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『ファイヤーフェザー!』
聖なる炎で燃え上がった羽を、流星のように降らせながら、怒りに燃えた天使が舞う。
『ハッピー・バタフライ』
煌めく蝶の翅を持った天使の身体が崩れるように、無数の白い蝶になって散らばり、降り注がれた炎の流星を避ける。
避けられた流星の炎は、蝶の天使がいたところを通り過ぎて、水晶の地面や、水晶の結晶が生えた壁にぶつかり、派手な音を立てながらそれらを破壊した。
幸い賢とパタモンが隠れていた結晶の塊とは、真逆の方向だったため、2人が巻き込まれることはなかった。
『アポロトルネード!!』
無数の白い蝶が、ピッドモンにまとわりつくように飛び回っている。
ピッドモンは、それを鬱陶し気に振り払いながら、翼を羽ばたかせ、全身を回転させ、聖なる竜巻を生み出す。
無数の白い蝶がそれに巻き込まれ、飲み込まれていくが、蝶達は強い風の流れに逆らうことなく、海を漂うクラゲのように身を任せている。
その風に身を任せながら集まった無数の白い蝶は、竜巻からさらりと逃れて、再び蝶の天使の形となった。
それを見たピッドモンは、忌々し気に舌打ちをする。
『おやおや、天使にあるまじき形相だね』
『減らず口をっ!!だぁああっ!!』
帽子を押さえながら、飄々とした態度を崩さず、ピッドモンがいる位置より少し上から、ピッドモンを見下ろす。
その様子がまた腹立たしく、ピッドモンは口元を歪ませながら、手に持ったロッドを振り上げ、蝶の天使へと向かっていった。
蝶の天使は、ピッドモンの方を向きながら後ろへと飛ぶ。
ロッドが振り下ろされる瞬間、蝶の天使は帽子を押さえていた右手を後ろの方に振る。
すると、ピッドモンの持っているロッドよりも細いものが、蝶の天使が右手を後ろに振った時に、線を描くように光って現れた。
線の先端は、その線よりも太くて、更にその先端には丸みを帯びたものがついている。
光は一瞬で消えた。
その細長いものの正体は、マイクスタンドだった。
蝶の天使はそれを両手で持つと、ピッドモンが振り下ろしたロッドをそれで受け止めた。
ガキィン、と金属同士がぶつかる音が、水晶の空間に響き渡る。
『ぐぅっ……!』
『ふふっ』
ぎぢぎぢぎぢ、と金属がこすれ合う音がする。
ピッドモンのロッドと、蝶の天使のマイクスタンドが拮抗しあい、互いの腕が小刻みに震えている。
ピッドモンは歯を食いしばり、蝶の天使は相変わらず底知れない笑みを浮かべて、対峙していた。
数秒ほどそうしていると、またガキン、という金属がぶつかる音がする。
ぐ、と一旦力を込めて少しだけ互いの距離を縮めたかと思うと、曲げていた腕を伸ばして、弾くように距離を取る。
しかし再び互い距離を縮めると、持っているロッドとマイクスタンドを振り回した。
ガギン、ガヂン、と金属がぶつかり合い、その度に火花が散る。
ガガガガガガガガガガガッ!!
激しいラッシュの音。
ぶん回し、振り上げ、振り下ろす。
ピッドモンがロッドを鋭く突けば、蝶の天使はマイクスタンドを立ててそれを防ぐ。
歯を食いしばるピッドモンとは対照的に、不敵に微笑んだ蝶の天使は、マイクスタンドの下の部分を横に蹴って、受け止めたピッドモンのロッドを巻き込むようにぐるんと回転させた。
それによってピッドモンはガクンと体勢を崩し、蝶の天使はその顔面に膝蹴りをお見舞いした。
鉄製のヘルメットを被っているため、顔面が傷つくことはなかったが、それでも衝撃は凄まじいものだったようで、ピッドモンはヘルメットを押さえながら、フラフラと後ずさった。
『ぐぅ……!』
『どうだい、今のは効いたんじゃないかな?』
『っ、ファイヤーフェザー!!』
くらくらする頭を押さえていると、飄々とした態度を崩さない蝶の天使が、気だるげに問いかけてきた。
その声色が挑発しているように聞こえたピッドモンの怒りが、更に燃え上がる。
ぎり、と音がきこえてきそうなほどに歯を食いしばったピッドモンは、炎の流星を蝶の天使に降らせる。
蝶の天使は、それをヒラリヒラリと躱した。
全てを避けきり、気だるげな笑みを浮かべたまま、ピッドモンを見やる。
……が、そこにピッドモンはいなかった。
そこで初めて、蝶の天使の余裕そうだった笑みが崩れ、驚いたように目が見開かれる。
何処へ、と辺りを見回した時、背後から気配を感じた。
振り返る。
ピッドモンが、ロッドを振り下ろすところだった。
咄嗟にマイクスタンドで防御したが、蝶の天使の身体は上から押さえつけられるように落下していく。
ヒューン、と空気を裂く音を置いてけぼりにして、蝶の天使は水晶の地面に激突した。
ああ、と賢が悲痛な声を上げながら、蝶の天使に駆け寄ろうとしたが、ピッドモンの方が早かった。
『ファイヤーフェザー!!』
蝶の天使が落ちた場所に、ピッドモンが追撃するように、炎の流星を降り注がせる。
ドン、ドン、ドォン、と大きな衝突音と、凄まじい熱量が辺りに広がった。
真っ赤に染まる視界。
賢とパタモンは、目を見開いて、その光景を見守ることしか出来ない。
『ファイヤーフェザー!!ファイヤーフェザー!!ファイヤァアアア!!フェザアアアアアアアッ!!』
ピッドモンは追撃の手を緩めない。
何度も何度も、無数の炎の流星を降り注がせ、蝶の天使が復帰する隙を与えない。
このままでは蝶の天使さんが死んでしまう。
──死……。
脳裏に過る、2体の賢のパートナーの最期。
どちらも闇を払うために、そして賢のために、その命を犠牲にした。
今世の両親の離婚と同じぐらい、賢にとってはトラウマもの。
そして今、賢の目の前で、蝶の天使が賢を助けるために、犠牲になろうとしている──。
──嫌だ!!
