.
『おーい、ブイモーン!』
『何処だー!?』
『いたら返事してぇー!』
彼方此方から聞こえてくるのは、ブイモンを呼びかける声。
茂みを掻き分け、空を飛んで上から探して、水中を泳いだり、色々手を尽くしたがブイモンは見つからない。
いたか、いない、何処行った、という仲間達の声を聴きながら、アグモンは必死に走り回る。
何度も何度も、声が枯れるまでブイモンの名を呼び続けるが、あのやんちゃで元気な声が返ってくることはなかった。
ブイモンが行方不明になったのは、数日前のことである。
その日は、ブイモンのパートナーである本宮大輔が亡くなって、丁度半年経った頃だ。
大輔が死んでから、ブイモンはまるで死人のようだった。
極端に口数が少なくなり、笑顔が消えた。
あれだけ元気に跳ねまわって、騒いでいたのに、それもしなくなった。
誰が話しかけても、ぼーっとした表情で、動きも緩慢になり、ぼそぼそとした喋り方になってしまった。
そんなブイモン達を見たアグモン達他、パートナーデジモンが感じたのは哀れみではなく、恐怖であった。
ブイモンに対する恐怖ではない。
パートナーを失ったデジモンの末路に対する恐怖、である。
良くも悪くも、パートナーを持つデジモンにとって人間は特別な存在だ。
特にアグモン達、初代の選ばれし子どもと呼ばれる世代のデジモン達は、他のパートナーデジモン達とは少々作りが違っている。
文字通り、アグモン達は太一達の分身で、太一達そのもので、デジタルワールドの太一達なのだ。
1995年、光が丘に迷い込んだ2体のデジモンの戦いを目撃した、沢山の子ども達の中にいたのが、初代の選ばれし子ども達である太一達である。
その時デジタルワールド側は、デジモンを目撃した子ども達のデータをスキャニングした。
本来長い時間をかけて進化をするデジモンを、生まれてからたった数時間で成熟期に進化させた太一とヒカリの力に目をつけたデジタルワールドは、その2人と共通するデータを持った子ども達を見つけた。
火の壁と呼ばれる、常に高温の炎が噴き出す場所の向こう側からやってきた存在と、その存在の影響により、強大な闇の力を得たデジモン達を倒し、デジタルワールドの平和を取り戻してもらうべく選ばれた太一達のパートナーデジモンは、そうして選定されたデータをインストールして生まれたのである。
初代の選ばれし子どもと、そのパートナーデジモン達が特別と言われる所以がそれだ。
そのためか、パートナーである人間に対する思い入れも、他のデジモン達と比べると強く、基本的にパートナーの人間がやることに対して何かを申し立てることはない。
自分達の生き方も、死に様も、全てを決めるのは人間のパートナー。
自分達はパートナーの武器であり、盾であり、パートナーが望むことは何でもしようとする、叶えようとする。
そこに自分達の意思はないし、必要がない。
パートナーがそう望むのなら、喜んで命を捧げるという、ある意味狂気染みた思考を持っていた。
それが普通だった。それが当たり前だった。
自分とパートナーとの絆は永遠だと思っていたし、いつまでも一緒にいられると思っていた。
それが、たった一瞬で、脆く儚く崩れ去った、半年前の出来事。
世界中のデジモンが、きっとショックを受けたことだろう。
子どもを中心に、デジタルワールド側は時間をかけてデジモン達を送り込み、現実世界側と少しずつ交流を深めていった。
太一達元選ばれし子ども達が中心となり、未知の生物であるデジモンに難色を示す政府の人間と何度も何度も話し合いを重ね、そうして叶った2つの世界の共存。
現実世界に住むデジモン、デジタルワールドに住む人間。
太一の妹であるヒカリが、ずっと夢見ていた世界。
否、ヒカリだけの夢ではない。
