ナイン・レコード   作:オルタンシア

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太陽の咆哮

 

 

 

 

 

 

「あーエライ目にあった……」

 

何とか岸にたどり着いた子供達は、びしょぬれになった服から水気を取るように絞り、息をつく。

ちょっと水を飲んだのか、丈がげほげほ咳き込んでいた。

大丈夫ですかーとヒカリが丈の背中をさする。

 

「あ、ああ…何とかね。」

 

ようやく落ち着いて、丈は苦笑いした。

 

 

クワガーモンに落とされた子ども達を、何とか助けようとデジモン達はそれぞれの特徴を生かして奮闘したが、それで助かったのなら今頃丈はびしょぬれになんかなっていないだろう。

虚しい結果に終わり、まず丈とゴマモンが水しぶきを上げて川に落ちる。

すかさずゴマモンが何か叫び、ゴマモンを中心にカラフルな魚が川の中から飛び出してくる。

それがどんどん広がって、最初に川の中に落ちた丈が助け出された。

魚が密集して1つの筏となったと同時に、子ども達とデジモン達が魚の筏に救出される。

目を白黒させていた子ども達が、助かったのだと安堵したのもつかの間、治が声を張り上げながら崖を指差した。

崖を崩したことで足場が脆くなり、そこにいたクワガーモンも巻き込まれて落ちてきたのだ。

空に飛んで逃げる暇もなかったのだろう。

崩れた巨大な岩と共に川に落下したクワガーモンを見て、ゴマモンは魚の筏を急かす。

だが小さな魚が密集した筏は、ほんの少しスピードを上げただけだった。

距離を離すことが出来ず、落ちた岩とクワガーモンが作り上げた巨大な水の柱が、つかの間の雨となって子ども達に降り注いだ。

 

「あ!」

 

太一の声が漏れる。大きな波が立ち上がって、太一達に襲い掛かってきた。

振り落とされまいと、子ども達は魚の筏に腹這いになって、必死にしがみ付く。

多少ぬるついているのは、この際我慢した。

ざっぱーん、と立ち上がった波によって岸に打ち上げられた子ども達は、今に至る。

魚の筏のお陰で服は多少水を被ったぐらいではあったものの、真っ先に落ちた丈は誰よりもびしょぬれだったので、丈の服が乾くまで休憩することにした。

樹の陰に隠れて、丈は脱いだ服を限界まで絞って水気をとり、日当たりのいい場所に置く。

下着までびしょぬれになってしまった丈は随分葛藤していたが、せっかく服が乾いても下着が濡れたままだと意味がないだろう、という太一の至極最もな意見に覚悟を決める。

他の子達は多少服が濡れた程度だったので、お日様の下でじっとしていればすぐに水気は飛んでいった。

へーっくしょん、と樹の陰から情けないくしゃみが聞こえる度に、気の毒に思う。

服を着る、という概念がないデジモン達は丈が服を脱いでどうして樹の陰に隠れているのか、さっぱり理解が出来ない。

ゴマモンが仕切りにこっちに来れば、日が当たらないから寒いんだよ、って丈に声をかけるけれど、丈としては冗談ではなかった。

男だらけならともかく、ここには女子もいるのだ。

何が悲しくて、隠すものが何もない状態で3人もいる女子の前に、裸で飛び出さなければならないのか。

丈は頑としてゴマモンの意見を聞き入れなかった。

 

 

 

小一時間もすれば、これぐらいならまあ我慢できるかな、ぐらいには乾いたので、治に服を持ってきてもらってさっさと着替え、クワガーモンの猛攻からやっと逃れることができたこともあり、気持ちに余裕が出来た丈はふと思い出した。

 

「それにしても何だったんだろう、さっきの魚の群れ……」

『あー、あれ?あれはね、マーチングフィッシーズさ!おいら、魚を自由に操ることができるんだー!』

 

白いアザラシが笑顔で誇らしげにそう言った。

礼を言って、姿が先程と違い名前も違っていることに気づいて、丈が口ごもる。

 

『オイラ、ゴマモンだよ!』

「ゴマモン?」

 

白いアザラシ……ゴマモンを筆頭に、姿を変えたデジモン達が次々と自己紹介をする。

アグモンは言った、自分達は“進化した”のだと。

進化ってなぁに、って賢がお兄ちゃんに尋ねる。

うーん、と治は腕を組んで困ったような表情を浮かべた。

 

「生き物の能力とかが、世代を経る中で変化していくこと、なんだけど、普通は……」

「そうですね。変化していく環境に対応していくために、生き物はより高度なものへと進化していきますが……」

 

