荒野のコトブキ飛行隊 イケスカの残照   作:流水郎

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奪還

 

 夕陽に照らされる廃墟の中。6人の男たちが壁伝いに走っていた。建物の合間に爆音が響き、それに紛れて機銃の発射音も微かに聞こえる。そして上空には見慣れない戦闘機が旋回していた。

 

「飛燕でも彗星でもねーぞ……何だありゃ?」

「トキワギ、隠れろ!」

 

 ラハマ自警団長が叫ぶ。彼らが慌てて狭い路地へ逃げ込んだ直後、大通りを戦闘機が飛び抜けて行った。レオナの隼I型、次いで九五式戦闘機が2機。狭い街の只中で空戦機動をやってのけるコトブキの技量に、自警団の面々は改めて感服する。

 彼ら人質救出チームはカービン銃や狩猟用の散弾銃で武装していた。滅多に使っていない自警団の備品を大急ぎで整備して持ち出したのである。一方のジョニーはお守り兼コレクションの銃を持参し、先頭に立って仲間達を案内していた。

 そしてイケスカ動乱の後に余った、爆薬も携行している。

 

 同時に頭上を旋回する謎の戦闘機にも目をやり、望遠鏡で垂直尾翼のマーキングを確認した。赤い塗料で描かれた馬のシルエットだ。

 

「間違い無い……やっぱり彼か……だけど地上にはいない……」

 

 溜息を吐くと、もう持たないと誓ったはずの拳銃を手に先を急ぐ。目指すはキリエたちが捕まっているであろう場所……空賊セキト団のかつての隠れ家だ。

 

「行きましょう。後少しです」

 

 いつものように線の細い、気弱そうな声で仲間を促すジョニー。しかしその目には明らかな決意、そして覚悟があった。

 

 

 

 

 

 

 

 廃墟の上空を飛ぶフェイフーは、ビルの隙間に動く何かが見えた気がした。しかしそれが何なのか確かめる暇もなく、狩りを続けねばならない。

 

 イジツは都市間の距離が大きく離れているため、通信技術は非常に発達している。機上無線機もオリジナルより遥かに高性能だ。フェイフーも隊長の声に耳を済ませ、連携プレーに徹する。

 

《フェイフー、聖堂前に先回りして攻撃!》

「了解」

 

 返事をする声は機械のように冷静だった。スロットルを開き、増速。彼の機体は液冷エンジンを唸らせ、力強く飛ぶ。隼より優れた機体、というには凡庸で、小回りは効かない。機首に大口を開けたラジエーターもまた空気抵抗が大きい。

 だが12.7mm機銃6丁による弾丸のシャワーは相手を撹乱できるし、防弾もしっかりとしている。

 

 ラジエーターのカウルフラップを閉じ、機体をぐっと降下させる。聖堂の前を横切ろうとするレオナ機を、光像照準器のガラス越しに捉えた。真後ろではなく上方からの攻撃なので、相手の未来位置を見越して照準を合わせる。

 

「……捕捉!」

 

 しかし撃つ直前、レオナが操縦席からこちらを見上げているのが見えた。放たれた曳光弾の光が達する前に、隼は機体を垂直に傾ける。建物の壁に腹面を擦り付けるような飛行で射弾を回避した。

 フェイフーは止むを得ずカウルフラップを開いて再上昇するしかなかった。位置エネルギーを失ってはこちらに勝ち目はないのだ。

 

「かわされました」

《了解、引き続き上方をキープして》

 

 マイカもまた、覚悟を決めた声だ。相手の技量は流石に大したものだが、3機での波状攻撃をいつまでも受け続ければやがて疲労し、避けきれなくなるはずだ。しかし九五式は隼より航続力が劣っているため、それまでに仕留めねばならない。

 フェイフーは増槽をまだ捨てていなかった。この機体はユーハング戦闘機ほど航続距離が無いのだ。

 

 その一方、先ほど市街地に見えた何かがやはり気になった。敵が人質を助け出そうとする可能性は考慮していたが、どこに監禁しているか分かるとは思えない。彼の父の残した隠れ家は見つけにくい。

 だが万一に備え、フェイフーは対地上用通信機の受話器を取った。

 

「地上班へ通達。敵が市街に潜り込んでいる可能性あり。人質周囲の警戒を厳に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリエとエンマは脱出の機会を伺ってはいた。しかし見張りから常に監視されている中では足枷を外すことすらままならない。

 レオナはもう上空で戦っているのだろうか。当然2人は隊長の腕前はよく知っているが、敵の数が分からない以上安心はできない。それにあの狂った女もかなりの強者だと、戦闘機乗りの勘で分かる。如何にレオナと言えど一筋縄ではいかないだろう。

 

 翼を捥がれた鳥ほど惨めなものはない……2人はつくづく思い知った。

 そして自分たちをこんな目に遭わせた空賊への怒りもこみ上げる。今戦闘機に乗れたら、この感情を何倍にもして叩き返してやれる。

 だがそれは、あの女が言ったことを肯定することにならないだろうか……?

