灯台守の訪問者   作:アンジョロ

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遅ればせながらこっちも更新です。


9人目

迷った、完全に。

異国の地で一人で炎天下の中。

たまの休暇に少しその辺でも散歩するかと考え基地を出たはいいが道がわからない。

どころか車が走っている向きも電車の乗り方も故国とはあまりに違い過ぎる。

あてもなく歩いた結果迷ったわけである。

 

「あーもう、どこなのよここ。」

 

噴き出る汗と日本の夏特有の湿度の高い空気が不快感を倍増させる。

 

「誰か…。」

 

これだけは言うまいと思っていたが、ついぞ口に出してしまった。

 

「誰か助けてぇ。」

 

悲痛な呟きは生い茂る木々と鳴き続ける蝉と陽炎のたつアスファルトに吸い込まれた。

 

・・・

 

この炎天下自転車で買い出しに出たのは完全に失敗だった。

久しぶりにミニベロを引っ張り出した。

寅之助愛用のミニベロロードバイクにはカゴがついていない為買ったものは背中のリュックに放り込まれる。

暑くて暑くて仕方ない。

 

「あーー、激坂。」

 

目の前に斜度の高そうな坂が現れる。

背中のリュックが重力を増し、油の抜けきったチェーンは軋みペダルの抵抗を増す。

寅之助は立ち漕ぎでえっちらおっちら漕いでいた。

車道を挟んで反対側に金色の長髪をはためかせた女が歩いている。

一度で良いからあんな子と街を歩いてみたいものである。

しかし今はスルーさせていただこう、早く家に帰りたい、帰ってアイス食いたい。

 

「ちょと、あなた。」

 

後十数メートルで登り切れる所で反対側の歩道から声が掛かった。

いや、嫌な予感はしてたんだよなんかキョロキョロ辺りを見回してるし、スルーしようとしたら縋るように手を伸ばしてくるし。

 

「はい、なんでしょうか?」

「何よその顔、なんか文句あるわけ?」

 

顔がグッと近寄ってきた。

いかんいかん、めんどくささがつい顔に出てしまった。

近い近い近い。

反射的に顔を横に向ける。

目を合わせたら負けだ。

顔に血が上っていくのを感じたが元々暑いしそんなに変わらない…よな?

 

「いえ、暑いなと。」

「ふぅん、まあいいわ。」

 

女は顔を引っ込めるとコホンと可愛く咳払いをした。

 

「あなたに私をエスコートする権利をあげるわ。」

 

前言撤回である。

光栄に思いなさいとでも言いたげに豊満な胸を張る。

 

「光栄に思いなさい。」

 

しまいにゃ言ったよ。

めんどくさいなこいつ、こう言う手前は適当にあしらって逃げるのが正解だ。

この炎天下の中ただでさえ気が立っているのだ、勘弁して欲しい他人に気を遣っている暇はない。

寅之助はうやうやしく申し訳なさそうなふりをする。

 

「誠に残念なのですがその権利は放棄させていただきます。」

 

早口で、出来るだけ早口で。

一刻も早くこの場を脱出するのだ。

 

「この坂真っ直ぐ下って道なりに行けば駅があるので、レディのエスコート権はそこの駅員さんにお譲りします。いい人なんでしっかり道案内してくれますよ。」

 

すまん名も知らぬ駅員の人、頑張ってくれ。

こいつはきっとめんどくさいぞ。

 

「それでは、自分急いでいますので。」

 

寅之助はそう言い捨てて残りの坂道を駆け上がる。

後は下り坂だ、この時ばかりは背中の重りが役に立つ。

歩行者が自転車に追いつけるわけない。

背中から何か声が聞こえるが無視した。

殿畑寅之助、風になります。

 

・・・

 

