ナイン・レコード   作:オルタンシア

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ゲンナイと言う青年

.

 

 

 

 

 

《こうして、対面するのは初めてだね》

 

モニターの向こうに映るのは、この工場に来た時に見た青年。

人の良さそうな微笑みを浮かべ、モニターの前に並んでいる子ども達を1人1人確認するように眺めているところを見ると、間違いなくリアルタイムの映像だ。

一方的に世界を救ってほしいとお願いしてきた、デジヴァイスに録画されたものではない。

やっと手探り状態から解放される、という安堵と共に……突然連れてこられた混乱による怒りを思い出す。

聞きたいことは、沢山あった。

沢山ありすぎて、何から聞けばいいのか分からなくて、まず口を開いた太一の喉から飛び出してきたのは、

 

「ふざけんなよ、おっさん!」

 

であった。

 

 

 

 

 

 

 

太陽が天辺に昇った頃に、示し合わせたように同時に目を覚ました子ども達が次に行ったのは、空腹を満たすことだった。

特にデジモン達は巨大化したデビモンを倒すために、一晩中成熟期の姿を保って、フルパワーで挑んでいたために、胃の中は空っぽであった。

進化をするとエネルギーを補充するために、いつもより更に空腹を覚えたデジモン達は、体力はある程度回復したが動き回る気力はなかった。

子ども達もお腹は空いていたから動くのは億劫だったのだが、早いところアンドロモンの工場に行きたいので仕方なく食べ物を集めようとした時である。

 

 

最初に気づいたのは、プロットモンだった。

眠いのと空腹の中、何気なく子ども達を見回して、足りないことに気づいた。

誰がいないんだろう、と順番に名前を心の中で呟き……自分の親友とそのパートナーがいなかった。

まだ寝ているのかしらん?って不思議に思ったプロットモンがヒカリに尋ねると、若干反応がおかしかったもののすぐに我に返って同じように辺りを見渡し、大輔とブイモンがいないことに気づいた。

このままだとご飯を食いっぱぐれてしまうことを心配したヒカリが、兄にそのことを告げると太一も気づいていなかったようだった。

まだ寝ているのかと思った太一がテントに戻ると、ベッドの傍らで何やら喚いている大輔の姿があった。

パニックになっているのか、英語で何やら捲し立てており、これはただ事ではないと悟った太一と治が大輔に駆け寄り、何とか落ち着かせて話を聞き出すと、幾らブイモンに呼びかけても、返事をしないどころか全く起きる気配がないのだという。

どういうことだ、と思って太一と治がブイモンに声をかけてみるが、ブイモンの瞼は固く閉ざされたままで、その赤い瞳が顔を覗かせることはなかった。

こんなことなかったのに、と大輔は困惑していた。

確かに今までは大輔が声をかければ寝ぼけながらも普通に起き上がっていたし、別段寝起きが悪いわけでもない。

昨日の戦いでは、太一達と合流するために、初めての進化であるにも関わらずほぼまる1日その姿を保ち、更に一晩中デビモンとの激闘を強いられていた。

それはプロットモンも同じ条件だが、プロットモンが進化したテイルモンは、成長期のブイモンよりも姿が小さかったために、その姿を保つためのエネルギーも他のデジモン達より消費するのが少なく済んだからだろうか、若干眠そうにしてはいるものの、アグモン達と同じように起きている。

力を使い果たしてしまったエンジェモンことパタモンは、卵になっているため除外だ。

戦闘が終わると泥のように眠りについてしまったのは、ブイモンだけだ。

そもそもデジモン達は進化をすると消耗したエネルギーを回復させるために、いつもより空腹になる傾向がある。

食いしん坊のアグモンが初めての進化を果たした後、全員が引くほどに大量の果物を摂取していたし、他のデジモン達もそうだった。

ブイモンもアグモンと同じぐらい食いしん坊だから、子ども達が何往復もして果物を集めなければならないことを覚悟していたのだが、そのブイモンは眠りについたまま起きる気配がない。