光子郎も眉を顰めている。

彼らの言った通り、進化と言うのは普通は世代を経て変化していくことを指すのである。

つまり“その世代”自体が変化するのではなく、次世代、次に生まれた子どもに起こった変化を進化と言うのだ。

少なくとも、子ども達の世界での進化の概念はそれである。

しかしどうもここでは進化の概念が少し違うらしい。

アグモンによれば太一のお陰で進化が出来たというのだが、子ども達は何のことやらさっぱりだった。

特に何かした覚えがないのである。

アグモン達が進化した時は、確かにクワガーモン相手に小さな身体で戦うなんて無茶だ、とは思った。

それでも戦うと言い張るデジモン達に、必死に祈ったことだけは覚えている。

何を祈ったのか、どんなことを祈ったのかは分からない。

ただクワガーモンから逃れるだけの力が欲しいと、助けようと必死になってくれているデジモン達が怪我をしませんようにと、子ども達の頭の中はそれだけで一杯だったと思う。

よく分かんないなあ、って大輔は上級生達の話から興味を失くして、自分のパートナーであるブイモンを見やる。

チビモンの面影を持ったブイモンは、チビモンだったころは顔周りまで白かったのが、口元だけになっている。

庇護欲をそそっていた可愛らしくて小さかったチビモンが、今や大輔と同じぐらいだ。

両手でブイモンの顔をペタペタと触れば、くすぐったい、とブイモンは身をよじりながら笑う。

ああ、そう言えば。

 

「さっきの、カッコよかったなブイモン!」

『?さっきのって?』

「クワガーモンにキックした時だよ!えっと、パルモン?の蔓の上走ってった時はビックリしたけど、その後ぴょーんってジャンプして、キックしてただろ!」

 

すっげーカッコよかった!って大輔ははしゃぐ。

褒められているのだと気づいたブイモンは、えっへんって胸を張った。

 

「……まあ、それはひとまず置いておこう。それより、これからどうする?」

 

どうして姿が変わったのか、何故それが子ども達のお陰なのか、子ども達にもデジモン達にも分からない今、これ以上議論しても仕方がないと判断した治は、話題を変えた。

 

「元の場所に戻ろう!大人達が助けに来るのを待つんだ!」

 

そう言ったのは、丈だった。

迷子になった時、大人とはぐれた時は、すれ違いにならないようにその場でじっとしているのがセオリーである。

クワガーモンのせいでだいぶ彼方此方走り回ってしまった挙句、崖から落とされ川に流されてしまったが、元いた場所まで戻るべきだと、丈はそう主張したが……。

 

「……戻るって言ったってなぁ?」

「随分流されちゃったわよ?」

 

太一と空がそう言って自分達が流された川の向こうの聳え立つ山を見上げた。

自分達が何処にいたのかも、最早覚えていない。

クワガーモンに追いかけられてあっちへこっちへ走り回って、落ちた川は何度も蛇行して、方向感覚も狂ってしまっている。

戻るなんて言葉では簡単に言うが、どうやって戻るというのか。

考え込んでいた治が口を開いたのは、その時だった。

 

「……思ったんだけど、ここってキャンプ場の近くじゃないんじゃないか?」

「え?」

「いや、もっと言うと日本ですらない、むしろ地球ですらないんじゃないかと、僕は思う」

「お、治何言ってるんだい?」

 

顎に指をかけるその姿は様になっており、まさしく天才少年に相応しい佇まいだった。

しかしいきなり突拍子もないことを言い出した治に、丈だけでなく他の子ども達も狼狽えていた。

治ほどの天才少年が、いきなり日本でも地球でもないと言い出したのだから、無理もないだろう。

 

「治先輩、一体どういう……?」

「ん?簡単さ。まず周りの景色。キャンプ場の山は岩肌なんかじゃなかった。生えている樹も亜熱帯の植物みたいだなぁと思ったけれど、近くで見てみると微妙に違ってたし、何よりこの子達の存在が、ここは日本どころか地球じゃないって教えてくれた。趣味で生き物図鑑をよく眺めていたけれど、どの図鑑にもこの子達の姿はなかったし、新種だとしたらテレビで大々的に報道されているけれど、そんな特集見たことあったかい?異世界だって考えた方がずっと自然だよ」

「……確かに」

 

小学5年生とは思えない理路整然とした、それでいて分かりやすい説明に、狼狽していた子ども達はすとんと腑に落ちた。

自分達の名前を知っている不思議な生き物と出会い、子ども達の3倍はあるクワガタに追いかけられて、色々と追い詰められかけていたが、少なくともここが自分達の知っている場所ではないということが分かっただけでも、大きな収穫である。

だってそうだろう、デジモンと名乗る不思議な生き物が自分達のいる世界に存在しているなんて、考えたくない。

治の説明により、落ち着きを取り戻した丈も、徐々にだが現実を受け入れ始めたようだ。

 

「治の言う通り、本当にここが異世界だとしたら……どうすればいいんだ?」

「そこですよねぇ……」

「助けを求めるには絶望的な状況だよなぁ……」

 

デジモン達を見下ろしながら、丈、光子郎、太一が言った。

治の言葉により、ここは日本どころか地球ではないのではないか疑惑が浮上している今、まずは何をすればいいのかすら分からない。

遠出した先で迷子になった時とは訳が違うのだ。

デジモンという未知の生物がいる時点で、ここは自分達の世界ではないことは明白、大人達どころか人間がいることすら怪しくなってきたのに、助けなど期待するだけ無駄なのは、大輔やヒカリでも分かった。

ならば自分達がここにいる手がかりでも見つからないか、丈は再度元の場所に戻ることを提案してみたが……。

 

