ナイン・レコード   作:オルタンシア

12 / 75
生真面目くんの憂鬱

.

 

 

 

 

 

風が吹く。

木々の間を駆け抜けて、緑がさわさわと揺れた。

空に浮かぶはソフトクリームのように柔らかい雲。

とてもこの世界に、異世界の子供達が召喚されるほどの危機が訪れているとは思えなかった。

でも不安というのは、音もたてずにいつの間にか背後に忍び寄っているものである。

どれだけ警戒していようとも、闇はすぐそこまで迫っている。

 

今も。

 

例えば常人では気づかないほどの小さな大地の揺らぎ。

例えば空気を擦るような音に乗って空を覆う黒い歯車。

 

 

 

 

 

漆黒に呑まれた空間には、光すら侵入を許されない。

大輔はそんな暗闇の中で、1人ぽつんと立っていた。

辺りを見渡しても、太一や治や空、ヒカリちゃんも賢も、そしてブイモンもいない。

上も下も、前も後ろも右も左も、何も分からない。

身体に上手く力が入らないのは、何故だろうか。

ぼんやりと漆黒の向こう側を見つめていた時だった。

 

 

ぽう……。

 

 

小さな光が灯る。

大輔の顔ぐらいの大きさの光が、ふっと浮かび上がった。

 

「………………………………………………………………………………………………………………」

 

ゆっくりと、大輔は右手を肩の位置まで上げる。手を伸ばす。

1歩、また1歩と、大輔は光に近づいていく。

 

 

ぽう…………。

 

 

光が大きくなる。

 

ふわり……。

 

光の中に、“誰か”が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごちん、と頭に衝撃が走って大輔は目を覚ました。

ぎゃあっという悲鳴を上げて飛び起きた大輔は、ベッドのクッションではなく固い床の感触でベッドから落ちたのだと気づいた。

更に、大輔の悲鳴を聞いて先輩達が何だ何だと飛び起きてしまったので、慌ててすみません、って謝罪する。

莫迦野郎、って太一に頭をぐりぐりされた大輔は、本当にごめんなさい、って一生懸命頭を下げて何とか許してもらった。

時刻は7時頃。そろそろ起きてもいい時間帯か、って治の号令により、男子はのろのろと身支度を始める。

デジモン達は、まだ寝ていた。

それぞれのベッドヘッドにある2段の引き出しを開けて、子ども達は自分の着替えを取り出し、パジャマをその中に入れた。

ゲンナイがくれた機能のおかげで、衣と住を提供された子ども達は、こちらに飛ばされたその日から身に着けている服をずーっと着ていなければならない、という覚悟を持たずに済んだ。

使用した服は引き出しに入れておけば、光子郎のパソコンにしまわれた時にガードロモンというデータ化されたデジモンが洗濯をしてくれるらしいので、毎日新しい服を着ることができる。

太一なんかは、泥まみれになっても平気ってことだよな、って何か企んだ時の顔をしたから、治と空がやるなよ?絶対やるなよ?って睨みを利かせる羽目になった。

 

「大輔くん、朝は大丈夫だった?」

 

とっくに支度を済ませていた女子と合流して、テントを光子郎のパソコンにしまい、子ども達はもんざえモンに礼を言って再び旅立った。

もんざえモンの暴走を食い止めた子ども達は、是非にともんざえモンに押し切られておもちゃの町で一夜を明かすこととなった。

夜になるまでちょっとだけ時間があったから、遊ぶことにした子ども達は、久しぶりに心の底から笑顔になった。

それからもんざえモンが用意してくれた食事を口にして(果物がそのまま出されたが、ないよりはマシである)、シャワーを浴びて、遊び疲れた身体は一瞬で眠りについた。

そして男の子たちは、大輔の悲鳴で起こされることとなる。

 

「全然大丈夫じゃねーよぉ。頭ぶつけるし、太一さん達にどやされるし、変な夢見るしでもう最悪だ!Nasty!」

 

おもちゃの町を旅立って、数時間。

頬を膨らませて、いかにも不機嫌ですという体を隠さない大輔に、ヒカリはくすくすと苦笑した。

 

「夢ってどんな夢?」

「んー……何か暗いところにいてさぁ、明かりとか全然なくて、ここ何処だろーってぼーってしてたらいきなり光が浮かんで……そこに誰かいたんだよ」

『誰かって?』

 

ブイモンが問うが、大輔は納得いかないと言った様子で首を振る。

 

「分かんね。そこで目が覚めちまったから」

「……男の人?女の人?」

「それも分かんねー。分かったのは誰かがいたってことだけなんだよなー」

 

すると、大輔の話を聞いて一瞬考えこんだ賢が、辺りを慎重に伺いながら小声で同い年の友達とそのパートナー達に告げる。

 

「……あのね、僕も夢を見たんだ」

『え?ケンも?』

「うん……大輔くんと、同じ夢」

「え?」

 

思っていたより大きな声が出てしまい、前を歩いていたミミとパルモンがどうしたの?って振り返る。

何でもないです、って3人と3体で慌てて頭(かぶり)を振って誤魔化す。

 

「そう?何かあったらちゃんと言うのよ?」

『ブイモン達も、ちゃんとダイスケ達のこと見てるのよ?』

『分かってるよー』

 

どうも昨日の出来事から、ミミとパルモンは大輔達最年少に対してお姉さんぶりたがっているような感じがする。

1番後ろを歩いている最年少達をちらちらと気にしては、少しでも異変があると先ほどのようになぁにって声をかけてくれる。

気にかけてくれるのは嬉しいのだが、どうにもむず痒かった。

地下水道を歩いていた時は、どちらかと言えば最年少達寄りの言動をしていたのに。

まあ、それはともかく。

 

