ナイン・レコード   作:オルタンシア

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賢者の意地

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激しい揺れと、爆発音。

光子郎は立っていられず、うわ、と言いながらその場に蹲った。

テントモンは慌てて光子郎に寄り添い、ワイズモンも何事かと狼狽えていた。

がらがら、とただでさえ朽ちかけている遺跡が、その衝撃で上から細かい瓦礫となって降ってきた。

揺れが収まったのを見計らって、ワイズモンは外に飛び出していく。

光子郎とテントモンも、少し遅れて遺跡の外に出た。

 

《おーっほっほっほっほ!!》

 

響き渡る高笑い。

上空から聞こえたそれに、ワイズモンと光子郎とテントモンは反射的に顔をあげた。

ギョッとなって、目を見開く。

空を覆うほどの巨大な円盤、所謂UFOが浮かんでいた。

そのUFOから空中に立体映像が映し出されている。

肥大した脳みそに、ギョロリとした黄色い目、蛸のように幾つもある足。

昭和の時代に思い描かれていた宇宙人にそっくりだった。

 

『べ、ベーダモンやっ!』

「ベーダモン!?」

 

テントモンが叫んだ。

ベーダモンとは、遠い宇宙からやってきたとも、植物の実から生まれたとも言われているデジモンだ。

その弱そうな見た目とは想像できないほど、恐ろしい攻撃力を身に着けていると言う。

そして特筆すべきは……完全体である、と言うことだ。

 

「か、完全体……!」

 

成りはふざけているが、立派な完全体。

まだ完全体への進化を果たしていないカブテリモンでは、ベータモンには叶わない。

どうしよう、と光子郎とテントモンが戸惑っている中、ワイズモンは全く別の、しかし重要な疑問をベーダモンにぶつけた。

 

『貴様っ!!一体どうやって……!ここは我が先祖が張った結界に護られているんだぞ!?どうやって突破した!!』

 

そうだ、ワイズモンは言っていたではないか。

この遺跡を護るために、後世に伝えていく記憶と記録を護るために、他のデジモンに荒らされないために、このエリア一帯に大規模なデジモン避けの結界を張ったと。

お陰でこのエリアにはデジモンは住んでおらず、デジモンではなかったが故にゲンナイは偶然見つけることが出来た。

光子郎とテントモンが入れたのも、ワイズモンが許可をして結界の一部を緩めたからである。

光子郎達が入った後は、また結界を強化したから、何人たりともこのエリアに足を踏み入れることは出来ないはずなのに……。

すると立体映像のベーダモンは、莫迦にしたように鼻で笑った。

 

《ハンッ。随分と自分の腕に自信がおありのようだけれど、所詮魔法なんてプログラムと一緒なのよね。儂が作ったウイルスで、結界のプログラムを破壊させてもらったのよねっ!》

『何だとっ!?莫迦なっ、あれは古代の魔法だ!現代種であるお前に解読できるわけが……!』

《おーっほっほっほ!》

 

ベーダモンは再び高笑いをした。

 

《アンタの言う通り、あの結界のプログラムを解析できなかったけれど、そんなもんに意味はないのよねっ!解読できないのなら、プログラムを食い尽くすウイルスを作ればいいだけなんだからっ!》

『ぐっ……!』

 

ワイズモンは両手を突き出した。

ぶぅん、と言う電子音がして、ワイズモンの目の前にスクリーンが映し出される。

ミミズが走ったような記号が書かれていたが、それを食らいつくす黒い点の塊が、幾つも走っていた。

これがウイルスか、とワイズモンはウイルスを除去しようと、スクリーンに直接打ち込むように両手を動かし始めた。

それを見逃すベーダモンではない。

 

《おーっと!勝手なことはさせないわよ!悪魔のなげキッス!》

 

右手の指を2本、唇につけてから、ちゅ、とわざとらしく音を立てて投げキッスのジェスチャーをすると、何処からともなく巨大な岩が幾つも現れ、降り注がれようとしている。

 

《ここに“アレ”があるのは分かってるのよね!助かりたいなら、“アレ”を渡すのよねっ!》

『っ、誰が貴様らのような奴にっ!』

《だったら力づくで奪ってやるのよねっ!》

 

