ナイン・レコード   作:オルタンシア

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月夜に奔る蒼狼

 

 

 

 

 

 

それはまるで真上から髪を引っ張られて、放り投げられたような感覚であった。

 

 

深淵を揺蕩っていた治の意識は急浮上し、ばちっと目を覚ます。

寝る前は点いていたはずの電気がいつの間にか消えていて、微かに温まっていた車内は夜の冷たさに冷やされた鉄のせいで温度が若干下がっていた。

それを理解した途端に分かりやすく震えた身体に、腕をさすりながら立ち上がれば、他の眠っていた子ども達も何事だと動揺していた。

運転席に一番近かった治は、とりあえず電気を点けようと適当にボタンを押してみる。

数秒ほどしてパッと電気が点いたのを確認して、空は素早く電車内を見渡した。

 

「……大輔は?」

『ブイモンもいないわ』

 

1、2、3、と心の中で人数を数えていくと、1人と1匹足りないことに気付く。

太一とアグモンは外で見張りをしているから、初めから除外だ。

子ども達が起きた原因は、何処からか聞こえてきた悲鳴のせいである。

異世界に飛ばされて最初の夜に、そこら辺の地面で寝ることにならずに済んだ子ども達は、屋内と言うこともあって安心して夢の中へと旅立っていた。

浅い眠りから深い眠りへと誘われていた時に、突如として響いてきた悲鳴。

それはまるで傷ついた獣が、寄ってくる者総てを退けるような咆哮でもあり、助けを求めている哀しい叫び声のようでもあった。

 

 

──どうする?

 

 

子ども達は顔を見合わせる。

悲鳴は間違いなく外から聞こえてきたものだ。

まさかこの辺りに住む凶悪なデジモンがこちらに向かってきているのではないか、昼間クワガーモンに追いかけ回された子ども達の心に、そんな考えが浮かぶのは当然のことである。

しかしそれならば、外で見張りをしているはずの太一が、いつまでもここに駆け込んでこないのはおかしなことだ。

異変をいち早く察知して、知らせるのが見張りの役目なのに、子ども達が悲鳴を聞いてからもう数分は経っているのに、いつまでも太一が知らせに来ないのである。

危険なものではないのだろうか、それとも……知らせに来ることが、出来ないでいるのか。

 

 

頭の回転が早いが故に、そう言う結論に至ってしまった治は、子ども達が戸惑っている中真っ先に飛び出していった。

慌てて後を追うガブモンに、空とピヨモンが待ってって言って他の子ども達と一緒に、反射的に走り出す。

 

「太一!何処だ!?」

『アグモン!』

 

煌々と燃え上がる薪の前には、先程まで見張りをしていた形跡があるのに誰もいない。

さあ、と血の気が引いていく音が聞こえた治は、辺りを見渡しながら親友の名を叫んだ。

隣に立ったガブモンも、焦ったようにアグモンを呼んだ。

 

『ガ、ガブモ~ン!こっちだよぉ!』

『!アグモン!』

 

そして聞こえてきた、アグモンの呑気な、しかし少々困ったような声。

とりあえず無事らしい、ということに安堵した治とガブモンは、遅れて来た他の子ども達とデジモン達と一緒に声がした方向に向かった。

 

そして子ども達は、思っても見なかった光景を目の当たりにする。

 

「……大輔くん?」

『ブイモン……?』

 

ヒカリとプロットモンがポツリと漏らした。

そこにいたのは、太一とアグモン、それから大輔とブイモンだった。

何処にもいないと思ったら、外にいたらしい。

しかし子ども達は、心配かけて何をしていたのだと、語り掛けることは出来なかった。

 

「お、おい、ブイモン?どうしたんだよ?」

「なあ、ブイモン。答えてくれよ、なあ、なあってば!」

 

太一と大輔が懸命にブイモンに声をかけている。

そのブイモンは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

人間のような5本指に生えた鋭い爪が腕に食い込んでおり、このままではいずれ皮膚を食い破ってしまう。

何があったのかは知らないが、とりあえず止めさせようと丈が動いたのだが……。

 

『っ、ジョウ!待って!』

 

ブイモンの様子を訝しんでいたデジモン達だったが、やがて何かに気づいたようで目を見開かせ、さっと顔を青くした。

ブイモンに近付こうとした丈を、ゴマモンが引き留める。

いきなり大きな声を出したもんだから、丈も反射的に立ち止まった。

 

「どっ、どうしたんだよ、ゴマモン?」

『ブッ、ブイモン!』

『大丈夫!?』

 

ゴマモンは答えず、動いたのはパタモンとプロットモンだった。

ヒカリと賢がそれぞれ抱えていたのだが、2匹は2人の腕から飛び出して行って、蹲っているブイモンの下へと一目散に駆け寄って行ったのである。

ガチガチに震えて、身体を丸めるように縮こまっているブイモンの両側に立って、ゆっくりと擦ってやれば、少しずつだが震えが収まっていくのが分かった。

 

『……アグモン?』

 

ほ、とデジモン達が胸を撫で下ろしたのもつかの間、パルモンが何やら怒っているかのような雰囲気を醸し出してアグモンを見つめた。

と言うより睨んだ。

 

