ナイン・レコード   作:オルタンシア

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約束の日──Side D──

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それは、早すぎる出逢いだった。

 

 

 

出逢ってはいけないものだった。

 

 

 

 

 

 

「日本に行きましょう!」

 

大輔は故郷を知らない。大輔は日本人ではあるが、アメリカで生まれ、アメリカで育った。

お家でももっぱら喋る言語は英語だし、知っている日本語も発音はまるで外国人のものだ。

お姉ちゃんは今の大輔と同じぐらいの頃にアメリカに来た。だから大輔よりは日本語を知っているけれど、英語を喋っている方が楽らしい。

彼女が日本語を喋っているところを、大輔は見たことがない。

たまにお母さんやお父さんが懐かしそうな顔をして、日本のことを教えてくれるのだけれど、日本に足を踏み入れたことのない大輔にとっては、まるで他人事だった。

だからお母さんが日本に行くわよって笑顔で行ってきた時も、ふーんとしか思わなかった。

 

 

それは大輔が4歳、お姉ちゃんが8歳の時だった。

季節は春休み真っ最中で、ということは大好きなお姉ちゃんがずっとお家にいられる期間だ。

朝からお姉ちゃんに遊んで遊んでっておねだりして、お姉ちゃんはシュクダイがあるから我儘言っちゃダメってお母さんに叱られた。

むくれていたらシュクダイ早く終わらせるから待っててって、苦笑しながら頭を撫でてくれた。

お姉ちゃんだけあってとてもしっかりしていて、宿題を持って帰ってきた日に計画表というのを立てていた。

春休みということもあり、宿題の量は多くなかったのが救いだ。

英単語を書いたり、簡単な計算をしたりするだけで、ページ数も少ないから、1日2ページのペースでも十分間に合う。

お姉ちゃんはさっさと英語の書き取りと算数を終わらせ、カーペットをごろごろと転がっていた大輔に声をかける。

俯せになっていた大輔がガバッと顔を上げて、四つん這いで移動してきたのを見た時は、まるで犬のようだとお姉ちゃんはまた苦笑した。

今日は外で遊ぶ気分ではなかったらしい大輔は、5人組の人形を部屋から持ってきて、お姉ちゃんに黄色とピンクの人形を渡して、大きな声をあげながら遊んでいたところに、母親の台詞だ。

 

「……ほーんと、思いつきで行動なんてしないでほしいもんだわ」

 

ぶす、と肘をつきながらお姉ちゃんは呟いた。

大輔はテレビでしか見たことのない飛行機に夢中になっており、お姉ちゃんの言ったことは全く耳に入っていなかったようだ。

ガラスにべったりと張り付き、目を大きく見開かせながら騒いでいる。

お父さんが苦笑しながら大輔を宥めようとしているが、大輔は全く聞いていないようだった。

お父さんが何か言おうとするたびに、ガラスをバンバン叩いたり、ピョンピョン跳ねたりと騒がしい。

旅行中の黒人夫婦がそんな大輔を見て苦笑している。

出張先へと向かうサラリーマンが、少し迷惑そうな表情を浮かべていた。

 

「行動力があるっていうのも、考えものよね。ふり回されるのはいつだってアタシ達子どもなのよ」

「あらやだ、お姉ちゃんてばいっちょまえに大人ぶっちゃって」

 

溜息を吐くお姉ちゃんに、お母さんはカラカラと笑うだけだ。もう一度溜息。

日本に行くと聞かされたのはほんの3日前だ。

春休みに入ったばかりとはいえ、日本へ発つ3日前にそれを知らせてくるなんて、社会人の原則であるホウ・レン・ソウはどうしたのだ。

と、凡そ子供らしくないことを考えて、止めた。そう言えば両親は“考えるよりまず行動”をモットーとしており、今までもその持前の行動力で何度も子供達を振り回してきた。

長期の休みになってから行けばいいのに、思い立ったが吉日と言って、お母さんはまだ2歳だった大輔と小学校に通い始めたお姉ちゃんを連れて、突如エジプト観光1ヶ月の旅と称して、2人を連れ回したのだ。