にやぁ、と卑しい笑みを浮かべると、ベーダモンは生み出した岩を、ワイズモン達目掛けて落とす。

光子郎はテントモンをカブテリモンに進化させて、降り注ぐ岩の対処を頼んだ。

メガブラスターを何発も打ち込んで、岩を次々と砕いていくのを見届けた光子郎は、ワイズモンの下へと駆けつけた。

ワイズモンの目の前にあるスクリーンに目を通す。

書かれているプログラムの文字は、光子郎が全く知らないもの。

下手に触ればプログラムそのものを壊してしまうが、ウイルスに侵されている今、それを気にする必要はない。

光子郎は鞄からパソコンを取り出すと、それを起動させる。

目にもとまらぬ速さでキーボードを打ち込み、何かのプログラムを組んでいった。

パソコン少年の光子郎は、ウイルスのことだって勿論知っている。

偶然送られてきたウイルスをわざと受け入れて、そのプログラムを解析したこともあった。

メル友の中にアメリカ人がおり、同い年ながら優秀なハッカーの友達とウイルスを作ったこともある。

独学とは言え、これまで何度もプログラムを自作してきた。

だから、

 

「これを……こうして……っ!行けっ!」

 

タンッ!とエンターキーを押す。

赤外線ポートを通って、ベーダモンに送られたのは、光子郎が友人と共に作ったウイルスを、少々改造したもの。

かなり性質(たち)の悪いウイルスで、並みのハッカーではそのウイルスを除去することは出来ない。

ベーダモンのUFOの構造がどうなっているのか分からないが、友人が作ってくれた自律型プログラムを組み込んでいるから、勝手に判断してくれるだろう。

数秒後、ベーダモンの立体映像に異変が起こる。

ザザ、とザッピングが起こって、ベーダモンの映像が乱れる。

その乱れた映像からも、ベーダモンが焦っているのが分かった。

今のうちに、と光子郎はワイズモンに頼んで、結界プログラムを食い尽くそうとしているウイルスを1匹、自分のパソコンに送ってもらった。

そのウイルスの解析を大至急行い、プログラムを反転させてワクチンを作り、増殖させてワイズモンに送り返す。

光子郎が作ったワクチンが、ワイズモンの結界プログラムを食い尽くそうとしているウイルスを退治し始めた頃、ベーダモンも光子郎から送られたウイルスの対処に成功したのか、攻撃を再開した。

降り注がれる岩の嵐と、幾つもの光線。

カブテリモンは縦横無尽に飛び回り、それらを躱したり技で岩を壊したりしながら応戦していくが、カブテリモンの体力も無限ではない。

ワイズモンは結界のプログラムを組み直さなければならないから、カブテリモンに加勢することは出来なかった。

結界は大昔、エンシェントワイズモンがこのエリアを護るために作ったものだ。

もう誰も知らない古代デジ文字で組まれたプログラムだから、治せるのはその子孫であるワイズモンしかいない。

ワイズモンの戦力が見込めないのなら、手段は1つ。

カブテリモンが完全体になるしかないのだが、今の光子郎にそんなことを考えている余裕はなかった。

何故なら除去したばかりウイルスが、再びベーダモンから送り込まれ、ワイズモンが組み直そうとしている結界のプログラムを食い始めたからだ。

あのウイルスを突破したのか、と光子郎は再び別のウイルスを作ってベーダモンに送り、ベーダモンの攻撃の手が緩んだ隙にワクチンを作ってウイルスを除去した。

ウイルスを作っては送り、ワクチンを作ってウイルスを除去する、その繰り返しが暫く続くこと、1時間。

ベーダモンが生み出した岩の1つが、遺跡に命中した。

どぉん、と派手な音を立てて遺跡が崩れるのを見たワイズモンは、プログラムを組み直す手を止めてしまった。

直後に送り込まれたウイルスにプログラムが食われていることにも気づかず、ワイズモンは崩れていく遺跡から目が離せない。

思い浮かぶのは、かつての仲間達。

平和を壊した者達に立ち向かっていった友と、壊れていく世界に泣くことしか出来なかった同胞達。

二度とその悲劇を繰り返してはならないと、生き残った同胞達と共に立てた遺跡が、呆気なく崩れていく。

 

『………………』

 

何かを考えこむように目を伏せたワイズモンは、一瞬のうちに決心した。

遺跡の中へ戻るワイズモン。

ベーダモンに送るウイルスを作っていた光子郎は、崩れていく遺跡に戻っていくワイズモンを見て、急いでプログラムを組み終えると、ベーダモンに送りつけ、ワイズモンの後を追った。

