ナイン・レコード   作:オルタンシア

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おもちゃの町

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ピンクはミミの大好きな色だ。

赤ほど主張しておらず、白ほど影が薄くなく、ミミの可愛らしさをいかんなく引き立ててくれる色だからだ。

母親譲りの愛されフェイスは、ミミの大好きな自分のパーツの1つ。

くりくりと大きな目は、友達みんなから羨ましがられている。

小学4年生にして母親から美に関する知識を叩き込まれており、肌はすべすべのもちもち。

頑張って伸ばした髪だって、お手入れは欠かさない。

可愛いアクセサリーやお洋服の情報も、常にチェックしている。

これはミミがナルシストというわけではなく、自分の可愛さを自覚している上での行為である。

お小遣いは全部そういったものにつぎ込まれているし、娘を可愛く着飾りたい母親もお金を惜しげもなくミミのために使ってくれた。

父親はそんな娘や妻に呆れている……のではなく、むしろもっとやれとハートマークを飛ばしながら、可愛く着飾った娘にメロメロである。

世界一可愛い、世界一美しい、そう言って両親がミミを褒め称えていたのが、今や懐かしい。

こっちの世界に迷い込んでからまだ4日ぐらいしか経っていないのに、自分を甘やかしてくれるパパやママが恋しくて仕方がなかった。

だってパパもママもミミがお腹空いたとか喉乾いたって言えば、それ以上は何も言わなくともはいはいって世話を焼いてくれるんだもん。

もちろん、ミミはもう小学4年生だから、そんな我儘が他の人にも通じるとは思っていない。

こういう我儘を言っていいのは、パパとママにだけって、ちゃんと分かっている。

あれがしたいこれがしたいってミミが口にするのは、ただ心に溜まった鬱憤を吐き出したいだけなのだ。

 

 

それはさておき。

 

 

ピンクはピンクでも、それが人間やデジモンの身体から排泄されたものなら、話は別である。

地下水道に漂っていた僅かな刺激臭を上書きする臭いと、頭上を飛び交う排泄物が、ミミ達を容赦なく襲う。

同じピンクでも可愛いテンガロンハットの広いつばを抱えるように掴んで、悲鳴を上げながら逃げ惑うミミは、ふと視界の端に先ほど通り過ぎた排水溝を見つけた。

後ろを走っていた上級生達を先導して、ミミは排水溝に飛び込む。

逃げるのに必死で、ミミは目の前で起こったはずの異変に気付くことができなかった。

背後から絶えず投げられるピンク色の排泄物。

いつの間にか岩肌に変化していた洞窟を駆け上り、向こうから光の筋が伸びてくるのが見えたから、ミミは一生懸命走った。

しかし悪夢は終わらない。

みんなで洞窟を出たはいいものの、宙を舞うピンクの排泄物が途切れることはなく、子ども達は立ち止まることを許されなかった。

反射的に左へ走ったミミにつられ、他の子ども達も後を追う。

 

 

 

岩肌の山はいつの間にかセピア色の草原へと変わっていたのだが、今の子ども達は景色の変化を楽しんでいる余裕はない。

飛び交うピンクの排泄物から逃げるのに精いっぱいだったのだ。

執拗に追いかけてくるヌメモンに、誰かが分かれて逃げようと言い出した。

沢山いるヌメモン達の数を、少しでも減らすためだ。

耳障りなヌメモンの声は、まだ聞こえてくる。

技を放って追い払う隙ももらえず、子ども達とデジモン達はその意見に賛成するしかなかった。

自分が何処に向かっているかなんて、そんなことすら気にする余裕もなくて、ミミとパルモンは息を切らしながらも迫りくるヌメモンから逃れたくて、頑張って走る。

お洒落優先、実用性なんて二の次であるブーツのせいで足の指先に痛みが走ったけれど、立ち止まったら忽ちヌメモン達に追いつかれてしまう。

あんな、自分の排泄物を投げつけてくるような汚物系デジモンに捕まるなんて、冗談じゃない!

気が付いたら木々が立ち並んでいる林に逃げ込んだミミとパルモンは、障害物を利用してヌメモンが投げつけてくる排泄物をやり過ごす。

どうしよう、どうしよう、ってミミは周りに仲間がいない状況でどうしたらいいのか分からずに焦っている。

パルモンはそんなミミを守るために、排泄物が飛び交う中を飛び出していった。

排泄物を武器として攻撃してくるヌメモンだが、ミミを守るためなら仕方がない。

ヌメモンが攻撃する前に追い払えばいいのだ。

幸い林に逃げ込んだお陰で、障害物に隠れることができた。

こちらの攻撃態勢を整えることができたので、追いかけまわされた恨みをここで果たしてやる、とパルモンは手に収められている蔓を伸ばそうと両手を振り上げた。

 

しかしパルモンが攻撃を放つことはなかった。

 

パルモンが攻撃を放つために両手を振り上げた直後に、ヌメモンが奇声を発しながら回れ右をして逃走したのである。

あれ、ってパルモンは拍子抜けした。

まだ技を放っていないのに、近づいたら蔓で掴んで放り投げてやろうと思っていたのに、ヌメモンは逃げたのである。

ミミはパルモンを褒めてくれたけれど、何もしたわけでもないのに退散していったヌメモンに、心中は複雑だった。

 

どしーん、という地響きが、背後から聞こえた。

 

