ナイン・レコード   作:オルタンシア

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brave heart

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それは、開戦の狼煙である。

 

ピラミッド内部を地震のように襲ってきた爆発音を聞いて、別室にいたナノモンが慌ててメインコンピュータールームにやってきた。

キーボードがある台に飛び乗り、忙しなくキーボードを操作している。

 

「今の揺れは何だ!?」

 

次に、大輔達のために飲み物を用意していたゲンナイとなっちゃんが、お盆に乗ったコップを持ってきて駆け込んできた。

そのすぐ後に、寝室に引っ込んでいた子ども達。

大輔達も突然聞こえてきた爆発音にびっくりしてフリーズしていたのだが、太一達の姿を見て我に返り、ナノモンに駆け寄った。

 

『今外の映像を映します!…………!』

 

慣れた手つきでキーボードを操作したナノモンは、大きなモニターに外の監視カメラからの映像を映し出す。

そこに映っていた映像に、その場にいた全員が息を飲んだ。

 

《あ゛嗚呼ああアアアアあ嗚アアあああああアアアア嗚呼ああああああ嗚呼っ!!》

 

喉をぶち破るような咆哮が、カメラのマイクと外から同時に聞こえてきて、二重奏(デュエット)のように響き渡り、子ども達とデジモン達は咄嗟に耳を塞いだ。

 

どぉおおおおおおおおおおおんっ!!

 

モニターに映っている“ソレ”は、劈くような咆哮を上げながらピラミッドの周りを破壊している。

どぉん、どぉんと絶えず響いている爆発音と振動に、子ども達は立っているのもやっとだった。

 

『くっ……何故だ、一体何故奴が……!』

 

キーボードを操作しながらナノモンが悪態を吐く。

ゲンナイもお盆をなっちゃんに預け、ナノモンの手伝いをすべきキーボードを叩き始めた。

 

 

そこにいたのは、エテモンであった。

ただし子ども達が1度だけ見た、猿の着ぐるみのような姿ではなかった。

上半身はそのままだったのだが、下半身は太いコードが沢山集まって絡まっているような形状だったのだ。

どくん、どくん、と心臓のように波打って、なかなかにグロテスクだった。

ひ、とミミはその悍ましさに悲鳴を上げて、空にしがみついている。

大輔、ヒカリ、賢はモニター越しでも漂ってくる濃厚な闇の気配を感じ取って、その顔色はよくないものになっていた。

 

『あ、あれ……エテモン、だよね……?』

『何、あれ……』

 

アグモンとガブモンが呆然としながら呟いた言葉を拾ってくれたのは、キーボードを忙しなく操作しているナノモンであった。

 

『ああ、あれはエテモンだ。間違いない。奴め、どうやらあのダーク・ケーブルに完全に取り込まれたようだ……』

「ダーク・ケーブル……って、ピコデビモンが言っていた……」

『そうだ。闇を凝縮した、いや、あれはもう闇ですらない。光すら飲み込んでしまう暗黒だ。我々デジモンにとっては毒にしかならん。弱い者ならまず近づこうともせんかっただろうが……エテモンはあの強大な暗黒の力に魅入られ、利用しようとしていたのだ。あの暗黒のケーブルが何処から来て、どんな結果をもたらすのかも知らずにな……』

「……ゲンナイさん、あのケーブルって何なんだ?」

「黒幕がデジタルワールドを支配するために放ったもの、だと私は思っている。あのダーク・ケーブルの存在を確認してから、明らかにデジタルワールドの光の守護者達が弱体化し始めた。取り除こうにも、闇よりも深い暗黒の力に、戦闘能力など皆無の私のような存在は手も足もでなかった」

 

モニターから目を離さずに、ゲンナイは子ども達に伝える。

 