賢はデジヴァイスを手に取る。
その顔に浮かんでいるのは、恐怖と困惑。
デジヴァイスを持った手も、ガチガチに震えている。
はぁー、はぁー、と荒い呼吸を繰り返しながら、賢は恐怖と緊張で震える両手で、デジヴァイスに縋る。
助けなきゃ、あの蝶の天使さんを助けなきゃ。
しかし幾ら念じても、願っても、想っても、デジヴァイスは何の反応も見せなかった。
「どうして……!?」
どうして、どうして、どうして?
賢は困惑する。
初めてパタモンが進化した時、賢は望んでいなくとも、デジヴァイスは光ったのに。
どうして肝心な時にデジヴァイスは答えてくれないの。
「お願い……!動いて……!」
賢は必死に祈る。
デジヴァイスをキツくキツく握りしめ、譫言のように呟き続けた。
『………………』
それを見ていたパタモンは、何を思うのか。
必死の形相でデジヴァイスを見下ろす賢から目を逸らし、ピッドモンの方を見やる。
ピッドモンは、炎の流星を未だ打ち出していた。
激しい爆発音と、衝突音が絶えず聞こえてくる。
パタモンは再度、賢の方を見た。
『………………』
きゅ、と唇を真一文字に結び、表情を引き締める。
ばさ、と翼の耳を羽ばたかせ、宙に浮く。
その音で我に返った賢がそちらを振り返ると、何とパタモンはピッドモンに向かって突進していった。
歩いた方が早い、と揶揄される速度で、翼の耳を一生懸命羽ばたかせながら。
「パタモン!?」
ギョッとなった賢が声をかけるも、パタモンは止まらない。
炎の流星を打ち出しているピッドモンの下まで、懸命に翼の耳を羽ばたかせると、大きく息を吸い込んだ。
『エアーショット!!』
打ち出される、空気の塊。
しかしアグモンやガブモンのものと違い、その空気の塊に殺傷能力などない。
ボフン、とピッドモンにぶつかった空気の塊に、ピッドモンを微動だにさせる威力はなかった。
『っ、闇の分際で……っ!!』
ただでさえ蝶の天使が勝手に乱入してきて、挑発してくる態度にもイライラしていたのに、聖なる領域に土足で入り込んできた闇の存在が邪魔をしてきて、ピッドモンの怒りは頂点に達している。
おまけに闇の力を身にまとった人間の子どもまで、庇い立てする始末。
この世界は、自分達デジモンのものだ。
自分達の問題は、自分達で解決すべきだと、ピッドモンは思っていた。
神の命令がないから、今はまだ動くことができないが、いずれ神が闇の殲滅を命じてくださるはずだ。
それまではこの聖なる領域を、何としても護らなければならない。
矮小であっても闇の存在は、この領域にとって“毒”だ。
例え今は小さな芽であっても、懸念は全て排除すべきなのだ。
闇の存在でありながら、何故自分と同じ天使に進化するのかは分からないが、今はそんなことは些細な問題である。
『ふんっ!』
『うわあっ!!』
「パタモンッ!!」
打ち出していた炎の流星を止め、ピッドモンは白い翼を思いっきり羽ばたかせ、風を生む。
その風に煽られ、飛ぶのが下手なパタモンは体勢を立て直すことが出来ず、呆気なく落下していった。
賢は慌てて駆け寄り、落ちてきたパタモンを抱きとめる。
更に、見えない衝撃が賢達に襲い掛かってきた。
ドゴン、という派手な音を立てて水晶の地面が割れ、賢とパタモンは後ろに転がっていく。
『こいつを葬った後は、貴様らだっ!そこで大人しくしていろっ、穢らわしい闇、があっ!』
ピッドモンの台詞の最後の方が、不自然に盛り上がる。
ピッドモンが打ち出した無数の炎の流星により、濛々と上がっていた黒煙を突き破り、黒煙で軌跡を描きながら何かがピッドモンに向かって飛び出していった。
ドゴォ、と重そうな音と共に、ピッドモンの身体がくの字に曲がる。
ピッドモンがずっと攻撃していた、蝶の天使だ。
白い身体が所々煤けていたが、怪我を負っている様子はなく、飛び蹴りの体勢でピッドモンの腹に一撃を入れていた。