揺れる地面によろけたミミとパルモンは、何事かと背後を振り返る。

そこにいたのは、大きな黄色いクマのぬいぐるみであった。

もんざえモン、という名前のデジモンらしい。

見た目はどう見ても大きなぬいぐるみでしかないのに、数時間前に別れたアンドロモンと同じ、完全体という世代だそうだ。

 

 

デジモンには世代があり、それぞれ幼年期、成長期、成熟期、完全体というレベルで振り分けられ、基本的には世代が上であるほど強いらしい。

身体が大きくとも成熟期のグレイモンやガルルモンでも、相手が完全体だと歯が立たないのだという。

昨日戦ったアンドロモンに勝てたのは、運が良かったのだ。

ただ相手を攻めるだけでなく、相手の弱点を突いて戦うという賢い戦い方をしたからである。

しかし昨日はアンドロモンが黒い歯車でおかしくなったから戦うことになっただけで、もんざえモンは悪いデジモンではない。

おもちゃ型のもんざえモンは、おもちゃを愛し、おもちゃに愛されるデジモンで、おもちゃの町というところで町長をしているらしい。

基本的には危害は加えてこないはずである、というのがパルモン談だ。

自信なさげなのは、パルモン達は情報としてもんざえモンのことは知っているけれど、ミミ達を待っていた最初の森から殆ど出たことがなかったし、こんな遠いところまで来たこともなかった。

だからもんざえモンが自分達に対して敵意があるのかないのか、いまいち分からないのだそうだ。

そんなの困る、とミミは言ったが、そう言われても分からないものは分からない。

どうしようか、とミミとパルモンが恐る恐るって感じでもんざえモンを見上げていたら……。

 

 

どぉん!!

 

 

「いやぁああああああああああっ!!いいデジモンがどうして私達に攻撃するのよぉおおおおおおおおお!!」

『分からないってばぁあああああっ!!』

 

爆発音と砂煙が上がる。

ミミとパルモンは悲鳴を上げながら再び走り出した。

もんざえモンが突然目から赤いビームを放ったのである。

せっかくヌメモンを退けることができたのに、休む間もなくもんざえモンに襲われるなんて、冗談にもならない事態だ。

パルモンはまだ進化できないから、もう既に進化を成功させた誰かと合流しなければ、勝ち目どころか逃げることすらできない。

林を抜けて再びセピア色の草原に出たミミとパルモンは、身を隠すものが何もなくてどうしようと途方に暮れながら、背後に迫るもんざえモンから逃れるために走り続ける。

 

『お姉ちゃん、こっちこっち!』

 

そんな時に、ミミに声をかけてきたのは、何と先ほどまでミミ達を追いかけまわしていたヌメモンだった。

ヌメモンがいるのは窪地になっていて、ミミとパルモンが隠れても十分の深さがあった。

しかしヌメモンに助けられるなんて、と屈辱的になるミミだったが、背に腹は代えられない、と嫌そうな表情を隠さずにヌメモンがいる窪地にジャンプした。

どしん、どしん、ともんざえモンが近づいてくる。

ミミとパルモンは息を殺して、もんざえモンが通り過ぎるのを待つ。

 

どしん、どしん、どしん。

 

振動がどんどん大きくなっていく。

ミミとパルモンは身を寄せ合って、時が過ぎるのを待った。

 

間もなくして。

 

『……ふう、お姉ちゃん達、もういいぜ』

 

ぎゅっと目を瞑っていた間に、もんざえモンはミミ達が潜んでいた窪地を大股で通り過ぎて行った。

地響きが遠ざかっていく。

ひょっこり顔を覗かせたヌメモンが、遠ざかっていくもんざえモンを確認して、息を吐きながらミミ達に言った。

ミミとパルモンもひょっこりと顔を覗かせて、安堵の息を吐いた。

しかし、とパルモンは首を傾げる。

おもちゃの町を守っているはずのもんざえモンが、何故こんなところにいるのか。

もしかしたらおもちゃの町で何かあったのでは?と言うと、ミミ達を助けてくれたヌメモンが口を開いた。

 

『ねえねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんもしかして、誰かとはぐれなかった?』

「えっ!?なっ、何で知ってるの!?」

『あーやっぱり。俺の仲間が、幼年期みたいにちっちゃい奴らが、仲間とはぐれちゃったから探してやってくれって頼んできたんだ。パタモンとプロットモンと……あと青いのが一緒だったぜ。知ってる?』

『パタモンとプロットモン……青いのってことはブイモンね!?ってことは!』

「大輔くん達だわ!さっきバラバラになっちゃった時ね!」

 

大輔達は地下水道ではぐれたのだが、逃げることに必死だったミミは、そんなことに気づきもしない。

 

「行こう、パルモン!」

『ど、何処に?ダイスケ達も探してるだろうから、何処にいるか分からないでしょう?』

『それなら大丈夫だ。おもちゃの町で集合しようってことになってるから、お姉ちゃん達はおもちゃの町を目指しな。俺は他にもいないか探してくるから』

「うん!ありがとう、ヌメモン!さ、パルモン、目的地は分かったから行きましょう!」

『……もんざえモンの様子も気になるし、ちょうどいいわね。うん、行きましょう』

 

 

 

 

 

 

「あっ、ミミさぁん!」

『パルモーン!よかったぁ!』

 