大量の食べ物を探しに行かずに済むかもしれない、ということにおいては胸を撫で下ろしたが、幾ら呼びかけても起きないのは確かに心配だ。

それにこれからアンドロモンの工場に行くために、長い距離を歩かなければならない。

ブイモンは大輔とヒカリと賢以外の者が触れようとすると怯えてしまうから、このまま目覚めなければ大輔に負担がかかる。

だがこのままではテントを片付けられないので、ひとまずテントから出るように大輔を促した。

まずは腹ごしらえをしなければ。その間にブイモンが起きることを願うしかない。

治にそう言われた大輔が四苦八苦しながらブイモンを背負うのを、歯がゆく見守り、何とかおんぶ出来たところでテントの外に出た。

外で待機していた他の子ども達にも、ブイモンが目を覚まさない旨を伝えれば、同じように困惑していた。

アンドロモンの工場は子ども達がいる場所から、ムゲンマウンテンを挟んで反対側にある。

大輔が何度呼びかけても起きる気配がないブイモンを、小さな彼が背負って行かなければならないから確実に足は遅くなる。

ゲンナイとアンドロモンには申し訳ないが、そちらの都合で子ども達は今日まで振り回されることになったのだから、これぐらいは許容してほしい、ということを何重ものオブラートに包んで光子郎がアンドロモンにメールをしたら、数秒後に返事が返ってきた。

そのことを不思議に思いながらも、光子郎は返ってきたメールの文章を読む。

アンドロモンから返ってきたのは、迎えに行くから待機していてほしいという一文だけの簡潔なメールであった。

アンドロモンが迎えに来てくれる、ということなのだろうか。

不思議に思いながらも待機していたら、30分後に迎えに来てくれたのは、光子郎のパソコンの中にデータとして入っているのと同じ、ガードロモンの大群がやってきた。

アンドロモンの工場から迎えに来たのだろうか、と思い太一が臆せず話しかけたが、ガードロモンは何も答えることはなかった。

基本的にマシーン型のデジモンには自我はなく、ただプログラムされたことを熟していくだけなのだという。

アンドロモンのように自我を持ったマシーン型は稀なのだそうだ。

子ども達の数だけ迎えに来たガードロモンは、子ども達とデジモン達に手を差し伸べた。

ガードロモンには搭乗できる箇所がないので、ガードロモンの手に乗れと言うことだろうか。

互いに顔を見合わせ、しかし確かにマシーン型であるガードロモンなら疲れることなく、休憩をとる必要もなく、アンドロモンの工場に着くかもしれないと思い、四苦八苦しながら全員アンドロモンの手に乗ると、ガードロモンは背中のエンジンを点火し、再び上昇し来た道を引き返した。

 

 

 

 

 

 

「俺達はサマーキャンプに来ただけだったんだっつの!そしたら急に雪が降ってきて、みんなとはぐれるわ、空からこの訳分からん機械が降ってきて、変なところに来ちまうわ、何でか知らんがアグモン達は俺達のこと知ってるわ、色んなデジモンに追っかけられるわ襲われるわ、もういい加減にしろよ!!」

 

モニターの向こうの青年に、一気に捲し立てた太一は、肩を怒らせ、上下させながらぜえぜえと息を吐く。

本当はもっと言ってやりたかったのだが、言いたいことがありすぎて1つにまとめきれなかったようだ。

子ども達は何と言っていいのか分からないという表情を浮かべながら、太一を見ることしか出来なかった。

 

《……突然連れてきてしまったことに関しては、本当に申し訳ないと思っている。すまなかった。私が頭を下げただけで許されるはずがないと分かってはいるが……この通りだ》

 

画面の向こうにいるゲンナイは、唇を噛みしめ、震える声で謝罪しながら、頭を下げる。

彼の言う通り、頭を下げられた程度で子ども達の怒りは収まらないし、もっと言いたいことはあるけれども。

 

「……貴方を責めても、何にもならないのは、子どもの僕らでも分かります。帰りたくとも、この世界を救うまでは帰れないのでしょう?」

 

頭を下げたゲンナイを困惑しながら眺めていた子ども達だったが、やがて治が口を開いた。

現実を誰よりも見据えていた、冷静な天才少年の口から出てきた言葉に、ゲンナイは徐に頭を上げて気まずそうに頷く。

 

