ネタバレになってしまいますが、今回は死ネタ要素が含まれております。
そういうのが苦手な方は、ご注意ください。
前書きをすっ飛ばしてこの先を読まれても、責任は負いかねます。
それでは、どうぞ……。
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8月1日。
それは、全世界の選ばれし子ども達にとって特別な日である。
その昔、世界を異常気象が襲った。
雨が全く降らずに湖が枯れたり、逆に大雨が降って洪水が起こった地域もあった。
雪が降るはずがない地域で雪が降り、曇り空が多い地域では1ヵ月以上快晴の日が続いていたり、とにかくその年の気象は異常であり、日本も例外ではなかった。
気温だけでなく湿度が高いために、常夏の国の出身者でも音を上げる日本の夏。
その夏の8月1日に、お台場から子ども会に参加していた子ども達が保護者に引率されながらサマーキャンプに来ていた。
3日間の工程で行われるはずだったサマーキャンプは、しかし世界中を襲った異常気象により、猛吹雪に見舞われてしまった。
地面が見えないほどに降り積もった雪のせいで、これ以上はキャンプを続行できないと判断した教師や保護者によってキャンプ中止の旨が子ども達に伝えられたのだが、その際行方不明者が複数名いることに気づいた。
吹雪が止み、慌てて探すこと約3時間弱。
子ども会で借りた場所から少し離れた小高い丘にある、古いお堂に行方不明になっていた生徒達はいた。
それが、八神太一を始めとする“選ばれし子ども達”だ。
行方不明になっていた約3時間弱、彼らは彼らの世界とは違う、“デジタルワールド”という場所で仲間達と時に喧嘩をしたり、励まし合ったりしながら大冒険を繰り広げていたなど、当時の大人達は知る由もなく、その時行方不明になった子どものうちの1人が書いた小説を読んで知ったほどだ。
その最初の冒険が終わってから、デジタルワールドは毎年のように人間の世界から可能性のある子どもを選出し、少しずつ理解者を増やしていった結果、太一達が大人になった頃には世界中の人間の下にデジモンがパートナーとしてやってきて、共に暮らしていた。
時を同じくして、デジモンに関するトラブルや事件も増えたのだが、太一達初代の選ばれし子ども達が中心となって解決へと奔走したお陰で、これまで大きな問題には至っていない。
そんな彼らを称えて、8月1日はデジモンの日という祝日になったのは、5年程前だった。
どれだけ忙しくとも、この日だけは絶対に全員で集まろう、と決めてから20年近く経つ。
5年前に8月1日が祝日になってからは、デジタルワールドを訪れる人間も増えたためか、大輔達がデジタルゲートを通ってデジタルワールドに着き、少し開けた場所に行くと彼方此方に人間と、人間と一緒にいるデジモンの姿が見受けられた。
今や増えに増えた選ばれし子どもやパートナーデジモンを持つ人間のお陰で、今更デジタルワールドを支配しようなんて考える莫迦はいない。
ここ数年のデジタルワールドは、本当に平和だった。
時折偶発的に出来たゲートにうっかり足を踏み入れて、現実世界に迷い込むデジモンや逆にデジタルワールドに迷い込んでしまう人間も一定数いたが、そう言った事態に陥った時のシステムも数年前に確立しているので、今や大した問題にはなっていない。
本当に、平和になった。
「……しかし、光子郎さん達もついてないですねぇ」
『せーっかくみんなで久しぶりに逢えるんに、何だってタイミングが悪いだぎゃあ』
楽しそうにはしゃいでいる女の子と、そのパートナーらしき幼年期のデジモンを微笑みながら眺めていた最年少である火田伊織が、苦笑しながら言った。
パートナーのアルマジモンも伊織に賛同している。
「ほーんと!なぁんで今日に限って初代組が全員遅刻なんだか!」
