ナイン・レコード   作:オルタンシア

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砂漠と猿とラブソング

《選ばれし子ども達ぃ~!聞こえるぅ?よくもアチキを虚仮にしてくれたわねぇ!腹が立っちゃったからぁ、この村ごと消滅させてあげちゃうわぁ!》

 

 

 

 

 

その後はもう、地獄絵図だった。

 

 

パグモンに村を乗っ取られたコロモン達を解放し、奪われたデジたまを取り返し、そしてゲンナイから遣わされた案内デジモンと出会い、安堵していた子ども達とパートナー達だったが、突如聞こえてきた大音量のギターと、マイクを通って出された声にぎょっとなって洞窟から出ると、大きな猿がいた。

薄らと透けているのは、立体映像だからなのだろうか。

サングラスをかけ、マイクを右手に持ち、ギターを肩から下げた大きな猿を見て、コロモン達がエテモンだと怯える。

その名は、ガジモンが口にしていた言葉だ、とアグモンは思った。

あわわ、ってピコデビモンが太一の顔の位置でホバリングしながら子ども達に教えてくれる。

 

『あいつは、貴方達の次の敵です!ダークネットワークと呼ばれている、暗黒のケーブルを駆使して、ゲンナイ様やワタクシ達の邪魔を何度もしていました!』

「あいつが?今度の俺達の敵?」

「僕らを名指しして、しかも消滅してやるとか言っている時点で想像はつくけれど……」

『見た目に惑わされてはいけません!あれでもかなり強いんです!何故ならエテモンは……完全体なのですから!』

 

完全体、と聞いて子ども達が思い浮かべたのはファイル島にいたアンドロモンだ。

アグモン達曰く、ものすごく進化したデジモンで、グレイモンとガルルモンが2体がかりで挑んでも、蝿でも追い払うかのように軽くいなしてしまっていた。

光子郎とカブテリモンが機転を利かせたお陰で、アンドロモンを正気に戻すことが出来たのだが、あれは運がよかっただけだ。

黒い歯車で操られ、普段のような動きが出来なかったからこそ、カブテリモンはアンドロモンの隙をつくことが出来たのである。

黒い歯車を取り除いたアンドロモンは、元の温厚な性格に戻ったが、今度の完全体は子ども達の敵。

子ども達の顔色がさあっと青くなる。

 

『ダークネットワーク、カモン!』

 

子ども達とパートナー達が唖然としていることなど露知らず、エテモンは声高にそう宣言すると、村の方から地響きが聞こえてきた。

地面から浮き上がってきたのは、張り巡らされていた黒いケーブル。

コロモンの村は滝から離れて森の向こうになるのだが、そこからでも見える位置まで、ケーブルが上昇した。

大きな立体映像のエテモンは、今にも高笑いしそうなほどに大きな口を開けていた。

黒いケーブルに、毒々しいピンクの光が走る。

それを見た大輔と賢、それからヒカリはひゅっと息を飲んだ。

 

直後に鳴り響いた轟音。

雷が落ちたような音と共に、コロモンの村のテントが破壊される。

否、破壊されたというよりはエテモンが言っていた通り消滅させられたと言った方が正しいだろう。

雷が当たると一瞬だけ炎と煙が上がり、普通ならテントの残骸が無残に転がるところを、跡形もなく消滅してしまったのである。

そしてその雷は、滝の方にいた子ども達にも襲い掛かってきた。

子ども達に直撃せず、まるで遊んでいるかのように周りに落ちては、子ども達が悲鳴を上げているのを、エテモンは楽しんでいる。

ばしゃあん、とすぐ傍にあった川に落ちて、水飛沫と水柱が上がり子ども達に覆いかぶさった。

 

「みんな、進化よ!」

 

ずぶ濡れになった空が叫ぶ。

ここまで莫迦にされて、黙って逃げるわけにはいかない。

よくも虚仮にしてくれたわね、なんて言っていたが、子ども達はエテモンに会ったこともなければ聞いたこともないのだ。

子ども達が知らない間に、何やら逆恨みをして八つ当たりをしていると言うのなら、冗談ではない。

子ども達は勇ましく返事をして、パートナーを進化させる。

ただし賢のパートナーであるパタモンは未だデジたま、大輔のブイモンは目をとろとろとさせてぐったりとしているため、大輔と賢はブイモンを引きずって洞窟の奥へと引っ込んだ。