おもちゃの町へ向かう道すがら、ミミは林の向こうから聞き慣れた声を聞いて、そちらの方に顔を向ける。

最年少の3人とそのパートナーが、おーいって手を振りながらミミの下まで走ってきた。

自分よりもちっちゃい子達とは言え、ようやく仲間と会えたという安堵から、ミミはその場にへなへなと崩れ落ちてしまった。

大輔達が慌てて駆け付けてくれたが、ちょっと疲れちゃっただけ、って誤魔化して、気力を振り絞って何とか立ち上がる。

そしてようやく、ミミは真相を知ることになる。

大輔達は地下水道でヌメモン達から逃げる際に、はぐれていたということを。

えーってミミとパルモンは驚愕の声を上げた。

 

「ミミさん、気づかなかったの?」

『ヒドいわ。アタシ達、ミミ達の前にいたのに』

『ご、ごめんね?逃げるのに必死で、気づかなかったの』

「アタシも、ごめんなさい……」

「いいっすよー、こうして合流できたんすから」

『そーそー!とにかくおもちゃの町に行こうぜ!タイチ達ももういるかもしれないし!』

 

まずは他の子ども達と合流することが先決である。

大輔達はヌメモンに指示された通り、おもちゃの町に向かおうとしたのだが、ミミとパルモンが待ったをかけた。

 

「ねえ、もんざえモンって分かる?」

『うん?知ってるよ?』

『アタシ達がこれから行くおもちゃの町の町長だもの。知らないはずないわ』

『もんざえモンがどうかしたのー?』

 

ミミがブイモン達に尋ねれば、当然知っているという言葉が返ってきた。

やっぱり知ってるんだ、という言葉を飲み込んで、ミミは自分達が今しがた体験したことを彼らにも話しておく。

情報というのは、みんなで共用して初めてその価値が発揮されるのだ。

自分の胸だけに秘めているのは、仲間を危険に晒す恐れがある。

最初こそ、ブイモン達はおもちゃの町の心優しい町長がミミ達を襲ったなんて信じられない、と言った顔をしていたが、パルモンも同じことを主張してしまったら何も言えない。

でもなぁ、って互いの顔を見やるブイモン達と、まだもんざえモンに会っていないから、いまいち理解しきれていない大輔達。

とにかく異変がないかだけでも確かめよう、というパルモンの主張が採用され、子ども達は再び歩き出した。

 

 

進むにつれて深くなっていく林はいつしか森となり、くすんだ緑の中に不自然な色とりどりのお城が顔を出している。

まるで遊園地のような外観に、ミミの心が一瞬浮足立ったが、もんざえモンと他の仲間達のことを思い出して頭(かぶり)を振った。

今、この場にいる1番年上の子は、ミミだけなのだ。

ミミと一緒にいるのはみんな小学2年生の子達と、デジモン達だけ。

ここに来るまで太一達が引っ張ってくれるのが当たり前だったのに、ミミは今一緒にいる小学2年生の最年少の子達と一緒についていくだけでよかったのに、その太一達は何処にも見当たらない。

 

(この際光子郎くんでもいいから、会えればいいのになぁ……)

 

心細いことこの上なかった。

自分よりも頭一個分も小さい同級生の男の子だが、進化を果たしている彼でも今のミミにとっては拠り所である。

進化した4体のうち、完全体を相手に成熟期で奮闘したのは、光子郎のテントモンだけなのだ。

光子郎とテントモンがいてくれれば、少しは力強かったのに。

でも今はいない人のことを考えても仕方がない。

今この場で小学2年生の最年少3人を守れるのは、小学4年生のミミだけなのだ。

……あの時だって。

 

「ミミさん?」

 

思考の海に引きずられていたミミは、下からかけられた声で意識を急浮上させる。

何も言わず、一点だけを見つめてぼんやりしていたミミを不思議に思ったヒカリが、声をかけてくれたらしい。

大輔と賢も、そのパートナー達も、ミミを見上げている。

その目に浮かんでいるのは……不安だった。

いけない、とミミは無理やり笑顔を作って何でもないわよ、って気丈に振る舞う。

 

(アタシがしっかりしないと……)

 

最年少の大輔達が今縋っているのは、頼りにしているのはミミなのだ。

ミミが不安でたまらないとの同じく、大輔達もいつも頼っている人達がいなくて、不安なのだ。

 

「さ、行きましょう。太一さん達がここに来てるかどうか、確かめなきゃ」

『そうね』

 

務めて明るく振る舞いながら、ミミは元気のない最年少達を促して、おもちゃの町に足を踏み入れる。

ミミと合流する前に、地上に住んでいるヌメモン達と良好な関係を結べた大輔達は、太一達を探すのをヌメモン達に手伝ってもらっている。

もしかしたら、何人かヌメモン達が見つけて、このおもちゃの町に向かわせてくれているかもしれない。

ううん、もう既におもちゃの町に来ているかもしれない。

そうすれば、その誰かと合流して、もんざえモンの異変を知らせて、一緒に調査してくれるかもしれない。

希望は、まだある。

 

 

しかし、ミミの観測的希望は、脆くも儚く崩れ去ることになる。

 

 

聞いていると体が自然と踊り出してしまいそうな、楽しい音楽が聞こえてくる。

小さい空砲があちこちから聞こえ、もんざえモンの顔の風船が風に乗って空へ運ばれていくのが見えた。

そこは、ミニチュアのお家のように色とりどりに彩られた1つの街だった。

こんな時でなければきっとミミ達は真っ先にはしゃぎまわっていただろう。

しかしこんなにも楽しそうな雰囲気を醸し出しているのに、客らしい客の影は1つも見当たらなかった。

太一さん達何処かな、まだ来てないのかな、ってミミに引っ付いていた最年少達は、ふと金属のような音を聞きつけてそちらを振り返った。

あ!って声を出したのは、ヒカリだった。

 

「お兄ちゃん!」

 

大好きなお兄ちゃんが、向こうから走ってくるのが見えたヒカリは、駆け付けようとした。

が、2、3歩進んだところでその足はピタリと止まってしまった。

どうしたの、ってミミが問おうとしたら、走ってきた太一はミミ達に見向きもせずに通り過ぎてしまったのである。

え、って目の前を通り過ぎて行った太一を見送ったミミとパルモンは、太一の後をゼンマイ式の車が追っているのを目撃した。

何か、ぶつぶつと呟いていたのだが、あれは一体……?

