荒野のコトブキ飛行隊 イケスカの残照   作:流水郎

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野望と理想と

 

 

「『穴』はこの僕が独占し、管理する」

 

 執務室へ参じたマイカに、イサオは得意げに宣言した。背後に立つ彼の執事は直立不動で、じっと主の言葉と、それを聞くマイカの反応に耳を傾けていた。

 トキワ・ブユウ商会のトップにしてイケスカ市長、そして自由博愛連合の議長を務める男。かつて“天上の奇術師”と呼ばれた天才パイロットでもあり、その技量は未でも衰えていない。そんな彼の英雄的行為や人を動かす能力を前に、イジツの未来を憂う人々が次々と傘下に加わっている。8年前の大空戦で彼に助けられたマイカもまた、それ以来仕え続けてきた。最初は商会お抱えのパイロットとして、今では自由博愛連合の一飛行隊長として。

 

「もちろん、『穴』からもたらされる恩恵は僕を通じて、連合の諸都市にパパーンと分配するよ。ただ1つ、イジツのパワーバランスを一変させる『スゴイ兵器』を除いてね」

「凄い兵器……あの噴進式戦闘機のような?」

「残念! 飛行機じゃないんだ」

 

 陽気に答えつつ、イサオは執事の方を顧みた。

 

「ユーハングがイジツから撤退した理由にも、その兵器が絡んでるっぽいんだよね。何て言ったっけ?」

「『ちっちゃな少年(リトルボーイ)』と『太っちょ男(ファットマン)』ですな」

「そう、ソレ!」

 

 パチンと指を鳴らし、ポケットから折りたたまれた紙切れを取り出す。卓上に広げられたそれはイケスカ市の地図だった。大きな沼に寄り添って築かれた、イジツで最も発展した都市である。ただ地図に描かれた街には、軍事機密となる高射砲塔や秘匿飛行場などが存在していない。

 

「もし穴の向こうから来た人たちが、仮に僕らのイケスカにそれを投下すれば……」

 

 その瞬間、軽い炸裂音と共に煙が巻き上がった。マイカが反射的に顔を庇ったとき、部屋中に紙くずが散らばっていた。バラバラに引き裂かれた、イケスカの地図が。

 

「……たった一発で、こんなことになる。ハッキリ言って、侵略戦争を仕掛けられたら絶対に勝てない!」

「お片づけはご自分でなさいますように」

 

 執事がぴしゃりと言い放ち、イサオは止むを得ず机の下から箒と塵取りを出した。要するにその『スゴイ兵器』というのは超強力な爆弾のことらしい。大都市イケスカが一瞬で焼き尽くされるような。

 その説明を受けてもマイカは今ひとつ実感が湧かなかった。富嶽の大編隊と同等の破壊力を、たった一発の爆弾で達成できるというのか。だがかつて一瞬だけ空いた『穴』の向こうから迷い込んだ謎の戦闘機を、マイカも見たことがある。あのような代物を開発できる技術力があれば、あるいは可能かもしれない。

 

 しかしかつてユーハングがイジツにやってきた時、彼らはイジツより遥かに進んだ技術を持っていただけでなく、豊かな生活をしていたはずだ。自分の好物であるパンケーキやカレーライスといった料理も、『穴』の向こうから渡来したものである。そして今のイジツは資源も枯渇しつつあり、未来が危ぶまれている状況だ。

 

「そのような兵器を使ってまで、『穴』の向こうの人たちがイジツを侵略する必要はあるのですか? 彼らにとってメリットがあるようには……」

「そう、そこなんだ! ……ちょっと待ってて」

 

 部屋中を駆け回り、手早く地図の残骸を集めて回る。こうしたところは一介の戦闘機乗りだった頃から変わっていない。

 やがてイサオは塵取りに溜まった紙くずを掌で丸めた。そしてパッと手を広げると、それは新しい地図に変わっていた。今度はイケスカではなく、広範囲に点在する都市の位置を示す地図である。イケスカ、アレシマ、ガドール、イヅルマ、タネガシ、ポロッカなどの都市国家、その合間にある補給所などが点と名前で記されている。

 だがそれ以外に、赤い×印がいくつか付けられていた。

 

「極秘裏に調べたんだけど、このバッテン印。これ、今言ったスゴイ兵器を作るのに必要な物質が埋まってる鉱床なんだ。どこも埋蔵量はかなりのものだよ」

「兵器のみならず、発電や乗り物の動力源にも応用できるようです。それもガソリンなどとは比べものにならないエネルギーを生み出す」

 

 執事が捕捉した。イサオの知っている機密情報を全て共有しているのはこの老人のみだ。あの迷子戦闘機と共に『穴』の向こうから手に入れた情報も、彼は全て知っている。

 

「使う技術のある者なら、喉から手が出るほど欲しいでしょうな。武力行使をしてでも」

「でもこれはチャンスにもなる。向こうの人たちだって『穴』が繋がっていきなり侵略はしないはずだ。まずはお互いに人を送って、相手のことを知る段階がある。その間に鉱床のことを内緒にしつつ、ヤバイ爆弾の製法を向こう側から手に入れちゃう」

 

 それを聞いてマイカは合点がいった。イサオの狙いがやっと分かった。

 