吹っ飛ばされたピッドモンの身体は、尖った水晶の結晶を器用に避けて、水晶の壁にぶつかる。
『全く、ちょっと挑発されたぐらいで、ここまでするかい?』
体勢を立て直し、気だるげに佇みながら蝶の天使は煤が付いた身体を軽く払う。
ピッドモンがぶつかった壁から立ち上る砂煙と、ざらざらと落ちていく水晶の欠片の中から、ピッドモンがよろめきながら出てきた。
『貴様……っ!!』
『忘れたのかい?僕が何て呼ばれているのか……』
帽子を押さえながら、気だるげな笑みを浮かべ、マイクスタンドを構える。
『イモータリティー・バタフライだよ!』
右手でスタンドを、帽子を押さえていた左手でマイクを掴むと、蝶の天使は突如としてマイクに向かって叫びだした。
『燃え上がれ、命!舞い上がれ、心!湧き上がれ、魂!!ド派手に行くよ、“トウィンクル・ウィンド”!!』
蝶の天使が、その歌声を披露する。
少し掠れた、しかし空の彼方にまで届きそうな、伸びた声。
口から出てきた音が、音符の形になって次から次へと飛び出していく。
同時に、突風が吹き荒れた。
突風によって音符が細かく砕け、粒子となり、文字通り“煌めく風”になって、ピッドモンに襲い掛かる。
バサリ、とピッドモンは翼をはためかせてその場から飛んで逃げるも、蝶の天使がスタンドから右手を離し、大きく降れば、キラキラした風の筋がピッドモンを追いかけた。
『まだまだ!アンコールにはまだ早いよっ!』
蝶の天使は歌い続ける。
紡がれた歌声が音符になって飛び出していき、蝶の天使の背後から追随するように生まれた風によって砕かれ、粒子になって、キラキラを纏った風になってピッドモンを追いかけていく。
それを、賢とパタモンは見守ることしか出来なかった。
「天使さん……」
賢の表情は、浮かないままだ。
蝶の天使も、ピッドモンも、賢のせいで争っている。
両親の離婚というトラウマのせいで、不必要な争いを嫌う賢にとっては、忌まわしい光景である。
光が丘での出来事を思い出してからは、もう目を逸らすのも逃げるのも止めると決めていたけれど、“これ”は違う。
“これ”は、必要な戦いではない。
『はあああっ!!』
『おっと!』
逃げ回っていたピッドモンが、蝶の天使が生み出した風を引き連れて、蝶の天使に突進していく。
蝶の天使は気だるげな笑みを崩さず、歌うのをやめてその場から上へと飛んで逃げた。
蝶の天使がいたところを、ピッドモンが通り過ぎていく。
ピッドモンを追いかけていた煌めく風は、霧散するように消えた。
ぐん、とピッドモンはそのまま方向転換して、逃げた蝶の天使を負う。
蝶の翅とは思えないほどのスピードを披露しながら、蝶の天使は猛スピードでピッドモンから逃げ回った。
「止めなきゃ……!」
パタモンを抱きしめたまま、賢は再びデジヴァイスを手にする。
相変わらずデジヴァイスは、何の反応も見せない。
──どうしたら、どうしたら……!タケルくんなら……!
彼なら、どうするだろう。
自分のせいで争い合う2体の天使、答えてくれないデジヴァイス。
絶望的なこの状況を、彼ならどうやって打破するのだろう……。
『……………………………………てよ』
考えろ、考えなきゃ。どうしてデジヴァイスは何も反応しなくなってしまったのだろう。
『………………………………て』
想いの力が足りないわけではないはずだ。
パートナーデジモン達が進化をするのに必要なのは、強い想い。
ここに来た時だって、ちゃんと進化は出来たのだ。
それなのに、突然進化ができなくなるなんて、一体何があった?
賢は考える、考える。
上空から絶えず聞こえてくる打撃音や、破壊音、衝突音。
蝶の天使も、ピッドモンも、しなくていい争いをしている。
早く止めなければ、取り返しのつかないことになってしまう。
どうしよう、どうすれば……。
『っ、いい加減にしてっ!!』
バシン!
