自分でもこの短いスパンで書き切ったことに驚いています。
こっから休みなんでペースあげていきますよぉ(多分)
灯台下暗しという言葉がある。
とにかく、観音埼もご多分に漏れず灯台の側といえど夜は暗かった。
周囲に民家は無く小高い丘の上に海に突き出す様に立っている灯台は孤独の局地とも言えた。
波打つ音と終わる夏を運ぶ海風が網戸をすり抜けてきた。
だいぶ風も冷たくなった。
この季節の風は不思議な匂いがする。
いや、この季節というよりも季節の変わり目の風といった方がいいかもしれない。
春も同じような匂いがする。
日本の学校の学期の始まりは春であるが欧米ではそれが秋であることが多い。
日本にとって春が出会いの季節であり、それに因んだ陽気が風に乗るのだとしたら秋の陽気は偏西風にでも乗って遥か海の向こうから来るのかもしれない。
と、したところまで思考を巡らせて寅之助はふとそのくだらなさに辟易したように溜息をついた。
どこかで虫が鳴いている。
上を見れば半月が輪を伴って浮かんでいた。
その月も回る灯台の光によって見えたり見えなかったり。
点滅を繰り返していた。
こんな日はナイトランと称して自転車で深夜徘徊をするに限るのであるが、今日はどうも灯台付きの妖精たちがそれを許してくれなかった。
どうしても居てほしいらしい。
ついこの間ほぼ一日中外でウロウロしていたのを根に持っているのかもしれない。
もう既に慣れたとは言ってもこのように暗い中、一人でいることに何も思わない寅之助でも無い。
誰でもいいから誰か話し相手がほしいところである。
なんなら話さなくてもいいただ隣に居るだけでもいい。
そう、例えば…例えば…誰が良いだろうか。
鳳翔さんが居れば月と波も音と虫の音を肴に何かお酒でも飲んでいたかもしれない。
最上であれば黙って座っているだろうか、それとも何かゲームでもしているだろうか。
ビスマルクは一人で延々と喋っていそうである。
多分あんまり無視しすぎると怒り出すだろうか。
ああ、良くない、良くないぞ。
あんまり考えると余計寂しさが増す。
普段考えないようなことまで思考が巡る。
孤独、暗闇は人をおかしく変容させる、深夜テンションと言うやつである。
しかし俺は孤独を愛すからこそこの不毛な仕事についてるのでは無かったのだろうか。
自分は孤独がいい、孤独を愛するとそう言い聞かせてきたはずである。
上司にゴマをするかのごとく現実にゴマをすってきた。
今更戻れない、戻りたくない。
ちょうど寅之助が窓から離れてとこに着こうとしたその時であった。
「あのー。ごめんくださーい。」
今最もほしくて、いつも最もほしく無いものが現れた。
訪問者である。
「ごめんなさい、道に迷っちゃってー。」
などと言いながら女は
やたらに高いそれでいて耳に付かない声だった。
黒い質量のある長髪は真っ直ぐ腰まで垂れ、何も考えていなさそうな深青色の瞳は細めた目のうちから存在感を放っている。
「む、むむむ。今すごい失礼の感じがしたんですけど。」
「気のせいだろ。ええっと。」
「あ、そう言えばまだだったね。最新鋭軽巡、阿賀野でーす。」
「…そうか、殿畑寅之助だ。」
「殿畑さんですね、よろしくお願いしまーす。」
「ところで阿賀野。君はあれかな、横須賀の娘かい?」
「はい!本日付で!」
「うん?…なんだって?」
「横須賀の基地には今日からお世話になる予定でした。」
なんと、横須賀に配属になって1日と経たずにここまで来たのか?
そうであるならいいのだが、もし違うとすれば。
……大変だぞ。
「それで、君は、もう横須賀の基地には挨拶に出たのかな?」
最悪の事態を想定した寅之助は恐る恐る尋ねる。
そんな彼の心象もどこ吹く風、阿賀野はあっけからんとあまりに軽く答えた。
「いいえ、まだですよー。」
それは、不味くないかい?
