ナイン・レコード   作:オルタンシア

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光のその先へ

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その日、子ども達はこの世で最も美しい光を見た。

 

 

 

 

 

 

 

山肌が崩れる音がして、子ども達とそのパートナー達は反射的にそちらを見上げる。

そこから先は全てがスローモーションだった。

大きな瓦礫と小さな石、それから細かい砂の粒子がムゲンマウンテンの岩肌から離れて、宙を舞っているのが見えた。

あ、と言ったのは誰だったか。

 

『ダイスケ!!』

『ヒカリッ!!』

 

デビモンに吹っ飛ばされて地面に伏していたエクスブイモンとテイルモンが反応する。

テイルモンはヒカリを押し倒し、治は賢とパタモンを隠すように抱きしめる。

そしてエクスブイモンは大輔と一緒に、ヒカリとテイルモン、治と賢とパタモンに覆いかぶさった。

スローモーションが終わる。瓦礫が音を立てて降り注ぐ。

子ども達を自分の身体の下に隠すように庇ったエクスブイモンに、襲い掛かってきた。

太一の怒号にも似た悲鳴が響き渡る。

大量の砂埃が舞い上がり、エクスブイモン達の姿が一瞬消える。

 

「ヒカリっ!!治っ!!」

「大輔っ!!賢くんっ!!」

 

太一と空の悲鳴。駆け寄ると、瓦礫に埋もれたエクスブイモンが、ぐったりと四肢を投げ出して気を失っているのが見えた。

お陰で大輔とテイルモンとヒカリ、そして治と賢とパタモンは無事だった。

 

「エクスブイモンッ!」

 

頭を抱えてうずくまっていた大輔は、崩れた瓦礫の音が止むと目をぱちぱちさせながら辺りを見渡した。

すぐ傍でぐったりとしているパートナーを見て、顔を真っ青にして縋る。

一生懸命揺さぶって声をかけるが、エクスブイモンは動かない、答えない。

エクスブイモンの身体から這い出た治と賢とパタモンは、何とも言えないと言った表情をしていた。

ヒカリを庇う前に、エクスブイモンと共にデビモンに吹っ飛ばされてダメージを負っていたテイルモンも、何とかエクスブイモンの身体の下から何とか這い出てきたが、息を切らせて大きく肩を上下させている。

妹と後輩、親友が無事だったことにほっと胸を撫で下ろした太一だったが、事態は好転しているわけではない。

むしろ最悪の方向に転がり始めている。

巨大なデビモンに果敢に向かって行くパートナーデジモン達も、その力の差から次々と離脱していく。

体力が限界を迎えて、脚を震わせながら立ち上がろうとしているが、動くことも億劫な者。

吹っ飛ばされて岩肌に身体をぶつけ、全身に痛みが走って呻いている者。

みんな子ども達のために、敵わない相手と分かっていてもデビモンに向かって行ったけれど、1体、また1体と地面に伏していく。

ミミが絹を裂いたような悲鳴を上げた。

 

目を逸らしたくなるような惨劇。

尚も立ち上がろうとするデジモン達を嘲笑うかのように、デビモンは咆哮を上げていた。

 

「……エクスブイモン」

 

呼びかけても揺さぶっても、何の反応も見せないエクスブイモンに、大輔はぽつりとパートナーの名を呟いた。

それからデビモンを見上げる。

バラバラに引きちぎられたファイル島の一部から、ヒカリとテイルモンと一緒にエクスブイモンに乗ってムゲンマウンテンに戻ってきた大輔だったが、巨大なデビモンを見た時からずっと悪寒のようなものを感じていたのだ。

ヒカリも同様だったようで、デビモンを見た瞬間に息を飲んでいたのを、大輔は見逃さなかった。

──まるで、世界中から沢山の“怖いもの”を集めて、ぎゅっと固めたような怖さ。

耳を塞ぎたくなるような咆哮を上げるデビモンに、気力だけで立ち上がった上級生達のパートナーデジモン達が最後の力を振り絞って飛び掛かっていくのが見えた。

もう一度エクスブイモンに目を向け、大輔は唇を噛みしめる。

デジヴァイスを握りしめる。光は失っていないものの、最初より弱まっていた。

エクスブイモンが意識を失っているせいなのだろうか。

 

「グレイモン!!」

 

太一の叫び声がする。崖の下を覗き込んでいた。

何度も何度も呼びかけているところを見ると、エクスブイモンと同じように意識を手放してしまったのだろう。

デジモン達の限界はとっくに超えてしまっている。

 