その時だ。
腕に抱いていたパートナーが、そう叫びながら耳の翼で、賢の腕を叩いたのは。
鋭い痛みが腕に走り、賢は咄嗟にパタモンを離してしまった。
賢の腕から解放されたパタモンは、上手く身体を回転させながら水晶の地面に着地し、四つ足を踏ん張りながら賢と対峙した。
「パ、パタモン……?」
突然の暴挙に、賢は驚いたが、それ以上に。
賢の言葉を失わせる光景が、そこにあった。
パタモンの空色の目に、涙が滲んでいたのだ。
キッ、と普段はまん丸の目を吊り上がらせ、眉間に皺を寄せながら、歯を食いしばって賢を睨みつけている……。
まるで、“あの時”の“あの子”みたいに……。
賢の脳内にフラッシュバックされる記憶。
闇に魅了され、禁忌を犯して歪な生命を生み出してしまった、あの忌まわしい出来事。
堕ちるところまで堕ちようとしていた自分を救うために、自身の命を犠牲にしてしまった“あの子”の最期の顔は、泣きながら怒っていた顔だった。
その時のことを思い出した賢の身体が硬直する。
「パタモ……」
『いい加減にしてよ、ケン!どうして1人で考えるの!何で1人で何とかしようとしちゃうの!?僕はケンのパートナーなんだよ!?ピッドモンを止めたいって思ってるのは、僕も一緒なんだよ!?だったら一緒に考えようよ!一緒に何とかしようよ!』
「パタ、モン……」
賢は、気づいていなかった。
ここにいるのは、賢だけではない。
パタモンもいるのだ。
賢の想いを受け止めて、賢の代わりに戦ってくれるのは、パタモンなのだ。
デジヴァイスは賢の想いを変換してくれる、媒介に過ぎない。
本当に必要なのは、デジヴァイスではないというのに、そんな大事なことを忘れていたぐらいに、追い詰められていたことに、賢は全然気づいていなかった。
「パタ、」
『それにっ!!』
賢の言葉を遮って、パタモンが叫ぶ。
四つ足を踏ん張り、顔を俯かせたパタモンの口から紡がれた言葉に、賢は目を見開かせた。
『僕は、
息が止まった。時が停まった。
聞こえてくるのは場違いなほどに耳障りな、蝶の天使とピッドモンの争い合う音だけ。
喉の奥に張り付いた空気を、上手く吐き出すことが出来ずに、賢の身体が強張る。
「……………知ってた、の?」
辛うじて出てきたのは、それだけだった。
前世のことは、この冒険と戦いが終わるまで、話さないつもりだった。
今優先すべきは、この世界の平和を取り戻すこと。
そのために、この世界を闇で覆いつくそうとする存在を、退けることなのだ。
だから今は、何も言わずに前に進もうと思っていたのに……。
『……ピラミッドで……僕達が眠ってた時……ダイスケとヒカリと、ケンが話してたの……聞いた……』
それは、太一とメタルグレイモンが現実世界に引っ張られ、兄の治とガブモンが修行の旅に出た後のこと。
他の上級生達はこれからどうしたらいいのか分からなくて、でもじっとしていることも出来なくて、ナノモンやゲンナイさんのお手伝いをしていた中、身体が小さい小学2年生ということと、目を覚まさないブイモンの傍にいてあげて、という上級生の気遣いから、賢達は寝室に引きこもっていた。
大人だった前世の記憶を取り戻しながらも、今世の記憶も持っているせいで、心と身体と脳が追い付かず、大輔とヒカリと、3人でぽつりぽつりと心情を吐露していたのだが、パタモンは眠っていると思っていた。
目を覚まさないブイモンの、夢の中に入れたらいいなと言っていたから。
まさか、聞いていたなんて……。
『でも、それ、聞いてなくたって、僕、きっと進化できなかった。だって、デジヴァイスから伝わってくるケンの気持ち、ずっと濁ってたもん』
「……え?」
『ずっと、ずっと。ここに来てから、伝わってくるケンの気持ちに、変なものが混じってる気がした。ケンが見てたのは、僕じゃない。ここに来てから、ケンはずっと、別のとこ見てた』
「………」
『いつもみたいな力が出てこなくて、どうしてだろって、ずっと考えてた。でも、さっき分かった。さっき進化しようとした時に、聞こえたんだ……“タケル”って……』
「っ……」
『……僕、は、ケンに何があったのかなんて、知らないし興味ない。だって、僕にとって大事なのは、ケンだよ』
ぴこ、ぴこ、と場違いなほどに可愛い足音を立てながら、パタモンが歩み寄ってくる。
怒りの形相だった顔は、その涙に似合う悲しい表情だった。
賢は、動けない。
だめ、それ以上言ったら、そうしたら、僕は──!
『ケンだけなんだ!僕のパートナーはケンだっ!!タケルなんかじゃないっ!!』
「──っ!!」
……僕は、莫迦だ。
賢の両目から、沢山の涙が溢れた。
パタモンに、こんなことを言わせた自分は、とんでもない莫迦だと。
──分かってたはずだ、分かってたはずなのに……!!