「い・や!さっきみたいのにまた襲われるかもしれないのに、冗談じゃないもの!ねえ、パルモン、さっきみたいの、まだいる?」

『いるわよ?』

「ほらぁ!却下よ、却下!」

 

ミミが喚くが、正論でもある。

デジモン達が進化して強くなってくれたとは言え、先程クワガーモンから逃れられたのは殆どラッキーな状況だ。

聞けば、クワガーモンはあの辺を縄張りにしていて、コロニーのようになっているらしい。

本能の塊であるクワガーモンはその巨体に違わず凶暴で、見かけたらまず逃げろが合言葉だったそうだ。

 

「うーん、そうか。リスクはなるべく犯したくはないな……」

「そうねぇ……」

 

そう言った治と空の視線の先にいるのは、最年少の2年生3人組である。

賢は治の傍らでキョトンとお兄ちゃんを見上げているし、大輔とヒカリはそれぞれのパートナーとじゃれ合っていた。

微笑ましい光景に、思わず2人の頬が緩むも、癒されている場合ではない。

庇護の対象である2年生が3人もいる中、凶暴なクワガーモンの巣に突撃するほど子ども達も莫迦ではなかった。

上級生の心は1つである。

 

「他に何か手がかりはないのかい?」

「……そう言えば、ピヨモン。ここ、ファイル島って言ってたわよね?」

『?うん、そうよ!ここはファイル島!ピヨモン達が育った島!』

 

自己紹介してもらった時に、まだピョコモンだったピヨモンがここが何処なのかを教えてくれたことを思い出した空が言った。

まだ小学5年生で、世界地図を覚え始めたばかりの空は、何処か外国の島にでも飛ばされたのだろうか、とその時は思っていたが、治の結論によりここが日本どころか自分達が知っている世界ではないことが判明したため、更に地理が分からなくなってしまった。

ピヨモン達は当たり前のように認識しているようであるが、不安は打ち消されるどころかますます大きくなっていくばかりである。

 

「島かぁ……絶海の孤島だったらまずくないか?」

「孤島なのかはどうか分かんねーけど、海ならさっき見えたぜ。行ってみるか?」

 

治の不安を打ち消すように、太一が言った。

何事も慎重な治に対し、まずはやってみようがモットーの太一である。

不安なら確かめればいいじゃないか、と笑う太一に、それもそうだなって治は苦笑した。

そもそも他に当てはない。ここが異世界だと分かった以上、太一達のような人間がいる可能性は限りなく低いのだ。

何をすればいいのか、どうすればいいのか途方に暮れていたところに差し込んだ、一筋の希望を逃してはならない。

 

『……ダイスケェ、お話終わったみたいだよ?』

 

上級生達の議論に飽きてブイモンと遊んでいた大輔は、太一達が動き出したので慌ててヒカリを呼ぼうとして、ふと視線を感じた。

じいいいいっと大輔を食い入るように見つめている、1つの陰。

さっきっから感じてはいたけれど、敢えて無視していた大輔は、とうとう耐えきれなくなって半目になってそちらに目を向けた。

 

「…何か用?」

 

これから始まるであろう大冒険の仲間に向かって、何か用?はないだろうに、大輔はその視線をずっと無視していた気まずさからか、ちょっと他人行儀に陰に尋ねた。

同じくプロットモンに促され、ヒカリが大輔の下に来たのはその時である。

ようやく気付いてもらえたからなのか、ぱっと笑顔を見せながら陰……賢は大輔に話しかけた。

 

「あ、あの、えっと、僕、賢!二年生なんだ!本宮くんと八神さん……だっけ?よかったら友達になろうよ!」

 

さっきっから一体何の用で大輔達を見つめていたのかと思えば、友達になってほしい宣言に、大輔とヒカリは呆気にとられた。

無理もない、大輔達はこのメンバーの中では最年少だ。

これから先どうなるのか上級生ですら手探り状態の中、どうしたって下級生の彼らは置いてけぼりになってしまう。

庇護の対象として見られている彼らは、上級生達の難しい議論にすぐ飽きてしまうだけでなく、彼らを不安にさせてはいけないと躍起になって、上級生達の議論に混ぜてもらえない可能性が非常に高い。

 

「おう、いいよ!よろしくな。俺のことは大輔でいいから」

「私も、ヒカリでいいよ」

「じゃあ、僕も賢で!」

 

えへへーって笑顔全開の賢に、つられて笑う大輔とヒカリ。

よく分かんないけど、パートナー達が嬉しそう、ってブイモン達もニコニコしていた。

 

「君達、自己紹介もいいけど、早くおいで。置いてかれるよ」

 

自己紹介が終わったタイミングを見計らって話しかけてきたのは、賢の兄・治である。

弟と同い年の子達との交流を邪魔したくなかったのだろう。

先に行ったと思っていたのだが、殿を歩くつもりだったようで、賢達の会話が終わるのを待っていたようだ。

 

「ああ、すみません!みんな、行こうぜ!」

「ああ、待ってよ、大輔くん!」

「走んないでー!」

『ダイスケェ!置いてかないでよぉ!』

『ヒカリィ!』

『うわーん、待ってぇ!』

「……フフフ」

 

