ナイン・レコード   作:オルタンシア

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天使様のお話

.

 

 

 

 

 

むかしむかし、あるところに3にんのてんしさまがおりました。

 

《おはようございます、セラフィモン様》

《本日もよろしくお願いします、ケルビモン様》

《今日もいい天気ですね、オファニモン様》

 

3にんのてんしさまはそれぞれ、おとこのひと、おんなのひと、けもののすがたをしておりましたが、すがたがちがうことなんかまったくきにしないぐらい、なかよしでした。

おとこのてんしさまは、せいぎとちつじょをつかさどり、せかいのへいわをたもっておりました。

 

《やあ、おはよう、皆》

 

けもののてんしさまは、かみさまとちせいのしゅごしゃといわれておりました。

 

《うん、今日も頑張ろうね!》

 

そしておんなのてんしさまは、じひとじあいにみちあふれたてんしさまでした。

 

《御機嫌よう、皆さん。いいお天気ですね》

 

3にんは、いつもいっしょでした。

うれしいこともかなしいことも、いつも3にんでわけあっていました。

 

おんなのてんしさまには、まいにちにっかにしていることがありました。

それは、げかいのようすをのぞきみることでした。

 

《……いつ見ても美しいわ》

 

みどりいっぱいにひろがったもり、おひさまをはんしゃしてきらめくうみ、いろとりどりにさくおはな、すべててんしさまがくらしているせかいにはないものでした。

そしてそこでくらすものたちの、いきいきとしたかおは、このよでもっともうつくしいとおもっていました。

じひとじあいのてんしさまは、げかいでくらすいきものを、いつもやさしいめでみまもっていたのです。

なかでもおきにいりだったのは、ちいさなあおいりゅうのこどもでした。

 

《……ふふ、いたわ》

 

ちいさなあおいりゅうのいちぞくは、ながくいきられないしゅぞくでした。

それはきょうだいなちからをもっただいしょうでした。

でもそのことをけっしてうらんだり、なげいたりせずに、きょうというひをだいじにいきることをしっているいちぞくでした。

そのなかでも、いっとうげんきなこが、おんなのてんしさまのおきにいりでした。

そのこはいつもぼーるみたいにとびはねて、おなかいっぱいたべて、たくさんねて、そのひそのひをくいのないように、げんきにすごしていました。

おんなのてんしさまは、まいにちそのこをみていました。

そのこがげんきだと、てんしさまもえがおになりました。

がんばろうとおもえました。

へいわをまもるのはとてもたいへんだけれど、そのこがいきているせかいをまもるために、てんしさまはがんばりました。

 

《やあ、オファニモン。今日も下界の観察かい?》

《ボク達も一緒に見ていーい?》

《ああ、セラフィモンにケルビモン。どうぞ》

 

ときどきおとこのてんしさまとけもののてんしさまも、いっしょにそのこをながめていました。

 

《今日もあの子は元気だね》

《オファニモンお気に入りのあの子だね。あはは、飛び跳ねてるよ》

 

へいわでした。

 

《そうね……今日も平和で何よりだわ》

 

へいわ、だったはずでした。

 

《さあ、もう一仕事、頑張ろうか》

《そうだね》

《ええ》

 

かみさまと、3にんのてんしさまが、へいわをたもっていたはずでした。

 

 

そのへいわは、みごとにくずれさってしまいました。

 

 

 

『……いつだったかしらね。何処からともなく“あいつら”が来て、いきなり世界を破壊し始めたのよ』

 

 

 

あるひ、そらのむこうからおそろしいものがやってきました。

それは、ざんぎゃくとよばれるものでした。

それは、ぼうりょくとよばれるものでした。

げかいにすむものたちは、みんなちからをあわせて、おいはらおうとしました。

しかしぼうりょくとざんぎゃくは、それをあざわらうかのように、かれらのいのちをいともかんたんにうばっていきました。

ざんぎゃくとぼうりょくは、かれらのいのちだけでなく、かれらのすまうばしょまで、むざんにもうばっていきました。

 