「黒幕の正体は、残念ながらまだ分かっていない。だが黒幕がデジタルワールドを支配しやすくするために、このダーク・ケーブルという種をばらまいて、これを利用しようとする悪しき心を持ったデジモンに使わせて、そのデジモンが世界を支配した瞬間を狙って横取りしようとしている、というのが私の見解だ」

『あいつめ、何度も忠告したというのに、それを聞かずに結局乗っ取られては世話がない……』

 

ピラミッドの仕掛けや罠などを駆使して、ナノモンはピラミッドを攻撃しようとしているエテモンに対抗しているが、決定打には至っていない。

このままでは長期戦になって不利になるのはこちらの方だと悟ったナノモンは、決心した。

 

『ゲンナイ様、ここを頼みます』

「……何処に行くんだ、ナノモン」

『外に。エテモンの奴を、止めてきます』

「そんなっ!無茶よ!」

 

何を言い出すのか、ナノモンの言葉にぎょっとなった空がナノモンを止めた。

感情も表情もない、無機質な目をナノモンは子ども達に向ける。

 

『なら君達が出てくれるのか?そんな顔をしている、君達が?』

「え……」

『私でも分かるぐらい、今の君達は消沈しているぞ。先ほどの映像が理由だろう。今の君達では、パートナー達を次のステップに進化させるどころか、成熟期にすら進化させられんぞ』

「なっ……」

『お前達のパートナーはお前達の武器であり、盾だ。それが故に君達の感情に左右されやすい。今からそんな状態では、いざという時に戦力にならん』

 

ズバッと言われて子ども達はぐうの音も出なかった。

ナノモンの言う通り、子ども達の心は今、ブイモンの悲惨な過去を映像として目の当たりにしたことで、鎮火してしまったように燻ってしまっている。

とてもではないが、こんな状況でも戦わなければという気に、どうしてもなれなかった。

 

『……まあ、あの記録を見たタイミングも悪かったな。エテモンが来るのがもう少し早ければ、君達にもまだ戦意は残っていただろうが……』

 

ナノモンがキーボードをポンポンと操作すると、床からナノモンが乗れるぐらいの大きさの台がせり上がってきた。

それに飛び乗り、ナノモンはそのまませり上がっていく台に乗って、上へと運ばれていく。

 

「ナノモン!」

『……あの時エテモンを止められなかった、私のミスです。元より勝とうとは思っていません。相打ちにすら持ち込めないでしょう』

「なら何故!」

『彼らが最後の希望だからです』

 

ゲンナイが声を張り上げてナノモンを止めようとしたが、ナノモンは止まろうとはしなかった。

表情のない、無機質な機械の顔が、笑った気がした。

 

『私が足止めをします。ゲンナイ様はその間に子ども達を連れて少しでも遠くに逃げてください』

「ナノモン!!」

 

ゲンナイはキーボードを操作してせり上がっていく台を止めようとするが、ナノモンが何か細工をしたのか、台は止まらなかった。

 

『子ども達よ、この世界を頼んだぞ』

 

どんどん上がっていく台の上から、ナノモンは子ども達にそう言い残して天井の向こうに姿を消した。

 

 

 

 

 

ナノモンとエテモンは古い知り合いである。

知り合いと言っても友達のように親しい間柄というわけではない。

最初に2体が出会ったのは、エテモンがまだまともだった頃、各地を回ってはた迷惑な歌声を披露していた頃だ。

音が割れるほどに大きな声で歌いまくっていたエテモンは、その内機材が故障してしまい、その修理をしてもらうためにナノモンと知り合ったのである。

その頃には既にゲンナイに雇われ、いつか来る選ばれし子ども達のサポート役として、ピラミッドに隠された紋章の守護をしていた。

機械に強いナノモンは、その傍らで機械修理を受け持っており、カラオケ資材をよくぶっ壊しては、しょっちゅう修理を頼みに来ていたエテモンによく悪態を吐いていた。

その度に口喧嘩に発展し、もう来ないわよと言った1週間後にはまたぶっ壊れた機材を直せと言いにやってくるのだから、呆れ果てて物も言えなかった。

 