今度のは簡単に除去できないはずだ。

奮闘しているカブテリモンに声をかけるのも忘れ、光子郎はパソコンを鞄に仕舞って、遺跡の中へと走る。

初めて入った時から朽ちかけていた遺跡の中は、更に酷く崩れていた。

目の前の壁画は未だ無事だが、あれもいつ破壊されるか分からない。

そんな壁画の前で、ワイズモンが蹲っている。

危ないですよ、と声をかけながら駆け寄れば、ワイズモンは何かを抱えて顔をあげた。

 

『コウシロウ、済まない。こんなことになってしまって。君達をこんな目に合わせるつもりはなかった』

「分かってます、分かってますよ、ワイズモン。悪いのはワイズモンじゃない。あのベーダモンなんですから……」

『これを』

 

光子郎の言葉を遮るように、ごとり、と差し出されたのは、ミミズが走ったような記号が彫られている、加工された岩の板。

何ですか、これ、と訊ねれば予言書だと返ってきた。

 

「予言書?」

『ゲンナイ様が私に預けた、予言書だ。ここならデジモン避けの結界が張ってあるから、簡単には忍び込めないだろうと見込まれてな。しかし結界を破られた以上、ここも安全ではない。だからこれを、お前に託す』

 

そして、ここから逃げろ。

 

がし、と光子郎の両肩を掴みながら、ワイズモンは言った。

ワイズモンの言っていることが理解できず、光子郎は一瞬硬直する。

逃げろ?何故?

外ではまだカブテリモンが、ベーダモンを相手に戦っている。

完全体を相手に倒すことが出来なくても、追い払うことぐらいは出来るはずだ。

そう主張したのだが、ワイズモンは力なく首を横に振った。

 

『私の役目は、ここを護り、そして後世に伝えていくことだ。例え偽りの歴史だとしても、それを歴史として、次の世代達に伝えていかなければならない。だが結界が破られた今、最早なす術はない』

「そんな……!だ、だったらワイズモンも一緒に……」

 

ワイズモンは再度首を振る。

 

『元々決めていたのだ。役割を終えたら、この遺跡と共にそのまま朽ち果てようと。私は、コウシロウ。お前にこの世界の歴史と矛盾を伝えたことで、役目を果たせたと思っている』

「そんなっ!」

『君は、ここで立ち止まっている時間はないはずだ。君が倒すべき相手。そのヒントが、この石板に書かれている。恐らく、否、十中八九、ベータモンの狙いはこの石板だ。そうでなければここに来ることもあるまい。どうやってここを突き止めたのかは不明だが、今はどうでもいい。解読も済んである。だからお前は、これをゲンナイ様に……』

「っ、ふざけないでくださいっ!」

 

光子郎は、初めて声を荒げた。

崩れる音が響き渡る遺跡の中で叫ばれた光子郎の声は、何処か掠れていた。

この場所がワイズモンにとって大切な場所なのは、理解している。

先祖が残した、言わば遺品とも呼べるものなのだ。

それがベーダモンによって壊されてしまったのを見て、心が折れてしまったのも、解らなくはない。

だけど。

 

「何でここで諦めるんですか!貴方の先祖は、貴方の先祖の友達は、諦めなかったんでしょう!?最後まで抗って、戦ったんでしょう!?貴方も、諦めないでくださいよっ!」

『………っ!』

「ここで貴方が、僕らが諦めたらっ!本当に何もかも終わっちゃうんですよ!?僕は嫌ですっ!何も知らないまま、分からないまま、何も成し遂げないまま消えるなんて、絶対にっ!」

『コウシロウッ!?』

 

光子郎はそう言って、ワイズモンを振り払うように外に飛び出していった。

同時に、ベーダモンと対峙していたカブテリモンが空から降ってきて、どしゃりと地面に伏す。

カブテリモンッ!と光子郎はパートナーに駆け寄った。

 

「カブテリモン、大丈夫かい!?