「……俺と同じ夢って……真っ暗なところにいて、光の中に誰かがいたのか?」

「うん……僕もそこで目が覚めたんだ。多分、大輔くんがベッドから落ちたのと同じタイミングで」

「何だよ、俺のせいみたいに言うなよ」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ」

「…………私も」

『ヒカリ?』

「私も……同じ夢、見たの」

『ヒカリも?』

『えー?3人とも同じ夢?何かいいなー。俺もダイスケと同じ夢、見たかったなー』

 

ボクもーアタシもーってパタモンとプロットモンがブイモンに賛同しながら、それぞれのパートナーに引っ付くから、最終的にはじゃれ合って太一にこらーって怒られる羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

どれぐらいの時間が経っただろうか。

太陽はいつの間にか傾き始めており、気温がますます下がってきている。

進むにつれて肌寒い風が、剥き出しになっている大輔達の腕や顔を撫でつける。

はっくしょん、ってヒカリは盛大なくしゃみをして、肩を縮こませながら、擦り合わせた両手に息を吹きかける。

子ども達は、いつの間にか寒いエリアに足を踏み入れていた。

 

「暑い砂漠地帯を抜けたと思ったら、今度は寒冷地帯か……」

「うう、寒いわね……大輔達が風邪引かないように注意しないと……」

 

体温と気温差から白く染まった吐息を漏らしながら、治は辺りを見渡した。

キャンプ場は涼しいという天気予報から、念のため長袖を着ていた治はともかく、ノンスリーブの空は忙しなく腕を擦って体温を逃すまいとしている。

自分達だけならまだしも、身体の小さい2年生達も一緒にいるのだ。

もしも風邪など引いてしまえば、風邪薬など持っていないから処方してやることはできないのだ。

 

「……まあ、寒いのも悪かないよなぁ」

 

2人の話を聞いていなかったのか、太一が頓珍漢なことを言い出したので、治と空は咎めるような眼差しを太一に向けたが、続く太一の言葉で態度を改めた。

 

「だーって雪が降ったら雪合戦できるじゃん!」

「雪合戦!いいですね!」

「寒いだけなのは憂鬱ですが、雪が降るとなれば話は別ですね」

 

ミミと光子郎も賛同する。

デジモン達は雪合戦を知らないらしく、何それって子ども達に聞いてくる。

食べ物かって尋ねてきたテントモンに苦笑しながらも、光子郎は雪合戦が何たるかを教えてやった。

食べ物ではないと聞いた途端に興味を無くしたテントモン、アグモンと同じぐらいには食い意地が張っているから、呆れるしかない。

寒いことを懸念していた治と空だったが、やはりまだ小学5年生。

しっかりしているとはいえ子どもである、太一の前向きな考えを聞いたら少しポジティブになれたのか久しぶりに勝負でもしよう、ってはしゃいでいた。

 

 

しかし丈は、そんな気分になれなかった。

はしゃいでいる年下達を見て、困惑の溜息を吐く。

どうしたの、って寒くなるにつれて元気を取り戻していたゴマモンが、項垂れている丈に話しかけた。

 

「全く、気楽なもんだよなぁ。雪なんて降られたらたまんないよ」

『何でさ?オイラは寒いのも雪も大好きだよ?』

「君は、ね。見れば分かるよ、寒いのは平気なんだろう?ガブモンも。さっきっから元気じゃないか」

 

でも僕達人間はそうはいかないんだ、って丈はゴマモンを抱き上げた。

 

「君みたいに寒さに適した身体をしていないから、これ以上寒くなったらまずダウンするのは大輔君達下級生だ。夜になるにつれてきっともっと気温も下がるだろうから、今日は早めにキャンプするべきだ。でも雪なんか降っちゃったら、それさえ難しくなる」

『テントがあるからいいじゃん?』

「だぁかぁら!そのテントを何処に設置するのって話!雪の上に設置するわけにはいかないだろう?ゲンナイさんがくれたものとはいえ、壊れたらシャレにならないんだから……」

『ふーん?』

「それに食べ物だ。ゲンナイさんはそこまで用意してくれなかったから、食料調達は僕達でしなくちゃ。まあ君たちが食べられるものとそうでないものを教えてくれるから別にいいんだけど、こう寒いと木の実が生っているのかさえ怪しいよ。探すのも苦労しそうだっていうのに、太一達はどうしてああ呑気でいられるんだか……」

『……さっきっからどうしたんだよ、ジョウ?何難しいこと考えてんだ?まだ起こってもいないことで心配したって、疲れるだけだよ?』

 

あのなぁ!って丈はついつい語気を荒げた。

 

「行き当たりばったりでどうにかなるって思えるほど、僕はお気楽じゃないの!ここは僕達の世界とは違うんだ、慎重になるのも仕方ないだろう?」

『だーいじょうぶだって!オイラがついてるんだから!』

「どっから来るんだ、その自信……とにかく、僕だけでもこれからのことはちゃんと考えてないといけないんだ、僕は1番年上なんだから……ゲンナイさんに頼まれた、この世界を救うっていう責務を果たして、みんなを無事に帰す義務があるんだから……」

 

険しい表情を浮かべながら、丈はゴマモンを抱きしめる腕の力を強めた。

 

 

 

 

 

白銀の世界である。

 

真っ白な絨毯が子ども達の前に敷かれており、緑の終わりを告げた。

遮るものが何もない雪原は、何者にもまだ踏み荒らされておらず、ただ美しい風景としてそこにある。

1歩踏み入れてみれば、さく、と新雪の音がした。

ほら見ろ、って丈は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

丈が懸念していた通りになってしまった。

一面雪景色は確かに美しいかもしれないが、キャンプをするには不向きだしこのままだと体温と体力が悪戯に奪われるだけだ。

だからこそ、きちんと話し合いの場を設けなければならないのだが……。

 

「すっげー!雪だ!」

『ダイスケ!遊ぼう!』

「雪合戦しましょ!」

『やろうやろう!』

「パタモン、行こう!」

『待ってーケン!』

 

