荒野のコトブキ飛行隊 イケスカの残照   作:流水郎

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燻る残り火

 

 火星エンジンを唸らせながら、葉巻型の双発機がゆっくりと降下していく。イジツの荒野には飛行機乗りが給油・休息を行う『空の駅』が点在していた。今眼下に見下ろすロータ駅は食べ物の自販機なども充実しており、流浪のパイロットたちから高い評価を得ている。

 そしてイケスカ動乱の際は、反抗勢力の拠点としても使われた。

 

「……なんでまた一式陸攻なんか掻っ払ってきたのさ」

「銀河や飛龍みたいな高級品がそこらに転がっているわけないでしょう。木っ端空賊から盗むしかなかったのですから、一式ならかなり上等です」

 

 爆撃手席に座るクルカと、副操縦席のフェイフーが言葉を交わす。2人とも自費で買ったジャケットとゴーグルを身につけ、腰にはやはり私物の拳銃を帯びている。自由博愛連合の正規部隊だった頃は支給品を使っていたが、今では流浪の身だ。

 フェイフーの隣で着陸操作を行うマイカは、そんな仲間たちに複雑な感情を抱いていた。

 

 イケスカ上空に開いた穴はオウニ商会の商船・羽衣丸の特攻により消滅した。自由博愛連合議長・イサオはその寸前に穴へ突入し、生死不明。その後、元ガドール評議会議員ユーリアは連合の行った空賊・企業との癒着、テロ行為を白日の下にさらした。それらには確たる証拠が伴っており、ショウト市が企てた叛逆もイサオによるでっち上げだったことが判明、イケスカは大混乱に陥った。

 その一方で、純粋に国家統一連合構想の素晴らしさを信じ続ける議員もいた。イジツには統一国家が存在しないため、ファシズムの危険性に気づく者が少なかったのだ。ユーリアやポロッカ市長のゴドロウは気づいていたが、片や普段から敵の多い急進的な議員、片やイジツに名の知れた脳筋。誰も話に耳を傾けなかった。

 連合の枠組みだけは何とか残そうとする議員たちは、無差別爆撃などの非道な行為に加担した者たちを『トカゲの尻尾』として切り捨てた。イケスカと連合を守っていた親衛第四飛行隊も、今やイケスカ市へ戻れば空賊として逮捕される身の上だ。

 

 かつての戦友が言った通り、マイカは捨てられる立場となったのだ。

 

「……駐機スペースにいる機種、分かる?」

「……隼4機、彗星1機。あと一◯◯式輸送機だね」

 

 見晴らしの良い爆撃手席でロータを見下ろし、クルカは報告する。

 

「隼の内2機はI型でユーハング式迷彩。多分コトブキだね」

「……情報通りね」

 

 手の震えを抑えるべく、操縦輪を握り直す。

 着陸脚を出した一式陸上攻撃機はゆっくりと滑走路へ降下していき、やがて駐機されている機体のマークが見えた。山吹色の円にプロペラの部隊章を描いた隼……コトブキ飛行隊だ。

 

 落ち着け、今じゃない……そう自分に言い聞かせ、マイカは機体を接地させた。

 

「総員、後ろへ!」

 

 フェイフー、クルカに続き、他の搭乗者も一斉に機体後部へと駆け出した。一式陸上攻撃機は重心が機体中央にあるため、離着陸時には乗員がこうしてバラストになる必要がある。

 

 やがてブレーキをゆっくりと踏み込み、機体は減速したのち駐機スペースの隅へ移動する。

 後部ハッチの前で屈み込んだフェイフーは腰の拳銃を抜いた。トリガーの前に弾倉があるタイプの、大ぶりな自動拳銃だ。安全装置のレバーを確認し、銃弾を保持した挿弾子(クリップ)を上部に取り付け、掌でぐっと押し込んで装填する。

 

「では、僕が先に」

「はいよ」

 

 クルカが微笑を浮かべ、唇を舐めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、一式陸攻ですわ」

 

 窓から滑走路を眺め、エンマが呟いた。手にしたティーカップには好みの銘柄の紅茶が湯気を立てている。その隣で自販機のパンケーキを頬張る赤い服の少女……キリエもまた外を眺めた。着陸した一式陸上攻撃機はイジツの大地に合わせた茶色の塗装だが、塗装の剥がれが目立つ。

