灯台守の訪問者   作:アンジョロ

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主人公にお任せ。


1人目

かつて横須賀を走っていた私鉄は海岸沿いの住民の移住により経営難に陥り、今は海自の支援を受けて日中に数本電車が来るのみとなっていた。

海自基地の最寄駅から自衛官養成学校の最寄駅の間に5つほどあった駅も今では全て廃止になってしまっている。

 

観音崎灯台(かんのんざきとうだい)...。」

 

朝の電車に揺られながら数日前に提督から伝えられた施設名を呟いた。電車は間もなく馬堀海岸駅(まぼりかいがんえき)に到着しようとしていた。

 

吹雪

 

「クソ、人がせっかく惰眠を貪っていたというのに。だいたいいっつも話が急なんだよなぁ、あのジジイは。」

 

波の音が聞こえる部屋でひとりの青年があわただしく片ずけをしていた。

男の一人暮らしである、その部屋の散らかり様は目も当てられないほどだ。

 

「よっと、取り敢えずこんなとこか。」

 

床に散らばっていた衣服を棚の中に押し込むと、ドカッとソファーに座り込んだ。

静まり帰った部屋に波の音のみがこだましている。定期的に且つリズミカルに聞こえるその音は、次第に青年の意識を刈り取っていった。

 

 

自衛官養成学校から歩いて十数分、吹雪はやっとこさ旧観音崎公園の前に到着していた。

 

「ここが...。」

 

碌に手入れされいなかったので当然であろう、ちらちらと見え隠れする灯台に続く道は獣道である。

初夏の強くなりはじめた日差しの中、何度も転びそうになり、膝を擦りむき笹の葉で腕を切りながら進む。

登るごとに上がっていく体温と心拍数はおそらく暑さのせいだけではない。

 

ようやく灯台に辿り着いた。

大して高くはない塀に囲まれた敷地の奥に堂々と白亜の灯台がそびえ立っている。

その手前に平屋が有りそこから歌手の友情を歌う声が聴こえている。

吹雪は柵を開け敷地の中に入ると平屋の玄関口と思わしき所に上がる。深呼吸をし目を瞑って呼び鈴を鳴らす、返事は無かった。

先程から聞こえてくる歌はどうやらサビに入ったらしい、歌手の声が少し情熱的に聞こえる。

もう一度呼び鈴を鳴らすと同時に、今度は声を上げてみる。

 

「すみません!どなたか居ないのですか?」

 

ドンドンと荒々しいノックを追加してみる。

 

「すみませーん!」

 

扉の向こうでドタバタと音が聞こえてくる。

 

「やかましいなぁ、もう少し静かに出来ないのか?」

 

扉が開くとひとりの青年が顔を出した。

背丈は170cm前後であろう、ボサボサの髪には寝癖がつきメガネを上げて眠たそうな目を擦っている。

目の前の吹雪を認めると、おもむろに言う。

 

「ああ、お前が、えーっと、雪、雪…何雪だっけ?」

「はじめまして、駆逐艦吹雪です。よろしくお願いします。」

「そうだ、そうだった。吹雪、吹雪ね…いい名前だ。」

「はぁ、それはどうも。」

 

そう思うのであれば忘れないでいて欲しいものである。

 

「まあ入れ、一応お前の提督から話は聞いている。ああ、そうだ。」

 

すると青年はニヤッと笑って言った。

 

「歓迎するよ吹雪、君はここの最初の訪問者だ。…どう?カッコいい?」

「「………」」

「「……………」」

「いえ、別に…。」

「…そうか。」

 

音楽はいつのまにか止まっていた。

 

 

建物の中はこじんまりとしている。玄関の靴箱と思わしきところに車輪の小さなロードバイクが立て掛けてある、ミニベロというやつだ。これでは靴箱が使えないのではと思う。

曇りガラスの入っているドアを開けると右手に台所、左手に洗面台がある。さらにその奥にもう一つドアが有り(こっちも曇りガラスのが入っている)、それを開けるとリビングだ。

キッチンと洗面所の天井が低かったのは、その上がロフトになっていたためであった。

 

「座っとけ、今お茶出すから。」

 

そう言ってソファーを指差す。

 

「そんな、わるいです。」

「良いから、気にすんな。」

「いえ、その…。」

「断られる方がショックだ。」

「はい、ええ、それでは」

 

青年は微笑んで冷蔵庫に手をかける。

 

「麦茶でいいか?」

 

チラッと見えた冷蔵庫の中身は何も入っていない様に見える。

 

「はい…。あの、いつもここで生活されてるのですか?」

「うん、まあここに来てまだ数ヶ月だからな。これからどうなっていくかは分からん。ほい。」

 

そう言って麦茶の入ったコップを机に置く。中で氷がカランと崩れた。

 