「……ならもういいです。僕達が泣いても叫んでも、この世界を救うまで帰れないのなら、それを受け入れる以外もう僕達に道はありませんから」

《……ありがとう》

 

治の言葉に、ゲンナイは再び頭を下げる。

もっと言いたいことはあったけれど、治の言う通りここでゲンナイを責めてもどうにもならないのだ。

前に進むしか、子ども達に残された道はないのである。

やるべきことは、まだあるのだ。

次に進むために、ゲンナイはモニターの向こうの子ども達を見渡す。

 

《……さて、遅くなってしまったが、礼を言わなければならないな。ありがとう、子ども達。ファイル島を救ってくれて》

「死ぬかと思ったけどな」

 

まだちょっと怒りが収まっていないらしい太一が、皮肉交じりにそう言ってやれば、ゲンナイは苦笑する。

 

《それに関しては、本当に申し訳ないと思っているよ。アンドロモンから聞いた。デビモンは、私が予想していた以上に、闇の力に飲み込まれていたらしいね……こればかりは、私のサポート不足だ》

「それに関してはもういいですよ。貴方を責めても仕方ありませんし……」

 

ただ、と空は目を伏せる。

空の言いたいことが何なのか、子ども達はすぐに察した。

 

「……私達、この世界のこと、何も知りません。ゲンナイさんがデジヴァイスに残してくれた動画のお陰で、ここが私達の世界とは違う、デジタルワールドっていう世界なのは理解しました。でもやっぱりピンとこないというか……ちゃんと教えてほしいんです」

 

アンドロモンの工場に来る前、仮眠する前に子ども達はみんなで話し合った。

聞きたいことが、聞かなければならないことが沢山あった。

子ども達が真剣な表情で見つめてくることに、ゲンナイも何も言わず小さく頷いた。

まずは、治が口を開いた。

 

「とても大事で、僕ら全員が共通して疑問に思っていることです。ゲンナイさん、どうして僕らだったんですか?」

 

何よりも最優先して、聞きたいこと。子ども達の、誰もが聞きたいと思っていたこと。

どうしてゲンナイは、自分達を選んだのか。

あの日キャンプ場には、太一達以外の子ども達がいた。

子ども会でキャンプ場に来ていただけではない、あのキャンプ場には家族だって何組かいたのだ。

ということは、無作為に選んだわけではないはずである。

ふむ、とゲンナイは顎に指をかけて一瞬考える素振りを見せた。

 

《そうだね、ここで言えることは……君達が持っている“想いの力”がとても強い、ということだろう》

「“想いの力”?」

《そう、人間なら誰でも持っている、“想いの力”。即ち、“心”だ。この世界では情報が形や力となって、デジモン達は進化する。デジヴァイスに記録していた録画でも言ったと思うが、通常デジモン達は長い年月をかけて進化するものだが、君達のパートナーであるアグモン達は、ちょっと特別なんだ。デジヴァイスから君達の強い想いを力として変換させることで、デジモン達は進化が出来るんだが……そうだな、例えば、君達の身に危険が及んだ時なんかが分かりやすいだろう》

 

ゲンナイにそう言われた子ども達は、デジモン達が初めて進化した時のことを思い出す。

初っ端からクワガーモンと言う狂暴な昆虫型のデジモンに襲われた時、幼年期だったデジモン達は、成長期へと進化を果たした。

守る力もなく、逃げることしか出来なかったデジモン達は、子ども達に迫った危険によって力を得た。

死にたくない、生きて帰りたい。それが、“想い”となり、力となったということだ。

だがデジモン達が進化するために必要な“想いの力”は膨大で、誰でもいいというわけではない。

ここにいる9人は、その“想いの力”が他の子ども達に比べてとても強いから選ばれたのだと、ゲンナイは言う。

 

「……“想いの力”かぁ」

「そう言われても、ね……」

 