『あー……ごめん。ボクが止める間もなく……』

『もー!何してんのよ!パートナーでしょ!?』

「ちょ、ちょっとピヨモン?」

 

気まずそうに頭をかいているアグモンを、ピヨモンが叱りつける。

デジモン達の間だけで繰り広げられている会話に、空が耐え切れずにピヨモンに問いかけた。

一体、何が起こっているのか。何故ブイモンは蹲って震えていたのか、どうして太一と大輔は訳が分かりませんっていう顔をしているのか。

デジモン達は知っているようでも、子ども達は知らない。

ここに来てまだ1日も経っていないのである。

どういうことかちゃんと教えて、って空が困ったように言えば、ピヨモンが初めて気づいてごめんなさいって頭を下げた。

 

『そうだった。そうだったわね、ソラ。ごめんなさい。もっと早くに言っていればよかったわ』

『仕方ないんとちゃいまっか?ダイスケはんは平気やったみたいやし、ワテらが勝手にいう訳にもいかんやろし……』

『それも含めてちゃんと話そう?パタモン、プロットモン、ブイモンのことお願いね』

『分かってるわよ』

『ダイスケ達も、ここは僕らに任せて、ピヨモン達から聞いて?多分……ブイモンは言いたくないだろうから』

「……分かった」

 

物凄く納得がいかない、って顔をしているけれど、可哀想なぐらいぶるぶる震えているブイモンを見ちゃったら、大輔は何も言えない。

ヒカリと賢に促され、大輔は先に行った先輩達の後を追う。

みんな薪の周りに集まっていた。

 

「……えっと、まずは状況整理ですね。大輔くん、さっき聞こえた悲鳴は、ブイモンので間違いないですか?」

 

最年少3人が座ったのを見計らい、光子郎が尋ねる。

こくん、と大輔は頷いた。

 

「どうしてなのか、聞いてもいいかい?」

「……え、と、まず俺、変な夢見ちゃって……」

 

大輔は話す。こうなるまでに至った経緯を。

顔を洗おうと思っただけだったのだ。夢見が悪くて、でもそれがどんな夢なのか思い出せなくてむしゃくしゃして、顔を洗ってすっきりしたかっただけだったのだ。

一緒に顔を洗いに行ったブイモンが、とっても深刻な表情で自分の右手の甲を見つめていて、どうしたのって聞いてもブイモンは答えてくれなかった。

何度も何度も大輔から目を逸らして、忙しなく右手の甲を擦って、それで……。

 

「……太一が来た、ってわけ?」

「はい……」

 

はあ、と空は溜息を吐きながら太一を見やった。

たはは、と苦笑しながら頭をかく太一。無鉄砲ながらに周りをよく見ている太一だが、如何せん空気が読めないところがある。

大輔とブイモンが大事な話をしている、ということも、恐らく見えていなかったのだろう。

多分、本人はちょっとじゃれたら早く寝ろよって言うつもりだったに違いない。

 

 

お気に入りの後輩と豪語している大輔には、よく男兄弟のノリで構ってやっていることがある。

大輔の兄弟はお姉ちゃんだから、男の子の遊びはあんまりしてもらえない。

逆に太一の兄弟はヒカリという妹だから、男の子の遊びは誘いにくい。

結果的に妹と同い年で、太一さん太一さんって慕ってくる大輔を男兄弟のように扱うのだ。

少々乱暴に、雑に、でもきちんと手加減して。

ヒカリちゃん相手じゃ絶対しないことを、お姉ちゃんが絶対してくれないことを、お互いにやって、じゃれ合っているのである。

勿論太一にとっての兄弟はヒカリだけだし、大輔もまた然りだから、飽くまでも“兄弟ごっこ”だ。

それを太一も大輔も分かっている。分かっていて態と踏み込んだりすることもある。

今回はたまたま、“踏み込んだ”のだ。

いつもなら頬っぺた同士をくっつきあってべたべたしたりしない。

せいぜい両手で頬っぺたを挟んで、むにむにしてやるだけだ。

ちょっとだけ、ふざけちゃったのだ。

いきなり知らない世界に飛ばされて、しょっぱなからクワガーモンに追っかけ回されて、海に行けばシェルモンと対峙して、それを退けたと思ったらモノクロモンの縄張り争いに巻き込まれかけて。

色々あった。子どものキャパシティーは、とっくに限界を迎えていた。

正直、ふざけないとやっていられない状況だったのだ。

寝る前に太一がガブモンにちょっかいかけたのも、そう言ったことが理由だった。

限界以上までふざけて、明日に備えたかったのだ。

散々じゃれ合った後に、何やってんだろうな、って2人で乾いた笑いを浮かべて遠くを見つめて、しばらくボーっとしたら、切り替えるつもりだったのだ。

彼らがいた世界でも、たまーに見られる光景だった。

太一と大輔にとっては、日常茶飯事、いつものことだった。

だから太一は、大輔のパートナーも同じように扱っただけだったのである。

自分達だけの儀式に、ふざけ合いに、じゃれ合いに、ブイモンも混ぜてあげたかっただけだったのである。

アグモンが来たら、アグモンも一緒にふざけようと思っていたのである。

その結果、アグモンがあわわって顔を真っ青にさせて、ブイモンががっちーんと硬直した数秒後に喉が裂けるほどの大きな悲鳴を上げることになるなんて、太一も大輔もきっと思っていなかった。