意気揚々と坂を下ったは良いがしばらく走るともう一個上り坂が出てきた。

この坂が国道から灯台へと直接続く坂で正にラストスパートである。

さっきコンビニで我慢できずにアイスを食っておいてよかった。

でなければ心を折られていた。

そんなに長い坂ではないから一気に駆け上がる。

駆け上がった先では一気に視界が開けて海が……。

 

「遅かったわね!」

 

見えなかった。

 

ビスマルク

 

なんでいるの。

それしか頭に思い浮かばなかったがよくよく見たら息は絶え絶えで頬は上気し汗が滝のように流れている。

ちょっと良いなと思ってしまったのは秘密。

 

「なんでいるの?」

「待ってたのよ、ずっとね。」

 

ずっと待ってたらもう少し息も整ってると思うが。

 

「嘘つけ、明らかに今着いたばっかだろ。」

「………」

 

黙らないでくれ頼むから。

これでも結構恐怖してるんだ。

だって自転車だよ?しかも下り坂だよ?なぜ追い越せているのか。

困惑する寅之助を他所に暴走列車は走り出した、走り出してしまった。

 

「チャンスを…もう一回だけチャンスをあげるわ。」

「何の?」

「は?わからないの?エスコートよ、光栄に思いなさい。」

 

電光石火。

 

「お断りします。ったく、道に迷ったとかなら素直に言ったらどうだ?」

「うっ…迷ってないわよ。わかったかしら?わかったらエスコートしても良いのよ。」

 

どこまでも強情な奴だ。

日本に来たばっかであまり日本語が上手じゃないのかな?

英語でとかの方がいいのか?

どうだっていい、もう帰りたい。

 

No thank you , ask others.(いらないから他当たれ)

「え?なに?サンキュー、なんて言ったの?」

 

英語も不自由かよ…。

付き合ってられないとばかりに寅之助はビスマルの脇をすり抜ける。

後ろで何やら喚いているがもう聞こえないふりをした。

 

無視し続けて歩いてもどこまでも付いてくる。

流石にもう大人しくはなったが結局退息所までついてきた。

ここまで来ると流石の寅之助も鬱陶しくなって来た。

ついつい尖った声が出る。

 

「いつまで付いてくるんだ?そんな言い方じゃいつまでも相手にしないぞ!」

 

よほど効いたらしい、完全に虚を突かれた顔になる。

俯いた女が声も絶え絶えに喋りだす。

 

「あの、わたし、その、プリンツ達に聞いてたから、少し離れたところに灯台守がいるって、その。」

「全くわからん!そもそもお前何者だ?自己紹介すらしてない奴をどうエスコートしろと?」

「…………」

「はぁ、もういいから帰ってくれ。」

 

寅之助は手を追い払うように振る。

金属製の小さくも重苦しい玄関扉を開ける。

しかし女が再び口を開いて出た言葉に足が止まった。

 

「艦娘!」

「…なんだって?」

「私艦娘で、まだここに来たばっかで、鎮守府に戻れなくて、その…。」

「その?」

「た……すけてください。」

 

まったくこいつはいつまでこの損な性格を続けて行くのだろうか?

呆れを通り越して愛着が湧いてきた。

 

「少し待っていろ、俺も今日は鎮守府に用があるから。」

 

・・・

 

カーテンの隙間からチラリと待っている女を見るとデートの待ち合わせ場所に早く着きすぎた時ような動きをしている。

寅之助は短く笑うとリュックの中身を冷蔵庫にしまった。

そして机の上の紙袋と貴重品の入ったサコッシュを手に取ると再び外に出た。

 

外は正午を過ぎてちょうど風向きが海風に変わってきていた。

海に面した高台は風が強く吹き女の綺麗なブロンドは質量高くはためいていた。

どこか安心したような顔をする女に寅之助は手を差し出す。

 

「殿畑寅之助だ。呼び方は好きにするといい。」

 

女は不思議そうな顔をした後手を握り返してきた。

彼女の手は細く柔らかい甲に反して平には所々固い豆が目立った。

 