疑問だった理由を答えてもらったが、子ども達はいまいちピンと来ていない様子だった。

“想いの力”が強いと言われても、自分達にはよく分からないものだ。

確かにデジモン達が初めて進化をした際、死にたくないとか助けてとか、そういうことを思ったかもしれないが、あの時は無我夢中だったのでよく覚えていない。

それに、と治は眉を顰める。

賢い治は、聞き逃さなかった。聞き流さなかった。

ゲンナイは“ここで言えることは”、と言っていた。それは即ち、ここで言えないことがある、という意味に他ならないだろう。

“想いの力”が強いというだけで自分達が選ばれたとは思えない。

ではその“想いの力”が他の子ども達よりも強い、ということをどうやって調べたのだろうか。

太一や空、ミミや下級生達はピンと来てはいなくともそれで納得していたようだが、自分はそうではない。

治だけではなく、丈や光子郎も同じことを思っていたようで、治と同じように眉を顰めてゲンナイを見ていた。

ちらり、と光子郎が治を見てきたので、治は小さく首を振る。

それから丈の方を見やって、同じように首を振った。

何か言いたげではあったが、2人は口を閉ざす。

 

──今は、言及すべきではない。

 

ゲンナイがこの場で何も言わないと言うのなら、今は言うべきではない、または言ってはいけないと判断したからだろう。

そして、“ここで言えることは”という言葉には、“いずれは言うが、今は言えない”という意味も含まれている。

子ども達は今、頼れるものが何もなく暗闇の中を手探りで進んでいるような状態である。

現時点で子ども達をサポートしてくれるのはゲンナイしかいないので、その言葉を信じるしかなかった。

……聞かなければならないことは、まだある。

 

「次の質問です。この世界を巣食っているという闇とは、何ですか?」

「デビモンの奴、その闇を使って俺達のことを消そうとしてたけど、最後にはおかしくなってたんだぜ?」

「ピヨモン達が総出で向かっても、全然敵わなかった……でもこの先デビモンよりももっと強いデジモンと戦わなきゃいけないんなら、今の私達じゃ力不足です」

 

治、太一、空の順番で発言する。

この世界を覆いつくさんとしている闇を祓うのが子ども達の成すべきことと言うのは理解したが、その闇とは一体何なのか。

どうやって生まれたのか。いつからその闇が世界を侵食していったのか。

敵の正体が分からないまま進んでいくのは危険だ。

闇を取り込みすぎて、変貌してしまったデビモンにすら敵わなかったのに。

 

《……実は、正体と言うか、黒幕と言うか……闇よりも陰湿で濃厚な、嫌なものだということは分かっているんだが、正体がはっきりとしていないんだ》

「おい!」

 

ゲンナイの返答を聞いて、太一はすかさず突っ込んだ。

闇から世界を救ってほしいと助けを求めておきながら、その闇の正体が分からないなんて、そんなのありか。

太一がわなわなと肩を震わせながら更に突っ込もうとしたら、ゲンナイに宥められた。

 

《済まない。私のような存在は、今私しか残っていないんだ》

「え……?」

《元々私のような存在は、沢山いたんだ。君達を迎えるために、君達をサポートするために。しかしある時、闇に影響されたデジモンに襲われて、私以外の全てが全滅してしまった……それ以来、私が1人で全員分の仕事を抱えているんだ》

 

最優先でやらなければならないのが、選ばれし子ども達を迎えることで、その準備も複数人で行っていたために、他に手が回らなかったらしい。

敵の正体を探るのは、雇ったり味方になってもらったりしたデジモンに探ってもらっている最中なのだという。

 

《大元の正体は、まだ分からない。だがその闇のおこぼれを頂戴して、どさくさに紛れて世界を自分のものにしようとしている者もいる。本来なら光の守護者によって粛清されるんだが……大元の闇と対峙した際に、力及ばず封印されてしまったんだ。そちらのこともあるし、私1人ではなかなか手が回らなくてね……》

「……誰もいないの?1人も?ゲンナイさん、1人ぼっち?」

 

デジたまを大事に抱えた賢が、ゲンナイに問う。

たった1人で、沢山のことを熟さなければならないのに、こうして自分達のために時間を取ってくれている。

心配した賢に、しかしゲンナイは穏やかな笑みを返した。

 

《……確かに私は1人ぼっちだ。だが孤独(ひとり)ではない。私と共に、この世界を救うべく奔走してくれている仲間達がいる。もちろん、君達もだ》

 

沢山いた仲間はもういない。それでも、ゲンナイはこの世界を救うために、そして子ども達を助けるためにたった1人でも頑張り続けると言う。

 

