「…………。」
とまぁ、自信満々のキメ顔を真顔でスルーされたワケなんだが。
いや、自己推測はともかくとして。主に俺のメンテル的にやめてくれ。これで「予想通りでした」なんて返されたら恥ずかしさで死んでしまうから。
「…………え?」
お。
「ええぇぇぇぇえええええっ!!?」
よぉぉぉぉおおしっ、思わずにやけてしまう位の驚きっぷり。いやいや、俺は分かってたけどな。ミカンなら盛大に驚いてくれるって。
それにしても、中々手の込んだことをしてくれる。わざわざ溜めまで作るとは、これはいよいよ俺の指導も実を結んだか。おそらくこれで、俺がいなくとも“ツッコミ”としての地位を確立し続けるだろう。
「な、何ですかそれ!? 私聞いてませんよっ!?」
「ああ、初めて話した」
「え、え、も、何で私に話すんですか! もっと適任な人いっぱいいますよ!? 本部に連絡してるんですか!?」
「今からする。正真正銘、お前が一番最初に話した相手だ」
これは……予想以上に心地良い。
ニタニタと俺が見守る中、ミカンは慌てふためいて鞄から電話を引っ張り出そうとしている。
「ほら、早く連絡して下さい!」
「待て待て、わざわざお前に話したのにも意味はある。お前を、次のジムリーダーに俺から任命したい」
「何を冗談言ってるんですか!」
その言葉にただ真剣な顔で見つめる俺の姿に、とうとう本気だと気づいたらしい。気色の失った顔で茫然として何かを呟いている。何を言っているのか聞きたい所ではあるが、一々耳を澄ませるのも気持ち悪い。ここはミカンの復活を待とう。
「……どうしよう」
ようやっと聞こえる程にまでになった声は、震えていた。だから気付いてしまった。冗談半分にした話が、この少女にとってはどれほどの重圧か、自分は全く分かっていなかった事に。ミカンはとてつもない不安に潰されそうになっているのだ。
今更ながらに後悔する。事あるごとに話に出すミカンの“年不相応”。からかうばかりで、自分はまだミカンが少女であることを認識しきっていなかった。
しかし、そんな時でさえ、どんな風に声をかけたらいいのか分からない。思えば、ミカンとの真面な会話など数えるほどもない。
そんな時だった。
「前口上どうしよう!」
「そっちかよっ!」
キラキラとした目で上げた顔は、いままでになく輝いていた───。
ツッコミはやはり自分か、と慨嘆してから、素直な感想を思い浮かべる。本当に輝いていたのが癪に障る。朝日効果だ。
しかし、どうにも腑に落ちない。居心地が悪いというか、心配したこっちの感情を考えてほしいものだ。
「えぇと……シャキーン!! とかどうですか!?」
「うん……良いんじゃない……?」
しっかり振付もつけて尋ねるミカン。やはり朝日効果か、逆光が眩しい。無理矢理ジムリーダーにしてしまう後ろめたさもある分、強く反対ができない。
でも、嘘。それはないよ、ミカン。
◇
ミカンの電話を借りて、ポケモンリーグ本部に連絡をしたその翌日。俺は今、ちょうどそのポケモンリーグ本部に来ていた。隣にはミカンの姿もある。
なんでも、ジムリーダー同士の会合が数日後予定されていたのだが、俺の報せを受けてその予定を早めたらしい。悪いことをした。
もし辞任がまかり通ったならばどうしようか、と悩んだ挙句、旅に出ようと決めた。連絡しながら考えていたため、この事も本部に誤って伝えてしまい、通信課の人にアドバイスされた。気遣いなのかねぇ。
決まって俺の相手をしてくれるキリッとした役人さんに連れられ、ジムリーダー達のいる部屋まで案内される。
ちなみに俺が一番来るのが遅かったらしい。また面倒な。何でだか、待ち合わせの時間に間に合っていても、最後に来た人は本部長にどやされるのだ。
本部長、怖いというか妙な圧迫感で居心地悪くしてくるからなぁ……。
「ここだ」