『あかん、コウシロウはん……っ!下がってなはれっ!』

《おーっほっほっほっほぉ!》

 

上空から聞こえてくる、耳障りな高笑い。

光子郎とカブテリモンがそちらに目を向ければ、傷一つついていないUFOと、立体映像で卑しい高笑いをしているベーダモンの姿。

 

《成熟期の分際で、儂に挑もうなんて1000年早いのよね!死にたくなかったら、大人しく“アレ”渡すのよねっ!》

『っ、“アレ”が何なのか知りまへんが、コウシロウはんに手出しはさせへんでっ!』

 

ベーダモンの言葉にカッとなったカブテリモンは、怒りを滲ませながら立ち上がり、再び上空へと向かう。

ゆらり、とUFOがその巨体に似合わず素早く動き、カブテリモンの突進を躱した。

4本の腕を交差させると、バチバチバチ、と大きな電気の塊が生み出される。

 

『メガ、ブラスターッ!!』

 

両腕を広げ、電気の塊が放たれる。

真っすぐ軌道を描いて飛び出していった電気の塊は、しかしUFOに当たらない。

それでもカブテリモンは、光子郎を護るため、そしてこの遺跡を護るために、諦めなかった。

光子郎は言わずもがな、この遺跡は仲間であるブイモンの軌跡を知る唯一の手掛かりなのだ。

例え偽物の歴史だとしても、それを紐解いていけば、真実が明るみになるはずなのだ。

それをみすみす、壊されてなるものか。

何度目かの岩の雨が降り注ぎ、カブテリモンに襲い掛かる。

幾つかぶつかったが、カブテリモンは諦めない。

光子郎も、カブテリモンを援護すべくパソコンを開き、ベーダモンにウイルスを送ってやろうとした。

 

それを、つまらなさそうに眺めるベーダモンに、光子郎もカブテリモンも気づかない。

 

《……何をそんなにムキになっているのよね》

 

吐き出されたのは、盛大な溜息。

心底莫迦にしたような、立ち向かってくる光子郎とカブテリモンを見下し、軽蔑しているような声色。

キーボードを打とうとした光子郎の手が止まる。

 

《こぉーんな古臭い、何の役にも立ちゃしないガラクタ、護っても意味ないのよね》

「…………ガラクタ?」

《そうよ、ガラクタ。むかぁーし昔の、もう過ぎた歴史のことなんか保存して、どうするのよね。そんな役に立たないもの、さっさと消してしまうに限るのよね》

『………………』

《アンタ達もそうなのよねっ!セイギのミカタ気取りで、外からやってきたくせに、我が物顔でのさばっちゃって!鬱陶しいのよね!》

「…………さい」

《いいからさっさと“アレ”渡すのよね!アンタ達のくだらない茶番に付き合ってる暇はないのよね!》

『…………らんかい』

《どうしても渡さないってんなら、あのデジモンごと遺跡を……》

「黙ってくださいっ!!」

『黙らんかいっ!!』

 

光子郎とカブテリモンの声が、重なる。

 

「他の誰にもっ!僕にも、カブテリモンにも、お前にもっ!先人達が命をかけて積み上げた平和をっ!文字通り犠牲になって築いてきた歴史をっ!莫迦にする権利はないんだっ!」

『あんさんにとってはいらんもんでも、ワテらにとっては希望なんやっ!』

 

これまで歴史を積み上げてきた人達がいるから、今生きている人達がいる。

光子郎の両親がいなければ、両親を育んだ祖父母がいなければ、その祖父母を生んだ先祖達がいなければ、光子郎はここにこうして立っていることすらなかった。

光子郎の両親は、本当の両親ではない。

生みの親がどうなったのか、あの日の会話を盗み聞きして以来、両親とまともに会話が出来なかったけれど、それでもこれまで光子郎を愛し、育んできたのは今の両親だ。

何も知らなかった頃には戻れない。

 

それでも、何も知らなかった頃の想い出が、なかったことになるわけではないのだ。

 

『メガブラスターッ!!』

 

怒りからか、カブテリモンが放つ電気の塊は先ほどより大きい。

しかし決定打に欠ける。ベーダモンは莫迦にしたような表情を止めず、岩の雨と光線を降らせ続ける。

光子郎もカブテリモンをサポートしようと、再びウイルスを作る作業に移ろうとして……はた、とパソコンを見下ろした。

爆音が鳴り響く中で思い出したのは、パートナーが初めて進化をした時。

アンドロモンの工場で見た、見たこともないぐらい大きなお化け電池の中で、見たこともない文字の羅列で組まれたプログラム。

あれを解読しようとした時、何が起こった?