お父さんはお父さんで、アメリカを横断するぞ!とか言って、本当に実行しやがった人だ。

夏休みの時期に実行しただけ、まだお母さんよりはマシだったが。

 

 

1963年11月22日に暗殺されたある大統領を讃え、その名を与えられた空港から飛び立ってから、約15時間。

気圧が低くなると眠くなるお姉ちゃんと大輔は、空の旅をずっと寝ながら過ごした。

どすん、という衝撃を受けて目を覚ましたお姉ちゃんは、まだ眠そうな大輔の手を引きながら日本の地へと降り立った。

聞こえてくる、日本語、日本語、日本語。

お姉ちゃんだけでなく大輔も目を丸くしながら、忙しなく辺りを見回している。

そんな二人が面白くて、おかしくて、お父さんとお母さんはクスクス笑っている。

お姉ちゃんは大輔と違って日本生まれだ。

しかし今の大輔と同じぐらいの時にお父さんの仕事の都合で、アメリカに渡ることになったので、日本のことは知らないに等しい。

普段物怖じしないはずの2人が、珍しく戸惑いながらお母さんやお父さんにしがみ付いている。

 

お母さんもお父さんもそんな2人を見て笑うだけで、特にフォローをしてくれることもなく、空港から出ている電車に乗り、幾つかの路線を乗り継ぐこと2時間弱。

ただでさえ十何時間もの間、飛行機の狭い空間で退屈な時間を過ごしていたというのに、また更に2時間弱もの間拘束されることとなり、大輔の機嫌はよろしくない。

それでも、流れていく電車の窓の景色を見ている内に、鼻歌を歌うぐらいには機嫌は直ってきたようだ。

お姉ちゃん見て見て!って隣に座っている姉に呼びかけ、流れていく景色にはしゃいでいる。

アメリカとはまた違った雰囲気の風景を、お気に召したようだ。

 

景色に夢中になっている内に目的地に到着し、大輔はお姉ちゃんとお母さんの手に引かれ、電車を降りる。

行き交う日本語に目を丸くしながら、大きなスーツケースを2つ引きずるお父さんの後をついていく。

ホームの中心に設置されている看板のようなもの。通り過ぎざまにそちらに視線を向ける。

一番大きな文字は日本語で書かれており、大輔には読めなかった。

平仮名でさえ読めないのに、漢字で書かれていたら余計に分からないだろう。

しかしすぐ下に大輔も知っている文字が書かれていた。アルファベットだ。

ひ・か・り・が・お・か。大輔は口に出して文字を読む。隣にいたお姉ちゃんが何?と聞いた。

 

「ここ、ひかりがおか、っていうの?」

「そうなの?」

「あそこにかいてあった」

「え?アンタ日本語読め……あ、下に英語で書かれてたのね」

 

ひかりがおか。光ヶ丘。ひかりって何だろう、と思いながらも、大輔はお姉ちゃんとお母さんに手を引かれ、階段を登った。

お父さんとお母さん、小学生のお姉ちゃんは切符を改札に通す。

切符が必要ない大輔は、さっさと改札を出ていく。

お母さんが待ちなさいって慌てて追いかけて、大輔の手を掴んだ。

目を離すとすぐにフラフラと何処かへ行ってしまう、とお母さんは溜息を吐く。

大輔の手をしっかりと繋ぎ直して、スーツケースを2つ引きずっているお父さんを置いて、さっさと歩き出した。

待ってくれよぅ、なんて情けない声を出しながら、ひぃひぃ言っているお父さんを哀れに思って、お姉ちゃんがお父さんの隣に並んで歩いている。

 

 

左右に聳え立つ、アメリカとはまた違った集合住宅に圧倒され、大輔は口をぽかーんと開けながら辺りを見回している。

日本に着いてからというもの、アメリカとの違いに驚きっ放しだ。

大輔と同年代の、日本人の子ども達がきゃあきゃあとはしゃぎながら、公園へと走って行く。

ちらりと見えた遊具がとても魅力的に見えて、大輔の足がそちらに向きかけたが、お母さんにしっかりと手を掴まれていたのでそれは叶わなかった。

その公園から歩いて5分ほど。そろそろ大輔がぐずり始める頃合いに、着いたわよとお母さんが立ち止まった。

ここまで来るのに通り過ぎた、他のマンションと変わらない見栄えのマンションの前。

スーツケースを両手で引きずっていたお父さんが、やっと着いたかぁ~って情けない声を上げていた。

 