《そりゃね、大変さ。沢山いた仲間達の分まで走り回らなきゃいけない。でもそれは君達も同じだ。君達に全てを押し付けてしまったのに、私が弱音を吐くわけにはいかない》

 

隣り合っていながら生涯交わることのない世界を救うために、何の説明もせず、この世界に放り出す形で、別の世界から子ども達を連れてきたという負い目もある。

自分達の手で解決できず、他の世界から無理やり連れてきた子ども達のためにも、ゲンナイは走り続けなければいけないのだ。

 

「……分かりました。でも無理はしないでください」

 

元凶の正体は分からなくとも、元凶を利用しようとする存在がいることは分かった。

次に戦わなければならないのは、そいつらだ。

治は自分達のために頑張っているというゲンナイを信じて、そう返した。

ありがとう、とゲンナイは微笑む。

 

《さて、空。君の質問なんだが、それは後ほど伝えることと関連しているから、それに合わせて答えるよ。何か他に聞きたいことはあるかい?》

 

はい、とミミが手を上げる。

 

「あのね、私達ここに来てもう1週間近く経ってるでしょ?パパやママ達、きっと心配してると思うんだけど……」

《ああ、そうだった。そのことについて言うのを忘れていたよ》

 

すまない、と苦笑しながらゲンナイは謝罪した。

 

《それなら心配はいらないよ。この世界と君達の世界では時間の流れ方が違うんだ》

「時間の流れ方が違う……?」

「どういうことですか?」

《君達の世界と比べると、この世界は時間の流れが速いんだ。だからこっちでは1週間経っているけれど、向こうでは殆ど時間は変わっていないよ》

「そ、そうなんですか!?」

 

こちらの世界に突如連れてこられてから、1週間以上経過している。

自分達の世界に帰るために彼方此方駆けずり回って、色んなデジモンに襲われて追いかけられて、最後の方では強大な力で変貌してしまったデビモンと対峙して、何度も死にそうになっていたから、普段は考えないようにしていたが、いつも心の隅でちらついていた。

その間、サマーキャンプはどうなったのか、行方不明になってしまった子ども達を探し回って、先生や保護者は奔走しているのでは、家族は死ぬほど心配しているのでは。

もしも無事に帰れた時に、親に何と言い訳をすればいいのか。

そもそもこの世界を救うのに、どれだけの時間がかかるのか。

それによって、自分達はいつ帰れるのか。

デビモンとの最終決戦が終わって、緊張の糸が切れた子ども達はだんだん冷静になってきて、そんな恐ろしいことばかり考えてしまっていた。

 

しかしゲンナイの話を聞いた子ども達は、見るからに安堵する。

ゲンナイの話が本当なら、自分達がいなくなったことに関して誰も気づいていないし、家族が心配しているということもない。

家族が心配することを気に揉みながら、いつ帰れるのかと気にしながら旅をする必要もない。

 

「それを聞いて安心したぜ」

「何言ってるのよ、太一!確かに私達の世界のことは気にしなくてもいいかもしれないけど、この世界が危ないことに変わりはないのよ?」

 

呑気に安堵する太一だったが、空がすかさず一喝する。

闇は子ども達の都合など知ったことではない、じわりじわりと侵食の手を緩めず、少しずつ、しかし確実に世界を蝕んでいる。

他の世界から人間を連れてこなければならないほどに、この世界は今危機的状況にあるのだ。

悠長に構えている暇などない。

それに、と光子郎が恐ろしいことに気づいてしまった。

 

「……あの、ゲンナイさん。幾ら僕達の世界では時間がそれほど流れていなくとも、僕らが今いるのは、こっちの世界です。この世界の住人でなくとも、時間は進んだままなら……」

「?どうしたの、光子郎くん?顔真っ青よ?」

「……あ、あ、あー……そういうことか……」

 

ミミがキョトンとしながら真っ青通り越して真っ白になっている光子郎を指摘すると、丈は光子郎の言いたいことを理解したようだ。

光子郎とほぼ同時にそのことに気づいていた治が、分かっていなさそうな他の子ども達に分かりやすく説明してくれる。

 