 

だがここで予想外のことが起こる。

 

エテモンがにたりと笑い、ギターをかき鳴らすと進化をしたデジモン達は苦しそうに呻きながら、何と退化してしまった。

ぎょっとなった子ども達に、ピコデビモンがああ!と悲痛な悲鳴を上げた。

 

『あれは、ラブ・セレナーデ!エテモンの技です!』

『ラブ・セレナーデを聞くと、戦う力をなくしてしまうんや……』

「何だって!?」

 

ピコデビモンの言葉を補足したテントモンの台詞に、子ども達は愕然とするしかない。

聞くだけで戦意を喪失してしまうなんて、それでは進化をして戦うということが出来ないではないか。

何て卑怯な、と思ったが、戦う力のない子ども達ではどうこうすることが出来ない。

その間にも、コロモン達の村は少しずつ地図から消えようとしている。

 

「どうすればいいんでしょう……!」

『今のままやと、どんなに頑張ってもこっちが不利や』

『もっと……もっと力があれば……!』

 

プロットモンが悔しそうに呟く。

相手は完全体である。初めて対峙した完全体は元々味方だったから、成熟期でも勝つことが出来た。

今回の完全体は敵、こちらも同レベルにならなければ勝ち目はない。

これこそが、ゲンナイが言っていた紋章のことなのだろう、と子ども達は思った。

パートナー達を、更なる高みへ進化させるアイテム。

しかしそれを持っていない今では、エテモンに挑んでも全滅するのがオチだ。

 

『そーれそれそれ!』

 

子ども達の迷いなど関係ないエテモンは、更にダークネットワークを操って黒い雷を派手に落としていく。

洞窟の入り口に辺り、揺れ、岩が崩れ落ちる。

子ども達とパートナー達は悲鳴を上げながら洞窟の奥へと逃げた。

こっち!とコロモン達が誘導する。

岩は完全に入り口を塞いでしまい、エテモンの高笑いだけが響いていた。

見てろよ、絶対いつか仕返ししてやるからな、と心に秘めながら、太一を筆頭に子ども達はコロモンに導かれるまま、洞窟の奥へと向かう。

ブイモンを何とか叩き起こして、眠そうにしているのを大輔が引っ張り、賢が後ろから押して、ヒカリとプロットモンが並走しながら、少しだけ遅れてついて行った。

自然に削られてドーム型になっていた内部は、やがて誰かの手が加えられたように真っすぐな道となり、何処かへと通じていく。

行きついた先は、行き止まりだった。

コロモンは言う。村に何かあったらここから逃げろという言い伝えがあるそうだ。

治はその言葉のニュアンスに引っかかって、眉を顰める。

ここに逃げ込め、ではなくここから逃げろ?

人工的に切り開かれた道からして、この奥は何処かに通じている道でもあるのだろうか。

行き止まりだが、何処かに秘密のスイッチのようなものがあって、それを押すなりなんなりするとここが開くのだろうか?

そう思ってコロモンに尋ねようとしたとき、ピコデビモンが悲鳴を上げながら目の前の壁に近づいていった。

 

『こ、これは……!』

「どうしたの?ピコデビモン」

 

壁に張り付くようにじーっと見つめているピコデビモンに、ミミが声をかける。

バッ!と勢いよく振り向き、そしてこう言った。

 

『間違いありません!これは紋章です!』

「ええっ!」

「こ、この壁の模様が?」

 

驚愕する子ども達に、ピコデビモンは嬉しそうに続けた。

 

『はい!ゲンナイ様から教えていただいた紋章の特徴と一致します!これは、“勇気”の紋章!』

「勇気……」

 

太陽をモチーフにしたような模様の紋章、勇気を象徴した紋章だと言う。

太一が模様を見上げながらピコデビモンの言葉を復唱した時、太一のデジヴァイスに異変が起きた。

 

「お、お兄ちゃん……」

「へ?……あ」

 