 

「……そうだ!」

 

キーボードを打つ。

幾つもの文字の羅列が、猛スピードで書き込まれていく。

テントモンが初めてカブテリモンに進化をした時、光子郎はアンドロモンの工場にあったプログラムを分析しようとした。

1度目はテントモンをオーバーヒートさせてしまったが、2度目は上手く作用した。

光子郎とテントモンの心が、1つになったから。

 

「今の状況は、あの時と同じ……!だったら!」

 

負けたくない、敗けたくない。

たった1つの想いが、光子郎とカブテリモンに勇気を与える。

 

「いっけぇええええ────────────────────────っ!!!」

 

組み終わったプログラムが、デジヴァイスを連動する。

エンターキーを押せば、デジヴァイスがブルブルと震えだし、白から紫色に変化する。

0と1の数字が、ベーダモンに向かって飛んでいくカブテリモンの身体を書き換えていく。

光の卵が生み出され、それを破って出てきたのは、赤い身体をした大きなカブトムシ。

その大きさはカブテリモンを優に超えており、ベーダモンが乗ってきたUFOとほぼ同じ。

立体映像で映し出されていたベーダモンは、ギョッとなった。

 

《なっ、なっ、なぁっ!?》

『もーう、許しまへんでぇ!覚悟しぃやっ!!』

 

飛んでいくそのままの勢いで、進化を果たしたアトラーカブテリモンは、その大きな角を使ってUFOを突き上げてやる。

今の光子郎はまだ知らないのだが、アトラーカブテリモンは2種類いる。

赤いワクチン種と、青いデータ種だ。

光子郎のアトラーカブテリモンは、赤いアトラーカブテリモン。

カブテリモンと比べると少々飛行能力は劣るものの、青いアトラーカブテリモンよりは上だ。

主力武器である角も飛躍的に高められており、発達した前肢の付け根に筋肉上の部分が現れたことで、格闘能力も向上している。

だから当然、突っ込まれたUFOはアトラーカブテリモンの角によって、いとも簡単に貫かれてしまった。

 

《ぎゃああああああ亜ア唖アアアアああ阿唖亜アアアあああああっ!?》

 

UFOから聞こえてきた、断末魔のような悲鳴。

映し出されていた立体映像は乱れ、ベーダモンの悲鳴にもノイズが走る。

ずぼ、とUFOから角を引き抜き、距離を取ると、角にエネルギーを集中させた。

オレンジ色の光が、UFOに向かって放たれた。

 

『ホーンバスターッ!!』

《ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああ………っ!!》

 

派手な爆音と、黒煙。

そしてベーダモンの、聞くに堪えない悲鳴。

哀れ、UFOは遙か空の彼方へと飛ばされていくのだった。

 

 

 

 

 

『……済まなかったね、コウシロウ、モチモン』

 

戦闘が終わり、辺りに残ったのは、降ってきた岩の雨とUFOから放たれた光線によって木々が薙ぎ倒されて荒れ地になった一帯、それから崩れかけた遺跡である。

全壊は免れたものの、建て直すことはほぼ不可能だろう。

でもワイズモンは、構わないと言った。

遺跡の内部は肝心な部分は無事だったし、壁一面にびっしりと書かれていた文は、総て覚えている。

何より、先程言ったように、ワイズモンは光子郎とテントモンに、この世界の歴史を伝えられたのだ。

何かあればまたこのエリアに戻ってくればいい、と瓦礫をどかしたり荒れ地になった一帯を軽く掃除したりと手伝いをしてくれている光子郎とモチモンに言った。

ありがとうございます、と笑う光子郎。

どちらにしろ、完全体に進化をしてエネルギーを使い果たし、幼年期になってしまったモチモンでは暫く身動きが取れない。

モチモンのエネルギーが充填完了するまでは、ここで休ませてもらうとしよう。

ある程度の瓦礫をどかし、モチモンのためにパソコンから食べ物のデータを実体化させて、手渡してやる。

モチモンは嬉しそうにピョコピョコ跳ねると、サンドイッチにかぶりついた。

光子郎達が外での作業をしている間、遺跡の中を確認するために入っていっていたワイズモンが戻ってきたのは、その時。

そして、上記の台詞である。

 

