ナイン・レコード   作:オルタンシア

50 / 75
むかしとみらい

.

 

 

 

 

「……何だ、これは」

 

ネットワークとは少し違う空間を漂いながら“この世界”にやってきたゲンナイの、最初の感想はそれであった。

ゲンナイと一緒に“この世界”にやってきたなっちゃんも、想像すらしていなかった光景に言葉を失っている。

2人の目の前に広がっている光景とは、彼方此方から黒煙が上がり、緑が生い茂っているはずの森の木々が無理やりねじ伏せられたように無残な状態で転がり、力なく伏せているデジモンの身体がデータの粒子となってその姿を消そうとしているものだったからだ。

どぉん、という派手な爆音が遠くから聞こえてきて、硬直していたなっちゃんは悲鳴を上げてゲンナイにしがみつく。

ゲンナイはそんななっちゃんを宥めながら、持ってきていたタブレットを開いた。

これは光子郎と共同開発していた、彼らのいる現実世界よりも優れた機能や情報処理速度を誇る最新型のタブレットである。

本当は自前の物を持ってくる予定だったのだが、ここに来る直前に急いで完成させましたと言って光子郎から渡されたのである。

きっと役に立ちます、と子どものころから変わらない自信に満ちた眼差しで。

有難く頂戴したゲンナイは、早速光子郎がカスタマイズしてくれたタブレットを起動させ、ディスプレイをタップした。

 

 

 

 

 

大輔とヒカリと賢が謎のデジモンが起こした爆発によって死亡した件は、現実世界だけでなくデジタルワールドにも瞬く間に駆け巡った。

今はデジタルワールドを支配しようなんて、莫迦な考えを持った者は全くと言っていいほどいないために、歴代最強の選ばれし子どもが3人も亡くなったと聞いても、莫迦な行動を起こす者は現れなかったものの、デジタルワールドを守護している者達の間には動揺が走った。

ゲンナイはホメオスタシスの命を受け、急いで光子郎とコンタクトを取ったのだが、なかなか光子郎は出てくれず、やっと出てきてくれた時には、既に大輔達の葬儀を終えた後であった。

突然仲間が亡くなり、元・選ばれし子ども達もかなり動揺していたようで、ゲンナイが連絡してきたことに誰も気づかなかったのだと言う。

申し訳ありません、とディスプレイの向こうで、かなり憔悴しきった表情で光子郎が頭を下げてきたので、ゲンナイはこちらこそと顔を硬くしながら言った。

 

「……まさかこんなことになるとは……こちらの不手際だよ。本当に申し訳ない……」

《いえ……誰も予想なんかしていなかったと思います。僕もそうでしたし……》

 

あの日、デジタルワールド側が観測した時空の歪みは、異常なデータ量を持った謎のデジモンが空間をぶち破ろうとした反応だった。

しかも、このデジタルワールドには存在していないかったデジモンで、光子郎がこの30年間こつこつと集めてきた、どのデジモンにも当てはまらなかったのである。

人間との共存を選び、ともに歩むことを決意したデジタルワールドは、この30年間で新種と呼ばれるデジモンが次々と現れたのだが、その度に光子郎やデジ研の研究員達が詳細なデータを調べて、新種のデジモンとしてデータベースに登録していた。

しかし今回現れたデジモンは、そのデータベースに乗っていなかった。

詳しく調べるためには、デジ研の施設に連れていってデータを抽出するしかないのだが、そのデジモンは光子郎達が駆けつける前に大爆発を起こして空間を歪ませ、ぶち破られた穴を通って逃げてしまった。

その爆発に巻き込まれて、大輔達は亡くなってしまった。

正体不明のデジモンを調べられなかった悔しさも、倒せなかった怒りも、仲間を失った喪失感とは比べ物にならなかった。

元・子ども達は、今その喪失感に打ちのめされている。

 

「太一達は今どうしてる?」

《……皆さん、各々暫くは仕事を休むそうです……手が付けられないと……》

 