デジモンと少しでも関わりを持った者なら、デジモンと共にデジタルワールドを冒険したことがある者なら、誰でも夢見ることだ。
そしてそれを望んでいたのは、人間だけではない。
デジモン達だって、パートナーと一緒に過ごしたいと願っていた。
そのために、パートナーと一緒に奔走してきた。
デジモンを拒絶する人や国だって、少なくなかったけれど、それでも太一達は、デジモン達は諦めなかった。
諦めずに何度も、何度も、何度も話し合いを重ねて、互いの気持ちをぶつけあった。
そうして出来上がった、共存の世界。
その共存する世界を、あのデジモンは一瞬でぶち壊した。
人間は、いつか死ぬのだ。
デジモンとは違う、たった1度きりの人生で、1つしかない命。
人間は死んでも生き返らない。
世界中に住む、パートナーを持つデジモン達に間違いなく衝撃を与えた、あの事件。
あれ以来、殆どのパートナーを持つデジモン達が、パートナーにべったりとひっついて、離れなくなったという現象が増えた。
大輔も、ヒカリも、そして賢も、パートナーがすぐそばにいたのに、死んでしまったのだ。
自分の知らないところで、パートナーの人間がいなくなることを想像して、耐えられなくなったのである。
普段はツンツンしているようなデジモンも、パートナーとはつかず離れずの距離で接しているデジモンも、パートナーにはそこまで興味を持っていないという態度を取っていたデジモンでさえ。
アグモン達も、そのうちの1体だ。
何処にいたって、自分達は固い絆で結ばれていると信じていたアグモン達も、大輔達の死以来、太一達にひっつくことが多くなった。
特に甘ったれのピヨモンはお風呂やトイレにさえついて行き、少しでも空の姿を見失うとパニックに陥ってしまうほど、トラウマになっていた。
空も、ピヨモンの気持ちは痛いほど理解しているから、そんなピヨモンを邪険に扱ったりすることはなく、パニックに陥ると優しく抱きしめて宥めているところを、ここ半年で何度も見かけた。
だからピヨモンは今、ここにはいない。
アグモン達と一緒に探しに行きたかったけれど、でも、ごめん、と涙をボロボロ流しながら謝るピヨモンを、誰も責めなかった。
『ブイモン……!何処に行っちゃったの……!』
休むことなく走り、探し続けたから、アグモンは息を切らしている。
それでも、アグモンは探すことを止めない。
太一にとって大輔が大切な後輩であるように、アグモンにとってもブイモンは可愛い後輩である。
太一と自分の絆を形成する要素の1つである、“勇気”を継承したのだから。
別の場所で捜索をしているガブモンも、同じ気持ちのはずだ。
ブイモンは自分の“勇気”だけでなく、ガブモンの“友情”も受け継いだ。
──僕は、莫迦だ。
立ち止まり、切れている息を整うように何度も吸って吐いて、膝に両手をつくアグモンは、心の中で後悔する。
幾ら自分にとって大切なものが太一で、太一至上主義で、優先順位が太一だとしても、1番気にかけなければいけなかったのはブイモンだったのに。
ブイモンだけではない、テイルモンもワームモンも、気にしなくちゃいけなかったのに、誰1人としてブイモン達を気にしなかったのだ。
ブイモン達のようにパートナーを突然失うのが怖くて、この半年ずっと太一の傍にいたアグモンは、テイルモンからブイモンが戻ってこないという連絡を受けて、やっと思い出した。
パートナーを護れず、目の前でみすみす失ってしまったブイモンが、誰よりも哀しい想いをしたはずなのに、だぁーれもブイモンのことについて言及しなかったのだ。
仕事がある太一達に変わり、デジモン達がデジタルワールドに赴いて、手分けしてブイモンを探している最中なのだが、もうすぐ日没なのにブイモンは見つからない。
