ナイン・レコード   作:オルタンシア

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闇に潜む者

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他の部屋と違って2つ並んだ扉を見つけた太一は、躊躇なく扉を開ける。

先ほどそれで廊下に飾られていた西洋鎧を倒したというのに、全く反省している様子を見せていないが、もはや何を言っても無駄だと分かっている治と空は何も指摘しない。

沈黙は時として恐怖となりうるのだが、特性が鈍感な太一に、果たしてその嫌味が通じるかどうか。

 

「……ん?」

 

扉を開ける。壁と垂直になるようにに取り付けられた木の板に、何処かで見たことがあるような籠が6つ鎮座していた。

中は広々としている。棚がある壁とは反対側には、大きな鏡とドライヤー。

角には観葉植物、太一達の正面にはすりガラスの引き戸。

もしかして、と太一は躊躇なく中に入って、すりガラスの引き戸に手をかけ、開ける。

涼しい空気にモザイクのタイル。壁に設置されている、等間隔に並んだシャワーと、僅かに纏わりついてくる湿気は、恋しくてたまらなかったもの。

 

「お風呂だ!」

「えっ!?」

「本当!?」

 

中に入らずに様子を伺っていた治と空は、太一のその言葉に反応して部屋に入る。

太一の背後から覗いたすりガラスの引き戸の向こうに広がっていたのは、確かに浴場であった。

 

「使えるのかしら?」

「やってみりゃ分かるって」

 

そう言って太一は治とともに浴場に入って、使えるかどうかを確かめた。

まずはシャワー。蛇口を捻れば、お湯も水も問題なく出てくる。

湯舟の方にも蛇口がついており、捻ればお湯が出たのでしばらく放っておいてお湯を貯めておくことにした。

 

「よし、じゃあ次……ん?アグモン?」

 

次の部屋を散策しようとした太一だったが、いつも後をついてきているはずの黄色い陰が見当たらない。

何処だ、と辺りを見渡すと、脱衣所の辺りでガブモンとピヨモンと一緒に座り込んで、目を閉じていた。

太一が揺さぶりながら声をかけても、口元をむにゃむにゃさせるだけで、特に反応を見せてくれなかった。

 

「……どうする?」

 

進化をしたことにより疲れが眠気に変換されているのだろう。

これではご飯を食べる気力もなさそうだと判断した太一は、治と空に尋ねる。

2人も太一と同意見だったようで、目を閉じて寝る体勢に入っていたアグモン達を何とか引っ張り起こして、脱衣所を出た。

廊下はまだ奥に続いていたが、それよりも役立たずになり下がりかけているアグモン達をどうにかせねば。

寝ぼけ眼で、太一達に引きずられるアグモン達に四苦八苦しながら、エントランスに向かうと、1階の散策を終えたらしい丈と光子郎、ミミがいた。

こちらも似たようなもので、それぞれのパートナーが座り込んでぼんやりしていた。

 

「もうベッドに放り投げとくか」

「言い方」

 

ぐったりとしているデジモン達を見ながら、これ以上はもう無理だろうと判断した子ども達は、デジモン達を寝かせることにした。

1階の部屋は書斎とか、寝泊まりするには相応しくない部屋ばかりだったらしいので、一行は2階へ行く。

そう言えば2階は2年生の3人とそのパートナー達が散策していたはずだ。

アグモン達を無理やり立たせて2階への階段を上がると、その階段を下りようとしていた最年少と鉢合わせした。

 

「太一さん?」

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「1階はもう終わったの?」

「おう、まあな」

「ガブモン達が眠そうだからさ。先に寝かせちゃおうと思って」

 

そっかぁ、って賢は治の言葉に納得する。

2階は1人部屋が多かったが、1室だけ全員が寝られそうな部屋もあったので、そこに案内してやった。

眠くて眠くてフラフラになっているアグモン達の手を引いて、その部屋へと入る。

ベッドが10台、太一達はアグモン達をそれぞれベッドに放り込んで、再び1階へと降りる。

 

「さあって、粗方回っただろうし、飯にでもするか?」

「そうね。お腹も空いちゃったし」

 

まだ散策が終わっていない箇所もあるが、進化をしていないが故に元気が有り余っているブイモン達が特に反応を見せていないから、危険なものはないだろう、と子ども達は判断し、やっと気を抜いた。

途端に空腹を覚え、まずは腹ごしらえをしよう、ということになった。

何処か食べるところはないだろうか、とまだ散策していない、階段のすぐ傍にある廊下へ向かう。

 

「……あれ、大輔くん」

「はい?」

「まだブイモンと手を繋いでたんですか?」

 

先を歩く上級生の後をついていく下級生達。

光子郎は何げなく、背後をついてくる最年少の方を見て、そう口にした。

ここに来る前、ムゲンマウンテンで様子がおかしかった大輔達最年少は、山を下りるまで、否、この屋敷に入るまでずーっとパートナーと手を繋いだり、抱きかかえたりしていたのだが、ムゲンマウンテンで恐ろしい目に合ったからなのだと思っていた。