それはそうか、とゲンナイは聞いておきながら、無神経な発言だったことを反省した。

ゲンナイを始めとしたエージェントは、選ばれし子ども達をサポートしたり、ホメオスタシスの代わりに動くために人の姿をしているものの、人の心は持ち合わせていない。

デジモンのように感情で強くなる、という性質を持っていないからだ。

飽くまでもエージェントはホメオスタシスの手足であり、選ばれし子ども達のサポーターである。

感情よりも合理的に物事を進めなければならないのだ。

選んだ子どもが“使えない”と分かると、さっさと切り捨てて次の子どもを選ぶ。

そうやってこれまでデジタルワールドの危機を乗り越えてきた。

しかしそれが故に、人間から反感ももらっていた。

理性と感情を持ち合わせている人間が葛藤する場面でも、エージェント達は躊躇なく踏み込んでくるために、デジモンと人間以上に衝突したことが度々あった。

それでも、ゲンナイ自身はずっとそばで子ども達を見てきたから、他のエージェントと比べれば心は持ち合わせている方だ。

たまにエージェントとしての性質は垣間見えるものの、子ども達と深く関わっていくうちに、こういう言い回しをしてはいけない、こういう言い方をすると人間は怒る、ということを学習していき、次第に感情にも似たものが芽生えていった。

時々言い方を間違えて太一やヤマトから怒られることもあったが、それでも他のエージェント達のような失敗は少なくなっていった。

他のエージェント達はデジタルワールドを見回るのに忙しく、人間との交流も少ないために合理主義な者は未だ多いのだ。

人間と関わることの多かったゲンナイがエージェントの代表を務めているために、必然的に人間との関わりも更に多くなっていく。

おまけに太一達がこの30年間で人間の心とは何ぞやということを教えてくれたお陰で、他のエージェントと比べるとゲンナイは人間に関する知識や理解などがより深まっていったのだ。

人間は死んだらデジモンのように生まれ変わることは容易いことではない、というのも、太一達と関わったことで得た知識だ。

それまではただの情報に過ぎなかったが、知識として結び付けておけば、少なくとも人間を怒らせるような物言いはしなくて済む。

そうでなくとも、大輔とヒカリと賢の死はどうでもいいこととして簡単に処理が出来ない、否、簡単に処理をしたくない出来事だ。

これが“大切”という感情だと言うのなら……あまり知りたくなかったな、とゲンナイはこっそり自嘲した。

 

《光子郎、準備できたよ》

《ああ、丈さん。分かりました。……ゲンナイさん》

「ああ」

 

しんみりとした空気に酔いしれていたら、ディスプレイの向こうに映っていた扉から、丈が上半身だけ覗かせてきた。

丈の言葉に返事をすると、光子郎はキーボードを操作させる。

ディスプレイが光り、ゲンナイの身体がディスプレイの向こうに吸い込まれていく。

光の中を通って行き、数秒もしないうちにゲンナイは現実世界に現れた。

こちらです、と光子郎は先ほど丈が顔を覗かせた扉を開けて、白い廊下を歩く。

ここは光子郎が所長をしているデジタル研究所、通称デジ研の所長室、つまり光子郎の職場である。

世界各国のデジ研と情報交換をしたり、研究員達から送られてくる研究結果やデータを閲覧したり、デジタルワールド側の協力者から送られてくるデジタルワールドの状況を見たり、ゲンナイと通信したり、1日の大半をここで過ごしているらしい。

集中すると周りが見えなくなってしまう光子郎は、寝食も忘れて仕事場に籠ってしまうから、どうにかしてほしいと研究員達に何度か泣きつかれたこともあった。

 

 

光子郎に案内された部屋には、見知った人間が既に何人か集まっていた。

先程光子郎を迎えに来た丈と、ヤマト、空、ミミ、それから伊織。

パートナー達は留守番しているらしく、ここにはいない。

全部で12人いる先駆者たちのうち、半数しか来ていなかった。

……来ていない半数の内の更に半数は、既にこの世から去ってしまっているため、実質来ていないのは3人だ。

挨拶もそこそこに、ゲンナイは光子郎と共に部屋の中心に向かう。

この部屋は、集中すると寝食も忘れてしまう光子郎のために用意された仮眠室だ。

その仮眠室のベッドに、1人の少年が座っていた。

病衣を着ているのは、まだ少年の体調が万全ではないために、いつでも休めるようにするためである。

この少年は、光子郎の息子、ではない。

光子郎の子どもは、今のところ娘1人だけで、今後子どもを作る予定は今のところなかった。

かと言って、丈の息子でも、ヤマトと空の息子でもない。

勿論、ミミの息子でも伊織の息子でもなかったし、ここに来ていない他のメンバーの子どもでもない。

なら彼は一体誰なのか?