 胴体にはユーハング語の『忌』という字が書かれており、その部分は綺麗に塗られていた。キリエとてユーハングの文字や言葉を完全に理解しているわけではないが、あまり良い意味の文字ではないということは知っている。縁起担ぎが好きな飛行機乗りには珍しいことだ。

 

「見かけないお客だな」

 

 ロータの管理人である老人が立ち上がり、護身用のレバーアクション式ライフルを手に表へ出て行った。食事をしている者たち……キリエとエンマ、及びエリート興業の面々はその背中を見送りながらも、さして心配はしていなかった。

 このロータは以前に空賊の襲撃を受けたが、それはイケスカの秘密部隊だった。交通の要所を攻撃することで地方の物流を苦しめ、連合への加盟を促すことが目的だったのである。普通の空賊は滅多に空の駅を襲わない。そんなことをしては獲物となる輸送機が近くを通らなくなり、自分たちが困ることになる。

 

「それにしても、その新作は素晴らしいですわね。以前のものより生き生きとした味わいがありますわ」

 

 駅のカウンターに立てかけられた絵に目をやり、エンマが賞賛した。作者である桃色の髪をした女性……エリート興業の『姐さん』は気恥ずかしげに頰を染める。その一方で、隣にいる男は目を輝かせた。

 

「そう! そうだろ!? ウチのはあれ以来さらに腕が上がったんだよ! 何ていうかこう、あんたの言った通り生命力が宿ってよぉ!」

 

 豪放磊落な彼はエリート興業代表取締役・トリヘイである。かつては空賊としてラハマ町を襲ったが、結果的にコトブキに助けられる形となり、イケスカ動乱では義理を果たすため共闘した間柄だ。空賊を徹底的に罵倒するエンマも、共に戦った彼らにはある程度心を許していた。

 今回はエリート興業はショウトの芸術祭へ出品される絵画、彫刻等の輸送を引き受けた。しかし動乱の後空賊はむしろ増えており、護衛の数に不安を感じたトリヘイがコトブキへ加勢を依頼したというわけだ。母船である羽衣丸を失った今、コトブキ飛行隊は別れて仕事をすることが増えている。

 

 今は輸送を終えた帰りで、姐さん当人の絵も出品するためショウトへ届けてある。今持っている絵はコトブキ飛行隊のザラにプレゼントするために描いたものだ。

 

「生命力、って言えばショウトの人たちも凄いよね。まだ復興全然終わってないのに芸術祭開くなんて」

「ああ、復興の寄付金集めも兼ねているんだ。それにショウトは上流階級の多い街だから、俺みたく芸術にうるさい人間が大勢住んでるのさ!」

 

 キリエの問いに答え、元空賊の社長は得意げに笑う。だが不意に、その笑い声は途切れた。外から微かに「うっ!」という悲鳴が聞こえたのだ。

 

「……今の、お爺さん?」

 

 キリエとエンマが立ち上がり、エリート興業の社員たちも警戒態勢に入る。まさか強盗だろうか。

 

「俺が見てくる」

 

 トリヘイが玄関へと向かう。いつでも愛用のリボルバーを抜けるようにしながら、慎重に踏み出す。

 

 しかしそのとき、外から現れた人影と鉢合わせした。飛行服姿の青年は身構えるトリヘイに歩み寄り、右手をすっと頭上へ掲げる。

 その手握られているのは、大ぶりな拳銃。

 

「てめェ……!」

 

 銃を抜こうとした瞬間、トリヘイは腹に重い衝撃を受けた。フェイフーの掌底が叩き込まれたのである。

 

「あんた!」

「社長!」

 

 姐さんと社員たちが銃を抜く。しかしフェイフーは気絶したトリヘイの胸ぐらを掴み、その体を盾にして押し入った。

 頭上へ掲げた拳銃を振り下ろしながら発砲。立て続けに2発。狙い違わず、悲鳴と共に社員が2人倒れた。トリヘイの体を放り出し、走りながら再び銃を頭上へ。

 

 キリエとエンマが咄嗟に椅子を投げつけた。ほぼ同時に姐さんと、新入社員たちが撃ち返した。しかしそれらの軌道を見切り、弧を描くように走りつつ拳銃を振り下ろす。銃声が響くたびに誰かが倒れ、気づいたときには姐さんの側まで接近していた。