「ドイツが誇るビスマルク型戦艦ネームシップビスマルクよ。」

 

高らかに宣言すると微笑んで言った。

 

「よーく覚えておきなさい!」

「物覚えは良い方でね。肝に銘じておくよ。」

 

手を離し道をを降り始める。

相変わらず急でハイキングコースのような道であった。

 

「腹減ったしどっかで飯食ってくか?」

「イタリアンが食べたくないかしら?」

「そんな洒落た店ねぇよ。」

「じゃあいいわ。」

 

さいですか。

 

荒れた道を抜けると国道に出る、バス停がポツンと立っていて日に数本バスが来る。

今日は既にバスが到着していた。

非常に運がいい。

このバス停で捕まらなければ自衛官養成学校まで歩かなければならない。

 

バスに乗って坂を二つほど越えると視界が開ける。

横須賀の港町が眼前に広がる。

海岸沿いのヤシの並木は大きく靡き車も人も居ない大通りは閑散としていた。

 

「不思議ね。家はあってこんなに立派な道があるのに人が全くいない。」

 

ふとビスマルクが呟く。

 

「全部廃墟だよ。」

 

寅之助は前だけを見つめながら答える。

 

「戦争の初期にデマが流れたんだ。最初はネット上で囁かれる程度だったんだけどテレビが取り上げてからは一瞬で広まった。」

 

目を細めた寅之助が続ける。

 

「深海棲艦が陸上攻撃をするって言うデマだ。彼らによれば海岸沿い20kmは敵の射程内だから危険らしい。それで沿岸部からは人がいなくなった。残ってるのは土地に愛着がある者、デマに踊らされなかった者、そして軍人やら自分達みたいな仕事がある者、こいつらだけだ。実際には深海棲艦は本土への陸上攻撃は何故かしないし、射程20kmもどっから出てきたかわからない数字だ。」

 

寅之助はつまらなそうに目を瞑る。

 

「そう。」

 

と言ったっきりビスマルクも押し黙った。

海岸を離れたバスは市街地に入るさすが横須賀元50万都市なだけあって人も多く残っている。

デマが自衛隊によって訂正されてからはチラホラと人も戻ってきてはいるのだ。

二人は汐入駅でバスを降り徒歩で基地に向かう。

歩くとビスマルクはごねるかと思ったが杞憂だったようだ。

そう言えばこいつは今バスで来た道をほぼ全部歩いてきたのだろうか。

 

「なぁ、お前は…」

「お前じゃない。」

「は?」

「ビスマルクよ、お前じゃないわ。」

「失礼。ビスマルクは歩いて灯台近くまで来たのか?炎天下の中を歩きだけで。」

「馬鹿ね。私がそんな事するわけないじゃない。」

「じゃあ電車かバス使ったのか。」

「そんなの使い方わからないわよ。基地の外に出るの初めてなんだし。」

「じゃあどうやって?」

「どうって、ここまで来たら一つしかないじゃない。」

 

ドヤ顔がこっちを覗き込む。

チャリか?いやそれは無い。持ってなさそうだしなんなら乗れるかどうかすら怪しそう。

 

「ヒッチハイクよ!!」

「あ、ふーん。」

 

このコミュ力お化けぇ。

 

・・・

 

正門でアポを告げるとすんなりと通った。

この前は五分くらい待たされた気がしたが、ビスマルクが一緒に居たからだろうか。

 

「んじゃこれから自分の用事を済ませてくるからこれで。」

 

そう告げてビスマルクと別れようとする。

 

「何言ってんの?ついて行くわよあんた一人じゃ迷うでしょ。」

「お前……暇だな?」

「なっ!?ち、ちがうわよ。これはそうここまで連れて来てもらったぶん案内しなきゃいけないでしょ。ごおんとほーこーよ。」

「ハイハイ。」

 

御恩と奉公は100%違うと思うが。

これ以上何か言っても可哀想だからほっておくことにした。

実際のところ寅之助は横須賀基地に何度も足を運んでいるため迷うことはない。

 