 

「初めまして」

「ああ、うん。もう何度目の“初めまして”かなぁ。まあ、いいや。初めまして」

「その口ぶりだと、以前私と逢ったことがあるようだが、生憎と私は君と逢った覚えはないんだ。それとも私が老人の姿の時に逢っているのかな?」

「んー、そうとも言えるし、そうじゃないとも言える?」

「おい、ふざけてるのか?」

「ヤマト、落ち着いて」

 

曖昧に濁すような少年の言葉に、ヤマトが苛立たし気に語気を荒げると、空がそっと寄り添いながら宥める。

そんな2人を苦笑し、少年は右手をひらひらと振った。

 

「そういう訳じゃないよ。ただ何て説明すればいいのかなって、思っただけさ。出だしを間違えちゃったら、俺の話も信じてくれないだろう?」

「それを判断するのは、君ではなくて僕達ですよ。大丈夫です、嘘偽りなく事実のみを述べてくれれば、僕達は信じますから」

「あーうん、お前はそういう奴だよ、光子郎」

 

名乗ってもいないのに光子郎の名を言い当てた少年は、参ったなぁと言いながら笑った。

 

「さあて、これも何百回したか分かんないけど、“君ら”とは初めましてなんだから仕方ないな。自己紹介、しようか。俺の名前は秋山遼。ここじゃない現実世界の住人さ」

「遼くん、ですね。初めまして。君は知っているようですが、こちらも念のため名乗らせていただきます。泉光子郎です。ここデジ研で所長をやってます」

「城戸丈。医者だよ。最年長なんだ」

「太刀川ミミでーす!」

「火田伊織と言います」

「石田空よ。よろしくね」

「……石田ヤマト」

 

順番に自己紹介をすると、少年──遼は1人1人の顔を見て、最後にぶっきらぼうに言い放ったヤマトに苦笑を漏らし、そして俯いた。

 

「……大輔と賢と……ヒカリちゃんだっけか……本当に死んじゃったんだな」

「………………」

 

俯いた遼の視線の先にあるのは、己の両手。

脚を覆うようにかけられたシーツを握る手が、微かに震えていた。

 

「……ごめん、俺のせいだ」

「……どういうことだ?」

「詳しく話すと長くなっちまうから、かいつまんで話すと、俺は“あのデジモン”を追っていたんだ」

 

“あのデジモン”、と遼が指しているのは、大輔と賢とヒカリが死んでしまった原因である、空間をぶち破って現れた、異常なデータ量を持ったデジモンのことだ。

遼は自分の世界からあのデジモンを追って、沢山の世界を渡ってきたのだが、この世界に来た時に何かの手違いで、丈が勤務している病院の前に転移してしまったらしい。

気を失って倒れているところを、丈の病院の看護師達に保護されたのだが、その日は奇しくも記念日、8月1日の朝だった。

丈があの日、遅刻したのは遼を保護して、診察していたためだった。

数時間もすれば目を覚ますだろう、と思い、あとは同僚に引き継ぎなりして任せようと思った時に、光子郎とゲンナイから同時にメールが届いた。

異常なデータ量を持った何かが、デジタルワールドの空間をぶち破ってこようとしていると。

敵か味方かは分からず、一足先にデジタルワールドに行っていた後輩達がその場に向かっているから、君達も急いでくれと書かれていたので、同僚を呼び出そうとしたのだが、看護師がやってきて遼が目を覚ましたと教えてくれた。