行きの登り道では何ともなかったのに、帰りの下り道で唐突にデジモンに襲われた挙句、突如として崖崩れに襲われたのだ。

大輔達の様子がおかしくなったのは、その後だった。

だからミミは早く山を下りようと主張し、疲れてフラフラになっていたデジモン達を見て、今日は何処でキャンプをしようか、という話をしている最中に、この屋敷を見つけた。

それまでずーっとずーっと、大輔はブイモンと手を繋いで、賢とヒカリはパタモンとプロットモンをそれぞれ抱っこしていた。

もう安全は確保されたのに、どうしたのだろう、と1度に気になってしまったら聞かずにはいられない光子郎は、つい冷たい口調で尋ねてしまう。

それだけではない。

 

「ブイモン達、ずーっと黙ってるけど、どうかした?」

 

光子郎の言葉で、ミミも引っかかることがあったようで、そんなことを聞いてきた。

さっきっからブイモン達がずーっとだんまりなのである。

最年少のパートナーだけあって、探検や探索となったら大輔達と同じように張り切って、騒がしいはずのブイモン達が、ずーっと黙り込んでいるのである。

と言うか、ここに入ってきた時から、最年少は妙に静かだった。

散策する時だって、アンドロモンの工場の時は積極的にやりたいやりたいって上級生達に詰め寄って困らせていたのに、この屋敷に入って太一が散策しようって言いだした時は、特に何も言ってこなかったのだ。

組み合わせを決めたのは太一だったが(どうせお前らまた3人でやりたいって言うんだろ?とか言って)、その時だって元気よく返事をするのかと思いきや、黙ってそれぞれ目配せしていただけだった。

あれ?とは思ったけれど、すんなりと組み合わせが決まったので、太一がさっさと解散して散策を促してしまったから、言及することもできずにそのまま忘れてしまっていた。

 

「えっと……」

 

どうして手を繋いでいるのか、そんなことを言及されると思っていなかった大輔は、言葉を詰まらせる。

何と言ってよいものか、と考えあぐねている大輔に、助け船を出したのはブイモンであった。

 

『……お、俺、お腹空いちゃって。それで、ダイスケが引っ張ってくれてるんだ』

『……ボ、ボクも』

『アタシも……』

「ああ、なるほど」

 

デジモン達は、子ども達以上によく食べる。

お腹がすくタイミングはほぼ一緒でも、食べる量が子ども達の倍か、それ以上なのだ。

特にアグモン、テントモン、ゴマモン、そしてブイモンが食いしん坊の筆頭で、子ども達が苦労して集めた食べ物を、あっという間に平らげてしまう。

何日かに分けて非常食にしたくとも、デジモン達が全部平らげてしまうせいで、残ることが殆どない。

最初こそ少しは遠慮しろって怒っていた太一達だったが、進化が出来るようになるとエネルギーを膨大に消費してしまうせいで、以前よりも更に食べるようになったアグモン達に、それ以上文句は言えなかった。

ブイモン達はまだ進化を果たしていない。果たしていないが故に、アグモン達ほど疲れてはいない。

動き回る体力は残っているが、それでも減るものは減る、ということである。

 

「そうだったの。みんな優しいのね」

 

納得したらしいミミはにっこり笑って最年少を褒める。

が、強引に誤魔化した自覚のある最年少3人は、曖昧に微笑みを返すことしかできなかった。

 

 

 

 

食堂を見つけた一行は、食事の用意を始める。

キッチンもあったので、何か食材になるものがあるかもしれないと期待したが、冷蔵庫は見当たらなかったし、キッチン中の棚をひっくり返してみたが、食材になりそうなものはなかった。

がっかりした空気がキッチンに漂ったが、誰も住んでいない館に食材が置いてあったら、それは逆にホラーだろうし、怪しんだ方がいい事案である、という治の主張により一行は納得した。

ブイモン・パタモン・プロットモン以外のパートナーデジモン達は疲れ果てて寝入ってしまっているので、何人かを留守番で残して、外に出ていつものように果物を見つけて、両腕いっぱいに抱えて、戻ってくる。

果物を調理するにも、他に何も材料はないし、流石の治も果物を使った料理は思いつかず、結局そのまま丸かじり、いつものように食べることとなった。

 

「はいブイモン、パタモン、プロットモン。お腹空いてたんでしょう?いっぱい食べてね」

 

にこにこしながら、何かと最年少の世話を焼くミミに困惑しながらも、最年少とそのパートナー達はお礼を言ってリンゴにかぶりつく。

そろそろ果物も飽きてきたなぁ、お肉とか食べたいなぁ、とは思っても口には出来ない。

いつもならミミが真っ先にそういうことを口にするのに、昨日も今日も我儘を1度も漏らさなかった。

変だなぁって、どうしてかなぁって、大輔はずーっと思っていたけれど、太一や治や空のように、何かと構って世話を焼いてくれている姿を見ると、水を差すのが申し訳なくて何も言えない。