最年少3人とパートナーの3体が、遠慮なく白い絨毯に足を踏み入れる。

大輔は雪に手を突っ込むと、ぎゅっぎゅっと押し固めて、雪玉を作った。

そしてその雪玉を、遠慮なくブイモンにぶつけてやる。

 

『ぎゃっ!な、何すんだよ、ダイスケ!』

「これが雪合戦だよー!それっ、今度は賢だ!」

「うわっ!やったな、大輔くん!パタモン!」

『それー!』

「わぁあああっ!お前それは反則だろ!」

「きゃああ賢くんやめて!」

『痛い痛いパタモン莫迦!やめなさい!』

 

賢が素早く作った雪玉を、パタモンは2つ持って空中からぽいぽいと下にいる大輔達に放り投げる。

そこにミミも混ざって(パルモンは植物故なのか、雪原から遠いところにいた)、大変微笑ましい光景となった。

 

「……どうするよ、治?」

 

お友達と楽しそうにはしゃいでいる妹をぼんやりと眺めていた太一だったが、やがてその光景から目を逸らして隣に立っている親友に声をかけた。

ぴくり、と丈の肩が強張るが、誰も気づかない。

そうだなぁ、って治は腕を組んで考え込む。

 

「前は雪原、後ろは岩山。どっちに進んでも詰むな……」

「今の私達は夏の装いだもの。このまま進んでも寒さで体力を奪われちゃうだけだわ」

「何処まで続いているのかも、分かりませんからね……」

 

5年生3人の話し合いに、光子郎も混ざる。

ただしその場にしゃがんで手持ち無沙汰に小さな雪山を作って遊んでいたが。

 

「だからっていつまでもここでグズグズしてるのもなぁ」

「うん、お前と僕らだけならそれでもいいかもしれないけどね」

「わーかってるよ。俺だってヒカリの兄ちゃんなんだから、ヒカリを危険な目に合わせるわけにはいかないって」

「分かってるならいいよ。さて、それを踏まえて。丈先輩、どうしますか?」

「え?」

 

突如として話しかけられて、半ばぼーっとしていた丈は虚を突かれた。

治が話しかけたことにより、太一と空、それから光子郎も、丈に視線を向けている。

全く準備していなかった丈はあたふたと口ごもったが、とりあえず。

 

「え、えーっと、とりあえずご飯、集める?進むにしても戻るにしても、そろそろ用意ぐらいはしておいた方がいいんじゃないかと……」

「ああ、それはいいですね。そうしましょうか」

「だな。まずは腹ごしらえしとくか」

「ん、賛成。おーい!みんなー!」

 

苦し紛れに意見を出したら、採用された。

何だか腑に落ちないが、特に突っ込まれることもなかったので、とりあえず何も言わないでおいた。

 

『……あれ?ちょっと待って』

 

ミミに伴われて戻ってきた最年少とそのパートナー達に、丈の提案を教えていると、アグモンが鼻をひくひくさせながら口を開いた。

 

「どうした、アグモン?」

『何か変なにおいがする……』

『……そういえば』

『何だろう、これ?』

 

ピヨモンとガブモンも鼻をひくつかせて、漂ってくる臭いに顔を顰めた。

他のデジモン達も、アグモンに言われて臭いを嗅ぐと、眉をひそめてそれぞれのパートナーに寄り添う。

嗅ぎ慣れない臭いだったからなのか、警戒しているのが一目で分かった。

太一もすんすんと臭いを嗅いでみる。

これは……。

 

「あ、太一さん!あれ!」

 

辺りを見渡していた光子郎が、何かを見つけたらしい。

子ども達が同時にそちらに目を向けると、雪が降り積もった木々の向こうから煙が上がっているのが見える。

敵襲か、とアグモン達は身構えたが、太一達は違った。

デジモン達にとっては嗅ぎ慣れない臭いだったかもしれないが、子ども達は違った。

これは、子ども達の世界でもよく知った臭いだった。

お休みの日に、お父さんとお母さんに車で連れて行ってもらった、あの施設や旅館で嗅いだことがある、懐かしい臭い。

 

「温泉だ!」

「温泉!?」

 

丈が叫ぶと、子ども達の顔が一斉に輝き、煙に向かって走り出した。

ゲンナイさんが用意してくれたテントは、シャワーはついているが湯舟はない。

ジャワーだけでも汚れは落とせるし、さっぱりするのだが、やはり疲れを癒すなら湯舟にゆっくりと浸かりたかった。

だから子ども達は、とても喜んだ。

お風呂に入れる!ゆっくりできる!

 

しかし、現実はそううまくいかないものである。

 

煙を目印に、肌寒いのも忘れて雪原を走った子ども達だったが、辿り着いて沸き上がったのは歓喜ではなく、絶望だった。

近づけば、熱で周りの雪が解けているようで、ざらざらの地面が剥き出しになっている。

そしてぐつぐつぐつ、という泡が生まれては弾ける音。

完全に沸騰していた。これでは風呂として使えない。

 

「……とりあえず、ここなら寒さは凌げるかな」

「だな。じゃあ、食いモン探すか」

 

嘆いても仕方がない。お風呂に浸かれなかったのは残念だが、シャワーがあるのだから当分は我慢だ。

がっかりしているミミとヒカリには悪いけれど。

 

「……とは言っても、こんな辺り一面雪原の景色じゃあ、食べ物があるかどうか……」

「……あれ?ねえお兄ちゃん、あれって……」

 

賢が治の袖を引っ張って、指さした先にあったものを見て、丈は愕然とした。

そこには、何故か冷蔵庫があった。

一般家庭に普及している、よく見る型の冷蔵庫だ。

 

「何で……っ!非常識だっ、何でこんなごつごつした岩だらけのところに、冷蔵庫がっ!」

「何言ってるんですか、丈先輩。ここは僕達の世界じゃないんですよ?この前だって、浜辺に電話ボックスが立ってたじゃないですか」

 