「あーつまり、僕らの世界は殆ど時間は流れていないけれど、こっちは普通に流れてるわけだろ?僕らは別の世界の人間でも、時間が流れている世界にいる以上、身体の成長は止められないわけだ」

「……あ」

「……つまり何が言いたいんだよ?」

 

空はそれで理解したようだが、太一とミミ、それから最年少達はまだよく分かっていないようだ。

最年少は仕方がないにしても(賢も賢いとは言え、今はパタモンを失ったショックでいつもの理解力は何処かへ行ってしまったようだった)、太一とミミはそろそろ物分かりが良くなってもいいのではないだろうか。

空や光子郎、丈は呆れかえっているが、それでも治は見捨てることも見放すこともせず、根気よく2人に説明してやる。

 

「時間が流れているこの世界で過ごしていれば、身体は必ず成長する。太一だって小学4年の時と比べたら身長は伸びただろう?」

「当たり前じゃんか」

「だろう?こっちの世界で時間が過ぎれば過ぎるほど、僕らは当然成長する。身長だけじゃなく、髪だって伸びる。ここで長く過ごせば過ごすほど……」

「……つまり何が言いたいんだよ?」

「……だからな?向こうでは殆ど時間が過ぎていないのに、こっちで沢山の時間を過ごして成長した僕らを見たら、家族や友達は何て言うと思う?」

 

根気よく説明してやったお陰で、太一もミミもようやく理解してくれた。

最年少達はいまいち分かっていなかったようだが、それは後でもう1度説明するとして、ともかくその疑問は解消しなければならない。

全員が一斉に、ゲンナイに眼差しを向けると、ゲンナイはまたも苦笑していた。

 

《……それに関しても、大丈夫だよ。心配しなくていい》

「……時間が過ぎても身体が成長しない、という解釈でいいんですか?」

《うん、まあ、そういうことだ。詳しく話すと長くなるし、きっと今の君達ではまだ理解できないだろうから、原理などに関してはとりあえず無視してくれ》

「……そうですね」

 

さりげなく太一やミミ、最年少達に目を向けているから、ゲンナイが言わんとしていることを理解した治は半目で彼らを見やった。

先ほどの会話で、色々と察したのだろう。

 

「あの、僕はこの世界についてもう少し詳しく教えてほしいんですけど……」

 

丈がおずおずと手を挙げる。

この世界を救うにあたって、この世界のことをもっとよく知りたいと思うのは当然だろう。

先ほどまでの質問のように、ゲンナイはすぐに答えてくれると思ったのだが……。

 

《……それはどういう意味でだい?》

「え?」

《詳しく知りたいと言うのは、この世界の地形や地理についてかい?それとも、歴史についてかい?》

「……えーと」

 

まさかそんな質問が返ってくるとは思わず、子ども達は困惑する。

異世界のものとして当然の質問をしただけなのに、どうしてゲンナイはそんなことを聞いてきたのだろうか。

子ども達が互いに顔を見合わせているから、ゲンナイも慌てて謝罪した。

 

《済まない。少々意地の悪い質問の返し方だったね。ただこの世界の歴史を知りたいという意味だったのなら、長くなってここでは話すことが出来ないから……》

「ああ、そういうことですか……」

 

委縮していた丈だったが、そういう意味だったと知って丈は肩の力を抜く。

丈や治、光子郎としてはデジタルワールドの歴史と言うのがすごく気になるが、3人の脳内に浮かんでいる人物達が恐らくと言うか確実に飽きることは目に見えていたので、勉強の時間はゲンナイに逢った時にでもしよう、ということになった。

 

「では、この世界の全体図のようなものはもらえますか?」

《もちろんだ。アンドロモンに、既にデータは渡しているから、後で受け取るといい。どんなデジモンが住んでいるのか、何処に何があるのかも大まかだが記してある。書き込みも出来るから、有効に活用してくれ》

 

ありがとうございます!という光子郎の嬉しそうな声が、広い広い管理人室にやけに響いた。

 

「………………」

「……大輔、ほら。お前も聞きたいことあるんだろ?」

 