悪い気はしないし、ミミが最年少達の面倒を見ていると、どうも上級生達は話し合いに集中できるみたいなので、ミミの態度についてなにも言及はしてこなかった。

まあいっか、と思うと同時に、やはり何処かむず痒くなる。

 

 

 

食事が終わると、子ども達は5年生を先頭にして、浴場の方へ向かう。

お風呂がある、湯船に張ったお湯にゆっくりと浸かれる、と聞いて子ども達、特にミミとヒカリは大喜びであった。

男女に別れて、それぞれ脱衣所で服を脱ぐ。

湯船は、ちょうどお湯がたっぷりと溜まった頃だった。

蛇口を捻ってお湯を止めてから、太一達はまずシャワーを浴びる。

ゲンナイがくれたシャワー用のテントのお陰で、身体をさっぱりさせることはできていたのだけれど、やはり日本人なら肩までお湯に浸かって、ゆったりとした時間を過ごしたいものだ。

髪と身体を丁寧に洗い、子ども達はお湯に浸かる。

その際太一が、自分達の世界では絶対にできない、湯船に飛び込むということをしでかして治に怒られたが、太一はいつものように軽く流した。

 

「………………」

「ん?どうした、大輔、賢?」

「入らないのか?」

 

久しぶりのお風呂で、すっかりリラックス気分の太一達は、様子がおかしい大輔達に気づく。

じ、と湯船を見つめて、入ろうとしない。

いや、見つめている、というより睨んでいる?と聞きたくなるような目つきを、大輔はしていた。

右手には相変わらずブイモンの左手が握られている。

シャワーを浴びていた時も、何やら訝し気にシャワーヘッドを見つめていたが、一体どうしたのだろうか。

大輔だけならともかく、賢まで湯船を覗いて困ったような表情を浮かべている。

 

『ダイスケ?』

『ケン?』

 

パートナーがそれぞれ声をかけるも、反応しない。

代わりに、大輔は空いている左手を恐る恐る、と言った様子で湯船に伸ばした。

ちゃぷん、と少し熱いお湯の中に、大輔の小さな手が入れられる。

揺れている水の感触。だが大輔はますます不思議そうな表情を浮かべて、首を傾げていた。

 

「おい、大輔?」

 

再度太一に声を掛けられた大輔は、それでようやく我に返った。

太一と治、そして光子郎が、怪訝な眼差しを向けてきているのを理解して、慌てて何でもないですと言って湯船に入る。

右手でブイモンの手を握ったままだったせいで、引っ張られたブイモンは、ちょ、ま、ダイスケガボガボと悲鳴を上げて湯船に沈みかけることとなった。

大輔が入るのなら、と言いたげに、賢もパタモンを抱えながら湯船を乗り越えて、そろそろと足をつける。

その際眉を一瞬だけ顰めたが、誰も気づいていなかった。

 

「お邪魔しまーす……」

 

小さいのによく響くのは、浴場に敷き詰められているタイルのせいだろう。

すりガラスの引き戸が遠慮がちに開かれ、中に入ってきたのは腰にタオルを巻き、恥ずかし気に隠した丈であった。

男同士なのだから、照れなくてもいいのに、と太一が呆れたように言う。

眼鏡が曇るという単純な、しかし眼鏡族にとっては命と同じぐらい大事なために、眼鏡を外している治は、裸眼だと顔をくっつける距離でなければぼやけて何も見えないために、丈がどんな格好をしているのか分からない。

太一が丈の格好を伝えてやれば、そういう人もいるんだから気にするな、という大人の解答が返ってきた。

 

「でも湯船に入る時は外してくださいよ、タオルの繊維が排水溝に詰まったり、タオルについている汚れとかでお湯が汚くなっちゃいますからね」

 

もちろん、しっかりと釘を刺すのも忘れずに。

 

 

「ヒカリちゃん、どうしたの?」

「入らないの?」

 

一方、女湯も男湯と似たような状態となっていた。

空とミミは久しぶりのお風呂で、男子達と同じようにリラックスした表情で湯船に浸かっている。

ピヨモン達も疲れていなければ、一緒に入れてあげたのになぁってちょっと残念に思っていたら、1番小さい女の子がなかなか入ってこないことに気づいた。

パートナーのプロットモンを胸に抱いて、じーっと湯船の中のお湯に視線を落としている。

右手をそろそろとお湯につけて、何かを確かめているように見えた。

 

「ヒカリちゃん、もしかして熱いの苦手?」

「そうなの?ちょっと水入れて冷ます?」

「え?あ、いえ、大丈夫、です」

「本当に?熱かったら我慢しなくていいのよ?」

「足だけお湯につけるとか、ね?」

「……はい」

 