《やめて!!お願い、やめてぇ!!》

 

てんしさまは、さけびました。

てんしさまは、なげきました。

あざわらいながらうばっていくざんぎゃくとぼうりょくにいかり、かなしみました。

 

《神様!》

 

そして、かみさまにおねがいしました。

 

《神様、お願いです!どうか下界に行くことを許してください!あの子達を、助けたいのです!》

 

 

 

『……でも神様はうんって言ってくれなかったんだよね』

 

 

 

やがてざんぎゃくとぼうりょくによって、すべてのいきものがしにたえてしまいました。

みどりいっぱいにひろがっていたもりも、おひさまをはんしゃしてきらめいていたうみも、いろとりどりにさいていたおはなも、このよでももっともうつくしいとおもっていたものが、すべてうばわれてしまいました。

 

《ああ……!》

 

てんしさまはなきました。

 

《なんて、こと……!》

 

たくさんたくさんなきました。

 

《うう……!》

 

だってもうないのです、てんしさまがめでていたものが、うつくしいとおもっていたものが、もうどこにもないのです。

おきいにいりのりゅうのこどもも、どこにもいません。

どこをみわたしてもいないのです。

せかいのどこにもいないのです。

 

《神様》

 

だから、かみさまにおねがいしました。

 

《神様、お願いです……。どうか下界に行かせてください……あの子を探したいのです……!》

 

 

『やっぱり神様は、うんって言ってくれなかったよ』

 

 

てんしさまはなきました。

たくさんたくさんなきました。

どれぐらいないたのか、わからないぐらいなきました。

 

《オファニモン、泣かないでくれ……》

 

おとこのてんしさまは、ずっとそばにいてくれました。

 

《悲しいね……僕も、とても悲しい……》

 

けもののてんしさまは、いっしょにないてくれました。

でもおんなのてんしさまは、なきやみませんでした。

なきやんでくれませんでした。

なかよしのてんしさまたちがそばにいてくれたのに、かなしみはきえてくれませんでした。

 

 

『……でもね』

 

りゅうのこどもは、いきていたのです。

 

 

『生きてたんだよ』

 

 

ざんぎゃくとぼうりょくから、のがれていたのです。

 

 

『……“あれ”を生きていると言えるのなら、ね』

 

 

りゅうのこどものいちぞくは、みんなみんなしんでしまったけれど、そのこはいきていたのです。

それをしったとき、おんなのてんしさまはよろこびました。

かなしみのなみだは、よろこびのなみだになりました。

 

《神様》

 

てんしさまは、もういちどかみさまにおねがいしました。

 

《神様、お願いです。ワタシの全てを貴方に返すので、あの子の傍にいさせてください。永遠の命など、あの子のためなら惜しくありません》

 

 

『神様はやっと、うんって言ってくれたわ』

 

 

おんなのてんしさまは、じぶんのすべてをかみさまにかえして、りゅうのこどものもとへといきました。

 

 

『もう分かってると思うけど、この“りゅうのこども”は、ダイスケ、君のパートナーのブイモンだよ』

 

 

「……それって」

『ええ、ファイル島で初めてなっちゃんに逢った時に、なっちゃんが教えてくれた、“てんしさまのおはなし”よ。あれはワタシ達のことだったの』

 

そうだったんだ、とヒカリは納得していたが、その時いなかった大輔と賢はきょとんとしている。

それに関する話は後ですることにして、テイルモン達は話をつづけた。

 

 

ひとりぼっちで、かなしくてないていたりゅうのこどもは、もうひとりぼっちじゃありません。

てんしさまだったてんしさまと、りゅうのこどもは、ずっといっしょに、しあわせにくらしました。

 

『……ここがちょっと違うんだよね』

 

