汗ばんだシャツは体にベットリと張り付き寅之助の不快感をさらに強めた。
「くそ、昨日のうちに返しておけばよかった。」
レンタルビデオの返却期限に昨日の夕方頃気がついた寅之助はその時の彼自身に恨み辛みを吐き出していた。
普通なら車を使う距離にあるレンタルビデオ屋にわざわざ小一時間歩いて行ったその帰りであった。
季節は梅雨である。
先日朝風が置いて行った羽織は家宝にでもして家に飾ろうと考えたが流石に理性が止めた。
着物は湿気が敵だと聞いた事が有ったような無かったような…。
そんな物を梅雨入り直前に置いて行ってよかったのだろうか。
湿気凄いしハンガーで部屋に吊るしておいても普通にカビとか生えそうで怖いんだけど。
そんな事を考えながら坂を上きると真っ白な灯台が見えてきた。
「うん?」
その直ぐそばにある宿舎の玄関前に誰かが立っていた。
頭のてっぺん辺りからひょっこりと耳のようなアホ毛が飛び出ている。
宿舎に近付く寅之助に気付いた彼女はこっちを向くとニッコリと微笑んだ。
「こんにちわ。僕は時雨、良い雨だね。」
「いや!良くない。」
本当に良くない。
「だいたい時雨、お前はいつからあそこに居たんだ?」
寅之助は水出しの番茶をグラスに注ぎそれをテーブルの上にことりと置くとそう切り出した。
「いつからって…ずっとさ。」
「は?」
「君がこの宿舎から出ていくのも見ていたし何ならあそこの階段を降るときに転びそうになっていたのも見ていたよ。」
声も出ないというのははまさにこの事なんだろう。
こいつ…今まで会った艦娘の誰よりも群を抜いてやばい奴だ。
と、寅之助の直感が全力で警鐘を鳴らしている。
「そ…そうか。は、ははは。まぁ、恥ずかしいところを見せてしまったな。」
「そんな事は無いさ。昨日完徹で書類仕事をしてれば足元も覚束なくなるさ」
「………」
こいつ…どこまで把握してるんだ。
「君の事ならだいたい判るさ、全てでは無いけどね。」
とっとと用件を聞いて帰らせてしまおう。
「それで、今日は何しにここにきたんだ?」
「うん、いいよ誤魔化されてあげよう。用件はね…特に無いんだ。」
えぇ…。
「うんうん、露骨に嫌そうな顔するね。」
寅之助は梅雨でジメジメしているのも合わさって本気でイライラしてきていた。
梅雨というのは誰もが憂鬱になり苛立つ季節である。
会って数十分だがこの時雨という少女は並々ならぬ裏があるように感じてならない。
と、寅之助が思った時であった。
「だいちょうさん、点検終わったです。」
掌サイズの小人がどこから現れたのか、テーブルの上によじ登って来た。
「お、そうかそうか。じゃあ今日はもうそれで全部だ。」
「わかったです。…ところでさっきからこっちを見つめて動かないこの人はいったい誰です?」
「そいつは…やばい奴…?」
「それはやばいですね、では退散するとするです。」
「うん、お疲れ様。」
その言葉にひらひらと手を振ると、妖精はテーブルから飛び降りた。
時雨は固まったまま微動だにしない。
「時雨?時雨…時雨ぇ?」
「……で?」
「うん?」
「なんでここに妖精さんがいるの?」
「なんでって……知らんよ。」
「嘘つけ!絶対知ってる。その顔はなにか隠してる。」
「あーあーうるさいうるさい、機密だ機密。分かるだろ軍人の端くれなら、言えないんだよ。」
「……じゃあ…仕方ないか。」
やっと引く気になったようだ。
その後も他愛のない話を続けた後時雨は満足げな顔をして帰っていった。
二度とくるなと言いたいところだがまた来るとか言ってたな。
勘弁して欲しい。
「ごめんなさいです、だいちょうさん。」
「いやいや、今回は相手が悪かったさ。何というか知りたがりと言うか、知識欲の権化と言うか。」
「この前の人には全然追求されなかったですが。今回は危なかったですね。」
「うーん、まぁ俺個人としては別にそんなに隠す必要もないと思うんだけど…。」
「仲悪いですもんね。」
「灯台守達が一方的に嫌ってるだけだけどな。向こうは多分気にもしてないと言うかどうでも良いんだろ。」
「だいちょうさんも嫌いです?」
「いや…別に…。嫌いだったらここに艦娘入れんだろ。」
「それもそうですね。それじゃあ今度は砲台見てくるですよ。」
「頼んだ。」
妖精さんが自分専用の窓から晴れ渡った空へと飛んでいった。
0〜6人目に少し修正を加えました。