どうも腑に落ちない、と言った表情を浮かべながらも、これ以上先輩達を困らせたくないヒカリは、意を決したように湯船に入った。

 

 

 

 

 

お風呂に入る前に1度外に出て、光子郎のパソコンからテントを取り出し、パジャマを持ってきておいた子ども達は、それに着替えてアグモン達が眠っている寝室へと向かう。

ガチャリ、と扉を開けると、デジモン達の眠りの妨げにならないようにと、ベッド横のランプだけつけていたので、ほんのりと暖かみのあるオレンジ色の灯りが灯っていた。

ゲンナイがくれたテントにベッドが備え付けられていたから、柔らかい布団に包まれて眠れる、というありがたみは薄い。

しかしあちらはマットだけで、こちらにはフレームがあった。

ホテルのベッドのような豪勢な部屋に、子ども達のテンションがちょっとだけ上がる。

しかしパートナー達は既に眠っていて、ベッドに横になっているから、大きな声ではしゃぐのは止めておいた。

 

「何だか林間学校みたい」

「ふふふ、そうね」

 

それぞれのパートナーが寝ているベッドに入る。

4年生に上がって、5月ぐらいのころに行ったお泊りのことを思い出したミミは、何となしにそう口にした。

空が同意し、その話は和やかに終わるはずだったのに、余計なことを口にする者というのは何処にでもいる。

 

「みたいじゃないよ……そもそも僕達はサマーキャンプに来てたんだ。それがどういうわけか……」

「先輩!」

 

治の鋭い声が、丈のセリフを遮った。

治らしからぬ大きな声に、丈は身じろぎをしたが、すぐにその理由を理解した。

しん、と静まり返った寝室で、丈と治以外の子ども達が俯いている。

はしゃいでいた子ども達の心に、一点の闇が生まれた。

丈の言う通り、彼らはサマーキャンプをしに来ただけなのだ。

みんなそのつもりで家を出て、3日間サマーキャンプを楽しんだら、まったりと家に帰るはずだったのだ。

そしてしばらくの間は、サマーキャンプの話題で持ち切りになって、部活動に参加して汗を流して、お父さんの田舎に行ってお祖父ちゃんお祖母ちゃん親戚の人に逢ってお盆を過ごしたり、近所で行われる夏祭りに参加するためにお母さんに浴衣を買ってもらったり、そうやって毎日毎日遊んで、最終日になって宿題をやるのを忘れたと騒いで、友達と一緒に片づけたり……。

去年と同じように過ごすはずだったのに、今年は違った。

猛吹雪で帰り道が分からなくなり、お堂に避難したらオーロラに導かれるように、この世界にやってきた。

最初は当てもなく彷徨っていたけれど、3日目に立ち寄った工場でアンドロモンに言われるがままに白い機械……デジヴァイスを使えば、立体映像としてゲンナイと名乗る、人間でもデジモンでもない、この世界の安定を望むものが、子ども達をこの世界に呼んだ理由を話してくれたお陰で、目的は見つけられた。

この世界の闇を晴らし、救うこと。

困惑した子ども達だったが、それで自分達の世界に帰れるのならと、1度は了承した。

次に会ったときに幾らでも文句は受け付ける、と言っていたから、それまでの辛抱だと、子ども達は堪えてきた。

 

堪えてきたのだけれど……。

 

「……ごめん」

 

やらかしたと悟った丈は、小さく呟いた。

誰も、何も言わない。丈を責める言葉も、気にするなという言葉も、誰もかけない。

丈の言う通りではあるけれど、まさか二晩に渡ってやらかすとは思わなかった。

昨日の晩も、丈が余計なことを口走ったせいで、子ども達は意気消沈してしまった。

あの時はゴマモンが丈を宥めて、話を逸らしてくれたから事なきを得たものの、今そのゴマモンはぐっすりと寝入ってしまっている。

治が止めてくれなければ、丈が紡いでいたその先の言葉で、子ども達の心はぽっきりと折れていたかもしれない。

 

「……もう寝ようぜ」

「……そうね」

 

静まり返ってしまった子ども達に、そう声をかけたのは、やっぱり太一であった。

それに空が賛同すると、子ども達は詰まらせていた息をほっと吐く。

それぞれのベッドの横の棚にあるライトを消して、子ども達は眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

月はすっかり夜空の頂点に登り、青白い光が濃紺の背景で煌めいている。

野生のデジモン達もその身を闇に委ねているのか、辺りを闊歩しているような音や荒い息遣いなどは聞こえてこない。

風が通り抜ける足音すら死んでいた。

 

 

悪意の手が、子ども達の首を絞めつける。

 

 

弾けるように飛び起きた大輔の顔は、青白い月明かりの下でも分かるほどに真っ青だった。

掛け布団を握りしめ、全身は変に力が入っているかのように硬直しており、その反動で掛け布団を握っている両手ががちがちに震えている。

振動がベッド全体に伝わり、大輔の横でぐっすりと寝こけていたブイモンが、それに気づいて目をとろとろさせながら開けた。

 

『……ダイスケ?どうしたんだ?』

 

返事は、ない。光源は窓から降り注ぐ月明かりしかなく、しかも大輔とブイモンがいるベッドは窓から遠い位置、部屋の入り口に近いところにある。

だから大輔が今どんな表情を浮かべているのか、薄らとしか分からないのだが……。

 

──怯えてる?