探し始めて3日、場所を変え、人員を増やして、可哀そうな後輩を探すけれど、後輩は何処にもいなかった。
『…………ブイモン』
切れていた息が整い、治まり始める。
動き回ったことで大量に流れる汗が地面に落ち、沢山のシミを作っていた。
顔を上げる。
日はとっくに、地平線の向こうに沈み切っていた。
『………………』
今日も見つからなかった。
アグモンはこみ上げてくる涙を、歯を食いしばって耐える。
幾ら現実世界と交流を持っているからと言って、夜のデジタルワールドが危険なことに変わりはない。
日が沈んだら戻る、と太一と約束していたから、アグモンは断腸の思いで来た道を引き返した。
今日捜索に加わってくれた仲間達も、集合場所に戻ってきている。
みんな思いつめたような表情をしているということは、誰もブイモンを見つけられなかったということだ。
悔しいなぁ、ああ、悔しいなぁ。
『………………』
誰も、何も言わない。
みんな悔しいのだ。
大事な仲間、1体も救うことが出来ないなんて。
特にテイルモンとワームモンの憔悴ぶりは、アグモンですら見ていられなかった。
ワームモンはブイモンのジョグレスの相棒、そしてテイルモンは、ブイモンと最後に会話を交わした1体。
ブイモンが帰ってこない、と連絡してきて、集まった仲間達に縋って泣いていた姿を、アグモンも仲間達もきっと一生忘れないだろう。
置いていくんじゃなかった、あの時無理やりにでも一緒に連れて帰ればよかった、って錯乱したように何度も何度も叫んで、泣いて、ごめんなさいって謝っていた。
つられて泣いたワームモンは、テイルモンのせいじゃない、テイルモンが悪いんじゃない、って抱きしめながら慰めていた。
テイルモンは、何も悪くない。
事情を聴いた時、その場に居合わせたデジモン達は、みんなそう思った。
きっと自分がテイルモンの立場でも同じことをしたと、ガブモンとパルモンが宥めていた。
アグモンとガブモン以上に、ブイモンを探すことに必死になっているのは、きっとテイルモンだろう。
両手で顔を覆っているところを見ると、もしかしたら泣いているのかもしれない。
『……テイルモン、今日、うち来る?』
そんなテイルモンを見ていられなくて、気が付いたらアグモンはそう口にしていた。
両手から顔を離して、俯かせていた顔を上げたテイルモンの両目からは、やはり涙が溢れていた。
このまま放っておいたら、ブイモンの二の舞になる、と危惧したアグモンは、テイルモンの返事も聞かずにその手を取り、光子郎が開けておいてくれたゲートを潜る。
全員が現実世界に戻った時、ワームモンも一緒に戻ってきていたから、きっとホークモンが同じように誘ったのだろう。
ホークモンとアルマジモンも、同じ古代種仲間だからかブイモンを探すことに熱心で、少しげっそりとしていた。
光子郎はテイルモンとワームモンを見て驚いたものの、状況を察して何も言わなかった。
太一に言わないで連れてきちゃったけど、でもきっと太一なら許してくれる。
だってテイルモンは、太一の最愛の妹のパートナーだから。
迷子になった妹を励ます兄みたいに、アグモンはテイルモンの手をぎゅっと握って離さなかった。
舞い上がった埃を吸い込まぬように、口元を腕で押さえながら、太一はしかめっ面を浮かべる。
その隣で、ヤマトも似たような表情を浮かべていた。
大輔、ヒカリ、賢、そして空とピヨモンを除いた、1999年と2002年に選ばれた、元選ばし子ども達が集合したのは、半年前の大輔達の葬式以来だ。
まだ半年前のショックから立ち直れておらず、仲間達と顔を合わせることを避けていた面々がいたにも関わらず、太一達は苦い思い出が未だ鮮明に思い出せるデジタルワールドに、足を踏み入れていた。
きっかけは、光子郎から来た1通のメールである。