「何がですか……?」

『先ほどのことだよ。私が何もかもを諦めようとしていた時、諦めるなと言ってくれただろう』

「あ……あの時は、すみませんでした……あいつに負けたくないって思ったら、つい……」

『いや、いいんだ。君の言う通りなのだから。私がこれまで護ってきたものが、呆気なく崩れていく様を見て、私はまた諦めようとしてしまった。君に私の知っている全てを託したから、もういいと満足しようとした……全く、探究者たるこの私が、この世の謎を解き明かすことなく、命を手放すなど……』

 

自嘲するワイズモン。

ごとり、と重たいものがゆっくりと落とされる音がした。

先程見た、ワイズモンがゲンナイに持って行って欲しいと言っていた、石板。

ベーダモンが狙っていたという、予言書。

 

『この予言書を狙ってきたと言うことは、十中八九あのベーダモンは、君達の敵の手下だろう。先程も言った通り、この石板には君達の敵に関する予言書が書かれている。だから時が来るまで、ここで保管していて欲しいとゲンナイ様に頼まれた。しかし敵の手下にこの場所がバレた以上、ここで保管するのは難しい。解読も済んでいるし、君からゲンナイ様に返しておいてもらえるかな?』

「あ、はい。分かりました」

 

それから、と受け取った石板をどうしよう、ととりあえず食べ物に夢中になっているモチモンの傍に置いておくと、ワイズモンは手を差し出す。

何かを持っていた。本だ。

ワイズモンの本より一回りほど小さな本だった。

反射的に受け取り、これは?とパラパラ捲りながら訊ねると、ワイズモンが持っている本の、写本だと言う。

 

『先祖が記録として残していたこの本を、現代のデジ文字に翻訳しながら写した。とは言っても全て終わったわけではない。要所を重点的にピックアップして、優先的に翻訳した。終わっていないところは、古代デジ文字のままなんだ。これを、君に渡しておくよ』

「い、いいんですか?」

『勿論。むしろ君のような子にもらってほしいんだ。君ならばこの本を正しい用途で使ってくれるだろうと、信じているよ』

「あ、ありがとうございます!」

『それに……私が1から全て教えるよりも、君は自分の力で解き明かしたいだろう?』

 

頭巾に隠れて分からないワイズモンの顔が、ニヤッと悪戯っ子の笑みを浮かべた気がした。

光子郎は目をパチパチさせた後、吹き出すように苦笑した。

 

「そうですね。ワイズモンの授業も楽しかったですが……僕、自分で謎解きがしたいです」

『探究者たるもの、そうでなくてはな…………いつか、生き残った同胞にも、会いたいものだ』

 

ぽつりと呟かれた、最後の言葉。

光子郎は、優しく微笑んだ。

 

「全て終わったら、必ず」

『そうだな。全て終わったら』

 

 

 

 

 

『ちょっと!!どういうことなのよねっ!!』

 

