、俺の意思に関係なく次々と放出され、結構な数いたミニマムスパイダー達を貫いて行く。
「おおおお!できるじゃん俺!すげえ!」
「やはり才能がある!私たちも負けていられないぞ!」
「分かってます!大技行きましょう!」
「「『我ら、万象を喰らい尽くす者なり。矛盾の鎖を打ち砕き、天をも貫く閃光と化せ!』」」
一瞬、光に目が眩む。
極太のレーザーが、蜘蛛の腹に風穴を開けた。
張り巡らされた糸が断ち切れ、蜘蛛の巨体が大きな音を立てて落下した。
「上位互換かよ羨ましい!」
「ふふん。伊達に先輩より一年やってませんから」
「鍛錬を積めば、君にもできるようになるさ」
戦闘が終わって、一息つく余裕ができた。
そして、今回なんもやってないキャッピー。
「がるあ」
「まー元気だせよ。次があるって」
「ガルア!」
「いってぇお前、出番無かったからって噛み付くなよ大人気ないぞ!」
「「あははははっ!」」
俺が腕をキャッピーに甘噛みされ、二人が笑っている、そんな光景。
正直めっちゃ疲れてるけど、平和って良いもんですね。
スパンッ
「がる───」
「キャッピー!?」
キャッピーの足が、断ち切られた。
ずずんと倒れるキャッピーを支えても、血はどくどくと止まらない。
あまりの急展開に混乱していると、近づいてきた先輩がキャッピーの傷をそのしなやかな手で隠す。
先輩がなにかを唱えると、淡い緑色の光と共に、キャッピーの足がだんだん生えていく。
「グロいっすね」
「まじめにやってくれ。切られた時糸が見えた。恐らく同じ蜘蛛だろう」
「先輩、行きますよ!私は回復魔法が使えないんです!」
「えっ」
なに?じゃあ俺と遥───アフトロボルグで戦えと?
「そういうことだ」
「ちょっと待って」
「待たぬ」
鬼ですか。
そうこうしている間に抉れる足元。
うむ、攻撃されておりますねコンチクショウ。
「ええいもう鬼でも蛇でもなんでもこいやぁ!」
「だから蜘蛛ですって。聴いてました?」
「え?これ俺が悪いの?俺が悪いの?」
ピュンピュン飛んでくる糸を避けつつ、魔道書をめくる事にチャレンジ。
飛んでくる方向から場所の予測はついた。
あとはそこに魔法を打ち込むだけ───ひゃん!?
「まっ、前髪!こげた前髪がさらにカットされた!」
「いいヘアスタイルですよ!いい加減に諦めてください!『我、暗闇を見通す者なり!』」
「ぎゃあ!目が、目が!」
遥が放った閃光に目をやられる。
前髪、腕、目───万術部に入ってからダメージしか負ってない気がする。
「走れ、カケルくん!」
「走るゥ!?」
「いいからまっすぐ!」
チカチカする視界のなか、俺は走る。
あるある、全てを任せて良いのか判断がつかない相手に進退を任せるなんて、あるあるよくある。
しかしまあ。
現実と先輩は残酷なわけで。
「きゅあー?」
「よーしよし、よーしよし……あ」
「ほっほっほ、あの部長はホントに人使いが荒い」
視界が戻ったときにいたのは最初の広間であって。
そこにいたのは蜘蛛を手懐けるツノ生えた人間もどき。
どう見ても人間じゃないね、ありがとうございました。
「貴様、人間か。我々の獣を返してもらおうか」
「けものぉ?」
「とぼけるな!急に光に包まれたと思ったら、獣はいないし、見知らぬ場所に飛ばされるしで散々だったのだぞ!貴様らが何かしたに決まっているだろう!」
言いがかりにも程がある。
「それに、貴様からは魔力を感じるからな」
どうしてこうも俺の周りの人は魔力をアテにするのだろうか。
魔道書片手に冷や汗垂らしていると、さっき先輩が投げ捨てたのか、コーヒーの入った水筒が目に入る。
「我々はこの魔法陣に召喚された。つまり、この魔法陣は我々の世界とこの世界を繋ぐ架け橋。これを厳重にまもり、ゆくゆくは皇帝様にこの世界を───」
「おるあああああ!」
冥土の土産に教えてやろう的な雰囲気を出す人間もどきに向かって水筒を蹴り上げる。
だって遠いんだもん、ノーモーションでできる攻撃なんてこれしかやいよね。
まあなんの補正もない蹴りで蹴られた水筒なんて当たるわけないんですが。
「今のが攻撃か?随分としけているようだが」
「うっせえ、サッカー部万年補欠ナメんな!」
前髪をキランッしながら水筒をよける人間もどき。
水筒は無駄に回転しながら男の横を通り過ぎて───
───岩に当たり、コーヒーをぶちまけた。
「ブッ!?」
「あ、当たった」
コーヒーは魔法陣を覆い、チョークの粉を全て洗い流した。
これでもう、仲間を呼ぶことも帰ることもできない。
「きっ、貴様ァ!」
「さ、最初からこれが狙いだったのさ……」
「嘘つけ!こうなったら、俺一人でこの世界を征服する!そして全ての人間を手中に収め、いつの日か帰還を」
「オッラァン!」
「へぶし」
男が崩れ落ちる。
頭に衝撃を受けたためだ。
俺は肩で息をしながら、独りごちた。
「魔道書って、殴れば鈍器になるんだな……」
心なしか、気絶している男が「絶対使い方チガウ」と言っているような気がした。