2日ほど前、光子郎は不在のゲンナイに代わって、現実世界とデジタルワールドの仲介を担うベンジャミンに呼び出された。
連れてこられた先で見たのは、鬱蒼とした森の、破壊された様。
気性の荒いデジモンが暴れたとも、同種同士の縄張り争いで破壊されたとも違う、まるで身体の大きな生き物が這いずったような跡に、光子郎とテントモンは絶句した。
ここ数十年、半年前に仲間の命を奪った謎のデジモンが現れた以外で、特に異変があったわけでも、デジタルワールドや現実世界に侵攻しようと企む悪しき者が現れたわけでもなく、ただただ平和だったデジタルワールドを、また壊そうとするものでも現れたのだろうか。
自分達が死に物狂いで築き上げた平和を、壊そうとする者が生まれたのだろうか。
目を細め、眉を顰めながら、見るも無残な様になってしまった森を眺めていたら、ベンジャミンに呼ばれ、ある物を見せられた。
破壊された樹の、割れ目の部分。
角砂糖サイズの、水色の四角い物体が、幾つも漏れていた。
それはどこかへ彷徨うでも飛ばされるでもなく、ただただそこに留まって、浮かんでいた。
他の倒れた樹や、踏みつぶされた草、抉れた地面を観察してみても、同じように角砂糖サイズの物体があった。
そのうちの1つを、光子郎は持って帰って調べることにした。
光子郎が立ち上げたデジタル研究所、略してデジ研は、政府からの資金援助もあって、何処の国の研究所よりも規模が大きく、最新のデジタル機器が所せましと並んでいた。
中には世界中のプログラマーや、デジタル機器を専門に作っている会社と共同して作ったコンピュータもある。
デジタルワールドという世界を知って、約30年。
未だにデジタルワールドには謎が多く、光子郎の好奇心は刺激されっぱなしだ。
持ち帰った角砂糖サイズの物体も、デジ研の研究員達と共に、隅々まで調査した。
調査した結果、光子郎の好奇心が木っ端微塵にされた。
何故ならその角砂糖サイズの物体のデータが、大輔達を死に追いやった謎のデジモン、そして光子郎達が初めてデジタルワールドを冒険した際に対峙した、最後の敵・アポカリモンと、酷似したデータが詰まっていたのだ。
「……最初は、破損されたデータだと思ったんです。薙ぎ倒された樹が、あまりにも強大な力で破壊されたから、その時に樹のデータが破損して、維持できなくなったのではと。でも破損したデータを復元しても、樹のデータはなかった……」
タブレットから目を離さず、光子郎は淡々と感想を口にする。
太一には、そして同じく1999年に一緒に旅をした仲間達には、分かっていた。
光子郎が怒っていることに。
他人に興味がなく、デジタル機器にのめり込んで、他人との関わりを拒絶していた光子郎だったが、一緒に旅をした仲間達は例外だった。
一緒に旅をしていく中で、苦手だからと言って逃げてばかりでは解決しないことを学んだのだ。
叱ってくれたのは、諭してくれたのは、仲間達。
苦楽を共にし、死に物狂いで倒した最後の敵と、非常によく似たデータが検出されたとなれば、光子郎の心情としては溜まったものではないだろう。
「……ベンジャミンさんは、なんて?」
「……見つけ次第、倒してほしいと」
丈が尋ねると、光子郎はまたも淡々とそう言い放った。
大輔達を死なせた謎のデジモンも、アポカリモンも、存在するだけでその場に歪みを生み出してしまう、危険な存在だ。
1体だけでも苦労したのに、それが2体同時となると、この世界は一体どうなるのか、そんなものは火を見るよりも明らかである。
「……とっとと何とかして、ブイモン探し再開しような」
『タイチ……うん……』
昨日もブイモンを探して、彼方此方走り回ったアグモン達は少し疲弊している。
動き回ったことで身体も、見つからない焦りで精神も削れてしまっている。