役人さんが立ち止まってそう伝える。やっぱりか、という思いもあったが、やはりここらしい。大事な話などをする時に使用される年期の入った会議室。会議室とはいっても、今ではジムリーダー専用の溜まり場といっても過言ではない。
役人さんは立ち止まり、無言で俺に促した。何をか、というと、部屋に入る前、この時のジムリーダーの暗黙の規則として、まず自分の身なりを確認するのだ。本部から通達があったワケではなく、ジムリーダーならそれくらい弁えろ、という心構えが形骸化したもの。皆との顔合わせもあるし、ここは怠らない。
さて、ミカンは……緊張も窺えるが俺よりもジムリーダーらしい。───よし、いつも通りだな。
「大丈夫だ」
頃合いを計り、役人さんにそう返答する。これはつまり、ドアを開けろ。という意味で、この敏腕っぽいエリートに命令できる数少ないチャンス。ここも怠らず、むしろ尚の事気持ちを込めて言う。
僅かに俺に物言いたげな顔をした役人さんにびくっとするも、何でも無かったようにドアに向き直ってくれた。安心した。
ギィィ……とやや老朽化が進んだ大き目の扉が開かれた。
開かれた先───扉とは打って変わってイメージの変わる、個々のジムリーダーの私物で飾られた
古参のヤナギさん、アセビさん、チガヤさん。俺から一つ前の世代にあたるカイドウさんとシジマさん。同期のマツバとイブキ。そして、本部長オウチ。長机に向かって本部長を中心に八人が座っている。予定が取れず、ここ最近長いこと顔ぶれが揃う事もなかったため、尚そう思う。
その
「遅かったね、約600秒の遅刻だ」
「あ、はい。すみません本部長」
本部長の小言に返しながら、いそいそと自分の席へ向かう。と、ここは俺が座るべきなのか、ミカンが座るべきなのか。
「構わないよ、今はまだ君がジムリーダーだからね」
席の前で少し躊躇った俺に、見透かしたように本部長がそう言う。全くもって空恐ろしい洞察力……。それくらいの洞察力がないと長なんて務まらないのか。
俺が席に座ると同時に、本部長が口を開いた。
「さて、もう話は聞いていると思うけど、ユズリ君から辞任の申し出を受けた。その後には旅に出たい、ともね。今のポケモンリーグの情勢としてこれはちょっと厳しいんだけど、ユズリ君本人がジムトレーナーのミカンちゃんにジムの相続を申し出ているんだよね」
「本部長、ジムの相続はその跡継ぎのみの例外ではないのですか? ユズリとは血縁関係もない彼女を就任させるのでは、規則に反します」
話も早々いきなりつっかかったのは、ドラゴン使いのイブキ。今も変わらず眉間を寄せて怖い事この上ない。しかし、こういうキャラにこそ決まってツンデレがあるもの。姉御肌なのか、妹分肌なのかをいずれ検証したいと思っている。
「今は新たにジムリーダーを選抜する余裕もないからねぇ。ミカンちゃんは前回の大会で十分な成績を残しているし、現ジムリーダーから推薦があるなら構わない、というのが本部の意向だね」
自分の事の審議なので真面目に聞くが、へぇ……。ミカンて凄かったのか。確かに強かったな。何回戦だったか……割と上だった気もする。
とりあえず、そうだったの? とミカンの方を向くと、えへんと胸を張る。張る胸も……いや、皆まで言うまい。とにかく事実のようだ。
「本部長、状勢が危ういならこそ、ユズリの辞任を保留にすれば良いだけではありませんか?」
次に質問を投げかけたのは、タンバジムのシジマさん。筋肉隆々、ついでに下っ腹も隆々な格闘家さんだ。普段は修行だなんだと面白い人だが、ジムの運営はしっかり行っているので個人的に尊敬している人だ。
「そこも話すつもりだったんだけど、彼だけは就任時にジムの改装をしてないんだよ。予算を浮かしてくれた分、彼自身の意見も尊重してあげないとね」