『仕方ないじゃないですか。タイチさんとコウシロウさんは政府とデジ研それぞれの方で呼び出しがあって、ヤマトさんとソラさんは飛行機の遅延、ジョウさんは急患が入っちゃったんですから。……ミミさんは純粋に寝坊したそうですけども』
「わーかってるけどさぁ!」
頬を膨らませながらむくれているのは旧姓井ノ上、現一乗寺京であり、それを宥めているのはパートナーのホークモンである。
今日は1999年に選ばれた元子どもと、2002年に選ばれた元子ども達と集まって、デジタルワールドで1日キャンプをする予定だったのだが、何らかの理由で半数が遅刻をしているのだ。
理由が理由だけに仕方ないのだが、何も今日という特別な日に1999年に選ばれた元子ども達が全員揃って遅刻しなくてもいいのに、ということで京は怒っていたのである。
「まあまあ、京さん。落ち着いて。今兄貴から連絡があって、やっと入国したってさ」
『先にキャンプできそうなところ見つけておいてーって』
そんな京に苦笑いしながら、兄から来たメールを読み上げたのは小説家として名を馳せている高石タケルと、そのパートナーのパタモンである。
仕事の都合でアメリカにいた兄夫妻は、アメリカ経由ではなく日本に帰国してからデジタルワールドに来るというメールを一昨日寄越したばかりだった。
何でアメリカから行かないんだ、というツッコミは入れなかった。
普段はアメリカを拠点としている大輔から聞いた話なのだが、アメリカはデジモンやデジタルワールドに関する法律や規則が日本よりも厳しく、デジタルワールドに行くためには専用のパソコンを使わなければならないそうなのだ。
家庭用のパソコンからデジタルワールドに行くことは禁じられており、また専用のパソコンを使う際にも高額の料金を払わなければならない。
しかもそれはアメリカ国籍を持った者に限ってのことであって、外国籍の者が専用のパソコンを使うためには面倒な書類手続きをしなければならないとのことだ。
それは選ばれし子どもとて例外ではないそうで、兄夫婦はそれが面倒で、用事を急いで片付けて日本に帰国してデジタルワールドに行くことを決めたそうだ。
兄貴らしい、と苦笑していたタケルだったが、ふと違和感を覚えた。
何か物足りない気がしたのである。
何だっけ、と考えながら辺りを見渡して、やっと分かった。
タケルの視界の先には、タケルに背を向けて何処か遠くを見渡しているらしい大輔の姿があったのだ。
こういう事態が起こると、京と一緒に真っ先に騒ぎ出すはずなのに、会話にすら参加せずに静かに佇んでいたのである。
大輔だけではない、京が騒ぐとジョグレスのパートナーだったヒカリや、夫である賢が真っ先に反応するはずなのに、今日に限って2人とも何故か大人しい。
いや、2人とも普段から大人しいが、何と言うか、普段の大人しさとは何か違っていた。
タケルは2人にも視線を向ける。
ヒカリは、大輔と同じように何処か遠くを見てぼーっとしているし、賢は京のすぐそばにいるはずなのに、何故か止めることも宥めることもせずに、少し目を伏せていた。
「……大輔くん、どうかした?」
せっかくの記念日だと言うのに、様子のおかしい3人が目についてしまったタケルは、とりあえず近くにいた大輔に声をかけてみた。
らしくなく、ぼーっとしていたらしい大輔は、いきなり声をかけられたことで何処かへ行っていた心が引き戻されたようにびくりと肩を震わせる。
「お……おう、タケルか。何だ?」
「いや、何だじゃなくて。ぼーっとしていたみたいだけど、大丈夫?もしかして具合悪いとか……?」
「そーんなわけねーじゃんか!俺はいつも元気だよ!」
力こぶを作るように右腕を曲げて、二の腕に左手を添えながら笑顔でそう言った大輔だったが、その笑顔が何処かぎこちないような気がして眉を顰める。
両親の離婚という経験から人の顔色を常に伺い、他人の気持ちに敏感になっているタケルは大輔が何か隠していると早々に見抜いてじっと彼を見つめる。
