荒野のコトブキ飛行隊 イケスカの残照   作:流水郎

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命の捨て所

 廃墟の上空……正確には建物の合間では、激しい空中機動(マニューバー)の応酬が続いていた。レオナは卓越した技量によって善戦していたが、少しずつ追い詰められていた。狭い市街地で波状攻撃を仕掛けられ、それを単独で受け続けているのだ。脳内のアドレナリンによって疲労感はないが、急旋回のGに耐えつつ反撃の機会を狙うのはかなりの負担となる。彼女の心を支えているのは歴戦を経たという自負と、仲間達が来てくれるという確信だった。

 

 上空から市街戦を俯瞰するフェイフーは彼女の技量に舌を巻いていた。紙一重で攻撃を交わし、活路を塞がれても即座に次の道を見つける。敵ながら真のエースパイロットだ。

 しかし徐々に、本当に僅かではあるが、隼の動きは切れ味が悪くなってきている。そのことをフェイフーの目は見逃さなかった。

 

《フェイフー、大通り! 挟み撃ちよ!》

「了解」

 

 フェイフーの空間認識能力は卓越していた。建物の合間を飛び回る敵味方の位置を正確に把握して、必要に応じて的確な攻撃を行う。

 マイカとクルカの連携によって追い込まれるレオナ機を捕捉し、その進路上に回り込む。街の中央を貫く大通りを、隼が地面を舐めるかのような超低空で飛び抜ける。

 

 マイカの九五式も同様の低空飛行で追撃。クルカもその後方に着いた。

 今までの察しの良さからすれば、フェイフーが降下攻撃を仕掛けてもかわされるかもしれない。しかし避けた瞬間に後ろの2人が追撃できるため、狭い市街地では逃げ切れないはず。

 

 勝負はここで決める。マイカへの義理を果たす。

 

 フェイフーは機体を急降下に入れた。だがその刹那、周囲を曳光弾の煙が掠めたのである。

 

「新手か!?」

 

 反射的に操縦桿を引いて再上昇。機体を横転させ、敵の姿を確認する。

 3機編隊を組んだ一式戦闘機『隼』だった。まだ必中射程にはほど遠く、今の射撃はフェイフーに攻撃を止めさせるのが目的だったのだろう。そしてこの状況で現れる隼となれば、コトブキ飛行隊しかいない。

 

「隊長、敵の増援です。一式戦が3機」

 

 報告し、次いで対地無線機の受話器を取る。

 

「地上班、応答せよ。地上班!」

 

 無線機に向かい叫んでも、言葉は返ってこない。人質は奪還された……そう判断した途端、フェイフーは使用する燃料タンクを切り替え、増槽を切り離した。銀色をした卵型のタンクが廃墟へと落下していく。

 

「やはり上手くはいかないか……」

 

 ホルスターに収めた拳銃をちらりと見て、フェイフーは覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆けつけたザラ達は、空中で謎の戦闘機と踊り始める。最初は彗星かと思ったが操縦席は単座のようで、戦闘機として設計されたものだ。ショウト自警団のと似た濃緑と茶色の迷彩塗装で、尾翼には赤い馬のマーク……ジョニーの言っていた空賊セキト団の旗印が確認できた。ラジエーターに描かれたシャークマウスは何とも不気味だ。

 

《何あの口!? なんかムカつく!》

《機種はP-40と推定》

 

 ストレートな感想を述べるチカに対し、ケイトの方はいつも通りの冷めた声で分析した。聞きなれない機種である。ザラとて「キ」で始まる通し番号や、「A6M2」などと言った略符号はある程度知っているが、「P-40」なる呼び名は聞いたことがない。

 

「ケイト、見たことあるの?」

《アレンの集めた資料に写真が載っていた。ユーハングが少数をイジツに持ち込み、試験に使っていた機種。ただしユーハングの設計ではない》

《何それ、ややこしい!》

《スペック上の最高速度、火力、防弾は隼I型より上。ただし低空での格闘ならこちらが有利》

 

 ザラはちらりと廃墟を見下ろした。レオナの隼が戦っている相手は旧式の九五式戦闘機。しかし付き合いの長いザラには、機体の動きから彼女の疲労が見て取れた。

 

「ケイト、チカ。私はレオナの所に行くわ」

《了解》

《分かった! この大口野郎は任せて!》

 

 P-40は旋回しつつ正面から迫ってくる。向かい合っての撃ち合いでは火力の高い方が有利だ。3機の隼はそれぞれ散開して射線をかわす。

 

 ザラだけは右へ横転して垂直旋回に入ったのち、右側のラダーを踏み込んだ。彼女の愛機、黄色の流れ星があしらわれた隼は下へ横滑りを起こし、廃墟へと舞い降りていく。ちらりと後ろを向いて敵機を確認。P-40はザラ機へ機首を向けようとしているが、すでにケイトとチカが背後へ回っていた。背中は彼女たちに任せればいい。

 

 かつて賑わっていたキマノの商店街へ飛び込み、無線の周波数を切り替える。レオナとの通話のみに使用する周波数に。

 

「レオナ、聞こえる? 今着いたわ」

《ザラ! キリエとエンマは!?》

 

 すぐに返事が返ってきたので、ザラは少し安心した。アレシマ防空戦のときと違い、隊長は冷静さを保てているようだ。

 そして苦境にも関わらず真っ先に仲間の心配をする辺り、よい意味で彼女らしい。

 

「無事確保したって。後は私たちが勝つだけよ」

《ありがとう。敵の狙いは私だ、囮になる!》

「わかったわ」

 