 

「空さん!」

 

今度は大輔が叫ぶ。

別の方角からやってきた空は、やはり太一と同じように何かをぶつぶつと呟きながら、ふらふらとした足取りで走ってきた。

シンバルを叩くサルのおもちゃが、空を追い立てるようにシンバルを忙しなく叩いていた。

ざ、ざ、ざ、という何かが一斉に動く音が、更に別の方角から聞こえる。

光子郎が、両手をパタパタさせながらたくさんの兵隊のおもちゃに追いかけられていた。

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

賢が悲鳴を上げる。

光子郎が走り去っていった方から治が汽車のおもちゃに追いかけられていた。

待ってーって涙目になりながら兄を追いかける賢だったが、治は賢に気づいていないのかそのまま何処かへ走って行ってしまった。

太一、空、光子郎、そして治。

みんなみんなおかしくなっている。

ということは、残る1人は……。

 

「……丈先輩」

 

たった今ミミの脳内に浮かび上がった人が、ミミの目の前を通り過ぎていく。

大きな鳥の頭が、一定間隔で地面をつついて丈を追い立てる様は、まるで地面を這いつくばるミミズを啄もうとしている鳥のようだった。

水飲み鳥、英語でドリンキングバードと言う。

鳥が水場から水を飲む動きを模倣した、熱力学で作動する熱機関のおもちゃなのだが、ミミとパルモンはそんなこと知る由もなかった。

 

『何あれ、みんなどうしちゃったんだ……?』

『ぜんっぜんちっとも楽しそうじゃないのに、何で楽しいとか嬉しいとか言ってんの?』

『まるで感情がなくなっちゃったみたいね……』

 

目の前にいたはずのミミ達を素通りして、おもちゃに追いかけられていた太一達に、呆気にとられながらブイモン達は顔を見合わせる。

うーん、ってブイモン達の会話を聞いていたパルモンは、首を傾げた。

 

『……アグモン達がいないわね。どこに行っちゃったのかしら……?』

「アグモン……そうよ、まずはアグモン達を探しましょう!きっと事情を知ってるはずよ!」

 

だから落ち込まないで、とミミはしょんぼりしている最年少に声をかけ、アグモン達を探そうと提案した。

ずーっと子ども達のそばにいて離れなかったデジモン達がいないなんて、何かあったに違いない、ということはミミでも分かった。

幸いメンバーは全員揃っているから、アグモン達も何処かに必ずいるはずである。

事情を聞き出したら、何とかみんなを元に戻して、それからもんざえモンをどうにかしよう。

ミミの行動は早かった。

 

「本当はみんなで手分けして探したほうが早いんだろうけど、ここってもんざえモンの町なんでしょう?だから効率悪いけど、みんなで固まって探しましょ」

 

はーい、って不安そうな色を隠さない最年少は、しかしミミが今ここにいるメンバーで1番年上ということもあり、素直にお返事をしてミミの後をついていく。

太一達と同じようになっているのか、それとも何処か別の場所にいるのか、それすらも分からないからみんな慎重になっていた。

大きな通りはもちろん、小さな裏通りや脇道、お家の中も徹底的に。

その甲斐あってか、幸運なことにミミ達はアグモン達の居場所をすぐに突き止めることができた。

あるお家の、窓の中。

ガン、ガン、と何かを叩きつけるような音。

何だろう、ってじっとしているのが苦手な大輔が、第一発見者だ。

窓を覗き込むと、漫画やアニメに出てきそうな金の縁と赤く塗られた宝箱が、ガタガタと動いていた。

大きな錠前がついている。

他の家を覗き込んでいたミミ達を呼んで、一向はその宝箱があるお家に入った。

出して~っていう情けない声は、聞き覚えがある。

 

「みんな?そこにいるの?」

『アグモン?ガブモンや、他のみんなもいる?』

『あ、ミミ!パルモン!』

『無事だったのね!?』

 

よかった、と安堵しているミミを押しのけるように、ヒカリと賢が箱に手をついて、中にいるらしいアグモン達に問いかけた。

 

「ねえ、アグモン!お兄ちゃん、どうなっちゃったの!?」

「ガブモン!何か知ってる!?お兄ちゃんが、お兄ちゃんが!」

『ああ、ヒカリ!ヒカリも無事だったんだね!?』

『ケン!よかった……』

『ダイスケは?ブイモンはいるの?』

「おう、いるよ!」

『それより、教えてくれよ!何があったんだ!?』

 

ミミと最年少3人、そのパートナー達の無事を喜んだアグモン達は、もんざえモンに捕まったのだと教えてくれた。

みんなでバラバラに逃げている途中、突如現れたもんざえモンに驚いてヌメモンが逃げたまでは、ミミとパルモンと一緒だ。

しかし他の子ども達は、もんざえモンの必殺技であるラブリーアタックという青いハートに捕まったらしい。

もんざえモンのラブリーアタックは、本来なら包んだ相手を幸せな気分にさせ、相手から戦意を奪う技だ。

だが青いハートのラブリーアタックは、どういうわけか全身から力が抜けて、何もかもがどうでもよくなっていくような、アグモン達が知っているものとは全く別のものだったそうだ。