 

「……とりあえず、状況は理解できたよ」

 

どうしてブイモンが悲鳴を上げることになったのか、という経緯は理解した。

問題は、その理由である。

太一が触れてしまったことでブイモンは悲鳴を上げた。

ならば何故、ブイモンは太一に触れられて悲鳴を上げたのだろうか。

ちゃんと話してくれるとデジモン達は言ってくれたので、子ども達はデジモン達の方を向き、言葉を待った。

デジモン達は、互いの顔を見やり小さく頷き合うと、代表してピヨモンが口を開いた。

 

『えっとね、最初に言っておくと、ワタシ達も詳しいことは分かんないの。だから、何で?って聞かれても、それが何でなのか答えられないの。ごめんね?』

 

そう前置きしてから、ピヨモンは教えてくれた。

 

『ブイモンね、誰かに触られるの、すっごく嫌がるの。怖がるの。ワタシ達がソラ達と会う前、ソラ達のこと、みんなでずっとずっと待ってた時から』

「……私達が此処に来る前から?」

『うん』

 

ピヨモンは言う。子ども達を待っていた長い長い間、気が遠くなるような長い間、ピヨモン達はみんなで一緒に待っていた。

まだ小さく、頼りなく、相手を退ける力も持たない頃、みんなで身を寄せ合って力を合わせて生きてきた。

いつか必ず出会えるパートナーが来るのを信じながら。

気が付いた時にはみんな一緒にいたから、いつから待っていたのか、その記憶は定かではない。

ただ……もうその頃からブイモンは、チビモンは他の誰かに触られることを拒絶していたらしい。

少しでも触れれば先程のような悲鳴を上げて、がっちがちに震えて、わんわん泣くそうなのだ。

だからみんな、なるべくチビモンには触れないようにしていた。

触れさえしなければ、チビモンはいつも通りだったからだ。

 

「……そうだったの」

 

空が悲しそうな、辛そうな表情を浮かべて、ブイモンとプロットモンとパタモンがいる方に視線を向ける。

もう、ブイモンは蹲ってはいなかった。

こちらからは背中しか見えなかったが、プロットモンがブイモンの顔を覗き込んで、パタモンが背中を擦っているのが見える。

…………あれ?

 

「パタモン、普通に触ってますけど……」

『ああ、それなぁ。何でか知らんけど、プロットモンとパタモンは平気みたいなんですわ』

「……何で?」

『知りまへんて』

 

曰く、他のデジモン達はダメなのだが、プロットモンとパタモンはニャロモンとトコモンだったときから、何故か触れても硬直したり泣いたりすることがなかったらしい。

何で?何で?ってデジモン達は不思議がっていたが、ブイモンも何でか分からないので、解明しようがないのだ。

それを聞いて、うーん?と首を傾げ、はいって手を挙げたのは賢とヒカリだ。

 

「じゃあ、ヒカリから」

「はい。えっと、お昼ここに来たばっかの時に、クワガーモンに追いかけられて、転んだ時なんですけど。私、転んだブイモン……チビモンを抱っこしたんです」

 

でも、

 

「その時のチビモン、びくってなったけど、泣いたり叫んだりはしなかったよ?」

『え?そうなの』

 

ヒカリの言葉に、デジモン達も目を丸くした。

あの時はみんなで逃げることだけに集中していたから、デジモン達は誰もそのことに気づいていなかった。

 

「じゃ、次。賢」

「うん!あのね、ご飯の時、大輔くんとヒカリちゃんは果物とってくる係りだったでしょ?僕、自分の当番が終わったから大輔くん達のお手伝いしようと思って、大輔くん達のところに行ったんだ。でね、大輔くんとブイモンが持ってた、果物がいっぱい乗った葉っぱを支えてあげようと思って持った時に、ブイモンの手を触っちゃったんだ」

「……それで、どうなったんだ?」

「……ブイモンの奴、賢の手を振り払ったんです。でも、叫んだり泣いたりはしなかった……」

 

賢の言葉に、大輔が補足するように呟いた。

そう、あの時ブイモンはとても怯えた表情を浮かべてはいたが、悲鳴を上げることはなかった。

ビックリしただけにしては大袈裟だとは思っていたけれど、まさかそれが“触れられることを怖がっている”からだなんて、大輔は夢にも思わなかった。

だって大輔には自分からくっついてきてたし(初めて会った時なんか大輔の顔にべちゃっと張り付いてきた)、パルモンが伸ばした蔓に飛び乗ってクワガーモンに踵落としをお見舞いしていたし。

 

『自分から触る分には平気みたいなんだけどね』

『それこそ不思議よねぇ』

 

ガブモンとパルモンが顔を見合わせて、そう言った。

触るのは平気だが、触られるのがダメ、とは確かに奇妙ではある。

 

 

何にせよ、

 

 

「……悪いことしちまったなぁ」

 