・・・
取り敢えず横須賀に電話した。
出たのは事務員であった、数分して
向こうも大変だったそうだ。
このすっとぼけたお嬢さんの到着予定時刻は17時であったようで、それを遅らせる事3時間、やっと消息が掴めた次第であるようだ。
迎えの車がここまで来るそうだ。
当の本人は呑気に鼻歌なんかを歌ったりしていた。
上空の雲が流れて月を隠した。
「今日から横須賀だと言っていたな。」
そんな寅之助の言葉に阿賀野は大仰に目を瞬かせた。
「そうだよ。」
「ではその前はどこに?」
「うーんとね…滋賀。教育隊だよ。」
なるほど新人であった。
各基地に艤装の建造と整備を行う設備は一通り揃っているが、人員はどうしようも無い。
特に艦娘ともなるとその訓練には時間を要した。
元来艦娘の訓練を行っているのは呉のみであった。
しかし戦況が悪化してついには瀬戸内海が敵の手に落ちると、ついぞ新人訓練をする場所が無くなったのである。
そこで艦娘の訓練のみは琵琶湖で行うことになった。
船の建造はどうしても海に面するところでなければならないが。
艦娘は大きさが人並みだし、人間と同じように陸上移動もできる。
海上自衛隊が護衛艦や空母中心の戦略から艦娘中心の戦略に転換したのもこのためであった。
いや、転換せざるを得なくなったと言う方が正しいかも知れない。
なんたって未だに深海棲艦に護衛艦の攻撃が通用すると思っている輩も居るのだから。
それが海自内の者からな発言であるから驚きだ。
今艦娘の訓練は滋賀県の琵琶湖と徹底抗戦の末漸く取り戻した青森県の陸奥湾で行われていた。
ついでに青森は今、唯一の造船ができる土地として大いに人が集まっているようだ。
「陸奥には行かなかったのか?」
そう寅之助が疑問に思うのも無理はない。
琵琶湖は淡水で陸奥湾は海水である。
安全な琵琶湖で一通りの訓練を終えてから陸奥で海水に慣れると言うのが訓練生の通る道だった。
「なんか人手不足なんだって。でも阿賀野は寒いの嫌だから良かったな。」
「そうか、それは確かにそうだな。」
ふと、と言うには少し語弊がある。
ちょっと前から少し違和感は感じていた、それが言葉になって口をついたのが今に過ぎなかった。
寅之助は続ける。
「ところで君。僕が部外者だって事忘れてるよね。」
「え?灯台は部外者じゃないでしょ。」
寅之助が驚く番だった。
いや、思えば一回も順番は変わっていなかった。
驚いてるのはずっと寅之助のみであった。
「数日前、阿賀野が滋賀をはなれる前日だから…
三日前かなー?灯台会は完全に海自に移ったんだよ。」
言われて寅之助は咄嗟にパソコンの画面を睨み出した。
マウスのウィールが慌ただしく回っている。
果たしてそれは発見された。
確かにそこには灯台会の管轄が海保から海自に完全に移る旨、またそれに伴う事務的な手続きなどが長々と記されていた。
しまった完全に見逃していた。
こんな、組織に関わる、重要なことを、見逃していた。
「ありがとう、阿賀野。」
「うーん?よくわかんないけど、どういたしましてー。」
さて大変なことになった。
数日中に必要書類を全て完成させなきゃいけない。
これは寝れないぞ。
などと思案していたら、腹のなる音が聞こえる。
阿賀野が真っ赤になっていた。
「ち、違うわよ。阿賀野じゃない、阿賀野じゃ無いから。殿畑さんお腹空いてるなら阿賀野が何か作ってあげようか?」
このレベルに見えすいた嘘はどうにも気持ちがいい。
「なんか摘めるものいるか?」
「お菓子くれるの?」
変わり身が早いこって。
「棚探してみてあったらな。」
「やったー。」
・・・
バリボリと煎餅が砕ける音だけが無言の部屋に響いていた。
たまたま棚の奥底で眠っていた煎餅を引っ張り出してからの阿賀野は鬼神迫る勢いで貪り出した。