──このまま勝てなかったら、どうなるのだろう。

 

誰ともなく、そんな諦めにも似た感情が脳の隅に思い浮かんだ。

 

「………………」

 

もう一度、エクスブイモンを見る。

閉じられた赤い眼。大輔は震える右手をエクスブイモンに伸ばした。

 

 

カラン……

 

 

首元で微かに、軽いものが転がったような音がして反射的に下を向いた。

振り子のようにゆっくりと動いている、ホイッスルが目に入る。

エクスブイモンに伸ばしていた手を止めて、ホイッスルを手に取った。

小さな大輔の手のひらと同じぐらいの大きさ。物心ついた頃、いつの間にか持っていたもの。

どうして持っているのか、何処で手に入れたのか、買ってもらったのだったかすらも覚えていない代物なのに、どうしてか手放す気になれなくてずっと首にかけていた。

空が闇を含んだ分厚い雲で覆われているせいで、いつものように光を反射して鈍く光ることはなかったが、それでも大輔は目を離さなかった。離せなかった。

 

「………………」

 

見下ろす。じっと見下ろす。

ムゲンマウンテンが崩れる音、気力を振り絞ったデジモン達が吹っ飛ばされる光景、子ども達の悲鳴。

全てが大輔の目から、耳から遠ざかっていく。

 

そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

何を思ったのか、大輔はホイッスルを両手で持ち直すと、大きく大きく、肺いっぱいに空気を吸い込んで一瞬だけ息を止め、そしてホイッスルを口に咥えて一気に吐き出した。

合成コルクがホイッスルの中で細かく振動して、大きく甲高い音が鳴り響いた。

周りではもっと大きな音が立てられていたはずなのに、それに負けないぐらいの音だった。

子ども達が全員、音のした方向を見る。

大輔が顔を真っ赤にしてホイッスルを吹いているのを見た。

 

「……っ、ぷはぁっ、はあっ、はあっ……!」

 

肺いっぱいに吸い込んだ息を全て吐ききった大輔は、ホイッスルから口を離して酸素を補給する。

太一達上級生やそのパートナー達、ヒカリとテイルモン、賢とパタモンの視線が大輔に集中した。

デジモン達を蹂躙していたデビモンも、頭に響くような甲高い音を聞いてその動きを止める。

しかし大輔はそんな仲間達の視線を気にすることなく、ただ目の前でぐったりと意識を失っているエクスブイモンに目を向けた。

岩肌に反響していたホイッスルが空へと遠ざかっていき、静寂が辺りを包み込む。

あれだけの大音量を、耳元に近い場所で気化されたにも関わらず、エクスブイモンの赤い眼は瞼の奥に隠されたままである。

ホイッスルを持った両手が震え、滑り落ちそうになった時だった。

 

『───っ!!』

 

見開かれた瞼の赤い眼は、何処か殺気立っていた。

崩れた瓦礫に埋もれていたエクスブイモンは、雄たけびを上げながらその瓦礫を弾き飛ばすように起き上がり、デビモンに向かって飛んで行った。

ほぼ同時に、崖下へ転落しながらも奮闘し、虚しくデビモンにあしらわれて気を失っていたグレイモンも目を覚まし、起き上がってデビモンの脚に突進していった。

 

《ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛っ!!》

 

空を裂くような咆哮は、グレイモンに噛みつかれ、エクスブイモンの爪に引っかかれたことによるものだろうか。

しかしデビモンに飛び掛かっているのはグレイモンとエクスブイモンだけで、他のデジモン達はもう立ち上がる気力すらなさそうだった。

状況は悪化の一手を辿っているだけ。

このままでは元の世界に帰るどころか、ゲンナイに頼まれた“世界を救う”ことすらできないかもしれない。

 

 

──想いは、進化する。

 

 

ファイル島の空を覆う分厚く暗い闇の雲に負けない光は、賢の腕の中から生み出された。

目が眩むほどの真っ白い光に、子ども達だけでなく闇の力を取り込み大きくなったデビモンも怯んでいるようだったが、1番驚愕しているのは賢だった。

腕に抱いていたのは、賢と同じように無力を強いられていたはずのパートナー。

一方的に蹂躙され、次々と倒れ伏していく仲間達を見たパタモンは、もう迷わなかった。

卵の殻のようなものがパタモンを包み込み、他のどのデジモン達が放ったものよりも強い光だった。

ふわり、と卵が浮かび上がる。賢の手を離れて空へと浮いた卵に、賢は一瞬呆気にとられたがすぐに我に返る。

慌てて両腕を伸ばしたが、もう遅い。

光の卵は、もう賢の手が届かないところまで遠ざかっていってしまった。

 

