船団が海峡を通り過ぎてゆく。
ここ観音崎灯台の対岸、つまり房総半島からも灯台の光が見えていた。多分あっち側の灯台守も同じような景色を見ているのだろう。
数ヶ月前の艦娘による遠征成功により彼女達は船団の護衛も任されるようになっていた。
今は大規模な船団輸送が人目を憚る為に真夜中に実施されている。
要所要所の灯台守はそれを見守っているよう言い渡されていた。
真っ暗な海の上を灯台と船にあるわずかな光のみを頼りに進んでいく。一説によればその昔インド洋を横断する船には海に飛び込むものも居たそうだ。
「本当に気が狂いそうになるんだろうなぁ」
自分の睡眠を妨げんとする音がしている。
それは耳から侵入し頭蓋の中で反響して寅之助を不快にさせる。
それにもう少し寝かせて欲しいという発音言への苛立ちと早く目覚めねばならないという焦りが加わり更に不快になる。
朝というのは全てをして自らを不快にしてくれる。
「うぅ…」
不快感を抑えこみ、起き上がって目を開ける。
そこにはおたまを持ち仁王立ちをしている少女が立っていた。
「やっと起きた、もう朝よ!早くそこから出てきなさい!」
時計を確認する…七時三十分。
「アホじゃねぇのお前」
おやすみなさい。
「ちょっ、起きなさいって。鳳翔さんが心配だって言ってたからせっかく朝ごはんも作ったんだから。」
布団から頭を出し恨めしそうに目を細める。…そげな事言われたら起きるしかないじゃないですか。
「わかった、わかった起きるから。だがな昨日俺は三時まで仕事だったんだよ。頼むから来るときは事前に言ってくれ。」
そこまで言ってふと思い当たる。
「……って、あれ?この前も同じような事言ってなかったっけ?」
「そんな事知らされてないわよ。」
「……そうか。」
うーむ誰かに言ったような気がするがまぁいいか。思い違いだろう。
腹が膨れて一息つく。
ふと時計に目をやると針は八時半くらいを指し示していた。
そういえば叩き起こされたのは七時半だったな。こんなに早い時間に起きるのは久しぶりだ。
「そう言えば堤t…えぇっと、灯台守さんは何で昨日夜遅くまで起きてたの?」
「うん、まぁ今更だけど名前は殿畑寅之助と言います」
少女が目を逸らす、耳が真っ赤だ。
「あ、朝風よ。」
「うん、よろしくな朝風。それで?」
「え?」
「さっき何か言ってたろ、思いっきりスルーしちゃったけどさ。何だっけ?」
「あぁ、そんな夜中まで起きてなきゃ行けない程灯台守って忙しいのかなって思って。」
本当は機密なんだけど艦娘なら大丈夫だろう。
「昨日船団護衛の任務があっただろ。」
「無かったわよ。」
「そうだr………え?」
「無かったわよ。」
「本当に?」
「本当よ。」
いやいやいや、そんな筈は無い。確かに昨日真っ黒な海を進む船団を見守っていた筈だし。何なら命令文は控えてある。
「あっ、まさか。」
思わず叫んで朝風を見る。どうやら同じことに思い至ったらしい、がっつり目が合った。
「ちょっと!!あんた、なに普通に機密もらしてんのよ!どうするの、どうしてくれるの?」
「待て、待て落ち着け。大丈夫、大丈夫だお前が黙ってれば問題無い。」
「そうね…そうよね。黙ってればいい黙ってればいい。」
そうだ黙ってればいいのだ何を騒ぎ立てる事があろうか。ぶつぶつと何かを呟いていた朝風は片付けると言って立ち上がった。
食器を片付けて後ろを向くとそいつはすでに眠っていた。
結局昨日何があったのかは聴きそびれてしまった。
こんなに早くに来るのはやはり迷惑だったのだろうか?
ふと当たりを見回すがやはり毛布などあったかそうなものは無い。
「仕方ないわね。」
呟いた朝風が自分の羽織りを眠る寅之助にかける。夏とは言え朝は冷える持ってきておいて良かった、良かったのか?
「今日のところはお暇します。話の続きは今度来たときに。」
そう言ってこじんまりとした部屋を後にした。
まさしく気絶だった。
布団に入って三分以内の就寝は気絶であり逆に不健康だと聞いたことがある。
四時に寝て七時半に叩き起こされた満腹になったのだ。
「こんなの寝るに決まってるだろ。」
そう言いながら起き上がるとパサっと何かが体から落ちた。見慣れない羽織が自分の膝に掛かっている。
「あいつ、わざわざこんなもの………めっちゃ良い匂いするじゃん。」
密閉された部屋は正午の太陽に焼かれそれこそ蒸し焼き状態になっていた。