あとは同僚に任せる、と丸投げすることが出来なかった丈は、心の中で後輩達に謝罪しながら足早で遼がいる病室に向かうと、目を覚ました遼が丈を見るなり慌てたように縋りつき、デジタルワールドに連れて行ってくれと喚いたので、宥めるのが大変だった。

何とか落ち着かせて話を聞いたのだが、どうも要領を得なかったので、とりあえず連れて行ってやろうと思い、用意しておいたキャンプ道具と待機していたゴマモンと一緒に、病院のパソコンからデジタルワールドに向かった。

しかし本日は8月1日という休日であったために、色んな場所から沢山の人やデジモンがデジタルワールドに来ていた関係で、後輩達がいるエリアとは少し離れたエリアにゲートを開かなければならなかった。

それだけでも時間のロスだと言うのに、そこは砂漠のエリアであったので、丈のパートナーであるゴマモンが力を発揮することが出来ず、チンロンモンの下に行っていた光子郎に迎えに来てもらう羽目になってしまった。

 

「もう自分がどの世界から来たのかも分かんないぐらい、たぁっくさん渡ってきたなぁ。でもあいつを止めない限り、世界は歪んでいくばかりだからさ。何としてもあいつを、どうにかしないといけないんだよ」

「……どういうこと、ですか」

「あいつはさ、存在するだけで世界の、こう、何て言うか、因果律?理?そういうのを捻じ曲げちまうんだ。あいつが逃げた先々の世界で、それで完結していたものが全部めちゃくちゃにされちまったのも、もう何度も見たよ。デジモンがいた世界もあったし、いなかった世界もあった。もちろん、別の世界の君達もいて、協力してもらったことも何度かあった。でも、駄目だった。いっつもあと一歩ってところで逃げられるんだ」

 

今回もそうだった。

いつもなら“あのデジモン”とほぼ同じ場所に転移するのに、何があったのか、遼は現実世界の方に弾き飛ばされてしまった。

それが大きなタイムロスとなってしまったのだ。

丈と光子郎、それから遼とゴマモンがカブテリモンの手に乗せてもらって移動している最中に、バードラモンに乗ったヤマトと空、太一とミミとパルモンと合流した。

アグモンとガブモンは、デジタルワールドに着いた時にタブレット越しで、光子郎がチンロンモンから預かった力を託し、それぞれ究極体に進化して更に合体してオメガモンになり、一足先に後輩達のいるエリアへと向かってもらっていた。

それでも、どれだけオメガモンが最強と言われていても、“あのデジモン”を倒せるなんて、太一とヤマトには悪いが遼はさらさら思っていなかった。

だからグレイソードが呆気なくあの水晶に突き刺さっているのを見て、遼は愕然とした。

咄嗟に声が出た。

 

《よせ!!》

 

あの時のあの声は、遼の制止する声だったのだ。

 

「今回みたいなことは初めてだった。あいつのあのクリスタルは、どんな攻撃も受け付けないし、ダメージも入らない。それなのにオメガモンのグレイソードが突き刺さって、罅が入った。あり得ないんだ、そんなの」

 

そしてその直後の、爆発も遼は予想もしていなかったと言う。

あいつは自爆をする技は持っていなかったはずなのに。

逃げるために爆発したというのは考えにくい。

今までとは違う何かが起こっているような気がして、本当はここでこうして話しているのも惜しいのだと、遼は申し訳なさそうに笑った。

 

「これまでと違う現象が起きているのなら、一刻もはやくあいつを追わないと……」

「気持ちは分かるけれど、医者としてそれはおすすめ出来ないな」

 

今にも飛び出していきそうな遼を強く止めたのは、医者の丈だった。

 

「大分無茶したみたいだね。君の身体は外も内もボロボロだったよ。これ以上無茶をしたら、命の保証はできないから、医者としては止めさせてもらう」

「はは、それ別の世界の丈にも言われたよ」

「へえ、別の世界の僕にも言われたの。じゃあ何でここにいるのかな?ん?」

「ちょ、ま、待って待って、圧がすごい!何!?別世界とはいえ、丈の言うこと聞かなかったの怒ってる!?」

「ははは、怒ってなんかないよ、全然怒ってない、うん、怒ってない」

「いやいやいや怒ってるだろ、これ絶対怒ってるって!ねえ!止めて!誰か!俺が悪かったから!」

 