ロップモンは教えてくれる。なっちゃんは苦笑いする。

オファニモンが愛していた地上のものが全て奪われ、泣き暮らしていた彼女(デジモンに性別はないが、便宜上そう表記する)を慰める日々を送っていたある日、突然ゲンナイがやってきた。

正史としては、その頃にはまだいなかったはずのメカノリモンに乗り、その手のひらにブイモンと、ホークモンと、アルマジモンを乗せて。

最初は、驚いた。

いるはずのない人間が突然天界にやってきて、ブイモン達を預かってほしいなんて言ってきたのだから、当然だ。

しかも彼は人間ではなく、当時まだ確立していなかったエージェントと名乗っていたので、更に混乱した。

 

『……ゲンナイが未来から来たって聞いたのは、その時。しかも平行世界の未来だから、そりゃあ驚いたよね』

 

俄かには信じられずに動揺していたセラフィモンとケルビモンを尻目に、ゲンナイは時が来るまでブイモン達を預かっていてほしいと、再度セラフィモン達に頼んだ。

“神”にお伺いを立てなければ何とも言えない、と言おうとしたセラフィモンを遮ったのは、今の今まで泣き伏していたオファニモンだった。

メカノリモンの腕に乗せられていたブイモンを見るなり、歓喜の声を上げて駆け寄って、抱きしめて離さなかったのだ。

セラフィモンとケルビモンが止める間もなく、オファニモンはブイモンをつれて戻って行ってしまったので、セラフィモンとケルビモンは苦笑しながらホークモンとアルマジモンも預かってくれた。

 

「……その後、どうなったの?」

『しばらく……どのぐらいだったかなぁ、100年200年はとっくに過ぎてたかな。それぐらいの時間は流れたと思う』

 

ゲンナイが言っていた“時”が来るまで、3体はずっと天界の方で保護をしていたらしい。

オファニモンはお気に入りだった“りゅうのこども”から片時も離れることはなく、従者が窘めるのも無視して、ずっと世話を焼いていたという。

 

『でも、ブイモンは……ブイモン達は、目を覚まさなかった』

 

テイルモンがポツリと落とすように呟いた。

3人の視線がロップモンからテイルモンへと移る。

 

『……あの映像、見たなら分かるよね。ボク達ももちろん、天界から見てたよ。仲間が、助けてくれたデジモンが、目の前で殺されて……平気なわけ、ない』

 

今度はパタモンだ。

苦しそうな表情を浮かべて俯くパタモンにつられて、テイルモンとロップモンも目を閉じる。

保護された時、ブイモン達は既に心が壊れていた。

外部からの刺激に全く反応を見せず、その目に光は宿っておらず、まるで罅が入って曇ってしまったガラス玉のようだと、オファニモンは悲しんだ。

命は助かったが、一概には喜べなかった。

それでもオファニモンは、献身的にブイモンの世話をした。

ホークモンとアルマジモンも、セラフィモンとケルビモンがそれぞれ預かって、同様に世話をしていた。

しかしやっぱり、3体が目を覚ますことはなかった。

 

『……そうこうしているうちに、ゲンナイが迎えに来たの』

『ボク達が天界で過ごしていた間に、色々あったみたいなんだけど……』

『基本的に僕達は下界に干渉できないから、何があったかまでは分かってなかったんだ。“あいつら”のせいで下界が殆ど破壊された後は……下界の観察もやめちゃってたし』

 

デジタルワールドが3度目の危機に陥っていたことを知ったのは、その時だった。

1度目の危機は、ブイモン達古代種が滅ぼされ、地上がめちゃくちゃにされた時。

2度目は、強大な闇がデジタルワールドを覆った時。

そして3度目が……。

 

「……今?」

『ええ、そうよ。ゲンナイはこうも言っていたわ』

 

本当はその“時”ではないのだけれど、色々あってその“時”が早まったから、少し早いけれど引き取りに来たと。

 