「パタモン……!?」

『ケン、ごめんね』

 

光は更に強まる。白い光が暗闇に潰されかけたファイル島を優しく照らす。

呆然としている賢に、光の卵から声が聞こえた。

それは、謝罪の言葉だった。

ごめんね。どういうことだろうか。

デビモンが喉の奥を鳴らすように唸りながら、眩い光を消してやろうと腕を伸ばしてくるが、ファイル島中の闇を、そして世界中の悪意をかき集めて己の身に宿したデビモンに、その光は地獄の業火に等しかったようだ。

光に近づけたデビモンの手が、冷たいものと熱いものを合わせたような音を立てて、白い煙が昇る。

悍ましい悲鳴を上げ、デビモンは腕をわなわなとさせながら身悶えた。

 

もう、戻れない。

 

『……ねえ、ケン。どうしてボクのことを庇ったの?』

「え?」

『ウッドモンが襲ってきた時、それからさっき崖が崩れた時。どうして?』

「どうして、って……」

 

分からない。どうしてパタモンがそんなことを聞いてきたのか、賢には分からない。

 

「だって、それは、パタモンが危ないって、思ったから……」

『……そっか』

 

賢の答えを聞いたパタモンは、分かっていたと言いたげな、しかし何処か寂しげな声色だった。

 

「パタモン……?」

『ごめん、ごめんね、ケン。君はボクを守ろうってしてくれたけど、でもそれで君が傷ついちゃったらボクはきっと一生、ボクを許さないと思う』

 

だってパタモンは、パタモン達は子ども達を守るために生まれてきたのだ。

そう、いつだってデジモン達は子ども達のために必死だった。

彼らがその強大な力を発揮するのは、いつだって子ども達のピンチの時。

子ども達の命が脅かされた時。

パタモンも、きっといつかは他のみんなと同じように、同じ条件で進化するんだろうなあって漠然と考えていた。

どんなデジモンに進化するのかは分からなかったけれど、賢を守れるぐらい強かったらいいやっていう曖昧なものだった。

そんな生半可な覚悟で、進化なんかできるはずがないのに。

そして、時は来てしまった。

いつかでいいや、強ければいいやって後回しにしてきたツケだったのだろうか。

唐突に訪れた試練は、小さな身体を容赦なく叩きつけてくる。

 

『ケン、ボクも同じだよ。ボクも君を守りたい。だからボクは選ぶよ』

 

パタモンは、選んだ。

 

「選ぶ……?」

『うん、選ぶ。ボクは、君を守るために戦う』

 

パタモンの言葉にぎょっとなった賢は、目を見開いて叫んだ。

 

「やめて……やめて!どうして!?何で!?何で守るために戦わなきゃいけないの!?戦って、傷つけあって、その後一体何が残るのさっ!!悲しいだけじゃないかっ!!」

「……賢」

 

本音ともとれる賢の叫び声に、治は何とも言えない声色で弟の名を呟く。

賢には分からない、パタモンが選択した道の意味が。

何故戦うことが賢を守ることに繋がるのか。

相手を傷つけ、自分を傷つけられて、そこに残るのは一体何だろう。

物心がついた最初の記憶が両親の怒号だった賢にとって、今目の前で繰り広げられている戦いはただの苦痛でしかないというのに。

争いは当事者だけでなく、周りも傷つけるのだ。

自分が我慢することで平和に解決できるのなら、それでいいではないか。

 

今までは、そうだった。

 

今までは、それでよかった。

 

 

『…………ごめんね』

 

パタモンは、再度謝罪した。

そして、

 

 

『パタモン、進化──!!』

 

 

想いは、進化する。

 

 

ばさり、と重なった薄く軽いものが空気を撫でたような音がして、子ども達は息を飲む。

割れた光の卵がパタモンを包み込み、小さいマスコットだったパタモンの姿が変化していくのを見た。

大きくなったその姿を見た子ども達は、闇を晴らす天使だと思った。

すらりと伸びた手足に逞しい上半身、オレンジがかった長い金の髪、光と闇を公正に判断するために十字が刻まれたヘルメットを被った顔。

 

