「それで」
飯に行こうって言った瞬間泣き止んだビスマルクが口を開く。
その変わりよう素直にすごいと思う。
「次の用事って一体何なの?」
「駆逐艦寮。……待て待てこれ見よがしに距離を取るな。」
こいつ、自分で聞いたんだろ。
「忘れ物だよ。うちにこれ置いていった奴がいてな。返してやらなきゃならん。」
と、持っていた紙袋を揺らす。
「何なのそれ?」
「羽織だよ、着物の。後お土産を少々。」
着物は管理がめんどくさいから早いとこ返したかったのだ。
折り畳んで紙袋に入れるのでさえネットで調べながら一時間ぐらいかかった。
「お土産?」
「ああ、これだ。」
紙袋の中から取り出して見せる。
「もも。」
「そう、桃。殿畑家は毎年夏に家族旅行行くんだけど今回俺は行けなかったんだよね。そんでお土産として大量の桃が送られて来たから少し分けようと思ってな。」
「ふーん。」
「お、着いたな。」
駆逐艦寮である。
立派な鉄筋コンクリート4階建が数棟並んでいる。
ちょっと前、割とけっこう最近まで木造で四人一部屋だったが、大改装の後一人一部屋与えられた。
駆逐艦はこれから増えるだろうと考えられていた為多く建てたが今のところスカスカらしい。
その中の1号棟の玄関に入る。
靴を脱いで靴箱に放り込む、するとすぐ右手に受付がある、受付は寮に入居している艦娘が交代で行っているのだが今日は。
「よう、久しぶりだなおっさん。」
長波だった。
「長波、そんなに久しぶりでも無いと思うけど。3ヶ月くらいだろ。後俺は寅之助だ。」
「ダメだなおっさん。その感覚はダメだ。」
かぶりをふる長波が何を言いたいのか皆目検討がつかない。
「いいかおっさん。過ぎゆく日々が早く感じてるから久しぶりって言えないんだ。日々を早く感じるのは日常に新鮮さが無いから、日常に慣れてるから。」
長々い台詞であった。
一体どこで息継ぎしているのか。
「その感覚は歳を取った大人ほど顕著に現れる。つまりおっさんはおっさんだって事だ。」
なるほど。
「つまり長波、俺をおっさんだと言いたいが為にそんな詭弁を弄したのか?俺を、おっさんと、呼びたい、だけだろう!」
「違うぜおっさん。もっと日々を刺激的に楽しく生きようぜって話だ……おっさん。」
「わざわざ溜めてからおっさん言うな!大体お前、」
「ちょっと!!」
後ろから本気7割くらいの怒鳴り声が飛ぶ。
ビスマルクの金色がかった眉がひくついていた。
「あんたたち私を忘れて無いかしら。寅之助、早く本題に入ったらどうなの?」
「「はい。」」
「と、言うわけだから長波、朝風の部屋ってどこだ。」
「二階の端っこ、201号室。出て行くのは見てないから多分いると思う。」
「ありがとう、それじゃ。」
後ろからの圧がすごい、そそくさと受付を離れる。
じゃなーと言う投げやりな長波の声が聞こえた。
階段を一階分上がり奥の部屋201と書かれたプレートのある戸を叩く。
「朝風いるか?殿畑だ。」
ちょっと待ってと扉の向こうから聞こえると小走りの足音が聞こえて来る。
「はいはーい、待ってたわよ。って一人じゃ無いのね、どちら様?」
「ビスマルクだ、道端で拾った。」
「ああ、新人の。あんた…寅之助でいいかしら、外部の人間のくせに顔広いのね。」
「いやいや、こいつは本当に道端で拾ったんだって。迷子になって泣いてたから。」
「泣いてないわよ!」
ビスマルクが叫ぶ。
そうだったであろうか。
「まあいいわ入りなさい。」
通された部屋は備え付けの家具に申し訳程度の私物がある程度であった。
艦娘は滅多に基地の外に出られないと聞くがそれ故に自分の私物を買えないのであろうか。
通販とか使わないのかな。
「この表現が適切かどうかわからないが、嫌に質素だな。」
率直な感想が寅之助の口をついて出る。
「ビスマルク、艦娘の部屋は誰もこんなもんなのか?」
「わからないわ、私はまだ来たばっかりだもの。」
「そっか。」
「とにかく!わざわざありがとうね、届けてくれて。」
「こちらこそこんなに高そうなもの、流石に取りに来させる訳にはいかないしな。」
朝風が割って入った。
女の子の部屋に対して不躾だっただろうか。
「ついでにお土産入れといたから。福島の桃。硬くてうまいぞ。」