元気だなぁって治は苦笑しながらも、暖かい眼差しを弟達に向けながら、ガブモンを伴って歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穏やかに流れる川に乗って、ゴマモンが泳いでいる。

見た目通りの海洋生物であるゴマモンは、陸を歩くのに適した身体ではない。

抱っこしてやろうか、って警戒心を解きつつある丈が申し出てくれたけれど、ゴマモンは泳ぎたいらしく、川のないところでお願いしていい?って断った。

快く引き受けてくれた丈に笑顔を返し、ゴマモンは川に飛び込んだ。

気持ちいいかーって大輔が尋ねたら、ダイスケも泳ぐ?って返ってきたので遠慮しておいた。

さっき川に落ちたばっかで、ようやく服が乾いたところなのに、またびしょぬれになるのはごめんである。

 

「ねぇねぇ、ヒカリちゃんて太一さんの妹なの?」

 

上級生達がここは何処なのか、デジタルモンスターとは何なのかっていう議論をしている間、賢は早速友達になったばかりのヒカリに話しかける。

 

「うん、そうだよ。太一は私のお兄ちゃん。」

「そうなんだー。苗字が一緒ってことは、パパとママはリコンしてないんだよね?いいなー、お兄ちゃんとずっと一緒にいられて」

「……治さん、リコンしたって言ってたけど」

 

リコン、が何なのかはよく分かってはいないが、それでもデリケートな話題であることは大輔にも分かった。

あの太一がちょっと気まずそうに治と賢を見ていたし、あまり触れてはならぬ話題であることは明白だった。

しかし当の本人である賢は、苦笑いを浮かべてはいるものの、こちらの気まずさなど気にしている素振りを全く見せない。

 

「うん、リコンしちゃったんだぁ、パパとママ。僕がまだもっと小さかった時に」

「……それで、別々に暮らしてるの?」

 

お台場小学校の中で、1番仲のいい兄弟姉妹は誰だと生徒に聞けば、間違いなく誰もが八神兄妹だと答えるだろう。

猪突猛進を体現していて、気に食わなければ上級生や先生にだって平気で食ってかかるサッカー部のキャプテン・太一も、妹のヒカリにはデレデレである。

兄妹喧嘩もしたことがないし、しているところを見たこともない。

それぐらいお兄ちゃんが大好きなヒカリにとって、離れ離れで暮らすなんてとても想像できないだろう。

考えただけでもヒカリは泣きそうになっているのだから、実際にその状況に置かれている賢の心情は如何ほどに。

 

『ケンー、リコンて何?』

 

パタモンが無邪気に聞いてきた。聞いたことのない単語を、大好きなパートナーが喋っているということで、興味も一押しである。

それが残酷な質問だなんて知らずに、パタモンは賢が答えてくれるのを待っていた。

しかし大輔もヒカリも、そして当事者である賢も、幼い故に離婚と言う言葉の意味をよく知らない。

だからお兄ちゃんが分かりやすく教えてくれた言葉を、そのままパタモンに教えてあげた。

 

「うんとね、親が喧嘩しちゃって、離れちゃうことだよ。だから僕とお兄ちゃんは兄弟だけど、離れ離れなんだ」

『そうなんだー』

 

寂しい?ってパタモンは遠慮なしに問う。

ちょっとだけ、って賢は悲しそうに笑う。殿を歩いている治が、それを聞いていることなど気づかずに。

デジモンに親や兄弟姉妹という概念がないと知るのはずっとずっと後のお話なのだが、そんなこと大輔達は知る由もない。

 

『……ねぇ、ブイモン』

 

足の早い上級生達の後を追うのに必死に足を動かしながらも、お喋りを楽しんでいるヒカリ達と、殿を歩いてる治とガブモンに気づかれないように、プロットモンはパタモンを挟んで真ん中を歩いているブイモンにそっと話しかけた。

 

『何?』

『……さっき、大丈夫だったの?』

『何が?』

 

眉を顰めながら訪ねてくるプロットモンの意図が分からず、ブイモンはキョトンとする。

……気づいていないのか、それとも忘れているのか。

プロットモンの表情はますます渋いものとなった。

 

『さっきはさっきよ……()()()()()()()()()()()()()()()()の?』

『っ……!』

『あ……』

 

ようやく合点がいったブイモンは、立ち止まってしまった。

隣を歩いていたパタモンも同様に。

だからすぐ後ろを歩いていた治とガブモンは、ぶつかりそうになって慌てて立ち止まった。

 

「……っと、どうしたんだい?」

『何かあったの?』

『……へ?あ、ああ、ごめん。何でもない』

 

背後に治とガブモンがいることをすっかり忘れていたブイモン達は、頭を振って誤魔化した。

何でもないようには見えないのだが、治が追及する前にブイモン達は歩き出してしまったので、挙げかけた手は行き場をなくす。

 

「………………」

 

しばらく宙を彷徨っていた手だが、治はやれやれと肩を竦めてまたズボンのポケットに突っ込むと、徐に歩き出した。

 

『……いいの?聞かなくて』

「ガブモンは何か知っているのかい?それは、僕が聞いたら答えてくれるのかい?」

『……え、っと』

「おや、その様子だと知っているみたいだね」

 