エテモンがおかしくなったのは、いつの頃だっただろう。

その日は壊れた機材を直せと乗り込んできてから2週間経った時だった。

また壊したのか、莫迦者という台詞を用意していたナノモンは、エテモンが持ってきたものを見て硬直した。

強大で濃厚な闇の力を纏っていた“ソレ”に、何の感情もわかないはずの機械型デジモンである自分は、恐怖を抱いた。

それは何だ、と問いかけたナノモンを無視して、エテモンはサングラスの向こうに隠れている目をぎらつかせながら、それをナノモンに押し付けた。

これを利用してこの世界を支配する。アンタも仲間に入れてあげる。

最初は何を言われているのか、さっぱり分からなかった。

この世界を支配する?何を言っているのだと。

そんなことをすればデジタルワールドの意志がエテモンの存在を癌と見做して、消去しようとするに決まっているではないか。

これまでも世界を支配しようとするデジモンが現れるたびに、世界を守護する者達によって粛清、消去されてきた歴史を、知らないはずがない。

いずれ来る選ばれし子ども達のサポートをするためにゲンナイに雇われたナノモンが、エテモンの誘いになんか乗るはずがなかった。

目を覚ませ、これを今すぐ捨てろ。

しかしエテモンは、そんなナノモンの主張を一蹴した。

それは力がなかった、弱い者の戯言だと。

世界を支配するだけの力もなかったのに、世界を支配しようとしたからだと。

でもこれさえあれば、光の守護者など恐れることはない。

現にこのケーブルを使って、エテモンは光の守護者の家来を1体、倒してしまったそうだ。

そのケーブルから力をもらい、そして相手はそのケーブルを使って弱体化させて。

何てことを、とナノモンは愕然とした。

 

《よせ!分からんのか、それがお前の命を削り取ろうとしているのが!お前はそこまで莫迦だったのか!?》

《なぁによ、その言い方!知らない仲じゃないから、せーっかく仲間にしてあげようと思ったのに、アチキに逆らうっての?》

 

興覚めしたわ、と言ってエテモンはその日は帰ったのだが、ナノモンは気が気ではなかった。

ゲンナイ様がおっしゃっていたのはこのことだったのかと、今更になって危機感を抱く。

何とか思い直してほしいと思い、何度か連絡を取って説得をしたのだが、エテモンは聞く耳を持たず、どんどん悪い方向へと突き進んでいった。

舎弟と言う名の下僕を増やしていき、支配領域を拡大していき、逆らう者は全てダーク・ケーブルで増大した力で制裁を加えた。

それでもナノモンは、エテモンを説得するのを止めなかった。

あまりのしつこさに、エテモンも苛ついたようでナノモンを1度スクラップにしてしまったほどだ。

連絡が取れなくなったナノモンを心配して、ゲンナイが来てくれなかったら、きっとナノモンはそのまま廃棄されていたか、エテモンに何らかの形で利用されていただろう。

もう自分にはどうすることもできないところまで、エテモンは落ちてしまったのだ。

……このままではエテモンはエテモンではなくなってしまう。

しかしナノモンは1度敗れてしまった身であり、ダーク・ケーブルによって更に強化されたエテモンは、あの時以上に強くなっているだろう。

だからゲンナイから聞いた異世界の救世主、選ばれし子ども達に全てを託そうと思った。

そのために今日まで紋章を護り続けていたのだが……完全にタイミングが悪かったとしか言いようがないだろう。

今の子ども達はすっかり戦意が喪失してしまっている。

しかしナノモンは、それを責めるつもりはなかった。

 

『……エテモン、いや、ダーク・ケーブルに意志を乗っ取られたお前は、もうエテモンではないな。哀れなものだ、利用していたつもりが逆に利用されていたことに最期まで気づかなかったのだから。……意識の奥底から湧き上がってくるこの感情が悲しいというものなら、私は知りたくなかったよ』