そして何よりその背に生えた()()()

 

 

『──エンジェモン』

 

 

天使が名乗る。

エンジェモンと名乗った天使の背後から、パタモンを包んでいた白い光が凝縮されて発せられ、神秘的な雰囲気が醸し出されていた。

その美しい天使の姿に、賢を始め他の子ども達も思わず見とれる。

 

《あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ》

 

エンジェモンから発せられる強烈な光を鬱陶しがったデビモンが、恐ろしい咆哮を上げながらエンジェモンに手を伸ばす。

 

『……哀れな』

 

しかしエンジェモンはそれに慌てることなく、発している光を更に強めた。

形容しがたい悲鳴を上げ、デビモンは苦しみ悶える。

ばさり、黒い翼を羽ばたかせると抜けた黒い羽がふわりと下に落ちていった。

 

《ア゛ア゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛ア゛あ゛ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛ッ》

 

じゅううう、と何かが焼ける臭いと音がする。

強い光に焼かれたデビモンはその場で足踏みをするように暴れ、山の下にいたイッカクモンと丈は被害を受けることになる。

ここにいては危ないとイッカクモンと丈は慌ててその場から離れた。

しかし笛の音で復活したグレイモンとエクスブイモンは、デビモンに纏わりついたままだった。

 

『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

『グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

《グゥ゛う゛ウ゛ウ゛う゛う゛う゛ウ゛ウ゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛……!!》

 

グレイモンとエクスブイモンの咆哮が響き渡る。

だがデビモンの注意は既にその2体から逸れていた。

今のデビモンは、己を焼き尽くさんとしている眩い光を消すことしか、最早頭になかった。

苛立たし気に唸りながらデビモンは尚もエンジェモンに手を伸ばす。

先ほど強い光で手を焼かれたというのに、デビモンは再び握りつぶそうとしてきた。

今度は光で撃退せず、エンジェモンは黒い翼を羽ばたかせて悠然とそれを避ける。

エンジェモンを掴み損ねたデビモンの手が宙を切る。

デビモンは分かっていないのか、地を這うような唸り声を上げながら何度も掴み損ねた手を握っていた。

それを見ていたエンジェモンは、誰も知らないヘルメットの向こうで辛そうに表情を歪める。

 

《ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛ッ》

 

耳を塞ぎたくなるような咆哮が響く。

 

「エクスブイモォン!!」

「行っけぇええ!グレイモン!!」

 

大輔と太一もデジヴァイスを強く握りしめ、自分達のパートナー達を応援する。

2人が叫ぶ度に、デジヴァイスを強く握りしめるたびに漏れる光が強くなる。

その強い光が見えない想いとなって、グレイモン達に届き、更なる力と変換される。

それでも、デビモンの巨体に傷1つつけることができなかった。

 

《グゥあ゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛あ゛ア゛ッ》

 

効いていなくともちまちまとした攻撃は鬱陶しかったのか、デビモンは喉を喉が張り裂けるほどの声量で叫び、両腕をでたらめに振るう。

デビモンの足元にいたグレイモンは、ムゲンマウンテンの麓の岩肌に叩きつけられ、空を飛んでいたエクスブイモンは宙に放り出されるように吹っ飛ばされていった。

揺れる地面、上から押さえつけるような風圧に、子ども達も悲鳴を上げながら転がったりその場でうずくまったりしていた。

 

「ぐっ……!」

 

未だに揺れる地面。岩肌にしがみつく形で、何とか立っていた太一は、妹のヒカリの方に視線を向ける。

頭を両手で守るように抱え、その場にしゃがみこんでいた。

テイルモンがそんな彼女に覆いかぶさるようにして守っている。

傍にいた大輔や賢も似たようなものであった。

駆けつけてやりたいが、揺れる地面と上から押さえつけてくる風圧のせいで、まともに身動きが出来ない。

何とかならないかと、崖の下に落ちてしまったパートナーの名前を必死で呼ぶが、姿も見えない上にグレイモンが返事をする気配もないために、己の声が届いているかも怪しかった。

 

『………っ』

 

宙に吹っ飛ばされたエクスブイモンは何とか、翼を羽ばたかせて何とか体勢を整え、後ろに下がっていく身体にブレーキをかけた。

 

『フーッ、フーッ……!』

 