 

 

 

 

 

 

暫くすると、タブレットのディスプレイが切り替わり、グラフや文字の羅列が出てくる。

ぱ、ぱ、ぱ、と次々現れるグラフや図形や文章が落ち着くのを待ってから、ゲンナイはそれらをじっくりと眺めた。

 

「……ふむ」

「ゲンナイさん、どう?」

「ああ、どうやら“今”のデジタルワールドは所謂、古代デジタルワールド期と呼ばれていた時代だね」

「こだい……?」

「そう、ブイモンやホークモン、アルマジモンが生きていた時代だ。しかし……」

 

タブレットから顔を上げ、ゲンナイは辺りを見回した。

直後、どぉんという爆発音がしたので、ゲンナイはなっちゃんを連れて辛うじて生え残っている樹々に身を隠す。

 

「っ、どうやら私の想像を遥かに超えていたようだ……」

「どういうこと?」

「見てごらん、なっちゃん」

 

そう言ってゲンナイはタブレットを見せる。

ディスプレイにはこの周辺の地形と思しき、シンプルな線だけで描かれた図形が、赤い点を中心に映っていた。

その赤い点から、等間隔で広がっている波紋と、その波紋がぶつかるたびに点滅している黄色い点が1つ。

これなあに?ってなっちゃんはゲンナイに問う。

 

「光子郎がカスタマイズしてくれたものさ。設定して、今は半径100キロに絞っているんだが、この波紋は所謂レーダーで、半径100キロ以内にいるデジモンの生体反応をキャッチする。光子郎作なだけあって、このレーダーも相手にはキャッチされないんだ」

「へぇ」

「それで、だ。このレーダーを見るに、生体反応は1つしかない。おかしいんだよ」

「何が?」

「半径100キロ以内に、生きているデジモンが1体しかいない、ということがだよ」

「……え?」

「幾ら種族が未来ほど多くなかった古代デジタルワールド期とは言え、半径100キロ以内に生体反応が1つしかないなんて、あり得ない。未来よりも古代デジタルワールド期は狭かったからね。」

「……この点は1体だけじゃなくて、集団がひと塊になっている、とかじゃなくて?」

「それもない。光子郎は本当に優秀だからね。1体だけの反応と、集団でいる時の反応を別々にプログラムしてくれている。それに……」

 

ゲンナイは更にディスプレイをタップする。

半径100キロギリギリに反応している黄色い点をタップするとズームされ、黄色い点に幾つもの記号が示されて、文字が書き込まれていった。

 

「……どうやらこの反応は究極体のようだ」

「究極体?インペリアルドラモンみたいな?」

「ああ、そして……」

 

ゲンナイは再度顔を上げる。

茂みから顔を覗かせ、黒煙が上がっている方角を見た。

その方角は、ゲンナイ達が隠れる直前に上がった爆発音があった方角だった。

 

「……この周りの無残な状況は、間違いなくこのデジモンの仕業だろうな」

「えっ」

「事態は私が想像していたよりもまずいようだ。先ほど見たデジモンの死骸のことも考えると……」

 

最悪な展開が頭を過る。

ゲンナイの表情はいつになく険しかった。

 

「……いかん、このままでは未来が変わってしまうかもしれない!」

「え、ゲンナイさん!?」

 

茂みから飛び出したゲンナイは、タブレットを操作すると、ディスプレイを自分とは反対側に向ける。

ディスプレイが光り、中からメカノリモンが飛び出してきた。

操縦席に乗り込み、未だ状況が飲み込めていないなっちゃんをメカノリモンの手のひらに乗せ、メカノリモンを飛ばした。

操縦桿の中心にタブレットを設置して、忙しなくタップするゲンナイに、なっちゃんは大きな声で呼びかける。

 

「ねえ!未来が変わっちゃうって、どういうこと!?」

「………………」

 

しかしゲンナイは切羽詰まっているのか、答えてくれなかった。

タブレットと前を交互に見ながら、何処か当てがあるわけでもなく彷徨うゲンナイに、なっちゃんは不安しか感じられない。

でもゲンナイは、それどころではなかった。

遼の言っていた通り、存在するだけでその世界の因果律を歪めてしまうデジモンが、“この世界”にいるとすれば……!