「あーもう、全く。京はいつまで騒いでんだよ。周り見ろよ、注目浴びてんぞ」
「えっ!?やだ、恥ずかしい!」
「へー、お前にも一応恥ずかしいっていう感情あったんだ」
「どういう意味よー!」
『ミヤコさん!』
しかし大輔はタケルから目を逸らし、未だむくれて騒いでいる京に揶揄いの言葉を投げる。
大輔の言葉にカチンと来た京は掴みかかろうとして、ホークモンに強い口調で止められた。
どうしていつもそんなに落ち着きがないんですか大体貴女はですね……とホークモンの説教という名の愚痴大会が始まりそうになったので、伊織とアルマジモンで何とか宥めて、ヤマトに言われた通りにキャンプをする場所を決めるために歩き出した。
その際、未だにぼーっとしていたヒカリと賢に声をかけると、大輔の時と同じように肩をびくりと震わせて、ようやく我に返ってくれた。
大丈夫?とタケルは尋ねるも、大輔と違って自分の気持ちはあまり素直に打ち明けず、隠してしまうことが多い2人は曖昧な微笑みを浮かべるだけだった。
今更になって思う、ここでちゃんと問いただせばよかったと。
無理にでも聞きだせばよかったと。
後悔ばかりが、胸を締め付ける。
ピロン、という電子音が鳴り響く。
大輔達はヤマトに言われた通り、今日のキャンプ地を探すためにああでもないこうでもないと話し合いながら、エリアをうろうろしていたところだった。
空を見ると、ここに来た時にはお日様が傾き始めた薄い水色の空だったが、いつの間にかオレンジ色に染まっていた。
京のスマホにメールが受信されたのは、その時だった。
ポケットに仕舞っていたスマホを取り出し、ディスプレイをタップして操作する。
メールの差出人は、ゲンナイだった。
この世界の安定を望む者に仕えている自律エージェントで、太一達の冒険時から色々とアドバイスをしてくれたりサポートをしてくれたりした協力者である。
……ここだけの話、協力者と言いながらピンチ直前になって連絡してきたり、危機に陥ってから泣きついて来たりするので、協力者としては色々と失格だったりするのだが、それは置いておこう。
そんなゲンナイさんからのメール、ということで京とホークモンがしょっぱい表情を浮かべていた。
大輔達にも言えば、似たような顔をしていたので、ゲンナイイコールトラブルメイカーというのは、共通認識らしい。
それで、メールの内容というのが、時空の歪みを観測したのでメールに書いてある座標まで行って確認してほしい、というものだった。
実は太一と光子郎が遅刻しているのは、その歪みが原因だったらしい。
光子郎は言わずもがなだが、太一が呼び止められたのは、外交官は外交官でもデジタルワールドと現実世界の橋渡しや交渉をする、対デジタルワールド専門の外交官だからだ。
初代にして世界中の選ばれし子ども達の代表格である太一は、デジタルワールドと現実世界の間で何かトラブルがあった時に互いを取り持つのが主な仕事なのだが、デジタルワールドに出来た歪みが現実世界に影響を及ぼし始めているという連絡を受け、退社しかけた太一は職場へUターンする羽目になってしまったのである。
急いでいたために、彼らのグループSNSには“わるいおくれる”という平仮名で句読点すらない、短いメッセージだけしか送れなかったのだ。
そういうことだったのか、とアクィラモンに乗りながら京はゲンナイへのメールに、指定された座標に到着した旨の返事をする。
「……ここでいいんだよな?」
エクスブイモンから降りた大輔が辺りを見渡す。
そこは、先ほど大輔達がいた場所から3エリアほど離れた、別の広い草原のエリアにいた。
ゲンナイが教えてくれた空間の歪みがある、と言っていたエリアだ。
しかし辺りを見渡してみても、特に異変らしいものは見当たらない。
拾い草原の向こうには、遠近法で小さく見える森のエリアがあり、草原のエリアを住処としているデジモン達がちらほらと見受けられるだけだった。