そうだったんですか? とミカンが俺を向いてきた。すっかりそんな事忘れていたが、フッと笑って返してやった。これで、さぞ俺が周りに気を配れる良い人に見えた事だろう。
「まあ、ポケモンリーグではジムの改装を以ってジムリーダーの就任を確立させる風潮があるから、ってのもユズリ君の辞任を容認出来る理由なんだけどね」
瞬間、ミカンの視線が微妙なモノに変わる。憐れむような、蔑むような……待て、俺もそんな事知らなかったんだよ。
ミカンと視線で言い合いしていると、隣の席から声をかけられた。
「いやはや、まさかユズリ君が私よりも先にジムリーダーを辞めるとは思わなかったよ」
キキョウジムのカイドウさん。飛行タイプ……というか鳥ポケモンをこよなく愛している、三十もそろそろさよならのオジサンだ。
たしか、あと何年かしたら息子さんにジムリーダーを継がせるんだったか。
「今この議題の最中にやめて下さいね、カイドウさん。火に油注ぐようなものですから。ぶり返さないで下さい。───えぇと、そちらは……ハヤト君でしたっけ」
「息子かい? ああ。最近は急に大人になってね、見違えてしまうよ。これなら今すぐにでもジムを譲っても良いんだけど」
「カイドウ!」
ハハハと、冗談混じりにそう言ったカイドウさんに、イブキが怒声を発する。カイドウさんの笑顔が引き攣った。昔からイブキが苦手らしく、波風を立てないようにしているらしい。「困ったねぇ」と俺に零しながら、姿勢を正し、神妙な顔つきで正面に向き直った。
そこに見計らったように本部長が口を開く。ていうか待ってたんだろう。
「私語は控えるようにね。さて、ジムリーダーの皆はどうかな? 二人の意見だけじゃなく、それぞれ述べて欲しい」
ややこしいが、これは当然私語の事ではなく、俺の辞任に対する意見の事だ。本部長の言葉に、
「若い者は旅に出るべきよ。輩は賛成だ」
「私も、ジムリーダーの席が欠けないのであれば、異存ありません」
「同じく」
「私も賛成です」
「名残惜しいですがね」
順にアセビさん、ヤナギさん、チガヤさん、カイドウさん、マツバ。全員……シジマさんとイブキ以外は賛成だと言ってくれている。
その意見に本部長が小さく頷きながら、イブキとシジマさんを見る。
「多数決なら即決だけど、君たちの意見はどうなんだい?」
「いやいや本部長。ワシは反対って訳じゃないさ。問題が無いならそれで良いし、別にユズリの人生をワシが決めるワケじゃないしな!」
ガハハ、と本部長の前でも憚らずシジマさんが大笑する。質問の時は畏まっていたのに、何だこの変わりよう。しかし、そんな場違いな豪笑で良い感じに空気が弛緩していた。だというのに……。
「私は反対だ」
イブキがきっぱりと告げる。
「奴一人の了見でジムリーダーを入れ替えるなどありえない。それに見合う名分があるならばともかく、これは只の我儘だ!」
最初は本部長に話していたが、途中からこっちを見てがなり立ててくる。それに乾いた笑いで返したが、イブキの言う事は尤もだ。この件は俺が弱音を吐いたに過ぎない、ただの我儘……正にその通りだ。
だが、本部長はその柔らかな笑顔を崩さずに言う。
「イブキちゃん、それは反対の意見には成り得ないよ。何で君は反対なのか、リーグ側のリスクの面で考えてみてほしい」
「…………」
「そう。ジムリーダー変更の告知や、新しいジムバッジの作成とか、確かに色々費用はかさむけど、彼が行う筈だった改築に比べれば大した事もない。むしろ、彼の行動を推奨する、というのが本部の決定だね」
多分、ミカンちゃんのバッジは流用だろうけどね、と本部長がぽろっと最後に言った。
……どうやら、心強い味方がいたらしい。当然、咎められると思っていたが、まさかポケモンリーグ本部が賛成していたとは。ていうか、それどういう意味かな? 若者よ大志を抱けって事なのかな? それとも、俺がそんなにも無能だって事なのかな?