使えませんでしたけど、と治は至って冷静である。

そうだった、って平静さを取り戻した丈だったが、それでもそう簡単に割り切れるほど、丈の頭は柔らかくはない。

小学6年生、来年には中学生になる丈は、既に社会のルールや常識がインプットされ、大人への第一歩を踏み出している。

子どもでありながら、大人であることを強いられるのが6年生なのである。

6年生が自分1人であるという現実は、彼らの世界で生きるために必要な常識という鎖に捕らわれ始めている丈にとって、とんでもないプレッシャーとなっていた。

年長者として、下級生達を導き、守らなければならないのだ。

終わりの見えない冒険の中で、いつ帰れるのか分からない不安と戦いながら。

 

 

しかし下級生達は、そんな丈の心境などお構いなしに物事を進めていく。

 

 

「……電気は通っていないな」

 

4年生と2年生を空に任せ、太一と治が慎重に冷蔵庫を調べる。

冷蔵庫も電気を利用して中身を冷たくしているから、電気が通っていなければ中身が冷やされずに腐っている可能性が高い。

浜辺にあった電話ボックスも同様だが、会話ができる相手と繋がらなかったという意味では、使うことができなかった。

ここにあるものは全て子ども達の世界にあるものと同じでありながら、使用できるのかどうかが直前まで分からない。

だからこそ、まずは使えるのかどうか調べてからだ、という治の主張はあっさり通ったのだった。

 

「……開けるぞ」

「おう」

「ちょ、ちょっと!」

 

外観を調べつくした治のゴーサインで、太一は冷蔵庫の扉に手をかける。

丈が慌てて止めようとするも、1歩遅かった。

がちゃり、と躊躇なく冷蔵庫の扉を開けた太一と、警戒を怠らないアグモンの目に飛び込んできたのは、冷蔵庫いっぱいに並べられた卵だった。

目を輝かせる太一とアグモン。冷蔵庫は知らなかったのに、卵は知っているのか、という妙な好奇心が沸いた太一だったが、それよりもまずは。

 

「今日の夕食はこれで決まりだな!」

「ちょ、ちょっと待てよ!食べられるかどうかも分からないのに!」

「だーいじょうぶだよ!毒見だったら俺がやるから」

「そういう話じゃなくて!食べられるにしても誰のものか分からないのに……!」

「丈先輩、落ち着いてください。ここには人間は住んでないんですから、誰のものでもありませんよ」

 

ヒートアップしていく丈を落ち着かせたのは、またもや治である。

う、と言葉を詰まらせる丈は、それ以上何も言うことができなかった。

そして、項垂れる。どうして上手くいかないのだろう。考えても答えが出てこない。

ジョウ?って足元にいるゴマモンが心配そうに声をかけてくれたけれど、答える余裕もなかった。

顔を上げれば、太一と談笑している治の姿があった。

 

 

──どうして、こんなにも違うのだろうか。

 

 

丈と同じ真面目な方で勉強が好きなはずなのに、どうして治はあんなに余裕でいられるのだろう。

幾ら言っても太一から返ってくるのは、丈が言いたいこととは少しずれている答え。

丈が言いたいのはそういうことじゃないのに、どうして太一は分かってくれないのか。

どうして治は、そんな太一に対してイライラすることなく会話を成立させることができるのだろう。

考えれば考えるほど深みにはまっていく。

だから、子ども達とデジモン達がウキウキとした様子で卵を取り出していくのを、丈は黙って見ていることしかできなかった。

 

 

 

ゲンナイさんが子ども達のために用意してくれたテントを取り出し、中からコンロになる持ち運びできる暖炉とフライパン等の調理道具と油、受け皿と箸を外に出した。

テントの中でやると煙が充満する恐れがあるからだ。

賢とパタモンで集めた枯れた枝を中に放り込み、ガブモンが火をつける。

フライパンを暖炉の上に置き、少し温めてから油をしく。

ここまで用意してくれているのなら、食べ物の方も準備してくれていたっていいのに、と治は不満に思ったけれど、口に出しても仕方がないので心にとどめておく。

はい、とヒカリに手渡された卵を受け取り、暖炉の角にこつんとぶつけて罅を入れると何と片手で卵を割った。

すごい、って目を輝かせて覗き込んでくるヒカリに、危ないよって苦笑しながら忠告し、さりげなく遠ざけてやる。

熱せられた油と卵が美味しそうな音を立てていた。

 

「どれぐらい茹でればいいのかしら?」

「とりあえず10分ぐらいにしておきますか?」

 

光子郎とミミが、2つある籠にロープをそれぞれ結んで、子ども達とデジモン達の分をそれぞれ乗せると、沸騰している温泉に浸らせる。

治がテント中をひっくり返す勢いで探したお陰で、1分用の砂時計を見つけることができた。

 

「これを10回ひっくり返せば10分ですね」

「オッケー!」

 

まずは1分、とミミは砂時計をひっくり返した。

 

「そーっと、そーっとだぞ……よし!」

 

太一は丈とデジモン達と一緒に、手ごろな大きさの岩を運んできた。

こんなものどうするんだ、と丈が問うと、テーブル替わりにするんだよ、と、何を言っているんだと言いたげに返された。

こっちが何を言っているんだと言いたいが、太一と会話をするだけ疲れるので、あっそとだけ言って口を噤む。

ちょうどいい具合に平らで、大きい岩の周りに、椅子替わりの小ぶりな岩を運んできたのは大輔とブイモンだ。

全てのセッティングが終わったと同時に、ゆで卵と目玉焼き、卵焼きが完成する。

受け皿に適当に盛り付け、それぞれ席に着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 

 

 

いただきます、という太一の号令の下、子ども達とデジモン達は食事にありつく。

調味料がない上に、白米や他のおかずもない、卵だけの夕食というのも物悲しいものだが、この際我慢だ。

あーん、って大きな口を開けてまずは目玉焼きを頬張れば、久しぶりに調理されたご飯ということで、太一の胸にじーんとこみ上げるものがあった。

 