最初に気づいたのは、ヒカリだった。

太一のズボンに引っかけられているデジヴァイスから、何かを感じ取ったヒカリが何気に兄の腰に目を向けると、薄らとオレンジ色に光っていたのである。

妹の声に気づいて、太一がデジヴァイスを取ると、そのデジヴァイスと呼応するかのように目の前の壁がオレンジ色に光った。

太陽の模様が、勇気の紋章が縮小されていく。

みるみる小さくなって、やがてオレンジの光が薄れると、模様だけがその場に浮かび上がった。

びゅう、と風が吹く。

紋章は持ち主を待っていたかのように、太一のデジヴァイスに吸い込まれて消えた。

その代わり、デジヴァイスのディスプレイに、紋章が浮かび上がった。

 

「……俺の、紋章だったのか」

『おお!まずは1つめを無事にゲットしましたね!ええと……』

『タイチだよぉ。僕のパートナー、タイチ!』

『タイチ様!おめでとうございます!』

 

アグモンは喜び、ピコデビモンは祝いの言葉を述べる。

エテモンに一方的に敗北を期し、エテモンを倒すために新たな力を手に入れなければならない、と悔しがっていただけに、突然紋章を手に入れた驚愕からか、太一のリアクションは今いち薄かった。

それだけではない。

あ!って空が声をあげ、飛び込んできた風景は、コロモン達の村からずーっとずーっと遠くにある山の中。

ずっとってどれぐらい?って聞くと、みんなで移動すると1週間はかかるような場所だと言う。

そんなに遠い場所なのに、洞窟の中を数分もしないで移動しただけなのに、どうしてそんなところに繋がっているのか。

治は洞窟内部と外を忙しなく交互に見ているし、光子郎は興味が湧いたのか目を輝かせているし、丈はまたも自分の常識が打ち破られたショックで口をはくはくとさせている。

何にせよ、

 

「……とりあえず、エテモンから逃げることは出来た、ってことでいいのか?」

「……じゃないか?」

 

そしてじわじわと沸き上がる、紋章を手に入れた感動。

太一はデジヴァイスのディスプレイに浮かんでいる、自分の紋章を見下ろす。

太陽の模様をした、“勇気”を象徴する紋章。

それが、太一の紋章だ。心の中で何度も噛みしめる。

勇気の紋章。それはつまり、自分には勇気があるということに他ならないのだろう。

 

「これさえあれば、エテモンなんか……!」

 

アグモンを更に進化させることが出来れば、エテモンにだって負けないはずだ。

沸き上がってくる歓喜。しかし同時に……。

 

そんな太一に、待ったをかけるものがいた。

 

「太一」

 

治である。

洞窟の外に出て、エテモンから逃れられた喜びを全身で表している子ども達を尻目に、治はデジヴァイスを見下ろしている太一を呼んだ。

デジヴァイスから目を離して、治の方を見やる太一。

いつになく真剣な表情で、太一は目を白黒させた。

 

「治?」

「……お前が何を考えているのか、手に取るように分かるよ。……それさえあれば、エテモンなんか簡単に倒せる。そう思っているんだろう?」

 

眉を顰めながら、治は太一に歩み寄り、真正面から対峙する。

 

「ゲンナイさんは、確かに紋章は僕達やデジモン達を更なる高みへと進化させる道具だって言っていた。でも所詮、道具は道具だ。使い方次第で、善にも悪にもなる」

「………………」

「……調子に乗って傲慢になるのは、太一の悪い癖だ。僕達の目的は“世界を救うこと”であって、“エテモンや悪いデジモンを倒す”ことじゃない。そうだろう?」

「………………!」

 

エテモンに一方的にやられて悔しいのは、太一だけじゃない。

きっとアグモンだって悔しかった。

同族であるコロモンの村を守ってやれなかったのだから。

そして、太一とアグモンだけじゃない。

治だって悔しかった。一方的に蹂躙され、追い詰められ、嘲笑われ、成す術もなく逃げることしか出来なかった今回のことは、両親の離婚を彷彿とさせるものでもあった。

治と賢がどんなに喚いても泣き叫んでも、両親の破滅への道は止められなかった。

だからこそ、治は太一に忠告する。

 