「あっちがグラウンド、あっちが埠頭、あっちが工廠…」

 

テンション高らかに指を指すビスマルクを尻目に歩き出す。

 

「で、どこに用があるの?」

「まずはおっさんに挨拶だな、話はしてあるからすんなり通ると思うけど。」

「おっさん?おっさんって誰?」

五境英洋(ごきょうひでひろ)、ここの基地司令だよ。」

 

・・・

 

すんなり通された。

作戦司令棟の1階その奥に重厚な扉がある。

その向こうには秘書官のデスクがある。

基地司令の中には艦娘を秘書に据えてる人もいるが五境は人間の秘書であった。

先日の初の遠征もこの敏腕秘書の働きあってこそだった。

 

秘書の部屋に入って右側には両扉が備えてある意味。

内開きの両扉を開くと基地司令の執務室だ、左手に基地司令である五境のデスクがあり窓からは横須賀の穏やかな海が見える。

 

「お久しぶりです、基地司令殿。」

 

執務室に入った寅之助はうやうやしく礼をする。

 

「今更そんなわけのわからない態度は取るべきじゃ無いよ寅之助クン。」

 

初老の男性が書類から顔を上げて笑うと皺が一層深まった。

決して笑顔ではない人を威嚇するような笑みだった。

白髪の混じった髪は年々薄くなっている気がした。

隣にいるビスマルクは直立不動のまま固まっていた。

さっきまでの俺への態度が嘘みたいじゃないか。

 

「じゃあいつも通りに。一応挨拶にだけは来たぜおっさん。」

 

出来ればここには居たくないこんな態度取ってるが苦手なんだよこの人。

 

「じゃあそれだけだから生きてたらまた会おう。」

「待ちなさい、そう焦らないで。」

 

案の定止められた。

こいつはきっと俺が自分のことを嫌っているのを知ってるんだ。

わかってて引き止めるんだよな。

 

「2点だけ伝えたい。」

 

仕方ないから居直す。

 

「まず今日はもうバス無いでしょうから泊まって行きなさい部屋は用意してある。」

「…わかった。」

 

悪くない話だ。

こいつが嫌いなだけでそれ以外の横須賀基地は割と好きなんだ。

鳳翔さんのご飯食べられるだろうし。

 

「もう一つ、近々用があって私自らそっちに行くからよろしくね。」

「承知した……はぁ?」

「ではそういうことで。」

「いや、いやいや。自ら来るの?灯台に?」

「そうだ」

 

マジか。

でも飲み込むしかないんだよな。

 

「どうせもう決定事項なんだろ。」

「良くわかったじゃないか。」

 

何回も同じ手を食らっているからな。

 

「もういいよ、わかった。これで以上か?」

「以上だ。」

 

用がないなら長いは無用である。

さっさと出て行こう。

 

寅之助は踵を返すと早足に退室し司令棟からも脱出した。

後はもう一つの用事をこなすだけである。

 

うん何か忘れているような気がするぞ?

あっ!

ビスマルク。

 

「ひどいひどいひどい、おいていくなんてひどい。」

 

涙目である。

なんなら泣いてる。号泣である。

さすがにそこまで怖がらなくてもいいと思うけど。

 

「悪かったって。だからほら泣きやめって、なんか俺が泣かせたみたいになるだろう。」

 

あながち間違いでも無いが。

 

「ほら、次の用事あるから行くぞ。そしたらどっかで甘いものでも食べよう。」

「ご飯。」

「はい?」

「イタリアンがまだよ。」

 

そういえば昼ごはんがまだだったな。

普段気にせず生活してるから気付かなかった。

 

「じゃあ食堂だな。ここの食堂ならなんでもある。」

 

涙を湛えた目で頷くとビスマルクは微笑んだ。

めちゃめちゃ可愛いなこいつ。

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