寅之助はそれをみて呆気に取られていた。
言ってしまえば引いていた、声も出ない程に。
「そんなにお腹空いてたの?」
「もがっ!もっご、ごごぐごがぐご…」
「待て待て、わかった俺が悪かったからまず飲み込め。」
ぼろぼろと破片が溢れて阿賀野の胸元に溜まる。
いかん、目に毒だ。
そう思った寅之助はお茶出すからと言って席を立つ。
麦茶を入れてテーブルに戻ると阿賀野は胸元から破片を拾い集めて口に運んでいた。
無意識のたわわごっこは終わったようである。
「ありがとう!」
ああ、笑顔が眩しい。
改めてと心の中で呟く。
「そんなに腹減ってたのか?」
「だってお昼から何も食べてないもん。」
「なるほど、午後はずっと道に迷っていたんだな」
「ずっとじゃないわよ、半分くらい?」
「あっ、おいそれは明日の朝メシだからやめて。」
煎餅を即座に完食した阿賀野は机の上の菓子パンに手を伸ばしていた。
寅之助に嗜められて頬を膨らます。
「悪いがもうここにおよそ食料は無いぞ。明日買い出しの予定だったし。」
「えーーー!ここなら美味しいものあるかなって思って来たのに。ケチ。」
「食料を期待していたならさっきの腹の虫の誤魔化しはなんだったんだよ」
「あ、あれはフェイクよ。」
何を言っているのだか。
「もう少しで迎えの車が来ると思うから。帰ったら基地でちゃんとしたもの食べなさい。」
「はぁーい。」
寅之助は気のない返事をする阿賀野を見ていたら何か言いようのない違和感に襲われた。
なんだ、何かがおかしい。
そう思って部屋を見回したり、外を見たりするが阿賀野の存在以外何も変わらない。
気のせいだろうか。
・・・
それから数十分寅之助は必死で移行の為の書類を書き上げている。
ちょっと奮発して買った青軸メカニカルキーボードの乾いた、爽快な音のみが場を支配していた。
阿賀野は本棚の漫画を手に取り寅之助の許可のもと読み始めてから微動だにしていない。
先ほどから寝息が聞こえてきたから寝ているようである。
寅之助はぐぐぐっと両手を上にあげて伸びをする。
固まっている筋肉が解れて気持ちがいい。
そのまま脱力すると視界にモヤがかかり頭がぼーっとする感覚がした。
貧血に近い。
疲れている証拠だった。
後ろ首を両手で揉み解すようにして抑える。
「ちょっくら灯台を見てきますかね。」
ソファの上で寝ている阿賀野にタオルをかけると独り言を言い静かに外へ出た。
相変わらず波の音だけがこだましている。
退息所から出て右側、数段の階段を下った所に灯台本体は根を張っている。
重い入り口の扉を開けて中に入るとちょっとした物置のようなスペースになっている。
そこから上に伸びる螺旋の階段こそが灯台の心臓部、光源に向かうものである。
狭い、一メートルにも満たない幅の階段は灯台を中心に数周して登るものを上に届ける。
「お疲れ様ー。」
そう言って光源の下のちょっとしたスペースに顔を出すと、何人かの妖精がトランプをしていた。
妖精の手に合うように作られた特注品である。
「あ、とらのすけだっ。」
「よくきたなとらのすけ。」
「さっききてたかんむすにはもうあきたのか?」
「おうおう、飽きたってどう言うことだ。」
「そのままのいみだ。」
寅之助は苦笑いで返した。
「お菓子足りてるか?大丈夫か?」
「たりてる」
「でもあしたはわからない」
「了解。んじゃ明日は持ってこよう。」
「あのかんむすはみてなくていいのか?」
「まぁ大丈夫だろう。」
「ほんとうかおかしいとったりしないか?とったらあのかんむすただじゃおかないぞ。」
「そうだな、よこすかのやつらとけったくして」
「いくらおかしをたべても」
「おなかがみたされない」
「のろいにかけてやろう」
妖精たちは一つのセリフを飲み回しのように言った。