「それで、一体君はなぜここに来たのかな?」

「司令官から聞いてるのではないのですか?」

「いや、一人艦娘が来るとは聞いたが何故かはまったく聞かなかった。それで、どうして来たんだ?」

「それは…えっと。」

 

肝心な事というのは言い出そうとすればするほど言えないものである。どうしても、喉につっかえて出てこない。顔も俯いてしまう。

 

「言いたくないのであれば無理に言わなくても良いぞ。」

「え…。」

 

フッと吹雪は顔を上げる。

 

「ここは特に軍隊的なとこではない。だから、もっと気を抜いて貰って構わない。」

 

司令官によく似た優しそうな微笑みであった。だからと呟き青年は続ける。

 

「別に来たいときに来ていいし、その目的もただお茶を飲むというだけでもいい。欲しいのであれば飯も出す。」

 

吹雪はつい立ち上がって叫ぶ。

 

「本当ですか?本当に来ていいのですか?」

「ああ、いいぞ。」

「姉妹を、妹たちを連れて来ても?」

「いい。」

「毎日来ても?」

「うぐ、ま、まあ良いい。大丈夫だ構わない。」

「ふふ、ありがとうございます。嬉しいです。」

 

そこで見せた吹雪の笑顔は、まさに満面の笑みとであった。その笑みのまま吹雪は続ける、今なら言いたいこともすっと言えるような気がした。

 

「あの、私今日ここにはお礼を言いたくて来たんです。」

「お礼?」

「はい!この前私遠征隊のみんなとはぐれてしまって、暗い海に一人きりになってしまったんです。その時にこの灯台の光が見えて…それで、そのおかげで鎮守府に帰還できたんです。」

「そうか、この前の漂流艦(ひょうりゅうかん)は君だったのか無事にたどり着けたのであったのであれば良かった。呼び掛けたのに返答がなかったから心配だったんだ。」

「それは…すいません。」

「いやいや、無事だったのであればそれで良いさ。」

「はい、ありがとうございます。」

 

そう言われて吹雪は自分でも顔が熱くなっていくのが分かった。俯いた吹雪は、あわただしく誤魔化すように無理やりつづ。

 

「あの…それじゃあ私。今日はこれで失礼します。」

「え?」

「お茶ありがとうございました。」

「ちょっ。」

「それでは、また。」

 

そう言い残すと吹雪は風のように出て行ってしまう。状況に対応しきれていない青年から呟きが漏れる。

 

「早いなぁ、電光石火じゃないか。そんなにここにいるのが嫌だったのか。ショックだな。男子校の弊害とか出てなかったよな。」

 

ドカッとソファーに座りなおす。

この男の他に類を見ない程の貧相な学生生活と今の社会の状況は、人の心を腐らせるのには十分すぎる要因であった。

 

「…どうせこの場限りの縁だ、考えても仕方ない。」

 

そう言ってコップの片付けを始める。

吹雪のコップを手に取った時にフッと考えが頭をよぎる。

 

「普通に口付けて使ってたよなぁ。」

 

ゴクリと喉が鳴る。

 

「行っちゃう?行っちゃうか?………いや、いやいや。ダメ、ダメだ。そんなの…ダメだ。」

 

そう言ってボウルに張った水にコップを漬けた。水面に立った波がボウルの中を何往復かした後、やがて消えた。

 

 

灯台を出た後の足取りは行きとは違い嘘のように軽かった。森を抜け、坂を上り、駅に着き電車を待つのでさえも面白く感じた。

 

「ふふ、ふふふ。」

 

何がおかしいのかわからないが兎に角笑いが漏れ、口角は下がる事を忘れているようだった。

 

「やりました、やりましたよ私。これは帰ったら白雪達に自慢するしかありません。鎮守府の外にお友達が出来ました。」

 

吹雪のテンションは落ち着く事を知らずに上り続けている。

しかし、気持ちの上がり下がりというものは物理法則によく似ている。上がるのには多くのエネルギーが必要なのに対して、下がるのはあっけない程に簡単であった。

 

乗った車両に居たのは釣りの帰りと思わしきグループであった。

戦線の若干の押し返しに伴い、一部沿岸地域で釣りが許可されていたのだ。

そこから聞こえて来たのは恨み辛み嫉妬舌打ち。

上りきっていた吹雪の心をどん底に突き落とすのには十分であった。

吹雪は失念していた、わかっていたはずではあった。

あの青年の様に艦娘を一人の心ある生き物として受け入れる人間は少ないという事を。

だからこそのさっきの気の上がりようであったのだ。

足で地面を踏みしめている感覚が遠のいていく。

心臓が石を括り付けられた様に重くなる。

そういえば、あの青年の名前を聞くのを忘れていた事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もう少しボリューミーな方が良いんでしょうか?
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