「異論は…………うん、ないね。じゃあ、アサギジムのリーダーをミカンちゃんにチェンジ、という事で話は終了。このままだと大事な話もできないから、皆でミカンちゃんに規則とか教えておいてね」
最後にそう締めくくって、本部長は部屋を出て行った。ここは先達者である俺が……と早速教えてやろうとした時、蛇睨みよろしく厳しい視線が俺に突き刺さる。原因は他でもなく、イブキだ。
「……何だ、まだ言いたい事あるのか」
「腐るほどな!」
イブキは形式とか大事にするタイプだからなぁ……。そしてプライドも高い。将来はもっと上の役職につきそうだ。
しかし全く、沸点の低い奴。カイドウさん、笑ってないで助けてください。こういうイブキは俺も結構苦手です。
「貴様もジムリーダーになったならば、その責務を全うしなければならない! 途中で任を降りるなんてもっての外だ!」
「性に合わないんだよ。俺には向いてなかったんだ」
「それは我儘だ!」
「まぁ待てよ、イブキ。既に議決した問題をそうぶり返すな。何を以ってそんなにも反対するのだ?」
ちょっとやばいかなと思っていたころ、介入してくれたのはアセビさん。古参の中でもリーダー各で、現コガネシティジムリーダー。強面で、老人だというのに恐ろしい。
イブキはそんな強面に一睨みされて、押し黙った。
「皆が賛成し、異論は無いってんだ。お前さんは何故反対するというのか」
うお、カッコいいよアセビさん! もっとやって! 俺の言う事は聞きそうじゃないからもっとやって!
内心でアセビさんを囃し立てる。このままま納得してくれれば良いのだが……と俺が心算を立てている前で、イブキが俯いた。
「……なぁ、マツバ…………コイツは言ったよな…………『俺達三人がジムリーダーの核になろう』って……」
「……ああ」
って気づいたら怪しいムードじゃんかコレ。てか言ってたなおい。そういうのを黒歴史って言うんだから。こら、何で覚えてんの。忘れなさい。
「私は人付き合いが得意じゃない…………同期で入ったお前たちとも上手くやる自信なんて無かった……だが、ユズリのあの言葉が、構わず声をかけてくれた存在が、私にとってどれだけの安らぎとなった事か……っ」
あぁ……それ、その場のノリとテンションの権化だから。勢い任せでやった意気込みみたいなやつだから。調子乗ってただけだから。影響とか受けなくていいから。
しかも、空気的に口に出せないが、これは嫌な予感だ。具体的に言うと、俺が悪者になりそうな予感がする。
「そのお前がっ……言い出したお前が! その言葉を無下にするのか!」
「ほぅ……そのような事を言っとったのか?」
と、多分俺の予想と同じ未来を思い浮かべたらしいアセビさんがイブキ側にまわった。こういう所あるから素直に慕えないんだよ。キャラ作りは大事だぞ。
そして敵は増え、暫定リーダーのアセビさんのおかげで皆あっち側へ。ミカン……お前もか……!
「ぃや……まぁ、それは言葉の綾というか、口から出た錆びというか……。根拠もクソない只の勢いというか……」
その言葉でイブキが更に俯込み、老人組からの視線が厳しくなる。あれだ。や~ちゃった、ていうあの感じだ。途端に座り込みたい衝動が俺を襲う。……仕方がない。女勢と中年勢からの視線も増えて、よけいに息苦しい。やりたくないが、良い人でも演じておこう。
「───なぁ、イブキ。さっき言った通り、俺にはジムリーダーなんて役はあってなかった」
特技というか隠し芸というか、俺は声のトーンを下げると優しいお兄さんっぽくなる。意図してその声を作りながら、イブキに語りかける。
「だがな、無駄じゃなかったと思ってる。自分の個性は、まぁ、この自由奔放さだと思ってるが、それが俺の欠点だとも理解してる。それを教えてくれたのが、ジムリーダーの仕事だ」
ちょっとだけ、イブキの首の角度が大きくなった。
「これは息抜きだよ。俺は加減をしらないから、少し肩に力を入れすぎてたんだ。今回の旅で、自分を見つめなおす。節度を付ける」
良いムードな空気を噛み締めながら、スパートをかける。