「あら、じゃあありがたくいただくわ。良ければ今切ろうか?」
「いや、大丈夫。家に大量にあってな、ここ最近の朝食は桃なんだ。」
「またそんな不健康な生活してるのね。」
「…返す言葉もございません。」
「ねぇ。」ビスマルクが口を開く。「もう用事は済んだでしょ?早くランチに行きましょ。」
乗り出すビスマルクの頭の中はもう昼飯でいっぱいらしい。
「お前な…まあいい、悪いな朝風こいつは多分もう止まらない。一緒に来るか?」
「止まらないのはなんとなく察したわ、私は自分の分のお昼はもう作ってあるの。大丈夫よ。」
冷蔵庫の方を顎で指す朝風。
たしかに皿にラップがかけてある何かが冷蔵庫の上に置いてあった。
「そうか、じゃあお暇だな。今夜は基地に泊まるからまた会ったら声でも掛けてくれ。」
「ええ、そんときはなんか奢ってちょうだいね。」
「気分次第だな。」
そんな軽口を掛け合いながら寅之助は部屋を出て行った。
この間既にビスマルクはそそくさと扉を開けていた。
二人が居なくなったことで一人部屋はやけに静かに感じる。
足音が遠ざかって行く音を確認してから朝風は立ち上がると押し入れの取っ手を引いた。
ドサッと大量の何かが雪崩れ落ちてくる。
シワだらけの着替えとか、ゴミ袋とか、本とかその他もろもろ押し入れは生活雑貨品の墓場になっていた。
「これを片付けたら追いかけるから。」
誰も居ない部屋で誰となくつぶやいた朝風は何故か誇らしげであった。
・・・
「早くしなさい置いて行くわよ。」
ビスマルクは駆け足で寮から飛び出して寅之助を急かす。
仕方がないので二、三歩駆け足をするフリをしてすぐ歩く。
「そんなに急がんでも飯は無くならんぞ。」
居住区である寮から食堂はそれなりに距離が離れている。
食堂は工廠やら司令棟などがある海に近いところに位置しているのに対し、寮は森の側に立っている。
なお甘味処間宮とは別である。
「昼からは外れてるから人はまばらだな。」
残っているのは午後休か非番の者だけであった。
入り口脇の食券機は半分程度のボタンが赤く光り売り切れのサインを出している。
だだっ広い空間には時たま皿洗いの過程でプラスチックの食器同士がぶつかるカツーンと言う硬質な音が響く。
寅之助は迷わずカレーのボタンを押す。
デフォルトのカレーが海軍カレーなのだ選ばない手は無い。
ビスマルクはずっとイタリアンと言っていたから余ってるパスタを選ぶだろう。
そう思ってビスマルクを待っているとボタンに手をかざして寅之助を見つめていた。
「いやいや…奢らないぞ。」
・・・
16時間ぶりの食事を済ませた寅之助は満足そうに水を啜っている。
結局奢らされたのは言うまでも無い。
さてどうしようか。
用事は全て済ませてしまったし特にする事も無い。
強いて言えば眠いからあてがわれた部屋で昼寝でもするか。
「俺のここでの用事は全部済ませたんだけどビスマルクはこれからどうするんだ?」
「寅之助について行くわ。暇だもの。」
遠回しの解散宣言は見事にスルーされた。
ビスマルクを置いて寝たら確実に後でふてくされるだろう。
自分が一人寝こけてもビスマルクが退屈し無さそうな場所に行く必要がある…あそこしか無いな。
ビスマルクが暇しないかどうかは基地の中でどんな人脈を築いているのかにかかってくるがそこはこいつのコミュ力に期待しよう。
なんせ見知らぬ土地で見知らぬ人の車に乗るくらいなのだ心配ないだろう。
そろそろ行くかと席を立ち食器を片付けた寅之助は食堂を後にした、ビスマルクも続いて暖簾をくぐる。
「結局これからどうするつもりなの?」
「俺が研修時代仲良かった奴の所。」
「へー、え?研修?あんたここで研修受けてたの?」
「ああ、観音崎の赴任が決まった後に半年くらい…。」
あ、まずった。
ここの事あまり知らないっていう設定忘れてた。
「詳しかったのなら、知ってたんなら言いなさいよ!」
「いやいや」どうしようか「あれだあれ。」
「なによ」
「前回俺が来た時とは中がだいぶ変わってるからさ分からないとこも多くて困ってたんだよだから………。」
「だから?」
「だから、ありがとう。」
どうだうまく誤魔化せたか?