「……強すぎる力は身を滅ぼす。それが例え光であれ、闇であれ……エンジェモンの最期の言葉、忘れたなんて言わせないぞ」

「……そう、だったな」

 

デジヴァイスを持っていた右手をぶらん、とさせながら、太一は力なく笑った。

命をかけてデビモンを倒した、美しい黒い羽を背負った天使の最期。

深くなりすぎた闇を照らすために、強い光を放ってその身を焼き尽くしてしまった。

その天使が最期に言った言葉を、忘れてはならない。

 

「……よし、治」

「ん?」

「いつもの、頼まぁ」

 

何やら覚悟したような表情を浮かべながら、太一は言う。

その意図を理解した治は、にっこり笑って更に太一に歩み寄った。

自分の両手で太一の両頬を包むように宛がう。

そして……。

 

 

ばちーん!!

 

 

弾力のあるものを思いっきり叩いたような音にびっくりして、他の子ども達は反射的に振り返った。

 

「~~~ってぇ!!」

 

ひりひり、じんじんと痛みが走る両頬を押さえながら、太一はその場で身もだえている。

丈とミミと賢、それからパートナー達は頭上に沢山の疑問符を浮かべていたが、空と光子郎、そして大輔とヒカリは、2人がやっていることを瞬時に理解した。

 

「あー目ぇ覚める……」

「ははは、いい目覚めだろう、太一。……さて、僕もやってもらおうかな」

「え?お前必要ねぇじゃん?」

「いいから、いいから。これからに向けての景気づけも込めて」

「……あっそ。んじゃ遠慮なく……」

 

他の子ども達に見られていることなど露知らず、太一は治の両頬に自分の両手を宛がうと、思いっきり腕を広げて勢いよく治の頬を叩くように挟んだ。

やっぱりばちーん!という音がする。

ぎょっとなる丈達を尻目に、治も痛みで身もだえ、頬を押さえながらその場でぴょんぴょん跳ねた。

 

「はぁーあ、いった……!」

「うし!気合も入れたことだし!さっさと出発し」

『待って待って待って、何かいい話で終わろうとしてるけど、ちょっと待って!』

 

2人だけで解決して締めくくろうとしているから、傍らにいたアグモンが真っ先に我に返って太一達を引き留める。

何だよ、ってきょとんとした目でアグモンを見下ろす太一に、空は苦笑しながら言った。

 

「そりゃ、それアンタ達だけの儀式でしょ?知ってるのは私達だけなんだから」

「久しぶりに見ましたね、それ」

 

何か知っている風の空と光子郎に、丈が尋ねると代わりに大輔とヒカリが答えてくれた。

 

「試合の前とか、試合中に太一さんが調子に乗ってたりすると、治さんがああやって気合いれたり戻してやったりしてるんですよー」

「自分でやるより、他の人にやってもらった方が思いっきり叩いてもらえるからって」

「……いつもそんなことしてるの、君達」

 

勝利のジンクスやルーティーンなどで、人によっては気合を入れたり気持ちを整えるということはするだろう。

しかし太一と治のルーティーンは、知らない人が見たらただの暴力である。

現に丈達やパートナー達はびっくりしているのだし。

 

「……僕はてっきり喧嘩でも始まったのかと思ったよ」

「喧嘩になる前に空に殴られて終わりだから、それはねぇって」

「ちょっと、太一?」

 

余計なことを言いなさった太一に、空が笑顔で迫る。

やべ、と顔を青くさせながら、太一はアグモンを連れて駆け出した。

待ちなさーい!って空は追いかけ、その後を慌ててピヨモンが追う。

そのまま帰ってくることなく、真っすぐ走って行くもんだから、残されたメンツも慌てて駆け出した。

 

 

 

しゅるり、と黒いケーブルが蛇のように這い出ていたことにも気づかずに。

 

 

 

 

 