それでも、正体不明のデジモンが現れたかもしれない、と聞いて黙っていられるはずがなかった。
デジタルワールドの平和を守るために、そして太一達を護るために、アグモン達は生まれたのだ。
その太一達が、正体不明のデジモンと戦うのなら、パートナーとしての責務を全うしなければ。
「それで、間違いないのか?“そいつ”がここに来るのは」
「はい。ブラックウォーグレイモンの位置を探る時に書いたプログラムがまだ残ってたので、それを応用して“バグ”を追跡しました」
答えたのは、京だ。
その顔は強張っており、目元も赤くなっている。
きっとまた泣いていたのだろう。
それでも、夫である賢を死に追いやった原因であるデジモンのデータが検出されたと聞いて、京はここに来ることを決めた。
強い女性だ、と太一は小さく笑う。
バグ、というのは角砂糖サイズの物体の、仮称である。
薙ぎ倒され、何かが這いずったような跡が残っていた個所にあった物体は、謎のデジモンとアポカリモンに酷似したデータを持っていたため、そう呼ぶことにしたそうだ。
そのバグが通った跡を分析し、今太一達がいる箇所に来るという計算をしたのだ。
ズズズズズ………
何かが這いずり回るような地響きが聞こえる。
同時に、ズシーンという音と、太一達が顔を向けている方の遠くで、森の樹々が薙ぎ倒されていくのが僅かに見えた。
来た、と太一はヤマトの方に顔を向ける。
ヤマトは小さく頷き、デジヴァイスを手に取った。
アグモンとガブモンが前に出る。
それに続くように、他の仲間達とデジモン達も戦闘態勢に入る。
ガガガガ、ズドーン!
地響きと樹々が薙ぎ倒される音が、どんどん大きくなっていく。
太一達は、デジモン達を進化させた。
そして、
「………………………っ!!」
誰かが、息を飲む音が、地響きに搔き消される。
まず、色は赤黒い。
酸素に触れた血のようなどす黒い赤を纏ったボディーはずんぐりとしており、そのボディーから幾つもの触手が突き出ていた。
その触手が手足のように蠢いて、ボディーを引きずりながら太一達の方に近づいてきている。
何よりも特出すべきは、その大きさ。
後輩のパートナーの究極体の姿である、インペリアルドラモンほどの大きさだった。
太一達は、その姿の悍ましさに、言葉を発することも動くことも出来なかった。
『行くぞ、みんなぁ!!』
そんな中で真っ先に動いたのは、やはりグレイモンだ。
がっしりとした逞しい身体で
ズシン!と全員で体当たりしたが、インペリアルドラモンと同等の大きさの
それどころか、纏わりつくコバエでも払うかのように、触手の1本を緩慢に上げ、勢いよく振り回す。
触手が鞭のように肉体を打ち付ける音を立てながら、グレイモン達をぶっ飛ばした。
「グレイモン!」
「ガルルモン!大丈夫か!?」
『っ、だい、じょうぶ……!』
『ヤマト……!最初から、全力で行こう!』
「ああ!」
様子見のつもりだったが、この一撃でガルルモンは確信したようだ。
あいつは、一筋縄ではいかない。
太一とヤマトは目線を交わして頷き、デジヴァイスを手に取る。
残った仲間達は、時間稼ぎのために
纏わりつくデジモン達を、緩慢な動きで鬱陶しそうに振り払おうとする
進化の光がデジヴァイスのディスプレイから伸びて、グレイモンとガルルモンを包み込んだ。
半年前、謎のデジモンを屠る際に預かり、色々あって返し損ねたチンロンモンの力。
グレイモンとガルルモンは一気に究極体まで進化をし、更に1つになってオメガモンへと進化する。
ばさり、とマントをはためかせながら、
『『はぁああああああああああああああああっ!!』』
ウォーグレイモンとメタルガルルモンの声が、二重に奏でて気合の雄叫びを上げる。
すると
咄嗟に避けるオメガモン。
どぉおおおおおおおおおんっ!!