「なんだ菓子を食べても腹が満たされない呪いって」
「ふとる」
「ああ、ふとる」
「さいげんなくたべるからな」
成る程確かにそれは恐ろしい。
・・・
少し前。
寅之助が退息所を出た直後あたり。
阿賀野はむくりと体を立ち上げた。
「ふふふふ、阿賀野にはわかる。ここにはお菓子の匂いがする。」
そう呟くと部屋の中を物色し出した。
とは言っても機密の多いデスクには近寄らず先ほど寅之助が煎餅を引っ張り出した棚のみを探したのは流石に弁えているのか、あるいは本当に菓子の匂いを嗅ぎ取っていたのか。
阿賀野は呆気なく求めるものを探し当てた。
しかしそこには追加のものがあった。
「妖精さん用?」
そう書いてある付箋が貼ってあったのだ。
「ふーん、灯台にも妖精が居るのね。」
ここへ来て阿賀野の中では二つの勢力が熾烈な争いを繰り広げていた。
即ちこの菓子を食べようか食べまいかである。
数分にも及び逡巡の後やがて阿賀野はそっと菓子を棚の中に戻した。
「タオルを掛けるっていう気概を見せてくれたし、許してあげまーす。」
そういうとソファに戻り今度は完全に横になった。
阿賀野、危機一髪。
・・・
灯台から退息所に戻ると阿賀野が完全に横になっていた。
一度起きたのだろうか。
まぁいい。
寅之助は阿賀野にちらりと目を向けるとデスクに戻る。
再びパソコンを立ち上げて小気味打鍵音を響かせた。
阿賀野は寅之助がキーボードを叩く音を背に本格的に意識が遠のくのを感じた。
それから十数分、寅之助のポケットで携帯が小躍りした。
山並からだった。
「はいはい。」
『こんばんわ、殿畑さん。』
「うん?その声は、山並お前裏声でも使ってるの?」
電話越しに話している声はどうやら山並ではない。
誰か別人だ。
『失礼。私、陽炎型駆逐艦 不知火です。』
駆逐艦娘とは思えない低い声だった。
落ち着きを伴った声は威圧感すら感じ取れた。
『以後お見知り置きを。』
「ああ…うんよろしく。」
寅之助は少し状況についていけずにしどろもどろに答えた。
『夜遅くに申し訳ございませんこの度は大変ご迷惑をおかけいたしました。阿賀野はどうしていますか?』
「うん、大丈夫。いまは寝てるよ。」
『そうですか。それではそろそろ着くので起こして下まで来させてくださるようよろしくお願い申し上げます。』
「りょ、了解しました。」
過剰に礼儀正しい。
海自がこうも下手にでるとは。
その口調に寅之助も釣られたようである。
「ところで、山並は?」
『今運転中ですのでわたしが代わりに。』
「成る程そういうことですか。それでは阿賀野を起こしますので、失礼いたします。」
・・・
プツッと切れた音が鳴り通話が終了した。
車の中で山並笑いを堪えている。
不知火に釣られた寅之助が面白かったのだ。
喋ったのは不知火だけであったが、スピーカーでその様子は聞き取れていたのだ。
周りの雑音で気づかれるかと思ったが案外大丈夫だったようだ。
「悪趣味ですよ、山並ニ尉。」
不知火の目は蔑んだ目だ。
「そう言ってくれるな不知火。この前の意趣返しだよ。」
全くとでも言いたげに不知火は頬杖をつく。
シートベルトが首に食い込み苦しかった。
・・・
電話を切った寅之助は阿賀野を揺りにかかる。
「起きろ阿賀野。迎えが来たぞ。ってうわ、お前よだれ。」
手のかかる奴である。
テーブルのティッシュを数枚掴み取るとソファの上に垂れた阿賀野の涎を拭き取る。
「あ、殿畑さん。お迎えですかー?」
「そうだ迎えだ。早く起きろ。」
「はーい。」
そう言ってむくりと起き上がる。
起き上がった阿賀野の髪は乱れ、服の襟は立ち、スカートは捲れていた。
寅之助はいいしれない苛立ちを覚える。
「ったく。おい。これ使って髪とかせ。洗面所あっちだから。」