肩で息をしているのは、ホイッスルで強制的に起こされ、闘争本能のようなものが刺激されたからだろうか。

エクスブイモンの赤い眼は何処かギラギラとしていて、まるで天敵と対峙しているかのような迫力まであった。

その隣に、デビモンの攻撃を躱したエンジェモンがすーっと滑るように並んだ。

 

『っ、お前……!?』

 

デビモンと離れたことで闘争心が少し抑えられたのか、エクスブイモンは隣に並んだエンジェモンにようやく気付く。

最初は見知らぬデジモンが突然現れたことに驚いたが、そのデジモンが纏う雰囲気やオーラのようなものが知っているデジモンと酷似、というか同じであったためにそのデジモンが誰なのかすぐに分かった。

 

『……パタモン、なのか?』

『……今はエンジェモンだ』

 

声色とは裏腹に、発せられた言葉は何処か硬い。

自分と同じ高度の位置で、じっとデビモンを見下ろすエンジェモンだったが、表情がマスクの下に隠れているせいで、何を考えているのかエクスブイモンは予想することすらできなかった。

 

エンジェモンから発せられていた光は、いつの間にか消えていた。

 

『エンジェモン……?』

『……ダメだ』

『え?』

『“アレ”はもう、駄目だ』

 

デビモンを見下ろしながら、エンジェモンは苦しそうにそう言った。

 

『どういうことだ?』

『……ファイル島からかき集めたにしては、闇の力が強大すぎる。いや、恐らくデビモンの身に宿ったのは、闇ですらないだろう』

『闇ですらない……?』

『ああ。もっと……闇よりももっと深く、陰湿なものだ。私には分かる。世界中の悪意を集めたような、もっと悍ましいもの……』

 

手に持っている黄金のロッドを握りしめるエンジェモンの両手に、力が籠る。

 

『……闇とは違うものを取り込んだせいだろう、今のデビモンには意志や自我がない』

『意志や自我がない……?』

 

言われてみれば、あのデビモンは初めて会った時のような知性のようなものが感じられない。

目に映ったものを叩き潰そうとする、獣のように見えた。

 

《あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!》

 

デビモンの長い手が届かない位置にいるエンジェモンとエクスブイモンに向けて、空気を震わせるような咆哮を上げてくる。

下から突き上げるような突風に、エクスブイモンとエンジェモンは両腕で顔を庇いながら耐える。

 

『っ……!』

『……あれはもう、私の手では救えない……』

 

暴風が止む。一息ついて眼下のデビモンを見下ろしていると、エンジェモンがそう呟いた。

エクスブイモンは怪訝な眼差しをエンジェモンに向ける。

エンジェモンと言えば、文字通り天の使い。

悪しき者に容赦せず、救うよりも消滅させることに重きを置いているはずだ。

だがこのエンジェモンは、仲間で友達のエンジェモンは、聞き間違いでなければ“救えない”と言った。

“救えない”という言葉は、つまり相手を救いたかったという後悔が混じっているということだ。

相手はデビモン、エンジェモンにとっては宿命の相手、天敵、生涯のライバルである。

一生交わることのない平行線である。

互いが弱点になりうるような存在であるはずなのに、エンジェモンからデビモンに対する敵意のようなものが感じられない。

それどころか、一種の哀れみのようなものを感じた。

……エンジェモンの横顔に、胸騒ぎのようなものを覚えたのは、きっと気のせいではない。

 

『どうするつもりだ?』

『……私は、私に出来ることをするだけだ』

 

それだけ言うと、エンジェモンはまた滑るように空を飛び、デビモンの下へと降りていった。

エクスブイモンも慌てて後に続く。

ふわりと風に舞ったシーツのように柔らかく、巨大化したデビモンの目線で止まる。

地獄の底から這いあがってきたような唸り声を上げながら、デビモンはのっそりとした動きで長い手をエンジェモンに伸ばす。

 

『デビモン……闇に染まった我が身の力を過信し、強大な闇に、否、光すら飲み込まんとする暗黒にその身を落とし、自我すら失ったお前は、最早デジモンですらない。デジモンではないお前を、私の力では救うことはできない……せめて闇の中で安らかに眠るがいい』

 

そう言うとエンジェモンは持っていたロッドを頭上に掲げる。

眩い光が再びエンジェモンを包み始めたのを見たデビモンは、その光が己を消滅させようとしているものだと本能的に察知し、それを阻止しようと両腕を大きく振って暴れ出した。

うわ、と子ども達とデジモン達は揺れる地面で尻餅をつく。

 