「うっめー!こんなまともな飯、久しぶりだぜ!」

「ほんっと、ゲンナイさんも、どうしてご飯用意しておいてくれなかったんだ……白いご飯が欲しい」

「あーやめて治くん。想像しただけで恋しくなっちゃう」

 

ねえねえ、って5年生の会話を聞きながら、賢は大輔に話しかけた。

一口で目玉焼きを食べてしまった大輔は、次に卵焼きに取り掛かっている。

ブイモンはと言えば、まるで掃除機がゴミを吸い込んでいるかの如く、すごい勢いで卵を次々口に放り込んでおり、プロットモンに怒られていた。

 

「んぐ……なんだ?」

「目玉焼きって英語でなんて言うの?」

「目玉焼き?えーっと、sunny-side upかな」

 

正確にはfried eggであり、sunny-side up、つまりサニーサイドアップは片面焼きで黄身は半熟のことを指す。

日本ではフライというと油で揚げるイメージだが、英語でいうフライはバターや油で炒めることを言うのである。

また、焼き方によって名称も変わるので、一概に目玉焼きイコールサニーサイドアップとは言えないのだ。

だが大輔は、そんな違いがあるということを知る前に日本に帰ってきてしまったので、サニーサイドアップが目玉焼きということしか知らないのである。

大きくなれば嫌でも勉強することになるだろう、ということで、このメンバーの中では英単語の知識が誰よりもある治は敢えて黙っていた。

甘えさせても甘やかさないのである。

 

「さにーさいどあっぷ?」

「おう。Sunnyってお日様のことなんだ。お日様みたいだから、Sunny-side up」

「なるほど!」

『確かにお日様みたいだねー』

 

ねーって賢とパタモンはにこにこしている。

そんな和やかな空気に包まれている中、丈だけが浮かない顔を浮かべていた。

 

『どうしたの、ジョウ?食べないのか?』

「……ああ、家に帰ればこんな苦労しなくていいんだなって思って……」

 

発言してから、しまったと丈は口を噤んだがもう遅い。

和やかなムードが凍り付く音が聞こえる。

誰もが丈に困惑の眼差しを向けていた。

みんなが思っていて、でも誰も口にすることができなかったことだ。

いきなり異世界に飛ばされて、訳も分からぬまま島を巡って、ゲンナイと名乗る男性に世界を救ってほしいと頼まれて。

まだ子どもなのに、キャンプをしに来ただけのただの子どもなのに、一体どういった基準で自分達が選ばれたのか。

他の子どもではだめだったのか。

ここにいるみんなが思っていて、でも絶対口にしてはいけないって必死に抑えていたことを、よりによって最年長の丈が口にしてしまった。

静まり返ってしまうのも、無理はない。

 

「……アタシだって、お家恋しいもん」

 

不貞腐れたように口にしたのは、ミミだ。

この世界に来て、もう4日以上経っている。

3日間の工程で行われる予定だったサマーキャンプ、大人達はきっと大騒ぎしていることだろう。

今頃、警察の人達が総出で山狩りを行っているかもしれない。

必死に探し回っているであろう両親のことを思うと、胸が痛む。

 

「……パパ、心配してるかな」

 

ぽつりと落とすように、しかしみんなの耳に届いてしまった、賢の寂しい言葉。

ママではなくパパと言ったのは、恐らく離婚したせいでたまにしか会えない父親との久しぶりの団欒だったろうに、この世界に来たせいでそれができなくなったからだろう。

 

……だがどういったわけか、大輔はパパと漏らした賢の顔に、違和感を抱いた。

それは、昨日地下水道を歩いていた時、自分達の世界に帰ったら何がしたいかと子ども達が各々口にしていた際、大輔がお姉ちゃんに会いたいと言った時に賢が抱いたのと、同じ違和感だった。

大輔は、賢が自分と同じような違和感を自分に対して抱いていたことに、全く気付いていなかった。

その違和感の正体を知るのは、もう少し後のこと。

 

「……ねえ、みんな!目玉焼きには何かけて食べる?」

 

どんどん沈んでいく空気を払拭しようと、空が務めて明るい声色で話題を変える。

帰りたいのは、みんな同じ。

でもゲンナイさんに頭を下げられたみんなは、決めたのだ。

決めるしか、なかったのだ。

世界を救って、みんなで帰ると。

それしか帰る術がないのなら、世界を救うと。

拒否権など、ないに等しかった。事後報告とか酷すぎる。

でも不平不満や鬱憤は、次にゲンナイさんに会った時に全部ぶつけると決めた。

ゲンナイさんも、それでいいと、構わないと言ってくれたのだ。

今は、それでいいではないか。

 

「何かけるって、目玉焼きには塩コショウって決まってるじゃないか」

 

それ以外何があるんだ、と言いたげに丈は空を見つめる。

すると他の子ども達もそれに乗っかり始めた。

太一は醤油、治と賢はマヨネーズ、空はソース。

ここまでは普通だったが、光子郎がポン酢だと答えると微妙な空気が流れた。

しかしその上を行く者がいて、その答えにみな戦慄することになる。

 

「うえ~、みんなおかしい!やっぱり目玉焼きって言えばお砂糖よね!アタシ、それに納豆かけたのもだーい好き!」

 

ひえ、と一同息を呑む。

砂糖はまだしも、納豆を乗せる?納豆は好きだけど、想像するのは脳が全力で拒否した。

 

「……え、えーっと大輔くんとヒカリちゃんは?」

 

顔を引きつらせながら賢が友達に問うと、ヒカリは太一と同じ醤油、大輔はケチャップと答えた。

普通の調味料に軌道修正されたことで、子ども達はこっそりと胸を撫で下ろしたのだが、丈はそうではなかったらしい。

 

「おかしい……みんなおかしいだろう!目玉焼きにそんな変なものかけるなんて……!日本文化の崩壊だよ!」

『……何訳の分かんないこと言ってんだよ、ジョウ?』

 