やる気や気力が根こそぎ奪われて、意識さえも遠ざかっていく中、もんざえモンが言い放った言葉をデジモン達は聞き逃さなかった。

子ども達から感情を抜き取り、おもちゃのおもちゃになってもらう。

そしてデジモン達はおもちゃ箱に“お片付け”されてしまったのだと。

 

「おもちゃのおもちゃ?」

「どういうこと?」

 

おもちゃは子どもが遊ぶから“おもちゃ”になる。

おもちゃの“おもちゃ”ということは……おもちゃに“遊ばれている”ということだ。

 

「何だよ、それ!太一さん達はおもちゃじゃねーぞ!」

『何とかして元に戻してやらないと……!』

「もんざえモンのせいでお兄ちゃん達がああなったんなら、もんざえモンを何とかすれば元に戻るんじゃないかな?」

「ど、どうやって?プロットモン達、まだ進化できないよ?」

『相手は完全体……グレイモンやガルルモンよりも上だわ。進化できたとしても、勝てるかどうか……』

 

プロットモンが悔しそうに、しかし事実を述べる。

前回カブテリモンがアンドロモンに勝てたのは、まさしく運が良かったからだ。

光子郎が冷静にアンドロモンを観察してくれたお陰で、カブテリモンに指示を出せたからだ。

しかしここにいるのはまだ進化できないデジモン達だけ。

上級生に部類されるとはいえ、蝶よ花よと大切に育てられたお姫様に、戦う力などない。

 

「ね、ねえ!この箱から出られないの?」

『さっきっからやろうとしてるんだけど……』

『ワテら全員で力合わしたんですけど、びくともせえへんのや』

 

見かけによらず頑丈らしい。

進化ができなくとも、デジモン達で力を合わせれば、もんざえモンを倒すチャンスぐらいは作れると思ったが、その可能性は捨てたほうがよさそうだ。

 

『!何か来る!』

 

どうしよう、と途方に暮れていたら、パタモンの大きな耳が何かを聞きつけた。

もんざえモンか、と思いミミ達は開きっぱなしだったドアを閉め、咄嗟に身を隠す。

ブイモンが代表してそっと窓から顔を覗かせたら、先ほど何処かへと行ってしまった治が、通り過ぎていくのが見えた。

 

「お兄ちゃん……」

 

今すぐにでも駆け付けて、抱きしめてもらいたいのに、今の治は感情を抜き取られてしまっている。

賢が治の前に飛び出していったとしても、賢のことが分かるかどうか……。

 

「……ううっ」

『っ、ケ、ケン……』

 

自分のことが分からないかもしれない、と思ったら底冷えするような恐怖が沸き上がった賢の目に、涙が滲む。

何でも知ってるお兄ちゃん、何でもできるお兄ちゃん。

両親の都合で離ればなれにされてしまったけれど、賢にとってお兄ちゃんは大切で、大好きな存在だ。

賢がテストでいい点を取れば頭を撫でて褒めてくれたし、悪いことをすればそれがどうして悪いことなのか、賢の目線まで腰を下ろして諭してくれる。

でも、そのお兄ちゃんはもう何処にもいない。

 

「……ふ、え……!」

「ヒ、ヒカリちゃん!?」

『ヒカリっ!』

 

そして奇しくも、賢い子と同じように兄が大好きな女の子は、悟って、泣いてしまった。

もう、大好きな兄に会えないという、最悪な想像が過ってしまったのである。

大輔とパートナー達がヒカリと賢をそれぞれ慰めるが、溢れる涙を止めてやることができない。

 

 

ぷつん、とミミの中で何かが切れた。

 

 

「……パルモン、行きましょう」

『え?』

 

妙に落ち着いた声色で、パルモンに声をかけてきたミミに、パルモンは虚を突かれながら顔を上げた。

さっきまでもんざえモンと対峙することを躊躇していたとは思えないほど、ミミの顔は険しかった。

その視線の先にいるのは、まだ小学2年生の最年少3人。

うち2人はめそめそと泣いており、残った1人は途方に暮れている。

どうしたの、ってパルモンが声をかける前に、ミミは泣いている2人と慰めようとしている1人に向かって、膝に手をつきながら口を開いた。

 

「みんな、聞いて」

「ミミさん……?」

「これからアタシとパルモンで、もんざえモンを探して、何とかみんなを戻してもらうようにお話してみようと思うの。でもアグモン達から聞いた様子だと、お話聞いてもらえそうにないかもしれないでしょ?そうなったら危ないから、みんなはここで待っててくれる?」

「だ、だったら俺も……」

「大輔くんはここでブイモン達と一緒にヒカリちゃんと賢くんを見ててあげて。2人とも、お兄ちゃんがいなくなっちゃうかもって不安がってるから、一緒にいてあげてほしいの。大輔くんだって、お姉さんがいなくなるかもって考えたら、怖いでしょ?そういうの分かってあげられるのは、大輔くんだけだから……ね?」

 

ミミは一人っ子だ。だからお姉ちゃんの気持ちも、妹の気持ちも分からない。

それでも、やれることがある。やらなければならないことがある。

でも、となおも食い下がる大輔に、ミミはにっこり微笑んだ。

 