 

ピラミッドの外に出たナノモンは、ダーク・ケーブルに乗っ取られて劈くような咆哮を上げているエテモンを見ながら、届くはずのない言葉を口にする。

その目には、機械型のデジモンでありながら哀れみという感情が込められていた。

 

《あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛嗚゛呼゛阿゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛亜゛亞゛唖゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛嗚゛呼゛嗚゛呼゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛亜゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!》

『ぬうっ!!』

 

凝縮された暗黒のエネルギーが発射され、ナノモンは慌てて避ける。

ナノモンがいた個所が大きく抉れた。

出来るだけピラミッドから離れ、エテモンの注意をこちらに向ける。

その目論見は成功したようで、エテモンは動くナノモンを追うように身体の角度を変えた。

ゆっくりと追いかけてくるエテモンに、ナノモンは両方の手の指先を向ける。

 

『プラグ・ボムッ!』

 

データを破壊、再構築し、相手を構成しているデータをめちゃくちゃにしてしまう技、プラグ・ボム。

幾つもの小型のミサイルがエテモンに向かって発射されたが、エテモンは軽く腕を振っただけでそれを全て吹っ飛ばしてしまった。

 

 

戦いが、始まった。

 

 

 

 

 

 

モニターの向こうに映っている景色は、まるで映画館で映画を見ているかのような錯覚に陥った。

派手な爆音と轟音、爆風によって抉れる砂の地面、時折その激しさを物語っている振動。

そして悍ましいダーク・ケーブルに捕らわれ、自我を失ったデジモンが身も竦むような咆哮を上げている姿は、パニック映画もかくやと言った映像だった。

そこにいる誰もが、その光景に目を奪われていた。

だがそこに感動など欠片もない。

圧倒的な力の差に嘆いて、1歩も動けないのだ。

 

 

エテモンとはまだ1度しか対峙していないが、その実力差は明らかだった。

コロモンの村でたった1度だけの戦いで、戦力の差を思い知らされた。

おまけにそのエテモンに対抗するための手段として与えられた紋章は、太一のグレイモンがスカルグレイモンという悍ましいデジモンに進化させたことによって、子ども達に進化の先の進化に対する恐怖のような感情を植え付けてしまった。

誰も口にしないだけで、あの時のことは子ども達に立派なトラウマとして心に刻み込まれてしまっているのだ。

太一とアグモンが悪いわけではないから、余計に。

全員の紋章が揃っていても、まだ誰のデジモンも完全体へと至っていない。

唯一完全体になった太一のアグモンによって、強大な力は制御できなければ仲間達をも傷つける脅威となりうることを、嫌というほど思い知らされたせいで、みんな足踏みしているのである。

 

 

そんな状況から抜け出せないまま、子ども達に襲い掛かったのは更なるショッキングな映像であった。

数奇な運命なんて言葉が陳腐なものに聞こえるほどの衝撃的な過去。

自分以外の仲間を目の前で殺され、自分も殺される寸前にまで追い詰められ、おまけに助けてくれたデジモンまでも目の前で死んだという恐怖を経験した、ブイモンの辛い記憶の記録。