ガブモンの気まずそうな表情を見抜いて、治は笑う。

しまった、とガブモンは口を隠すように両手で抑えた。

器用とは正反対の性格であるガブモンでは、上手く誤魔化すことが出来ない。

どうしようどうしよう、としどろもどろになるけれど、治はそれ以上何も聞いてこなかった。

ガブモンの頭上に沢山の『?』が浮かび、治を見上げると困ったような笑みを浮かべる。

 

「向こうが話したくなったら、話してくれるだろう?こういうのは無理やり聞き出したってよくないからね」

『……そう、だね』

 

ほ、とガブモンは胸を撫で下ろした。

知らないのか、と聞かれたら嘘になるが、これはブイモンの問題なので、自分が言うべきことではないのである。

大輔に対するブイモンの様子から多分大丈夫なのかな、とは思っているが飽くまでも“多分”、“だろう”に過ぎないので、下手なことは言えない。

治が追及してくるタイプでなくてよかった、とガブモンは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海が、見えてきた。

 

 

 

 

さて、皆さまは不条理という言葉の意味をご存じだろうか。

不条理とは筋道が通らないこと、また道理に合わないことという意味である。

人間社会で生きていくためには、ガチガチに凝り固まった常識とルールに縛られなければならない。

目上の人には敬語を使うとか、自分が悪くなくても頭を下げなければならないことがあるとか、周りに合わせるために空気を読まなければならないとか、とにかく肩が凝るような思いをしなければ、一人前と認めてもらえないのである。

だから自分の常識に当てはまらないものは、人は断固として認めない。

そうすると自分が今まで信じていた世界が音を立てて崩れてしまうからだ。

人は脆く、壊れやすい。

だから太一達は、浜辺に当然のように建てられている電話ボックスを見て、唖然とするのだった。

 

 

 

川沿いを歩いてしばらくすれば、見えてきたのは切り取られた森の向こうに広がる大海原。

風に乗って漂ってきた潮の香りに子ども達は顔を見合わせ、眼前に広がる海へと走り出した。

そして、唖然となる。

柔らかい砂浜に不自然なぐらいに自然に鎮座している、複数の電話ボックス。

電話線は何処だとか、電気はどうやって引いているのだとか、そんな常識はとっくの昔に捨て去ってしまった。

だってここは異世界である。自分達の世界ではないのである。

扉を開けて、中に入ってよく観察してみれば、近所によくあるタイプの電話であることはすぐに分かったけれど、デジモンという自分達の世界ではまず見ない生き物がいる時点で、太一達がこれまで培ってきた常識など到底通用しない場所であることは明白であった。

ここでは自分達の世界の常識など、一切通用しないのである。

だが、非常識の中で探し当てた常識が目の前にあるのなら、それに縋ってみたくなるのは当然だ。

少し考えて、太一はポケットをまさぐり、小銭を探した。

 

「太一さん、何しているんですか?」

「ん?いや、電話かけてみようかと思って」

「そんな、よく見るタイプの電話ボックスとは言え、通じるかも分からないのに、よくもまあ臆せずそんなことができるな……」

「いいじゃないか、太一らしくて。僕らもかけてみよう」

 

無事10円を発見した太一は、コインの挿入口にお金を入れて受話器を取り、自分の家の電話番号に当たる数字をぽちぽちと押した。

そんな太一を見た他の子ども達も、空いている電話ボックスへと向かう。

ぷるるる、と鳴る電話の向こう。がちゃ、と受話器が取られた音がしたので、太一は電話口の向こうにいるであろう母親を想定していたのだけれど。

 

「…何だこれ」

「お兄ちゃん?どうしたの?」

 

兄の行動を見守っていたヒカリが問いかけると、太一は首を振った。

どういうことだろう、って思っていると、太一は無言でヒカリの耳元に受話器を持って行った。

そして、理解した。どうやらこの電話は使えないらしい。

だって電話口から聞こえてくるのは、総てでたらめな情報ばかりなのだ。

午前35時?明日の天気はアイスクリーム?電波、超音波?

他のメンバーも首を傾げていた。

 

「……大輔くん、どう?」

「ダメ」

 

空がかけた後の電話を使わせてもらい、大輔もお家の電話番号を押してかけてみたけれど、出てきたのはお姉ちゃんではなく、機械的な女性の音声であった。

治お兄ちゃんがかけているのを傍らで見守っていた賢が、大輔に尋ねてきたから、肩を落としながら首を振る。

そっかぁ、って残念そうな表情を浮かべて、お兄ちゃんにその旨を伝えた。

お姉ちゃんが出なかった、と言う事実に打ちのめされて大輔は見るからにシュンとなってしまう。

受話器を置いて、ぐるりと子ども達を見渡した。

尊敬しているサッカー部の先輩が4人と、お姉ちゃんと同じ学年で同じクラスの先輩、接点が少ない4年生の先輩と、学校で一番仲のいい同い年の女の子と、友達になったばかりの男の子。

はあ、と無意識に溜息が漏れる。

 