「だーいじょうぶ!絶対何とかするから!ね?」

『……そうよ、ダイスケ。アタシがついてるから、ミミの心配はいらないわ。ヒカリとケンを慰めてあげて。パタモン、プロットモン、ブイモン、ダイスケ達をお願いね?』

『パルモン……』

 

ミミの真意を理解したパルモンも、大輔達を安心させるように笑いながら、そう言った。

最年少の3人をここに残して、単身でもんざえモンに挑むのは無謀なことであるのは重々承知している。

もしもミミに何かあれば、今度は彼らが頑張らなくてはならないだろう、ということも。

それでも。

 

「いーい?誰が来てもここを開けちゃダメ。もしもアタシ達が出てった後にもんざえモンが来たら、さっきみたいにちゃんと隠れるのよ。パタモン、周りを警戒して何か聞こえたらちゃんと知らせてあげてね」

『任せて!』

『じゃあ俺、この鍵壊せないか確かめてみるよ!』

「ええ。でもあんまり大きな音は立てないようにね。それじゃ、行ってきまーす!」

 

いってらっしゃーい!って最年少達に見送られたミミとパルモンは、来るなら来いと言わんばかりに道の真ん中を堂々と歩いた。

相手は完全体。まだ進化できないパルモンでは心許ないけれど、それでも誰かがやらなければならないのだ。

1番年上の自分が、やらなければ。

 

『……まさかミミがあんなこと言い出すなんてね』

 

ちょっと見直した、という言葉は心にしまっておいた。

出会ったばかりのころは、ずっと待ち望んでいたパートナーではあったけれど、泣き喚いて我儘を言って、こんな子とこれから先上手くやっていけるのかなって心配になったものだが、それでも下級生の子達を宥めようと必死になっていた姿は、間違いなく上級生のものだった。

どちらかと言えば上級生達が全て決めるのを後ろで黙って見ていて、決定されたことにははーいって従うような、受け身の子である。

興味があること以外、自分からやるってあんまり言わない子である。

それが一体どういう風の吹き回しなのだろうか。

 

「アタシだってお姉さんだもん。小さい子が泣いているの、黙って見てるほど鬼じゃないのよ」

 

なんて口では言っているが、“ソレ”を自覚しだしたのは、つい最近である。

何でもやってもらっているお姫様は、しかし自分はお姫様ではないことはちゃんと分かっていた。

ママもパパも甘やかしてはくれるけれど、それと同時に自分でできることは自分でしなさいっていう躾を怠らなかったのだ。

将来お嫁さんになった時に困らないように、って一通りの家事をちゃんと教えてくれたのだ。

だからお皿洗いだってちゃんとやるし、お部屋のお片付けだって自分でする。

お料理だってできる。……味の保証はできないが。

あれ欲しいこれ欲しいって口にはしても、誰かにやってもらってまで欲しいわけじゃない。

自分で手に入れるから価値があるのだ。大切に扱うのだ。

ミミはもちろん、お友達からもらったものも、自分で手に入れたものと同じぐらい大切にできる優しい子だが、それは今は置いておこう。

 

 

あれは、確か空のピヨモンが初めてバードラモンになった日のことだ。

狂暴化したメラモンから逃れるために、干上がった湖にあった朽ちた船に避難するために、ミミ達は走っていた。

上級生達は皆逃げ惑うピョコモン達を先導し、パニックにならないように声を張り上げながら言葉をかけていた。

ミミもピョコモンに混じって逃げていた時、治に腕を掴まれたと思ったら、賢達最年少の子達を連れて行ってやってくれと頼まれたのである。

自分達はピョコモン達を落ち着かせるのに手いっぱいだからと。

え、え、っておどおどしながら、でも、でもって狼狽えていたミミに、治は苛立たし気にこう怒鳴ったそうだ。

 

《もう4年生だろう!君だってお姉さんなんだぞ!もしも僕達がいなくなったらどうするつもりだ!!》

 

その時はその剣幕に圧倒されて、言われるがままに最年少3人を連れて船に避難した。

船についてから一息ついて、そして気づいた。

頼るものがミミしかいなかった最年少達が、必死になってミミにしがみついていたことに。

小さな手が、ミミのスカートをしっかりと、でもぶるぶると震えながら掴んでいるのが、嫌でも伝わってきた。

その時の、何ともいいようのない気持ち。

 

今なら分かる。あれが、守らなければという気持ちなのだと。

 

きっとミミが下級生だったら、同じように守ってもらえたのだろうなっていうのは、ただの幻想にすぎない。

今のミミはどうあがいても4年生で、小学生を2つに分けたら上級生の部類になって、そろそろ下級生の面倒を見ましょうって言われるような年だ。

ミミには妹もいなければ姉もいないから、面倒を見るというのがどういうことなのか、ミミはまだ分からなかった。

でも下級生を危険から遠ざけるというのが面倒を見るという意味なのなら……ミミはもんざえモンに立ち向かわなければならない。

 

「……だから、アタシは貴方を何とかしてみせるわ。そうじゃなきゃアタシのお友達はみんなずーっとあのままなんでしょう?」

 

自分よりも何倍も大きなもんざえモンと対峙しても、ミミは怯まずに真っすぐもんざえモンを見上げた。

もんざえモンは、たくさんの風船を両手で持ちながら、何を考えているのか読めない目で見下ろしている。

 