誰もが言葉を失ったし、呆然とすることしか出来なかった。

ミミは空とパルモンに支えられて、やっと立てるぐらいショックを受けているのだ。

誰も、ブイモンの過去を知らなかった。

きっとブイモンも、自分がそんな目にあっていたことを忘れてしまっていたのであろう。

そうでなかったらあんなに明るくなんて振る舞えないし、現にブイモンは気を失った状態から戻ってこない。

薄く開けられている瞼の向こうにある紅い目からは光が失われ、涙がとめどなく溢れていた。

何を思えばいいのか、どんな感情を抱けばいいのか。

怒ればいいのか、悲しめばいいのか、ぐちゃぐちゃになった思考がまだまとまり切れていなかったというのに、戦いは子ども達に考える暇すらくれない。

世界を救うために、自分達の世界から無理やりな形で召喚された自分達は、過去にあった出来事など関係ないのというのだろうか。

今すべきなのは世界を救うことであって、ブイモンの止まった時間を戻してやることではないというのか。

それならば何故、ブイモンは世界を救うデジモンの1体として選ばれたのか。

そんな迷いを抱いていた子ども達を見抜いて、ナノモンはエテモンを止めるために外へと出てしまった。

この世界を頼んだと、まるで遺言のような言葉を子ども達の心に刻んで。

 

 

ゲンナイがモニターの向こうに、必死に呼びかけている。

太一は、そんな光景を呆然と見つめていた。

自分は、どうしてここにいるのだったか。

そんな基本的なことすら忘却の彼方に飛んで行ってしまったかのようだった。

 

『タイチ……』

 

そんな太一の異変を察して、アグモンが気づかわし気に声をかけてきてくれていることにも気づかない。

ただモニターの向こうで繰り広げられている一方的な蹂躙を見つめていることしか出来なかった。

世界を救ってほしいと一方的に頼まれ、連れてこられて、自分達の残っていた選択肢など1つしかなかった。

だが自分達に一体何ができるというのか。

日本という、争いとは無縁で世界的に見ても犯罪発生率が少ない国で生まれ育った子ども達は、戦争のやり方もその収め方も知らない。

平和ボケと呼ばれるほどに、自分達の国に向けられている脅威のことなんて、大人達によって目と耳を塞がれて育ったから、知る由もないのだ。

 

太一はようやく理解する。

 

自分達は、戦争の真っただ中にいるのだ。

争いのど真ん中に、放り投げられたのだ。

分かっていたつもりだったのに、まざまざと見せつけられたことで、自分は何も分かっていなかったのだと思い知らされた。

 

《ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛嗚゛呼゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛嗚゛呼゛阿゛亞゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛嗚゛呼゛あ゛あ゛あ゛あ゛嗚゛呼゛嗚゛亜゛唖゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛亜゛阿゛あ゛あ゛あ゛あ゛亞゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!》

 

悍ましい咆哮がモニターの向こうから聞こえてくる。

は、と我に返った太一が見たものは、凝縮した闇のエネルギーに吹っ飛ばされているナノモンであった。

機械の身体はいつの間にかボロボロになっており、彼方此方罅が入っていたり、欠けていたりしている。

あのままでは5分も持たずに、ナノモンはこの世界から消えてしまうだろう。

子ども達を頼みますと、自分が時間を稼いでいる間に逃げてくれと頼まれていたゲンナイは、そのことを悟ったのか叫ぶのを止めた。

キーボードの台の前で項垂れ、両肩を震わせながら振り絞るように子ども達に逃げるように言った。

当然子ども達は抗議するが、振り返ったゲンナイの表情は……とても悔しそうだった。

 

「……ナノモンの言った通り、今の君達では到底エテモンには敵わない。その精神状態ではデジモン達を進化させられないだろう……。君達が最後の希望なんだ」

「……ゲンナイ、さん」

「別の世界から無理やり召喚してしまった形で、この世界に呼んだ君達を絶対に無傷で帰すと、誓ったんだ。……ナノモンの犠牲を、無駄にしてはいけない……!」

 

太一はゲンナイを見た後、モニターに再び目を向ける。

どんどんボロボロになって、壊れていくナノモンの身体。

それでも尚、子ども達を助けるために戦いを止めようとしない。

振り返る。自分を治療するために持ってこられた診察台の上で、ブイモンは横たわっている。

 

──ああ、

 

「なあ、アグモン」

 

自分は、何のためにここにいるのか。

 

『なあに、タイチ』

 

どうやって、ここまで来たのか。

 

「アグモンは、何があっても俺についてきてくれるか……?」

 