大輔とタケル、賢と伊織は四方を見渡し、京はタブレットを弄ってヒカリはそれを覗き込んでいる。
デジモン達も周囲を警戒しており、いつでも戦闘に入れるように体勢を整えていた。
「……間違いないわ。一見何の変哲もないけれど、見てこれ」
タブレットを弄っていた京は、周囲を警戒していた大輔達を集めてタブレットを見せる。
ここ周辺の地図のようで、その一部が渦を描くように歪んでいた。
縮小地図の規模を考えると、その渦はエリアを覆うほどの大きさで、とてつもなく大きなものが空間をぶち破ってここに無理やり出てこようとしているようだ、と言うのが光子郎の見解であった。
光子郎とデジ研の研究員達が総動員して解析した結果、とんでもないデータ容量を持ったデジモンだということが今しがた分かったらしい。
数は1体だけだったが、とんでもないデータ量ということは間違いなく完全体以上のデジモンだ。
成熟期までしか進化できない4体のデジモンと、“紋章”というアイテムがなければ完全体に進化できない2体のデジモンでは、数では勝っていてもレベルの差は埋められない。
デジモンは進化をする際に膨大なエネルギーを必要とするのだが、ブイモン、ホークモン、アルマジモンは遥か昔、デジタルワールド創世記に生きていた“古代種”と呼ばれるデジモン達で、デジタルワールドが生まれた頃に生きていたデジモンだったこともあり、現代種と比べるとエネルギーの消費や燃費が悪く、成熟期に進化するのでさえ稀だった。
完全体、究極体に進化出来た古代種はほんの一握り、現代種以上に貴重だったのである。
下手をすると成熟期に進化するのでさえ命がけであったため、古代種達は“デジメンタル”と呼ばれる今では失われた技術を持って生み出された疑似進化のアイテムを使用していた。
大輔、京、伊織のパードナーであるブイモン達は、太古に生きていた古代種達がいずれ来たるデジタルワールドの危機のために、“デジメンタル”とともに封印した個体であるために、成熟期以上の進化は望めず、他の個体と“ジョグレス”と呼ばれる融合進化をすることで、足りないエネルギーを補わなければ完全体以上に進化出来ないのである。
この“ジョグレス進化”も、“デジメンタル”と同じく失われた太古の進化なのだが、ヒカリのテイルモンのホーリーリングの力を利用して出来ていたものであるため、今はそのジョグレスすら出来ない。
究極体相手に成熟期で挑むなど、選ばれた当初の大輔ならやってのけただろうが、今は妻子ある身であるためにそんな無茶は出来ない。
むしろよくもまあ小学5年生の身であんなことが出来たなぁと、今更になって思う。
「で、どうしろって?」
「とりあえず、相手に敵意があったら、何とか足止めをしてほしいって。太一さんのアグモンと、ヤマトさんのガブモンが究極体になれるように、またチンロンモンからパワーをもらいにいくからって……」
「間に合うの、それ?」
タケルの至極もっともな指摘に、急に不安な空気に包まれる“元”子ども達。
しかしそんな“元”子ども達に発破をかけるのは、いつだってデジモン達だった。
『ダイスケ!今はここに出てくるデジモンのことだけ、考えようぜ!』
『そうですよ、ミヤコさん。ゲンナイさんだって、そのことは分かっているはずです』
『オレらはオレらに出来ることをやればいいだぎゃ!』
『タイチ達が来るまで時間稼ぎしてればいいんでしょ?大丈夫、大丈夫!』
『相手を傷つける必要はないんだ。牽制して距離を取りながら戦えば、少しでもダメージは与えられる』
『僕頑張るよ、ケンちゃん!』
いつだってデジモン達は、子ども達の隣に立って、同じ歩幅で歩いてくれた。
子ども達が躓いた時、ある者は手を差し伸べ、ある者は叱咤激励してくれた。
デジモン達と共に生きると決めたあの日から何年経っても何十年経っても、デジモン達の気持ちは変わらない。