だって賢はもう、この世界の人間なのだ。
例え前世の記憶を持っていたとしても、前世のパートナーがいたとしても、それは全部“前の賢”のものなのだ。
今の賢は、“今の賢”のものなのだ。
生まれてから今までの人生は、身体は、心は、魂は、命は、例え前世を生きていた記憶があったとしても、全部全部“今の賢”のものなのである。
自分は、タケルの代わりなんかではない。
代わりにはなりえない。
タケルがタケルであるように、賢は賢でしかないのだ。
賢がここにいるのは、タケルの代わりでも、タケルの居場所を奪ったのでもない。
選ばれたから、ここにいる。
──死んだ命はもう戻らない。僕は、僕達はデジモンじゃない。
パタモンは、もう1度賢に逢うために戻ってきてくれた。“あの子”も。
──でも僕は違う。
戻れなかったから、帰れない。
戻らなかったから、還らない。
だから、“ここにいる”。
ドォオオオンッ!!
ボロボロ零れる涙を拭い、賢はデジヴァイスを握る。
もう、間違えない。今度はきっと、大丈夫。
そう思った直後、聞こえてきた大きな音。
は、とパタモンと一緒にそちらを向くと、水晶の地面に叩きつけられ、一瞬跳ねた蝶の天使がいた。
賢とパタモンは慌てて蝶の天使に駆け寄る。
「だっ、大丈夫ですかっ!?」
『しっかりしてっ!』
『あー……いってて……あはは、ごめんね、びっくりさせて……僕って前線向きじゃあ、ないからね……』
大の字になって転がる蝶の天使は、地面に叩きつけられてダメージを負っているはずなのに、痛みを耐えて、片目を瞑ってはいるものの、微笑みを崩さない。
ふう、と一息吐き、痛みが走る身体を叱咤して、何とか上半身を起き上がらせる。
すー、と白い陰が、静かに降りてきた。
『無様だな、“異端の天使”が。戦う力もないくせに、私に楯突くからだ』
『戦う力がないからと言って、戦わない理由にはならないよ。自分の譲れないもののため、自分の矜持を、大切なものを護るため……そのために戦って何が悪いんだい?弱者には足掻く権利はないと?』
『……それで命を落としたら、抗う意味などないだろう。命が惜しいのなら、逃げることは恥ではないはずだ』
『それで弱者は大人しく搾取されてろと?やっぱり君は傲慢だねぇ、ピッドモン』
やれやれ、と肩を竦める蝶の天使。
ぴきり、とヘルメットの奥に隠れているピッドモンの額に青筋が浮かんだ。
ロッドを構える。まだやるか、と内心呆れながら、蝶の天使は立とうとしたが、賢とパタモンがそれを止めた。
「天使さん、ありがとう。後は、僕達がやるから」
『ごめんね、僕達のために苦手なことさせちゃって。でも、もう大丈夫だから』
蝶の天使に背を向けながら、賢とパタモンが言う。
その表情は、蝶の天使には見えない。
しかし……。
『…………そう、ならお言葉に甘えて、休ませてもらおうかな』
雰囲気が変わった。
起き上がらせた上半身を、両手を後ろについて支えて、脱力させる。
それを見たピッドモンは、構えていたロッドを少しだけ解く。
あれだけピッドモンに楯突いてきたのに、あの忌々しい闇を纏う2人が何かを言って、戦意を収めた気配を見せたのだ。
何を考えている、と再びロッドを握る両手に力を入れると、闇を纏う人間の子どもと、それに従うデジモンが、ピッドモンを見据えてきた。
怯えていた表情は何処にもない。
あれは、
何にも負けない、護りたいものが、譲れないものがある、意志の強い目──。
「……パタモン、お願い」
『うん!』
もう間違えない。
僕は、タケルくんじゃない。
タケルくんの代わりにはなれない。
この世界に選ばれ、望まれた、パタモンの唯一無二の、パートナーなんだ!
『パタモン、進化っ!!』
デジヴァイスを握る。
先ほどまで何の反応も見せなかったデジヴァイスから、強い光が漏れた。
うわ、とピッドモンはそのあまりの眩さに、ヘルメットに隠れているはずの顔を、反射的に庇う。
光に包まれたパタモンが、ピッドモンがいる位置まで浮かび上がった。
『──エンジェモン!』
光を突き破って現れたのは、黒い3対の翼を背負った天使。
その体から発せられているのは、間違いなく“光”。
ピッドモンも、蝶の天使も持っている、聖なる力だ。
『っ、そんな、莫迦な……!』
ピッドモンは愕然となる。
そんなはずはない。
闇を纏う、忌むべき存在が、聖なる光を放つなど、あり得ない。
だってその背から生えている黒い翼は、間違いなく“闇”の力を持っている証拠だ。
闇の力を纏っているから、ピッドモンはあの天使擬きを追い払おうとしていたのに──。
『何故……っ、何故、何故、何故っ!何なんだ、貴様はあっ!!』
困惑と混乱の中、ピッドモンはそう叫びながら、ロッドを振り上げ、エンジェモンに突進していった。
闇に魅入られた天使は、天使には成れない。
文字通り闇に堕ちて、悪魔へと変貌するのだから。
闇の力を持ちながら、天使の姿を保つなんて、そんな話、聞いたことないっ!!