いつでも傍にいてくれたのは、誰だったか。

 

『僕はタイチの行くところだったら、何処にでも行くよ』

 

太一は、笑った。

その台詞はアグモンが初めてグレイモンに進化した後に言ってくれた言葉だ。

元の世界に帰るために、みんなで島を冒険して帰る手段を探すことになった時。

アグモンはニコニコ笑いながらそう言ってくれたのだ。

無謀ともとれる太一の行動を否定せず、ただ太一の思うがままにすればいいと。

いつも無茶をしては治や空に怒られている太一を、問題ばかり起こしてお母さんから雷をもらっている太一を、そのままでいいのだと肯定してくれた存在。

スカルグレイモンに進化してしまい、トラウマを抱えてしまったアグモンにも言ったように、アグモンと一緒なら何処にだって行けると信じている。

 

「……行くぜ、アグモン!」

『おう!』

 

太一はデジヴァイスを握りしめ、部屋を出て行こうとした。

何処に行くの、と空が引き留める声がする。

勿論、外だと太一は当然のように答えた。

 

「何言ってるんだ!今の僕たちじゃあ、エテモンに敵うはず……!」

「じゃあ、ナノモンがやられるのを黙って見てろってのか?ナノモンの言った通り、ゲンナイさんと一緒に逃げるってか?さっき逃げようって言ったゲンナイさんに抗議したのにか?」

「っ、そ、れは……」

 

口ごもる治に、太一は向き合う。

 

「……俺は阿呆(ばか)だけどさ、助けてくれたデジモンを見捨てるほど愚か(ばか)じゃない。敵わなくたっていいさ。ナノモンを見捨てるぐらいなら、俺はあそこに行く」

「太一!」

「それに!!」

 

引き留めようとする治を遮るように、太一は声を張り上げた。

 

「……もしこのままエテモンと戦わずに、次の進化も出来ずに負けちまったら……またああなるんだろう?」

「………………」

「また……ブイモンみたいに、犠牲になるデジモンが、いっぱい増えるんだろう……?」

「っ!!」

 

子ども達が息を飲む音が、嫌に響いた。

大輔は心臓がぎゅっとなったのを感じて、診察台に寝かされているブイモンを見やる。

ずっと涙を零しているのは、きっと今も夢の中であの日に捕らわれて怯えているからだ。

息が詰まりそうになって、心臓がバクバクして、他の子ども達と一緒にモニターを見ていた大輔は、胸の内に仕舞っていた気持ちが爆発しそうになって、ブイモンの下に駆けよっていった。

その後を追って、賢とヒカリ、パタモンとテイルモン、それからなっちゃんとロップモンも。

 

──何を、やっているんだろう。

 

上級生達はみんな、同じ気持ちだったはずだ。

 

「だから、俺は行く。エテモンを倒すんじゃない、もうブイモンみたいに悲しい思いや寂しい思い、辛い思いをするデジモンを増やさないために」

 

デジヴァイスがうっすらとオレンジ色に光った気がした。

ゲンナイはそれを見逃さない。目を見開き、息を飲み、そして……歓喜した。

 

「……太一、行くのかい?」

「ああ、行くよ」

『もちろん、僕もね!』

 

彼らの表情に、迷いなど微塵もなかった。

決めたのだ、彼らは。

前線に立って戦うことを。

 

「……無理はしないと、約束してくれ」

 

そう言うとゲンナイはキーボードを操作する。

すると、この部屋の出入り口の向こうに、外の景色が映った。

否、映像として映ったのではない、外と内部を“繋げた”のだ。

コロモンの村から1週間ほど歩かなければならない距離の場所に出た時と同じように。

空の紋章を手に入れた洞窟から、ナノモンがいるピラミッドまで繋げたように。

その証拠に、モニターを通して聞こえていた爆音が、より身近なものへと変化した。

舞い上がる砂埃が、部屋に入ってくるのが生々しかった。

 