大人になって子どもの頃の時には出来なかったことが出来るようになった代償として、出来たことが出来なくなってしまったけれど、デジモン達は変わらず彼らの隣に立ってくれている。
彼らの心に浮かんだ不安など、何でもないように吹き飛ばしてくれるのだ。
大輔達は顔を見合わせ、そして笑った。
「よぉし!太一さん達が来るまで、何が何でも足止めするぜ!」
『その意気だぜ、ダイスケ!』
「……全くもう、アンタって相変わらずねぇ」
『いいじゃないですか、頼もしいと思いますよ』
溜息を吐きながら呆れる京ではあるが、それでもホークモンの言う通り、大輔のあのやる気は迷う自分達を正しい方向へと導いてくれる頼もしい声なのだ。
見れば他の子ども達も、京と似たような表情を浮かべながら大輔とブイモンを見ている。
ピピピピ、ピピピピ
京のタブレットから電子音が鳴る。
それはメールではなく、警告音だった。
大輔とブイモンのお陰で安堵の空気に包まれていた“元”子ども達に、緊張が走る。
来るわよ、という京の声に、“元”子ども達はデジモンと人間を繋ぐ見える絆、D-3を構えた。
ぐにゃり
空間が歪む。
大輔達はパートナーを進化させ、相手からの敵意に備えた。
歪んだ空間から、何かが見えない壁をぶち破ろうとしている。
空間がひび割れ、こじ開けられた向こうにパステルカラーの虹色の空間が見えた気がしたが、デジモン達と大輔達はその美しさに見とれることはできなかった。
何故ならひび割れた空間から、濃厚な闇の気配が一気に溢れ出してきたからだ。
闇の気配に敏感なタケルとヒカリと賢はもちろん、何も感じないはずの京や伊織までもが口元を引きつらせるほどの濃さだった。
ぬう、と。
割れた空間から闇を凝縮させたような水晶が這い出てきた。
ひっ!とヒカリが短い悲鳴を上げ、テイルモンが険しい表情でヒカリを庇うように戦闘態勢を取っている。
ぴき、パリン、とガラスが割れるような音を立てながらぶち破られていく空間から、六角形の大きな結晶体が姿を現した。
その中に獣のような姿をした影が閉じ込められており、闇の気配はあの中からだとヒカリは声を震わせながら言った。
《ア゛あああアアぁあああアアアアあ゛あ゛ア゛ア゛ア゛あああああああア゛あ゛アアアアアッ!!》
大人とも子どもとも、男とも女ともとれる高くて低い声が何重にも重なって周辺に響き渡った咆哮は、真上から重たい空気で押さえつけるようなプレッシャーで、“元”子ども達とパートナーデジモン達は咄嗟に耳を塞いだ。
このエリアを住処としている野生のデジモン達も、その咆哮の異常さにその場で硬直しているのが遠巻きに見えた。
ぎらり、と水晶の中にいる影の目が光った気がして、大輔は咄嗟に逃げろと仲間達に言う。
その場から散り散りに去った直後、水晶から真っ黒な光線が放たれ、大輔達がいた個所に当たり、地面を抉った。
それは明らかな悪意と敵意と殺気で、戦いは避けられないと悟った。
それは、見たことのないデジモンだった。
京はタブレットに入っている、光子郎が長い年月をかけて集めたデジモンに関するデータが纏まっているページから、あのデジモンが何者なのかを検索しようとしたが……。
「……データ、なし?」
通常はタブレットについているカメラからデジモンの姿が映し出され、それに関するデータなどが表示されるのだが、そのデジモンをカメラで映しても何も表示されなかった。
デジモンの名前、種族も型もレベルも、全てに「Unknown」としか書かれていなかったのである。
何よそれ、と絶望にも似た思いが京の声から漏れたが、それでもデジモン達は怖気づくどころかやる気を見せており、そんな姿に叱咤された“元”子ども達は慌てて首をぶんぶんと振る。
「……行くぜ、みんな!」
大輔が声を張り上げると、“元”子ども達はそれぞれD-3を手に取り、想いを込める。