ガギィンッ!!
振り下ろされたロッドを、エンジェモンもロッドで受け止める。
ぐ、とピッドモンは全身で振り下ろしたロッドを押したが、先ほどの鈍い動きが嘘みたいに、エンジェモンは力強くそれを押し返した。
『ちぃっ!!』
吹っ飛ばされながらも体勢を立て直し、ピッドモンは再びロッドを振り下ろす。
涼しい顔で、ロッドで受け止めるエンジェモン。
ピッドモンはますます苛立ち、振り上げては降ろし、上げては降ろしを繰り返した。
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も。
ガチィン、ガチィン、ガギィン、と金属が叩きつけられる音が響く。
それでもエンジェモンは、微動だにしない。
どれぐらい打ち合ったのか、やがてピッドモンがロッドを振り上げて降ろすのに少しずつ時間がかかっていき、そのうち息を切らせて振り上げるのをやめた。
構えを解かず、肩で息をしているピッドモンを見て、エンジェモンは両手で持っていたロッドから左手を離し、右手で持ち直す。
『……気は済んだか、ピッドモン』
『っ!!』
この期に及んで、そんなことを口走るエンジェモンに、再度怒りに火が点いた。
しかしこれまでの連戦で、疲れが見えているピッドモンは、ロッドを振り上げる元気も少ししか残っていなかった。
ここで自分が膝を突けば、この闇の存在は聖なる領域を穢すかもしれない。
自分は、この場所を護る守護者なのだ。
闇なんかに負けるわけにはいかない。
自分が折れたら、闇の脅威に曝され、命を脅かされている弱者を救えないのだ。
闇を纏いながらも、天使の姿を保っている目の前の忌々しい存在が、何を企んでいるのかは知らないが、隙は絶対に見せてはいけない。
こいつが息絶えるまで、倒れるものか──。
『……もういいだろう、ピッドモン?君も分かっているんじゃないのかい?この子達は“闇じゃない”って』
すー、と下から舞い上がり、声をかけてきたのは“異端の天使”。
その腕には、目の前の天使擬きと同じく、闇を纏った子どもが抱かれている。
ぎり、と食いしばった歯が鳴った。
『……例外など、ありはしない。闇は須らく闇だ。闇は闇でしかない。光になるなど、あり得ない。世界を覆いつくす闇など、この世から全て消し去らねばならん!』
『いい加減にしろっ!!』
飽くまでも、ピッドモンは意見を曲げない。
闇は悪、光は善。神が定めた意思なのだと。
何故なら、この世界を手に入れようとする者達はみんな等しく、闇の力を使っていた。
何年、何十年、何百年、何千年経とうとも、それは変わらない真理だった。
だから自分達天使は、正しい力を使って闇を浄化してきた。
闇を晴らすのは、光しかない。
光こそが正しいのだ。
そう主張するピッドモンに、エンジェモンは声を張り上げる。
『……違う。そうではない。そうではないのだ、ピッドモン。光が正しいのではない。正しい者が使うから、善となるのだ』
『何が違う!光が正しいから、正しい者が使うのだろう!?間違った者が光を使うことなど、今までなかった!もちろん、これからも!』
『今までがなかったからと言って、これからもない、という保証など何処にもない』
ぴしゃり、とエンジェモンは言い放つ。
『……闇にも光にも、善悪の概念などない。正しい者が使うから、正しく使われるのだ。光だけではない、闇も正しい者が使えば、頼もしい力となる』
『あり得ないっ!!』
『なら何故私は、闇の力を纏いながらこの姿を保っていられると思うっ!?』
エンジェモンには、闇の力を使っている自覚はなかった。
ピッドモンに言われて気づいたのだ。
闇に魅入られたエンジェモンは、みんなデビモンになるのに、賢のエンジェモンはそうならなかった。
ファイル島で初めて進化をした時から、賢のエンジェモンは普通のエンジェモンとは違っていた。
でも、誰も気が付かなかった。
みんなが知っているのは、賢のエンジェモンだけだったから。
『そんなもの、貴様がエンジェモンの姿を騙っているだけだからだろう!?そうして他の者達を騙しているんだ!!』
『そんな回りくどいことをして、何になる?貴様の知るデビモンとは、そういう奴だったか?』
ぐ、と言葉に詰まるピッドモン。
やれやれ、やっぱり気づいていなかったか、と蝶の天使は呆れた。
そもそも、最初からピッドモンの言っていることはおかしいのだ。
闇に魅入られ、デビモンに変貌した者が、わざわざ天使の姿を騙るなど、面倒なことをするだろうか。
エンジェモンがエンジェモンでしかないように、デビモンはデビモンでしかない。
闇の力を使えばいいのだから、エンジェモンの姿を保つ必要もないのである。
『……ピッドモン。神の門を護る守護者よ。光の代弁者を名乗る者よ。貴様にとって、光とは何だ?闇とは何なのだ?』
大切なものは、何だ?