 

パートナーとしての直観なのか、ブイモンは大輔の横顔を見てそう判断した。

……誰かに触れられた時の自分と、様子が似ていた、という理由もあったけれど。

 

『ケン?』

『ヒカリ?どうしたの?』

 

その直後、ほぼ同時に友人の声が聞こえた。

大輔とブイモンがいるベッドの真正面と、左側。

正面のベッドにいるのはヒカリで、左にいるのは賢である。

見れば、2人ともベッドから身を起こしていた。

青白い月光で僅かに垣間見えたのは、目を見開いてがちがちに震えている2人の姿だった。

まるで、大輔のように。

え?と思ったのもつかの間、ヒカリはベッドから飛び降りると、彼女がいたベッドから斜め右上、大輔とブイモンがいるベッドの列の1番左端、窓側のベッドに寝ている太一のところへ、一目散に走り出した。

プロットモンが慌てて追いかける。

すっかり眠りこけて、夢の世界を旅しているであろう、大いびきをかきながら芸術的な寝相を披露している兄に遠慮することなく、その腹めがけてダイブをかました。

ぐえ、って蛙が潰れたような悲鳴が聞こえる。

 

「ヒ、ヒカリィ……兄ちゃん、つぶれちまうよぉ……」

 

寝ぼけていても、自分の腹にダイブをかましてくる相手が分かっているようで、太一は妹の名を呼んで抗議をする。

だがヒカリは聞いていないのか、太一のベッドによじ登って、兄にしがみつくように掛け布団に潜り込んだ。

おい、って更に太一が抗議をしようとして……口を噤む。

 

兄のパジャマを掴む、妹の小さな手が、分かりやすいほどに震えていた。

 

一瞬何が起こったのか理解できなかった太一であったが、一拍遅れて太一のベッドに飛び乗ったプロットモンが困ったような表情を太一に向けて、何となく察した。

何か怖い夢でも見たのだろう、太一はそれ以上文句を言わずに、黙って妹に布団をかけ直し、落ち着かせるように彼女の背中を優しく叩いてやる。

1つのベッドに子ども2人にデジモン2体はなかなかにきつかったが、それでも兄として、縋ってきた妹を振り払うことはできなかった。

 

 

それを見ていたらしい賢は、1度掛け布団に視線を落とすと、数秒ほど硬直して、意を決したようにパタモンを抱き上げ、ベッドから降りて左隣にいる兄のベッドによじ登った。

その振動で、眠りについていたはずの治が目を覚まし、ベッドに潜り込んできた弟に気づく。

パタモンをぎゅっと抱きしめながら、治のパジャマを遠慮がちに握る賢の目は、戸惑いと恐怖で見開かれている。

離ればなれになる前と変わっていなければ、これは何か嫌な夢を見た時の反応だ。

両親が別れて、それぞれ引き取られる前、同じ部屋で過ごしていた治と賢。

2段ベッドの上で眠る治お兄ちゃんのお布団に潜り込んで、くすんくすんって堪えるように泣きながら、お兄ちゃんのパジャマを遠慮がちに掴んでくる。

そんな賢を、治はやれやれって思いながらも甘やかしてあげるのだ。

お兄ちゃんがいるから怖くないよって、頭をよしよし撫でてあげるのだ。

そうすると賢は涙目になった目をとろとろさせて、夢の世界に旅立つのである。

翌朝、お母さんが起こしに来ると、幼い兄弟が仲睦まじく同じベッドですやすやと眠っている姿を見ることが出来たのだ。

……もう、その愛らしい光景を拝めることはできないけれど。

だから治は、何も言わずに賢を受け入れてやる。

ガブモンには悪いが、ちょっとだけ詰めて、賢とパタモンがベッドで寝られるようにしてあげて、賢を安心させるように優しい笑顔を浮かべながら、よしよしって頭を撫でてやる。

 

「……大きくなったなぁ、賢」

 

ベッドが嫌に狭く感じるのは、きっとガブモンとパタモンもベッドにいるから、だけではない。

最後に、同じベッドで一緒に眠ったのは、いつだっただろうか。昨日のことのようにも思うし、遠い遠い記憶の彼方の出来事だったようにも思う。

だからこそ、ついつい言葉に出してしまったのは、父親が言うようなセリフであった。

 

「………………」

 

そんな治と賢の、ほのぼのとした兄弟の空気を、唇を噛みしめながら大輔は眺めていた。

賢だけじゃない、兄の下へ走ってしまったヒカリのことも、じっと見つめて目を離さない。

 