「……行ってくるな」

『行ってきまーす!』

 

凍り付いている子ども達に優しい笑みを浮かべ、太一とアグモンは聞こえてくる爆音などものともせずに駆け出した。

太一、治が声を出して太一を引き留めようとしたが、その声は言葉として喉の奥から出てこず、ただ空気の泡として吐き出されただけだった。

 

 

 

 

 

その冒険の始まりに、彼らの意志はなかったかもしれない。

ただ元の世界に帰るために、未知の世界へと踏み出しただけだったかもしれない。

自分を慕ってついてきてくれる不思議な生き物は、それこそ生き残るための手段でしかなかったかもしれない。

世界を救うなんて漠然としすぎていて、全然ピンと来ていなかった。

ただ世界を侵食していく闇から世界を救えば、自分達の世界に帰れる。

“元の世界に帰るために、世界を救う”。

主体は自分の世界であって、飽くまでもこちらの世界はおまけであった。

 

でも、今はもう違う。

 

「おい、エテモン!」

 

腹の底から、太一は叫ぶ。

原型をギリギリ保っていたナノモンを、エテモンが掴んでいた。

ゆったりとした動きで、エテモンは太一とアグモンの方を見やる。

 

『お……まえ、た、ち……に、にげ、ろ……と……』

 

虫の息のナノモンが、か細い声でそう言ったが、太一とアグモンはきっぱりと言い放つ。

 

「嫌だね!俺達は逃げないって決めたんだ!」

『ナノモン、絶対君のこと助けるよ!僕達は逃げない!』

 

想いは、進化する。

太一の、もうブイモンのような犠牲者を出したくないという願いにも似た強い想いは、0と1のデータに変換され、デジヴァイスを通してアグモンに伝わる。

アグモンの身体が光に包まれる。大きくなって、逞しい四肢となる。

いつもならそこで止まるが、今日は違った。

オレンジ色の強い光がデジヴァイスから放たれ、ナノモンとエテモンはその眩さに目を瞑った。

 

心と身体の奥から、力が沸き上がってくるのが分かる。

内側が爆発しているように、身体が一回りほど大きくなった。

肩から手にかけて光が走ったかと思うと、腕の感覚がなくなった。

鈍痛が走る。ずく、ずく、ずく、と鼓動のような痛みが腕全体を包んだと同時に、鎧のような機械の腕と生身の時よりも鋭い爪が現れた。

頭部を覆っていた兜も、左腕と同じ金属のものに変化し、胸部にはハッチがついた。

極めつけは、その役割を果たしているのか分からない、背中に生えた少しボロボロになっている翼だ。

光の中から姿を現したのは、グレイモンを改造したようなデジモンだった。

その名も、メタルグレイモン。

ファイル島で出会ったアンドロモンと同じ完全体のデジモンだ。

スカルグレイモンのような禍々しさなど微塵もない、正真正銘の太一のパートナーである。

相棒が更に進化した姿に太一は目を見張ったが、すぐにエテモンの方に向き直った。

今すべきは、進化した相棒に感動することではない。

相棒が進化したもう1つの姿を思い浮かべて、比べることでもない。

……ナノモンを、助けることだ。

 

「……ナノモンを離せぇえええええ!!」

 

デジヴァイスを握りしめながら腹の底から叫べば、更なる力がメタルグレイモンに送られる。

メタルグレイモンをオレンジの光が包み込み、大きな咆哮を上げるとエテモンに向かって突進していった。

どしん、と重量級のものがぶつかり合う音がして、エテモンはそのままメタルグレイモンに押されていく。

その拍子にエテモンの腕からぽろ、とナノモンが落ち、放り投げられるナノモンを太一が駆け寄って受け止める。

 

「大丈夫か、ナノモン!」

『っ、ばか、もの……なぜ、にげ、な、かった……!』

「へっ、言っただろ。俺は逃げないって!……お陰でアグモンが進化したよ」

『……そう、だな』

 