「───だから、この旅が終われば、きっとまたジムリーダーに戻る。絶対だ、約束する」
イブキの顔が上がり、その瞳が少し潤んでいるのが見えた。イブキは女にしては背の高い方だが、それよりも俺の方が大きいため、イブキは自然見上げる形になる。
そこまで確認して、小指を立てた右手を差し出した。これで締めだ。
「指切りだ。信じれないならやればいい」
キメにキメて、イブキの顔を見る。不安げに見上げるその顔を見つめ、目を細めつつ慈愛に溢れた笑みを浮かべた。
イブキの手が動く。ゆっくりと、だが確実な変化で、俺は成功を確信した。
イブキの小指が俺の小指を絡め、強く結ぶ。
「……ユズリ」
イブキが少し俯き、また顔が見えなくなった。だが不穏な気配はない。口調を維持しながら、とりあえず聞き返す。
「なんだ?」
「気持ち悪い!」
「い゛た゛ぁ゛っ゛!」
安心しきった俺の小指を、イブキの小指が無理矢理捩じり込んだ。嫌な音がしたが、まさか関節が外れたワケじゃないだろうな。いや、外れてても違和感はない。それくらい痛い。 ……はぁ。そういやイブキは武闘派だった。わざわざ殺気を消して攻撃とかいらん小細工するな。流れ的にフラグ建ってたしツンデレかとも思ったのに、結局姉御肌か。
「前々から思ってたが、お前のその声と顔は気持ち悪いからやめろ」
「これ、お前の前じゃ初披露じゃなかったっけ」
イブキの双眸がうるうるどころかギンギンに俺を睨み付ける。潤んでいた瞳は見間違いだったね、気のせいだったのね。
「っ……うるさいっ!」
頬を染めながら、またも怒鳴り散らして小指を折ろうとしてくるので、さっと避けた。二度目がかかると思うな! しかし……フッ、これが萌え……。まさかイブキに感じるとはな……。
「フハハハハハハハハっ! ユズリめ、上手い口八丁じゃないか! 見直したぞ。そうだ、その顔よ。“立つ鳥跡を濁さず”というがな、危険分子を残したまま逃げるなよ? 坊主」
「ちょっとアセビ、危険分子って誰の事よ……!」
アセビィィ……。こっちが素か! 今までこんな顔見せなかったくせに! アセビさんの言葉に怒るイブキの怒気も笑い飛ばして、ちょっと羨ましい肝だ。……まぁ、これはこれで良い幕引きではあるわな。てか、そんなに肝が太けりゃあんたで解決できたろうに。
「私もそろそろ引退しようかしらねぇ……」
チガヤさんがぽつりと漏らす。現ヒワダジムリーダーのおばさん……の筈だが、年の割に若く見えすぎる虫使いさんだ。おそらく、どこかの女王様みたく処女の血のシャワーでも浴びて肌のうるおいを保っているのだろう。
「お、そう思いなされますか? では、次の大会の辺りにでも世代交代とでも行きましょうかなぁ」
チガヤさんの独り言に反応したのはカイドウさんだ。やけに歓喜しているように見えるが、何を喜んどるのか。あれかな、奥さんに飽きて熟女に手を出すノリかな。
「何を言いますか。貴方まだ現役でいけるでしょう」
「いやそれがですね、年甲斐もなくポケモンの背に乗って空を飛んでいたら腰を痛めまして」
そして二人で笑うジムリーダー。何をやってるんだこのおじさんは。腰を痛めるとか、お前もう古参組の仲間入りしとけよ。
呆れた目でカイドウさんを眺める俺に、老人の声がかかる。
「ユズリ君、君の引退を知った時に用意しておいたんだ。受け取ってくれ」
チョウジタウンジムリーダーの氷使い、ヤナギさん。数年前までは年中半袖半パンだったが、最近は寒くなったのか年中防寒具完備に変貌した。俺的にはアフターの方が素敵だと思うので、ビフォーしないように祈ろう。今も変わらず紳士な表情で話かけるヤナギさんは、その手に持った手袋を差し出していた。
「ありがとうございます、ヤナギさん」
「僕からもプレゼントだ。ユズリ、どこに行く気かは知らないけど、がんばれよ」
間髪入れずに声をかけたのはマツバ。エンジュジムリーダーのゴーストタイプ使いで、マフラーとバンダナというハイセンスな男だ。てか何持ってんのお前。禍々しいオーラ出てるんだけど、ちょ、何それ、お札?