『……ダイスケ』

 

ブイモンは大輔の名前を呼ぶことしかできなかった。

ずーっとずーっと待っていた、大好きなパートナー。

嬉しくって嬉しくって、ずーっと引っ付いていた。

自分の弱点を知られてしまった時は、もうダメだって絶望しかけたけれど、大輔は何でもないだろって受け入れてくれて、知る前と変わらない扱いをしてくれた。

それがどんなに嬉しかったか、きっと大輔には分からないだろう。

だからブイモンはますます大輔にべったり引っ付くようになる。

引っ付くようになって、気づいた。

大輔は時々、賢とヒカリを羨ましそうな目で見ていることに。

普段はとっても仲が良くて、上級生達があーでもないこーでもないって頭を捻らせている間も、最年少の3人はお喋りに興じていることが多い。

ブイモン達も仲間に入れてもらって、絆を育みつつある3人だけれど、時々大輔は仲がいいはずの賢とヒカリを、複雑そうな目で見ることがあるのだ。

自分だけ仲間外れ、って顔をする時があるのだ。

そんな時に大輔にどうしたの、って聞いても大輔は答えてくれない。

何でもない、って言って、ぷいって賢やヒカリから目を逸らして、暫くするといつものように賢とヒカリと楽しくお喋りし始める。

せっかく太一達やアグモン達には内緒って、ブイモンとパタモンとプロットモンだけに教えてくれるぐらいには、信頼され始めてきたのに。

大輔のことは何でも知りたいから、どうして仲がいいはずの賢とヒカリを羨ましそうな目で見るのか、教えてほしいのに。

今もそうだ、どうして大輔が賢やヒカリを羨ましそうな目で見ているのか、ブイモンには分からない。

それは、人間にあってデジモンにはない、きっとデジモン達にはある種一生理解できない事柄なのだが、ブイモンがそれを知るのは、もう少し後となるだろう。

 

「………………」

『……ダイ、』

 

ブイモンの口から、大輔の名前が最後まで紡がれることはなかった。

じ、っと賢とヒカリを交互に見ていた大輔は、やがて2人から顔を逸らしたかと思うと、ブイモンを引き寄せて抱き枕みたいにぎゅうぎゅうしながら、布団を頭まですっぽり被ったのだ。

大輔の顔を見ることはできなくて、どうして大輔が突然抱きしめてくれたのか、ブイモンは訳が分からなくて頭上にたくさんの疑問符を浮かべたけれど、大輔と密着できるこの状況はかなり嬉しい。

誰かに触られると、全身が硬直して呼吸が出来なくなって、目の前もぼやけて、足元がふらついて上手く立てなくなるのに、大輔とヒカリと賢は触れられても何ともなかった。

大輔はパートナーだからまだしも、賢とヒカリまで平気なのは何故なのか、幾ら考えてもブイモンには分からない。

パタモンとプロットモンが平気だからなのかな、って思うけれど、そもそもどうしてパタモンとプロットモンは平気なのか、その理由が分からなかったから、幾ら考えても無駄なのだ。

難しいことはもういいや、大輔にぎゅってしてもらってるから。

そう思って、ブイモンは暗闇に身を委ねるために、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

直後に、突き刺さるような強烈な悪意を感じて、デジモン達は飛び起きた。

 

 

 

 

 

 

 

疲れ果ててぐっすりと眠りについていたはずだったのだが、示し合わせたように一斉に起きたのだ。

勢いよく起き上がったためにベッドが激しく揺れて、深い眠りについていた子ども達の意識を強制的に引きずり出した。

太一と治に至っては、先ほど妹と弟に起こされたばかりだ。

今度は何だよ、って太一はパートナーであるアグモンに抗議しようと、上半身を起こす。

 

「……え?」

 

そして、視界に映った光景に、太一は言葉を失った。

 

 

満天の星が、目の前に広がっていたのだ。

 

 

いや、待て。そんなはずない。

だってここは室内だ。丈が見つけた、デジモン達が住むには少々不便そうな、しかし人間である自分達が使うには十分すぎるほどの、立派な屋敷で今日は寝泊まりしたはずだ。

お休みをしたときは、きちんと壁と窓と天井があったのだ。

 

 

なのにどうして夜空に散りばめられた星が、太一の視界いっぱいに広がっているのだろう。

 

 

「なっ……!?」

「え、え?何これ、何で、どうして?」

 

パートナーに起こされた形で目を覚ました、他の子ども達も動揺している。

崩れかけた壁、罅が入っている窓、ところどころ穴が開いている床、あの綺麗な館は、見るも無残なものとなって、子ども達の目の前にある。

 

「……ガブモン?どうした?」

 

