荒野のコトブキ飛行隊 イケスカの残照   作:流水郎

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やるべきこと

 

「……彼はこの世界が嫌いだったわ」

 

 ベッドに腰掛けるマイカは、ゆっくりと語る。隣に座るレオナとの間にあるのは敵意ではない。助けられたことを知ったマイカは敗北を受け入れ、諦めと懐かしさの入り混じった感情を抱いていた。2人は駆け出しの頃、一時的にとは言え仲間となり、リノーチ大空戦で共に戦った仲だ。そしてあの男に窮地を救われた。

 

「世界は枯れ果てていく一方で、そこで過ごす日々も大きな変化はない。それが凄く息苦しかったと言っていた。トシロウもそうだったわ」

「だからあいつも、彼の元で戦ったのか」

 

 レオナはトシロウともリノーチ大空戦のときに会っていた。曲がった事が嫌いで、尚且つ強い冒険心と反骨心を持つ男だった。そして今思えば、生き方の不器用な奴だった。

 だが結局のところ不器用なのは皆同じだった。レオナ自身、彼が善良な人物だと信じていた、というよりは信じたかったのである。あの男は3人の人生を弄んだ挙句、『穴』の中へ飛び去ってしまった。彼から自由になれたのはレオナだけだ。

 

「……私の部下たちは?」

「全員拘束している。死者はいないが、クルカという女は墜ちたショックで網膜剥離を起こした」

 

 マイカの胸に衝撃が走った。やる前から分かっていたことだ。無意味な復讐に仲間を巻き込んだだけだと。

 

「失明は免れたが、戦闘機乗りが務まる視力は残っていない」

 

 レオナはそれしか言わなかった。しかし彼女の目はマイカに問いかけていた。得るものはあったのか、と。

 結局のところ、自己満足にすらならない復讐だった。何が正しいのか分からなくなったまま、イサオへの忠誠心を持ち続けるという一貫性に自分の生き方を求めただけだ。言い換えれば、考えるのを止めただけとも言える。

 仲間たちは同じ思いを抱いた上で、マイカが自分たちを未来へ導いてくれることを期待していた。隊長もまた破滅へ向かっていることを理解した上で付き従ったのは、フェイフーとクルカだけだ。

 

「……レオナは何故、戦ったの?」

「ラハマへの爆撃を許すわけにはいかなかった。ここには私の育った孤児院もある」

 

 レオナが傭兵パイロットになった理由はそれだった。自分を育ててくれた孤児院への恩返しと、自分の後輩に当たる子供達のため。ただしそれが義務ではないと気づいたのは、最後の戦いのときだった。

 

「イサオ議長が『穴』と世界の全てを管理すれば、それまでの犠牲以上に多くの人を活かせたのかも知れない。だがそのために平然と他人を犠牲にするのを、私は許せなかった。それが命の恩人なら尚更許すべきではない。だから戦うべきだと決めた」

 

 毅然とした答え。レオナは今でも、イサオを戦闘機乗りとして尊敬している。また彼の統一国家構想自体は間違っていないとさえ思っている。だがその実行のプロセスが看過できなかった。だから悩みを抱きながらも決心を固め、戦った。

 

 マイカは彼女に勝てなかった理由が分かった気がした。

 

「……私は結局、自分の意思で動いていなかったのね」

 

 

 不意に、病室のドアがノックされた。立ち上がりかけたマイカだが、足の銃創がズキンと痛む。

 代わりにレオナがドアを開けた。

 

「……ああ、着いたのか。久しぶりだな。入ってくれ」

 

 言葉を交わすのを見て、マイカはレオナの顔見知りの医者か何かかと思った。だが次の瞬間、部屋に入ってきた男に目を見開いた。

 

 短く刈り込んだ髪。

 鋭い眼差し。

 革製の飛行帽。

 

 忘れるわけがない、かつての相棒の姿がそこにあった。

 

「トシロウ!?」

 

 反射的に立ち上がり、激痛にしゃがみ込む。彼……トシロウは慌てて駆け寄り、そっと助け起こした。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 少し前まで聴き慣れていた声。間違いなく彼だ。何が起きているのか把握できないまま、マイカは再びベッドに座らされる。

 驚き、少しの安堵と嬉しさ、重い罪悪感。様々な感情が溢れそうになる。それらを何とか制御し、震える唇で言葉を紡ぐ。

 

「……生きていたの……? 操縦席に、当てた、はず……!」

「ああ、俺に運があったんだ」

 

 笑顔を浮かべ、飛行帽を取るトシロウ。頭頂部のやや左に、傷跡が一直線に走っていた。傷は恐らく骨まで達しており、頭蓋がいくらかひしゃげている。しかし命に別条はなく、すでに完治しているようだ。

 

「体に当たったのはこの一発だけだ。その後機体を失速させて、死んだふりしながら何とか不時着したんだ」

「で、でも……あんな荒野の真ん中で……」

「インノの闇医者が運良く通りかかってね」

 

 マイカがトシロウを撃墜したのは護衛任務で向かったインノの周辺だ。お尋ね者が多く集まる町で、身を隠すのにもうってつけだ。近くと言っても徒歩ではたどり着けない距離だが、通りかかった飛行機に発見されれば話は別だ。

 

「手当を受けて、インノに匿ってもらった。治療費が払えなかったから、代わりに変な薬の実験台にされたけどな」

 

 話しながら、トシロウはマイカへ名刺を差し出した。彼の名前の横に、イジツ文字とユーハング文字で『クチバ新報社 代表取締役社長』の肩書きが記されている。

 突然のことに未だパニックから抜け出せず、状況を把握できない。

 

「タネガシでスポンサー見つけて、対空賊の情報屋を始めたんだ。結構儲かってるんだけど、腕利きのパイロットがもう少し欲しくてさ」

「彼がお前たちの保釈金と医者代、オウニ商会及びエリート興業への慰謝料を払うそうだ」

 

 レオナの言葉に再び目を見開く。言葉が出てこない。謝罪か、感謝か。脳内で状況が整理しきれていないのだ。

 

「……もう一度やり直せ。それがお前を命がけで助けた部下たちへの恩返しだ」

 

 そんな彼女に、優しく声をかけたのはレオナの方だった。

 

「『やらなくてはいけないこと』ではなく、自分の意思で『やるべきこと』を探しに行け。その結果やはり私の命が欲しくなったら、受けて立つ」

 

 その時は堂々と来い……レオナの目はそう言っていた。

 包帯の下で傷が痛み続ける。しかし差し伸べられた手から感じたのは、久しく忘れていた希望だった。自分が今更それを掴んでいいのか、という気持ちもある。

 

 しかし……トシロウが生きていた。自分の犯した罪のうち、少なくとも一つはまだ償える。

 

「俺は気にしてないぞ、マイカ」

 

 かつての相棒は静かに言った。昔からそうだった。一介のパイロットだった頃から、いつも自分の誤ちをフォローしてくれた。リノーチで被弾したときもそうだった。後ろに着いていた敵機を追い払ってくれたのはイサオだが、意識の薄れゆくマイカに「機体を立て直せ! 右のラダーを踏め!」と叫び続け、不時着まで付き添ってくれたのはトシロウだ。

 

 そしてレオナの言った通り、クルカとフェイフーにも守られた命だ。自分はイサオしか見ていなかったが、本当は大勢に支えられていたのである。

 

 彼らのために自分がやるべきことは何か。そう考えたとき、マイカはトシロウの手を握っていた。

 

 

「ごめんなさい……ありがとう……!」

 

 

 

 

 

 

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