は、とエンジェモンとエクスブイモンの顔が青くなった。

 

光を嫌って暴れるデビモンの長い腕の先にいるのは、守るべきパートナー達。

ヒカリはテイルモンによってその場から離れていたが、いかに成熟期と言えど成長期と大きさが変わらないテイルモンでは大輔と賢を含めて3人を運ぶことはできない。

だがそれは責められるようなことではない、テイルモンが守るべきなのはヒカリなのだ。

大輔と賢とも仲が良くても、2人には別のパートナーがちゃんといるのだ。

エンジェモンとエクスブイモンはその翼を羽ばたかせて急いでパートナーの下へと飛び、エクスブイモンは大輔を押し倒すように抱きしめて地面を転がり滑っていく。

エンジェモンが賢を抱き上げて再び空へと戻った直後、デビモンが振り下ろした腕がムゲンマウンテンの岩肌を叩きつけた。

大きな手のひらが岩肌を抉り、瓦礫となって辺りに飛び散る。

もう殆どない気力を振り絞って、飛び散ってきた瓦礫から子ども達を守るデジモン達。

エンジェモンも、宙に舞って襲い掛かってきた細かい瓦礫から賢を守るために、背を向けて賢を庇う。

賢の拳サイズの石がいくつも飛んできて、ガツガツとエンジェモンの背中に当たった。

 

『ぐっ……!』

「エンジェモン!」

 

石の礫がエンジェモンに当たる衝撃が賢にも伝わり、賢はエンジェモンの名を呼ぶがエンジェモンの口元は吊り上がっていた。

笑っているのだ。

賢を守るために傷ついたはずなのに、笑っているのである。

痛みを堪えている様子もなく、賢を安心させようと穏やかに微笑んでいるエンジェモンに、賢はますます傷ついたような表情を浮かべる。

エンジェモンには、分からない。

 

『ケン……?』

「エンジェモン!!後ろ!!」

 

下から治の叫び声がした。

は、とエンジェモンと賢がほぼ同時にエンジェモンの背後に目を向ける。

デビモンが再び唸り声を上げながら、右腕を伸ばしてきたのでエンジェモンは慌てて翼を羽ばたかせた。

間一髪、エンジェモンはデビモンが伸ばした腕から逃れる。

 

《あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛あ゛ッ!!》

 

背を仰け反らせながら、顎が外れるほど大きく口を開け、地獄の底から這い出てきたような悍ましい咆哮が響き渡る。

賢は眼下を見下ろした。

兄を始めとした他の子ども達は座り込んでいるし、パートナーデジモン達はもう限界なのか、デビモンを最大限に警戒しながらも動けずにいた。

それは、大輔のエクスブイモンとヒカリのテイルモンも一緒だった。

もう誰も、戦えないのだ。

これ以上デビモンと戦う体力も気力もないのだ。

太一と離れてムゲンマウンテンの麓に落ちてしまったグレイモンも、先ほど大輔がホイッスルで目覚めさせた際にはエクスブイモンと共にデビモンに挑んでいったが、ぐったりしているのが見えた。

残っているのは、エンジェモンだけ。

 

「ど、どうしたら……!」

 

しかし尚も賢は、戦うことを躊躇している。

戦えるデジモンはエンジェモンだけしかいないのに、賢は戦えばエンジェモンが傷ついてしまうことを恐れていた。

喉の奥に言葉が、息が張り付いて何も吐き出せない。

エンジェモンの肩に置いた手が分かりやすく震える。

エンジェモンは、そんなパートナーに何と声をかければいいのか分からず、口元をきつく結んだ。

 

その時である。

 

《がァア゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛ア゛ア゛あ゛……!!》

『っ!?』

「え……!?」

 

デビモンの様子が一変する。

先ほどまであげていた、幾つもの声が重なったような咆哮とは違うものが、デビモンの口から飛び出してきた。

甲高かった声がぐちゃぐちゃに混ぜ合わさって、低く重くなる。

あ、と言ったのは誰だっただろうか。

 

 

どろり

 

 

ひ、と賢の喉が引きつる。

デビモンが伸ばした腕が、粘着を帯びて溶けだしたのだ。

熱で溶かされたチーズのように、重力に従って下へと伸びていく。

異変は、腕だけではなかった。

脚が、胴体が、顔が、翼が、どろどろに溶けてデビモンの身体を作り替えていく。

そこにはもう、デビモンの陰も形もなかった。

面影があるのは、血のように毒々しい赤い眼だけだ。

 