太一が頭をかきながら、本当に申し訳なさそうに項垂れる。

 

「……知らなかったんだから、仕方ないんじゃないか?」

『そうだよ、言わなかったオレ達も悪いんだから……』

「それでも……やっぱ気は引けちまうよ」

 

治とガブモンがフォローを入れるも、太一は首を横に振り、知っていたら、あんなことしなかったのになぁ、って悔しそうに呟いた。

白い手袋をはめた両手を、胡坐をかいた膝の上でぎゅっと握りしめている。

タイチ、ってアグモンが眉を垂れ下げながらパートナーの名を紡いだ。

無神経ながらも、自分が悪いと思ったらそれを素直に認めることが出来るのだ、太一という男の子は。

ちゃんとごめんなさいが素直に言える子なのだ。

こういうところがすごいなあって、治はいつも思っている。

──自分には、絶対にできないことだ。自分は持っていないものだ。

 

「よし、理由は分かった。これからは気を付けるよ」

『うん。そうしてあげて』

『ワテらも、すんまへんなぁ』

「いえ、これはこれでなかなかデリケートな話題ですし、しにくかったのは仕方ないと思いますよ」

 

触るのは平気でも、触られるのは無理だと言うのは、なかなか理解されにくいものだろうから、デジモン達が言い出しにくかったのも無理はない。

欧米人と違って、日本人である子ども達は必要以上にべたべたしたり、触れ合ったりすることが少ないから、尚更気づいてやれなかった。

先程のはただ太一のキャパシティーがちょっとぶっ壊れそうになったから、軌道修正するためにちょっとふざけちゃっただけなのだ。

 

「………………」

「……大輔くん」

 

大輔の様子に気づいた賢とヒカリは、気づかわし気に声をかける。

ぎゅっと唇を真一文字に結び、両手で拳を握りしめ、顔を俯かせていた。

大輔は優しい子だから、きっとブイモンが抱えていたことに気づいてやれなかった自分を、ふがいなく思っているのだろう。

何と声をかけたものか、と考えあぐねるヒカリは、固く握りしめられている大輔の手に、自分の手を重ねてやることしか出来ない。

賢も、指をもじもじさせながら何度か口を開いてはすぐに閉じる、という行為を繰り返している。

 

『ヒカリィ』

『ケーン!』

 

気まずい空気が流れている子ども達の下に、ブイモンを伴ったプロットモンとパタモンがやってきた。

プロットモンとパタモンの間に挟まれているブイモンは、大輔と同じように項垂れていた。

違うところと言えば、大輔の表情は硬く、ブイモンは憔悴しきっている。

 

「………………」

『………………』

 

じ、とブイモンを見つめる大輔と違い、ブイモンは項垂れたままである。

他人に触れられることを怖がるというとても大事なことを、後回しにしていたことを後悔しているのだろうか。

でも言えるはずがなかった。大輔を護るのだと、ずっと待っていたのだと豪語していたのに、こんな致命的な弱点があったなんて。

嫌われたくなかった。失望されたくなかった。

そう思うと、大輔の顔をどうしても見れない。

 

『……あ、』

「もう、」

『え?』

 

沈黙が怖い。どうしよう、ブイモンの心にますます焦りが浮かぶ。

無意識に落とされた声を掻き消すように、大輔が口を開いた。

 

「もう、隠してること、ないよな?」

『………………』

「ないよな?」

『……な、い』

「じゃあいい」

 

ぶっきらぼうな口調で、大輔はそう言った。

え?ってブイモンはようやく顔を上げて、大輔を見やる。

 

『ダ、ダイスケ……?』

「謝るなよ」

『え?』

「俺は別に、ブイモンに怒ってるわけじゃないから。だから謝るなよ」

 

ぎゅ、とブイモンの手を握りしめ、大輔は言った。

 

「何かあったら、ちゃんと言ってくれよ。俺達、パートナーなんだろ?そう言ってくれたじゃんか」

『……う、ん』

 

再度項垂れるブイモンの視線の先には、大輔にぎゅっと握られている己の手である。

もう、震えは止まっていた。

他の誰かに触れられることを拒む己の身体は、大輔は勿論、助け起こしてくれたヒカリのことも、手伝おうと偶然触れた賢のことも、何故か拒否しなかった。

理由は分からない。

プロットモンとパタモンのパートナーだからだろうか?

幾ら考えても、答えは出なかった。

……でも、

 

 

《何かあったら、ちゃんと言ってくれよ》

 

 

きっともう、悪夢は見ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、突然のことであった。

 

島が、突如として揺れたのである。

ブイモンと会話する際は、振れないように注意を払おう、と要点を纏めた丈によってお開きになり、明日に備えて寝ようと、太一とアグモンを残して電車に戻ろうとしていた時だった。

 

「なっ、何だぁ!?」

 

金波の美しい湖面が、激しく波打っている。

経っていられないほどの強い揺れに、子ども達はなすすべもなかった。

何が起こっているのか、何があったのか、子ども達は話に夢中で気づいていなかった。

太一が真剣な話をしようとしていた大輔とブイモンの下へ向かう際に、大きな大きな赤い葉っぱを踏みつけて行ったことも。

見張りを再開しようとした太一が薪をいじくって、弾けた熱い木片がその葉っぱの上に転がっていったことも。

 