唖然として、朽ちかけている屋敷を眺めていた子ども達の中で、デジモンの様子がおかしいことに気づいた治が、賢を抱きしめながらガブモンに問いかける。

ガブモンの赤い目は、瞳孔が開ききっており、まさに獣の目をして虚空を睨みつけていた。

見れば他のデジモン達も、似たような、いや、全く同じような目をして何処ともないところを見つめている。

それはまるで、子ども達の命を狙っている姿なき敵意を持った者と、対峙しているようだった。

力を持たぬはずの人間の自分でも、ガブモンが強烈な闘志を抱いているのが分かる。

ガブモンだけではない。アグモンもピヨモンも、テントモンやパルモン、ゴマモン、そしてブイモンとパタモンとプロットモンも。

 

 

 

《夢はもう失われた……》

 

 

 

背筋を指先でなぞられたような悪寒が走る。

がっちん、と子ども達の全身が硬直したと同時に、朽ちかけていた屋敷に更なる変化が起こる。

パリン、というガラスが割れるような音がした。

一枚のタイルを剥がしていくように分解されていく屋敷を、子ども達は黙って見ていることしかできない。

朽ちかけていた屋敷は、更に表面を引きはがされ、やがて細かい粒子となって本来の姿を子ども達に晒した。

それは、屋敷などではなかった。豪邸などではなかった。

最早その役割と機能を果たしていない、ただ不安定な柱に支えられた足場に、ベッドが置いてある、そんな状況だった。

 

「何だよ、これ!!」

「一体、どうなって……!?」

 

太一と治が思わず、と言った形でベッドから飛び降りる。

アグモンとガブモンがすかさず2人の前に飛び出ていった。

 

 

 

ぬう、

 

 

 

と。

月と星空が作り出すにしては不自然なぐらい濃い影から、悍ましい闇の気配が姿を現した。

ひ、と賢の喉が引きつる音が聞こえた。

 

『…………っ!』

 

アグモンとガブモンが、影から顔を覗かせた闇に気づいて息を飲む。

頭部から飛び出た2本の角、全身を闇で纏い、異様に長い手は心臓を鷲掴みにして離さない。

ボロボロの羽は、まるで蝙蝠のそれとよく似ていた。

 

『デビモン……!』

『何で……どうして、お前が……!』

「……アグモン?」

「ガブモン……?デビモン、て……」

 

曰く、最強最悪の、闇を司る闇の体現者。

光を嫌い、光を憎み、闇を愛するムゲンマウンテンの支配者。

普段はムゲンマウンテンを住処として、滅多に山を下りてこない。

それが、どうして目の前に降り立ったのか、アグモン達には理解できなかった。

 

 

す、

 

 

右手を掲げる。闇のオーラが、手のひらから排出された。

 

「きゃあああああああああああああああっ!!」

「!?」

 

響き渡る絶叫。それは、妹のものだった。

ぎょっとなって振り返れば、先ほどまで自分が寝ていたはずのベッドがない。

いや、自分のベッドだけではない。仲間達が使っていたベッドが、全てそこからなくなっていた。

 

「太一!あれ!」

 

隣にいた治が夜空を指さす。

その先を辿って目線を向ければ、縦横無尽に夜空を駆け巡っているベッドがあった。

浮いている。子ども達を乗せて、恐怖に引きつって悲鳴を上げている子ども達を嘲笑うかのように、ベッドが暴れまわっている。

 

「まずい、あのままじゃ振り落とされる!」

「ガブモン、進化できるか!?」

 

治がガブモンを振り返ってそう問いかけるが、ガブモンの答えは残酷なものだった。

 

『ご、ごめん、オサム……すごく疲れちゃって、お腹も空いてるし……』

「……っ、そ、うか……!」

 

何故、と責めることは、治には出来なかった。

連日連夜の戦闘で、疲れを見せ始めていたデジモン達。

この屋敷を見つけた時も、デジモン達は食べることよりも眠る方を優先してしまった。

食べることが大好きなデジモン達だが、それすらもままならないほど疲れていたのだ。

立派な外見の屋敷を見て、他のデジモンが襲い掛かってくることもないだろう、という安心と油断もあったのだろう。

子ども達の安全が確保できたのなら、子ども達を守るためのエネルギーを摂取するよりも、疲れた身体を休める方を求めてしまったのだ。

まさかその選択が仇になってしまうなんて。

 

「うわあっ!!」

『わあっ!!』

「っ、太一!?うわっ!」

『アグモンッ!!わっ!?』

 

そして、また油断。

進化をしてデビモンを追い払う選択肢を奪われた太一達は、周りへの警戒心が疎かになっていた。

空(から)のベッドが、太一達に襲い掛かってきたのである。

避けることが叶わなかった太一とアグモンは、ベッドに掬い上げられる形で乗っかり、他の子ども達と同じように上空へと連れていかれた。

親友の名を紡いだ直後、治とガブモンも同様に。

 

 

不安定に揺れながら空を駈けるベッドに、何とかしがみついて、振り下ろされまいとみんな必死だった。

響き渡る子ども達の阿鼻叫喚に酔いしれるように、デビモンは嗤っている。

太一は、叫んだ。

 