「……どういう、ことだ?」

『何だっけ、正史の通りなら本当は違う?とか言っていたんだよね。詳しいことはよく分かんないけれど』

 

ロップモンの言葉で、賢は悟った。

ゲンナイは、ここは自分達がもともといた世界とはズレた場所にある、パラレルワールドだと言っていた。

自分達が作り上げた未来までの道筋は、あの世界の“正史”だから例え自分達の世界の過去に戻ったのだとしても、歴史を変えることはできない。

変えようとしても修正力が働くのだと。

だが大輔達がいるこの世界は、大輔達が元居た世界で作り上げた正史がまだ綴られていない世界だ。

太一達が選ばれた理由が、光が丘でヒカリがデジたまからボタモンを孵し、コロモンからアグモン、それからグレイモンに進化させ、パロットモンとの闘いを目撃したからだ。

その戦いを観測していたデジタルワールド側が、ヒカリと同じ特性を持った、デジモンを進化させる力を持った子ども達をそこで選定したのだ。

デジタルワールドに蔓延る闇を祓ってもらう、“選ばれし子ども”として。

だがそれは、ヒカリも含めた“8人”の話だ。

その時の大輔と賢は、光が丘での事件は目撃していない。

大輔が“選ばれし子ども”としてデジタルワールドに選定されたのは、太一達が冒険をした年、3体目の敵がデジタルワールドと現実世界を支配するために、現実世界に侵攻してきた時だ。

賢は……選ばれた時のことはあまり覚えていなかったらしく、詳しい話は聞いたことがない。

 

『……さっきのお話でも、言ってたよね。“てんしさまはもういちどかみさまにおねがいしました”』

 

 

《神様、神様、お願いです。ワタシの全てを貴方に返すので、あの子の傍にいさせてください。永遠の命など、あの子のためなら惜しくありません》

 

 

『……ほんっと、何考えてんだか。テイルモンてば、オファニモンとしての力をぜーんぶ神様に返して、ゲンナイと一緒に行くって言いだしたんだよぉ?』

 

神様やセラフィモンを宥めるの大変だったんだよぉ、とロップモンがわざとらしく茶化すと、テイルモンは顔を真っ赤にしてロップモンの方を見やる。

 

『う、煩いわね!仕方ないでしょ!』

『それにしたってさぁ』

『ボク達に何の相談もなかったのは酷いよ~』

 

まあ、と顔を真っ赤にしているテイルモンを見ながらロップモンは……寂しそうな表情を浮かべる。

 

『……それだけ心配だったんだろうけどね、ブイモンのことが』

『…………そんなんじゃ、ないわよ』

「テイルモン?」

 

真っ赤だった顔が、元の白に戻る。

ロップモンから顔を逸らし、俯いたテイルモンは……何処か虚しそうな顔をしていた。

 

『……約束、しただけよ。ずっと……傍にいるって。一緒に、いるって』

 

苦しそうに紡がれたのは、その言葉。

パタモンもロップモンも分かっていた。

ブイモン達が“あいつら”に襲われた時、助けにいきたかったけれど神様にダメだと言われたから助けられなかったことを、とても悔いていることを。

神様が止めるのも無視して、助けに行けばよかったと。

それなのに神様の言うことを優先してしまったから……。

 

『……だからゲンナイに頼んだのよ。ワタシも一緒に行かせてほしいって。ブイモンを……その“時”のために連れて行くのなら、ワタシもその“時”って奴に一緒に行かせてって……』

「……それで、テイルモンは……私のパートナーになったの?」

「……じゃあ何で忘れてたんだ?」

『……神様に自分の力を返して、ゲンナイと一緒に行ったはいいんだけど、その時にはもう既にヒカリのためのパートナーのデジたまが用意されていたのよ。ゲンナイはまだその時はいた仲間達の目を盗んで、ワタシのデータを無理やりデジたまに組み込んでくれたのだけれど……恐らくそのせいね。でもあの紋章がヒカリ達のデジヴァイスに収まった時に、はっきりと思い出した』