「あ、ああ、ありがとう。で、これは何だよ」
「フッ、それはジムトレーナーの皆さんが、ユズリのために丹精込めて作ってくれたお札さ」
「お前んとこのジムトレーナー全員なんか狂ってるだろうが! いらねーよこんな呪いのお札!」
何度かエンジュジムに顔を出した事があるが、初めては本当に怖かった。ジムの造りで暗い中に、突然浮かび上がる白い老婆の顔。あれ以来、俺は祈祷師が怖くなった。全てはあの似非祈祷師共のせいだ。
「何を言うんだ。それがあれば野生のポケモンとの遭遇が少なくてすむんだぞ?」
「違う、それは清めのお札だ。これはお化け寄せ付けるだけの霊媒だからな」
せっかくの好意だから受け取るけどな。とりあえず、しつこいマツバが鬱陶しくもあるので、愛想笑いで受け取っておこう。
そして、これでもう全員のジムリーダーと会話してしまった。後ろ髪引かれるが、くよくよすると、俺が帰りづらくなる。
「顔合わせは済んだし、俺はさっさと帰るわ。ミカンには俺から教えとくから、安心しろよ」
そう一言言い残し、手招きでミカンを手繰りよせて、かっこよく去らせて頂く。その時、ふと見えた微かに手を伸ばすイブキの姿が、彼女にとっての俺の存在の大きさと言うものを雄弁に物語っている。
だが、男は振り返ってはならない。女を待たせる男は、帰るその時まで決して振り返ってはならないのだ。
心に満ちる感情を確かに感じながら、俺は重い扉を押し開けた。
◇
sideイブキ
そういえば忘れていた。アイツに先月貸した金があった事を。逃げる前に返してもらう気でいたが、奴は既に逃げ帰る瞬間だった。一言だけ残して振り返らないのは、きっと「背中で語る男」とか妄想しているんだろう。後頭部を思い切りぶん殴りたい衝動に駆られたが、かっこつけて去ろうとしているのだ。長い別れの際くらい、奴のままにしてやろうじゃないか。そう思い、手前に伸ばした腕を引き留めた。金は後で三倍返しして貰おう。
心の中でそう決心する私に、ニヤリと笑うアセビが声をかけた。
「イブキよ、もしやお前、ユズリの事が好きじゃあるめぇな?」
「私が? ……無いな。身の毛がよだつような事を言わないでくれ。ボケたか?」
私がユズリを好きか。
思わず想像したが、一呼吸と置かず鳥肌が立った。あー、嫌な事考えた。こんな事させたアセビは後でジムに吹っかけてやらねば。というか、私は兄一択だ。それ以外なんて邪道。邪王真眼だ。
「……なんだ、つまらんのう」
アセビは本当につまらなさそうに言う。こんな事を考えるとは、やはりアセビも年という事だ。新しいジムリーダーを私から推薦してやろう。
忘れないよう頭の片隅に覚えながら、私も荷物を片づけ始めた。
◇
「見たか、ミカン。あのイブキの表情と仕草。あれは絶対落ちたな」
ジョウトとカントーの中間にあるポケモンリーグ本部から、ミカンのエアームドを借りつつアサギシティに帰還して数刻。今はアサギジムの隣に建った俺の家にいる。必要ない、という俺の意見を跳ね除けて、ミカンが世話女房みたく旅の準備を手伝いに押しかけて来てくれている。まぁ幼女だがな。どうでもいいので気にせずに、
「ユズリさん……。そういう事言ってると、イブキさんが滑空してきますよ?」
呆れ口調で言うな。これでも年上だぞ。まぁ、自分で“これでも”とか言ってるあたり、認めてるんだがな。というか、“滑空”とか言っちゃうミカンはやはりボケだ。
「それよりも、ですね……」
旅に出るといいつつ、ほとんど持ち物もない俺の用意もあらかた終わり、残りを俺が引き受けて暇になっているミカンが真面目な顔で口を開く。俺相手にミカンがこういう顔をするとは珍しい。普段は俺見る時だけちょっと目を細めるからな。
「口上、昨日寝る間も惜しんで考えて決めたんですっ! やっぱり……やっぱりっ、『シャキーン!!』は捨てられません!」
「まだ考えてたのな。子供はまだ夜更かしちゃいけませんよー。早く寝ないと大きくならないぞー」
主に胸が。
「大丈夫です。夢の中で考えましたから!」
「器用だな」
アホの子だなーと、これから会えなくなる事に感慨もある。