エンジェモンが問う。
何を言い出すのかと思えば、とピッドモンは鼻を鳴らした。
そんなもの、決まっている。
そう言おうとして口を開いたが、エンジェモンの方が早かった。
『……貴様にとって大切なのは、神でもなければ、共に神やこの領域を護る同輩でもないだろう』
『……何?』
『違うと言うつもりかい?』
蝶の天使が口を挟んできた。
ヘルメットに隠された目で睨みつけるが、蝶の天使は肩を竦めるだけで、全く効いていない。
『……私は、パートナーデジモンだ。選ばれし子どもであるケンを護るために選定された、ケンだけのデジモンだ。だからこの姿をしていても、私にとって大切なのはケンであり、神や光でも闇でもない』
『……っ!』
『ケンを護るためなら、私は何だってするさ。それこそ、命だって惜しくない。だがそれはしないと決めている……1度それで、ケンを悲しませてしまったからな』
「……エンジェモン」
蝶の天使に抱かれていた賢が、エンジェモンに手を伸ばす。
エンジェモンはその小さな体を蝶の天使から受け取り、腕に座らせるように抱き上げた。
大切な、パートナー。
命よりも、世界よりも、何より大事なパートナー。
みんなと過ごした日々の中で、ずっとずっと待ち続けて、ようやく逢えた愛しい子。
『……私の力の源は、ケンだ。デジヴァイスから流れてくる、ケンの想い。だから恐らく私が闇の力を纏っているのも、ケン本来の力なのだろう。だが構わない。それがケンの力だというのなら、私はそれを受け入れるだけだ』
闇に魅入られたエンジェモンは、みんなデビモンへと変貌する。
例外はない、はずだった。
賢のエンジェモンは、正しくエンジェモンに進化した。
それはきっと、“正しい使い方”をしたからだ。
賢のエンジェモンは、闇に魅入られたのではない。
賢自身の力が闇だったから、それをパタモンは、エンジェモンは素直に受け入れたから、だから“進化”をした。
闇の力を受け入れた、新しいエンジェモン。
それはまさしく、“進化”であった。
『……去れ、ピッドモン。貴様には、貴様の役目があるはずだ。私達にやらねばならぬことがあるように』
『…………………ふん』
最後まで、ピッドモンは態度を変えなかったものの、それでもそれ以上は何も言わずに、去って行った。
エンジェモンを認めてくれたわけではないだろう。
だがピッドモンの狭い世界は、少しだけ広がったはずだ。
人は間違える。それでも、間違えたことを認めることが出来れば、何度だってやり直せる。
デジモン達だって、できるはずだ。
賢はそう思いながら、遠ざかっていくピッドモンを見守る。
「……貴方も、ありがとう」
やがて水晶の結晶の奥へと消えていったピッドモンから目を離し、賢は再度蝶の天使に礼を言う。
何の何の、と蝶の天使は帽子を押さえながら、おどけて言った。
『僕はただ、ピッドモンにちょっかいかけたかっただけだよ』
『それでも、私達が助かったことに変わりはない。……ありがとう』
『……そうだね、素直に受け取っておくとしようか』
おどけていた表情が一変し、照れくさそうに頬をかく。
賢もエンジェモンも、そんな蝶の天使を見て、クスリと微笑んだ。
……直後に、賢は真面目そうな表情を浮かべる。
「……君は、“誰”なの?」
前世では、大人になるにつれ新種のデジモンが増えていったことを、賢は覚えている。
その度に仲間達みんなに共有して、新種のデジモンを頭に叩き込んだ。
前世の賢は、刑事だった。
デジモンによる犯罪が年々増加していく中、デジモンとのパートナー関係をいち早く結んでいた選ばれし子ども達の存在は、政府にとっても世界にとっても貴重な人材だったので、世界中から引っ張りだこだった。
半分は罪滅ぼしのために、もう半分はエゴのために刑事となって、デジモン関連の犯罪に関わってきた賢にとって、増えていくデジモンというのはなかなかに厄介だった。
子どもの頃の知識が通じず、見たこともない技を放ったり、姿形をしているから、検挙するのに何度も苦労したものだ。
だからこそ、新種のデジモンが発見されれば誰よりも先に確認したし、何度も光子郎のラボに足を運んで、研究を見せてもらった。
その前世の記憶と、今世の記憶という、膨大な記録が頭の中にあるけれど、それでも賢は覚えている。
“こんなデジモンはいなかった”と。
こんなに綺麗な蝶の翅を持ち、“異端の天使”なんて呼ばれているデジモンがいれば、絶対に忘れるはずがない。
その奇妙な呼び名も相まって、賢は真っすぐ言葉をぶつける。
腹の探り合いのような真似はしない。