分厚い雲は灰色で、いつも陰気臭い雰囲気を漂わせている。

陽の光が差し込む隙間はなく、そのエリアに生えている樹々は、漂う闇を吸って真っ黒に染まっていた。

ほぼ黒や灰色で彩られているその光景を眺めながら、ワインを嗜むのがヴァンデモンの日課でもあった。

数日前に負った怪我も、デジモン特有の頑丈な身体のお陰で、すっかり良くなっている。

しかしその時の戦闘で屈辱的な引き分けを喫してしまい、怪我は治っても精神の方は未だ荒んでいる。

世界の王たるもの、小物と見なした者に後れを取るなど、あってはならない。

取るに足らないと侮っていただけに、ヴァンデモンの怒りは収まらない。

しかしそんな小物にいつまでも心をさいているのも、ヴァンデモンのプライドが許さなかったので、こうして心を落ち着けるために、日課を過ごしている。

デジタルワールドを支配するために集めた兵士は200を超えており、配下につきたいと申し出る者はまだまだ沢山いる。

準備も着々と進んでいる。忌々しい光の守護者達を締め出す結界のお陰で、邪魔らしい邪魔もない。

選ばれし子ども達も、恐るるに足らず。所詮戦う力のない、矮小な存在だ。

傍に仕えているデジモン達も、ヴァンデモンの敵ではない。

数日前は少々傲慢になってしまったが、今度は油断しない。

全ては自分がこの世界を、そして人間界を支配するため。

後は“アレ”を“アイツ”が持ってくれば、子ども達も容易に出だしは出来ないだろう……と、勝利の美酒に酔っていた時だった。

闇に染まった美しい景色を窓越しに眺めていたヴァンデモンの下にやってきたのは、何とも醜いもの。

元は皿のような円盤型だっただろうボロボロになった機械が、派手な激突音をかき鳴らしながらバルコニーにぶつかった。

バルコニーで日課を楽しんでいたヴァンデモンは、突如降ってきた、この景色に全くそぐわない無機質な物に動じることなく、爆風を身に受ける。

表情も動かない。テーブルは吹っ飛んでしまったが、幸いにもワイングラスは手に持っていたため、無事だった。

ゆるり、とワイングラスを口元に持っていき、ワインを煽っていると、壊れたUFOから這い出てきたのは、宇宙人のような姿をしたデジモン・ベーダモンだった。

 

『話が違うのよねっ!あれはどういうことなのよねっ!!』

『……話が違う、とは何のことだ?』

『とぼけるんじゃないのよね!!……あの、選ばれし子どものことなのよねっ!!』

 

ギラギラとした黄色い目でヴァンデモンを睨みながら、ベーダモンはヴァンデモンに掴みかかる。

胸倉を掴まれたヴァンデモンは、しかしそれでも動じない。

 

『選ばれし子どもなんか、取るに足らないって言ってたのはアンタなのよねっ!!だから“アレ”もらってくるついでに、始末してやろうと思ってたのに……!まさかあそこまで強いなんて、聞いてないのよねっ!!』

『……フッ』

『っ、な、何がおかしいのよね……!』

 

詰め寄るベーダモンに、ヴァンデモンは鼻で笑う。

その姿がどうにも不気味で、ベーダモンは掴んでいた胸倉を放しながら、たじろいだ。

ゆっくりと、ヴァンデモンは立ち上がる。

 

『……貴様ごときが、本当に選ばれし子ども達を、どうこうできると思っていたのか?』

『な、何ですって……!?』

『……ふん、まあいい。それで?』

『は?』

『私は貴様に、“アレ”を取ってこいと言ったはずだ。まさか選ばれし子どもがいたから、取ってこられなかったとでも言い訳するつもりか?』

『んぐっ……!』

 

後退りをするベーダモンを、威圧するように見下ろし、悠然と歩み寄るヴァンデモン。

ベーダモンは、ヴァンデモンの手下でも配下でもない。

ヴァンデモンがデジタルワールドと人間界を支配しようとしている、と何処からか聞きつけて、お零れをもらおうと思って近づいたのである。

ただベーダモンは、強き者にただへこへこと頭を下げるほど、安いデジモンではなかった。

こんな見た目でも完全体である。同じ完全体のヴァンデモンに(こうべ)を垂れるつもりなど、サラサラなかった。

人間の世界もデジタルワールドも支配し、ヴァンデモンが油断した隙を狙って背後から突き落としてやろうと企んでいた。

しかしそれを悟らせるのはまずいので、まずは仲間に入れて欲しいとすり寄ったのである。

同じ完全体だから、戦力はあった方がいいだろう、と言えば簡単に乗ってくれた。

その代わり、条件を出された。

それが、“アレ”……石板を取ってこい、と言うものだった。

その石板が何なのか、ベーダモンは聞いていない。

訊ねてみたが、貴様が知る必要はないと一蹴された。

その不遜な態度に少々ムッとなったものの、石板を持ってくると言う簡単な条件で仲間になれるのだから、その程度なら目を瞑ろう。

ヴァンデモンの配下であるピコデビモンから、石板の場所を教えてもらい、意気揚々と出かけた結果は、ご存じの通りである。

ヴァンデモンに依頼された石板は持って帰れず、ヴァンデモンの言葉を真に受けて選ばれし子どもを取るに足らないと見下して、乗っていた自慢のUFOは見るも無残に壊れてしまった。

これを屈辱と言わずして、何と言おうか。

怒りでブルブルと両手を震わせながら、まだ何か言ってやろうと口を開くよりも先に、ヴァンデモンが動く。

ガシャン、と持っていたワイングラスを無造作に捨て、更に闇のオーラを放つ。

ウイルス種の自分ですら圧倒されるような、恐ろしい威圧感に、ベーダモンの全身がビクリと震えた。

 

『……期待はしていなかったが、思っていた以上に無能だったな、貴様は。もうよい』

 

消えろ。

 

たった一言、ヴァンデモンはそう言うと両手を突き出す。

大量の蝙蝠が放たれ、ベーダモンに襲い掛かった。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!!』

 