 

そしてそれが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ごごごごご、という地響きとともに、島の石に埋まっていた葉っぱが蠢いて、湖の底から渦が顔を出した。その渦が立ち上がり、水飛沫を上げながら真っ二つに割れ、霧散する。

中から現れたのは、長い身体が特徴的な、まるで蛇のような怪物だった。

 

 

《ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!》

 

 

咆哮。長い身体をくねらせながら、怪物は唖然としている子ども達を見下ろす。

 

『シ、シードラモンやないか!?』

「シードラモン!?あれもデジモンなんですか!?」

 

テントモンの慌てふためく声に、光子郎が問いかけたがテントモンが答える前にシードラモンが動く。

子ども達を睨み付けていたシードラモンは、くるりと背を向けると泳ぎ出した。

同時に、陸地と島を結んでいた石畳がガラガラと音をたてて崩れ、島が動き出したのである。

まるでシードラモンが島を引っ張っているようだった。

光子郎がそう言うと、そんな莫迦なとテントモンが返す。

 

『シードラモンは大人しいデジモンでっせ!?殺気を感じん限り襲ってくるなんて、ありえへん!!』

「んなこと言ったって…!!」

 

太一が踏んづけて、始めた木片の熱さによって怒り狂っていることなど、太一達は知る由もない。

やがてシードラモンの泳ぐスピードが緩まると、小島もゆっくりと停止する。

湖のほぼ真ん中まで連れて来られてたことにより、子ども達の逃げ道は絶たれてしまった。

島に埋め込まれていたシードラモンの尻尾が、持ち上がるように掘り出され、ばしんと小島を叩く。

島が大きく傾くほどの揺れに、子ども達とデジモン達は溜まらずひっくり返った。

渦を産み出しながら、シードラモンが再び湖の中へと潜って行く。

湖面から見える陰は、猛スピードで島の真下へ移動すると硬い頭で島を突きあげるようにぶつけた。

その衝撃でまた島が動く。

彼方此方へ動き、激しく揺れる小島はまるで荒波にもまれる漁船のようで、船酔いを起こしたミミの顔は真っ青に染まっていた。

 

 

がしゃーん、と湖の中に建っている電柱にぶつかり、小島は動きを止める。

やっと止まった、と安堵した太一だったが、いよいよ逃げ道がなくなってしまったことに代わりはない。

再び水飛沫をあげ、水柱の中からシードラモンが顔を出した。

 

『行くよ、みんな!』

 

アグモンの声を合図に、デジモン達は動き出す。

 

『マジカルファイヤー!』

『エアーショット!』

 

渦巻く緑の炎と空気の塊はシードラモンに命中するが、顔を顰める程度で大したダメージには至っていない。

 

『ポイズンアイビー!』

 

パルモンが伸ばした蔓は、届きもしなかった。

テントモンがシードラモンの顔の位置まで飛び、羽を高速で動かして静電気を起こす。

 

『プチサンダー!』

 

だが硬い皮膚は静電気程度の電撃など、通すことはない。

 

『ベビーフレイム!』

 

アグモンが吐き出した炎の弾も、シードラモンの顔に直撃したが、弾かれてしまった。

 

『パピーハウリング!』

 

辺り一帯にプロットモンの超音波が響く。

子ども達は耳を塞いだが、シードラモンを怯ませることは出来なかった。

 

「くっそ!アグモン!進化だ!進化しろ!」

 

どれも通用しないと分かった太一は、最後の頼みの綱であるパートナーに、進化を促してみるが、アグモンは困ったような表情で無理だと告げた。

 

『さっきっからやろうとしてるんだけど、出来ないんだ!』

「何でだよ!」

『だからボクにも分かんないんだって!』

 

昼間のようにグレイモンになってくれれば、シードラモンを退けることが出来るかもしれない。

だがアグモンが幾ら踏ん張っても、進化の兆候など全く見られなかった。

コロモンがアグモンになった際も、進化をした原理はよく分からないとデジモン達も言っていたし、何か条件があるのだろうけれど、こんな時に条件が何なのかという推理をする暇はない。

このままでは怒り狂ったシードラモンに、全員やられてしまうのだ。

どうすれば、どうすれば……。

 

「うわああああ!!」

「!賢!?」

 

再び島が揺れる。上級生達によってシードラモンから遠ざけられていた下級生達は、島の隅のほうにいた。そのせいで、バランスを崩した賢が湖に落ちたのだ。

ばしゃああん、という音を立てて賢の姿が湖に消える。

すかさずゴマモンが飛び込んで賢の救助に向かった。

真っ青になった治は太一が止めるのも聞かず、見事な飛び込みを披露して賢の下へ急いで泳いだ。

ガブモンも後を追う。すでにゴマモンが背に乗せて救助した後だった。

 

「済まない、ゴマモン」

『いいってことよ』

 

ゴマモンはそのまま小島に上がっていった。

だが治はそれだけでは安心できなかったのか、あろうことかこっちだと叫びながら小島から離れていったではないか。

 