「お義兄さんに会うのは久しぶりだな」

「そうねぇ。結婚してこの子が産まれて……6年ぐらいかしら?」

 

お母さんとお父さんが、お姉ちゃんと大輔には分からないお話をしている。

思ったことは何でも口にする大輔は、考えるよりも先にお母さんの服を掴みぐいぐいと引っ張った。

大輔が何か言う前に、お母さんが口を開く。

 

「ここはお母さんのお兄ちゃん……アンタ達の伯父さんが住んでるところよ」

 

ここの最上階に住んでいる、らしい。さあ行くわよ、とお母さんは張り切って大輔の手を引き、マンションのエントランスへ入って行く。

エントランスへ入ってすぐのところに、1から9の数字が羅列されているボタンが設置されている機械があった。

鼻歌を歌いながらお母さんはボタンを押す。

ピンポーン、というチャイムの音のすぐ後に、はーいという明るい男性の声がした。

お母さんが私よーって答えるが、日本語が分からない大輔には、呪文のようにしか聞こえなかった。

一言、二言会話を交わすと、エントランスの入り口が開いた。

中へと入る。正面にはエレベーターと、右側の奥の方に階段があった。

伯父さんは最上階に住んでいるから、階段で行ったら確実に全員の足が死ぬだろう。

というかお父さんはお母さんによってスーツケースを2つも持たされているから、階段で行くのはお父さんが可哀想すぎる。

お母さんはエレベーターのボタンを押す。扉が開く。

まずはスーツケースを持っているお父さんが入って、次にお姉ちゃんが入る。

大輔が後に続き、最後にお母さんが乗り込む。

最上階のボタンを押すと、扉が閉まってエレベーターがゆっくりと上昇しだした。

ほんの数秒の間のことなのに、大輔はそれでも退屈だったらしく、大人2人と大きなスーツケースが2つ、小さいとはいえ子供が2人というとてつもなく狭い空間の中で、ウロチョロと動き回る。

こら、って流石にお母さんが叱りつけた直後、チーンという音がしてエレベーターの扉が開いた。

真っ先に飛び出して行ったのは、大輔だ。

同年代の友達の中でもダントツでチビな大輔は、最上階の景色を見たくとも壁に阻まれそれは叶わなかった。

ちぇっと舌打ちして、お母さんに呼ばれた大輔は軽い足取りで廊下を走る。

お母さんがピンポンを鳴らす前に、玄関が開いた。

いらっしゃい、と玄関を開けたのは、人のいい笑顔を浮かべた男性だった。

この人が伯父さん?と大輔はお母さんの陰に隠れながら男性を見上げる。

そんな大輔に気づいて伯父さんは大輔の目線に合わせてしゃがみ、こんにちはと挨拶をした。

優しそうなその眼差しに、悪い人ではなさそうだと、大輔はお母さんの陰から前に出ることにした。

 

男性の1人暮らしにしては、室内はとても綺麗に片付けられていた。

清潔感のある、オフホワイトで統一された家具がセンスよく配置されている。

アメリカとはまた違う雰囲気の室内の様子に、大輔は忙しなく首を動かしている。壁にかかっている絵は、伯父さんが描いたものだろうか。

優しいパステルカラーで彩られた、風景画だった。

絵から目を離し、再び室内を見渡し、うろちょろと動き回る。

スライド型の扉の向こうの部屋の床には、見たことのないものが敷き詰められていた。

タタミ、という名前らしい。

畳を見たことがない大輔は、お姉ちゃんと一緒に恐る恐ると言った様子で、畳の部屋……和室と呼ばれる部屋に入ってみる。そろそろと手を伸ばす。

感触を確かめる。不思議な感触にお姉ちゃんと大輔は少々驚いた後、互いの顔を見合わせ、クスクスと笑いあった。

寝転がると気持ちいいよ、と伯父さんが日本語で教えてくれて、それをお母さんが英語に訳してくれたので、お姉ちゃんと一緒に寝転がってみる。

微かな草の香りが、大輔達の鼻腔を擽った。

床のように固くなく、しかし柔らかいわけでもなく、程よい寝心地でこのまま眠ってしまえそうだ。

 