最早地震と見紛うほどの揺れに、太一達は立っていられずに尻もちをついたり、ひっくり返ったりしてしまった。
「っ、何て奴だ……!」
「オメガモン!手加減なしだっ!やっちまえ!」
もう40近い太一だが、今この瞬間、あの頃に戻ったかのように声を張り上げる。
ぐ、とデジヴァイスを強く握りしめれば、太一の想いが0と1に変換され、オメガモンに伝わる。
体勢を崩していたオメガモンだったが、その想いを受け止めると力強く
それに続けと、仲間達も果敢に
どれほどの時間が経っただろうか。
それでも太一達は決して諦めず、攻撃の手を緩めなかった。
しかしデジモン達の体力も、太一達の精神力も無限ではない。
少しずつデジモン達は疲れを見せ始めている。
そもそも、これまでどんな強大な敵が現れても、何とかしてこられたのは、仲間達が12人揃っていたからだ。
平和になった今、大人へと成長した太一達は年に1度の記念日に集まるのが精いっぱいだし、デジタルワールドの平和を護るために、デジタルワールドから授かった紋章の力は、デジタルワールドを維持するために返還してしまっている。
2002年に再度危機が訪れた際に、一時的に返してもらったが、その後数十年は平和だったために、太一達が高校に入学した時点で再び返還したのだ。
半年前に現れた謎のデジモンのせいで世界が歪んでしまい、デジタルワールドの維持を優先して、謎のデジモンに対応するための力も、太一とヤマトの2人に渡すので精一杯だった。
今も歪みは完全に戻っていない。
だがこのままではジリ貧なので、僅かな時間でもいいから力を借りられないか、光子郎はベンジャミンに連絡を取った。
『………………』
『………………』
その時、アクィラモンとアンキロモンは、
その違和感に気を取られ、動きを止めた時に吹っ飛ばされてしまい、その違和感はすぐに消えた。
気のせいか、と思ったのだが、やはり
そのせいで、思うように身体が動かず、攻撃をまともに当てることが出来なかった。
『ぐぁあああっ!!』
「きゃあっ!アクィラモン!」
『だぎゃぁあああっ!!』
「アンキロモォーン!」
攻撃がまともにできないので、攪乱に専念していたところに、振り下ろされた触手。
それをまともに受けてしまい、地面と触手で挟むように、アクィラモンとアンキロモンは叩きつけられてしまった。
京と伊織の悲鳴が聞こえる。
この野郎、と叫んだのは誰だったか。
『……っ!!』
ひゅ、と、アクィラモンは息を飲んだ。
アンキロモンは、目を見開いた。
接触するたびに、胸の奥に沸いた違和感。
それを、唐突に理解してしまった。
アクィラモン達を叩きつけたことで、興味を失ったかのように触手をどけて、他の纏わりついてくるデジモン達と応戦をしている。
激痛が走る身体を何とか起こし、
そんなパートナーの下に、京と伊織が血相を変えて駆け付けてきた時、アクィラモンが嘴を震わせながらゆっくりと開く。
『…………貴方、なんですか……?───』
音が消える。
嘴だけが動く。
アクィラモンに駆け寄ってきた京だけが、アクィラモンの言葉を聞き、そして息を止めた。
「…………………………………………は?」
同じ頃、ベンジャミンとコンタクトを取ろうとした光子郎のタブレットに、1通のメッセージが届く。
差出人はジャッキー。
ベンジャミンと同じ、ゲンナイのコピーだ。
バグを見つけた際に、デジタルワールド側でも調べてみると言って、一部持ち帰ったのだが、その詳細な分析結果が出たという内容だった。
デジ研だけでは調べられない、最深部の方までも調べつくして出てきた結果、それは……。
「どうした、光子郎!?」
仲間達は、
光子郎も、太一に尋ねられたにも関わらず何も言ってこなかったので、不思議に思った太一が光子郎の方に顔を向けた。
目を見開き、泳がせ、口を半開きにさせながらタブレットを凝視している。