 彼女は容赦無く発砲するが、寸前に掌で銃を払われたため命中しなかった。刹那、背後へ回り込んだフェイフーの手刀が頸へ打ち込まれる。

 

「ッ……!」

 

 小さな体がどさりと床に崩れ落ちる。立っているのはキリエとエンマのみとなった。二手に別れ、それぞれ机を蹴り倒して盾とし、ジョニーからお守りにと持たされた拳銃で反撃を試みる。

 しかしその途端、不意に玄関から飛び込んでくる影。エンマはハッと振り向くが、次の瞬間には鋭い一撃を受けていた。

 

「エンマ!」

 

 叫ぶキリエの前で、打撃を見舞った当人……クルカが挑発的な笑みを浮かべた。キリエの頭へ一気に血が上った。

 

「こんのぉぉぉ!」

 

 使い慣れない拳銃を放り出し、一目散に突進する。余裕の構えを見せるクルカの眼前で急停止。慣性を利用して必殺の上段回し蹴りを繰り出した。

 しかしラハマで『迅雷キック』『パンケーキ蹴り』と呼ばれるその技を、目つきの悪い少女は苦もなく腕で受け止めた。

 

 キリエが怯んだのは一瞬だった。だがその一瞬で、クルカは懐に踏み込んだ。

 床をふみ鳴らす震脚を伴い、強烈な肘打ちがキリエの腹を捉える。

 

「……!」

 

 砲弾のような重い一撃。視界が明滅する中、キリエは必死で意識を保とうとした。しかし食道を逆流してきたパンケーキを意地で飲み込んだ直後、全身から力が抜けた。

 糸の切れた人形のように崩れ落ちる彼女を、クルカがゆっくりと床に寝かせる。一方のフェイフーは全員を無力化したことを確認し、銃に安全装置をかけた。

 

「お見事です」

「アンタほどじゃないけどね」

 

 短く言葉を交わし、外に向けて「制圧完了(クリア)」と合図する。マイカと他に数名の仲間が駅内に踏み入った。気を失った管理人を引きずりながら。

 マイカは散弾銃を腰に構えつつ、倒れているエリート興業の社員たちを一瞥した。皆出血はなく、ただ気絶しているだけだった。

 

「ゴム弾を使ったの?」

「ええ」

 

 フェイフーは涼しい顔で答えた。相手を殺さずに鎮圧したい場合や、飛行船内など実弾の使用が危険な場所で使われる代物だ。それでも当たり所が悪ければ死ぬこともあり、逆に狙いが不正確では一撃で相手を無力化することができない。瞬間的な判断で全員に重症を負わせることなく気絶させたフェイフーは神業と言っても良いだろう。

 

「飛行機乗りを地上で殺すな……それが父の流儀でしたので」

「さすが“超絶技巧”のフェイフーね。クルカもお見事」

 

 賞賛しつつ、コトブキの2人へ歩み寄る。こちらも死んではいない。無論、この2人を生け捕りにする作戦なので当たり前だが。

 片方は秘密作戦部隊の疾風を撃墜し、もう片方はイサオの機体に弾を当てた女。イサオの理想を信じた自分たちから正義を奪ったのはこいつらなのか、それとも『穴』へ消えたイサオ自身なのか。

 少なくとも、今の自分がやろうとしていることは正義ではない。それだけは自覚していた。

 それでもやる。失われた正義のために、自分が自分であるために。コトブキ飛行隊の隊長・レオナを撃墜するのだ。

 

「……拘束して、陸攻へ運んで」

 

 部下たちはロープを取り出し、迅速に指示を遂行した。素早く手足を縛り、駅から運び出す。

 ふと、カウンターに立てかけられた絵画に目が止まった。空の中を舞う一式戦闘機と、美しい女性の姿。ユーハングの浮世絵の風味を感じさせるタッチだが、それに囚われておらず単なるリスペクトではない。力強さと美しさ、そして自由を感じさせる絵だった。

 子供の頃に見上げた、もう戻れない自由な空を。

 

「……レオナ」

 

 宿敵となる女の名をぽつりと呟く。

 

 

 勝者である彼女は今、自由を手にしたのだろうか……?

 

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