「くそ……何故だ!何故俺達をこんな目に合わせる!?お前の目的は何だ!!」

 

デビモンの気に障るようなことをした覚えなどない太一には、デビモンの目的が分からない。

今まで太一達を襲ってきたデジモン達は皆、縄張りに踏み込んでしまったり、黒い歯車で操られていたりと様々だったが、デビモンのように明確な悪意と敵意を持った相手は初めてだった。

自分達は、ゲンナイに頼まれてこの世界を救うために旅をしているだけなのに。

デビモンの口の端が、顔を裂くほどに吊り上げられた。

 

『知れたこと……お前たちが“選ばれし子ども達”だからだ!』

「…………な、に?」

 

選ばれし子ども達。それは、ゲンナイがこの世界に言い伝えられている、異世界からやってきた救世主達のことだと教えてくれた、自分達のことだ。

 

『お前たちは私にとって、邪魔な存在なのだ。黒い歯車でこの世界を覆いつくそうとしている、私にとってはな!!』

 

徐に両手を掲げるデビモン。

何処からか地響きが聞こえてきた。

空に浮かんでいるせいで太一達には分からないが、両手を掲げたデビモンに呼応する形で、ムゲンマウンテンを中心として、ファイル島全体が揺れているのだ。

それはさながら、大地が四肢をもぎ取られて悲鳴をあげているかのような、大きな揺れだった。

ぴし、ぴし、ぴし、とムゲンマウンテンの頂上から麓に向かって、稲妻のような亀裂が走る。

上から鋭い切っ先のナイフを振り下ろされ、無理やり押し広げられた岩山が、大きな岩の塊にその姿を変え、崩れていく。

崩れたムゲンマウンテンの中には、無数の黒い歯車が空気を擦り、不気味な音を立てながら回転していた。

麓にたどり着いた亀裂は留まることを知らず、今度は大地をかける。

見えない手がその亀裂から大地を引き裂くように、砂ぼこりと崩れる瓦礫の音を立てながら2つに、4つに、8つにどんどん別れていく。

 

『ファイル島は既に黒い歯車で覆いつくした……』

 

ファイル島の中心にして心臓部であるムゲンマウンテンから、かつてファイル島の一部だった島が離れていくのを、子ども達は空飛ぶベッドから見下ろすことしかできなかった。

最初に目を覚ました森、使えない電話ボックスが立っていた砂浜、かつてキャンプをした湖、広大な砂漠、生み出すものなど何もなかった工場、おもちゃに愛される町長がいる町。

子ども達の眼下で、全てが崩れていく。

 

 

──これを、あのデジモンが、1人で?

 

 

治は得体のしれない恐怖を感じながら、デビモンに視線を向けた。

風に煽られそうになりながらも、何とかガブモンと2人で必死にベッドに捕まりながら、治は息を飲む。

もしも、ゲンナイが言っていた“ファイル島に巣食っている闇”が、あのデジモンを指しているのだとしたら……。

 

 

──……恨むよ、ゲンナイさん……!

 

 

たった1人で、小さいとはいえ島1つを八つ裂きにするほどの闇の力を持った相手と、どう戦えというのだろうか。

ガブモン達が進化をして、全員でかかっても勝ち目がない確率の方が高い。

頭の回転が早い故に、最悪の事態を想定してしまった治の顔は、真っ青である。

 

『──次は、海の向こうの世界、全てだ!!』

 

程よい硬さのものを、両手で千切りながら1つずつ捨てていくように、小さなファイル島は更に小さな島となってバラバラの方角へと流されていく。

 

「お兄ちゃーん!!」

「ヒカリィ!!」

 

小さな妹が、ベッドとパートナーに必死にしがみつきながら、最愛の兄を呼ぶ。

妹の下に駆け付けたい兄は、しかし縦横無尽に暴れまわるベッドをコントロールする権利を持たず、ただ虚しく宙をかく左手を、どんどん離れていく妹に伸ばすことしかできない。

 

「お兄ちゃん、助けてぇ!」

「賢っ!!けぇえええええん!!」

 

今にも泣きそうになっている弟が、必死に兄に助けを求めている。

だが兄は、弟の名を叫ぶことしか許されなかった。

 

『最早お前たちなど、私の敵ではない……。私が直接手を下すまでもなかろう……。お前たちに、この世界は救えない。何故なら、ここがお前たちの墓場となるのだ!!』

 

左手を掲げるデビモン。

その手から放出された闇のエネルギーは、ぞっとするほど冷たいものを感じた。

子ども達を乗せながら暴れていたベッドは、更に狂暴性を増し、スピードを上げる。

成す術がない子ども達は、どんどん仲間達から離れていくベッドに、しがみつく他なかった。

 

 

 

 

やがて、子ども達は小さく千切られた島のそれぞれに吸い込まれるようにして、その姿をデビモンの前から消してしまった。

 

 

 

 

 

 

.


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