 

 

どれぐらい彷徨っただろうか。

がむしゃらにメカノリモンを飛ばし、何処へ行ってもタブレットが何も反応を示さなかったために、ゲンナイの脳裏に絶望の2文字が過った時である。

 

ピコン

 

タブレットが鳴った。

 

ピコン、ピコン、ピコン

 

それは、規則正しい音だった。

タブレットに何も反応せず、いつしか前だけしか見ることが出来なくなったゲンナイは、弾かれるようにタブレットの方に顔を向けた。

赤い点を中心に広がっていく波紋、そしてその波紋がぶつかるたびに反応するオレンジの点。

これは、複数体のデジモンの反応だ。

目を見開いたゲンナイの、操縦桿を握る手に力が籠る。

脳裏をかすめた絶望が消されていく。

でも……。

いや、今は可能性にかけるべきだ。

ゲンナイは首を何度も振りながら、反応を見せている方角にメカノリモンを向かわせる。

 

「……この辺りのはずだ」

 

30分後、波紋が広がる度に反応していた黄色い点滅と、ピコン、ピコン、という一定の間隔で鳴っていた音が早まっていくのを確認したゲンナイは、メカノリモンを降下させた。

そこは、拓けた場所だった。

少し小高い丘があって、半径50メートルほど開けているのだが、戦闘があったことを伺わせる惨状だった。

地面は彼方此方抉れ、樹々が倒れ、灰色の煙が上がっている。

ここで何らかの戦闘があったようだが、タブレットの反応を見るにこの辺りのようだ。

タブレットのディスプレイをタップして図形を拡大させると、反応は小高い丘の方角からあった。

丘の上にいるのだろうか、と思ったが、先ほど上空から見下ろした時にはデジモンの姿はなかったので、それは違うだろう。

ならば何処に?どれだけ目を凝らして見ても、タブレットの反応は小高い丘を指している。

 

「ねえ、ゲンナイさん!ここ!何かある!」

 

いつの間にかメカノリモンの手から降りていたなっちゃんが、切り立った岩肌に何かを見つけたらしく、ゲンナイを呼ぶ。

タブレットを外してメカノリモンから降りたゲンナイは、なっちゃんがいる箇所へと向かった。

そこには、不自然に盛り上がっている箇所があった。

遠目では分からないが、近くでよく見ると少し押せば動かせるような、なっちゃんの胸元辺りの大きさの岩だ。

ふと、思いついてタブレットを見る。

この不自然な岩と、反応がある箇所は、ほぼ位置が同じだった。

……もしかして、とゲンナイはなっちゃんと一緒に岩を動かす。

少し時間はかかったが、何とか岩を動かすことは出来た。

ず、ずずず、と地面に二本の線を描いて動かされた岩の向こうには、自然で出来たにしてはこれまた不自然な穴が開いていた。

なっちゃんが覗き込む。

 

「……ブイモン!」

「!」

「あと、ホークモンと、アルマジモンも!」

 

なっちゃんに退いてもらい、ゲンナイも覗き込んでみる。

薄暗かったが、確かに3体はいた。

穴は3体が少し余裕を持って入れるほどの広さと奥行だった。

どうしてこんなところに、という疑問は湧いたが、それよりもまずここから出てもらわないと、と考えたところではたと気づく。

岩をどかしたことで、この中に隠れていたらしい3体が何らかの反応を見せてもいいはずなのに、先ほどから3体は何も言わないし、動く気配がない。

嫌な予感がしたゲンナイは、なっちゃんにブイモン達を引っ張り出してもらうように頼んだ。

まずは、近くにいたホークモン。

上半身だけを中に入れて、壁にもたれかかっているホークモンを抱きしめて、何とか引っ張り出した。

ずるり、と抵抗なく出てきたホークモンだったが、空のように澄んでいるはずの青い目は、傷ついたガラス玉のように曇っており、涙の筋が見えた。

ぎょっとなったなっちゃんは、そっとホークモンを横たわらせると、再び上半身を中に突っ込む。

次に引っ張り出したのは、アルマジモンだった。

こちらも力なくぐったりとして、薄らと開かれた目から涙が零れていた跡が、頬に走っていた。

 