大輔達を巻き込んではいけない、とミミとパルモンはなるべく遠いところでもんざえモンと対峙しようと、駆け足でその場から離れた。

途中で空とすれ違ったけれど、やはり空はミミのことなんか眼中になく、フラフラとした足取りでおもちゃに追いかけられている。

いつもなら真っ先に声をかけて、ミミを気遣ってくれるのに。

泣きたいのをぐっと堪えて、ミミはもんざえモンを探していたのだが、どしんどしんという地響きが近づいてきたので、ミミはその場に立ち止まった。

 

「どうしてあんなひどいことしたの?アタシのお友達が、貴方に何をしたっていうのよ!」

『おもちゃは遊びに飽きられるとあっさりと壊される。私にはそれが我慢ならない!何故おもちゃが遊ばれなければならないのか!おもちゃは都合のいい道具ではない!壊されるために作られたのではない!だから私はおもちゃのために、あの子ども達を“おもちゃのおもちゃ”にしたのだ!お前もおもちゃになるがいい!』

「何よそれ!!意味分かんない!」

 

ミミは、腹の底から叫んだ。

 

「おもちゃが壊されるのは確かに可哀そうだわ!おもちゃを乱暴に扱って壊すなんて、アタシだって許さない!でも、おもちゃは子どもを笑顔にするものでしょう!?子どもを喜ばせるものでしょう!?あんなの、笑顔じゃない!きっとおもちゃ達だって楽しくないって思ってる!こんなの望んでなかったって!」

『貴女に、何が分かるというのです!!』

「分かんないわよ!!子どもを笑顔にするために生まれてきたのに、子どもを悲しませてるもんざえモンのことなんか、ぜんっぜん分かんない!可哀そうに、賢くんもヒカリちゃんも泣いてたわ!もう二度とお兄ちゃん達に会えないかもって!おもちゃに取られたって!貴方はおもちゃのためを思ってやってるんだろうけど、そんなの全然違う!貴方がやっているのはおもちゃを乱暴に扱って壊す子どもと一緒よ!!」

『黙れっ!!黙れぇえええっ!!』

 

両手に持っていた風船が風に攫われていく。

もんざえモンは手あたり次第に目からビームを放って、ミミとパルモンを追い回し始めた。

きゃあっ、という悲鳴が破壊音と瓦礫でかき消される。

勢いよく啖呵を切ったのはいいものの、もんざえモンに対する策なんてこれっぽっちも練っていないミミは、逃げるしかない。

背後から迫る爆音に恐怖しながらも、それでもミミは走った。

自分が何とかしなければ、太一達は元に戻らない。

ヒカリと賢の涙を、自分では拭ってやることができないのだ。

 

「きゃあっ!!」

『っ、ミミ!!』

 

逃げることに必死になっていたせいか、足元がお留守になっていたミミは、石畳の溝につま先をひっかけ、派手に転倒してしまった。

ずざー、とスライディングのような形で転んだために、ミミの剥きだしになっている腕に痛みが走る。

見れば、少し擦り剝けて血が滲み出ていた。

 

『ごゆっくりお楽しみください……』

 

痛い、と嘆いている暇はない。

立ち上る砂煙の向こうから、もんざえモンの声が聞こえてくる。

逃げなければ、とミミは立ち上がろうとしたが、転んだ時に足も怪我をしたのか、痛みが走って上手く立ち上がれなかった。

このままではミミまで感情を消されて、“おもちゃのおもちゃ”にされてしまう。

パルモンはミミを守ろうと、彼女の前に出た。

 

『お姉ちゃーん!助けにきたぜぇー!』

 

その時だった。

先ほどミミを助けてくれたヌメモンが、何処からともなく飛び出してきたのだ。

ぎょっとなるミミとパルモンを尻目に、次から次へと現れるヌメモンは、砂煙の向こうにいるもんざえモンに、果敢に攻めていった。

自分の排泄物を、自分よりも身体の大きな相手に躊躇なく投げつけ、挑発する。

もんざえモンは、突如として現れたヌメモンの大群にきょとんとしながらも、投げつけられ、べっちょりとはりついた排泄物に怒りを隠さない。

次々現れてまとわりついてくるヌメモンを、腕をぶん回して薙ぎ払い、足で踏みつぶす。

軟体であるヌメモンは振り払われても大したダメージにならず、踏みつぶされてもすぐに復活して、再びまとわりついていた。

どうして、ミミもパルモンも開いた口が塞がらない。

確かにさっきは大輔達に頼まれたから、助けてくれた。

ここに来ればいいって、他にも仲間がはぐれていないか探してくれるって言ってくれた。

知性も教養もなく、デジモン界の嫌われ者なんてレッテルを張られて、暗くてジメジメしたところに追いやられて暮らしているのに、排泄物を投げることしかできないのに、ヌメモンは完全体のもんざえモン相手に怯むどころか猛攻を繰り返している。

ミミを守ろうと、奮闘している。

 

 

──ミミを守らなくてはならないのは、自分なのに

 

 

ミミのデジヴァイスから光が漏れたのは、その時だった。

 

『パルモン進化ー!!』

 

漏れた光は一筋の線となり、パルモンに真っすぐ伸びていく。

光がパルモンを包み込み、パルモンはくるくると回り出し大きな光になった。

 

『トゲモン!』

 

それは、大きなサボテンだった。

目と口を模した黒い穴が3つ。

両手にはボクシンググローブがはめられている。

頭に花が咲いていた可愛らしい姿が、まさかのサボテンに進化をして、ミミは二重の意味で唖然となった。

もんざえモンと同じぐらいの大きさになったパルモン、基トゲモンがのっしのっしと歩いていく。

相手は完全体だ。見かけによらず強いと言っていたのはパルモンなのに、勝てるのだろうか。

……いや、勝てる勝てないの問題ではない。

やるしかないのだ、トゲモンしか、残っていないのだ。

 