頭まで抱えだした。ゴマモンが至極当然のツッコミを入れているが、子ども達全員が思っていることだろう。

全員が困惑の眼差しを丈に向けている。

 

「だって目玉焼きには塩と胡椒だもの!ソースでもマヨネーズでもなく、塩胡椒!おかしいのは君たちだ!」

「……丈さん」

 

こちらが口を挟むのも憚れるほどの剣幕で、下級生達の間違いを正そうとしている丈に勇敢にも話しかけたのは、大輔だった。

箸先を口に咥えて、ぽけっと丈を眺めていた大輔に、全員の視線が向けられる。

 

「丈さん、卵焼きは何味が好き?」

「は?」

「オムレツとかオムライスは何かける?」

 

いきなり質問をしてきて、一体何なのだろうか。

しどろもどろになりながらも、真っすぐ自分を見つめてくる大輔の質問に答えるべく、丈はずれた眼鏡をかけ直しながら口を開いた。

 

「た、卵焼きは砂糖に決まってるじゃないか。オムレツやオムライスはケチャップだよ」

「じゃあ卵かけご飯は?」

「醤油だよ!どうしたのさ、大輔くん?」

「じゃあ全然おかしくないっすよね?」

「へ?」

「……大輔、何が言いたいんだ?」

 

きょとん、と首を傾げる大輔の真意が分からない。

太一が問いかけると、大輔が答える前に賢が合点がいったように声を上げた。

 

「ああ、そっか!そうだよね!全然おかしくないよね!」

『ケン?』

「丈さん、卵焼きもオムレツもオムライスも、卵かけご飯も全部目玉焼きと同じ卵料理だよ。だったらどうしてそれぞれかけるものが違うの?」

「な、何でって……卵焼きに砂糖も、オムレツやオムライスにケチャップも当たり前だろう?」

「……ああ、そういうことか」

 

賢の言葉で、ようやく大輔の真意を理解したらしい治が、彼らの言いたいことを代弁してやる。

 

「丈先輩、卵焼きに砂糖、オムレツやオムライスにケチャップ、卵かけご飯に醤油をかけるなら、目玉焼きにそれらの調味料をかけたって、おかしくはないですよねって大輔と賢は言いたいんですよ」

 

元はどれも同じ、全て卵料理だ。

姿形や名称が違うだけで、材料は同じ。作り方が少々違っているだけで元は同じなのだ。

それなのに、名称が違うだけの本質は同じものであるのに、それぞれの料理にそれぞれの調味料をかけても辿り着く先は同じなのに、どうして目玉焼きにかけるものが自分と違うからと言って、そこまで深刻になる必要があるのだろうか。

 

「だ……だとしても、目玉焼きに塩胡椒をかけるのが1番美味しいし、日本人ならそうするべきで……」

「えー?そんなこと言ったって、俺アメリカで育ったし、アメリカじゃ何でもケチャップとかマヨネーズだったすよ?」

 

大輔に悪気はない。だって彼はアメリカからの帰国子女なのだ。

いくら日本専門店で日本の調味料や材料を揃えて、家では日本食であったとしても、アメリカのものを全く排除することなどできない。

大輔がアメリカにいた頃は、まだ日本食はそれほどメジャーではなかったから、海苔を巻いたおにぎりなんか持っていけば忽ち引かれてしまうし、最悪の場合いじめにまで発展してしまう。

だからお姉ちゃんがエレメンタリースクール(小学校)に通っていた時は、お弁当はサンドイッチ、または学校のカフェテリアでお昼を済ませていた。

外に出ればファーストフード店が軒並み経営しており、味だってケチャップやマヨネーズを大量にぶっかけた、素材の味とはと問いかけたくなるようなものばかり。

そればっかりはもう、文化の違いとしか言いようがない。

 

 

そう、文化の違いと一緒だ。

目玉焼きに醤油やマヨネーズ、ソース、ポン酢、砂糖、ケチャップをかけるのは、文化の違いと一緒なのである。

人は、みんなそれぞれ違う。

誰1人として同じ人などいない。

同じ調味料をかけるのでも、太一は全体にどばっとかけるがヒカリは黄身の部分にちょこっと乗せるように。

治は半熟の黄身を崩してマヨネーズと混ぜながら、賢はお皿に添えるようにマヨネーズの塊を出して、固めに焼いた目玉焼きを少しずつお箸で分けながら食べる。

兄弟姉妹でもこんなに違うのだ、他人ともなれば猶更味覚に違いがあるのは当たり前なのである。

……まあ、納豆に関しては悩んでもおかしくはないが。

 

『……はあ、やれやれ。ジョウ、ちょっと落ち着きなよ』

「っ……」

 

ヒートアップしかけていた丈を宥めたのは、ゴマモンであった。

座っている丈の足を、白いヒレでペシペシと叩いてやれば、我に返った丈は下級生達からの目線で気まずそうに口を噤んだ。

 

『落ち着いた?じゃあ早く食べちゃいなよ。せっかく料理したのに、冷めちゃったらもったいないよ?腹が減ってるから、そんなカリカリするんだよ』

「別にカリカリしてるわけじゃ……はあ、まあいいや」

 

ちょっとずれた慰めをもらった丈は、どうでもよくなったのか食事を再開した。

おいらも食べよーとか言いながら、テーブルに身を乗り出して犬食いのように皿から直接目玉焼きを食べるゴマモンを見て、丈は何を思ったのか彼を膝の上に乗せてやった。

ゴマモンの身体の構造上、丈のように座って箸を使って食べるということができないのである。

更に石のテーブルはゴマモンにとって高さがあったので、テーブルに身を乗り出すようにしなければならないゴマモンは、とても食べにくそうにしていた。

何も言われずに膝に乗せられて面食らっていたゴマモンだったが、嬉しそうに礼を言って目玉焼きを食べる。

 