上級生達に隠れるように控えていた最年少3人のうちの1人が、いつ前に出ようかと悩んでいた。

自分も、ゲンナイに聞きたいことがある。

でも上級生達がムツカシイことをゲンナイに尋ねていて、ムツカシイ話し合いをしていたから、いつ入っていいのか分からなくて立ち往生している形になっていた。

どうしよう、と手持ち無沙汰にぼんやりと先輩達のやり取りを聞いていたら、太一が気づいて前に出るように促してくれた。

 

《こんにちは》

「こ、こんにちは……」

 

委縮してしまっている大輔の緊張をほぐすように、ゲンナイは柔らかい微笑みを浮かべる。

そのことで、少しだけ肩の力が抜けた大輔に、ゲンナイは尋ねた。

 

《君は何が聞きたいのかな?》

「……えっと」

 

いつもの元気はどこへやら、おずおずとした様子で前に出た。

ここに来る前に大輔がゲンナイに尋ねたいと上級生達に言っていたことは、どうしてブイモンは触られることを嫌がり、恐がるのか。

不思議で不思議でしょうがなかったから、もしゲンナイが知っているのなら知りたかったけれど、それよりも。

 

「……あの、実は……ブイモン、起きないんです」

 

大輔の質問に、ゲンナイだけでなく他の子ども達も虚を突かれたような表情を浮かべた。

 

《……どういうことだい?ブイモンがどうかしたのかい?》

「あの、えっと、デビモンのこと倒した後に、ブイモン、眠いって言ってそのまま寝ちゃったんですけど、その、他のデジモン達もそうだったんですけど、でもブイモンだけ起きなくて……」

《……ん?》

 

言いたいことが頭の中でまとまり切れていないのか、言葉がぐちゃぐちゃで支離滅裂になっている大輔に、ゲンナイも困惑してしまっている。

治が慌てて助け船を出して説明してくれた。

ここに来る前に仮眠を取っていたのだが、ブイモンは仮眠が終わってゲンナイのところに行こうと言う時になっても起きなかったのだ。

大輔が何度呼びかけてもゆすっても、大声を出してもブイモンが起きる気配はなく、そうこうしているうちにアンドロモンが寄越してくれた迎えが来てしまったので、そのまま工場に来た。

工場に着いても、ブイモンが目を覚ますことはなく、未だに眠り続けている。

他のデジモン達もまだ疲れが抜けきっていないようで、部屋の隅の方でぼんやりとしているのだが、ちゃんと起きている。

眠っているのはブイモンだけだ。

そういうと、ゲンナイは頭をかいて困ったような表情を浮かべた。

 

《うーん……何故だろう……?済まない、私も思い当たることが見つからないな……通常デジモンは進化をすると大量のエネルギーを消費するから、そのエネルギーを補うために大量の餌を摂取するものだ。寝ることで補う者もいるにはいるが……幾ら呼びかけても目を覚まさないと言うのは……アンドロモン、後でメディカルチェックをしてやってくれないか》

『分かりました』

 

大輔の質問に答えてやれなかったことを素直に謝罪し、アンドロモンにブイモンのことを託す。

頭を下げたアンドロモンは、それから大輔の方を向いた。

初めて出会った時のような元気さがなく、しょんぼりしている大輔にアンドロモンは冷たい機械の手を伸ばして頭をそっと撫でてやることしか出来なかった。

 

《……他に、質問がある子はいるかな?》

 

ぐるりと子ども達を見渡す。

ここに来る前に行った会議で出た質問は全てゲンナイに尋ねたので、太一が代表して首を横に振った。

 

《では、そろそろ次に行こうか》

 

いよいよ、本格的に世界を救う旅に出ることとなる。

ゲンナイはモニターの向こうで、モニターの前で少し前かがみになって腕を動かしていた。

何してるんだ、と太一が何気なく呟いたのを拾った光子郎が、恐らくモニターの前にこちらと同じようにキーボードやパネルがあって、それを打ち込んでいるのだろう、と推理する。

そしてそれは、当たっていた。

 

《子ども達、まずはこれを見てくれ》

 

ゲンナイが何かを操作すると、ゲンナイが映っていたモニターがぱっと切り替わった。

それは、ファイル島だった。3Dモデルやイラストなどではなく、実際のファイル島を上から撮影したような構図だった。

カメラが引いていくように小さくなっていったかと思うと、右上の方に大きな陸地が見え始める。

 