そう言いながら、寅之助はまた違和感に襲われた。
先程と似たようなものであった。
あたりを見回すがやっぱり普段と変わらない。
「うー、とかしたよー。」
「そしたらはいこれ。お前のだ。」
そう言ってコートを差し出す。
「待て待て、襟、襟。鏡見て気がつかなかったのか?」
直っていなかった所を折り返す。
「いいな、忘れもんは無いな?じゃあ行くぞ。」
そう言って阿賀野の手を引いて退息所から出る。
出た時に寅之助は気がついた。
いつもと立場が逆なのだ。
今までであれば鳳翔だったり朝風だったり、自分が世話を受ける側であった。
受けないまでも世話をする方に回ったことは無かった。
ビスマルクは…あれはただ道に迷っただけだったし。
先ほどから感じていた違和感はそれであった。
「俺が、他人を世話している…だと?」
なんせ水出し麦茶を半腐らせる男である。
その生活力は言うに及ばない。
そう思った寅之助は急に阿賀野が恐ろしくなってきた。
自分にすら世話を焼かれるこの者は一体。
そもそも海自に居ても大丈夫なのだろうか。
などと思案していたららどうやら後ろが疎かになっていたようだ、ふと振り返った時阿賀野は消えていた。
はぐれたわけではなかった。
50メートルほど戻ったら阿賀野が海を向いて佇んでいるのが見えた。
「おい、あが…」
「殿畑さん。」
声が被さった。
「ありがとうね。」
「え?ああ、うん。どういたしまして、いいから行くぞ。」
寅之助は焦り始めていた。
不知火の声に押されていたのかもしれない。
或いは阿賀野の次の言葉を聞きたくなかったのかもしれない。
おそらく後者である。
「私ね、本当は迷ったんじゃないんだ。」
声音が変わっていた。
先ほどまでの高い声とは違って、幾らか低い。
でも確かに根本的な声質は阿賀野のもので、それでいて…。
「殿畑さん、私は一回も海に立ってない。琵琶湖の波は穏やかで。水が目に入っても滲みないし、髪も肌も服もベタつかない。湖と海とじゃ根本的に性質が違うんだよ。」
「……」
寅之助は言われて押し黙っていた。
艦娘の苦労は地上の者たちにはとても察することはできない。
「ねぇ殿畑さん、阿賀野は大丈夫なのかな?こんな事半分部外者の殿畑さんだから言えるけど、正直、阿賀野は怖いよ。」
「……」
「一人見慣れない土地で逃げ出すくらいには。逃げ出した末初めて会った人の家で疲れ果てて眠って。」
海から九十度回り阿賀野は寅之助の目を見据えていた。
潤んだ目、食いしばった奥歯、赤らんだ鼻は今にも泣き出しそうだ。
「ごめんね。殿畑さん。」
「俺は…。」
「いいの、何も言わないで。多分殿畑さんが何を言っても阿賀野は受け入れられないと思う。」
そう言って阿賀野は再び歩き出した。
「行きましょう、殿畑さん。車来ちゃいますよー。」
底抜けに明るい声が蘇っていた。
阿賀野は微笑みながら寅之助の横を通り過ぎる。
「おい。」
些か鋭い声が阿賀野の足を硬直させた。
「いきなり語り出したかと思えば。なんだ、色々言った末何も言わないでだ?」
声に怒気がこもる。
「俺はここで“はいそうか”と見送れるほど人間できていないのでな。」
いつのまにか風が止んでいた。
「人の話ぐらい最後まで聞けって。」
静かな観音崎の森には寅之助の荒い息遣いだけが聞こえている。
「怖いのはいい、当たり前だ、相手は圧倒的力を持った異形の人外だ。逃げるのもいい、強くあれなんてベタなことは言わない。戦っているのは君たちで俺じゃない。」
寅之助の口調は穏やかになっていた。
「見知らぬ人の家で寝るのはどうかと思うが、愚痴だろうとなんだろうといつでも聞いてやろう。恐らく俺は艦娘の苦悩や苦労なんてこれっぽっちも理解できていない。」
「……」