 息の合った連携がコトブキ飛行隊の強みだ。如何に個々の力量が優れていようと、使用機材は旧式の隼I型。それだけではイジツに名を馳せる精鋭集団にはなれない。2機1組を最小単位とするロッテ戦法あってこそ、コトブキ飛行隊は数々の視線を潜り抜けて来たのである。

 

 曲がり角を旋回して抜け、やや高度を上げる。ザラはレオナを追う九五式の、さらに背後を取った。

 

 

 

 対する九五式戦闘機……マイカの後衛に着くクルカは後上方を見上げ、ザラ機の接近に気づいた。飛行帽からはみ出たおさげが風に靡く。

 連合にいた頃、彼女は“タカの眼”の異名を取っていた。単なる視力の良さだけではなく、敵を察知する能力に長けているためだ。今乗っている九五式は正面にしか風防のない開放式操縦席、感覚も一層研ぎ澄まされる。

 

「隊長、後ろに敵」

 

 警告したとき、マイカはレオナの隼へ射撃していた。7.7mm機銃は回避機動を行うレオナ機に当たらず、虚しく空を切った。

 クルカは隊長が焦り始めていることを察知した。機銃を撃つ時間が長くなってきたのだ。空戦において長撃ちは厳禁だが、それを無視し始めている。そして警告を聞いたにも関わらず、回避運動を取るまで一瞬の間があった。

 

 そして既に、後上方から迫る隼はマイカ機を射程内に納めていた。

 

「チッ……!」

 

 舌打ちとともにスロットルを開き、操縦桿を引く。クルカの九五式はぐっと機首を上げ、マイカ機とザラ機の間に割って入った。

 刹那、被弾の振動と共にオイルが飛散した。ザラの射撃がクルカ機のエンジン部を捉えたのだ。液冷エンジンは空冷に比べて被弾に弱く、たちまち黒煙を吹き出す。小さな風防は真っ黒になり、クルカのゴーグルにも漏れたオイルが付着した。

 

《クルカ!》

 

 無線機越しに隊長の叫びが聞こえた。

 

《不時着して! クルカ!》

 

 その言葉を聞いた途端、クルカは生死のかかった状況にも関わらず吹き出した。このお人好しの隊長は、自分のような人でなしを此の期に及んで生かそうと言うのか。この戦争中毒者に、生きていて欲しいと本気で思っているのだろうか。

 

 全く、救い難い。彼女はクソ虫には向かない。

 

 流れ星模様の隼は一時機首を上げた。再度マイカ機を狙い、攻撃を仕掛けてくるだろう。だがその瞬間が自分にとって最後のチャンスであることを、“タカの眼”は見逃さなかった。ゴーグルに飛び散ったオイルをマフラーで拭き取り、しっかりと敵の動きを視認する

 

「弾は飛びくる マストは折れる」

 

 不意に口から出た歌。ユーハングの飛行機乗りたちが歌った哀歌だ。

 

「ここが命のネ 捨て所 ダンチョネ」

 

 クルカは機体を全力で旋回させていた。操縦桿を力任せに振り回し、機首を強引に敵機へ……ザラへと向ける。

 急激な旋回によるGが機体を襲った。上下の翼を支える張り線が悲鳴を上げて軋み、すぐに千切れた。上翼も捲れあがり、やがては折れ飛んだ。哀れな複葉戦闘機はバラバラに空中分解を始め、エンジンからは相変わらず黒煙を上げていた。

 

 しかしそれでも、ザラの操る隼へ突っ込むことはできる。相手が驚愕の表情を浮かべるのが一瞬だけ見えた。

 まともに衝突はしなかった。しかし千切れていく翼が隼の翼端と接触、捥ぎ取った。

 

 ザマアミロ。笑みを浮かべたまま、クルカは愛機が墜ちていくのに任せた。無線機からマイカの叫び声が聞こえる。もう美味い飯も食べられなくなる。だが、これでいい。

 両親を殺して以来、自分は長生きしたいとか、楽に死にたいとか、そんな図々しいことを考えたことはない。最後まで好きなように生きて、空戦でくたばるなら上等だ。それに、これでお人好し隊長の寿命もほんの少しは延びただろう。

 

 だから、ここらで死んでやろう。

 

 クルカが目を閉ざした直後、九五式戦闘機は大地と接吻した。明灰色の機体は地面で大きくバウンドし、翼が完全にバラバラになる。体が機外へ放り出された。

 惰性で路上をいくらか滑走した後、廃墟の建物へと衝突。破片が飛び散り、黒煙と炎が吹き上がった。

 

 

 一方のザラも体当たりで翼端を損傷し、路上へ不時着を強いられた。車輪を出す暇の無い胴体着陸。2枚のプロペラは折れ飛び、ザラの体にも激しい衝撃が伝わったが、隼は無事に静止した。

 

「もうっ、サイアク~!」

 

 あらかじめ風防を開けた操縦席から降り、ザラは嘆息した。やってきて早々こんなことになろうとは。相手の戦意と覚悟を侮っていた。

 だが無駄ではなかった。レオナを追う九五式は一機だけとなり、頭上ではチカとケイトがP-40を押さえている。レオナの愛機、緑の帯が描かれた隼は機首を上げ、廃墟の上へと昇っていく。入り組んだ市街地を出てしまえば単葉機の隼が有利だ。

 

 傷ついた愛機の傍らで、ザラは踊り続ける戦闘機たちを見守ることにした。

 

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