「そ、そう。なら良かったわ。」
良かった本当に。
そもそもこいつは俺が簡単に駆逐艦寮に着いていたことに違和感を感じないのだろうか。
…感じないのだろうな。
「あ、待て待てビスマルクここだ。」
「今度は軽巡寮に用?」
「用というよりも暇つぶしだ。明石でも良かったんだがなあいつ多分この時間忙しいし。」
「誰のところに行くのよ。」
「実験軽巡、夕張だよ。」
「夕張……って誰?」
「えぇ、知らないのかよ、艦隊の仲間だろ。」
「知らないわよ、同じ任務にもついた事ないわ。」
「まぁ君まだ来たばっかだもんね。」
とにかく、と寅之助は寮の扉を押す。
基本的な構造は駆逐艦のそれと同じだ。
と言うよりも軽巡寮の形に合わせて駆逐艦寮が建てられている。
右側にはもちろん受付がある。
「すみません、夕張の部屋ってまだ210で大丈夫ですか?」
受付の艦娘はどうやら文庫本を読んでいたようだ、慌てて閉じて顔を上げる。
「ん?あらー、あらあらー。寅之助ちゃん久しぶりねー。」
「龍田……久しぶりだな。」
めんくらった寅之助はたじろぎ目を見張った。
「生きてまた会えて、元気そうで何よりだ。」
「ええそうね、ちゃんとやれてるわー。」
「そうかそうか良かった。本当に良かった。」
「それで、また夕張ちゃんかしら。」
龍田が長い睫毛の目を細める。
「ああ、そうだ。部屋は同じで良いな。」
「おんなじよー。」
「そうか、ありがとう。」
言うなり寅之助は踵を返す。
後ろにビスマルクが続いた。
龍田はその様子を細めた目をさらに細めて見つめていたがやがて手元の文庫本に向き直った。
「ねぇ」
受付から遠ざかるビスマルクは心なしか早足だ。
「ものすっごい視線を感じるんだけど。背中が焼けそうなくらい。あんたあの子と何があったの?」
前を直視し冷や汗を流しながら事はやに捲し立てる。
「顔向けて話してる時もなんか凄い威圧感があったし。」
「ああ」焦るビスマルクに対し寅之助はあっけからんと答える。「これ本人の了解無しに喋って良いのかな。まぁ軽くならいいか。俺が昔ここに居たって話はしただろ。」
「ええ聞いたわ。」
「その時龍田は問題を抱えていてな。それを解決したのが俺なんだよ。」
「何それ、あなたのヒーロー自慢?」
階段に差し掛かり龍田の視線から逃れたビスマルクは余裕が出ていた。
「お前が聞いたんだろ。これ以上詳しくは話さないから今度直接龍田に聞いてくれ。」
「そう。」
それっきり二人とも口を閉ざした。
210号室、住民は夕張。
横須賀にいた時代からのゲーム友達であった。
「夕張ぃー!」
無遠慮に扉を叩く。
「あんた、いきなりどうしたのよ人が変わったみたいに。」
「こうでもしなきゃ出てこないんだよ。起きてればヘッドフォンしてゲームしてるし寝てたら起きないし。」
扉の向こうから何か大きなものを倒す音の後悲鳴が聞こえた。
「おい、大丈夫か?」
鍵が掛かってないことは知っていた。
何の躊躇いも無く開けると半裸の夕張が転がっていた。
ビスマルクにケツを蹴られた。
・・・
「いてぇ。」
ビスマルクの見事な横蹴りによって後から骨にじわじわと痛みが広がっていった。
「ほんっと有り得ない、クズよクズ。大体あなたノックしたでしょう。」
「まぁまぁ、ビスマルクさん落ち着いて。」
「夕張!?何であなたがそっちに着くのよ。」
「えぇ!いや、それは…。」
「見慣れてるし、見慣れられてるからな。なぁ夕張。」
「うーん、そうね、そんな感じね。」
「…………」
「…………」
「…………」
おや?予定ではここでもう一発蹴りか拳が飛んでくる筈であった。
そう思ってビスマルクの方を見る。
耳まで赤くして俯いていた。
なるほどこいつはそう言う奴か。
……めちゃめちゃ弄りがいがあるじゃないか。
そう思ってニヤニヤしていたら夕張が一歩身を引いた。まぁ当然である。
そこからはいつもの夕張であった。
数本テレビゲームをしたり数時間経ってやっと復活したビスマルクを交えてボードゲームをした。
そうこうしているうちに既にとっぷりと日は暮れていた。
そのまま3人で食堂へ行き夕飯を食らいその場で解散となった。
夕張とビスマルクはすっかり打ち解けられたようだった。
ビスマルクは新人であるため友達も皆無と言って良かっただろう。
夕張という友達ができて本当に良かったと思う。
もう一回分くらい横須賀に滞在するかと。