「な、何、あれ……何で……!?」

『……ケン、よく聞いておくれ』

 

そしてエンジェモンは、先ほどエクスブイモンにも言ったことを賢にも伝える。

 

「そんな……エンジェモン、どうにかならないの……!?」

 

賢の言葉に一瞬虚を突かれたエンジェモンは、しかしすぐに真剣な表情を浮かべ、ゆっくりと首を横に振った。

その意味を悟った賢の目が、更に悲し気に揺れる。

……エンジェモンは、口元を歪ませて微笑んだ。

 

『……このまま放っておけば、デビモンは本当にデジモンではない“何か”に変貌し、二度と光の世界へ戻ることはできないだろう。強すぎる力は、制御できなければただの毒でしかない……』

 

変貌し始めているデビモンが、これからどうなるのかエンジェモンも分からないらしい。

このままどろどろに溶けてムゲンマウンテンを覆ってしまうのか、それとも爆発でもするのか……どちらにしても、デビモンはもう助けられない。

そう告げれば、賢は悲しそうな目をしながら、デビモンを見やった。

 

『……ケン、君は優しいね。不思議だよ、きっと少し前の私なら何も感じずにデビモンを葬り去っただろう。でもデジヴァイスを通して流れてくる君の気持ちは、暖かいものだ。敵であるはずのデビモンに対しても、何の曇りもない。純粋に傷ついてほしくないと思っているね。……すまない、ケン。私のせいで、君を悲しませてしまった』

「そんな、違うよ!エンジェモンのせいじゃない!!僕が……!僕が、ぐずぐずしてるから……!」

 

本当は分かっていたのだ。

デビモンと戦わなければいけないことも、そうじゃないと帰れないことも、戦うことから逃げられないことも、全て。

だって賢は治の弟だ。天才少年の弟だ。

兄に似て賢い男の子が、そんな簡単で、複雑なことが分からないはずがないのだ。

 

分かっていたのに……。

 

『いいんだよ、ケン。さあ、みんなと一緒にいてくれ……』

 

賢の言いたいことは全て分かっていると言いたげに、エンジェモンは微笑んだ。

すーっと滑るように音もなく治の下へ降りる。

 

『ダイスケ、ヒカリ。ケンを頼む。』

「う、うん……」

「エンジェモン……?」

 

大輔達に賢を預けたエンジェモンは、微笑みながらデビモンだったデジモンの下へ飛び去っていく。

 

『我が下に集まれ!聖なる光よ!』

 

両手に持ったロッドを頭上に掲げ、エンジェモンはそう高らかに告げる。

先ほどデビモンに邪魔をされてしまったが、今度はさせない。

エンジェモンの決意は固かった。

子ども達のデジヴァイスが光る。エンジェモンの言葉に反応して、ディスプレイから真っすぐ、光の筋が向かって行く。

ほぼ同時に、デジモン達が光に包まれ小さくなった。

グレイモンはアグモンに、ガルルモンはガブモンに、みんな成長期に戻ってしまった。

アグモン達が成熟期の姿を維持するためのエネルギーを、エンジェモンがデジヴァイスから根こそぎ奪ってしまったのである。

……その異様な力の大きさに、賢だけでなく大輔とヒカリも背筋が凍った。

 

「エンジェモン!!やめろ!!」

 

叫んだのは大輔である。

顔を真っ青にしながら、頭上で光り輝くエンジェモンを制止する言葉を叫んだ。

上級生達は、訳が分からない。

エンジェモンは微笑んだ。

 

『……やはり君には、いや、君達には分かってしまうようだね。この姿になったからこそ分かるよ。君達は……』

 

言葉が途切れる。エンジェモンが続きを紡ぐことはなかった。

デビモンだった何かはドロドロとした腕だった部分を伸ばしてエンジェモンに掴みかかろうとする。

だが液状になってしまったデビモンの身体は動作が鈍く、エンジェモンは軽い身のこなしで避ける。

拳に集められた光。

ぴし、と自分の身体が悲鳴を上げた。

 

 

『──安らかに、眠れ』

 

 

眩い閃光が、島中を包んだ。

 

 

《ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛ア゛あ゛ッ!!》

 