「……っ!」

 

なっちゃんが息を飲む音が、嫌に響いた気がした。

最後の1体、ブイモンも穴の中から出すために、なっちゃんは身体を穴の中に入れたが……。

 

『…………ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!』

 

突然、喉をぶち破るほどの声量が穴の中から聞こえてきたので、ゲンナイはぎょっとなった。

なっちゃんもびっくりしている。

だってなっちゃんは、ブイモンに向かって手を伸ばしただけだ。

もう大丈夫って、ぎゅっと身体を丸めて耳を塞ぐように頭を抱えて、蹲っている可哀想な龍の子どもに、そっと触れただけだ。

それなのにブイモンは、なっちゃんが触れた途端に大袈裟なぐらい身体を震わせて、更に奥へと引っ込んでしまったのだ。

涙をボロボロ零し、しゃくりあげながら可哀想なぐらい震えているのだ。

なっちゃんは、訳が分からない。

 

「ゲ、ゲンナイ、さん……!」

 

穴から這い出たなっちゃんは、困ったようにゲンナイを見上げる。

ゲンナイも状況が読み込めなかったので、顔だけを穴の中に入れてみた。

は、は、は、と短く息を吐いて、がちがちに震えて、しゃくりあげながら奥へ奥へと引っ込もうとしている。

もうこれ以上、奥に引っ込むことはできないのに。

迷子になった子どもみたいに泣きじゃくって、喉をぶち破るほどの声量で喚いて、もういやだもういやだ怖い怖い怖い怖いって言う、ブイモンの感情を叩きつけられているような感覚に陥って、なっちゃんは思わずその場で硬直してしまう。

 

「………………」

「……ゲンナイさん、どうしよう」

 

穴から出てきたゲンナイは、穴の中から聞こえてくる泣き声と喚き声が混じった、聞いているだけで心の奥に張りが突き刺さるような悲鳴に、呆然とすることしか出来ない。

だがこのままここにいるのは危険だ。

遠くから絶えず聞こえてくる破壊音の主が、いつここに来るか分からないから、早いところここから逃げた方がいい。

しかしなっちゃんが触れようとした結果、ブイモンは恐慌状態に陥ってしまっている。

……仕方がない。

 

「ここに簡易な基地を作ろう。それでブイモン達を簡単に治療してみよう」

「……大丈夫、なの?」

「リスクはある。だがいつまでもここで、ぼうっとしている場合ではない」

 

そう言うとゲンナイはタブレットを操作して、ブイモンが隠れている丘に向かってタブレットを向けた。

カシャ、とカメラのシャッター音がした。

特に変わった様子はないが、ぐったりとしているホークモンをなっちゃんに任せ、ゲンナイはアルマジモンを優しく抱き上げてやる。

ホークモンをおんぶしたなっちゃんを伴って、岩肌に突っ込んでいった。

岩肌にぶつかるとこなくすり抜けていくと、中は岩肌が剥き出しになった研究室のような施設になっていた。

診察台とベッド、作業台と幾つかの実験器具、幅50センチほどの三段の本棚が作業台の隣にあった。

その簡易な設備が揃えられた空間で、ブイモンの嗚咽だけが響いている。

なっちゃんは何と声をかけようかとブイモンをじっと見ていたが、ゲンナイに呼ばれたためにそれを断念した。

診察台に寝かされているアルマジモンの隣に、ホークモンを寝かせるように言われたので、その通りにしてやると診察台の頭の方から薄い膜のようなものが現れて、寝ているホークモンとアルマジモンの上を通り過ぎていく。

診察台のすぐ傍にあるモニターに、映像が映し出された。

 