「ゲンナイさん、あれは何?」

 

ミミが尋ねる。サーバ大陸だよ、とゲンナイは言った。

 

「サーバ大陸?」

《私が今住んでいるところだ。ファイル島と比べるとかなり闇が侵食している。今の君達では、デビモンにすら苦戦してしまった君達では、到底敵わないほど、強いデジモン達が至る所に住んでいる》

 

そこで、とゲンナイは子ども達が絶望する前に、一筋の希望を見せる。

モニターの右下、海が広がっている箇所にフレームインしてきたのは、何かの模様が描かれたプレートだった。

 

「それは……?」

《これは、君達の“想いの力”を更に引き出すアイテム、紋章だ》

 

画面に描かれているのは、オレンジ色の太陽の絵だったが、人によって紋章の形は様々だそうだ。

そしてデジモン達を進化させた時と同じように、いや、それ以上に強く想い、願うことで、デジモン達は次の段階へ進化するのだと言う。

 

「どうして人によって形が違うんですか?」

《それは、人の性格とか体格とか、そういうものが違うのと同じだよ。君達が初めてここに来た時だって、全員が全員同じ想いだったとは限らないだろう?》

 

光子郎が尋ねると、ゲンナイはそう返した。

曰く、この紋章は、子ども達のそれぞれの“想い”が形となっているらしい。

だから人によって紋章の形が違うのだそうだ。

 

《アンドロモン》

『はい』

 

ゲンナイに呼ばれたアンドロモンは、小さく頭を下げるとモニターの前のパネルへと移動し、アンドロモンの手のひらほどの大きさがあるパネルを次々とタッチしていく。

その度にパネルが白く光り、ポン、ポン、ポン、という膜に包んだような音が響いた。

すると、パネルの台の縁に小さな窪みが出来上がった。

 

《そこに1つずつ、デジヴァイスをはめて行ってくれ。こちらから紋章に関するデータを送り、アップデートさせる。そうすればデジヴァイスが紋章の居場所を教えてくれるようになる》

「え?ゲンナイさんがくれるんじゃないんですか?」

 

丈がそう言うと、ゲンナイは忘れていたと言うように苦笑した。

 

《ああ、済まない。私としたことが、言うのを忘れるとは……実は、紋章は今私の手元にないのだ》

「ええっ!?」

《正確には、色んなツテを頼って隠してもらったんだ。本当なら私から君達の手に渡すはずだったんだが……》

 

穏やかだった表情が一変して、真剣なものとなった。

 

《……この紋章は君達の“想い”を引き出してくれるんだが、それが故に凄まじいエネルギーを帯びている。使い方を間違えれば、その身を滅ぼしかねないほどの、強力な……そう、デビモンを滅ぼした闇の力のように》

 

ゴクリ、と誰かの喉が鳴った。

 

《だがその肉体が滅びようとも、心に力が飲まれようとも、力を欲するデジモンは多い。他者よりも優れた存在になりたいというのは、デジモン達の本能だ。戦う力のない私が持っていれば、たちまち奪われてしまう》

 

子ども達の手助けとなるものが、子ども達に襲い掛かるものに変わってしまう。

それだけは避けたかったゲンナイは、苦肉の策でサーバ大陸の彼方此方に隠したのだと言う。

 

《そして私に協力的なデジモン達が、誰にも奪われないように見張ってくれている。サーバ大陸に着いたら、私の協力者に案内役をしてもらうようにも頼んだから、安心して紋章を探すことだけに集中してくれ》

 

本当は私の手で君達に渡したかったんだがね、とゲンナイは残念そうに言う。

理由が理由だ、仕方がないと子ども達は納得し、割り切った。

ゲンナイの他にも協力者がいるということだし、ファイル島よりは比較的楽に進めるだろう、と子ども達は楽観的に考えることにし、全員のデジヴァイスをアンドロモンに預けた。

全てのデジヴァイスをアップデートするには時間もかかるし、日も暮れてきたということで、子ども達はアンドロモンの工場で一晩過ごすことになった。

 

 

 

 

 

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