 

最初こそ、丈はゴマモンを、いや、デジモン達を警戒していたが、今はすっかり警戒心を解いて普通に接している。

もうすぐ中学生という年齢故に、社会の常識を周りの大人から刷り込まれた丈は、元来の真面目さと頑固さも手伝って、馴染むのに時間がかかった。

しかし丈の強みとも言えるのは、元来の真面目さではなく懐の深さである。

自分の常識に当てはまらないものを受け入れるのに時間がかかるものの、一度認めると全てを受け入れる度量の広さも併せ持っているのだ。

残念ながら丈のその度量の広さを発揮させる機会は、もう少し後のことである。

それよりも今は気まずい空気が払拭されたことを悦び、食事を再開させるほうが先だ。

子ども達は再び食べ始めた。

 

 

 

 

 

 

夕食を終えた子ども達は、汚れた皿を雪で洗い流すという暴挙に至り、元あった場所に戻す。

コンロとして使った暖炉も、火を完全に消して中の炭を取り出して、テントの中にしまった。

沸騰した温泉地にテントを張ったお陰で、思ったよりも暖が取れそうだ。

少し休んで、順番にシャワーを浴びてから寝よう、ということになり、子ども達は各々好きなように休んでいる。

 

「ねえねえ、パタモンはどんなデジモンに進化するの?」

 

年代ごとや性別ごとに分かれて談笑している上級生達を尻目に、下級生である大輔達はひと塊になって進化について話をしていた。

黄色い恐竜のアグモンは、オレンジ色で兜を被った大きな恐竜に、ガブモンは纏っている毛皮がそのまま大きくなったような狼に、といった具合で、各々の面影を残した進化を果たしている。

まだ進化していないのは、下級生と丈の4人だ。

賢の言葉をきっかけに、2年生の大輔達は己のパートナー達の、まだ見ぬ進化した姿に胸を馳せている。

 

『うーん、進化したことないから、分かんないよー。アグモンがグレイモンに進化するのだって知らなかったし』

「えー?自分のことなのに?」

 

賢にそう言われて、ちょっとムッとなったパタモンは、頬を膨らませる。

 

『ケンだって自分のことはよく分かんないでしょー?だったらケンは自分が進化したらどうなるのか、知ってるの?』

「人間は進化って言わないよ。成長って言うんだ。……でもそうだね、パタモンの言う通りだ。僕、おっきくなった自分が想像できないや」

 

ならばと大輔は話題を変える。

 

「どんな風に進化してほしい?俺はーそうだなードラゴンがいい!」

『どらごん?何だ、それ?』

「翼があって、空を飛べるんだ!すっげー大きくて、グレイモンよりもおっきくて、火を吹くんだぜ!」

『空を?それってバードラモンのこと?』

「バードラモンは鳥だろ?ドラゴンは、えーっと空飛ぶトカゲ?」

『えー?何か間抜け』

「うっせーなぁ!」

 

でもダイスケが、それがいいというのなら、それに進化したいなあ、ってブイモンは笑った。

 

「プロットモンは何だろう……犬みたいだから、ガルルモンみたいな大きな犬になるのかな?」

『さあ?ただどんなデジモンに進化しようが、アタシはそれを受け入れるだけよ。ヒカリを守るためなら、アタシはどんなデジモンにだってなってやるわ』

『そんなこと言って~。スカモンとかだったらどうするんだよー』

『ボク知ってるー!そういうの、“目も当てられない”って言うんでしょー!』

 

怒ったプロットモンによってブイモンとパタモンが追いかけられるまで、あと1秒。

 

 

「丈先輩は、どう思いますか?」

 

夕方のデジャヴに、丈はまた頭を悩ますことになる。

 

事の発端は明日についての話し合いだ。

パチパチという薪の爆ぜる音をBGMに、子ども達は明日の行先について真剣に顔を突き合わせている。

というのも子ども達の行く手は前の雪原か、後ろのムゲンマウンテンという山の2択しかないそうだ。

次のエリアは雪原の向こう側、殆ど1本道のようなもので、元来た道を戻っておもちゃの町まで引き返しても、そこから別のまだ行ったことないエリアには繋がっていない、ということらしい。

だから雪原を突っ切るか、ムゲンマウンテンに登るか、という相談をしていたのだが、意見がなかなかまとまらなかった。

ムゲンマウンテンとは、このファイル島で1番大きな山のことである。

そこに登れば島を一望できるのだが、狂暴で気性の荒いデジモンがたくさん住んでいるし、アグモン達がまだコロモン達だった頃、山に住んでいる意地悪なデジモンがたまに山から下りてきて、コロモン達を追いかけまわして虐めていたこともあり、滅多なことでは近づかないそうだ。

そしてやはりというか、考えるよりもまず行動派の太一はムゲンマウンテンに1票入れた。

島の構造がよく分かっていないから、当てもなく彷徨う羽目になるのだ。

ちゃんと地図は頭に入れておいた方がいい、というのが太一の主張である。

それに賛成したのが、光子郎だ。

ゲンナイがくれたファイル島の地図は、地形や環境までは載っていなかったので、ちゃんと確認しておきたいという理由からである。

アグモン達の話を聞いて、真っ先に反対したのはミミだった。

自分が怖いから、とか山登りは疲れるから、ではなく、大輔達をどうするのだという最年少への気遣いからであった。

最年少の3人のパートナーは、まだ進化ができないのだ。

それを懸念して、ミミは反対した。

これには太一や治だけなく、空と光子郎と丈も驚いた。

この3日間、ミミはどちらかと言えば下級生達のように、ただ上級生達の決定事項を大人しく聞いているだけだったのに、今日のミミは積極的に動くだけでなく、5年生達の話し合いにも参加している。