空っ風と熱い日差し。

遮るものは何もなく、一面砂の足元では時々砂が舞い上がっている。

細かい砂の粒子が目や耳、喉に入り込んで、時々酷く咳き込んだ。

ファイル島でも広大な砂漠を横切ったことはあるが、あの時と違って子ども達の用意は万全だ。

ゲンナイは食べ物の他にも色々と用意してくれていたようで、全員分の日傘が光子郎のパソコンにデータとして入っていた。

それを出現させ、1人につき1本のペットボトルも持たせる。

空になってもまたパソコンから取り出せばいいが、スポーツをやっている半数が一気に飲むなと忠告した。

トイレが近くなったり、飲んだ分だけ汗が更に吹き出て、余計に体内の水分が排出されてしまうそうだ。

水はこまめに、少しずつ補給し、汗はなるべく拭かないこと。

どうしても気になるのなら、濡れたタオルで吹くこと。

汗は体内の余分なものを排出させるだけではなく、上がりすぎた体温を下げる役目も担っているのだ。

シャワーだってあるんだから、べたついた身体は夜に洗い流せばいい。

ミミははーい、って素直に返事をして、文句も言わずに上級生達の後、というよりも先導しているピコデビモンの後をついて行った。

 

『いや、本当に申し訳ございません……。砂漠にあるコロッセオに紋章が1つ隠されているそうなのですが……』

 

ピコデビモンが申し訳なさそうに言った。

サーバ大陸はファイル島と違い、広い広い大陸である。

砂漠の広さも、相応に大きいのだ。

いつまでも果てしなく、終わりが見えてこない砂漠のエリアに、幾ら準備はしていても子ども達は根を上げそうになっていた。

しかしいいこともあった。

もしもコロモンの村でエテモンに遭遇せずに、村から出発していたら砂漠の端っこから端っこまで歩かなければならなかっただろう、とピコデビモンは教えてくれる。

つまり、あの洞窟は近道でもあったのだ。

あの洞窟を通らなかったら、遠回りをして1週間近く時間をロスしていたに違いない。

エテモンの行動は、完全に裏目にでてしまったのだ。

子ども達にとってはこの上ない幸運だった。

 

『……タイチィ?どうしたの?』

 

太一とお揃いのオレンジ色の傘を差したアグモンが、デジヴァイスを見下ろして何かを考えこんでいる太一に気づく。

アグモンに声をかけられた太一は我に返って、歩きながらアグモンを見下ろした。

 

『何か考え事?』

「ん?大したこっちゃないさ。この紋章を使ってグレイモンが進化したら、どんなのになるのかなって……」

 

その顔は、何処か楽しそうだった。

やはり男の子だ、モンスターが進化したり、ロボットが変形したりするアニメが大好きな太一は、グレイモンが更に進化した姿が待ち遠しいらしい。

紋章を手に入れた際の、何処かぎらついた表情は治が吹っ飛ばしたお陰で何処にもない。

初めてアグモンがグレイモンになった時のことを思い出して、少し高揚しているようにも見えた。

 

「もっとでっけー恐竜になんのかなぁ。アグモンはどう思う?」

『んー?』

「何だよ、アグモン。乗り気じゃなさそうだなぁ。興味ないのか?どんなデジモンに進化するのか」

『興味がないわけじゃないよ。でも僕はタイチを護れるぐらい強くなれればいいんだぁ』

 

ふーん、って太一は返した。

太一としては、紋章を手に入れたことでアグモンと一緒に盛り上がりたかったのだが、アグモンは本当にどうでもいいらしい。

太一が紋章を手に入れて嬉しそう、どんなデジモンに進化するのかなって楽しそう、アグモンの心を占めているのはそれだけだ。

だって太一は、アグモンのことを俺のアグモンって言ってくれた。

パートナー冥利に尽きるというのは、きっとこういうことだろう。

嬉しくって嬉しくって、太一が来てくれた時と同じぐらい、アグモンは喜んでいた。

そんな太一だから、アグモンは自分がどんなデジモンに進化するのかなんて興味はない。

早い話が、どうでもいいのだ。

太一を護るために生まれてきたのだから、どんな姿だろうが受け入れるし、きっと強い。

それでいいのだ、それがいいのだ。

そう言えば、パートナー達はうんうんって頷いた。

 

『ゲンナイさんも言ってたでしょう?ワタシ達は武器だって。ワタシ達はそれでいいのよ』

 