『……ダイスケ?』

「……んぁ?何だよ、ブイモン?」

『何だよって……溜息なんか吐いて、どうしたの?何かあった?』

「……何でもねぇよ。ただ電話に誰も出なかったから、がっかりしただけだ」

 

嘘である。いや、誰も出てくれなかったことはショックではあったが……それだけではないのだ。

大輔はもう一度子ども達の方を見やる。

視線の先にいたのは、太一とヒカリ、そして治と賢。

不安そうにしているヒカリと賢を、それぞれのお兄ちゃん達が笑顔を浮かべて大丈夫だよって安心させようとしているのが分かる。

太一はヒカリの頭をわしわしと撫でて、治は腰を落として賢と目線を合わせていた。

……もう一度、溜息。

 

「大輔?大丈夫?」

 

は、と我に返って顔を上げると、心配そうに大輔を見下ろしている空がいた。

電話を交代してもらった時、太一の下に行って何か話し合いをしていたのに、いつの間にかその話し合いが終わっていたようだ。

慌てて何でもないですって誤魔化して、どうしたんですかって尋ね返すと、一旦休憩することになったから、あっちに行きましょう、って空が指さす先には、少し小高い崖のようになっている個所。

子ども達とデジモン達がそこで一塊になって座り込んでいる。

ぼんやり考え込んでいたせいで、自分だけ出遅れたようだ、と大輔とブイモンは慌てて子ども達の下へと駆け寄って行った。

そして気付く。あれ?

 

「丈さんは?」

「あそこ」

 

遅れてやってきた空が電話ボックスの方を指差しながら答える。

振り返ってみれば、そこには諦めずに知っている番号に片っ端からかけては、がっかりしている丈の姿。

ここは自分達のいた世界ではないのではないか、という結論が出たばかりなのに、自分達が見知ったものを目にしたことで、諦めかけていた希望が再びわき上がってしまったと思われる。

凄い執念だと思うと同時に、一体どれだけの電話番号を覚えているのだろうかという疑問も浮かぶ。

そもそも電話が通じたとして、何をどう説明するつもりなのだろうか。

異世界に迷い込んだから助けに来てくれとでも、言うつもりなのだろうか。

子どもの悪戯で片付けられて終了なのは目に見えている。

結構しつこい性格してますね、とのたまったのは光子郎だった。

 

「……さってと、どうするかね?」

 

いつまでも電話をかけ続けている丈を見飽きた太一が、口を開いた。

見渡す限り海の向こうを単眼鏡で覗いた太一曰く、近くに他の島や大陸は見当たらないらしい。

アグモン達の言う通り、ここが島であるという疑惑が一気に浮上したところで考えることを放棄した太一達は、それよりも次のことを考えなければならなかった。

電話は使えない、海の向こうは何もない、ならば次に取る行動は、何だろうか。

 

「うーん、こっちからの電話が通じない、ってことは、向こうからかかってくる可能性も低いだろうなぁ……」

「せっかく手がかりになるかと思ったのにね……」

 

太一達の会話を聞きながら腹減ったな~と、大輔はさっきからぐるぐる鳴っているお腹を押さえる。

それを聞き逃す治や空ではない。お腹空いた?って空は大輔だけでなくヒカリや賢にも尋ねる。

どうする?どうする?って大輔達は互いの顔を見やった。

正直に答えていいものか、考えあぐねている様子の大輔達に、遠慮しなくていいんだぞって治が口を開こうとしたら。

 

 

「もーう、私疲れた!お腹空いた!何か食べたい!」

 

 

それより先にミミが喚いた。空が苦笑しながら宥める。

でもミミが先に言ってくれたお陰で、大輔達もちょっとだけ我儘が言えた。

 

「俺も腹減ってきたっす……」

「私も……」

「僕も……」

「だよなぁ。お昼まだ食べてなかったもんなぁ」

 

項垂れているミミと2年生ズを見て、太一が呟いた。

そう言えばキャンプのカレー、まだ作っている途中だった。

口の中がすっかりカレーになっていたのに、急に季節外れの吹雪に見舞われて、みんなで吹雪が止むのを待っていたら、訳の分からない世界に飛ばされたのだ。

理不尽にもほどがある、せめてお昼ご飯を食べてからにしてほしかった。

 

「じゃあ、各自持っているもの、確認しましょうか。みんな何持ってる?私が持っているのはこの……あら?」

 

空が腰にかけているポーチに手をかけた時のことである。

ポーチのベルトに触れた際に、何か違和感を覚えた空はそれを手に持った。

それは、オーロラから降ってきた、あの白い機械だった。

いつの間に、って呟く空を見て、他の子ども達もそれぞれの身体をまさぐって、白い機械を手にする。

オーロラから降ってきたそれを手に取った時、子ども達は立ち上がった波に飲まれたのだ。

所謂、総ての元凶である。これのせいで自分達はこんな訳の分からない世界に飛ばされたのだと、半ば八つ当たり気味にその機械を見下ろしていたが、光子郎の腹の虫が鳴る音によって中断された。

 

『……………』

「……ん?どうした、ブイモン?」

 