一体どういった心境の変化だろうか。まあ人数は大いに越したことはないし、様々な意見があるのはいいことだ。

さて、と気を取り直し、空と治はミミの味方についた。

慎重派の2人らしい、と理解はするものの納得はできない。

ムゲンマウンテンには狂暴なデジモンが住んでいるから、3人が慎重になって反対するのは分かるのだが、だからと言ってここにいつまでもグズグズと留まってはいられない。

ムゲンマウンテンがダメなら、雪原を突っ切ることになるが、きっと3人はそれも反対するだろう。

どっちもダメならどちらかしかない。

 

 

そして、上記の治のセリフである。

まだ丈だけが意見を提示していなかった。

下級生達全員から注目を浴びることになった丈は、最大のピンチを迎えている。

どうしよう、と冷や汗が流れるのが分かった。

2つ以上の解答がある問題を考えるのが、丈は苦手なのだ。

メリットとデメリットが同じ数だけある2つ以上の正解の道を選ぶのに、人の倍以上時間をかけて考えないと丈は決められないのである。

そして、散々悩んで選んで、やっぱりあっちにすればよかったって後悔するのも多々あった。

だが上級生として、最年長として、何も言わないわけにはいかない。

 

 

まずはメンバーの整理をしよう。

デジモンを進化がさせられるのは自分と最年少3人以外の、5人。

進化できない数よりもできる数の方が多いから、それはカバーできるだろう。

最年長の自分ができないというのはかなり情けない話ではあるが。

問題は最年少3人である。どちらに進むにせよ、まだ小さく進化させてやることができない彼らを危険な目に合わせるわけにはいかないのだ。

それは太一と治もよく分かっているはずだ。

それなのに、太一は敢えて山に登るという選択肢を選んだ。

何か考えがあってのことなのだろうが、それはひとまず置いておくことにして。

太一と光子郎は、全体を把握したいから危険を承知でムゲンマウンテンを登りたい。

治と空とミミは、最年少のことを考慮して気性の荒いデジモンが住むムゲンマウンテンには登りたくない。

両方の言い分は、どちらも正しい。

 

島の全体図が分からないから、危険を承知でムゲンマウンテンの頂上に登る。

狂暴なデジモンが住んでいるから、リスクは避けるべき。

 

さて、どちらを取るべきなのか。

賛成派と反対派の目が厳しい。

どちらも、自分達の方を選べというプレッシャーをかけてきている。

勘弁してくれ、と丈は心の中で嘆いた。

 

「丈?」

「丈先輩?」

 

太一と治が黙り込んだ丈を、キョトンとしながら見つめてきている。

いけない、と丈は頭を無理やり切り替えた。

しかし考えれば考えるほど、深みにはまる。

どうしよう、どうしよう。うんうん唸り、ふと空を見上げる。

満月は、既にてっぺんまで登っていた。

今何時か分からないが、確実にもう寝る時間のはずだ。

視線を下級生達に戻すと、その向こうで最年少の3人が舟を漕いでいるし、そのパートナー達も目をとろとろとさせていているのが見えた。

なので、

 

「もう夜だし、大輔くん達も眠そうだ。続きは明日にしないかい?」

 

丈にそう言われた太一達は、丈の視線の先を辿って振り返る。

さっきまで元気にはしゃいでいたはずの最年少とそのパートナーデジモン達は、もう完全に寝る体勢に入っていた。

 

「朝になってからもう一回話し合おう。今はとにかく寝るんだ。身体を休めなきゃ。僕らはゲンナイさんに頼まれた、この世界を救うっていう使命があるんだ。いざって時に戦えないのはシャレにならないよ」

「……そうね、丈先輩の言う通りだわ。今日はいったん休みましょう」

「ヒカリちゃん、先にテントに連れてっちゃいますね」

「では僕は大輔くんと賢くんを」

「そうね、2人ともお願い。シャワーは明日の朝浴びせてあげましょ」

 

眠そうな下級生とそのパートナーを連れて、4年生2人と空はテントに入っていく。

まずはほっと一息ついた。

よかった、何とか誤魔化せた。

優柔不断で、正解が2つ以上の問題にぶち当たると思考が停止してしまう丈にとって、太一と治の相反する解答は、どう結論付けていいのか分からなかった。

どっちも正しいし、どちらも間違っている。

だから丈は、空達を見送ってから太一と治に謝罪した。

 

「ごめんね、先延ばしにするようなこと言って。でもどちらにしても、リスクはあるだろう?僕はどちらかを選ぶのに時間がかかるから、君達が寝てる間にちゃんと考えとくよ。みんなを危険な目に合わせるわけにはいかないからね」

「いえ、こちらこそ急かすようなことをしてすみませんでした」

「おう。まあじっくり考えてくれ。俺も治も、意見を曲げるつもりはねぇし、丈がどっち選んだって文句は言わねぇから」

 

俺らも寝ようぜ、って太一とアグモン、治とガブモンもテントに引っ込んでいく。

入れ違いで、空とピヨモンがタオルとパジャマを持って出てきた。

 

「これからお風呂かい?」

「はい。ミミちゃんも、疲れたから明日にするって言ってベッドに入っちゃったんですけど、私はまだ眠くないので、シャワーを浴びてからにします。丈先輩も、もう寝ますか?」

 

さきほど太一達に伝えたことを、そのまま空に伝えると、分かりましたって微笑んで、その後少し困ったような表情を見せた。

 

「一晩中考え込むのだけはやめてくださいね?ちゃんと身体を休めろって言ったのは丈先輩なんですから……」

『大丈夫、大丈夫!オイラがちゃーんと見ててやるって!』

「何でゴマモンが偉そうなんだよ」

 

胸を張るゴマモンに、丈が軽く小突いてやった。

いったいなぁ、って文句を言えば、痛いわけないだろ、軽くしてやったんだから、って丈も軽口を叩く。

……夕飯時の、思いつめたような表情は、すっかり消えていた。

もう大丈夫だろう、と判断した空は、ピヨモンを連れてシャワー用のテントへと消えていった。

 

 

 

空は、それを後に後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

.

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。