 

「……サブジーだったら、どうするんだろう……?」

 

 キリエがポツリと呟いた。

 

「……貴女に操縦を教えた、ユーハングのご老人のこと?」

 

 幼馴染みであるエンマは彼女がこの道に入ったきっかけを、いくらかは知っていた。尾翼に描いた赤い鳥の由来や、因縁の零戦乗りが同じ老人の弟子だったことも聞いた。

 

「サブジーは多分、元々は戦う人じゃなかったんだと思う。でもきっと、私とは比べ物にならないくらい、嫌なものをいっぱい見続けてきたんだと思う。だからきっと、ユーハングにも帰らないで……」

「おい、静かにしろ」

 

 見張りに銃口を突きつけられ、キリエはムスッとした顔で押し黙った。

 

 しかし場が沈黙したのは一瞬のことだった。突如爆発音が地下牢に木霊したのである。

 見張りの空賊たちは驚きつつも、吹き飛んできた木屑や粉塵から反射的に逃れようとした。しかし彼らの「何だ!?」という叫びの直後、数発の銃声が響く。体にゴム弾が食い込み、短い悲鳴を上げて倒れていく。

 

 残った1人が鉄格子の合間に散弾銃を入れ、エンマの眉間に銃口を押し付けた。

 

「動くな! 動いたらこいつを……」

 

 男の言葉はそこで途切れた。エンマが銃身を掴んで自分から逸らしつつ、檻の中へ引き込んだのである。

 さらに彼女は彼の手に思い切り噛み付いたのだ。男が悲鳴を上げた直後、ゴム弾が命中した。肉体がドサリと倒れる音に続き、爆破されたドアからバタバタと駆け込んでくる足音が響く。

 

 先頭に立つのは両手に拳銃を構えたジョニーその人だった。

 

「2人とも、無事かい?」

「ジョニー!」

「来てくださったのですね! 自警団の皆様も!」

 

 後から続く自警団員たちは即座に檻の鍵を開け、2人の足枷を外しにかかる。団長はジョニーの手並みに舌を巻いた。

 

「さすが噂に違わぬ早撃ちの名手……“逃げられジョニー”か」

「その名前は止してください」

 

 左手の銃のみをホルスターに収めつつ、空賊たちがしっかりと気絶していることを確認する。キリエは彼の真剣かつ覚悟を決めた眼差しに、何か違和感を覚えた。ジョニーが銃を撃つところは前にも見たが、そのときとは雰囲気がガラリと変わっている。

 団長は通信機を持った団員に、待機中のザラたちへ連絡するよう命じた。次いでキリエとエンマに状況を説明する。

 

「地上にいた空賊は全て制圧した。と言っても、ジョニーがほぼ1人で片付けたんだが」

「お、俺だって1人倒したぞ! チカ姐さん直伝の飛行機投げで!」

 

 戦果を主張するトキワギを他所に、キリエはジョニーをじっと見て、質問を投げかける。

 

「撃っちゃった、って言わないの?」

「もちろん、撃ちたくはないよ」

 

 全ての空賊を確認し、拳銃に安全装置をかける。だが彼の目は言っていた。まだ終わっていない、と。

 

「でも自分で志願したんだ。僕がやらなくちゃいけないことだから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空の駅で待機するチカはとにかく暇を持て余していた。キマノから人がいなくなった頃に放棄された駅のため、飲食物も売られていない。大事にしているアノマロカリスのぬいぐるみもラハマに置いてきてしまった。「マロちゃんを危ない目に遭わせたくない」という自分の判断だが、今彼がここにいればどれだけ気がまぎれるだろう。

 

 いっそのこと、いつものようにキリエと喧嘩でもしていた方がマシだ。無事にキリエを助け出したら、本気でやり合ってみようか。格闘術の特訓ということにすればレオナも怒らないだろう。キリエも拐われないくらい強くなれるだろうし……

 

「心配?」

 

 いつのまにか、ザラが側まで来ていた。いつも通りの微笑を浮かべて。

 

「まさか。レオナが負けるわけないし!」

「キリエとエンマは?」

「は、はぁ⁉︎ エンマはともかく、キリエは殺されたくらいじゃ死なないし、むしろいっぺん痛い目見た方がいいくらいだし!」

 

 分かりやすい返答だった。思わず笑い声を漏らすザラに、チカは口を尖らせる。

 

「……レオナ、今頃戦ってるかな?」

「多分ね」

「ジョニーたちにどうなってるか聞けないの?」

「万一通信を傍受されたら、こっちの動きが相手に知られちゃうわ」

 

 ゆっくりとした口調でチカを宥める。飛行隊の一番槍たるチカからすれば、彼女の落ち着きぶりはどこから出てくるのかが気になる。自分が短気だということは自覚しているが、ザラの冷静さはレオナともケイトとも違うように感じた。

 

「ザラは心配じゃないの?」

「心配よ」

 

 あっさりと答えた副隊長の顔には、やはり笑みがあった。

 

「でも私が仲間を心配するときって、2種類あるの。仲間を助けに行かなきゃいけないときと、仲間を信じなきゃいけないときと、ね」

 

 ザラはレオナと並び、コトブキ飛行隊の最古参メンバーだ。昔空の駅で働いていたということ以外、隊員で彼女の経歴を知る者はレオナしかいない。彼女たち2人の信頼関係は揺るぎないもので、単なる仕事仲間というレベルを超えた友情を築いていた。

 だからこそ、彼女はレオナのために冷静でいられる。それが自分のするべきことだから。

 

 

「ザラ、チカ」

 

 ふいにケイトが駆け寄ってきた。手にエンジン始動用のエナーシャハンドルが握られているのを見て、チカはハッと顔を上げた。

 

「連絡、来たの!?」

「救出部隊がエンマとキリエを確保。出番が来た」

「よっしゃあ!」

 

 素早く腰を上げ、愛機へと駆け寄るチカ。彼女の隼はピンク色のマーキングに加え、好きな絵本のキャラクター「海のウーミ」が描かれている。明るさを失わない、彼女の分身のような機体だ。

 いつも通りのチカに戻ったのを見て、ザラも愛機へと走った。

 

「待ってて、レオナ。すぐに行くわ!」

 

 

 

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