荒野のコトブキ飛行隊 イケスカの残照   作:流水郎

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囚われの戦闘機乗り

 

 キリエとエンマが誘拐されたという報せに、ラハマの町はざわめいた。トリヘイたちが目を覚ましたとき、犯人たちは置き手紙を残して立ち去っていた。

 彼女たちの隼I型も、エリート興業の機体も盗まれていなかった。ナツオ整備班長が動乱後の治安悪化を受けて、エンジンを始動前に安全装置を解除しないとキルスイッチが作動するよう細工していたのだ。元々空賊であったエリート興業もそうした用心に抜かりはなかった。

 

 ラハマに届けられた手紙には、首謀者がコトブキ飛行隊隊長との勝負を望んでいる旨が書かれていた。そして2人を廃墟となった町・キマノで監禁しており、返して欲しければコトブキ飛行隊の隊長が1機で来て勝負に応じろ、と。

 

 

「恐らくイケスカの飛行隊崩れによる、逆恨みの犯行でしょう」

「コトブキがいなかったら、ラハマは木っ端微塵にされてたはずだ!」

「そうだ! 俺たちが助けに行かなくてどうする!」

 

 オウニ商会の所有する邸宅で開かれた、作戦会議。血の気の多い自警団員たちは気炎を上げる中、町長は額の汗を拭きつつ悩んでいた。

 

「うーん……助けには行きたいけれど、みんなで押しかけたら……エンマ君とキリエ君の命が危ない……!」

「あの2人が空賊のアジトで大人しくしてるわけないって!」

 

 机を叩きながら叫んだのはコトブキ飛行隊の最年少隊員、“電光石火”のチカだ。エンマはともかくキリエとは喧嘩の絶えない間柄だが、彼女たちを連れ去った空賊への怒りと闘志を隠そうともしていない。

 

「どうせ大暴れしてなんとか逃げ出そうとするに決まってるんだから! そこにあたしらが乗り込んでバンバンやっつければいいじゃん!」

「2人の性格を考えればあり得るが、希望的観測で行動すべきではない」

 

 ケイトが淡々と却下した。隊の頭脳たる彼女はこの状況でも冷静沈着で、そして無表情だ。しかし仲間たちは彼女にも人並みの感情があることを知っており、現に今は拳を握りしめていた。

 副隊長たるザラは、静かにレオナを見つめていた。雇い主であるマダム・ルゥルゥもだ。レオナは俯いてじっと考えていたが、やがて顔を上げた。凛とした眼差しで。

 

「奴らが指定した時刻まで、もうあまり時間がありません。手紙に書いてある通り、私が1人で向かいます」

「でっ、でも! 確実に罠がありますよ!?」

「罠へ飛び込むのは慣れてます。イケスカのときもそうでした」

 

 町長へ返事をする彼女の顔には、相手を安心させるための笑みがあった。しかし敵の指示通りに動くのはやはりリスクが大きい。

 そこへ、進み出てくる男がいた。

 

「すみません、ちょっと見ていただきたいのですが……」

 

 立派な体格の割に、気弱そうなか細い声で話すその男は、ジョニー。羽衣丸で勤務していたバーテンダーであり、船が失われた今でもオウニ商会で働いている。一見すると臆病そうな人柄だが、ルゥルゥやレオナを始めとする何人かは彼の壮絶な過去を知っていた。

 彼が卓上に広げたのはキマノの地図だった。10年前までは賑わっていた都市だが、資源枯渇によって収入源を失い、急激に荒廃した。今やうら寂しい廃墟が残るのみである。

 

「キマノにはセキト団という空賊の隠れ家があったんです。ほら、このカジノの地下」

 

 地図上の大きな建物を指差すジョニー。部屋にいる全員が額を寄せ合い、地図を覗き込んだ。ザラはそれを見て納得したように頷く。

 

「ああ、ここね。確かに人を監禁するにはもってこいの場所だわ」

「ザラも見たことあるの?」

「昔ちょっとね」

 

 お決まりの台詞ではぐらかす。チカ、そして恐らくケイトもこの副隊長の過去が気になってはいたが、今はそれどころではない。

 

「2人が閉じ込められているとすれば、そこ?」

「はい、きっと。そして……」

 

 ジョニーはペンを取り出し、地図上に線を引いて行った。街の横を走る峡谷を抜け、廃墟へ至るルートを。

 

「この谷を飛行機で抜ければ、気付かれずに郊外の空き地へ降りられます。後はちょっと距離がありますが、徒歩で街へ潜りこめるかと……」

「よし、それなら二面作戦でどうだろう」

 

 自警団長が勇ましく言った。

 