「おい、光子郎?光子郎!」
再度声をかける。返事はない。
じれったくなった太一は、ずかずかと光子郎に近寄り、少し乱暴に肩を掴んだ。
やっと我に返った光子郎だったが、顔色の悪さは戻っていない。
……嫌な予感がした。
「……光子郎。ベンジャミンさん、何て……」
「………………………………………」
「……聞こえない。光子郎。ちゃんと言ってくれ」
パクパクと金魚のように、口を動かす光子郎。
どく、どく、どく、と心臓の鼓動がどんどん大きく、激しくなっていく。
何だ、何だこの纏わりつく嫌な感じは。
光子郎は息を飲み、ゆっくりと息を吐いて……決意したように太一を見た。
「……ベンジャミンさんが、持ち帰ったバグの、詳細なデータを解析したようです」
「……お前でも解析できなかったデータがあったのか?」
「はい。最深部の、更に奥の方にあったので、僕達の技術では潜れなかったのですが……先ほど、ジャッキーさんから、メッセージが……っ」
ぎり、と歯を食いしばる光子郎。
ようやく異変に気付いた仲間達と、それから血相を変えた京と伊織が、足をもつれさせながら戻ってきた。
「……ブイモン、だそうです」
「………………………………………………………………………………は?」
「っ、だから……っ!あの中に、いるのは、ブイモン、だ、そう、です……っ!!」
地面が揺れる。空気が裂ける。
これ以上デジタルワールドを壊させまいと、デジモン達が奮闘している。
そんな騒音が響き渡る中、太一達の周りだけが異様に静かだった。
「……どういう、ことだ」
「そのままの意味です……っ!あのバグの、最深部の更に奥に、ブイモンのデータが僅かに混じっていたそうです……っ!」
「そんなっ!!何で!?」
「分かりませんっ!!」
ミミが信じない、と言いたげに光子郎に掴みかかるが、光子郎にも答えられなかった。
どうしてバグの中にブイモンのデータがあるのか、あの大きな存在に囚われたのか、それとも……。
「……ベンジャミンさんは、何て」
振り絞るように、タケルが光子郎に尋ねる。
最初は、
でもそんなことを聞いたら、倒すなんてできるはずがない。
ジャッキーからのメッセージが本当なら、
あの大きな身体の内部構造がどうなっているのか分からないが、もしも生きているのなら、助けないと……!
しかし光子郎の顔は浮かない。
俯き、歯を食いしばり、タブレットを持つ手が震えている。
「……変わりません。倒してくれと」
「そんなっ!」
「倒せなんて……っ!」
京は悲鳴を上げ、伊織は呆然としながら
何で、あそこにブイモンがいるのなら、助けないと。
だってブイモンは仲間で、友達で、半年前に最愛のパートナーを亡くしたばかりなのに、それなのに、傷ついて泣いていたブイモンのことを放っておいてしまったばかりに、こんなことになって……!
「……今までだって、そうしてきました」
「……………」
「デジタルワールドの平和を壊すからという理由で、闇に魅入られたデジモン達を、僕達は何体も倒してきました……」
「……………」
「それが例え仲間であっても……っ!僕達が優先すべきなのは、デジタルワールドの、平和で、維持で、平穏で……っ!!」
光子郎の声は、震えていた。
感極まって、ぼたりぼたりと大粒の涙が光子郎の両目から零れて、地面に落ちる。
分かっている、光子郎だってそんなことを言いたいわけではないのだと。
分かっているから、誰も反発できない。
光子郎の言う通り、デジタルワールドの平和を脅かす者は、全て屠ってきた。
闇の力を利用し、デジタルワールドを支配すべく、沢山のデジモンを傷つけてきた敵と戦い、倒してきた。
今度も、そうすればいい。
散らばっているバグも、放っておけばどんな影響を及ぼすのか分からない。
分かっている、分かっているけれど……!