光に包まれたデビモンだったデジモンはデータの粒子となって消えていく。

あれだけ苦戦したというのに、あまりにも呆気ない幕引きに、子ども達はただ消えていくデータの粒子を見守ることしか出来なかった。

しかし、その行く末から目を逸らし、薄れていく光を見つめている者がいた。

賢と、大輔と、ヒカリだ。

 

「……エ、ンジェモン?」

 

エンジェモンが足元から徐々に消えていく。

呆然としている賢を尻目に、エンジェモンは微笑んでいた。

 

『……すまない。こうするより手がなかったんだ。ケン、君の気持ちを踏みにじるようなことをしてすまなかった。だが私も君を護りたかった。君が傷つくのは、私も嫌だったんだ。君と同じだったんだよ』

「……お、なじ?」

 

消えていくエンジェモンをただ見守ることしか出来ない賢は涙を流す。

その時、賢くも愚かな子どもはやっと気づいた。

 

どうしてパタモンが泣いたのか。

どうしてパタモンがエンジェモンに進化したのか。

どうしてエンジェモンが戦うことを選んだのか。

 

……どうして、エンジェモンが笑っているのか。

 

「……エンジェモン」

 

大輔とヒカリが何とも言えない表情でエンジェモンを見上げているのが見えた。

 

『……ダイスケ、ヒカリ。ケンをよろしく。私は力を使い過ぎた。よく覚えておくんだ、子ども達。光も闇も、強すぎる力は身を滅ぼす。己を過信し、闇に飲まれたデビモンのように。そしてデビモンを倒すために光の力を使ってしまった私のように……。さて、私はしばらく休むとするよ。だけどケン。きっとまたすぐに逢える。君がそう望むなら……』

 

エンジェモンは、光の粒子となって空へ還ってしまった。

 

 

「エンジェモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」

 

 

賢の悲鳴がファイル島中に響いたことで、上級生達はようやく異変に気付き最年少達の下へ駆けつけた。

 

闇が、晴れていく。

 

「………………」

『……ヒカリ?』

 

がっくりと膝をついて項垂れている友達を、ヒカリは黙って見つめる。

退化したプロットモンが心配そうに声をかけたが、ヒカリは何でもないとだけ言って、プロットモンを抱え、賢の周りに群がる兄達の下へ向かって行った。

アグモン達も怪我はないようだった。

よかった、と胸を撫で下ろす。

大輔も、ブイモンを連れてみんなの輪に混ざろうとした。

 

「ブイモン、大丈夫か?立てるか?」

『………………………ダイスケ』

 

岩肌にぐったりと身を預けているブイモンに声をかけるが、様子がおかしい。

目がとろとろしていて、こくこくと船を漕いでいる。

 

「?ブイモン?」

『……ね、む……』

「え?ちょ、おい、ブイモン!?」

 

消え入りそうな声でそう言うと、大輔にもたれかかるようにして倒れ込んだ。

慌てた大輔だったが、聞こえてきた微かな寝息に、拍子抜けする。

よほど眠いのだろう、幾ら揺さぶっても声をかけても、ブイモンは起きる気配がなかった。

大輔はしょうがねえなって溜息を吐き、ブイモンを背におぶって太一達の下へ行く。

賢は未だに、両手を地面について項垂れ、真珠のような大粒の涙を零していた。

 

「ううっ……!」

「……賢」

 

泣き崩れるしかない弟に、治は背中を撫でてやるしかない。

ようやく進化を果たした、誰よりも仲良しだった友達と突然サヨナラをしてしまったのだ。

賢の第二のトラウマを刺激するには、十分であった。

 

「………………あ」

 

不意にミミが声を上げ、つられて子供達が上空を見上げる。

黒い羽が数枚、ひらひらと賢の目の前に舞い降りた。

ぴかっと光ってひと固まりになる。

卵。

 

『デジたまや』

 

テントモンが呟いた。

デジたま。デジモン達の卵。

エレキモンが世話をしていたデジモンの赤ちゃんが住む、始まりの街にいっぱいあった卵。

 

『……きっとパタモンね』

『ああ……また賢に逢うために、卵からもう一度やり直すんだ』

 

パルモンとガブモンが言った。

賢は恐る恐る卵を拾い上げた。耳をくっつけてみる。

微かに鼓動が聞こえた。

 

「っ……うっ……うう……!…………うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!」

 

絶叫にも似た賢の悲鳴が、ファイル島中に響き渡った。

 

 

 

 

地平線の向こうから、朝日が昇ってきた。

 

 

 

 

 

 

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