 

そう、とヒカリは目を伏せた。

自分達が大事なものを思い出したように、テイルモン達も忘れていた記憶が引っ張り出されたのだ。

ヒカリはデジヴァイスを手に取る。

ぴ、ぴ、とボタンを適当に押すと表示された、前世からのヒカリの大切なもの、ヒカリと同じ名前の“光の紋章”。

太一の“勇気”や空の“愛情”と違い、タケルの“希望”と並んで特別な紋章だった“光”は、またしても不思議な力を、ヒカリ達に見せつけたようだ。

 

「……パタモン、は?」

 

膝を抱えてパタモンに尋ねたのは、賢である。

 

『……お話でも言ったでしょ。ボク達はとっても仲良しだったって。ボク達もテイルモンと、ゲンナイさんと一緒に行くことにしたんだ』

 

賢の質問に、パタモンは悲しそうに笑いながらそう答えた。

 

「ロップモンは?」

『うん?』

「ロップモンは、何で?パートナーがいないのに、何で……」

『パタモンと同じだよぉ。仲良しだからさ』

「……それだけ?」

『うん、それだけー』

 

これで僕達の話はお終い、とロップモンが締めくくる。

 

『ちょっと休憩しよっか。いっぺんに話しても疲れちゃうでしょ……君達も、話したいことがあるみたいだし』

「!」

 

ロップモンの言葉に、3人は肩を震わせた。

しかし、ちょっと待て、という大輔の言葉を華麗にスルーし、ロップモンはお腹空いたーとか言いながら部屋を出て行く。

パタモンとテイルモンは分かっていなかったようで、キョトンとしながら出て行ったロップモンと、大輔達を交互に見やった。

 

『話したいこと?』

『何?何かあった?』

 

どうしよう。3人は顔を見合わせる。

自分達が所謂“転生者”であることを、パタモン達に伝えるべきか、否か。

普通に考えるのなら、相手は自分の相棒で、分身で、もう1人の自分なのだから伝えた方がいいに決まっている。

“普通ならば”。

しかしそれには、大輔でさえ躊躇する理由があった。

ちらり、大輔とヒカリはさりげなく賢を、賢は大輔とヒカリを見やる。

 

「……ちょっとだけ、待っててくれないかな」

 

そう切り出したのは賢だった。

え、と大輔とヒカリは賢を見やる。

賢は敢えてそれを無視した。

 

「せっかくパタモン達は、パタモン達のことを教えてくれたのに、ごめんね。でもちょっとだけ、もうちょっとだけ、待ってて。そしたら、ちゃんと話すから」

『………………』

「ごめん、ごめんね、パタモン」

 

そう言って賢はぎこちなくパタモンの頭を撫でる。

 

──パタモンを抱きしめることは、できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白い雲に覆われた世界は、全てが白で統一されている。

陶器のようにつるりとした手触りの石はつなぎ目が何処にもなく円に形作られており、エンジェモンなどの天使型デジモンによく似た彫像が立てられた噴水からは、さらさらと白く輝く水が流れていた。

その噴水を取り囲むように、白や白に近いピンクの花が植えられており、時折吹く風で気持ちよく揺れている。

 

『オファニモン!』

 

美しいレリーフが彫られた神殿は、オファニモンが統括しており、女性型の天使デジモンが主にオファニモンの仕事の補佐をしたり世話をしたりしていた。

その神殿に、オファニモンの親友であり同僚でもあるセラフィモンとケルビモンがほぼ乗り込むような形でやってきた。

仕事の途中だったオファニモンは、キョトンとしながら乗り込んできたセラフィモンとケルビモンを見やる。

 

『セラフィモン、ケルビモン。ご機嫌よう。何かあった?』

『何かあった、じゃないだろう!』

『“神様”から聞いたよ!?オファニモン、自分の力を全部“神様”に返して、下界に行くって!』

『ああ、そのこと?ええ、そうよ』

 