「何やってんだ、治!?早く上がって来い!!」

『オサム、待って!何処行くの!?』

「お兄ちゃん!!」

 

太一の怒声、ガブモンと賢の焦り声。

 

『オサムゥ!シードラモンがそっちに向かってまっせ!』

 

テントモンが叫ぶ。標的を治に変えたシードラモンが、長い身体をもたげながら治に襲い掛かろうとした。

 

『危ない!プチファイヤー!!』

 

すかさずガブモンが青い炎を吐き出し、シードラモンの顔にぶつける。

だがそれは、シードラモンの怒りを更に助長させるだけとなった。

激昂したシードラモンは、水の中に隠していた下半身を動かし、葉っぱのような尻尾でガブモンを持ち上げるように吹っ飛ばした。

 

「ガブモン!!うわ……!!」

 

治が湖の底に消える。シードラモンが暴れたせいで引っ掻き回され、激流が出来上がった水の中で、治は身動きすら取れなかった。

 

「お兄ちゃん!?」

『オサム!!』

 

賢の悲鳴が響き渡る。パタモン、大輔とヒカリ、空とミミが心配そうに見下ろしているのも、視界に入っていなかった。

ごつごつとした石の島に叩きつけられ、全身に激痛が走っているガブモンも、賢の悲鳴で治の異変に気付く。

ざばぁ、と湖から出てきた時には、治はシードラモンの尻尾に捕らわれていた。

 

「治!!」

「治くん!!」

 

太一と空の叫び声。

シードラモンの尻尾に捕らわれると、死に絶えるまで離されない。

テントモンの説明に、賢の顔が真っ青になる。

 

「あ……ぼ、僕のせいだ!僕を助けようとして、お兄ちゃんが……!!」

 

賢の目尻に涙が浮かぶ。無力な自分が、この時ばかりは憎かった。

身体が小さなデジモン達では、シードラモンに太刀打ちできない。

せめてアグモンが、シェルモンをブッ飛ばした時のように、進化をしてくれれば。

しかしあの時は無我夢中だったアグモンも、どうやって進化したのか分からないとどうすることも出来ない。

どうしよう、どうしよう。

そうこうしているうちにも、シードラモンは治を捉えている尻尾に更に力を籠め、治の身体を絞めつけている。

ミシミシ、骨が軋む音が聞こえてくる気がした。

 

「うわあああああああああああああああ!!!」

 

より一層締め付けられた治の悲鳴が、辺り一帯に響いた。

全身に走る痛みを堪えながら、やっとこさ起き上がったガブモンの心に、絶望の火が燻る。

それはまるで、澄んだ水に一滴落とされた、黒いインクが広がっていくように。

 

 

─ふとガブモンの脳裏に過ぎったのは、優しい笑顔を見せてくれた治の姿だった。

 

 

初めて会った際、他の子ども達が混乱したり拒絶したりする中、真っ先にガブモンを、この世界を受け入れたのは治だった。

ここは自分達の世界じゃない。ガブモン達の世界で、それがこの世界の普通なんだって皆を説得してくれたお陰で、子ども達は早い段階でデジモン達と打ち解けることができた。

他者と境界線が曖昧で、異質なものを受け入れやすい、まだ小学2年生の賢や大輔やヒカリはともかく、自分というアイデンティティーが確立し始める小学3、4年生ともなれば、自我が崩壊するのを恐れて異質なものから目を逸らしたがるものだ。

現に誰よりもパソコンや携帯などのデジタル機器に触れている光子郎や、天真爛漫を絵にかいたようなミミでさえも、最初はテントモンやパルモンとは距離を置いていた。

行動派の太一、面倒見のいい空も、自分の常識の範囲外であるということを、治に言われるまで認めようとはしなかった。

来年は中学生になる丈なんか、その最たるものだ。

治だけだったのだ、ガブモンを最初から笑って受け入れてくれていたのは。

初めましてをした時も、ツノモンからガブモンになったときも、昼間海に向かう道すがらの会話でも。

治は一度だって嫌悪や懐疑の眼差しを向けたことはなかった。

ガブモンをガブモンとして、そこに生きるものとして、受け入れていた。

 

 

──もう、あの優しい眼差しで見つめてもらえなくなるのか

 

 

嫌だと思った。それは、それだけは嫌だ。

何年も何年も、仲間達と身を寄せ合ってずっとずっと待っていたパートナー。

待ち望んでいた瞬間を迎えた時は、涙が出るぐらい嬉しかった。

嬉しくて嬉しくて涙を滲ませた時、泣かないでくれって慌てて抱き上げて、涙を拭ってくれたのだ。

よしよしって優しく頬を撫でてくれたのだ。

賢に対して同じことをしているのを見た時は、もっともっと嬉しかった。

治にとって自分は、賢と同じぐらい大切なものとして治の中にあるのだと、感じられたから。

受け入れてくれただけでなく、自分を賢と同率の位置に置かせてくれたのだ。

 

 

……それを、みすみす失ってなるものか。

 

 

『オサムゥウウウウウウ!!!』

 

 