「ゲンナイさん、これは……?」

「ホークモンとアルマジモンの記憶を映像化したものだ。何があったのか、これで分かるはずなんだが……」

 

そして、2人は知る。

この惨状の理由を、この悲劇の意味を。

エージェントとして教えられた、自分が生まれる前のデジタルワールドの正史から外れた出来事を。

 

「……これも、遼が言っていた“あのデジモン”の仕業なのか……?」

「………う、」

 

振り絞るように紡がれるゲンナイの言葉を尻目に、顔色を真っ青にさせたなっちゃんは、口を抑えながらトイレに行った。

直後に、嘔吐くような咳が聞こえてきたので、恐らく吐いてしまったのだろうと思われる。

だが今のゲンナイには、なっちゃんを気遣う余裕はなかった。

遼から教えてもらった“あのデジモン”に関する情報が本当なら、この世界の歴史は間違いなく狂わされている。

ならば自分の知っている未来は……。

 

「………………」

 

なっちゃんが嘔吐く以外、とても静かだ。

ゲンナイが作り出した空間の端っこで、しゃくりあげていたブイモンはいつの間にか泣くのをやめて、その場で横たわっていた。

恐らく泣き疲れてしまったのだろう。

うっすらと開かれている目の端から涙が零れた跡が残っている。

ゲンナイは大きめのタオルを取り出して、そっとブイモンに歩み寄った。

震えているが、意識がある気配はない。

タオルを広げて、タオル越しにブイモンに触れてみる。

ブイモンは何の反応も見せない。

起こさないように慎重にタオルで包み込み、そっと抱き上げた。

ベッドに寝かせてやると同時に、なっちゃんがトイレから出てきた。

その顔色は未だ青く、口元を押さえている。

 

「……なっちゃん、少し休んでいなさい」

「……で、も」

「いいから、ね?」

 

まだ幼い彼女を連れてくるのは、やはり間違っていたのだろうか。

しかし長い間生まれてこれず、やっと大輔に逢えるって楽しみにしながら生まれてきた彼女に突きつけられたのは、残酷な知らせだった。

逢いたかった人に逢えず、泣きじゃくる彼女を放っておけなかった。

だからつい、一緒に来るかいと声をかけてしまった。

まさかこんなことになっているなんて、誰が想像していようか。

 

──今は、後悔している場合ではないな。

 

ゲンナイは頭(かぶり)を振る。

調べなければならないことは沢山ある。

ここで嘆いている時間はないのだ。

本来の歴史から外れた出来事による、未来への影響。

遼が追っていた“あのデジモン”の行方。

そして……この惨状の本当の理由。

“今”が古代デジタルワールド期なら、エージェントどころかホメオスタシスもまだ確立していない。

ホメオスタシスの前身はいたと思うが……下手なことを言って怪しまれるのは避けたい。

そして、まず最初にしなくてはいけないのはここからの移動と、ブイモン達をどうするかということだ。

時が来るまで自分の下で保護してもいいが、戦う力のない自分ではブイモン達を護り切ることは出来ないだろう。

ホークモン達の記憶によれば、この惨状を引き起こしたデジモンは間違いなく、ブイモン達の命を狙っている。

相手は究極体、メカノリモンしか戦闘手段がないゲンナイは言わずもがな、なっちゃんも戦闘向きのデジモンではないから、対峙したら逃げるしかないのだ。

だが心を壊してしまった3体のデジモンとなっちゃんを連れて、逃げきれる自信もない。

どうするか……。

タブレットを弄りながら考え込んでいたゲンナイの目に、飛び込んできた情報があった。

 

「……これは……」

 

呟くゲンナイ。

情報を読み進めていく。

口元を隠すように右手で添えて……決断した。

 

「……ここなら、独立しているし……話せば分かってくれるか……?」

 

不安がないと言えば嘘になるが、賭けるしかない。

ゲンナイは慎重に外を伺い、メカノリモンを出してからブイモン達を外に運び、なっちゃんにも出てもらって、丘の中に作った簡易な施設を消して、メカノリモンに乗ってその場を離れた。

 

 

目指すは……天界のエリアである。

 

 

 

 

 

.

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。