空がポーチから救急用セットやソーイングセットを取り出している。

光子郎は背中に背負っていた細い鞄を降ろし、パソコンやデジカメや携帯電話を取り出して太一に突っ込まれていた。

そんな光景を横目で見ながら、手に持った白い機械をズボンにつっかけようとして、大輔は視線を感じる。

隣に座っていたブイモンが大輔が持っている機械を見下ろしていた視線だった。

 

『……なー、プロットモン、パタモン』

 

食い入るように見つめているから、大輔はどうしたのかと尋ねるけれど、ブイモンは答えない。

仕切りに首を傾げ、顎に人差し指を添えて、目を閉じて何かを考え込んでいる。

大輔の両隣に座っていたヒカリと賢の傍らにいるプロットモンとパタモンを呼びかけると、2体も似たような表情をしていた。

 

『……俺達、なーんか忘れてる……?』

『アタシもそんな気がしてる……』

『ボクも……』

 

うんうん唸るパートナー達に、大輔達は互いの顔を見合わせた。

眉を顰めて考え込んでいる間にも、お話は進められている。

治も食べ物は持っていないことを申し訳なさそうに告げたが、弟の賢が背負っていた鞄を降ろして、お菓子を取り出した。

やったー、ってミミは見るからに喜んでいる。

腹を満たすには心許ないだろうが、ないよりはマシだ。

ミミも肩にかけていたバッグから、無断で持ち出してきた父親のキャンプセットを次々取り出していく。

サマーキャンプと言えど、一通りの道具等は大人達が用意したり、キャンプ場の施設で借りれたりするから必要ないのだが、これから予想されるサバイバル生活において、重要な役割を担うことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水柱が立ち上がる。

 

電話をかけ続けていた丈の非常食バッグを目敏く見つけた太一の号令により、今日のお昼は決定した。

元々はミミが管理していなければならなかったのを、届ける途中で異世界に飛ばされたのは不幸中の幸いと言えよう。

丈の言葉によりミミと同じ班だったことが判明した非常食バッグの中身は、1日朝昼晩の3回が3日分の6人用。

6×3×3という簡単な計算式で54食、それを9人の子ども達で分けると2日分。

だがデジモン達も含めれば1日分、つまり今日の分しかないことになる。

賢が持ってきたお菓子があるとは言え、それだって無限ではない。

さてどうしたものか、と悩んでいると、デジモン達は自分達で探すからいいと自らそれを辞退した。

子ども達と会うまで、ずっとそうして生きてきたから必要ない、そう言ったのである。

見るからに喜ぶ丈を尻目に、太一は勝手に非常食の1つを手に取って、アグモンに幾つか食べさせてしまっていた。

丈が慌てて止めるも、別に少しぐらいいいじゃないか、と元来の適当な性格を露呈させる太一に、最早呆れるしかない。

太一とアグモンはそれ2人で半分こしろと、という治の判決によって場が収まり、丈によって非常食が分配される。

それを見届けたデジモン達は、それじゃあ自分達も行こうか、って各自動こうとした時だった。

 

 

最初に気づいたのは、海を漂っていたゴマモンだった。

海水の流れの異常に気付いたゴマモンは、身を起こして海原を睨み付けている。

他のデジモン達も、砂浜に響き渡る波に混じって聞こえた微かな音、それからピリつくような敵意や殺気を肌で感じて、本能的に立ち上がった。

その目は、鋭い。

 

 

砂浜に水柱が聳え立ったのは、その時である。

 

 

驚く子ども達を尻目に、水飛沫がまるで生きているかのように砂浜を走り、電話ボックスを持ち上げえるように吹き飛ばして、破壊してしまった。

打ち上げられた電話ボックスが重力に従って砂浜に落下する。

硝子が砕け散り、鉄骨がひしゃげる。

無残なものとなった電話ボックスの瓦礫の中から、砂浜が突如として山のように盛り上がる。

その盛り上がった山の中から、先端をドリルのように回転させながら大きな大きな巻貝が姿を現した。

 

「なっ、何だアレ!?」

『しもた!シェルモンや!この辺はあいつの縄張りやったんか!』

 

驚愕する光子郎にテントモンが教えてくれたデジモンの名前は、シェルモンと言うらしい。

巻貝の側面の穴からピンク色の本体がにゅるんと出てきて、咆哮を挙げる。

とにかく逃げよう、と先導しようとした丈に向かって、シェルモンは緑のイソギンチャクのようなものが生えている頭部から水鉄砲を繰り出した。

水の勢いで吹っ飛ばされていく丈を見たゴマモンが慌てて駆けつけようとしたが、同じく水鉄砲によって吹っ飛ばされていく。

 

『みんな、行くよ!』

 

子ども達を護るために、アグモンを筆頭にシェルモンに向かって行くが、様子がおかしかった。

アグモンは果敢に炎の弾を吐いて攻めていくのに対し、他のデジモン達は技が不発しているのである。

ガブモンもピヨモンも這い出した炎がぽひゅん、と間抜けな音を出して白い煙が吐き出され、テントモンは電流が足りず、パタモンも吸い込む力が弱まっている。

パルモンの手から蔓は伸びず、ブイモンも何処か疲れているように見えたし、プロットモンの超音波も先程とは比べ物にならなかった。

あれ?あれ?あれ?デジモン達も困惑している。

その隙を逃すシェルモンではなく、頭部から水を噴射させてデジモン達を薙ぎ払ってしまった。

溜まらず吹っ飛ばされるデジモン達に、子ども達は悲鳴を上げながら駆け寄った。

アグモンだけがすぐに起き上がり、再びシェルモンに炎の弾を吐き出す。

頑張れーって太一が応援しているのを見ながら、大輔は倒れ込んでしまったブイモンを抱き起した。

 