阿賀野は前を向いたまま動かない。
「だけど」
「……」
「それでも。」
阿賀野はやっと寅之助と目を合わせるように振り返った。
「俺はお前がこれから直面するであろう事を知らない。推し量ることもしない。けどこれだけは知っていてくれ。俺は海自をやめてここにいる。」
有り体に言えば逃げた。
そうは言うまい、阿賀野も理解しているはずだから。
ただこれでこいつが少しでも救われるのであれば。
それは、ああ、嬉しいことであろうとも。
ここまで思い至って急に寅之助は恥ずかしくなってきた。
そそくさと足を進めて寅之助を見つめている阿賀野を追い越す。
先ほど阿賀野が言った通り寅之助は半分部外者だ。
その自分が出過ぎた真似をした。
そう思った。
「なによ、半分部外者の癖に。」
心を読まれたようでヒュっと延髄が冷える感覚に襲われた。
何か言い返そうとしたが何も言えなかった。
声が
押し黙った寅之助に嫌気がさしたのだろうか。
阿賀野が続け様に言い放った。
「ねぇ、また来ていい?」
その言葉は意外なものであった。
どうやら嫌気がさしたようではないみたいだ。
内心安堵した寅之助はやっとの思いで一言。
「いいよ。」
振り向かずにそう言った。
雲が流れて月が出てきた阿賀野はきっと月光の中で美しく笑っていたのだろう。
無理やりにそう思った。
・・・
下まで行くと既に車は来ていた。
それに寄りかかった恐らく不知火が声に似合った眼光で腕を組んでいた。
横には山並が立っている。
「お疲れ様です。はじめまして不知火です。」
先に口を開いたのが不知火だった。
「殿畑寅之助だ。よろしくこれから頼む。」
「ええ、こちらこそ。そちらが阿賀野ですか。」
「最新型の、阿賀野型軽巡洋艦一番艦、阿賀野でーす。よろしくお願いしまーす。」
「よろしくお願い申し上げます。そしたら時間もあまり無いので車にどうぞ。」
「はーい。」
そう言って阿賀野は素直に車に乗り込んだ。
「じゃあねー、殿畑さん。また今度。」
「おう、また。」
不知火もそれに続き寅之助に一礼して助手席に乗り込む。
外には山並と寅之助だけが残った。
「すまんね、迷惑かけたな。」
山並がわびる。
「いいさ、ここ数ヶ月で艦娘の扱いには慣れた。」
「そいつは結構、これ、一応口封じだ。」
「おお!間宮じゃん!マジか、サンキュー。」
「泣きの一個だ。心して味わえ。」
「そうさせてもらおう。」
しばし沈黙。
「なぁ、阿賀野は…」
言いかけた寅之助を山並が制す。
「わかっている、最近はそんなに少ないケースでは無いんだよ。」
そう言って車内で不知火と話している阿賀野を一瞥する。
阿賀野は後ろから身を乗り出して不知火の肩に手を置いて笑っていた。
「そうか。」
寅之助の返事は短かった。
山並みは“じゃ”と軽く手を挙げると運転席に乗り込み穏やかに扉を閉めた。
「行くぞー。シートベルトしな。」
「「はい。」」
阿賀野と不知火の声が被る。
山並は静かにアクセルを踏み込んだ。
バックミラーを見ると寅之助は位置を変えずに佇んでいる。
その様子を見た山並が正面を向きながら言った。
「不知火。さっきの電話の録音消しといてくれ。」
「へぇ、どういう風の吹き回しで。」
「いや何、別の意趣返しを思いついたのさ。」
「意趣返し?ってなんですかー?」
「ほう、聞きたいか阿賀野。」
海岸線沿いの道に他の車は通っていない。
坂を越えた先の横須賀には少しづつ灯りが戻っていた。
阿賀野はあの底抜けの明るさの裏に何かある、はっきりわかんだね。
せっかくの10人目記念なので何かしたいですね。何かして欲しいこととかあります?
2/12 誤字修正&ちょっと書き換え 報告ありがとうございます!あと読み返してて何か違うなーと思ったので少し弄りました。後半部分です。