回りくどい質問はしない。
真っすぐ、その目を見つめ、言葉を投げかける。
エンジェモンも同じ気持ちだったようで、賢を抱き上げながら何も言わずに蝶の天使を見つめた。
見つめ返す、蝶の天使。
しかしすぐに目を閉じ、ふっと口元を吊り上げて、気だるげな笑みを浮かべた。
『そうだねぇ……何と答えるのが正解だろう……言うなれば、僕は、“何にも成れなかった者”かな』
『……何にも、成れなかった?』
『そう。天使でありながら、蝶の翅を持ち、光の存在でありながら、闇を受け入れ、正義でありながら、悪を罰さない……“異端の天使”と呼ばれる所以さ』
殆どの天使型デジモンは、悪魔型デジモンを天敵とし、その姿を見るだけで戦いを仕掛ける。
しかしこの“蝶の翅を持つ天使”は、それに当てはまらないのだそうだ。
天使型が住む聖なる領域に留まらず、ふわりふわりと気まぐれに世界を飛び回り、傷ついた者を癒す歌声を持つ、“異端の天使”。
そのせいで、他の天使型のデジモンからも疎まれているらしい。
そんな、と賢は悲痛な面持ちを浮かべる。
何にも成れなかったなんて、何でそんな哀しいことを言うのだろう。
だってこの天使さんは、賢とパタモンを助けてくれたのに。
歌で傷ついたデジモン達を助けてくれる、優しいデジモンなのに。
……賢とパタモンを、受け入れてくれたのに。
賢は、そう言おうとした。
しかし、蝶の天使は、まるで賢が言おうとしていることに気づいていたみたいに、蝶の翅を羽ばたかせて、エンジェモンよりも高い位置へと浮かんだ。
『……そろそろ退散するよ。僕はここで生まれたけれど、ここがあまり好きじゃなくてね。さっきのピッドモンみたいに、僕に突っかかってくる奴は沢山いる。そいつら全員を相手にするのは少々面倒なんだ。だから見つかる前にとんずらこかせてもらうよ』
君達も早く帰りな、と帽子を押さえながら、蝶の天使はパチンとウインクをした。
言われて、思い出した。
そう言えば自分達は、大輔とチビモンの護衛のために一緒に来たのだったと。
あの森の中で、大輔とチビモンを見失ってしまい、迷い込んでここに来たのだと。
しまった、という顔をした賢とエンジェモンを見て、蝶の天使は微笑ましいものを見たような笑みを浮かべた。
すい、と更に高度へと昇る。
反射的にそれを目で追った賢とエンジェモンだったが、ほぼ同時に、蝶の天使の背後から強い光が放たれた。
あまりの眩さに、賢とエンジェモンは咄嗟に腕で顔を庇う。
蝶の天使は、もうシルエットでしか見えない。
どんな顔をしているのかも、もう賢達からは見えなかった。
『……君達は、夜になっておくれ』
ただ一言、それだけが聞こえてきた。
更に眩い光が発せられ、賢とエンジェモンの姿が白い光の中に溶けていく──。
「………………」
『………………』
気が付いた時には、賢は再び闇の中に佇んでいた。
賢を抱いていたはずのエンジェモンは退化してパタモンになっており、隣にいる。
辺りを見回す。
何もない。あるのは闇だけ。
水晶の地面も壁も結晶も、大きな大きな扉も、何処にも見当たらなかった。
「……夢?」
『……だったのかな』
互いを見つめながら、賢とパタモンは呟く。
先ほどの出来事は、夢や幻だったのだろうか。
そうだとしたら、自分達はどれぐらいの時間、ここにいたのだろうか。
でも夢にしては、身体に受けた痛みはリアルだったな、と思う。
ピッドモンが放った炎の流星の熱さも、恐怖や困惑した気持ちも、まだ胸の中にあってちょっぴりドキドキしている。
そして殆ど無意識に、賢はズボンにひっかけていたデジヴァイスに手を伸ばし……。
「……あ!」
デジヴァイスを手に取ると、デジヴァイスとは違う感触があった。
あれ、と思ってデジヴァイスを持ち、手を前に戻すと、そこには白く輝きながら小さく羽ばたくものがいた。
『ちょうちょ……』
パタモンが言うと、白い蝶はヒラリとデジヴァイスから飛び立ち、闇の中をヒラヒラと飛んでいく。
小さな白い輝きを放つ蝶は、一瞬で見えなくなってしまった。
「……………ありがとう、蝶の天使さん」
小さく微笑みながら、賢は3度目の礼を口にする。
手に持っていたデジヴァイスを再びズボンにひっかけると、パタモンの方に目線を向けた。
「……行こっか、パタモン」
『うん!ダイスケとチビモンを、探さなくちゃ!』
2人は歩き出す。
当てなんかない、確証もない。
ただただ、2人は歩き続けるだけだ。
きっと逢えると信じて。
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