ガブモンの叫び。

そして、光が治から発せられる。

正確には、治の腰から。

ガブモンの身体から、眩い光が溢れた。

 

『ガブモン、進化ぁー!!』

 

くるくるとその場で回転したガブモンの身体が、大きく変化した。

アグモンがグレイモンに進化した時と、全く同じ光景だった。

 

 

『ガルルモン!!』

 

 

光が収まる。

二足歩行の恐竜は、被っていた青い毛皮が身体を包み、大きくなった狼のような姿をしていた。

唖然とする子ども達を尻目に狼……ガルルモンは大きな身体を支える太い四肢で大地を駆ける。

大地を蹴り、宙を跳ぶ。その跳躍力や凄まじいもので、一気にシードラモンと距離を縮め、治を捉えていた尻尾を掠めた。

解放された治は湖に飛び込み、残された体力と気力を何とか振り絞って、子ども達がいる島まで泳ぐ。

太一と丈が島のほとりで待機して、治を引っ張り上げた。

縛られていたことで詰まっていた息を何度も吐き出して、治は呼吸を整える。

わあ、って賢がはしゃぐ声がした。

 

「頑張れー!ガルルモン!」

「You can do it!」

「シードラモンなんかに負けないで!」

 

2年生達が、パートナーと一緒に声を張り上げていた。

視線の先を辿ると、そこには蒼い狼へと進化した己のパートナーが、シードラモンに噛みついている姿があった。

強靭な前足の爪をシードラモンの固い皮膚に食い込ませ、鋭く尖った牙はシードラモンを食い破ろうとしている。

溜まらず咆哮を挙げるシードラモン。

身体の差は相変わらずあるものの、ガブモンだったときとは比べ物にならないほどの勇敢さと力強さで、シードラモンに噛みついていた。

すごい、と呟いたのは、誰だったか。

噛みつかれた箇所に激痛が走ったシードラモンは、怒りに任せてガルルモンを尻尾で振り払った。

吹っ飛ばされ、湖に落ちたガルルモンに、子ども達はああ、と悲鳴を上げた。

湖に落ちたガルルモンに、更に追い打ちをかけるように尻尾を叩きつける。

凄まじい勢いで湖の底まで沈むガルルモン。

シードラモンは、息苦しさですぐに浮上してくるであろうガルルモンを狙って、水面を睨み付けている。

ぶくぶくと、水の中から泡が浮かんできた。

水面から顔を出したガルルモンは、シードラモンに背を向けて泳ぐ。

大きく口を開けて襲い掛かるシードラモンの目に、ガルルモンの尻尾の先が突き刺さった。

目玉を抉ることはなかったものの、どんな生き物も鍛えることは出来ない弱点である目を狙われてはシードラモンも堪らない。

水中に適した身体を持つシードラモンから、端から泳いで逃げられるとは思っていなかったガルルモンは、それを狙ったのだろう。

咆哮を挙げるシードラモンの横を悠々と泳いで、距離を取った。

最後のあがきとばかりに尻尾でガルルモンを攻撃しようとしたが、テントモン曰く伝説の金属「ミスリル」並に強い毛皮を持つガルルモンの身体を、傷付けることは叶わなかった。

 

 

《ギシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!》

 

 

これが決定打となり、怒りが頂点に達したシードラモンは喉の奥で冷気を作り出し、一気に吐き出す。

急激に冷やされた空気中の水分が、シードラモンが吐いた冷気の息で氷柱の雨となり、ガルルモンに降り注がれる。

みるみる凍っていくガルルモンの身体と、水面。

だが進化したガルルモンは、そんなものでやられるほど柔ではなかった。

ぎらり、と黄色い目でシードラモンを睨み付けると、気迫だけで氷を引き剥がし、大きく口を開いて青い炎の筋を吐き出したのだ。

 

『フォックスファイヤー!!』

 

シードラモンが吐き出した冷気によってつくられた氷柱の雨を飲み込み、溶かす。

伸びた炎の筋はシードラモンの顔に直撃し、アグモン達の攻撃ではびくともしなかったシードラモンは、余りの熱量と攻撃力の高さでのけ反った。

ばしゃーん、と水飛沫を上げながらシードラモンの長い身体が水面に叩きつけられる。

燻った炎は水によって消えてしまったが、シードラモンの身体から発せられている灰色の煙から、その凄まじい炎の威力が伺えた。

全身に大やけどを負ったシードラモンは、口から煙を吐き出しながら、敗北を認めるように水中へと消えていった。

ガルルモンの身体が光に包まれ、ガブモンに戻ったことで、子ども達は脅威が去ったことを悟るのだった。

 

『ふえ~……』

「ガブモン!!」

 

何とか小島に戻ったガブモンは、言うまでもなくへとへとに疲れ切っていた。

太一と空に介抱されていた治は、2人を押しのけるようにガブモンの下へと急ぐ。

 

『あ……オサム……よかった……』

「莫迦!僕よりお前だろう!怪我は?痛いところはないか?地面に思いっきり叩きつけられてただろう?」

『なっ、オ、オサムこそ!シードラモンに絞めつけられてたんだよ!?ちゃんと休んでなきゃ……!』

「このぐらい何ともない!サッカー部で怪我なんか日常茶飯事だったんだ!慣れっこさ!」

『“さっかーぶ”が何なのかよく分かんないけど、だからって……!』

「あーもう!どっちもどっちでしょう!2人とも大人しくしなさい!」

 