ミカンがジムトレーナーに就いて以来、俺は“大きい”という単語を発する度に、胸をチラ見しつつ微妙に言葉の発音を変えている。かれこれ半年前からだが、その間全く気付いてないのだ。俺が就任してる間に気付いてほしかったな。
この話はどうでもいいので、俺がジム用に保管しているポケモンを選ばようと思い、ジムリーダー特権「ジムトレーナー顎使い」発動。ロバートさんを呼んで、俺のモンスターボールを持ってこさせた。
両手一杯に溢れるモンスターボールを持ってきたロバートさんに、ミカンは目を白黒させていたが、勘違いはして頂きたくない。普段は良待遇過ぎる待遇で、決して無茶などさせていないのだ。それはロバートさん自身が一番よく知っていて、「久しぶりにジムリーダーのために仕事をした」と、良い顔で帰って行った。
「ほらミカン。ここにたくさんのモンスターボールがあるだろ? 好きな奴選んで持っとけ。ポケモンはあっても足りないからな。後で自分で捕まえて補完しろよ」
「え? でもこんなにたくさんのボールは一度に持てませんよ?」
「あー……」
そういや、ミカンにまだジムリーダーの概要教えてなかった。
「うんとな。ジムリーダーは相手によってポケモンを使い分けなくちゃいけなくて、ジムリーダーの特権として、ジム内でのみのモンスターボールの多数所持を許されてるんだ」
あんまり皆知らないけどな、と。
基本は同じポケモンを使うが、相手が一回りも強かった場合などのために、ジムリーダーの席に専用保管庫が設置されている。負ける度に一々ポケモンセンターに寄ったり、高価な元気の欠片などを使ったりしていたら、時間も金もかかるからだろう。
「もしかして、挑戦者の程度を伝えさせてたのも、相手の強さを測るためだったんですか?」
「ああ」
普通ならロバートさんに任せてる仕事だけどな。
ジムリーダー心得、第九条「ジムリーダーは挑戦者を重んじ、決して無下にしない」に則り、逐一ジムトレーナーの方々に連絡を受け、その度にポケモンを交換するのだ。
「へー……」
間の抜けた声を出して、ミカンがモンスターボールの山の一角を崩し始めた。何も考えずに持ってこさせたが、中身は分かるのだろうか。気になったので聞いてみた所、なんとなく分かるそうな。
「───じゃあ、この子達を譲って貰おうかな」
そう言ってミカンが持ち上げたのは5つのモンスターボール。中身は、ハガネール、レアコイル、コイル、コイル、ハッサム……か。俺も持ち主だし、中身くらいは分かる。
「そんな少なくて良いのか?」
「初めの内はちゃんと育てておきたいから。……私のイワークも進化させようかなぁ」
持ち腐れするよりは、確かに良い考えだ。イワークは進化させた方がいいぞ。
「で、ユズリさん何処に旅しに行くんですか?」
モンスターボールを鞄に詰めながら、ミカンが尋ねてくる。そうだな……。
「昔行ったホウエンも行ってみたいけどなぁ……。今が旬っぽいカントーに行くわ」
「カントーですか……。シンオウには行った事ないんですよね?」
「寒そうだからヤダ」
素直な感想を述べれば、ミカンがジト目だ。もう本当に気にならないな。
カントーが“旬”というのも、俺の他に二人も旅人がいるのだ。その二人ともオーキド博士の所から出発したらしいが、珍しいポケモンをもらったらしい。
「カントーなんてすぐ行けるじゃないですか。私だったらシンオウに行きます」
「手始めだ。行っておくが、ジムリーダー舐めんな。もう旅行なんて行く暇ないぞ」
これだから無知は……。まぁ、おそらくミカンなら旅行になんて行かないだろうが。
そもそも“ジムを空ける”という行為自体が、あまり勧められた行為ではない。初めの内ならば許されるかもしれないが、ジムリーダーというのは周辺地域のまとめ役だ。最近カントーで騒がれているポケモン泥棒なんてものが出たら、討伐のために出動しなければならないし、非常事態の際には臨時のリーダーも兼ねる。一日程度ならともかく、長期間ともなると本部が許さないだろう。
「もう用意は俺だけで終わるから帰っていいぞ?」