「トゲモン、頑張って……!」

 

デジヴァイスを握りしめ、ミミは必死に祈る。

光が、強くなった気がした。

 

『いくぞぉー!』

 

グローブをばしばしと合わせ、やる気は十分だった。

先手を放ったのは、トゲモンだった。

雄たけびを上げながら殴りつけると、もんざえモンがたまらず仰け反る。

手ごたえはあったが、もんざえモンも負けてはいない。

柔らかくとも完全体のものであるパンチを、トゲモンにお返ししてやった。

そこから怒涛のラッシュである。

トゲモンがパンチをすれば、もんざえモンも拳を叩きつける。

まさに殴り合いだ。見た目はものすごく間抜けだけれども。

いつまでも続く殴り合いに飽きたのか、埒が明かないと悟ったのか、もんざえモンはビームを放とうと目にエネルギーを溜め始める。

それを、トゲモンが見逃すはずがない。

隙を見せたもんざえモンの顎にアッパーを決めると、身体中に生えているとげをもんざえモンに向かって飛ばしてやった。

ぬいぐるみの身体とはいえ、たくさんのとげが身体中に刺さるのは溜まったものではない。

悲鳴を上げたと同時に、もんざえモンの背中にあるチャックがこじ開けられ、中から黒い歯車が飛び出していった。

 

 

 

 

 

『本当に申し訳ございません……』

 

項垂れるもんざえモンに、子ども達はもういいよって声をかけてやる。

お日様は既に傾いてオレンジ色に染まっており、おもちゃの町が時刻を知らせる鐘を響かせていた。

もんざえモンがおかしくなっていたのは、やはり黒い歯車のせいだったようだ。

いつの間にもんざえモンの中に入り込んでいたのやら、その辺りの記憶が曖昧で、結局分からなかった。

しかしもんざえモンがおかしくなっていたのは黒い歯車のせいだと分かったので、子ども達はこれ以上追及しないと言って、もんざえモンを許した。

 

『ミミさんの言ったとおりですね。おもちゃは、子ども達を喜ばせるためにある。それなのに私は、その子どもを泣かせてしまった……おもちゃの町の町長失格です……』

「もういいってば。全部丸く収まったんだから。なあ?」

『そうだね~。だからもんざえモンも気にしない、気にしない!』

 

しかしそれでは気が済まないもんざえモン。

せめてものお詫びをと言って、赤いハートを子ども達に向かって放った。

本来の効力を発揮する、ラブリーアタックだ。

ぽよん、という音を立ててハートに包み込まれた子ども達は、今まで生きてきた中で最高の幸せ気分を味わっていた。

この世界を救ってほしい、と突如として異世界に飛ばされた子ども達。

心細くて、これから先どうなってしまうのかという不安に包まれながら始まった旅路だったが、たまにはこういう思いをしても罰は当たらないだろう。

今回の立役者とも呼ぶべきヌメモン達は、いつの間にか姿を消していた。

突然現れて助けてくれたかと思ったら、お礼も聞かずに去っていったしまった。

汚物系デジモン、嫌われ者と罵ったこと、少しは反省しているのだ。

今度会ったら人としてお礼はちゃんとしなくちゃね、とミミは赤いハートに包まれながら思った。

 

……そういえば。

 

 

「あのヌメモン、パタモンとプロットモンのことは知ってたのに、どうしてブイモンのことは青いのなんて言ったのかしら……?」

 

独り言ちたミミの疑問に、答えてくれる者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……頼まれた通り、あいつらのこと助けてやったぜ』

 

おもちゃの町のお城が見える。

セピア色の草原からそのお城をぼんやりと眺めながら、ヌメモンは言った。

かさり、とヌメモンの背後に、“誰か”が立っていた。

 

「うん。みてたよ。ありがとうね、ヌメモン」

『けっ。見てたんなら、自分で助けてやりゃよかったのに。俺様はデジモン界の嫌われ者だぞ?何だってよりによって俺様に声かけたんだ?』

「うーん、すべてはよていちょうわ、だからかな?“あのこたち”がここにくることは、ずっとまえからきまってたから」

『まぁたそうやって誤魔化すのか。まあいい。ちゃんと頼まれたことはやってやったんだ。さっさと例のもの、俺様によこしな』

「ふふふ、わかってる。はい、これ」

 

幼い子どものように舌足らずな“誰か”は、籠にどっさりと入った腐りかけている食べ物をヌメモンに差し出した。

ヌメモンは大喜びで、ハートまで飛ばしている。

 

『しっかし何だって、陰から子ども達を見守るなんて、お前さんも物好きだねぇ?何か思い入れでもあるのかい?』

 

籠に入った腐りかけの魚を1つ手に取って、ぽいっと宙に投げて口に入れながら、ヌメモンは“誰か”に問いかけた。

さわり、と風が吹く。

 

「……あいたいひとが、いるの」

『会いたい人?』

 

うん、と“誰か”が頷いた。

 

「でもいまはまだあえないの。まだ“そのとき”じゃないから」

 

だから、そのときがくるまでまっているの。

 

『……ふーん』

 

その声色が何とも言えない悲哀を漂わせており、ヌメモンは2つ目の魚を口にしながら、相槌を打ってやることしかできなかった。

 

 

 

 

 

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