その想いがデータ化され、0と1に変換されながらデジモン達に届けられる。
もう子どもの時ほどの力はなくとも、逃げるという選択肢など彼らにはない。
……一瞬だけ、泣きそうな表情を浮かべた大輔に気づかず、進化を果たしたデジモン達は謎のデジモンに向かい、仲間達も声を張り上げながら応援する。
どれぐらいの時間が経っただろうか。
5時間ぐらいだったと思うし、ほんの1時間だった気もする。
時間の経過も分からないぐらい、大輔達は戦闘に夢中になっていた。
と言っても本気の戦闘ではなく、当初の予定通り、太一とヤマトが来るまでの時間稼ぎだ。
辺りは彼方此方抉れてクレーターが出来、このエリアを住処としていた野生デジモン達は既に避難している。
光子郎からの連絡通りのデータ容量の通り、謎のデジモンの攻撃はかなり強大なもので、油断していると存在を消されそうだ。
エクスブイモン、アクィラモン、そしてエンジェモンが遠距離からちまちまと攻撃し、アンキロモン、テイルモン、スティングモン達近距離攻撃タイプのデジモン達は、謎のデジモンの周りをウロチョロしながら牽制していく。
そうやって時間稼ぎをしていたら、風と共にオメガモンがやってきた。
太一達が来たのかと思って伊織は背後を見たが、広い草原の何処にもおらず、恐らく謎のデジモンを倒すことを優先としたために、オメガモンだけが先に来たのだろう。
手あたり次第に攻撃している謎のデジモンに向かってガルルキャノンを乱発し、オメガソードを振り下ろす。
ばきん、
水晶に罅が入る。タケルが声を張り上げた。
──大輔の目に、光はなかった。
「よせっ!!」
その時だ。大輔でも賢でも伊織でもタケルでも、太一でもヤマトでも光子郎でも丈でもない、男の子の声がしたのは。
京が振り向く。
謎のデジモンを包んでいる水晶にグレイソードを突き刺していたオメガモンも、制止してきた声に一瞬その動きを止める。
闇が、嗤った気がした。
急速な闇の膨張を感じたタケル達は、再び謎のデジモンの方を見る。
ひび割れた水晶の中の影に、闇がどんどん集められてどんどん大きくなっていった。
数秒もしないうちに水晶いっぱいになるまで大きくなった影は、ばりんという音を立てて水晶を割って漏れ出てきた。
影を包み込んでいた水晶は粉々に割れて、その形を失う。
どんどん膨張していく影は、ドラゴンモードのインペリアルドラモンでさえ容易に飲み込みそうなほどの大きさまで膨らんでいた。
「っ、みんな逃げて!!」
タケルの焦ったような声がした。
巨大な闇の塊に驚愕で硬直していた仲間達は、その声で我に返り、回れ右をして走り出す。
運命の、分かれ道だった。
微かな鳴き声を聞いたヒカリは、走りながらそっちに目を向ける。
幼年期のデジモンが、泣いているのが見えた。
真っ白な身体の赤ちゃんデジモン、ユキミボタモンが泣いていた。
謎のデジモンが出鱈目に辺りを攻撃していたせいで、このエリアに住んでいたデジモン達はみんな逃げだしていたのに、幼年期のデジモンがぽつんと1人ぼっちでそこにいたのだ。
仲間とはぐれたのだろうか、仕切りに当たりを見渡してわんわん泣いている。
どうして、何故、そう思う前にヒカリは仲間達から逸れて、ユキミボタモンの下へと走って行った。
「ヒカリちゃん!」
「大輔!」
それに気づいたのは、ヒカリの後ろを走っていた大輔と、大輔の隣を走っていた賢であった。
いきなり仲間達から離れて謎のデジモンの方に戻って行くヒカリに驚いた大輔は、その先に泣いている幼年期を見つけて理由を察する。
テイルモンが振り返らなかったら、タケル達はヒカリ達が謎のデジモンの方に戻って行ったことすら気づかなかっただろう。
『ヒカリッ!?』
『ダイスケッ!!』
『ケンちゃあん!!』
テイルモン達が、それぞれのパートナーの名を呼びながら戻ろうとした。
眩い光が辺りを包む。