 

最初のうちは、確かに楽しかった。

アメリカにはない、畳の感触にお姉ちゃんも大輔も笑い転げながら楽しんでいたのだが、ここは男の一人暮らしの一室だ。

結婚していない彼には、当然子供もおらず、ということは当然子供が遊ぶような玩具もない。

おまけに大人達は日本語で会話し始めてしまった。

大輔の顔からみるみる笑顔が消えていくのを間近で見ていたお姉ちゃんは、慌ててお母さんに外に行っていいか尋ねた。

久しぶりに会った兄と、久しぶりに使う日本語での会話で盛り上がって、子供達のことをすっかり忘れてしまっていたお母さんは、しかし困ったような顔を浮かべた。

 

「この辺のことなんか分かんないでしょ?大丈夫なの?」

「ここに来るまでに公園あったじゃない。あそこ行ってくるわ」

 

ここから公園まで距離は離れていない。

この部屋からその公園が見えるぐらい近いので、それなら大丈夫かとお母さんは子供達に外出の許可を出した。

それを聞くや否や、大輔はお姉ちゃんの手を引き、玄関へと向かった。

まだ蝶々結びが出来ない大輔は、踵を潰したマジックテープのスニーカーに足をつっこみ、玄関のドアを開けた。

待ちなさいよ、とお姉ちゃんは苦笑する。

足を縺れさせながらも、お姉ちゃんは大輔に手を引かれながら外に出て行った。

少しもじっとしていない息子に、お母さんもお父さんもやれやれって肩を竦めたり、溜息を吐いたりしたけれど、伯父さんは元気があっていいじゃないか、と笑った。

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃんと手を繋ぎ、アメリカとは違った風景の中を歩いていくと、5分もしない内に先程の公園が見えてくる。

そこから聞こえてくる未知の言葉に、大輔は怯むどころかわくわくという気持ちが次々と湧いてきた。

言葉が通じなかったら、という不安は不思議となかった。

足早に公園に入って行く。予想に反し、子どもの数は少なかった。

世間一般では、今は春休みだ。4月になれば新しい学年に上がるため、宿題もない。

子どもにせがまれて旅行に出かけている家族が多いのだろう。

ここにいる子ども達は、おねだりが失敗した子達だろうか。

なんてことすら考え付かないほど、まだ幼い姉弟は、目の前に広がる魅力的な遊具に目を輝かせる。

ちらほらといる子ども達が、公園の入り口に佇んでいる、この辺では見かけないような子ども達(もちろん大輔達のことである)を凝視していることに気づかず、大輔はお姉ちゃんの手を離して走り出した。

向かうのは、目の前の砂場。待ちなさい、というお姉ちゃんの制止を無視して、大輔は両脚を揃えると大きくジャンプをした。

砂場に着地し、砂が巻き上がると同時に2つの小さな悲鳴が聞こえた。

 

「こら、大輔!」

 

走り出した大輔を追いかけていたお姉ちゃんは、見ていた。

大輔が向かって行った砂場には先客が2名おり、砂の山を作って遊んでいた。

しかし遊びたい一心だった大輔はそれに気づかず、1人が作っていた砂の山を上から崩すようにジャンプしてしまったのだ。

それに驚いて、1人は尻餅をつき、もう1人は硬直しながら大輔を見つめる。

大輔の方も遅れて先客がいたことに気づき、ポカンと見下ろしていた。

誰もいないと思っていた砂場に先客がいたことに驚いているのだろうが、それよりも。

 

「大輔!ダメじゃない、ちゃんと見なさい!」

「ごめーん……」

「アタシじゃなくて、この子らに謝んなさい!」

 