それはある意味、停滞を表す言葉だ。

自分達は何も考えない。ただ護るべきものの盾であり、剣であり続ける。

それだけがパートナー達の生きがいなのだ。

一種の狂気である。恐ろしいほどに純粋である。

子ども達がその恐ろしさに気づくのは、凡そ3年後。

 

「………………」

 

そんなデジモン達の純粋な狂気を聞いた賢は、唇をぎゅっと結んで卵を抱きしめる力を強める。

 

 

──パタモンも同じだったのかな。

 

 

賢を護れるぐらい強ければ、どんなデジモンでも構わないと思っていたのだろうか。

ただ賢を護りたかった。生きていてほしかった。死なせたくなかった。

そのためなら命を投げうっても構わなかったのか。

賢さえ生きていれば、それでよかったのだろうか。

……そんなものは、悲しさを生み出すだけだと知りながら。

 

 

 

 

 

砂漠地帯の憩いの場で休憩を挟んだ一行は、シャワーでべたついた身体を1度洗い流して、再び歩き出す。

本当はもう少し休憩したかったけれど、いつエテモンが子ども達に追いついてくるか分からない今、少しでも距離を離した方がいいというピコデビモンの主張により、休憩は30分だけだった。

エテモンはダークネットワークだけでなく、サーバ大陸中に舎弟や部下がいるため、何処にいても必ず獲物を見つけ出すのだそうだ。

現にコロモンの村にいた子ども達を部下のガジモンが見つけ、エテモンに知らせたせいでコロモンの村は悲惨なことになってしまった。

子ども達が遠くに逃げていることは、いずれ知られるだろう。

そして幸か不幸か、目指すコロッセオはこのオアシスからそう遠くない距離にあり、丈のデジヴァイスが反応を見せた。

さっさと行って、さっさと見つけて、さっさととんずらこくのに限る。

太一が単眼鏡で覗き込んだ先には、古代ギリシャや古代イタリアの神殿を思わせる朽ちかけた建物が見えた。

丈は自分の紋章が手に入る、と張り切って走り出したが、やはりそこは丈の体質と言うべきか、何もないところで思いっきりすっ転んだ。

砂が積み上げられたオアシスは、すぐそこが坂になっていたので、丈はそれで足を取られて転んだと思ったのだが……。

 

『……ん?何だ、これ?』

 

すっ転んだ丈に、何やってんだと呆れながら駆けつけたゴマモンが見つけたのは、黒いケーブルだった。

砂から僅かに露出しており、恐らく砂の中に埋め込まれていたケーブルで、丈は足を取られてすっ転んでしまったのだろう。

何でこんなところに、ってゴマモンがケーブルに触れたのを見たピコデビモンが、ぎゃあっと悲鳴を上げた。

 

『い、いけません!それに触れては!』

「?どうしたんだ、ピコデビモン?」

『それは、エテモンが利用しているダークネットケーブルの一部です!そのケーブルを使ってエテモンは獲物の位置を正確に割り出しているのです!』

「なっ!」

『あわわっ!』

 

ゴマモンは慌ててケーブルを放るが、もう遅い。

僅かに触れただけでも、ケーブルは反応してしまうのだ。

こんなことなら言っておけばよかった、ってピコデビモンは後悔したが、こうなってしまっては仕方がない。

 

『早いところ紋章を見つけて、何処かに逃げるなり隠れるなりしましょう!幸いこの砂漠には知り合いがいます!奴に連絡して匿ってもらいましょう!』

「そ、そうだな!」

 

丈の紋章があるコロッセオは目と鼻の先である。

子ども達は砂の地面に足を取られかけ、縺れさせながらも走った。

 

 

 