太一とナノモンの目線の先には、エテモンを押しているメタルグレイモンがいる。

鋭い爪でエテモンの下半身に絡まりながらぶら下がっているダーク・ケーブルを切り裂き、咆哮を上げながら伸ばしてきたエテモンの腕に噛みつき、右腕を振るって殴っている。

もうコロモンの村の時のように、一方的に敗北を期したりしない。

それに……。

エテモンを真っ直ぐ見つめていた太一は、更に強くデジヴァイスを握りしめる。

強い願いと想いが、メタルグレイモンに伝わる。

は、とメタルグレイモンは伝わってきた太一の想いに、一瞬だけたじろいだ。

でもすぐに立て直し、胸のハッチを開ける。

分かったよ、タイチ。

そう答える代わりに、メタルグレイモンはエテモンを見つめた。

 

《あ゛亜゛嗚゛呼゛阿゛唖゛亞゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛嗚゛呼゛ア゛ア゛阿゛唖゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛吾゛あ゛あ゛あ゛あ゛嗚゛呼゛亞゛嗚゛呼゛あ゛あ゛嗚゛呼゛!!》

 

喉をぶち破るほどの咆哮は、いつしかエテモンの声が失われて二重三重の音が重なっている。

 

──……もう、アレはエテモンじゃない。

 

『ギガデストロイヤー!!』

 

開いた胸のハッチから、2つのミサイルが飛び出してエテモンにぶち当たる。

やったか!と太一はナノモンを抱えながら勝利を確信した。

 

しかし異変が起こる。

 

辛うじて壊れていなかった、ナノモンの機械の身体に備わっていたサーチ能力が反応する。

メタルグレイモンのギガエストロイヤーがぶち当たったエテモンは、悍ましい悲鳴を上げながらダーク・ケーブルを中心として捻じれた。

ナノモンの目は、しっかりと原因を捉えていた。

エテモンに絡まっているダーク・ケーブルは闇よりも深い暗黒の力を備えていた。

強力な暗黒の力を持ったダーク・ケーブルに、同等の力を持った技をぶつけるとどうなるか。

太一達の目の前で空間が歪み、周りを巻き込みながら大きくなっていく。

メタルグレイモンは慌ててその場から遠ざかろうとしたが、まるで見えざる腕が幾つもメタルグレイモンに巻き付いているように動くことが出来ず、それどころか歪みで生じた風に捕らわれて引き込まれそうになっていた。

 

「メタルグレイモン!!」

 

異変に気付いた太一は、壊れかけているナノモンが歪みに巻き込まれないようにピラミッドの陰に置いて、メタルグレイモンの下へ駆け寄っていった。

 

『ま、待て……!』

 

ナノモンは太一を引き留めようとしたが、壊れかけた身体では声を張り上げることすらできなかった。

ナノモンの後ろから、ゲンナイと治が飛び出してくる。

 

「メタルグレイモン!」

『っ、タイチ!来ちゃだめだ……!』

 

完全体とはいえ、進化したばかりのメタルグレイモンは、まだその力を制御しきれていない。

よって大きくなっていく歪みから逃げる術を、メタルグレイモンは持っていなかった。

太一が巻き込まれないように忠告したのだが、太一はそれを無視してメタルグレイモンに駆け寄っていく。

ふわり、身体が浮いた。

え、と思う間もなく、太一はあっという間に歪みに引き込まれていく。

歪みが消えるまで踏ん張ろうと思っていたメタルグレイモンは、太一を護ろうとして腕を伸ばした。

地面に根を張るように踏ん張っていた力強くて逞しい脚が、紙屑のように浮いた。

 

 

そして、

 

 

「太一!!」

 

歪みが消える。

治の声だけが虚しく響き渡る砂漠に、太一とメタルグレイモンの姿は何処にもなかった。

 

 

 

 

 

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