お莫迦、とお姉ちゃんはグーで軽く大輔の頭を叩いた。

弟が何かやらかしてしまった時、それを咎めるのはお姉ちゃんの役目である。

大輔はすぐさまその子に対して謝った。しかしお姉ちゃんと大輔はすっかり失念していた。

ここは日本だ。使っている言語は当然日本語であり、普通の日本人の子どもならハローぐらいは知っているだろうが、基本的に日本語以外の言葉に馴染みなどない。

だが大輔とお姉ちゃんが使っているのは、英語だ。

だから英語で帰ってきたゴメンという言葉に、2人がキョトンと首を傾げるのは、当然だった。

2人は、男の子と女の子だった。

2人は、とても対照的だった。

男の子の方は、青みがかった黒髪がフェイスラインを隠すぐらいの長さで、一瞬女の子だと思ってしまった。

女の子の方は短く切られた焦げ茶が男の子のようだったのだが、ワンピースを着ていた。

 

「………」

「………」

「……えー、と…ごめん、ね?」

 

自分が喋っている言語と、相手が知っている言語が違うと気づいたお姉ちゃんは、慌てて日本語で謝罪した。

大輔よりは知っているとは言え、お姉ちゃんも日本語より英語の方が使っている期間が長いし、下手をすれば目の前にいる2人よりも単語同士を文として繋げることができないかもしれない。

こんなことなら、お母さんたちからちゃんと日本語教わればよかった、と今更ながらに後悔した。

だってまさか日本に来るなんて思ってなかったし、と心の中で言い訳じみたことを考えていると、ようやく女の子が小さな声で平気、と答えた。

男の子の方も、女の子が口を開いたのと同時にはにかみながら頷く。

お姉ちゃんはほっと胸を撫で下ろす。

 

「けが、ない?」

「うん」

 

じ、と男の子と女の子はお姉ちゃんと大輔を交互に見やる。

ここら辺では見かけない2人だから、興味を抱いているのだろうか。

それとも2人が聞き慣れない言葉を喋っているから、不思議に思っているのだろうか。

どちらにしても、このまま何も言わずにただ見つめ合っているこの状況は、非常に気まずい。

どうしたものか、とお姉ちゃんが苦笑しながら考えあぐねているのを、大輔は容易に裏切っていく。

 

「あそぼっ!」

「………?」

 

沈黙に耐え切れなくなったのか、大輔が少し強気な口調で2人に言った。

しかし英語なので、2人は大輔が何を言っているのか分からず、またしても首を傾げる。

お姉ちゃんが代わりに通訳する。すると2人は、一瞬驚いたような表情を見せた。

しかしすぐに2人して可愛らしい笑顔を浮かべ、同時にこくんと頷いた。

そして女の子は、はい、と手にしていたものを大輔に手渡す。プラスチックのシャベルだった。

受け取った大輔は、早速と言わんばかりに砂を掬い上げ、大輔が崩してしまった砂の山に積み上げていく。

女の子は大輔が積み上げた砂を手でパンパンと固めて、男の子の方はバケツに砂をいっぱい入れてから砂山の近くにひっくり返した。

そろそろと引き抜くと、綺麗なバケツの形の砂が出来上がる。

ただひたすら、山のように積み上げていくだけの単調な作業なのに、3人は楽しそうだ。

同じ日本人でありながら互いに喋る言語が違う、育ってきた環境も国も違うというのに、3人はそんな壁などお構いなしのようだった。

まるで昔から知っているような、奇妙な感覚。

砂遊びに飽きた3人は、今度は滑り台の方へと走って行く。

散らかしたままの砂遊びの道具を、お姉ちゃんがバケツにまとめて、一緒に持って行った。

滑り台の階段を駆け上がり、一気に滑り降りていく大輔と、その後に続く男の子。

女の子も、モタモタとしながらも大輔と男の子についていって、ゆっくりと滑り台を滑っていった。

甲高い悲鳴のようなものを上げながら、3人は何度も滑り台を滑り、時々大輔が滑り台を逆に駆け上がって2人をびっくりさせて、お姉ちゃんがこら!って怒る。

ジャングルジム、ブランコ、遊具に飽きて鬼ごっこやかくれんぼなどして遊んだ4人は、いつの間にか夕暮れになっていて、周りで遊んでいた子達がとっくに帰っていたことにすら気が付かなかった。