ベーダモンの断末魔が、エリア一帯に響き渡った。

 

 

 

その様子をこっそりと覗いていた、蝙蝠の使い魔と魔導師の少年。

ベーダモンの消滅を見届けると、2体は目線だけを合わせ、主に見つからぬようにそっと扉を閉め、こっそりと主の寝室から離れた。

 

『……とりあえず、何とかなったみたいだな』

『ふん!あの程度の小物が、ヴァンデモン様にも選ばれし子ども達にも敵うものかっ!』

 

ある程度距離が離れたところで、ウィザーモンは一息つく。

ピコデビモンはベーダモンの思い上がりを、鼻で嗤っていた。

ベーダモンがヴァンデモンにすり寄ってきた時に傍にいたピコデビモンは、ベーダモンの企みなどとっくに見抜いていた。

ヴァンデモンも、また然りである。

確かにベーダモンも完全体ではあるが、ヴァンデモンの足元にも及ばない小物だ。

条件を突き付けた時も、無事に持ってこられるならば良し、そうでないのならその程度の存在だと、全く期待などしていなかった。

案の定、ベーダモンはヴァンデモンから突きつけられた条件を達成することが出来ず、選ばれし子どもに敗北した。

ピコデビモンは愉快そうに嗤う。

石板が今何処にあるかをヴァンデモンとベーダモンに教えたのは、ピコデビモンだ。

その石板がどういうものなのかはヴァンデモンも知っていたが、それを持ち去る前に別の何者かによって持ち去られてしまっていた。

ヴァンデモンは内心焦った。

どれだけ自分が強かろうとも、弱みらしい弱みは全て消去しなければならない。

ヴァンデモンが何処でその存在を知ったのかは知らないが、とにかくヴァンデモンにとって、その石板は存在してはならないものなのである。

ダブルスパイのピコデビモンが、石板の在処をゲンナイから聞き出した時は安堵したほどだ。

そこに丁度やってきたのが、ベーダモンなのである。

数日前に選ばれし子どもとの戦闘で傷を負い、精神も少々荒んでいたヴァンデモンは、念には念を入れてベーダモンを利用した、と言うわけだ。

 

『子ども達は着々と力をつけてきている……そろそろヴァンデモンも動くだろうな』

『…………そうだな』

 

9人いる子ども達の内、6人の子ども達のデジモンが完全体へと進化を遂げた。

1人は今現実世界へと飛ばされてしまっているものの、決意を秘めた子ども達は確実に前へ進もうとしている。

この世界を救うために闇を払い、平和を取り戻すために……ピコデビモンの敬愛するヴァンデモンを、屠ろうとしている。

先程までベーダモンを嘲笑っていたピコデビモンの表情が曇った。

 

『……ゲンナイ様も言っていただろう。覚悟を決めろ、ピコデビモン』

『分かっている!』

 

分かっているのだ、それがどういうことなのか。

ヴァンデモンに仕えながら、ゲンナイの手伝いをすると決めた時から、これまでずっと覚悟していた。

 

『……結末がどうなろうとも、俺は子ども達やゲンナイ様を恨むつもりはない……ヴァンデモン様に罵倒される覚悟も……』

 

それでも、許されるのなら……彼を救いたいと願うことは、悪いことなのだろうか。

 

『……先に行くぞ』

 

ぽん、とピコデビモンの頭部を軽く叩くと、帽子を目深に被りながら、その場から煙のように消える。

ウィザーモンも、分かっているのだ、知っているのだ。

最初からゲンナイ寄りだったウィザーモンでも分かるぐらい、ピコデビモンはヴァンデモンを慕っている。

ヴァンデモンがどれだけの罪を背負おうとも、ピコデビモンにとってはたった1体の慕うべき主なのだ。

 

『ヴァンデモン様…………』

 

苦しむ小悪魔の些細な願いは、誰にも届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じわりと纏わりつくような重い空気、肌に突き刺さるように空から降り注ぐ太陽、蒸発した水分で歪む景色。

そして目の前に広がる、嫌に見慣れた人混みと喧噪。

耳障りな蝉の大合唱が、現実をこれでもかと突きつけてきた。

 

 

「……ここ」

『どこ……?』

 

 

茫然と立ち尽くしながら、太一とコロモンは呟いた。

 

 

 

 

 

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