「イジツでその兵器を作る、ということですか」

「そう! その力があれば、イジツ中の誰だって僕らの連合と戦おうなんて思わなくなる!」

 

ユーリア女史はどうだか分からないけどね、とイサオは笑う。富嶽による猛爆撃に膝を屈さない相手にも、それだけの強力な爆弾なら抑止力になり得る。

マイカは彼の言葉に希望を見出した。自分の両親の命を奪った、都市間の抗争もそれできっとなくなると。

 

「そしてヤバイ爆弾がイジツにあれば、向こう側の人たちもわざわざ武力で征服するより、持ちつ持たれつ仲良しこよしでやっていく方が得だと思うでしょ。そうなれば……」

「その鉱石を『穴』の向こうへ輸出し、見返りとして様々な技術や物資を入手できる」

「正解!」

 

 再び「ポン」と炸裂音がして、イサオの指先から◯型の煙が弾けた。新たなエネルギー源に加え、再び『穴』の向こうから多大な恩恵を得ることができれば、枯れ果てていくイジツは一気に蘇るだろう。さらに争いに対する抑止力も得られる。

 まさかここまで用意周到かつ、壮大な計画があるとはマイカも思わなかった。イサオは何年もかけてユーハングのことを調べ、この計画を立ててきたのだろう。もしかしたら“天上の奇術師”と呼ばれた、一介の戦闘機乗りだった頃からこれを考えていたのかもしれない。自分がリノーチ大空戦で彼に救われてから、ずっと。そしてそれを自分に話してくれたのは、信頼の証に他ならない。

 

「素晴らしい計画です。無謀と思われるかもしれませんが、議長なら必ず実現できます」

「ありがとう。ただね、ちょっと君に確認しておきたいんだ」

 

 イサオが地図のうちの一点……アレシマに視線を落とした。少し前、ガドール評議会議員との会談のために訪れた都市だ。

 

「僕、アレシマでユーリア女史に言ったんだよね。自由が大事だと言うけど、バーベキューでみんなが好き勝手に焼き始めて、全部焦げ焦げ~、ってこともあるでしょって」

 

 その台詞には確かに覚えがあった。アレシマ市のサンフィッシュホテルで行われた会談は、マイカもラジオで聞いていた。

 

「そしたら彼女はこう言った。順番に焼くとして、その順番は誰が決めるの~? って。彼女らしい言葉だけど、確かに難しい問題だよね、そりゃ」

 

 いつも通りの微笑を浮かべたまま、議長は真っ直ぐにマイカを見据えた。

 

「マイカ君はどう思う?」

「私なら、貴方に焼く順番を委ねます」

 

 即答だった。彼の元で戦うと決めたとき、そして国家統一連合構想を聞いたときからそれは決まっている。戦闘機乗りとして忠義を捧げるべき相手は彼であると。

 イサオは満足げに頷くと、次の話を切り出した。

 

「ありがとう。じゃあ君を見込んで、任務をお願いしちゃおう」

「喜んで」

「今日の正午、インノに向けてお使いを送る。君たち親衛第四飛行隊にはその護衛をしてもらう」

 

 地図上に指を滑らせ、イケスカ市からインノの町へ向かうルートを描き出す。インノは暴力や人身売買の横行する町であり、盗賊の根城にもなっている。だが闇の情報を入手するためには、タネガシと並んで抑えておくべき町だ。

 しかしイサオがマイカに命じた任務は、単なる護衛ではなかった。

 

「その帰りにトシロウ君を撃墜するんだ。彼は叛逆を企てている」

 

 マイカは思わず目を見開いた。だが議長の顔からいつもの笑みが消えているのを見て、本気だと気付いた。

 そして自分の相棒が、日頃の任務に多大な不満を抱いていることも当然知っていた。

 

「彼は必要悪というものを理解できなかったみたいだ。残念だよ、僕と同じ思いを持っている人なのに」

「左様ですな」

 

 執事が頷く。

 

「彼は子供の頃のイサオ様によく似ていると思いました。枯れ果てていくイジツでの、決まり切った毎日に閉塞感を感じていたあの頃に」

「今だってそうだよ、僕は。だからトシロウ君とは友達になれると思ったんだけどね……」

 

 溜息を一つ吐いた後、彼の顔に再び笑顔が戻った。そのとき初めて、マイカは彼の笑みに邪悪なものを感じた。

 

「だからさ、せめて空で死なせてあげよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………過ぎ去った時間が記憶の中に沈む。淀んだ意識が、少しずつ覚醒していく。

 

 目を開けた先にあったのは、見慣れない白い天井だった。電灯は消されていたが、窓から入ってくる日差しがあるため明るい。

 自分が柔らかなベッドに寝かされていることに気づき、ハッと身を起こす。左足に鈍い痛みを感じた。衣服は病院内で使うガウンに着替えさせられていて、脚の銃槍は包帯を巻いて処置されている。記憶の糸を手繰り、マイカは自分が敗れたこと、そして生きていることに気付いた。

 

 そして部屋の中には他にもう1人いた。赤髪をポニーテールに結った、マイカのよく知る飛行機乗りが。

 

「……気がついたか?」

 

 花瓶の水を替えていた彼女……レオナは澄んだ瞳でマイカを顧みた。

 

 




すみません、完結まで一気に書くのは無理でした。
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