 

「ありゃ、いつの間に……」

「えー!?もう帰るの!?」

 

つまんない!と大輔はむくれる。

お姉ちゃんももっと遊びたかったけど、丁度その時帰りのチャイムが鳴った。女の子と男の子がそわそわしている。

アメリカでは帰りのチャイムなんて鳴らないから、大輔とお姉ちゃんはびっくりしたけれど、それでも帰らなければならないというのは分かった。

 

「わがまま言うんじゃないの」

「だってー……」

「……あした」

 

頬を膨らませる大輔と、それを宥めるお姉ちゃんの耳に、ぽそりと小さな声が届いた。

声がした方に大輔とお姉ちゃんと男の子は同時に目を向ける。

女の子が一瞬びっくりした顔を見せたが、すぐに可愛らしく微笑んだ。

 

「あした……また、あそぼ…?」

「!うん、あした、あそぼ!」

「……あし、た……うん、あした!」

 

男の子がパッと明るい笑顔を浮かべて、女の子に賛同する。

お姉ちゃんは一拍遅れたが、日本語を理解してお姉ちゃんは拍子抜けした。

旅行とはいえ、明日で帰るわけではない。2週間はここに滞在する予定なんだから、明日も遊べるのだ。

大輔にそう言うと、じゃあいいやとケロッと機嫌が直った。

我が弟ながら現金な奴だ、とお姉ちゃんは苦笑する。

 

「じゃあ、あした」

「うん、あした」

「あした、あおうね!」

 

そう言って女の子は右手の小指を差し出す。

男の子の方は理解して、女の子の指に自分の指を絡ませたが、大輔とお姉ちゃんはその様子を見てキョトンとした。

大輔とお姉ちゃんを置き去りして、女の子と男の子は小指を絡ませた手を上下に振りながら歌を歌った。

日本語の歌で、聞き慣れない歌詞だったために、大輔とお姉ちゃんはそれをぼんやりと眺めているだけだった。

歌い終わると、今度は女の子が大輔に、男の子がお姉ちゃんに小指を差し出す。

頭上に沢山の疑問符を浮かべながら女の子と女の子が差し出した小指を交互に見つめていたら、ずい、と女の子が大輔に小指を近づけてきた。

大輔とお姉ちゃんは顔を見合わせ、2人の真似をしておずおずと自分の右手の小指を差し出す。

2人はそれぞれ、大輔とお姉ちゃんの小指に自分の小指を絡めると、先ほど歌っていた不思議な歌を歌い出した。

日本語の歌詞だったから、意味はよく分からない。

けれど何だか楽しくなってきて、大輔もリズムに乗って訳が分からないまま女の子につられて歌い出す。

ユービキッタ、と最後に紡いで、絡めた小指を少し強く離した。

 

「ばいばい」

「ばいばーい!」

 

ここに来て初めて、知っている単語を聞いた。ばいばい。さようならって意味だ。

公園の入り口で、大輔は遠ざかっていく2人に、腕が千切れるほど強く手を振る。

時々振り返っては、2人の方も控えめではあるが手を振り返していた。

夕焼けに呑まれるように2人の姿がとうとう見えなくなり、大輔は手を振るのを止めた。

 

「……さってと、帰ろっか」

「はーい」

 

まだ遊び足りない、とむくれていた大輔だったが、あしたも遊ぶ約束をしてとってもご機嫌だ。

お姉ちゃんと手を繋いで、調子っぱずれな鼻歌をお姉ちゃんと一緒に歌いながら、2人は伯父さんのマンションへと戻る。

同じような形状のマンションに、お姉ちゃんと大輔は一度迷いかけたが、マンションのベランダからお母さんが大きな声を出して大輔達の名前を呼びながら手を振ってくれたので、何とか帰ることが出来た。

エレベーターに乗り込み、お姉ちゃんが精いっぱい背伸びをして、伯父さんが住んでいる最上階のボタンを押す。

静かなエレベーター内で大輔が落ち着きなくうろうろするから、お姉ちゃんがこらって咎める。

チーン、とエレベーターのベルが鳴って、最上階につく。

扉が開くのも待ち遠しいと、大輔は僅かに開きかけた扉から身体を捻じ込ませるように外へと出る。

待ちなさい、っていうお姉ちゃんの制止を背後からかけられるのも構わず、伯父さんの部屋のインターホンを鳴らした。

 