セラフィモンとケルビモンが問い詰めると、オファニモンはあっさりと白状した。

あまりにもあっさりとしていたので、セラフィモン達は一瞬拍子抜けするが、すぐに我に返って再度詰め寄る。

 

『一体何故……!いや、理由は何となく思い浮かぶが、それにしたってどうしてそんなことを……!』

『そうだよ!ここまで来るのに、僕達すっごい苦労したじゃない!それなのにそんなあっさり……!』

『説得しにきたのなら、お生憎様ね。もう決めたことよ。時間もないし、今引き継ぎで忙しいの』

『オファニモン様、お呼びでしょうか』

 

ぎゃいぎゃいと騒ぐ親友達を尻目に、オファニモンは仕事や作業を続けている。

そこに、別の女性型の天使デジモンが現れた。

金色に靡く長い髪と、目元を覆った鉄のマスク、4対の白い翼と天女の羽衣のようなピンク色の長い布を両腕に巻いていた。

 

『ちょうどいいところに。もうワタシの話は聞いていますね?』

『はい。ゲンナイという名の者と共に下界に行くと……あの、オファニモン様、本当に行かれるのですか……?』

『オファニモン様、考え直してはくれませんか?』

『オファニモン様がいなくなったら、我々はどうしたらよいのですか?』

 

女性型の天使デジモンがおずおずと言った様子で尋ねると、オファニモンの手伝いをしていた成熟期の天使デジモン達も次々と縋るように尋ねてくる。

彼女らも、オファニモンが突然下界に行くと言い出したことに納得していなかったようだ。

当たり前だろう、これまで何百年とオファニモンに仕えていて、彼女の美しい心に心酔しきっていたのに、オファニモンはあっさりと自分の地位を捨てたのだから。

 

『そのために引き継ぎをしているのよ。エンジェウーモン』

 

纏わりついてくる天使デジモン達を振り払うなんて下品なことはせず、抱き寄せて優しく宥めながらオファニモンは先ほどやってきた女性型の天使デジモン……エンジェウーモンに語り掛ける。

そして、驚愕のことを口にした。

 

『エンジェウーモン、次の“オファニモン”は貴女を指名します。セラフィモンとケルビモンと共に、“神様”を支えて、立派にお勤めを果たしてくださいね』

『ええっ!!』

 

それには、呼び出されたエンジェウーモンだけでなくセラフィモンとケルビモンも驚いた。

 

『ちょ、ちょっとオファニモン!』

『ワタシの傍で補佐をしていましたし、ワタシが今までやっていた仕事の流れは分かっていますね』

『そ、それは分かりますが……』

『それなら大丈夫ね。明日から本格的な引き継ぎをしますので、今日はもう下がりなさい』

『は、はあ……』

『オファニモン!』

 

困惑しているセラフィモンとケルビモンをよそに、オファニモンはにこやかに話を進めていく。

呼び出されたエンジェウーモンも、突然の辞令に狼狽しているようで、頭に沢山の疑問符を浮かべながら部屋から出て行った。

オファニモンの身の回りの世話をしている他の天使デジモン達も動揺して、ひそひそと話し合っている。

 

『さあさあ、皆さん。ワタシが下界に行くまで時間もありませんよ。やらなければならないことはまだあるのですから、手を止めないで』

『……オファニモン』

 

パンパン、と手を叩きながら止まってしまっている天使デジモン達に声をかけるオファニモンに、これはもう説得するだけ無駄だと悟ったセラフィモンとケルビモンは、彼女の邪魔にならないようにそっと出て行った。

 

『………………』

『……オファニモン、出て行っちゃうんだね』

 