ピコン
光子郎のタブレットが、受信音を奏でた。
長袖で乱暴に目元を拭い、タブレットを覗き込めば、今度はベンジャミンからのメッセージだった。
メッセージを読み、添付されていたファイルを解凍して開けば、光子郎のタブレットから3つの光が飛び出していき、太一とヤマトのデジヴァイスに収まる。
何だ、と慌ててデジヴァイスを覗き込むと、光子郎がメッセージを読み上げた。
「……スーツェーモンと、シェンウーモンと、バイフーモンからも、力を借りたようです……。チンロンモンからの力だけでは、叶わないだろうと……」
「………………」
──これは、罰なんだろうか。
光が収められたデジヴァイスを見下ろしながら、太一はそんな場違いなことを考えていた。
罰。何に対する罰だろう。敵だからという理由で一切容赦なく屠ってきたこと?
「……太一」
それとも、1人ぼっちになったブイモンを、放っておいたこと?
「太一」
大輔達の死から、目を背けたこと?
「太一っ!」
プツン
「……っ、ふ、ぅ……ぅ、ぁ、あ、ああ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
太一の絶叫がその場に、戦場に、デジタルワールド中に響き渡った。
喉をぶち破るほどの絶叫で、その場の空気がビリビリと震える。
手に持ったデジヴァイスがミシミシという音を立てるほどに強く握りしめ、やけくそ気味にデジヴァイスを持った手を、戦っているオメガモンに伸ばした。
それを見たヤマトも、遅れてデジヴァイスを掲げる。
赤と、白と、黄色の光が捻じれながら真っすぐ伸びていき、オメガモンを照らす。
その光に押されるように、オメガモンはグレイソードを突き出し、
……その光に乗って、伝わってきた太一とヤマトの想いに驚愕しながら。
ズシャ………!!
硬い外装のボディーに、グレイソードが突き刺さる。
デジタルワールドの東西南北を守護する四聖獣の力を授かったオメガモンの力は凄まじく、グレイソードが突き刺さった個所を中心に、
ソードを引き抜く。
崩れていく
ポロポロ、ポロポロ
崩れていく。
データの粒子が、空へと還っていく。
赤黒いボディーは美しい光になって、零れていく。
『……………』
消えていく、消えていく。
剥がれた外装の中に、小さな光る玉が現れた。
それを見たオメガモンは目を見開き、その光の玉に向かって飛ぶ。
『『ブイモン……!』』
手足を縮めて、まるで赤ん坊のように身体を丸めて静かに眠る、ブイモンがいた。
ウォーグレイモンの頭部になっている左手を伸ばす。
見つけた、やっと見つけた、探したんだよ、帰っておいで。
オメガモンの身体が光り、ウォーグレイモンとメタルガルルモンに分離する。
それでも2体は止まらなかった。
あと少し、あとちょっと、ウォーグレイモンの伸ばした手が、ブイモンに届く──。
シュゥン……
伸ばした手は、宙を切った。
眠ったままのブイモンは、目覚めることなくデータの粒子になって、風に乗って何処かへと流れて行ってしまった。
『待って!』
『ブイモン!逝くなっ!!』
声は、届かない。
『……可哀そうな子ですね、貴方も。ただ会いたかっただけでしたのに。会いたいという気持ちが強かっただけでしたのに。その想いを利用されてしまうとは、本当に可哀そうな子だ。貴方を孤独に追いやったくせに、その責任も取らず、救いの手すら伸ばさないとは、勝手なことだ。しかし恨んではいけませんよ。恨んだところで、心のない者などその感情は理解できません。やるべきことをやっただけだと、突っぱねるだけでしょう。ですが、もう大丈夫。ワタクシが連れて行って差し上げますからね。文句は言わせません。貴方を孤独に追いやりながら、救済すらしなかった者達の言葉など、全て戯言です。所詮は心無き者。自ら進化をすることを止めた者。有無を言わせずに強引な手段を取りながら、その尻ぬぐいやフォローすら出来ないものなど、放っておけばいいのです。ええ、そうですとも。ワタクシが許しますので、貴方は貴方の思うようにすればよいのです。ワタクシが“彼ら”に許されたように。さあ、もう行きましょうか。“彼ら”から受けた恩を、今こそ返さねば──』
優しい悪魔は、かく語りき───。
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