「そうですね。何かあると思ってわざわざ残りましたが、本当に手伝う事残ってませんでしたし……あっ、ポーズの練習しないと……」
「そうだね。帰れ帰れ」
ミカンの前口上は下手をすると笑ってしまうからな。出来る事なら見ないでおきたい。最初の課題は恥ずかしがらない事だ。
玄関まで追いやった所で、ミカンが迷ったように俺に訊いてきた。
「……ユズリさん。いつ旅に出るつもりなんですか?」
「……明日だ」
「っ! 急じゃないですかっ?」
それを聞くか。別に言う気はなかったんだが。ジムリーダー達は忙しいし、待っていても何もないしな。お別れセレモニー……は嬉しいがいらないし。
「……っ。そう、ですか。決めたんですね……」
俺の目を見て呟くミカン。一体何がどうしたというのか。俺からしたら何もわからないが、何かを悟ったようなのでそっとしておこう。
さぁ、とミカンの背を押し家に帰らせる。
ミカンの親御さんも心配するだろうし、という思いもあり、さっさと家に帰らせて数分。ミカンにジムリーダーの仕方を教えていなかった事に気付き、メールでコピーを送信した。前任からもメール通知だったので問題はないだろう。「もし分からなかったら明日聞きにこい」と付け足しておいたし、抜かりはない。
◇
ミカンが選ばなかったポケモン達をボックスに預け、今、手元には4つのモンスターボール。これが俺が旅に持っていくポケモン達であり、俺の本当のパートナー達だ。
ハガネール。レアコイル。エアームド。ボスゴドラ。
ハガネールは俺が切り札として据える、一番信頼の出来るパートナーだ。イワークだったころに何処だったか、暗い洞窟で捕まえた。ジムリーダーになる前、三対三のバトルで二体がやられた窮地の際、たった一体で相手の三対のポケモンを倒してくれた。「ハガネールさんマジカッコいいっス!」と抱き着いたのは記憶に深く刻まれている。それが原因だろうが、ついつい頼りにしてしまう。横暴な性格だが、正義感溢れる良い奴だ。
レアコイルは年と共に成長したと言えるポケモンだ。カントーの無人発電所がまだ現役で稼働していた頃、電気の匂いにつられた、まだコイルだったコイツを捕まえたのだ。地道にバトルを積み重ねていくと、俺が8歳の時に進化した。きれい好きなのか、ナプキンを置いておくと自分で体表を磨こうとする。
エアームドは一番真新しい顔だ。ジムリーダーになってから戦いに起用するようになった。ゴリ押しだけではいけない、という焦りから育ててみたのだが、予想以上に強かったために本気メンバー入り。他とは違う戦い方がバトルに面白みを加えてくれる。ちなみに♀。おそらくはツンデレだ。
ボスゴドラはジョウトから離れたホウエン地方のポケモンだ。昔行った時に捕まえ、それからずっと育ててきた。ジョウトの大会では出すのを憚ったために公式戦には出ていないが、やけに修行好きな性格で、自分で野生のポケモンと戦闘を繰り広げていたらしく、実戦経験は豊富だ。
その4つのモンスターボールを鞄の中に放り込み、最後の準備を終える。
そろそろ時間だろう。時刻は3時を回っている。明日の事も考えれば、これ以上は無駄には過ごせまい。寝間着に着替え、布団に潜りこむ。一日の疲れが床に逃げていく感覚が心地いい。
体がリラックスし、脳も寝静まり始めた時、一つだけ思う事があった。
「ミカン、本部で空気だったなぁ……」
まあ、ジムリーダーの邂逅だし、仕方ないか。
寝言に聞こえなくもないだろうその言葉を最後に、俺は思考を放棄した。
本部長……神喰のペイラーな人が元ネタ。「来たね~」
カイドウさん……現キキョウジムリーダー。鳥ポケモン使い。ハヤトの父。世代交代をしたいと日々望んでいる。
アセビさん……現コガネジムリーダー。ノーマル使い。ヤナギと同期の爺さん。数日後、イブキに『アカネ』という少女を次のジムリーダーにするようにと勧められる。
チガヤさん……現ヒワダジムリーダー。むし使い。ヤナギと同期の婆さん……だが、見た目年齢30歳。次のジムリーダーには、楽しそうに虫ポケモンを捕まえる少女(?)にしようかと考えている。