「お帰り、2人とも」

 

優しい顔をした伯父さんが出迎えてくれた。

部屋の中からいい匂いが漂ってきたから、大輔は目を閉じて鼻をひくひくとさせながら匂いを嗅いだ。

 

「ただいまー」

「いいにおい!きょうのごはんなにー?」

 

お姉ちゃんのただいま、という挨拶を遮るほどの大きな声で、大輔は伯父さんに飛びついた。

お姉ちゃんとお母さんが、ただいまでしょ!と同時に叱りつけるが、伯父さんがまあまあって宥める。

ひょいっと大輔を抱き上げながら、今日はカレーだよと言って洗面所に連れて行った。

お姉ちゃんもちょこちょこと伯父さんの後についていく。薬用石鹸のポンプを押して、掌に液体石鹸を垂らす。

掌を擦り合わせ、泡立たせる。ぬるぬるとした感触が、次第にくしゅくしゅという音を立てて細かい泡が浮かんでは潰されていく。

手をぱちぱちさせながらその感触を楽しんでいた大輔だったが、伯父さんに促されたので水で泡を流した。

伯父さんの家には子供がいないため、子供用の補助器具がない。

同年代の中でも背が低い大輔は、蛇口に僅かに手が届かないので、伯父さんに抱っこしてもらっている。

泡を流しきり、綺麗なタオルで手を拭き、伯父さんに下ろしてもらって、洗面所から走って出て行った。

走らない!とまたお母さんとお姉ちゃんに怒られたのは、もはやご愛嬌だ。

 

 

夕飯まで時間があったから、伯父さんに童謡を歌ってもらったり、一緒に遊んだりしながら、空腹を紛らわせる。

テレビのゴールデンタイムが始まる頃に、ようやくご飯にありつけることになって、大輔は諸手を上げて喜んだ。

大きなお鍋に、お肉とゴロゴロしたジャガイモがたっぷり入ったカレーは、大輔の大好物だった。

小さいくせに大輔は沢山食べる。

子供にしては大盛のカレーを3杯、大人で言えば2杯分はペロっと平らげてしまうのだから、底なしの胃袋は侮れないというものだ。

大きなスプーンにカレーとジャガイモを乗せて、口を大きく開いてカレーを頬張る姿が、大変子供らしかった。

 

「……それでね、あしたもいっしょにあそぼってやくそくしたんだよ!」

 

今日の公園で出会った女の子と男の子のことを、楽しそうに報告する。お姉ちゃんがたまに補足する。

お母さんもお父さんも、伯父さんもニコニコしながら大輔とお姉ちゃんの話を聞いていた。

 

「こゆびをこうやってね、うたうたったんだよ!あれ、なにかなぁ?」

 

お姉ちゃんと自分の小指を絡ませて、再現をした。

大輔もお姉ちゃんも日本語が分からないから、女の子が何と言っているのか分からなかった。

伯父さんは困ったような顔をした。女の子が歌ったのは、十中八九指切りげんまんだろう。

しかしそれを何と説明したものか、と伯父さんは考える。

お姉ちゃんの方はまだしも、まだ4歳で日本語が分からない大輔が、それを理解できるとは思えないし、理解したらしたで、可愛らしい歌とは裏腹の恐ろしい内容の歌詞に、震え上がってしまうかもしれない。

日本の子供が誰かと約束をする時に歌う歌だよ、と表面だけを薄ら教えても、意味を教えて、と言われたらどうしようか、と困り果てていると、飽きっぽい大輔はもう興味が他のことに移ったようで、それ以上は何も追及してこなかった。

伯父さんだけでなく、お母さんとお父さんもほっと胸を撫で下ろす。

 

 

さあ、明日は何をして遊ぼうか――

 

 

同じことを考えているであろうお姉ちゃんと目を合わせて、くすくすと笑いあった。

 

 

 

 

 

 

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