その眩さのあまりに、ヒカリ達を連れ戻すために引き返そうとしたタケル達は咄嗟に目を瞑り、立ち止まった。
真っ白な光だった。
突風がタケル達を後ろに押すように吹き荒れる。
時間にして数十秒ほど。
光と風が止み、タケル達は恐る恐る目を開ける。
視界がチカチカしたが、何とか視力が回復して見えた景色は、焦土化した草原だった。
謎のデジモンは影も形もなかった。
謎のデジモンが打ち破った空間はそのままだったが、猛威を振るっていた謎のデジモンは何処にもいなかったのである。
何処へ行った、逃げたのか、とタケル達は謎のデジモンがいた個所に戻り……見てしまった。
大輔と、ヒカリと、賢が力なく倒れている。
先程の風で巻き上げられた埃が3人の身体に纏わりついて、少し汚れていた。
風で吹き飛ばされなかったのは、踏ん張ったからだろうか。
近寄ったタケルは、親友の女の子の腕に抱かれた小さなデジモンがいることに気づく。
ぴいぴいという鳴き声が聞こえた。
「ヒカリちゃんっ!」
『ヒカリィ!』
タケルとテイルモンが駆け寄る。
地面に伏している親友の身体を抱き上げる。
硬く閉ざされた目が開かれて、赤い目がタケルを見上げながら無茶をしたことを咎められると思って苦笑いすると信じて疑わなかったタケルは、なんて無茶をと言いながらヒカリに声をかけた。
しかしヒカリは、何度タケルが呼びかけても目を覚まさない。
「……ヒカリちゃん?」
様子のおかしい親友の名を再度呼びながら、タケルは抱き上げた彼女の身体をゆする。
ぐったりとした身体は、幾ら待っていても動く気配がない。
「ヒカリちゃん」
もう1度呼ぶ。
気を失っているだけだと信じて、大切な親友の名を何度も、何度も。
でもヒカリは目覚めない。
「大輔さん!大輔さん!!」
伊織の焦ったような声がした。
「賢くん!?ねえ、賢くんてば!!」
取り乱した京の声が聞こえた。
ヒカリから目を離し、ゆっくりとそちらに目を向ける。
揶揄うと面白いぐらいに大袈裟に反応していたリーダーが、その後輩の憧れでありライバルである親友が、ヒカリと同じようにぐったりとしていた。
…………あ、
「ヒ、カリ、ちゃん」
悟ってしまった。
「ヒカ、リ、ちゃん」
理解してしまった。
「ヒカリ、ちゃん」
……気づいて、しまった。
「…………ヒカリちゃん」
でももう戻れない。
「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
──その日、世界を救った12人の英雄のうちの3人が、永遠の眠りについた。
「っ、はあ、はあっ……!」
一気に意識が引き戻され、大輔とヒカリと賢はその場に崩れ落ちるように膝をつく。
小さな身体には大きすぎる負担が伸し掛かって、3人の額には冷や汗がびっしょりと溢れていた。
──そうだ、思い出した。
どうして忘れていたんだろう。どうして知らなかったんだろう。
どうして今まで、平気でいられたのだろう。
「俺、は……」
「私は……」
「僕……は……」
──一度、死んだんだ。
ヒカリと賢は隣にいるパートナーに目をやる。
そこには、ヒカリ達と同じように目を見開かせて、小刻みに震えているパートナー達がいた。
様子がおかしくなったヒカリ達を尋ねるでも気遣うでもなく、頭を抱えて呆然としている様子は、今のヒカリ達とよく似ていた。
そう、まるで忘れていた大切なものを思い出たかのように。
「テイル、モン」
「パタモン」
静まり返った空間に、ヒカリと賢の声だけが嫌に響き渡る。
ゆっくりと、パタモンとテイルモンはそれぞれのパートナーに顔を向けて……。
『うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!』
喉を打ち破らんとするブイモンの悲鳴が、空間を反響した。
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