「時間が無いから、レオナ隊長は敵の要求通り1人でキマノへ飛んで、戦って時間を稼いでくれ。我々自警団は腕っ節に自信のある者を選んで、赤とんぼで峡谷を抜け、敵の注意が空へ向いた隙に街へ潜入する」

 

 『赤とんぼ』こと九五式一型練習機は布張りの複葉機である。速度は遅いが、逆に言えばスピードを落としても失速しにくいということでもある。コトブキ飛行隊のような凄腕でなくても、何とか狭い峡谷を抜けられるだろう。

 

「他のコトブキの皆は、キマノの西13キロクーリルにある空の駅で待機していてくれ。そして我々が2人を救出できたら隼でキマノへ乗り込み、レオナ隊長に加勢する」

「よっしゃ! 出撃だー!」

 

 チカは居ても立っても居られない様子で拳を振り上げる。

 しかしまだ懸念があった。ロータで襲撃してきたという拳銃使いである。エリート興業社員たちの話では並大抵の使い手ではなく、もしそいつが人質を見張っていれば救出作戦自体が失敗する。対抗できそうな人物といえば、1人しかいない。

 

「……ジョニー。申し訳ないけど、救出部隊に同行して頂戴」

 

 ルゥルゥが丁寧な、しかし有無を言わせぬ口調で言った。雇い主である彼女はジョニーが妻に逃げられたことも、そのために銃を撃つことを忌避していることも知っている。そしてイケスカ動乱の際、「これが最後だ」と言っていたことも。

 

 だがジョニーの返答は予想と違うものだった。彼は引き締まった顔で頷いたのである。

 

「元よりそのつもりです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電気も途絶えた、廃墟の地下。フェイフーの持つ燭台を頼りに、クルカが盆を運んでいく。皿に乗っているのは大きなパンケーキ、それも三枚重ねだ。

 

「アンタのお父さん、つくづく大した空賊だったんだね。こんな所にこんな隠れ家を持ってて」

「ええ。今頃は不肖の息子にあの世で嘆いていることでしょう」

 

 湯気を立てるパンケーキに対し、2人の口調は冷めている。しかし仲が悪いということではない。単なる友情や愛情ではなく、共に死線をくぐってきた信頼関係があるのだ。

 ふと、クルカの方はパンケーキに目を落とし、次いで虚空を見つめた。そしてぽつりと、呟くように話を切り出した。

 

「……アンタには、あたしの親の話したっけ?」

「両親とも空賊で、もう亡くなっているとは聞いた気がしますが」

「そう。アンタのお父さんとは真逆の木っ端空賊。で、あたしが殺した」

 

 突然打ち明けられた過去に、フェイフーは表情一つ変えなかった。ただ横目で彼女の方を見ただけだ。クルカは瞬きもせず正面を向いたまま、淡々と語り続ける。

 

「あたしの弟を餓死させて、あたしにもロクに飯を食わせなかったから。親父は地上で殺して、お袋の方は空で。脱出しやがったけど、パラシュートを穴だらけにしてやった。……その後ご飯が美味しかった」

「珍しいですね。貴女が身の上話とは」

 

 相棒の変わらぬ態度に、クルカは少し吹き出した。

 

「まあね。さすがのあたしもここらが死に時かと思ってね」

「懺悔は聖職者にするものですよ」

「別に反省も後悔もする予定は無いよ。ただアンタにはあたしを覚えていて欲しいと思ってさ」

「僕が生き残る保証も無いですけどね」

 

 廊下の突き当たりのドアを開け、監禁室へと踏み入った。

 中には武装した見張りが立ち、ランプの置かれた鉄格子の向こうに、キリエとエンマは着の身着のまま閉じ込められていた。手は自由だが足枷を嵌められ、盆を手に運んできたクルカに刺すような眼差しを向けた。

 

「……お腹空いたろ。食べな」

 

 鉄格子の下部にある小さな配膳窓を開け、パンケーキの皿とナイフ、フォークを独房へ入れてやる。キリエの方は大好物の匂いに一瞬心惹かれたものの、すぐに正気に戻った。

 

「私たちをどうするつもりだ!?」

「身代金目当てなら無駄ですわよ。オウニ商会は商船を失ってスッテンテンですもの」

「知ってるよ。穴に特攻するのを見たから」

 

 平然と言ったクルカに、檻の中の2人は目を見開いた。

 

「あたしらは連合の戦闘機乗りだった。今は戦犯扱いでイケスカを追放された身分だから、まあ空賊だね」

「あら、お気の毒様」

 