お互いを思いやるあまり、どんどんヒートアップしていきそうなのを察した空が、2人の言い合いを阻止する。

我に返った2人は、他の子ども達から見られていることに気づいて、恥ずかしそうに苦笑した。

 

「お兄ちゃん!」

「!賢……」

「ごめんなさい、お兄ちゃん!僕のせいで……!」

 

ガブモンと言い合いを始めてしまったことで出遅れた賢だったが、空に強制終了されたのを見計らい、兄に駆け寄って抱き着いた。

涙をボロボロ流して謝罪する賢に、大丈夫だよって苦笑しながら頭を撫でてやる。

 

「お前のせいだなんて思ってないから。賢が無事でよかったよ」

「お゛に゛い゛ぢゃあ゛ん゛」

「あーあー、もう、涙と鼻水でぐしゃぐしゃじゃないか。しょうがないなぁ、賢は」

 

うえーんて泣く賢に、込み上げる笑いが抑えきれない治は、空が貸してくれたハンカチで顔を拭ってやる。

ずび、って鼻水を啜り、ふんわりと笑って賢を見下ろしている治に、もう一度ごめんなさいをして、それからガブモンに向き直った。

 

「ガブモン、ありがとうね。お兄ちゃんを助けてくれて」

『え……い、いやぁ……』

『あー、ガブモン照れてるー』

『パ、パタモン!』

 

そんなやり取りが微笑ましくて、子ども達はようやく笑った。

 

……2人の兄弟を、羨ましそうな目で見つめる大輔に気づいてくれたのは、ブイモンだけだった。

 

『……?ダイ、』

「あ、ところでどうやって岸に上がるんだい?」

 

大輔の名を呼ぼうとしたブイモンだったが、丈の声に遮られてしまう。

おいらに任せて!ってゴマモンが湖に飛び込んだ。

湖の主は暫く現れないだろうから、安心して技名を叫ぶ。

魚釣りをしていた時には全く姿を見せなかったカラフルな魚が、大量に姿を現し、ビチビチという音を立てながら水面を跳ねて、小島を岸まで押して行った。

あんな小さい魚の、どこにそんな力が、って光子郎が興味津々に覗き込んでいる。

 

 

 

岸にたどり着いた子ども達は、下級生を筆頭にどっと疲れが押し寄せ、その場に座り込む。

色々あった。ありすぎた。

路面電車のお陰で安心して眠れると思っていたのに、まさかシードラモンに襲われるなんて夢にも思わなかった。

ただでさえ、訳の分からないところに飛ばされて、子ども達のまだ成熟しきっていない小さな心にはストレスがかかっていたというのに、あんまりである。

 

「……どうして今度はガブモンが進化したんでしょうね?」

 

疲れた顔を見せながらも、誰もが疑問に思っていたことを、光子郎はぽつりと口にした。

傍で聞いていた太一と空だけが、光子郎に反応してくれた。

うーん、って考えて、ある1つの結論に至る。

ガブモンが進化した時の、状況と言えば。

 

「……もしかして、治くんがピンチだったから?」

 

あ、と太一と光子郎は言葉を落とす。

そう、ガブモンが進化した時、治は危うくシードラモンに殺されるところだったのだ。

太一の時も、シェルモンの頭部に生えていた触手に絡めとられ、太一も危うく死にかけるところだった。

ちらりとアグモンを見やる。

太一の隣で、アグモンはとっくに夢の中に旅立っていた。

もう食べられない~と幸せそうに呟いていて、お約束だなぁって太一は苦笑する。

よく考えたら、交代制の見張りをする予定だった太一とアグモンは、一晩中起きている羽目になったのだ。

そう自覚した途端、強烈な眠気に襲われた。

 

「あー……難しいこと考えるのは起きてからにしようぜ……眠い……」

「……そうですね」

 

眠気に負けたミミが空に寄りかかってきた。

もうここで寝る、と、路面電車で寝る前はベッドで寝たかったと我儘を言っていたお嬢様が、逞しくなったものだ。

見渡せば、他の子ども達とデジモン達もぐっすりと深い眠りに陥っている。

昼行性のデジモンに襲われたらどうするのだ、という考えすら、今は至らないのだろう。

とにかく寝たい。眠りたい。寝させろください、頼むから。

空と光子郎も寝落ちしたのを見守って、太一もしょぼしょぼする目に従って目を閉じようとした。

親友がいないことに気づき、何処に行ったのだと反対側をみやると、少し離れたところで賢とパタモン、そしてガブモンが治に寄りかかって眠っていた。

賢とガブモンの肩に手を回し、引き寄せ、穏やかな表情で見下ろしている治は、ふと視線に気づき、顔を上げる。

太一だった。

賢に回していた方の手で、ピースサインを作り、普段は絶対に見せない悪戯っ子のような笑みを、太一に向ける。

にしし、と太一も笑い返して、親指を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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