立ち並ぶ古代ギリシャや古代イタリアを彷彿とさせる柱や門には、繊細な模様の彫刻が施されている。

しかし今の子ども達とデジモン達に、その模様を楽しんでいる余裕はない。

足早に通り過ぎて、子ども達は立派な円形闘技場を真っすぐ目指した。

均等な大きさに作られた煉瓦が床に敷き詰められ、積み上げられて壁を作っている。

作られてからまだ時間が経っていないのか、子ども達の世界にあるコロッセオのように風化している様子は見られなかった。

どうして砂漠のど真ん中にこんなコロッセオがあるのか、地盤沈下などで沈まないのか、なんて疑問を持つ余裕すらない。

ピコデビモンに案内されて入った闘技場は、子ども達の予想を遥かに上回る大きさだった。

1万人の観客がいてもまだ余裕そうな観客席や、その観客席がいても空白が目立ちそうなほど広い闘技場。

これにはピコデビモンも驚いていた。

 

「……それで、紋章は何処にあるんだ?」

『……申し訳ございません。コロッセオにある、ということだけしか聞いておりませんで……』

「はあ!?おいおい、しっかりしてくれよ!これじゃあ探している間に追いつかれちまうじゃないか!」

「太一!落ち着けって!」

 

ピコデビモンを責める太一を、治が押さえつける。

今はピコデビモンを責めている時間などないのだ、その間に紋章をさっさと見つけた方がいい。

そう治に宥められた太一はそれもそうだなってピコデビモンに謝罪し、慰められたピコデビモンは再度謝罪をした。

この話は、一旦これで終わりだ。

 

『ええと、デジヴァイスが反応していらっしゃる方は……』

『ジョウだよ!オイラのパートナーさ!』

『ジョウ様ですね?紋章に近づけばデジヴァイスが強く反応するはずです。そこを重点的に探しましょう!』

 

そう言ってから、ピコデビモンは地面に降りて、足で地面に模様を描く。

十字架と、その角に4つの三角形があった。

 

『ここにあるのは誠実の紋章のはずです。このような形をしております』

「……誠実ね」

『はい。誠の心。正しい心。どんな相手にも真正面からぶつかっていく、真心です。きっと貴方の役に立ちます』

 

ニコニコするピコデビモンに、しかし丈は何処か歯切れが悪そうであった。

ぐ、と何かを堪えるような、唇を噛みしめていの奥からせりあがってくる何かを押さえつけているような、そんな苦しそうな表情を見せているのである。

それに気づいたのは、真正面にいたピコデビモンと、パートナーのゴマモンだけだった。

 

『ジョウ?』

「……いや、何でもない。早く探そう。エテモンが追いついてこないうちに」

「ピコデビモンはさっき言ってた知り合いに連絡しといてくれよ。俺達で探すから」

『あ、はい!分かりました!』

 

ピコデビモンは慌てて何処からか蝙蝠のデザインをした鏡を取り出して、闘技場の外へと飛んで行った。

子ども達は紋章を探す。

丈のデジヴァイスが導くままに闘技場を歩いた。

外から見た時は風化しているようには見えなかったコロッセオだが、闘技場の中は所々ぼこぼこになっていた。

地面に敷き詰められている煉瓦が抉れ、覆い隠されていた地面の砂が剥き出しになっている。

闘技場に入って、向かって右にデジヴァイスが強く反応した。

とことことこ、丈を先頭にみんなが歩く。

時々左右に振って、位置を調整する。

 

「……この辺で強く反応している」

 

ぴたり、と立ち止まった先には、何故かサッカーのゴールがあった。

しかし不条理シリーズはもうファイル島で慣れてしまっている。

今更闘技場にサッカーゴールがあったところで、もう驚くことはない。

丈のデジヴァイスは薄らとグレーの色みがかかって光り輝いていた。

少し位置をずらしたり離れたりすると、その光が弱まって点滅する。

大きな闘技場の右側1/4の辺りにある、ということは分かったが、デジヴァイスは正確な位置を割り出してはくれなかった。

 

「急いでるって言うのに……」

「みんなで探せば見つかるさ。幸い人手はあるんだし、場所も絞れてる。形も分かってる。愚痴る前にさっさと探そう」

 

イライラしている様子の太一を、治が苦笑しながら宥める。

大人の言うこと聞かん坊の太一、治の言葉だけは渋々聞くので、ぶつくさ言いながらも探し始めた。

 

 

 

 

 

《…………………………………………………………………………………………………………キシッ》

 

 

 

 

 

何処かで闇が嗤った気がした。

 

 

 

 

 

 

.

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