三大天使であり、神を支える特別なデジモンだけが歩くことを許される、“神の花園”と呼ばれる庭園がある。

セラフィモンとケルビモンは、その庭園を歩いていた。

時間があえばオファニモンと3人で、その庭園でいつまでもお喋りをしたり、お茶会を開いていた。

もうすぐ、それも出来なくなる。

ケルビモンはお茶会のためのテーブルとイスを見た。

在りし日の自分達の幻影が、楽しくお喋りをしている。

 

『……オファニモンが出て行くのが、悲しいわけではないんだ』

 

十字が刻まれたヘルメットで表情は見えないが、セラフィモンの声色からとても沈んでいることだけは分かった。

 

『いや、オファニモンが出て行くのももちろん悲しいのだが……』

『うん……分かるよ、セラフィモン。そんな大事なことを、僕達に何も言わずに決めちゃったのが悲しいんでしょ?』

 

セラフィモンとケルビモンはオファニモンの親友だ。

生まれてからずっと同じ時を過ごして、共に笑い合ったり悲しんだり、何をするにもいつも一緒だった。

日課だった、下界を覗き見ることだって。

それなのにオファニモンは、自分達に何も言わずに下界に行くことを決めてしまった。

セラフィモンとケルビモンは、それが悲しかったのだ。

何も言ってくれなかったことが、悲しかったのだ。

せめて下界に行くと決めたことを、一言でも言ってくれればまだ心の準備はできていただろうに。

今回のことだって、“神様”から聞いたのだ。

心底驚いたし、“神様”もてっきりセラフィモンとケルビモンは知っているものだと思っていたようで、びっくりしていた。

 

『……セラフィモン』

 

風が吹く。力を入れていないセラフィモンの羽が、その風で僅かに揺れていた。

昔は羨ましいと思っていたその羽。

三大天使の中で自分だけが獣の姿をしていたから、それが悲しくてこっそり泣いていたこともあった。

でも親友の2体はそんなケルビモンのことなどお見通しで、こっそり泣いていたのにいつも真っ先に気づいて、寄り添ってくれていた。

例え獣の姿だって、ケルビモンは自分達の大切な友達だと、いつもそう言ってくれた。

 

だから、決めた。

 

『分かっているよ、ケルビモン』

 

胸に灯った決意を口にしようとしたが、セラフィモンは首を横に振ってケルビモンの言葉を遮った。

セラフィモンの言う通り、セラフィモンには分かっているのだ、ケルビモンが言わんとしていることが。

ケルビモンは笑った。

 

『流石、僕の友達だね』

『伊達に何百年の付き合いじゃないさ』

『そうと決まったら、早速“神様”に言いに行かなきゃね!』

『オファニモンのように、引き継ぎもしなければな。幸い私の部下にも1人、見込みのある奴がいるが……お前は大丈夫なのか?』

『大丈夫、大丈夫。何とかする』

『……頼むから“神”の苦労を増やすようなことはするなよ?』

『だーいじょうぶだって!………………多分』

『何か不穏な言葉が聞こえたぞ?本当に大丈夫なんだろうな?……おい、返事ぐらいしろ、待て!』

 

昔々あるところに、3人の天使様がおりました。

3人は、いつも一緒でした。

嬉しいことも悲しいことも、いつも3人で分け合っていました。

 

セラフィモンとケルビモンは決意する。

嬉しいことも悲しいことも、3体でいつも分け合っていたのだ。

オファニモンが下界に行くというのなら、当然自分達だって行かなければ。

“神様”を支える存在としてこれまで生きてきたと言うのに、一気に3体も抜けてしまえば天界中が大騒ぎになるだろう。

部下達もきっと必死になって引き留めに来るだろうけれど、そんなの知ったことか。

ケルビモンは鼻歌を歌いながら、この後の騒動を想像してくふくふと笑っている。

セラフィモンは、そんなケルビモンに呆れながらも強く咎めることはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

光を失った紅い珠は、人知れず目を覚ます。

 

美しくも儚い一筋の雫を流しながら。

 

 

 

 

 

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