 鼻で笑うように吐き捨てるエンマ。空賊たちは幼い頃両親の人の良さに漬け込み、全てを奪っていった。それ以来ずっと、彼女の敵に対する態度は一貫している。

 

「つまり私たちは逆恨みで拐われたということですわね。合点がいきましたわ」

「貴様!」

 

 見張りの男が目を血走らせ、エンマに散弾銃を向ける。だがフェイフーがその銃身を掴み、静かに首を横に振った。見張りたちは歯噛みしながらも後へ退く。

 

「好きに解釈していいけど」

 

 毒舌を受け流し、静かに配膳窓を閉めた。

 

「こっちの目的はあんたらの隊長を墜とすこと。けどあたしらの方が死ねば、アンタたちはラハマに帰れる」

「『穴』は燃えて、イサオもいなくなった! あいつの悪事も暴かれた!」

 

 キリエが声を荒げた。

 

「何のためにこんなことをするの!?」

「それは隊長に訊きなよ。議長に義理立てしてるのはあの人だから。あたしはそもそも『自由博愛』なんてフザケた名前の組織のために、命張った覚えも無いしね」

「ならどうして!?」

「飯の味付けさ」

 

 さらりと言ってのける女空賊に、エンマが思わず「はぁ?」と口走った。見張りの面々もぽかんと口を開ける。彼らは同じ飛行隊で戦った連合のパイロットたちだが、クルカも自分たちと同じくイサオの理想に翼を捧げた身だと信じていた。否、彼女がただ本心を言わなかっただけで、勝手にそうだと思い込んでいたのである。

 

「敵機を墜として、命のやり取りした後の飯がたまらなく美味いんだよ。自分で料理するときも、空戦の後の方がインスピレーションが湧くしね」

 

 微笑を浮かべつつ、あくまでも淡々と語るクルカ。だがその目と言葉からは狂気じみた一面が感じられた。単なる金目当ての業突く張りな悪党よりタチの悪い、人間としてどこか壊れている印象が。

 

「だから戦闘機でドンパチできる場所が欲しいってだけさ。殺しができる環境が」

「……そのためだけに、街を焼き払う蛮行に加担したと仰るの?」

 

 尋ねるエンマの声は冷静ではなかった。むしろ怒りに震えていたし、飛行機乗りの直感で確信していた。この女は狂っている、と。あのイサオと同じく息をするように機銃を撃ち、他者を傷つけることを何とも思っていない、そんな人間なのだと。

 それに対し、女空賊は白い歯を見せて笑った。

 

「美味い飯の魅力には勝てないよ」

「……クソ虫が」

 

 エンマは吐き捨てた。

 

「イサオはともかく、一介の戦闘機乗りであった貴女方にはそれなりの信念があったのかもしれない……そう一瞬でも思った私が愚かでしたわ。とっととレオナに墜とされてらっしゃい!」

 

 近くに銃を持った見張りがいるにも関わらず、遠慮の無い罵声を浴びせる。幼馴染であるキリエにとっては聞き慣れた彼女の毒舌だが、クルカは「ふむ」と何やら考え込む。

 

「クソ虫、クソ虫ねぇ……ユーハングじゃこういうのを『目クソが鼻クソを嗤う』とか言うんだっけね」

「何ですって!?」

「誰が目クソだ!?」

 

 目を血走らせんばかりの勢いで怒る2人。それに対する彼女の視線は冷ややかだった。

 

「敵機を撃墜してスカッとしたことは無い? 相手に力の差を見せつけていい気分になったことは? 撃墜数()が増えて嬉しいと思ったことは? 帰還した後に酒を一杯引っ掛けたり、お茶を飲んだり、甘いもの食べたりして『生きてる』って実感したことは?」

 

 ひたすらに淡々とまくしたてる相棒を、フェイフーはじっと見ていた。他の仲間達は明らかに動揺していたが、彼だけはクルカの本性に以前から気づいていたし、その上で共に戦っていた。自分と組む分にはそれでも問題無いと思ったからだ。

 

「戦う理由に何の意味があるって? 戦闘機に乗って、人様に機銃を撃った時点で……皆同じ穴のクソ虫さ」

 

 直後、クルカの口元へ水滴が付着した。エンマが唾を吐きかけたのだ。少しの間を置いて、クルカはそれを舌で舐めとり、立ち上がった。殺し合いの準備をする時間だ。

 空いた盆を手に踵を返し、フェイフーも後へ続く。見張りたちに「脱走しない限り決して殺さないように」と釘を刺してから。

 

 しかしドアを閉める前に、クルカはポツリと呟いた。

 

「アタシらの方が死んだら、レオナさんとやらはその後どんな顔で飯を食うだろうね……?」

 

 

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