「おい、どうしたんだよ!?」

『……ダイスケェ』

「何!?」

 

そして紡がれたのは、

 

 

『腹減ったぁ……』

 

 

情けない声と言葉であった。

はあ?って大輔の目が点になるが、どうやら他のデジモン達も同じ理由らしい。

お腹が空いて力が出ない。何処の頭部があんパンで出来た国民的アニメのヒーローだ。

あれの場合は頭部のあんぱんに異常をきたした場合だけれども。

 

「アグモン!俺達だけで何とかするぞ!」

『分かった!』

 

他のデジモン達は戦えないと悟った太一はすぐさま切り替え、何を思ったのかシェルモンに向かって走り出した。

空が太一の名を呼ぶ。

恐らく、空腹で動けないデジモン達に、シェルモンの狙いがいかないようにするためだろうが、それにしても無茶だ。

身体の大きさが違い過ぎて、アグモンが吐き出す炎でもダメージが入っている様子が見られない。

 

 

それでも太一とアグモンは、引かなかった。

 

 

破壊された電話ボックスの瓦礫から手頃な鉄の棒を手に取った太一は、シェルモンに向かって叩きつける。

莫迦、って治の焦ったような声が飛んだ。

幾ら何でも近づきすぎだ、踏み潰されたらどうする!

案の定、ちまちまとした攻撃をいい加減鬱陶しく思ってきたシェルモンが、怒りの形相を滲ませながら頭部に生えた触手を伸ばし、太一を絡めとった。

ぬめり気のある触手が身体に纏わりつき、ぎゅうぎゅうと絞めつけてくる。

悲鳴を上げる太一の名を呼んだアグモンだったが、成すすべなくシェルモンに押さえつけられてしまった。

どうしよう、どうしよう、って焦りの色が浮かび始めた子ども達に、トドメの水流を放つ。

ぐったりする子ども達と、デジモン達。

太一を絡めとっている触手は、どんどんキツく締め上げる。

みし、と腕の骨が悲鳴を上げた。

 

『タイチィ!』

 

みし、みしみしみし、と骨が絶え間なく軋む。

声を上げる余裕さえ、太一にはなかった。

 

「お兄ちゃん……!」

 

倒れたヒカリが最愛の兄の名を呼ぶが、もう太一にはきっと届いていない。

 

 

──せっかく会えたのに、やっと出会えたのに、こんな、こんなところで、こんなことで、タイチがいなくなるなんて、絶対に嫌だ!

 

 

 

眩い光りが、アグモンから溢れ出た。

 

 

 

アグモンを抑えつけていたシェルモンの身体がひっくり返り、触手に捕らわれていた太一が吹っ飛ばされる。

太一の視界に映ったのは、鮮やかなオレンジ色だった。

青い筋がコントラストのように彩られ、茶色い兜を被った、オレンジ色の恐竜。

 

「また、進化した……?グレイモン……?」

 

大きなシェルモンに負けないぐらい大きな恐竜は、グレイモンと名乗った。

唖然としている太一や他の子ども達を他所に、アグモンだったグレイモンに向かって突進していったシェルモンを、その巨体と腕でがっしりと受け止めた。

太く逞しい脚に力が入り、筋肉が盛り上がって砂浜を抉る。

コロモンからアグモンになった時と同じような高揚感を覚えた太一は、声を張り上げてグレイモンに声援を送った。

 

 

形勢は、一気に逆転した。

 

 

勝負は一瞬だった。不利を悟ったシェルモンは至近距離で水流を放つも、グレイモンは火炎放射を吐いて水流を押し返す。

炎と水がぶつかり合い、凄まじい量の水蒸気が辺りを覆った。

水流の勢いが弱まったところを狙い、グレイモンは頭部をシェルモンの身体の下に入れると、持ち上げるように投げ飛ばした。

すげぇ、とブイモンを抱えていた大輔は息を飲みながら戦いを見守っている。

空中に打ち上げられたシェルモンに向かって、グレイモンはアグモンのそれとは比べ物にならないほどの巨大な炎の弾を吐き出した。

 

 

轟!

 

 

直視できないほどの眩しい炎の塊が、シェルモンに向かって真っ直ぐ伸びていく。

シェルモンに直撃したと同時に爆発を起こし、シェルモンは溜まらず地平線の彼方へと吹っ飛んでいった。

ばっしゃーん、と遠くで水飛沫が上がったのが見えた。

 

「アグモン!」

 

光に包まれたグレイモンの身体が、急速に縮んでいった。

太一が慌てて駆け寄ったと同時に、グレイモンはアグモンに戻っていた。

大丈夫か、って声をかけたら返ってきたのは腹が減った、という力のない声。

太一は苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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